親友とリゼロの世界に飛ばされたお話   作:ノラン

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合流の果てに

 

 

 

 

闇の中を、真っ直ぐに走る。

 

先頭を走るベアトリスに導かれるがままに、三人は前だけを向いて正面に身体を押し進めていく。左右、後ろ——それらの道には目もくれず、ただ真っ直ぐに。

 

深い闇の底だとしても進み続ける足に迷いはない。夜空から差す月光のカーテンを幾つも突き破りながら、四人はその場所へと焦燥感に駆られるがまま。

 

たった一人、孤独の中で戦っている男の下へ行くために。行って、助けるために、みんなで生きて帰るために。

 

 

「ベアトリス。アイツとの距離は」

 

「縮まってるかしら。けど、もう少しかかるのよ」

 

 

前を行くベアトリスの背中にハヤトは声をかけ、返ってきた返答に「そうか…」とだけ。淡々と語る幼女の声色に、しかし彼の声色には僅かながらに力が籠っていた。

 

焦ってもしょうがない。そんなこと分かっている。今ここで自分が何をしようとも、テンを助けることには繋がらないのだから。分かっている、分かってはいる。

 

けど、どうしても頭よりも心が先行してしまうハヤトだ。頭では理解していても、心は理解しようとせず、全速力でテンの下に駆けつけろと叫んでいる。

 

当たり前だ。テンはこの世界で唯一、心の許すことのできる親友で。心の支えとも言える存在。そんな人が命の危機にあると知って、誰が落ち着いていられようか。

 

無理だ。できるわけがない。

 

今——そう今。まさに今この瞬間にも、テンは命を落としそうになっているかもしれない。そんな中でジッとしてる方がハヤトには無理な話。

 

 

「……落ち着けよ、俺。アイツは大丈夫だ、死んだりなんかしねぇよ。アイツの強さは、お前が一番知ってるはずだ」

 

 

半ば自己暗示気味に己に言い聞かせる。大剣を納刀して無手となった両手を握りしめ、ハヤトは先行したがる心を必死に呼び止めた。本能を、理性で押さえつける。

 

 

「安心なさい、脳筋。テンテンは美少女三人と生きて帰る約束を取り付けたんだもの。死ぬなんて無様な真似はラムが許さない」

 

「約束…しましたから。テンくんは、大丈夫です。大丈夫……だいじょうぶ……大丈夫、なんです」

 

 

心に放った言葉は、どうやら並走するラムと彼女に背負われるレムの耳にも届いていたらしい。顔を向けるとラムと目が合った。

 

整った顔色に珍しく影の差すラムと、彼女の後頭部に額を当てて表情を隠しているレム。隠れた表情が悲壮一色に染まっていることなど簡単に察せる。沈みきった声色を加味するなら尚更。

 

「レムを置いて、どこにも行ったりしませんよね」と、返答のない問いかけをしているレム。痛々しすぎる彼女を見ると、かなり限界が近いことが一瞬で分かった。

 

 

「……大丈夫か?」

 

「レムに聞いてるならはっ倒すけど」

 

「ラムに聞いてんだよ。それくらい分かる」

 

 

微妙に毒舌の切れ味が悪いことには触れず、ハヤトはラムの鋭い視線を軽く受け流した。

 

レムが大丈夫でないことなど誰が見ても分かる。ハヤトが心配なのはラムの方だ。彼女は感情の乱れを表に出そうとしない性格だから、彼は気にかけた。

 

この騒動に関わった人間で最も精神的な負担が大きいのは誰かと聞かれれば、ハヤトは間違えなく「ラムだ」と答える。

 

彼女の負担が誰よりも大きいとはっきり言おう。全員の負担が大きい中で、最も苦痛を味わっていると断言しよう。

 

妹がいつ死ぬかも分からない、ひょっとしたら数秒後には死んでしまうかもしれない——そんな恐怖と数十分も戦ったのだ。傷心してないはずがない。

 

