親友とリゼロの世界に飛ばされたお話   作:ノラン

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文字数にして約19000文字。

どうしていつも長くなるのか。まとめる力が無さすぎて勝手に落ち込んでいるノランです。

短い分量で戦いを終わらせられる先輩方に尊敬しかありません。私もやろうとしてはいるのですが、どう頑張っても長くなってしまう……。

ここまで私の長すぎる戦闘描写に付き合って下さっている方々、本当に、本当にありがとうございます。

目が疲れない適度に読んでくださいね。





それは、一つの終幕

 

 

 

 

初めて生で見るベアトリスの攻撃の要となる魔法『ミーニャ』。原作の大兎戦にて絶大な攻撃力と殲滅力を発揮したそれは、テンが普段から使用する氷柱のような輝きを放ち、しかし形状は杭に近いものだ。

 

なるほど。地の文で『魔杭』と呼ばれるわけが分かった。『魔』法の力を宿した『杭』状の弾だから『魔杭』と。表現方法は至ってシンプル。

 

実際に前にするとそれが妥当だとハヤトは最終決戦の中、呑気に考える。そんな余裕などありはしないが背中にいる存在の温度を感じると、不思議と安心してしまう。

 

 

「砕け散るがいいかしら」

 

 

眼前の男が呑気なことなど知る由もないベアトリスが低い声で呟くと同時、低空で停滞していた紫紺の魔杭が一挙に放たれる。発射された杭の弾速は高速を越え、三十以上の殺意が瞬間で距離を詰めた。

 

振り返るドラゴンに対応の選択肢は与えられない。男が放つ魔法とは別格の速度に事態の把握が処理された時には既に遅く、胸部に直撃。放った殺意の全てが鋼の鎧に突き刺さる。

 

散弾のように命中した魔杭が弾けた直後に粉塵化すると、直撃部位のみが瞬く間に結晶化。粉塵の隙間から顔を見せた灰っぽい鱗の一部分に、紫色が刻まれていた。が、それ以上は続かない。

 

直接的な打撃には至らなかったか、あるいは至らせなかったか。なんにしても、初動の結果としては十分な手応えとは思いづらい光景だった。

 

僅かな隙を的確に掴むベアトリスの精密射撃は称賛すべき点だが、ドラゴンは未だ健在。魔杭の効力は発揮できていないように見られる。もしくは、視覚化できぬ効力なだけか。

 

 

「おかしいかしら」

 

 

ベアトリスが加わったことで戦況に変化が生じ、魔杭の効力も含めた戦闘展開について少しばかり考えていたハヤトだが。彼は耳元でベアトリスの困惑の声が流れたことでそれらを一旦頭の隅に追いやる。

 

というか、彼女の声が耳元で聞こえることが微妙にこそばゆい。ついでにそれも頭の片隅、否、片隅通り越して意識外へと放り投げつつ、

 

 

「おかしいって、なにが?」

 

「あの魔法の効力は直撃した存在の時を止めるはず……。なのにどうして、あの魔獣は生きてられるかしら。結晶化だけに終わるはずがないのよ。どうして砕けないかしら」

 

 

言いながら目を凝らすベアトリスは結晶化した部位を凝視。先程の澄まし顔に若干の乱れのある彼女を見ると、魔法の効力はあまり発揮されていないことがハヤトには分かった。

 

時の静止したマナの矢——それがミーニャの効力。彼女の口ぶりから考えるに、当たった対象を結晶化し、脆く儚い存在と化して砕く恐るべき魔法なのだろう。

 

生命をその身に宿す物体ならば、掠っただけでも容赦なく命の時を止めることを可能とする絶技。それを受けてもなお、ドラゴンが生命を止められてないのは、

 

 

「効いてねぇってか」

 

「今のところ、そうなるかしら」

 

 

今の一撃で相手の厄介さを理解した二人が睨むのは、既に目と鼻の先にまで距離を詰めた巨体。紫紺の部位を鈍く輝かせるドラゴンが慣れ親しんだ動作で腕を薙いだ。

 

当たるハヤトではない。開始と比べると余裕のある足捌きで回避——眼前の空間を鉤爪が切り裂き、大気を割った隙間からもう片方の腕が刺突。

 

三本の鉤爪を揃えた腕が大槍の如く一点を貫く。当たれば二人の土手っ腹に大穴が開く狂気を前にハヤトの表情は崩れない、半身を大きく逸らすだけで掠らせもしなかった。

 

逸らした半身の影が豪風で掻き消される中、ハヤトの瞳はドラゴンから刹那たりとも外れない。彼の視界に映るのは敵の姿のみ。

 

手の動き、脚の動き、目線——。相手の挙動を全て目で追い、三連撃目、四連撃目、五連撃目とドラゴンが齎す嵐のような蓮撃を的確に回避していく。

 

それは相手の動きに体が慣れてきたことの表れ。戦闘開始と比較してだいぶ動きに慣れてきた彼は常軌を逸した猛攻に顔色一つ変えない。背負われる幼女もまた、焦る様子はない。

 

 

「話してる余裕もねぇな」

 

「まともに受ければ二人揃ってあの世行きかしら。それは遠慮するのよ。ベティーを守ると言った以上、ハヤトには頑張ってもらうかしら」

 

「分かってらぁ。それじゃ、俺は回避に専念するから、ベアトリスはアイツの攻略法でも考えてくれ」

 

「そのつもりかしら」

「頼んだぜ」

 

 

言い、一度だけ大袈裟に後退するハヤトが崖を背にすると大剣を優しく下ろす。大剣を携えた状態だと小回りが利きにくいと判断した彼は、ドラゴンに通ずる唯一の武器を手放した。

 

本当は鞘に納刀するのがベストだが、ベアトリスを背負う上で邪魔になる鞘は衣服と一緒に放り投げたから却下。

 

敵を前に武器を手放すとは、随分と舐めプなことをすると自分自身で思う。が、自分の攻撃がまともに通らない以上はベアトリスが策を見つけ出すまで待ち、つまりは回避に専念するしかない。

 

 

「専念するってのもキツいけどなッ!」

 

 

コマのように回る動きに連動する尾が大気を押し退けながらしなり、先ほどの地獄が脳裏に過ったハヤトが真上に跳躍。一度でも拘束されれば今度は確実に死ぬと肝に銘じる彼は尾に触れることも己に許さない。

 

が、ドラゴンはその挙動が狙いだったのだろう。怒りに燃えていた表情が不気味に歪み、ニヤリと口角が釣り上がると薙いだはずの尾が波打つ。自由度が高く射程範囲の長い武器が宙に身を晒すハヤトの足首に伸びた。

 

頭の冷静さは取り戻したらしい。回避を誘発させて攻撃に転じる狡猾な戦法が機動力の奪われたハヤトの肉体を背負うベアトリスもろとも砕く——しかし、ドラゴンが得るはずだった感触は一向に訪れることはない。

