親友とリゼロの世界に飛ばされたお話   作:ノラン

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血と殺戮の裏で

 

 

 

音を立てながら巨体が崩れ落ち、刎ねた頭部が少し遠くで地表を爆ぜさせながら落ちる。大穴の空いた切り口から生臭い血液が一気に放出されれば、あっという間に血の海が完成。

 

その光景を足元に、時間的には五分弱の戦闘が今度こそ終わったとハヤトは知った。魂ごと抉り取った斬撃がドラゴンを仕留め、もう二度と咆哮が鼓膜を殴りつけることはない。

 

それらの事実が、ハヤトに安堵を齎した。

 

 

「勝てたん……だよな?」

 

「これで生きてたらありえないかしら。間違えなく勝ったのよ」

 

「だよな……」

 

 

言いながら、腰に巻きつけた帯を緩めるハヤトはベアトリスを背中から下ろす。魔獣の血に触れることを嫌がった彼女が血溜まりを避けて地に着地するのを横目に、彼は深々と息を吐いた。

 

倒れる巨体の上で腕を突き上げる気にはならない。安堵が高揚感に勝ったことで、そんな元気はなくなった。というか、自分一人の力で勝ったわけでもないのにできるわけがない。

 

 

「やべ……、マジで疲れた」

 

 

戦闘のために張り詰めていた緊張の糸が緩み、ついに大剣を握る拳から握力が消える。手放した鋼が魔獣が生んだ海の中へと落ち、赤色の飛沫を上げた。

 

なんとも情けない。大剣も自分も満身創痍。せめてあるべき場所に戻すためにフラつく身体をどうにか動かして鞘を回収、ついでに羽織も回収して彼は大剣を鞘に納刀。羽織を着る。

 

その動作を終えた頃、既にハヤトは膝をついていた。戦闘中に決して膝をつくことのなかった彼が今、刃の収まった鞘と共に燃え尽きたように倒れる。

 

歩いた勢いそのままに倒れたのが失敗だった。顔面から岩肌に直撃、「布団なら良かったなぁ」などと呑気に考えられない彼は「ごふっ」と苦鳴を小さく吐いた。

 

それ以降、体は動く気がしない。いつぞやの中間試験を思い出す。否、あのとき以上の被害に流石のハヤトは『気合』の気の字も湧いてこず、立ち上がれそうにない。

 

 

「大丈夫かしら。ハヤト」

 

 

澄ました声が頭から降りた瞬間、ハヤトは自身の体が優しい温度に包まれたことを感覚として理解した。ベアトリスが治療の詠唱を始め、自分の傷を癒している。

 

何も言わずに傷の癒やしを開始する彼女の有能さに感謝しつつ。不意に、ハヤトは中間試験の絵面と今の絵面が完全に重なる。

 

森を抜けて屋敷に帰ってきた直後のこと。倒れる自分と、治癒するベアトリス。あの時は「嫌かしら」と言っていたが、今は自分から魔法を使ってくれていると。ツンデレが抜けて単に優しくなった。

 

あの時と比べてどんな心境の変化があったのかは知らない。が、少なくとも訪れた変化が彼女にとって良いものだということはなんとなく分かる。

 

 

「いつまで眩しくなってんのよ、早く魔法を解くかしら。マナが涸れて干からびるのよ」

 

「それなんだが。いま、アクラを解くとその反動が出てきて……多分、ぶっ倒れる」

 

 

無言だったベアトリスが口を開き、苦笑するハヤトが冗談にならない発言。アクラを纏い続ける彼に彼女は眩しげに目を細めるが、しかし彼が魔法を解くことはない。

 

当然だ。ハヤトが扱う魔法『アクラ』は単に身体能力を上げるものではなく、元の身体能力に力を重ねるもの。

 

つまり、今のハヤトが倒れてないのはプラスされた分があるからであって。それが体から消えた場合、その瞬間に彼の意識は闇に引き摺り込まれる。

 

故にハヤトはアクラを解くわけにはいかない。事態の収拾がつくまで倒れるわけにはいかず、まだ頑張る必要があるのだ。

 

ベアトリスもハヤトの覚悟を察したのだろう。「相変わらずお前は馬鹿な男なのよ」とため息を一つ。頑張りすぎる男の背中をポンと叩き、

 