それでも、彼女は傷心を面に出す性格ではないから。ハヤトは心配なのだ。そんな彼女の顔に影が差しているから、もっと心配なのだ。

 

しかし、彼の気遣いとは裏腹にラムは「別に」と言葉を繋げて、

 

 

「脳筋に心配されるほどラムは弱くない。それにラムは、テンテンの覚悟を買ったもの。心配してもないし、不安でもない」

 

「顔に影を作りながら言っても説得力ねぇぞ。俺の観察眼をナメるなよ」

 

「見当違い。その観察眼が何の役にも立たない不良品だったことが明らかになったわね。事実の一つも見抜けてない、ただの節穴。この三ヶ月間、脳筋はラムの何を見てきたの?」

 

「うん。大丈夫そうだな」

 

 

微妙に切れ味の悪い毒舌が鋭さを取り戻したと理解した時、ハヤトは苦笑。言葉の刃にめった斬りにされる彼はラムの視線を横目に、それ以上は触れないことにした。

 

ラムが「大丈夫だ」と言ったなら、大丈夫。

 

仮にそうでなくとも、本人が言い切ったのならハヤトは触れない。強がりたいなら、好きなだけ強がらせるのが彼のやり方。

 

大丈夫と言ってる人間ほど大丈夫でないことは、もう知っている。けれど、それを飲み込んでハヤトは口を閉じる。それに、これ以上言葉を生むと、レムの方が先に崩れてしまう。

 

こんなレムは初めて見た。ただ一心にテンの無事を願い、脳裏に最悪の未来を描き、心の底から震えている彼女は、見ていられない程にひどく憔悴している。

 

 

「なぁ、レム」

 

 

なにか、せめて彼女の負担を少しでも軽減できたらと、話をラムからレムに移すハヤトは口を開いた。表情を隠すレムに「はい」と弱く返された彼は「あのよ」と続けて、

 

 

「レムは、アイツのことが好きか?」

 

「はい。大好きです。愛しています」

 

 

 即答。

 

予想を超えた返答に、ハヤトは思わず唇が解けるような笑みを浮かべた。意図して浮かんだものではない表情は、彼の心情を雄弁に語る。

 

好きかと聞いて「大好き」と返され、更には「愛している」に昇格。真っ直ぐに愛を告げられ、自分のことではないのに胸が熱くなった。

 

テンに対する愛が深まり続けるレムはその言葉に抵抗を感じなくなったらしい。芯のある声で、胸に秘めた想いを、なんの戸惑いもなく言っていた。

 

殺伐とした場に似合わぬ話題。しかし、レムの声が僅かに光を宿した事を察したハヤトは言葉を素早く続ける。

 

 

「そっか……。その気持ちに揺らぎはないんだな?」

 

「ありません。瞬間も、刹那も。生涯、この想いが揺らぐことはないと言い切ります。何があっても、決して、レムの心は変わりません」

 

 

ひしひしと伝わってくるレムの愛が、その言葉にはぎゅうぎゅう詰めになっていた。彼しか受け入れるつもりのない彼女の想いが、全て込められていた。

 

そんな彼女を横にハヤトは、本当に良かったと不意に思った。テンのことを好きになってくれたのがレムで、本当に良かったと。

 

この子になら、テンも心を開いてくれるはずだ。何の歪みもない純粋な愛を向けられれば、彼の中にある歪みも、きっと取り払われるはずだ。

 

なら。それを後押しするのが親友の役目。「そうか、なら俺が出る幕はねぇな」と安心したようにハヤトは息をこぼすと、

 

 

「アイツのことはレムに任せるぜ」

 

「任せる……?」

 

 

何を任せるのか。理解が通らないレムは隠していた表情を晒し、ハヤトに顔を向ける。小さな疑問符が声に出た彼女に「そうだ」とハヤトは軽く笑うと、

 

 

