不死者たちの喧騒 作:エルデの王
不死者たちの喧騒
「さて」
おもむろに沈黙を破って切り出したのは、焼け爛れた騎士鎧を身にまとう、なんとも不気味な様相をしたひとりの男だった。
「貴公ら、準備は良いか?」
ヘルムのスリットから剣呑な視線を覗かせて問う男に、対面から返答が投げかけられる。
「勿論だよ、友よ」
こちらも全身を騎士鎧で覆った男だった。もっとも、こちらは最初に口火を切った男のような焼け爛れ歪んだ鎧ではない、もっと真っ当な装備で身を固めていたが。
しかし、見る者が見れば、ヘルムの下に伺える瞳から本来あるべき光が失われていることに気がついただろう。
「私も問題ないさ」
更に声を発したのは、先程までの騎士二人とはまた異なる装いの男。
全身黒ずくめの装束に、鼻まですっぽりと覆うマスク、そして特徴的な飾りがあしらわれた帽子。目元しか露出のない怪しげな男は、しかし声音に気色を浮かばせて軽く笑っていた。
「…………」
最後に、焼け鎧の問いかけのむっすりと押し黙ったまま答えない無愛想な男についても述べておこう。
前者三人とは違い、その顔は空気に晒されていてよく見える。頭頂部で黒髪を結い、柿のように派手な色の服を纏い、襟巻きを雑に巻いている。これだけ見れば他三人よりもまともに見えるのだろうが、ただ一点、絡繰仕掛けの左腕だけが異彩を放っていた。
とどのつまり、ここにいる四人は皆して似たり寄ったりで怪しい奴らの集まりだった。
「では、僭越ながら私から行かせてもらおう」
「お願いしよう」
「任せた」
「……」
面子を一瞥してから、焦げ鎧の男が動く。
途端に走る緊張。ピリピリと痺れる空気は、常人ならばとても耐えられないだろう。
やがて、張り詰めた空気を打ち破るように、燃える鎧の──火のない灰は、力強く叫んだ。
「私のとこのかぼたんこそ至高である!」
「何を言うかこの焦げゾンビめ! 私の人形ちゃんを忘れたか!」
「愚か! 実に愚かだこの頭シャブリリどもめ! 俺の嫁が一番に決まってるだろ!」
「………………」
訂正。
約一名を除き、全員叫んだ。
興奮のあまり黒ずくめ──狩人の脳天から触手がずりゅんと飛び出して、
「すまない、少し興奮しすぎた」
「まったくだ」
飛び出した触手を頭の中に無理やり押し込めてから、狩人は一言謝罪した。
この狩人は上位者である。とうの昔に幼年期を終え、今や人型を取ることなど容易いが、その正体は立派な不定型の生命体である。
なにやら冒涜的な触手の先に瞳らしきものがくっついていた気もするが、狼は何も考えないことにした。その手には白く濁るどぶろくで満たされたお猪口。おお葦名一心よ、どうかこの孤高の忍びに勇猛な意志を与えたまえ。
怖気付くと、人は死ぬ。
さて、ともう一人の騎士──褪せ人が言葉を発する。
「まぁ俺の嫁が一番可愛いことに変わりはないわけだが」
「上位者だろ、狩ってやろうか」
「あぁ? 俺はエルデの王だぞ、いいのかそんなこと言って」
再び張り詰める空気を前に、まぁ落ち着けや、と灰が糞団子を構えた。
狩人も褪せ人も流石に糞をぶつけられるのは嫌なので大人しくなった。狼はげんなりした。
「それで、今日いるのはこの四人だけなのか? 他にもいるだろう」
ボーレタリアとか、ロードランとか、ドラングレイグとか……
褪せ人の問いに答えたのは、見方によっては挙げられた彼らの後輩とも取れなくはない灰だった。
「一人は今日もデーモンを殺しながら奴の
ミラのルカティエルです。
ここに集う四人は皆、根源たる力は違えど不死である。
火を継ぐもの、火のない灰。
上位者に至る者、狩人。
孤高の竜の忍び、狼。
エルデの王、褪せ人。
等しく世の理を外れた彼らが惹かれあい、共に語らうのに、特別な理由なんて存在しないのである。
そんな彼らが集まって、一体何を話すのだろうか?