 

「それ含めて診てやるのよ。ベティーなら反動も少しは軽減できるかしら。ほら、早く解くかしら」

 

「え、んなことできんの?」

 

「ベティーを誰だと思ってるかしら。その程度の事なんてお茶の子さいさいなのよ」

 

 

「とっとと解くかしら」と小さな両手が背中に添えられ、ハヤトは思わず笑声を音にする。これまでにも彼女の力には驚かされっぱなしだが、戦闘後にもそれが来るとは思わなかった。

 

恐るべしベアトリス。流石ベアトリス。

 

添えた両手に「身を委ねろ」と言われた気がしたハヤトは言葉の通りに張っていた力を解き、全身から力を抜く。マッサージを受ける感覚で疲労を口から吐き出した。

 

瞬間、彼女が扱う治癒魔法の練度の高さが身に染みる。反動が——どっとのしかかるはずの戦闘の代償が全く訪れないのだ。寧ろ、心地よい感覚に体が軽くなっていく。

 

治癒魔法とはここまでのものなのか。ベアトリスの力が常軌を逸しているだけかもしれないが、それを差し置いても負った傷が短時間で塞がる光景はいつ見ても目を見張る。

 

 

「ありがとな。ベアトリス」

 

「別に。今やっておいた方が後々楽になるからやってあげてるだけでーー」

 

「違う。ここに来てくれたことに、だ」

 

 

鼓動と呼吸が安定したハヤトが落ち着いた声で横に座るベアトリスに感謝を告げる。言葉を遮られた彼女は途端に息が詰まり、言葉を続けることはできない。

 

顔を向けて言えないことが残念だ。どうせなら向き合って、頭を下げて言いたい。けど、今のゆったりとした時間は直ぐに壊れると知るハヤトはその前に言葉に言葉を重ね続ける。

 

 

「お前が来てくれなきゃ、俺はきっと死んでた。さっきも話したがよ、お前がいるから俺は頑張れたんだ。俺一人じゃ勝てなかった」

 

「ーーーー」

 

「守ってやるだの信じろだの、色々とカッコつけちまったが。全部終わってみりゃ、実際のところは助けられてばっかだな。情けねぇ」

 

「ーーーー」

 

「だからもう一度言わせてくれ。ありがとう、ベアトリス。ここに来てくれて、俺に力を貸してくれて、一緒に戦ってくれてーー全部全部、ありがとう。本当に感謝してる」

 

 

思いの丈を連ねたハヤトは全てを言い切り、照れ臭そうに笑った。こんな真正面から感謝の言葉を言ったのは久々だ。やっぱり顔を向けてなくて良かった。

 

けれど、全て本当のこと。今回の敵は自分よりも遥かに格上で全く歯が立たず、あのまま一人で戦っていたら自分は確実に死んでいた。

 

自分の弱さを認められないほどハヤトは未熟者ではない。故に、相手が己よりも強いと理解していたし、今の自分には格上と戦ったとしても負けの道しか存在しない事など知っている。

 

だから感謝した。負けの道のしかない未来にもう一本の道——勝ちの道を引いてくれた彼女にハヤトは最大で最高の感謝を贈った。

 

 

「ーーーー」

 

 

言い切って満足するハヤトの真横。身体を休めることに専念し始めた男の直ぐそばでベアトリスは沈黙している。否、今にも溢れそうな言葉を我慢している。

 

ハヤトの言葉が感情のトリガーとなったのだろう。頬を真っ赤に染める彼女はニヤけそうになる頬を抑え、色々と爆発して言葉が漏れかける口元を固く閉じていた。

 

顔を向けてなくて良かったーーそう思ったのは二人共通のことだった。お互いが別々の理由で顔を直視できず、程なくして気まずい沈黙が二人の間に漂い始める。

 

 

 ーーお前ら。無事でいてくれよ

 

 

沈黙の訪れを側に、そう思うのはハヤトだ。自分の戦いが終幕したことで心に余裕が生まれ、彼は気にしないようにしていたことを思い出す。

 