 

 

「ナメんな。二度はねぇ」

 

 

崖の突起に手をかけるハヤトが片腕の腕力のみで体を持ち上げ、追随する尾から寸前で逃れる。目論見の外れた尾が執拗に伸び続けるも、崖を蹴り上げる肉体が斜め下へと射出、伸びる尾の真横を通り過ぎ、脅威から逃げ切った。

 

足裏から地表に滑り込むハヤト。思いつきでやってみたことが回避に繋がった事実よりも先に彼は続く連撃に意識を向け、

 

 

「もう十分なのよ」

 

 

今まで黙っていたベアトリスの声が起点となり、僅かな時間の中で構築された彼女の魔法が瞬間で展開される。自身の身に降りかかる脅威をドラゴンが悟った時にはもう遅かった。

 

ドラゴンを中心として空間が渦巻き、刹那で夥しい量の魔杭が獲物を取り巻く。直撃は生命の停止を意味する殺意が月光を反射させ、まるで獲物の不安を煽るかのように煌めいた。

 

照準は既に定められ、合図一つで放たれる。ベアトリスが命じるだけで——、

 

 

「ーーん?」

 

 

唸ったのはハヤトか、ベアトリスか。

 

恐らく両者共に唸り、正面の光景に違和感を覚える。ピクリと動いた眉間が表情の代わりに受信した困惑を語った。

 

違和感の元は取り巻く紫紺に対するドラゴンの行動。先程までは容赦のない蓮撃を息つく暇もなしに打ち込み続けていたにも関わらず、それを前にした途端に停滞。

 

首を回し、置かれた状況を把握する双眼が厄介そうに尖ると、背に生えた巨大な翼が動きを見せる。展開する両翼が周囲に暴風を浴びせながら素早く動き、身をすくめた巨体を丸ごと覆い隠した。

 

——完全防御形態。

 

自分の最高火力を無傷で終わらせた翼が再び纏われたと知ったハヤトは舌打ち。しかしベアトリスは気に留めず、寧ろ交戦的な笑みを浮かべ、

 

 

「上等かしら。もろとも消し飛ぶがいいのよ」

 

 

守りに入るならば防御ごと仕留める気概のベアトリス。彼女が突き出した人差し指が空間を縦に小さく一閃、音もなく射出された魔杭が全方位から防御を削りにかかる。

 

直撃する一つ一つが、当たれば致命傷は避けられぬ効力を宿した魔法。鱗と魔杭が接触する度に魔杭が弾け、紫の粉塵がドラゴンを飲み込んだ。

 

圧倒的な数の暴力。それも、ベアトリスの場合は『量より質』と『質より量』の二つを兼ね備えた魔法。さしものドラゴンも無傷は有り得ないと思いたいハヤトだが。

 

 そんな彼の思いは、

 

 

「なんで……!? 直撃したはずかしら!?」

 

「おいおい。冗談抜きで笑えねぇぞ」

 

 

砕けた魔杭の粉塵が払われた直後。視覚に飛び込んできた情報にベアトリスの叫びが重なり、魔杭が無意味だったことをハヤトに知らせる。全く笑えない状況に苦笑すらできず、表情が固まった。

 

照準に乱れ無し。全弾直撃。外すわけがない。動かぬ的ほど当てやすい的はない。撃ち漏らしはなかった、なかったはずだ。

 

 なかったのに。

 

 

「無傷とか。マジでどうなってんだよ」

 

「ありえないかしら」

 

 

閉じた翼が開くと、中から凶暴な表情が顔を覗かせた。鋭利に尖る瞳が驚愕する二人を視野に収めると嘲笑したげに頬が釣り上り、不意にも口の隙間から牙が姿を露わにする。

 

やはり、翼は一番頑丈だったと嫌でも理解させられたハヤト。あの爆炎を無傷で凌いだのだから相当なものだと踏んでいたが、ベアトリスの魔法すらも無傷とは、頑丈すぎる鉄壁に拍手すら送りたくなった。

 

しかし、それだけで終わらせないのがベアトリス。防がれた事実を瞬時に思考から切り離し、視野に入ってきた情報が無傷の事実だけでないことを理解した彼女はハヤトの肩を叩き、

 

 

「ハヤト。ドラゴンの翼をよく見るかしら」

 

「翼……? 特に変わりねぇけど」

 

 

目を細めるハヤトは指摘されて見たが、目立った変化はなかった。依然としてドラゴンを守る盾は存在を堂々と主張している。もしあれで飛行能力でもあれば、自分達に勝ち目はないと不覚にも考えた。

 

分かりきった答えを即座に返したハヤトに返ってきたのはベアトリスの同調の声。「そうかしら」と一度だけ頷く彼女は、手を乗せる肩に顎を置くと、

 

 

「変わりないことがおかしいのよ。あの魔獣の胸部を見たら分かる通り、今の魔法は直撃した部位が結晶化するかしら。時の静止ーーその可視化と言ってもいいのよ。でも、翼だけは特に変わりはない」

 

「つまり?」

 

「鈍いやつかしら……。つまり、あの翼にはカラクリがあって、魔法そのものを無効化しやがるってことかしら。現に、始めに当たった部位には効果があった。仕留め切れてないのが癪に触るけど、事実かしら」

 

 

淡々と語るベアトリスにハヤトが納得の声を上げながら理解。こちらへと突っ込んで来ているドラゴンを注視すると、より理解が深まる。

 

胸部は紫色に結晶化してるが、翼に紫色は一欠片もない。つまりは、魔杭の効力が発揮される部位とそうでない部位があるということ。それなら自分の特大火力が空振りに終わった説明がつく。

 

 

 ーーなるほど。よく分かった

 

 

「なら、魔法が効かねぇのは翼だけか」

 

「どうしてかしら?」

 

「翼以外の鱗が魔法を無効化できたら、わざわざ全身を覆う必要もないだろ? 何が来ようが今みてぇに真っ直ぐ突っ込むはずだ」

 

 

強ち間違えでもなさそうな推測を伝え、ハヤトは正面に駆け出す。闘牛のようにタックルを回避すると、足払いとして直後に薙ぎ払われた尾を軽めの跳躍で回避。

 

体を反転させるハヤトはドラゴンを睨むと浅い呼吸を繰り返し、次なる攻撃に緩く構えた。攻撃を捨て、回避のみに全力を注ぐ彼の命にドラゴンの狂気は届かない。

 

 

「無効化してるカラクリは、恐らくマナを散らしていること……けど、この際そんな事はどうでもいいかしら。今、ベティー達に必要なのは翼に魔法の効果は無いってことだけ。それだけでいい。考えることはもっと他にあるのよ」

 

 

攻撃の手が緩まず、ハヤトの息が着々と荒ぶってきている今。真横で彼の疲労を感じるベアトリスはその言葉で翼から論点をズラす。効かないなら効かない、それで納得した。

 