「この際だから言うけどよ。アイツ、結構レムのことを気にかけてるんだぜ? 前々からずっとな。好きに繋がってるかは分からんが、多分、繋がってると俺はアイツを見てて思うよ」

 

「ーーーー」

 

 

語るハヤトの表情は真面目なもので、レムには冗談を言っているようには見えなかった。それ以上に、テンのことを最も知るハヤトがそう思うということは、そうなのだろう。

 

ラムに続いてハヤトにも。本当にテンは自分のことが好きなのかと思い始めたレムは、途端に頬が紅く染まり出す——ハヤトの目論見は成功だ。彼女の意識が逸れて、悲壮一色だった表情に光が宿っている。

 

テンが死ぬかもしれない。そんな恐怖から少しでも心を和らげるためにハヤトは口早に口を回し続けたが、効果は覿面。ならば、もっと意識を逸らすために「だが」と前置きし、

 

 

「アイツはそれを、なんでか知んねぇけど押さえ込んでる。レムに向ける感情を、必死に我慢してる。その必要もねぇのに、心ん中に歪みがあるせいで目を逸らしてんだ」

 

「どうして……そう言えるんですか」

 

「親友の勘ってことにしてくれ。アイツの性格はよく分かってるから、なんとなく分かるんだよ。それに、アイツは元からそんな感じだしな」

 

 

 ーーレムにはもうその相手はいるから。俺が入る隙なんてないよ。

 

 

いつかのテンの言葉が脳裏に過る。

 

レムには未来に用意された相手がいるから、そこに自分のような存在が割って入ることなど許されない。彼はそう言っていた。

 

その言葉から察するに、恐らくテンは『原作』というある意味『運命』とも言える未来に縛られすぎている。原作理解者であることが一つの歪みとなって彼の気持ちを閉じ込めている。

 

レムには決まった道があるから、その通りに進めば幸せになれる。自分がその相手になったら、レムの未来が変わってしまう。そんなの許されない。

 

差し詰め、テンはこんなことを考えているはずだ。全くもって馬鹿馬鹿しい。彼女に好きになられておきながら、今更何を言っている。

 

もし、その考えが正しいなら。ここはハヤトが動くときだが——それは止めることにした。

 

なぜなら、自分の隣には、自分以上にテンの歪みを取り払える人がいるのだから。彼のことを愛す人がいるのだから。

 

 

「レムなら。俺とは違うやり方で、俺よりもアイツの歪みを取っ払える……そう信じてる。レムが、自分から目を逸らすな。って言えば、アイツも逃げれなくなるだろうよ」

 

「ラムとしてもその方が平和的で助かるわ。脳筋がテンテンを説得するとなると、野蛮な手段を取ることは目に見えてるし」

 

「男が男を説得するのに言葉は邪魔だ。拳一つがあればいい。言葉は要らねぇ」

 

 

黙って聞いていたラムが会話に入ってくると、ハヤトは拳を合わせる。その仕草をしながら言われると、彼がテンの歪みを払うとなれば大喧嘩になることは確定した。

 

相変わらず野蛮な男だとラムは呆れるが、レムはその気にもならないようで。思い耽る彼女の喉は声に震えることはない。

 

 

「……まぁ、アイツの考えが分からない事もないけどよ」

 

 

二人を他所に、誰にも聞こえない声量でハヤトが呟く。彼にしては少量の息で発せられた声は、誰の耳にも届くことはなかった。

 

確かにそうだ。テンの考えにも一理ある。

 

この世界は『Re:ゼロから始める異世界生活』という、人の手によって創り出された世界で、原作に定められた運命だってあるかもしれない。

 

しかし。今、自分たちが生きてるのは、本当に人間の手によって創り出された世界なのだろうか。百パーセント原作通りの設定で人が命を宿す世界なのだろうか。

 

否、断じて否。

 

ここはそんなつまらない世界なんかじゃない。生きる人たちがみんな、自分の意志で人生を送っている世界だ。

 