脳裏に浮かんできた影は三つ。自分と分かれたテンとラム、そして助け出されたか曖昧なレム。その三人が連続して現れ、途端から頭の中を埋め尽くした。

 

自分の戦いは終わった。しかし、今夜の戦いはまだ続いている。今、こうしている間にも三人はどこかで戦っているのだから。自分と同じように傷付きながらも生き残るために命を燃やし。

 

本当の終わりは、自分達が全員揃ってエミリアの下に帰った時。五人で生きて帰って、やっと今夜の物語を締めることができる。それまでは完全に気を抜くことはできない。

 

 

 ーー死ぬんじゃねぇぞ、相棒

 

 

三人の生存を祈る中、ハヤトには一抹の不安があった。不安、というよりも懸念に近いかもしれない。三人のことを考えた時、音を立てて思考に生じた一つの考え。

 

それは。テンがレムとラムを守るために自分の命を危険に晒す、というもの。

 

ありがちな展開だが、実際にやってみてその恐ろしさがよく理解できた。だからこそ、その選択は無謀すぎると断言できる。もう二度とやりたくないと心底思った。

 

あの男ならやりかねない。理由はない。敢えて付けるならば彼の人間性が理由だ。襲いくる輩から二人を守るためにテンは一人だけで戦うと、ハヤトは確信している。

 

テンというのは、そういう男なのだ。

 

 

「ーー終わった。応急処置は済んだかしら。走るくらいはできるはずなのよ」

 

「そうか。助かったぜ」

 

 

思考の海に意識を漂流させていたハヤト。彼は自分の体から温もりが消失し、次にベアトリスの声が聞こえたことで意識を現実に戻す。

 

アクラを解いた肉体にしては健康すぎる状態に内心驚愕。なんの乱れもなく立ち上がることができた。土埃を払うついでに身体を確認したが、受けた傷の殆どが癒やされていた。

 

ただ、打撃の痕と若干の痛みは傷跡として僅かに残り、割れた額も衝撃がくれば簡単に開きそうな様子。

 

あくまで応急処置。動いても大丈夫な程度にしか癒されていない身体は、屋敷に帰ったら本格的な手当てを受ける必要がありそうな雰囲気。尤も、ハヤトからすれば十分すぎる。

 

起き上がり、固まった身体を解すハヤトは背筋を大きく伸ばす。「んーー!」と喉の奥を唸らせ、一気に脱力。余分な力が肩から抜けて楽になれた。

 

 

「うし。大体は大丈夫になった。流石ベアトリス、ありがとうな」

 

「ありがとうの安売りをすんじゃないのよ。ありがたみが薄れるかしら。……悪い気はしないから受け取っといてやるのよ」

 

「へいへい」

 

 

今度は面と向かって言えた感謝の言葉。心の整理がついた両者が向き合い、そうやっていつも通りのテンポで言葉を交わし合う。

 

いつも通り——腕を組んでプイッと顔を背けたベアトリスと、彼女のツンデレな反応にニヤニヤするハヤト。屋敷で展開する普段の二人が、今は殺伐とした空間で僅かに穏やかな空気を生じさせた。

 

その空気を察したのか。ベアトリスは思い出すように「そう言えば」と声を重ねて、

 

 

「ベティーはお母様(黒い本)に反抗してハヤトの場所にきてやったかしら。今までずっと従ってきたのに、どうしてくれるのよ」

 

 

組んだ腕を開放し、右手の人差し指でハヤトを指差す。完全に勢いに任せて出てきたが、今の自分は初めて自分の意志で屋敷から出た、謂わば空白の未来に背いたのだ。

 

一体どれほどの恐怖と不安を感じたか。降りかかった本人ですら理解の許容範囲を超え、思い出すと途端に怖くなってきた。でも、震えていないのは目の前の男のせいだと思う。

 

自分がベアトリスの精神安定剤になってることなど知らないハヤト。彼は「なるほどな」と人差し指を差し返すと、

 

 

「それは反抗期ってやつか。懐かしいもんだな。俺にもあったぜ。部屋に入ってくんじゃねぇ!って母親に枕ぶん投げたことがある」

 

「くそ野郎かしら」

 

「因みにその後、枕が分厚い本になって顔面に返ってきた。角っこが鼻に直撃して、しばらく転がり回ってた覚えがあるな」

 