着々と相手の情報が収集され、攻略の糸口へと近づいてようとも、ドラゴンには関係ないのだから。依然として激流のような蓮撃が自分を背負う男に襲い掛かり、会話の妨げをしてくる。

 

彼のことを思うと今すぐにでも仕留めに掛かりたいが、残念なことにまだ仕留めに至るまでの道ができておらず。結果を焦ると自滅する危険があるため、無理はできない。

 

故に、ベアトリスは頭を回す。彼は自分に考える時間を与えているならば、自分も彼の活躍に応える必要があるのだ。

 

 

「今考えるべきことは、魔獣に決定打を与える方法。一撃で魂を根こそぎ狩り取るまでの道筋かしら」

 

「地道に削るのは?」

 

「論外。そんな悠長な真似をしてたらハヤトが先に削り切られるのよ。やるなら一撃で、確実に」

 

 

縦横無尽に揺れ動く世界の中でベアトリスは一人考える。目の前の魔獣のみに集中する彼女は、今までの戦果で得られる情報はないかとぐちゃぐちゃになった頭の中を整理。

 

知識として目の前のドラゴンを知らない以上、まずは情報を整理。記憶の中から必要な情報だけを引っ張り出し、頭の中の魔獣図鑑、その一ページにこの魔獣を書き足す。

 

数多の知識を持つ自分も知らない魔獣が、まさかこんなに近くに存在していたことに驚愕しなくもない。それも、ドラゴンという三大魔獣を外せば確実に頂点に立つ魔獣。

 

何をしてくるか分からない。どんな能力を持つのかも分からない。だからベアトリスは培った観察眼で僅かな情報の一つ一つを拾い上げる。

 

 

「ーーーー」

 

 

そんな時、ふと疑問に思う。自分が魔法を当てた胸部。あの部位は今どうなっているのか、と。

 

結晶化しているならば魔杭の効力は発揮されていると考えて間違えない。時は止まり、内側にも甚大な被害が及んでいるはずだ。そうでなくとも鱗が砕けてるはずだ。

 

しかし、ドラゴンは健在。それが意味するのは、鱗が守る皮膚——その内側に魔法が届いていないこと。仮に届いたならば今頃ドラゴンは血液の循環が止まり、意識を失っている。

 

ならば、どうして結晶化だけで終わるのか。そして、どうして鱗の内側に届かないのか。

 

 その答えはきっと、

 

 

「ハヤト。仮説ができたかしら」

 

「なんだ?」

 

「ベティーの魔法が直接的な被害を出してない理由は、おそらくあの鱗かしら。翼ほどじゃないにしろ、鱗にもマナを散らす能力がある……はずかしら」

 

「そんで?」

 

「仮説として浮かんだのは二つ。鱗が効力を全て受け止めてるか、単に打ち消してるか。何にしても厄介なことに変わりはないのよ」

 

「じゃあどうする?」

 

「二つのうちどっちの仮説が正しいか、あるいは見当違いか、確かめる必要があるのよ。つまり」

 

 

疑問符ラッシュのハヤトの口数が少ないことを視野に入れつつ、ベアトリスの口はそこで一旦止まる。

 

なんの沈黙か。意味の分からない沈黙に疑問符が爆発したハヤトは横目で彼女を見ると、彼女の顔が明後日の方向を向いていることに気がつく。一瞬も敵から離れなかった瞳が、今は別の方向に。

 

叩きつけられた右足に飛び退きつつ、釣られるがままに顔を向けるハヤト。彼は視線の先に自分が置いた大剣があることを知り、彼女の意図を察した。

 

 つまりは、

 

 

「結晶化した部位を斬ってみろってことか」

 

「そうかしら。斬れれば前者が正しく、逆の場合は後者になるのよ。仮に前者だったら、あの忌々しい鎧が紙同然になってるはずかしら」

 

「で、後者だったら弾かれると」

 

 

流石のドラゴンにもスタミナの概念はあったのか。ベアトリスの仮説がハヤトに共有されたとき、ドラゴンに息切れの挙動が見られた。ちょうどいい、駆け出すハヤトは大剣を拾い上げる。

 

ベアトリスの仮説。それは、鱗が魔法の効力を皮膚の盾として全て受けている、というもの。それなら内側にも被害は無く、動きに支障がない理由にもなる。ただ、砕けない理由だけが不明だが。

 

なんにしても。その場合、鱗の時は確実に静止していることになる。ならば、結晶化した部位は幾分かは柔らかくなっているはず。ならば、斬れるのではないか。

 

 

「完全に理想論全開な仮説なのよ。効力が完全に打ち消されて、単に見せかけの結晶化だったら斬撃も通らない。懐に飛び込んだ反撃で死ぬかしら」

 

「博打ってやつか」

 

「そもそも。マナを散らす魔獣なんて、ベティーは白鯨くらいしか知らんのよ。そんな魔獣と同等の能力を持つドラゴンなんて、どんな能力を保有しててもおかしくないかしら」

 

「三大魔獣の一角と同等の能力を持つドラゴン……あれ? 俺ってもしかして、相当やべぇ魔獣と一対一(サシ)で殺り合ってたりする?」

 

 

剣先を地面に向けた状態で柄を握りしめる右拳に力が入るハヤトが苦笑いしながら何度か深呼吸。ドラゴンが息切れしているうちに自分も荒いだ息を整える。

 

流石のハヤトもここまで疲れるとは思わなかった。それも、相手が白鯨と同じ能力を宿す魔獣となれば不思議と納得してしまう部分もあるが、納得するもの嫌な話。

 

ベアトリスの言うことが正しいならば。今、自分達の前にいるドラゴンは常軌を逸した力を持っていることになり、そんな化け物と一人で戦っていた自分の無謀さが理解できる。

 

 

「ま、ベアトリスがいるなら無謀でもなんでもねぇから関係ないけどよ。んで? もし、お前の仮説が間違ってた場合はどうなるって?」

 

「だから、懐に飛び込んだ反撃で死ぬって言ったかしら。大剣の刃こぼれ具合で鱗の硬さは大凡理解してる。弾かれてお終いかしら」

 

「まじかぁ」

 

 

落ち着き払った声色から洒落にならない内容の文章が告げられ、彼女らしからぬ運任せな作戦にハヤトがため息を小さく溢した。

 

ベアトリスは簡単に言ってくれるが。懐に飛び込むことなど死に急ぎ野郎、自殺願望は他所でやってほしいと周りからは言われる行為。できなくはないが、彼女の言う通り失敗は死を意味する。

 

だからハヤトとしては決定的な一撃を叩き込む瞬間以外では、なるべく飛び込まない場所と自分の中でルール付けしていたのだが。残念なことに彼女の声は本気の声をしている。

 

本気の本気で、死域に飛び込めと言っている。

 

 

「……前者であってほしいと願いたい」

 