事実。屋敷の人達と関わってきて、アニメでは見たこともない一面をハヤトは沢山見てきた。設定された性格とは違う、他の顔を沢山見てきた。

 

それはテンだって同じはずだ。自分と同じように原作ではなかった一面を、ひょっとしたら自分よりも見てきたかもしれない。

 

その上で、原作通りだと言えるだろうか。レムやエミリアの姿を見てきて、果たして原作通りだと言えるだろうか。言えない、言えるわけがない。というか言わせない。

 

それでもまだ原作がーーと言うならばハヤトはテンに言ってやりたい。原作通りに事を進ませようとする彼の頬をぶん殴って、叫んでやりたい。

 

自分たちがこの世界に来た時点で、もっと突っ込むならば、物語の主要人物と関係を持った時点で、もう原作とは違うのだと。現時点で、自分達の知るリゼロは変わっているのだと。

 

要は、自分たちの存在がリゼロにとって一番の原作ブレイク。当然の話だろう。原作から見たら、自分達の存在は異質なのだから。

 

故に、原作に縛られて一体何の意味がある。そんなものにこだわって自分を殺すくらいなら、自分のやりたいようにやった方が有意義だと、彼は思わないのだろうか。

 

否。そう思わないからこそ、今のような問題が発生しているのだ。

 

 

 ーー原作通りが一番。きっと、それがお前の考え方なんだよな

 

 

ハヤトの考えが『原作通りじゃなくても一番』ならば、真反対のテンはそう思っているだろう。本当につまらない考え方をする奴だと心底思う。

 

折角なら変えてやろうじゃないか。原作を、未来を、運命を、悲劇の結末を変えてやろう——それがハヤトの思考だ。

 

それに。テンの考え方をハヤトが正確に射抜いてるのだとしたら、ハヤトは彼を本気で殴らなければならない。殴って、胸ぐらを掴む必要がある。

 

仮に、原作通りに事が進んだとしよう。

仮に、彼の考えた通りに事を運んだとしよう。

仮に、彼の思い描く一番が成立したとしよう。

 

原作——二期の冒頭。レムはどうなったか。まさか、忘れたとは言わせない。

 

原作通りが一番。そう言うのならば、

 

 

 ーーレムはどうなってもいいってか

 

 

作中でも一二を争う悲劇。当時、スマホの前で息を呑んだ記憶がハヤトにはある。幸せ絶頂の彼女にあんな悲劇が待っているなど、想像もしなかった。

 

それがリゼロがリゼロたる所以だが、「流石に限度というものがあってだな……」とハヤトはつい思ってしまった。

 

物語を見る側としては惹きつけられるかもしれないが、実際に体験する側としては絶対に防ぎたい結末。

 

それを、テンが分からないわけがない。

 

原作通りが一番だと語るのはレムの幸せを願ってのことだと思うが、それは彼女の悲劇を無視することにもなるのだ。

 

一番だと? 冗談じゃない。

 

例え原作通りに進まなくても、一番になれるとハヤトは思う。違う、一番にする。自分達の手で原作とは違う形の一番を掴み取ってみせる。

 

だって、テンとハヤト(原作理解者)にはそれが許されているのだから。悲劇を知ってるから、回避するための行動を起こせる。その権利が、自分達には与えられている。

 

尤も、テンが今のままだったらそれも叶わない。彼は原作通りに今を進めようとし、ハヤトとは対立することになる。

 

そういう意味合いでも、テンはレムと正面から向き合う必要がある。これから先、筋書き通りに物語を進めないために。運命は変わる、変えられるのだと、証明するために。

 

だって、この物語は自分達のものだから。自分達の手で、原作とは違う道を、違う筋書きで、違う未来を歩んでいく。テンとレムの関係はその始まりだ。原作なんてつまらないものに邪魔されてたまるか。

 

未来は、捻じ曲げるもの。

結末は、覆すもの。

運命は、変えるもの。

 

テンはレムと向き合って、それを肌で理解してもらわなければならない。

 