「お前……、どんな母親と暮らしてたのよ」

「いや別に。普通の母親だが」

 

「今、ベティーの普通が壊された気がしたのよ」

 

 

自分の中の母親像が壊されそうな気配にベアトリスは失笑。あまりにも普通に返されるものだから思わず笑みが音として噴き出た。

 

自分が覚悟を決めてした事を、目の前の男はさも普通であるかのように言いーー。違う、普通なのだろう。ハヤトからすればその程度の事は大した壁にもならない。

 

吹き出したベアトリスにハヤトは理解が通らない表情をしている。ただ、普通のことを言っただけで笑う彼女の心が読めず、困惑気味に首を傾げた。

 

そんな態度を見ていると、なんだか自分の考えていたことがベアトリスにはバカらしく思えてきた。自由で、呑気で、芯の通った彼と一緒にいると、悩みが勝手に晴れていく。

 

これもハヤトの美点か。彼と言葉を交わしている人は自然と悩みが晴れて、ごちゃごちゃ考える必要なんてないのだと、そう思わされる。

 

 

「ハヤト。ベティーを見てなにか気づくことはないかしら?」

 

 

気分が晴れた、と言うべきか。なにか、ずっと心の中にあった歪みが消えていく感覚に、ベアトリスがほんのりと笑いながら問いかける。

 

それはまるで、自分のことを見てほしがる乙女のようで。不意の出来事だったためにハヤトは一瞬だけ言葉が詰まり、動揺を悟らせぬために彼女の事を注視した。

 

何か気づくこと。目の前の幼女に普段と違う点はどこかと考えた時——、

 

 

「ん……? お? おお! おおお!?」

 

 

「お?」で髪飾りの存在に気付き、「おお!」でまさかまさかと凝視し、「おおお!?」で確信を得る。

 

見えた。彼女が薔薇の髪飾りで髪を飾っている。

 

予想通りすぎる反応。ベアトリスは溢れる笑みを表に出さないように、けれど結局は、ふにゃっと緩んだ頬が情けなく笑みを全開にすると、

 

 

「ハヤトが贈ってくれた髪飾り、付けてやったかしら。別に、ハヤトに喜んでほしいわけじゃないかしら。偶には付けてやらんとかわいそうだと思ったからーー」

 

 

予備動作は無かった。予兆などなかった。故にベアトリスがハヤトの行動を察することはできず、彼女の言葉が最後まで紡がれることはなかった。

 

腰の下に手を差し込まれ、低かった目線が一気に高くなり、見上げていたハヤトの姿が一瞬で自分よりも下に映る。

 

何が起こったか。ハヤトが感極まってベアトリスを抱き上げたのだ。歯を見せて笑う彼は彼女を見ながら満面の笑みを弾けさせている。

 

もちろん、手足をバタつかせて頬を紅潮させるベアトリスをほったらかしにして。

 

 

「よく似合ってる! サイコーにかわいいぜ! 俺の目に狂いはなかったか。候補は他にもあったんだが、やっぱそれが一番似合ってる!」

 

「ちょ。ぁ、ぅ。ベティーはそんな反応を、期待したんじゃ……っ」

 

「良い! 良い! めっちゃ良い! お前ほんと、かわいいな!」

 

 

付けてくれた事への喜びや、似合いすぎている事へ感動が一挙に押し寄せたハヤトはベアトリスを下ろそうとはしない。「ははは!」と無邪気に笑う彼は本当に嬉しそうだった。

 

抱き上げられるベアトリスも満更でもなさそうにハヤトの目には映っている。そもそも、「離す」や「下ろす」などの単語が出てこないあたり、彼女の心境がなんとなく読めた。

 

そうして二人がわちゃわちゃしていると、

 

 

「ーー脳筋!」

「ーーハヤト君!」

 

 

今まで無かった声が空間に響きながら森の中から出てくると、反射的にハヤトの視線は声の方向へと向く。見えた途端、彼の表情は更に嬉しそうに明るくなった。

 

見えたのはレムとラムだ。二人とも無事だったらしい。疲労感を纏っているが傷らしい傷は見られない事にホッとして安堵。不安要素が一気に二つも消えた彼は無意識に「ほぅ」と息を吐く。