「後者だったら、二人揃ってお花畑かしら。冥土の土産には何を持っていくか考えておくのよ」

 

「ざけんな。後者だろうが生き延びてやるっての。つか、お前なら、そうならないためになんか策でも考えてんだろ?」

 

 

ベアトリスの冗談じみた軽口に、真面目に返したハヤトが横顔で彼女に問う。普段なら乗っかってくるはずの彼は、至極真面目な顔つきをして真面目な返答を彼女に迫った。

 

当たり前だ。例え博打の策だとしても、ベアトリスがそれをそのままにするわけがない。何かしらの策を講じ、生存確率を少しでも上げようとするはずだとハヤトは信じている。

 

だって、ベアトリスは自分を守ってくれると言ったのだから。口から出た言葉を容易く裏切るような彼女ではない。

 

向けられた横顔と一緒に無言の信頼を一身に浴びせられたような気がしたベアトリス。彼女は改めてハヤトという男の性格を認識して数瞬だけ息が詰まるが、

 

 

「ベティーを信じて突っ込む。ただそれだけでいいかしら」

 

「おう。分かった」

 

 

今度は全幅の信頼を一身に浴びせられたと確信した。気がしたのではなく、確信した。この男は心の底から自分のことを信じ、命を預けている。自分と同じように全てを委ねていた。

 

特に説明も無しに「信じろ」と言って「分かった」と返ってくることが何よりの証拠だ。策の詳細を聞かずに納得するなどありえないが、これも三ヶ月間で培った絆の賜物だろう。

 

言葉で伝えられた時点で確信していたことが今、二度と揺らがないものとなった事をベアトリスは強く感じている。不覚にも緩んだ頬が情けない笑みを浮かばせた。

 

 

「そんじゃ。なにをするかは知らんが、俺はマジで突っ切るから。よろしくな」

 

 

クールタイムが終わりそうな気配を察したハヤトがそう言いながら大剣を両手で握りしめ、正面に構える。睨む双眼の先——息切れの挙動が過ぎ去ったドラゴンが再び攻撃を開始するべく牙を剥いていた。

 

背中の幼女が緩んだ頬をどうにか整えていることなど知らないハヤトは意識を集中。狙いを一点に絞り、絶対に外せない一撃を直前に控えた彼は大地を踏みしめる両足に全霊の力を込めた。

 

 

「準備はいいか?」

「いつでも」

 

 

ハヤトが狙いを定めている間にベアトリスも色々と整えたらしい。自信満々な声が耳元で聞こえ、お互いの準備が整ったところで彼は軽く頷いた。

 

なら、あとはハヤト次第。彼のタイミングに合わせてベアトリスがなんらかの策を講じ、その隙に一気に懐へと入り込み、両手で携えた大剣を渾身の力で振り切る。

 

 問題はそのタイミングだが————、

 

 

「ーーーッッ!」

「いくぞーーッ!」

「ウル・ヴィータ!」

 

 

 ドラゴンの咆哮。

 ハヤトの掛け声。

 ベアトリスの詠唱。

 

 三つは、ほぼ同時だった。

 

ドラゴンの息切れが戦場に齎した膠着——戦う存在達に一時的な休息を与えていたそれが咆哮によって破壊され、反射的に声を上げたハヤトが足裏の大地を爆発させ、呼応したベアトリスの魔法が刹那で展開。

 

一度は開いた二人と一体の間隔が詰められる中、最も早く結果を出したのは、最も遅く動いたベアトリスだ。数値に表すこともできないコンマ数秒の遅れを取り戻す彼女の魔法が効力をドラゴンに叩きつける。

 そして——、

 

効力が形として表れた瞬間、不意にドラゴンの猛進が止まる。否、両足が岩肌に四十センチ程度沈み、予想だにしない出来事に処理の追いつかない肉体が前へと大きく躓いた。

 

まるで、物理的な重量にのしかかられたような倒れ込み方。今までは巨体の重量を立たせていた足裏の岩肌が盛大に砕け、前に進む慣性を殺しきれない体が見事に飛ぶ。

 

ベアトリスの策が完璧にハマったと察したハヤトの動きは滑らかなもの。低姿勢で鋭く駆ける彼の肉体が、作り出した好機を逃さんばかりに一気に懐へと入り込み、

 

 

「斬れろォォーーッ!」

 

 

紫紺と刃が触れ、僅かに鱗の抵抗を反動として手元に感じたハヤトが抗いの咆哮。大口を開け、喉が崩壊してしまいそうなほどの大声が、この瞬間だけ纏われ続けた金色の覇気を増加させる。

 

勢いそのまま、過ぎ去りざまに一閃。一撃離脱のスタイルを崩さないハヤトが大剣を横薙ぎに振り切る。反撃を警戒して脇腹を抜け、背後へと駆け抜けた直後、彼の目には砕け散った紫紺の結晶が見えた。

 

それだけではない。大剣を振り切った直後に得られた手応え。これまでとは比較にならない程に大剣が深々と肉の中へと斬り込みを入れたと、感覚的に分かった。

 

 それはつまり、

 

 

「前者だ、ベアトリス! 勝機が見えたぞ!」

 

「良くやったかしら!」

 

 

 反転。

 

確かな手応えに歓喜の声を上げたハヤトはしかし一つの感情に身を委ねることなく、反撃に構える爪先が前に進む慣性を殺しつつ前方を睥睨。

 

激痛でも感じたか、絶叫を上げるドラゴンがドス黒い血を胸部から噴水の如く溢れさせていた。一度も苦鳴らしいと苦鳴を震わせなかった喉が今ようやく、身を裂かれた斬撃に悲鳴を上げている。

 

手応え。ドラゴンの絶叫。更には大剣が浴びた返り血。

 

間違えない、ベアトリスの仮説は前者の方で確定だ。彼女の魔法は直接的な被害は出さずとも、鎧を剥がす役割においては十分な効力を発揮している。

 

長いこと戦ってきてやっとハッキリ見えた勝機にハヤトの表情に光が差す。彼女の力があればドラゴンにも斬撃は通用し、やられた分を全て返せると考える彼は今日一番に嬉しそうな笑みだった。

 

 

「となると、次はどうする。一撃で命を狩り取るって言うがよ。ンなことできんのか?」

 

「首を落とせば、できんこともないかしら」

 

 

そう言われたハヤトがドラゴンに目を凝らした時、彼は改めて違和感に気づいた。ベアトリスが詠唱をした直後に起こった出来事、未だに地に沈む巨体の姿。

 

何かしらの魔法を使ったと思うが、明らかに異常な光景。言葉そのままの意味で体が地に沈んでいる。躓き、うつ伏せで転倒した肉体を支えきれなかった岩肌が砕けに砕け、ドラゴンの型が地面に作られていた。

 

何をしたのか。聞きたくないわけでもない。が、今はそれよりも大事なことがある。

 