だって、テンはレムが好きで、レムはテンが好きなのだから。つまらない理由一つで二人が結ばれないなんて、悲しすぎる。

 

 だから、

 

 

「ーーだからよ、レム。アイツのこと、頼んだ。俺とラムは手を出したりしないから、お前がアイツの歪みを完全に無くしてやってくれ。それができるのはお前だけだ」

 

「ラムまで一緒にされるのは不快だけど……。そうね、今回の事でテンテンも少なからず変われたはずだから、ラム達が手伝う必要はもう無さそうね。レム、後はあなたが一人でやりなさい」

 

 

「できるわね?」と、言葉を締めるラムが少し振り返ると背負うレムを見た。ハヤトも、真っ直ぐにレムのことを見ている。

 

それは、『テンとレムを見守る会』最後の仕事。非公認かつ少人数で勝手に結成された会がレムの背中を今、強く押した。

 

世話の焼ける妹を持ったラムと、世話の焼ける親友を持ったハヤトの二人は、今の今まで二人を結ばせるために頑張ってきたが。もうそれも不要。

 

レムは想いを告げる決意をし、テンは想いを自覚した。なら、二人ができることは心の中で応援するだけ。ここから先、口出しなど要らない。

 

 

「姉様……。ハヤト君……」

 

 

二人の視線をその身に浴び、レムは交互に視線を合わせた。恋の自覚を一番初めに打ち明けたラムと、恋の相談に乗ってくれたハヤト。二人の後押しが彼女を鼓舞している。

 

その時点でレムの返しは決まった。深く頷き、息を吸い、己が心に強く言い聞かせるように、

 

 

「ーーはい。任せてください」

 

 

 言い切った。

 

声に迷いはない。心に乱れはない。想いに揺らぎはない。二人の期待に応えてみせると、彼女は心に刻んだ。自分が並々ならぬ想いを抱いていると彼に伝えて、原因の不明な心の歪みは自分が取り払ってみせる、と。

 

返答に二人は「うん」と頷く。声を聞いた彼らは決意に染まったレムの瞳を見た。不思議とそれを見ると、レムなら絶対に大丈夫という根拠のない確信を得られた。

 

同時に、テンには絶対に生きて帰ってもらわなければ困ると思う。もしこれで最悪の結末になることがあれば————考えたくもない。

 

 と、

 

 

「ーー! テンくんの声……!」

「まだ生きてるっぽいな」

「あんな声出せるのね」

 

 

静寂を壊す咆哮が森に轟いた。声に反応したレムの表情に光が満ち、ハヤトが安堵し、ラムの顔から影が消える。

 

間違えなくテンの声。「うごけぇえええ!!」と魂の叫び声が進行方向から鼓膜に飛来し、彼の生存を不意にも伝える。

 

聞いたこともない声だった。無理やり絞り出したような声。喉の限界を飛び越え、自分の心を強く叱咤するような怒号。付き合いの長いハヤトですら初めて聞く、勇ましさに満ちた声色。

 

それが意味することは、

 

 

「相当ヤバい状況らしいな」

 

 

引き戻された現実にハヤトの声が緊張感のあるものとなり、彼は静かにテンの状態を口から溢す。言葉は生まないものの、レムとラムも同意見なのか、顎を引くように頷いた。

 

普段から飄々としているテンが叫ぶ時——それは彼の感情が昂っている時に他ならず。テンのことをよく知る人間からすれば、それ一つで彼の身が置かれた状況を簡単に察せる。

 

途端、それまでの会話を中断する三人が気持ちを切り替え、先行するベアトリスを見る。先程から言葉を発さない彼女は、神経を尖らせているようにも感じられた。

 

恐らく、気配を探っているのだろう。どのような手段で敵の位置を知るのかは分からないが、彼女なりの方法で察知しているらしい。自分達としては助かるばかり。

 

 

「ちょっといいか」

 

「なにかしら」

 

 

前に出るハヤトがベアトリスと並走。木々に当たらぬように正面を向く彼は澄ました横顔を横目にすると、

 

 

「テンと合流して、それからどうするつもりだ?