 

が、レムとラムからすれば目の前の光景に理解と把握が追いつかず。そのせいで色々と疑問が浮かんでいた。

 

まず、どうしてハヤトがベアトリスを抱き上げているのか。次に、どうしてベアトリスがいるのか。最後に、後ろで倒れている魔獣はなんなのか。

 

 

「どうしてベアトリス様が?」

「助けに来てくれたんだよ」

 

「後ろの魔獣は一体……」

「ドラゴンって奴だな」

 

「なぜ、脳筋がベアトリス様を抱き上げて?」

「ベアトリスがやってほしそうでよ」

 

「そんな事ないかしら! というか、いつまで抱き上げてるのよ!」

 

 

二人の疑問に端的に応じ、ハヤトはベアトリスを優しく下ろす。吐息がいつにも増して熱っぽい幼女の頭を撫でながらハヤトは二人のことを見ると、

 

 

「とりあえず無事で良かった。合流できてなによりだ」

 

 

言い、真面目な表情で頷く。

 

はちゃめちゃなタイミングで登場してくれたが、何はともあれ無事に会えて嬉しい。レムはラムに背負われているが、命に別状はなさそうな感じだ。

 

頷き返したレムとラム。彼女らもハヤトが無事だったことに一安心。光景と様相が彼の身に降りかかった厄災を物語っているが、形としては無事。

 

 

「不幸中の幸い、と言うべきなのかしら。ベアトリス様がシャマクを使わなければ、脳筋の位置は分からなかったかもしれない」

 

「だってよ、ベアトリス。良かったな」

 

「ベティーは別に姉妹のためにやったわけじゃないかしら。……って! いつまで撫でてるかしら!」

「あ、悪い。つい、な」

 

 

「つい、って何かしら!」と一人騒がしいベアトリスを宥めるハヤト。本当に、何がどうなって今の二人になったのか理解できない姉妹は怪奇な瞳で二人を見た。

 

しかし、それも数秒したら収まる。彼女の宥め方をマスターしつつあるハヤトがベアトリスの興奮状態を元に戻すとプンスカする彼女から姉妹へと視線を移し、

 

 

「で、アイツ(テン)は?」 

 

 

 ポンと、問いかけた。

 

溜めはなかった。普通に聞いた。ただ純粋に疑問に思ったと聞き手に思わせる風にハヤトは聞き、姉妹に今が悲劇の真っ最中であることを思い出させる。

 

ハヤトが生きてたことの安堵感から、僅かな間だけ忘れていた事実。刹那たりとも忘れることの許されない現実。一度でも思い出されれば、二人の態度は一変した。

 

途端、ハヤトは和気藹々とした空気が一瞬で凍りついたと錯覚した。空間に漂い始めたほのぼのが刹那でシリアスに呑まれ、代わりに不穏な空気が分かりやすく漂い始める。隣のベアトリスも察したのか、ハヤトに噛み付くことを止めて静寂の態度を表に出した。

 

原因は勿論、表情が戦慄に固まった双子姉妹。はっとした直後から彼女らの口元が言葉を発そうと小さく動くが、いつまで経っても思いが音としてハヤトとベアトリスに届く事はない。

 

それは言いたいけど言えないような。まるで、ハヤトに言うことを躊躇しているような。

 

 

「ーーまさか」

 

 

悪い予感が当たったとハヤトの表情が歪む。彼女らの態度から全てを察した彼は、自分の確信が既に現実になっていたことを知った。

 

二人しかこの場にいない時点で。二人がテンの現状を伝えることを渋っている時点で。それは確定していたのかもしれない。

 

拳を握りしめるハヤトは歯を食いしばる。テンの人間性から導き出した彼の現状に背筋を凍らせ、荒ぎかけた感情を押し殺しながら、

 

 

「戦ってんのか」

 

「ーーーー。えぇ、ラムとレムを逃すために。魔女教徒と一人で戦ってる」

 

「アイツの状態は」

 

「満身創痍。そう長くは持たないと思う」

 

「……そうか」

 

 