 

「首を落とすってことは……お前が首を結晶化させて、俺が一気に刎ねるってことか?」

 

「理解が早くて助かるのよ。ベティーの魔法がハヤトの斬撃を生かせると分かった以上、それ以外にやり方はない。道は作るから、後はハヤトがなんとかするかしら」

 

「任せとけ」

 

 

短い作戦会議が終わり、二人の意識が魔獣に引き寄せられる——効力の消失した魔法がドラゴンを解き放ち、血走った瞳が振り返ると、男に背負われた幼女を溢れる殺意で睨んだ。

 

本能的に分かっていた。今の原因があの嘲笑した笑みを浮かべる子どもだと。初めに来た時はなんの冗談かと思ったが、一連の流れで男よりも厄介だと思い知らされた。

 

ここまで自分をコケにしてくれた人間は二人目。偶然なことに、一人目、二人目が自分の目の前にいるドラゴンの頭には殺す以外の選択肢などない。

 

故に、ドラゴンは猛進し。

 

 

「そう何度も近づけると思ったら、大間違えなのよ」

 

 

生じた紫紺の衝撃波に吹き飛ばされる。

 

突撃する巨体に手をかざしたベアトリスが呟いたのと同時、渦巻くマナが衝撃波を生み、正面に波紋した暴力が自身の何倍もある巨体を軽々しく崖へと叩きつけた。

 

まただ。また身体が軽くなった。

 

瞬間的にムラクの効果を付与、無詠唱で発揮した魔法が肉体を強制的に無重力へと誘い、爆発したマナに吹き飛ばされる。

 

原理は単純だが、齎される効果が尋常ではないことをドラゴンは痛感。だが、魔獣である以上、敵対する存在の息の根を止めるまでは決して止まらない。

 

四肢を岩肌に触れさせると、牙を剥いて豪速で距離を詰めにかかった。まずは幼女から噛み砕きにかかる。

 

 が、

 

 

「当たらねぇよ」

 

 

鋼をも噛み砕く凶悪な顎がベアトリスへと届く寸前、斜め上へと跳躍するハヤトが顔の横を通り過ぎる。短時間の間に幾度となく見てきた攻撃など今のハヤトには当たらない。

 

回避した二人を追いかける視線が後方へと振り返り、視界に映り込む紫紺色に翼が半ば反射的に反応。羽ばたく両翼が射出した魔杭の全てを弾き飛ばした。

 

偶然か必然か。苛立ちげに目を細めるベアトリスを他所に着地したハヤトが後ろへと飛び退く——空を噛み砕いた牙がハヤトの頭に照準を合わせていた。

 

 

「ウル・ミーニャーー!」

 

 

回避に専念するハヤトの背中でベアトリスが己のマナへと呼びかけ、応じたゲートが外へとマナを流し出す。時を殺す煌めきを孕んだ、紫の殺戮者達が光の舞台を埋め尽くした。

 

夥しい量の魔杭。三人の頭上で停滞するそれらはドラゴンからすれば脅威の集団。浮かべた瞬間に撃って来たなら翼で迎え撃てたものを、敢えて停滞させるあたり、性格の悪さが知れる。

 

既に魔法の危険性は把握済み。故に、視界の上にチラチラと映る紫に常に気を張ってなければならず。『そこにいる』だけで注意を削ぐ魔法とは、本当に厄介だ。

 

 それも、

 

 

「エル・ゴーアーーッ!」

 

 

今度はハヤトの詠唱。

 

ベアトリスの声量を軽く凌駕する爆音がドラゴンの鼓膜を殴りつけ、魂の炎が熱波を引き連れて火球として彼の前に表れた。

 

都合六個。魔杭と比較するとだいぶ数の差があるが、代わりに圧倒的な熱量を宿しているそれらは無抵抗に直撃すれば火傷では終わらせない、炎の終焉を呼び寄せる純粋な脅威だ。

 

ハヤトと同時に飛び出す火球が術者よりも先に対象と突撃。迎え撃つ翼が団扇を扇ぐように動き、動作を起点に暴風が術者もろとも火球を振り払った。

 

八方を吹き回す風が荒々しく唸り、顔を向けていられないほどの風にハヤトの体が押し戻される。咄嗟に大剣を地面に突き刺す彼は、それ以上押し戻されぬように歯を食いしばった。

 

敵を見失い、明後日の方向へと飛んだ火球が崖上で爆発する中。両翼のみで魔法を払い除ける魔獣に戦慄。腕で迎え撃ってくれたなら展開の仕様はいくらでもあったが、これでは特攻の意味がない。

 

 尤も。それは、

 

 

「ベアトリスぅ!」

 

 

 ハヤトが一人だったら、の話だが。

 

 

「食らうがいいかしらーー!」

 

 

 直後。

 

暴風に煽られながらも天を穿いた小さな腕が上空に停滞する殺意に攻撃開始を命令。無音で照準を定めた魔杭が、その破壊の力の矛先を真下に快哉を叫ぶ。

 

叩きつけるように撃ち出される魔杭が土砂降りを彷彿とさせる突貫を見せ、翼の防壁を抜けて無防備な鱗、殺意の行き先の首元へと突撃——が、これをドラゴンは待っていた。

 

 

「ーーーッ!」

 

「小賢しい真似をーー!!」

 

 

杭の先を眼前に捕らえた瞳がかっ開き、扇いでいた両翼が瞬時に全開。二人に向いていた暴風が上空に向けられ、夜空に浮かぶ星々すらも吹き飛ばしそうな風圧が魔杭に一挙にして襲いかかる。

 

それがドラゴンの狙いだったのだろう。押し寄せる暴風が止んだ時には既に事は済み、上空から降り注いだ魔杭をその動作一つで全て返り討ちにしていた。

 

 

「……厄介な真似しやがるのよ」

 

 

この魔獣。やはり、()()()()()。とベアトリスは舌打ちしながら思う。風圧のみで術者の制御の行き届かない距離に魔法を吹き飛ばした事は差し置き、ドラゴンの知性の高さに驚愕。

 

おそらく、意図的に翼で魔杭を防いでいる。先程のは偶然かと思ったが、今ので分かった。この魔獣は自分の魔法、その危険性を頭で理解し、尚且つ無効化できる方法で的確に対処できる知性を持っている。

 

知性の高い魔獣は他にも存在しているが、人間のような戦い方を選ぶ魔獣など初めて見た。敢えて魔法を誘発させて防ぐ。罠に嵌めたつもりが、逆に嵌められていた。

 

 

 ——勿論。ドラゴンの方が、だ。

 

 

「ハヤト!」

「分かってらァ!」

 

 

その声は、ドラゴンにとっては突然だった。やけに近く聞こえる声に意識を向ければ、眼下に男と、背に背負われた幼女の姿が見える。

 