場所が分かるからって、合流して終わりじゃないだろ?」

 

 

少し前に話したこと。自分を止めたベアトリスには何か策がありそうな雰囲気だった。加え、結論を早まるな、最後まで自分の話を聞け、と言われた。

 

この二つから、何も考えずにここまできたわけではないことは分かる。分かるが、肝心の中身が不明。だからハヤトは合流の迫る今、彼女に問いかけた。

 

彼の言葉に説明不足だったことを思い出したベアトリス。彼女は「決まってるかしら」と、

 

 

「あの男の場所から屋敷まで一気に渡るのよ」

 

「ーーん?」

 

 

さも、当然の如く言った。否、彼女からすれば当然なのだろう。普段からしていることなのだから。しかし、彼女の当然は三人にとっては異常で、困惑は避けられない。

 

渡る、とはなんなのか。というか、屋敷まで一気に帰れるルートがどこにあるのか。全く分からないハヤトは思わず彼女に顔を向ける。

 

 

「渡る……とは?」

 

「分かりやすく言えば、大規模な転移。膨大なマナを食うから、あまりやりたくないけど……そんなこと言ってる場合じゃないのよ」

 

「お前、そんなこともできんのかよ」

 

「ベティーを誰だと思ってるかしら。ここまできたらやれるだけやってやるのよ」

 

 

短い問答に結論を得たハヤトが本日何度目かの驚愕。戦闘中、戦闘後、そして今。何一つとして抜け目のない彼女を見ていると、後ろ姿がとてつもなく大きく見えた。

 

陰魔法の極致に達した彼女は攻撃や治癒魔法だけでなく移動系の魔法すらも使い熟すとは、彼女が一人いるだけで安心感がまるで違う。

 

しかし、膨大なマナを食う——精霊のベアトリスとしては致命的な欠点を持つ大規模転移。実行するには相応の準備も必要だろう。

 

それこそ、集中してマナを高める時間が必要で。一体いつ終わらせたのかと思い。

 

 不意に、気づく。

 

 

「まさか、今まで黙ってたのって」

 

「マナを練ってたのよ。お前達が呑気に話してる間、ベティーは静かに頑張ってやったかしら。感謝するがいいのよ」

 

「マジか、ありがとうな。後で頭撫でてやろうか?」

 

「ーーーー。別にお前のためにやったわけじゃないのよ。ここまできてあの男に死なれるとハヤトも悲しむから、仕方なく……仕方なくかしら。まぁ、ハヤトがどうしてもって言うなら、撫でられてやらんこともないのよ。ベティーが撫でられたいわけじゃないけど、ハヤトがそう言うなら好きにするがいいかしら」

 

 

腕を組み、プイッと顔を背けるベアトリスの口は饒舌で。照れ隠しなのか曖昧な態度をされるとハヤトも困ってしまう。

 

不本意にも笑みが溢れて、今すぐにでも撫で回してやりたい衝動が湧き上がった。狙って、意図的にしていることならまだしも、

 

 

「それが素なんだから、お前のツンデレも極まってると言えるよな。そうだ。俺が撫でたいから、撫でさせてくれ」

 

「……ふん」

 

 

陰属性に加えてツンデレ属性までも極致に達したベアトリスには、もはや敵なし。見事にツンデレを突き通し、ハヤトに頭を撫でさせる約束を取り付けさせた。

 

形の良い鼻を鳴らす彼女は、依然としてハヤトと顔を合わせようとはしない。否、合わせようとしないのではなく合わせられないのは彼女だけの内緒。

 

 

「姉様姉様。ハヤト君とベアトリス様、とても仲が良さそうに見えますね」

「レムレム。脳筋がついに幼女に手を出したって。化けの皮が剥がれたわね」

 

「聞こえてるぞ」

「聞こえてるかしら」

 

 