短い問答がハヤトとラムの間で交わされ、今も尚たった一人で戦い続ける男の危機をこの場の全員が理解。等しく表情に乱れが生まれる。ハッキリ言ったラムの表情もあまりよろしくない。

 

直後、テンの状態を余命宣告のように受け取るハヤトの拳が震え出す。俯き、告げられた現実を頭と心で受け止める彼は飛び出しそうになる体を必死に自制。

 

今はその時じゃない。感情に任せて飛び出すのはもう十分だ。事が事だけあってまずは頭から動き出す必要がある。

 

 

「アイツの居場所は?」

 

「あの方向を真っ直ぐ。どのくらい距離があるかは定かじゃないけど、ラムが真っ直ぐにしか走って来なかったから。アッチに走ればそのうち辿り着くはず」

 

「お前らは動けそうか?」

 

「戦えるかどうかの話なら、無理よ。レムもラムも戦えない。移動はできなくもないけど」

 

 

聞きたいことだけを話すハヤトにラムが短く応じる。必要最低限の情報のみを聞き出す行動に彼の心理状態がそのまま現れた。要らない態度を引っ込めた彼の目は至極真面目な様子だ。

 

自分達が出てきた方向を指差すラムと、不安にそうに瞳を揺らすレム。彼女らを一瞥するハヤトは大凡の現状を把握する。

 

レムとラムに戦闘は困難、動くだけなら可能。

テンは満身創痍で魔女教徒と戦闘中。

まともに動ける人間は自分とベアトリスのみ。

 

それら三つの情報から導き出される最適解は、

 

 

「ーーダメかしら」

 

 

浮かんだ最適解を提示しようとハヤトが口を開いた瞬間、ベアトリスの声が彼の口を塞ぐ。言葉を発する前に押さえつけられたハヤトは「まだ何も言ってねぇよ」と軽く反論するが、

 

 

「ハヤトならどうせ。ベティーに『二人を連れて森から出ろ』なんて事を言うに決まってる。お前はそういう男なのよ」

 

 

 と。

 

真面目な瞳が一直線にハヤトの瞳を射抜く。心を見透かした眼差しに思考を見抜かれ、彼の喉に言葉が詰まった。正に、自分が言おうとしていたことを先読みされたからだ。一言一句違わず、そのまま言われた。

 

その理由もまたハヤトの口を塞ぐ要因の一つだ。自分の性格をテンの次に理解するであろうベアトリスが「自分はそういう男」だと言ったせいで、ぐうの音も出ない。

 

お陰で反論のしようがなく。それは数瞬と経たずにベアトリスに確信を抱かせた。いつになく鋭い彼女は目の前の男から視線を一切逸らさぬまま言葉を繋ぎ、

 

 

「あくまで応急処置をしただけに過ぎない。ハヤトの体も危険なことに変わりはないかしら。戦う事はおすすめしないかしら」

 

「俺がそれで止まると思うか? 性格を理解してんなら分かるよな?」

 

「結論を早るんじゃないかしら。最後までベティーの話を聞くのよ」

 

 

腰を下ろすハヤトが目線の高さを合わせてくる中、ベアトリスは真面目な表情を崩さず、詰め寄る彼に右手を突き出して静止の意味を伝える。

 

ハヤトが親友の危機に動かないわけがない事など分かっているとも。止めても無駄、何を言っても聞く耳を持たない。

 

故に、ベアトリスは一つの策を編み出した。

 

 それは、

 

 

「ーーいる」

 

 

そう言ったベアトリスの視線はラムが指差した方向に向いていた。釣られる三人も彼女の視線を辿るように視線を向けるが、そこには闇が広がるのみ。

 

なにが『いる』のか理解が通らないハヤトが「あ?」と首を傾げる。ラムも少なからず不審感を抱いたのか、目を細めていた。

 

が、レムだけは二人とは真反対の反応。同調する頭が何度も縦に頷くと、

 

「やっぱり、ベアトリス様()分かるんですか?」

 

「ハッキリと分かるーーとまでいかなくとも、大凡の位置は把握できるかしら」

 

「ちょっと待て、何が分かるんだ?」

 

 

既にレムとベアトリスの間で理解の共有が済んだが、ハヤトとしては全く分からない。何がいるのか、分かるのか。説明のない納得をされても困る。

 