男は無手だった。気づかれずに忍び込んだとはいえ、唯一の武器を手放して、自ら射程圏内に入り込んでくるとは結構。それで胸を貫けば致命傷を与えられたものを。容赦なく鉤爪を薙ごうと腕を振り上げ、

 

ふと、自分の首元に伸びる拳に気づく。

 

当然、金属を装備しただけの拳が自分の体を傷つけることはあり得ない。が、それでも気付いた途端から目が釘付けになったのは、多分。

 

 

「しゃ、らァァーーッ!」

 

 

その拳が、魔杭を握りしめていたからだ。

 

対応が追いつく前に差し込まれた魔杭が弾け、首元を守っていた鱗の一部が結晶化。粉砕には至らない効力は、しかし鋼の鎧を確実に無力化させる。

 

罠に嵌った。否、嵌ってやったのだ。

 

あれほどの大群を迎え撃ったドラゴンの瞳は「どうだこの野郎」とでも言いたげで。それが原因で、二人に油断を悟らせたことが作戦決行の決め手となった。

 

一体誰が『撃つ』事しかできないと言った。わざわざ撃たなくともベアトリスが細工をすれば、ハヤトが拳を使えば、直接的に捻じ込む事だって可能なのだ。

 

 

「軽く跳ねるかしら」

「軽くだな」

 

 

成った事実に遅れて感情が気付き、罠に嵌められたのは自分だったと知った鉤爪が叩きつけられる寸前、言葉の通りに軽く跳ねたハヤトの体が今の挙動からでは想像しずらい速度で後方へと飛ぶ。

 

手加減に手加減を重ねた跳躍力が、まるでバネ仕掛けのように二人を鉤爪から逃した。何をしたか、陰魔法の『ムラク』がハヤトにかかる重力を軽減させただけのこと。

 

ただ、それだけのこと。

 

 なのだが、

 

 

「やっぱすげぇな、ベアトリス! アクラしてるのもあるだろうけど、身体が軽くなるとかの次元じゃねぇぞ!? ムラクすげぇ! 陰属性強ぇぇ! いや、ベアトリスが強ぇよ!」

 

「そ、そんな急に褒めるんじゃないかしら。制御が誤って誤爆したらどうするのよ」

 

 

彼女が援軍として来てから戦況が自分達の方に傾きつつあることに、色々と感極まったハヤトがムラクの効力を身体で感じ、不意に湧き上がる高揚感が感情を言葉にする。

 

それを受けたベアトリスは満更でもない表情だ。感情が素直なハヤトは言葉が真っ直ぐで、毎度の如くベアトリスが心を揺さぶられるのは言うまでもない。

 

現に、気分を良くした彼女はハヤトの肩に顎を乗せ「見てるがいいかしら」と前置きながらドラゴンを睨むと、

 

 

「エル・ミーニャ」

 

 

幾度となく刻まれた詠唱が二十の魔杭を呼び出し、瞬間で放たれる。

 

鰯の群れを幻視する魔法はこちらへ向かってくるドラゴンと真っ向から衝突する軌道。用意された翼が難なく迎え撃ち——、

 

 

「ナメるんじゃないかしら」

 

 

ベアトリスの人差し指が、まるで指揮棒のように横へと振られると、意思に従う魔杭が軌道を変えて左右に分かれた。薙いだ翼を回避して側面へと回り込み、挟み撃ちの構図が瞬間で展開。容赦なく撃ち込む。

 

が、それは身を包む二つが完全防御形態を完成させた直後の話だった。迎え撃てないことを瞬時に理解した両翼が防御に徹し、結果としてあと一歩のところで首には届かなかった。

 

左右の展開虚しく、魔杭が儚く散る。相手の魂を一撃で狩り取るための道は自分が作ると言ったのに、言葉とは裏腹に魔法は結実せぬまま破片となって宙を舞った。

 

頑丈な割には機動力のある翼が開くと、防御を抜けた瞳がベアトリスを一直線に射抜く。お前がどれだけ策を練ろうが全て無駄だと、そう語る赤色の瞳が嘲笑したげに釣り上がり、

 

 

「だから言ったかしら」

 

 

 射抜いた澄まし顔が不敵に笑う。

 

 

「ベティーをナメるんじゃないのよ」

 

 

 それは、ドラゴンの命に崩壊を呼び寄せる。

 

 

己の策が散った人間にしては整いすぎている表情を見た直後、ドラゴンは彼女の策がまだ終わっていなかった事を知った。そして、魔杭を防いだ時点で彼女の術中にはまった事を数秒後に知ることになる。

 

突き出した腕を起点として役目を終えたはずの魔杭——その破片が眩い極光を纏い、力無く地面に落ちるはずだった魔法の残骸にベアトリスが再び命を吹き込む。

 

数瞬もせずに効力を失った魔法が息を吹き返し、魔杭から小さな魔杭がいくつも形を成す。小さな杭といっても、そのサイズはハヤトの手の人差し指ほどに匹敵し、一つ一つがベアトリス意志を宿した。

 

二十もの魔杭が砕けて形成された、五十を軽く凌駕する数の魔杭。それがドラゴンの内側と外側で矛先を定め、先端を首元へと向けた。

 

 そして、

 

 

「これで、準備は整った。ーーあとはハヤトが首を落としてお終いかしら」

 

 

冷酷な宣言を切っ掛けに、紫紺の杭が発射された。

 

 

 

 

▲▽▲▽▲▽▲

 

 

 

 

時間としてはおよそ五分の死闘。

 

人間と精霊と魔獣の戦いは時間の経過と比例して熾烈さを増すばかりで、その中で命を削る者達もまた、己の最善を尽くして勝利へと貪欲に食らいつく。

 

そして今。人間と精霊側が勝利へと王手をかける一歩手前まで到達したことをハヤトは理解した。ベアトリスも理解したのだろう、「ほぅ」と疲労気味に一息ついている。

 

しかし、彼女はあれだけの魔法を何度も展開しておきながら汗の一滴も垂らしておらず。それが大精霊たる所以なのだろうとハヤトは心の中で思う。

 

ベアトリスは強い。ドラゴンという三大魔獣を除けば頂点に立つ魔獣を相手にようが、大した脅威にもならなかった。

 

 

「さて。いよいよ、だな」

 

「いよいよ、かしら」

 

 

戦いに終止符を打つ瞬間の訪れを感じた二人は口を合わせて頷く。数々の苦難を乗り越え、いよいよ目の前の魔獣を仕留める準備が整い、十全な状態にまで戦況を持ってきた。

 

あとはベアトリスが言ったように結晶化した首を大剣で刎ね飛ばす。一撃で、確実に、それで戦いに決着がつく。

 

問題はどうやって首を刎ねるかだが。今のところ終止符を打とうにも道筋が見えず、ハヤトは頭を悩ませる。

 