息の合った言葉運びが背中にかかり、ハヤトとベアトリスの声が重なる。それすらも仲良しに見えて、背中を追いかけるレムとラムには不思議で仕方なかった。

 

あのベアトリスが頭を撫でる事を許容した。自分の頭を他人に撫でさせることは、決して簡単に許せることではない。が、目の前の幼女はハヤトにそれを許した。年単位で一緒にいるレムとラムも、こんな彼女を見るのは初めてだ。

 

屋敷で過ごしたいた時から仲が良かったのは知っていたが。二人の予想を遥かに越す勢いで関係値が高まっていたようで、結果として今に至ると。

 

なるほど、と。二人を見ながらレムとラムは納得。どうやら、今夜は全員の心情に変化があったらしい。

 

ハヤトに、レムに、ラムに、ベアトリスに、この場にいないテンとエミリアに。それぞれが心の中で劇的な変化があって、態度や行動となって現れていた。

 

二人の前では未だにわちゃわちゃと言い合っている男と幼女がいて。この状況で日常の風景を見せられても困る話だが、仕方なしとラムは目を瞑る。

 

だって、もう終わるのだから。この騒動はの終わりは、すぐそこにある。

 

レムを助け、輩を撃退し、全員で生きて帰る——掲げた目標はテンと合流した瞬間に達成。晴れて今夜の騒動に一旦の収集がつく。

 

あと少し、あと少しなんだ。

 

だからラムはテンの生存を願う。彼以外は全員ここに揃った。あとは、命のある彼と合流するだけなんだ。村人達から言われた『四人揃って生きて帰る』ことが実現しそうなんだ。

 

最後の最後で一人欠けることなど、ラムは許さない、絶対に許さない。ここまできて、あと一歩のところで一人死亡など、エミリアに合わせる顔がない。

 

 そう、思って。

 

 

「ーーーー」

 

 

不意に、四人の視界に光が映る。

 

視界を遮る闇の侵入を一切受け付けない場所が、端っこに映り込んだ。

 

明度の低い暗闇の中に月光が強く差した限定的な空間。その一箇所だけ光の差し方が異様で、闇の中でその場所だけが目立っている。

 

照らされるのは一本の樹木。まるで、舞台の上でスポットライトに照らされたかのように見えるそれは、四人の意識を吸い寄せ————、

 

 

「ーーーぁ」

 

 

誰が声を発したか、発した人間ですら曖昧な声が四人の中から薄く漏れる。空気が殆どの割合を占める声は、意図的に出たものではなかった。

 

勝手に、無意識に、心の震えが音となって喉を震わせる。

 

きっと、その瞬間。その場にいる全員が等しく、世界が『遅くなった』と感じたはずだ。

 

音は消えず、色も褪せず。けれど、映る光景だけは時間の概念を忘れて、瞬間が無限に引き伸ばされる。瞳に飛び込む、月光が照らした事実に、思考が麻痺する。

 

 

「ーーーゃ」

 

 

レムの声が。耳を澄ましていても聞き漏らしてしまう程に小さな声が音となり、彼女の悲鳴を予告する。

 

その途端、彼女は自身の心臓が止まったと錯覚した。許容を遥かに超えた事実に、心の時を止められた気がした。

 

だってレムは見たのだから。その場所に、探し求めていた愛する人の姿を。月光に照らされた樹木の側に、目立つように居る彼の姿を。

 

思い焦がれていた彼と出会えて、しかしレムの心は凍りついたように冷たくなっていく。

 

思考が止まり、心が止まり、呼吸すらも止まった。何も考えられず、ただ胸の奥から噴き上がる声があと数秒で爆発する。

 

どうしてか。愛する男に出会えた少女は、どうしてそんな風になったのか。それはきっと、

 

 

力無く倒れる、テンを見たからだ。

 

 

 

 

 ——遠く、尾を引いて。レムの悲鳴が今宵の悲劇に響き渡った。

 

 

 

 

 

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