ラムも同じなはず。そう思い彼は横にいる彼女を見るが、不思議なことに納得がいったのか、特に困惑する様子は見られなかった。

 

ハヤトの視線に気づいたのだろう。数秒前まで彼と同じのはずだった彼女は「ハッ」と小馬鹿にするように嘲笑すると、

 

 

「相変わらず恋愛以外では察しの悪い男ね。論点が魔女教徒に当てられてる時点で気付きなさい」

 

「ーーーー。ーーーー。ーーあ、なるほど」

 

「遅い。所詮、脳筋は脳筋だったわね」

「余計な一言をどうもな」

 

 

補足されてやっと合点がいったハヤトの顔から困惑が晴れる。原理は意味不明だが、ベアトリスとレムは何らかの方法で魔女教徒の位置を特定できるらしい。

 

というか。今回の襲撃者が魔女教徒であることをサラッと流して良いのかと思わなくもないが、今は触れられないから無視。それ以上に優先すべき事が目の前にある。

 

ベアトリスとレムが魔女教徒の場所を特定できるのは分かった。しかし、今度は別の疑問が浮上したハヤトは「それで」と口を開き、

 

 

「場所が分かるのは分かった。だが、分かったところでどうなるんだ?」

 

「説明してもいいけど、その分だけイカれ男の生存確率がどんどん下がる。まずはイカれ男と合流するのよ。早く行かなきゃ、助かるもんも助からんかしら」

 

 

言い、ハヤトの手を引っ張るベアトリスは姉妹に視線を向ける——無言ながらに「着いてこい」とでも聞こえてきそうな幼女の双眼に見つめられた。

 

その二人の視線が向くのはハヤトだ。何も説明されていない者達の視線が交差し、「どうする?」という言葉を姉妹は彼に送る。自分らの行動の決定権を彼に委ねた。

 

委ねられても困るハヤトである。ベアトリスのことだから、自分達が戦えないことを考慮した上での策なのだろうけれど。

 

いかんせん、何も説明されてない以上、決断するにはベアトリスを信じる以外に方法はないが、

 

 

「あの男が死んでもいいのかしら?」

 

「ダメだ」

「ダメね」

「ダメですッ!」

 

「なら、とっとと行くかしら」

 

 

決定的な一言をきっかけに三人の声が重なり、意志もまた重なる。何があってもそれだけは決して揺らがず、たったそれだけで彼らの行動は全ての不安要素を放棄して決定した。

 

先頭を走るベアトリスにハヤトが続き、二人の背を追うラムがレムを背負いながら闇の中へと入っていく。一分一秒がテンの生死を分ける今、自分らに求められるのは迅速な行動だと知る足に迷いはない。

 

 

 ——また、あの場所に戻る。

 

 

レムとラムにとっては一度は抜けた地獄に再び戻ることになる。テンのことを信じて背を向けた、あの場所に。

 

否。もうそんなことなどどうだっていい。彼が助かるならなんだっていい。信頼を裏切ることになるかもしれないけど、やっぱり放っておけるわけがない。

 

綺麗事と言われても、「なんで来たのか」と言われてもいい。そう言われたら全部無視してこう言おう。

 

 自分がそうしたいから。と。

 

テンも言っていた。そうしたいから、そうするべきだと思ったから、と。ならば、自分達だってそうさせてもらおう。

 

大切な人が危険な場面では、誰もが頭より先に心が——何よりも先に感情が体を動かすのだから。

 

 

「頼むから生きててくれよ……」

「死なれたら困るものね」

「はい。とても、すごく、本当に困ります」

 

 

ハヤトが祈るように呟き、声を拾ったラムが便乗し、共感したレムの声が寂しげだ。その理由がなんであるかなど考えるまでもない。

 

意味こそ違えど、心の底からテンの生存を祈る三人は記憶に刻まれた彼の姿を脳裏に描き。

 

また別の場所でもエミリアがテンの帰還を心待ちにし、枕に顔を埋めて無事を願って。

 

そうして、四人の思いを受けるテンは。

 

 

テンは—————、

 

 

 

 

▲▽▲▽▲▽▲

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ごめん……。約束、守れるか怪しいかも」

 

 

 

 

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