悩みの元凶は苦しみ悶えている最中だ。ベアトリスの魔杭が首だけでなく片目にも直撃したらしい。瞼を閉じる間もなく赤の瞳が紫紺の瞳に変化し、瞬間で砕け散っていた。

 

 

「で、どうする。あとは俺がアイツの首を斬るだけだが。そう簡単にやれるとも思えねぇ。正面から突撃しても斬り落とす前に殺されるぞ」

 

 

彼女の魔法が結実し、防御の隙間を縫った魔杭が首回りを紫紺で染め上げ、完全に弱点となった部位を見るハヤトが視線をベアトリスに向ける。

 

自分が相手の首を刎ね飛ばす——道は作ってくれたが。残念なことに丸太のように太い首を落とすには数瞬の時間を要し、その前に瞬間で殺される未来が彼には視えていた。

 

何か策を講じなければ無謀な突撃になるに違いない。だからこうしてハヤトは頭を悩ませているのだが、

 

 

「一つだけ。策はあるかしら」

 

「なんだ?」

 

 

ベアトリスは既に考えていた。人差し指をピンと立てる彼女は、その後の数秒間は表情に葛藤を彷徨わせ、しかし己の中で踏ん切りをつけたのか「うん」と小さく溢し、

 

 

「ーーシャマク」

 

「しゃまく?」

 

「精神と肉体を分断する魔法。それでドラゴンの動きを止めるかしら。重力を乗せて拘束するのも一つの手だけど、その方が確実に仕留められる」

 

 

聞き覚えのある単語にハヤトが「なるほどな」と納得の声を漏らす。確かに、相手の動きを完全に止められる方法があるなら自分としてもやりやすい。

 

が、一つだけ引っかかる。魔法の名を告げる前に見せたベアトリスの表情。僅かに葛藤に揺れる瞳が何を意味しているのか分からない。

 

思っていることが表情に出ていたのだろう。ハヤトの疑問を察したベアトリスは「けど」と言いづらそうに口を開き、

 

 

「それだとハヤトにも影響が出る可能性があるかしら。ドラゴンに掛けるとなればベティーも手加減はできない。だから、効力がハヤトの精神にも及ぶかもーー」

 

「分かった。それでいこう」

 

 

 ーー及ぶかもしれない。

 

そう言い繋ぐはずだった口は最後まで続かず、代わりにハヤトの芯の通った声が彼女の言葉を優しく否定する。一切の迷いを感じさせない態度が懸念をぶち壊した。

 

言葉がストンと心の中に降りてきた途端、ベアトリスの口角が釣り上がる。驚いたわけでも、呆れたわけでもない。ただ、信頼が込められた笑みが葛藤を掻き消して勝手に浮かぶ。

 

 

「やれるぜ。それで俺の意識が闇に飲まれようが、そのためのアクラ(陽属性)だ。爆発させてやんよ。陰属性と陽属性が相反するなら、それで相殺ってな」

 

 

言ってることがめちゃくちゃだ。自分の魔法を相殺するなどできるわけがない。のに、ハヤトが言うと本当にやってしまいそうな勢いがあって。

 

それがベアトリスの意志を固めた。拳を握りしめてガッツポーズのハヤトの横顔に彼女は浮かんだ笑みを向けると、

 

 

「信じるかしら」

 

「おう。信じろ」

 

 

ベアトリスが言い。ハヤトが言う。

 

それだけでよかった。それ以外に要らない。

 

懸念も、葛藤も、全てが掻き消されて。二人だからこそ成立する言葉が、策を講じる抵抗を消し飛ばした。互いが命を預け合い、もう迷いはない。

 

 

「やるぜ、ベアトリス」

 

 

咆哮を聞いたハヤトが深く息を吐く。彼もまた、気持ちの切り替えをする時に深呼吸を行う人間。吐く息で余分な力を外に追い出し、吸う息で活力を漲らせる。

 

彼が気持ちを切り替えたのは他でもない、正面のドラゴンが大咆哮をしてたからだ。痛みの過ぎ去ったドラゴンが片目から血を流しながら殺意を爆発させ、溢れさせている。

 

これで何十回目。見飽きた、聞き飽きた。

 

数えきれない分の咆哮をその身で受けたハヤトに恐怖はない。鼓膜に耐性がつき始め、堂々たる立ち姿で睥睨する一つの瞳を睥睨し返す。

 

背中のベアトリスもまた堂々としている。捕まるハヤトの肩を力一杯握りしめた。例え彼が闇に飲まれようとも、自分の温もりを忘れさせぬように。

 

二人と一体の殺意が交差し、衝突の構図が自然と完成し、この夜の死闘に終止符が打たれる。

 

 決着の時が、目の前に迫り——、

 

 

 

「なぁ、ベアトリス」

 

 

 その寸前。

 

不意にハヤトが口を開く。最後の突撃を前に何を思って彼が自分の名を呼んだのか、ベアトリスは沈黙を返事としてハヤトの言葉を待つ。

 

待ったことがハヤトにとっては好都合だった。口元が小さく動いて言葉を贈る。

 

 そして、

 

 

「お前が陰属性を極めたんなら、俺は陽属性を極めてやるよ。それで相殺……いや、相殺通り越して俺の陽が陰を全部掻き消してやる」

 

「ーーーー」

 

「お前の陰は俺の陽が祓ってみせるよ。俺の知らねぇお前が、心のどっかでなんかに苦しんでんなら、俺が晴らしてやる。太陽みてぇにな」

 

 

もう二度と、自分はこの男から離れられないとベアトリスは確信した。瞳の奥が灼熱に焼かれて、下唇を噛み締める前歯が小刻みに震えている。

 

だから、それらを発散するためにベアトリスは目の前の首に両腕を回した。衝動的に動いた身体が彼の身体にしがみつく。

 

なるほど、こうすれば闇の中でも自分のことを忘れないだろう。否、忘れさせてたまるか。

 

 

「心配すんな。俺はどこにも行かねぇよ」

「そんなこと分かってるかしら」

 

 

優しく語られた言葉に即答し、ベアトリスは鼻を鳴らす。抱きつかれた事を彼は自分が心配していると思ったのか、全くの見当違いである。彼が自分の前から消えないことなど、分かりきったことなのだから。

 

即座に返された言葉にハヤトが薄く笑う気配。脅威的な存在を前にする二人は最後の最後まで余裕のある態度を崩さず、

 

 

「ーーーッッッ!!!!」

 

 

崩しにかかるのはいつだってドラゴンだ。

 

相手の空気が変わった事を肌で感じとり、この一撃に全てを賭けるつもりで飛び出した。自分の限界が見えてきた事実に恐怖しつつ、それでも獲物へと死を叩きつける。

 

既に油断などない。相手を自分と同等の力を持った存在であると認識し、最大限の警戒を払った猛進が獅子を幻視させた。これまでで最も洗練された突撃が殺意の終着点にある二つを仕留めにかかる。

 

無謀だと笑うがいい。愚策だと罵るがいい。己の全てを賭して大精霊と覇気を纏う男に突っ込む、誇り高きドラゴンを「馬鹿な奴だ」と言うがいい。

 

そんなもの知ったことか。だって今、自分の心はこんなにも燃えているのだから。プライドを捨てて本物の野獣と成り、貪欲に相手へと喰らいつくのだから。

 

小細工なしの真っ向勝負。勿論、相手は何かしらの小細工を仕掛けてくるはずだ。だとしても、もろとも打ち砕いてみせる。

 

それで負ければ、相手が一枚上手だったと負けを認めよう。悔いはない。全てを尽くしても勝てない相手に打ち倒されるのならば、いっそ清々しい。

 

 

 ーー最後の勝負だ。ニンゲン

 

 

人間と精霊、魔獣の対決に。森の主を決める戦いに。この瞬間をもって終止符を打とう。

 

牙と大剣が互いの射程圏内に入った。ドラゴンが飛び込めば顔面を噛み砕き、ハヤトが両腕を振り上げれば首が跳ね飛ぶ。

 

瞬間と数瞬の勝負。時として表すことが不可能な、ほんの僅かな攻撃の速度の差が勝負を決める。大口を開けた牙が大気を飲み込み、振り上げた大剣が紫紺に斬り込む。

 

 

 ーー殺った

 

 

そう思ったのはドラゴンだ。数瞬を瞬間で勝る牙が大剣よりも先に獲物を噛み砕く。相手の狙いは自分の首を落とすことだが。遅い、その前に背負う幼女ごとぐちゃぐちゃにしてやる。

 

勝機の見えたドラゴンの牙が鋭利に尖り、ハヤトの頭を飲み込む大口が彼の目と鼻の先に到達し——、

 

 

「ウル・シャマク!」

「アクラぁぁぁーーッ!!」

 

 

 魂の呼び声が共鳴し、『光』と『闇』が空間を飲み込む。

 闇が無理解へと世界を誘い、光が無理解の中で強く輝いた。

 その時点で、ドラゴンは全てを奪われた。

 

 

 

 

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 

 

 

 

 

 ーー忘れる

 

 

自分が立ってるのか座ってるのか、何も分からない。上下左右、正面背後が曖昧だ。息を吸っているのか、吐いているのか、血は巡っているのか、鼓動は続いているのか、生きているのか、死んでいるのか。分からない、分からないが。

 

 

 ーー振り払え

 

 

がむしゃらに闇を振り払う。振り払えてるのかすら分からない。けど、光に従って身体を動かす。動いてるのかも分からない。無理解、無理解。

 

その中で身体に纏われた光が怒号を上げて己に喝を入れている。忘れていたものが、少しずつ思い出せそうになる。無理解から救われる。

 

 

 ーー忘れるな

 

 

自分が何のためにここにいるのか。何を倒すためにここにいるのか。誰のために命を張っているのか、背中の温もりは一体誰なのか。耳元で必死に名前を呼び続ける幼女は誰なのか。

 

 

 ーー思い出せ

 

 

手に握る感覚を、大地を踏みしめる感覚を、心に宿る感覚を、命を燃やし、限界を超えた感覚を。自分が自分に齎した感覚の全てを、無理解の世界で全身に刻み込め。

 

でないと何も分からなくなる。外も無理解、内も無理解、唯一纏われた黄金が無理解を押し退けている。退けて、またすぐにやってきて、その度に何も分からなくなる。

 

忘れる、振り払え、忘れるな、思い出せ。

忘れる、振り払え、忘れるな、思い出せ。

忘れる、振り払え、忘れるな、思い出せ。

忘れる、振り払え、忘れるな、思い出ーーした。

 

 

『ーーハヤト!!』

 

 

光が闇を晴らすなら、お前の光で闇を晴らせ。お前の力は自分に力を貸すためのものじゃない、心を闇に覆われた人を助けるための力だ。それならば、彼女の闇は自分の光が晴らしてみせる。

 

 

『ーーハヤト!!』

 

 

首から回されている二つの温もりが名前を叫んでくる。無理解の世界で孤立していた心の中に、その声だけが強く流れ込んで。取り戻し始めた感覚を刺激している。

 

 

『ーーハヤト!!』

 

 

纏われた覇気が呼び声に応え、闇の中で意志の力が燃え上がる。音も、色も、感覚も——自分という存在すらも曖昧になった世界で、その炎だけが確かな光を放った。

 

陰に対抗する陽が肉体の輪郭を形作り、輪郭に覆われた精神が意味を取り戻す。直後に肉体へと思考を飛ばし、無理解の中で二つが再び結びつく。

 

精神が魔法を架け橋として再び肉体と一つになり、永遠の闇で奪われていた全てを、今この瞬間に根こそぎ取り返す。二度と奪わせやしない、光は決して闇には飲み込まれないのだから。

 

無理解が理解へと至り、思考が定まる。感覚を取り戻した肉体が魔獣の存在を捕え、斬り込んだ刃を振り切る腕が今日一番、全霊を何百倍も超えた力を帯び——やがて、

 

 

『ーーハヤト!!』

 

「おう。聞こえてるぜ」

 

 

 

 

 

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 

 

 

 

 

 世界からすれば、それはきっと数秒に過ぎない出来事だった。

 

 

 

詠唱に続いて暗黒が満ち、戦う者たちを容赦なく『無』の空間に閉じ込め。時間が経てば雲の隙間から光が差すように、また暗黒の中にも光が差し込む。

 

本当に僅かな時間——それまでの間に決着はついたのだ。噛み砕かれたか、あるいは刎ね飛ばされたかも理解できない状態で、死闘の終止符は確実に打たれていた。魔獣と人間と精霊の戦いは、終わっていた。

 

無理解の結果は、初めに静寂として表れる。音を発していた存在が呑まれ、今までの騒音がピタリと止み、嘘のように静まり返る。

 

戦闘直後の不気味な静けさ。まるで、世界が息を殺し、暗黒の中で起こった決着に固唾を飲んでいるかのように。

 

そして、闇が晴れたとき。

 

 

「ーーーー」

 

 

世界は戦いの結末を知った。

 

一つ物体が天空へと刎ね上がり、凶悪な顔が空を睨む。巨体が音を立てて地に沈み、穴の空いた肉体から鮮血が流れ出す。

 

それを足元に、携えた剣先を夜空に差し向けた男が一人。

 

背負う幼女が思わず安堵の表情を浮かべて男の名を呼び。男が満面の笑みを浮かべながら幼女に笑いかけて、口を開く。

 

勝利の咆哮をするわけでもなく。ただ、疲労だけを含ませた声が空間に響き渡り、

 

 

「やっと、勝てたな」

 

 

 

 

 ——カンザキ・ハヤトと大精霊ベアトリスの戦いは、この言葉を最後に終幕となった。

 

 

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