「それにしても、同じ人形ながら貴公の人形ちゃんは無愛想だな。やはり俺のラニ様は美しい」
「所詮は言うじゃあないか!貴公、よっぽど啓蒙が足りないと見える!」
「まったく、見苦しい……須くを愛したまえよ」
「それを言うなら私にはエブたそがいるぞ! 彼女の美しさは宇宙レベルさ!」
「はっ、安い言葉だ! シャブリリのそれと変わらないなァ!」
答えは簡単、
「…………」
なお狼は巻き込まれて連れてこられた。
狼はどぶろくを呷った。狼の顔が赤くなった。狼は酒に弱かった。
耐
毒
「酔いも治るんだな、それ……」
緑苔の曲がり瓢箪は便利である。
「そもそもだな、貴公は火防女一筋などと言いながら、どれだけ女を囲えば気が済む? 英雄色を好むというが、些か度が過ぎるぞ」
「ぬぅ……」
火防女。シーリス。エンマ。ユリア。侍女。アンリ。ジークバルド。カルラ。イリーナ。フリーデ。絵描きの少女。ヨルシカ。あとロザリアとか。
心当たりがありすぎる灰は、思わず渋い顔を見せる。
「そ、それを言うならば、褪せ人もそう変わらないだろうよ」
「何を言うか! 俺はラニ様一筋だぞ。そもそもなんだ貴公、契りの儀で顔に剣をぶっ刺すって」
「文句はロンドールの連中に言ってくれ……」
好奇心の赴くままに動き、なんとなく当たり前のように僕っ娘の顔に入刀した灰だが、魔女ラニと褪せ人との間に起きる一連の
「野蛮な連中だな……狼殿はどう思う?」
「…………知らぬ」
狼は九郎一筋である。変若の御子も大事だ。エマ殿も大切である。
狼はひどく不器用な男であった。
「ふむ……ちなみに人形ちゃんはこんな
「……ほぅ」
おもむろに狩人が写真を取り出して狼に見せると、無愛想で無表情な忍びは僅かに顔色を変えた。
「お! 狼殿は人形ちゃんの可愛らしさが分かるか!? この儚さ! 声も可愛いんだ!」
「……忍び義手に通ずるものがある。…………精巧だ」
「……狼殿」
思っていたものとは違う角度からの感想に、狩人は思わず項垂れ、ならばともう一枚の写真を取り出す。
星の娘、エーブリエタース。白磁のような美しい体に大きくつぶらな輝く瞳。チャームポイントは禍々しくも神々しさを感じる翼と滑らかな触手。
慣れないながらもカメラに向かってポーズを取ってくれた美しい
「うっ」
怖
気
「狼殿!?」
回
生
狼は死んだ。死んで蘇った。
ここにいるのは不死者だけなので竜咳の心配はない。一安心である。
「──ほう? なかなかに別嬪さんではないか」
「おぉ、褪せ人は分かるか!」
「……私にはよく分からんな」
狩人の手元を覗き見て、褪せ人は感心の声を出し、灰は懐疑の声を漏らした。
なにせ褪せ人は、星の律を生きる者である。宇宙の世界には一家言あった。
「こいつはどうだ? アステールという。それにこいつは、降る星の獣だ」
「ほぅ、なかなかにイイ男じゃないか。こっちは可愛いな。まさしく脳に瞳を得ているのも、ある種のウィレーム氏の説の解釈なのだろうか」
負けじと褪せ人も懐から精巧な絵画を取り出す。
内に瞳が覗く骸骨頭にクワガタのような大顎、半透明の青い翼に惑星を束ねて形成したような胴体を持つ異形。あるいは、鉱石のような黒い体に同じような大顎をと長い尻尾を持つ奇妙な生物が描かれた絵画だ。
褪せ人にとっては身近な存在である。灰からすれば珍妙極まりなく思えたが、まぁそういう存在もいるのだろうと納得した。
「うっ」
怖
気
「狼殿!?」
回
生
迂闊にも写真を覗き見た狼は死んだ。死んで蘇った。
「おい、我が伴侶よ。何をしている、はやく帰ってこい」
「おお、ラニ! 我が愛しき伴侶よ!」
「狩人様、お迎えにあがりました」
「人形ちゃん!」
グダグダと話しすぎたのだろうか? なんと彼らが溺愛する存在が直々にやってきた!
「やはり君は優しいなぁ! 愛しい! 大好き!」
「ええい、やめろやめろ! そういうのは帰ってからにしろ! 相変わらずしつこい奴だな!」
「人形ちゃん寂しかったよ! 待たせてごめんねはやく帰ろうか!」
「狩人様……ここでは困ります……」
褪せ人は大喜びで抱きついて頬擦りしている。狩人も抱きついて人形に顔を思いっきり埋めている。
何をやっているのだろうか……狼は胡乱げな瞳で彼らを見やる。その瞬間、狼は凄まじい衝撃に襲われる!
「ほら、さっさと帰るぞ。まったく……」
腕が四本ある! 顔も二つあるように見える!
怖
狼は慌ててまだら紫の曲がり瓢箪を取り出した。
耐
怖
話には聞いていたが実際に姿を見るのは初めてだ。
褪せ人の永遠の伴侶たる魔女ラニ、そういえば人形だと聞いていた気がする。あのような姿だとは、面妖な……
人形。そういえば、狩人に見せられた写真の彼女は……
「うっ」
怖
気
狼は死んだ。
人形は確かに動いて話していたが、いかんせん狼には啓蒙が足りなかったのだ。
狼はそのまま息絶えた。きっとそのうち九郎や変若の御子のもとで蘇るだろう。
「……帰ろうか」
「はい、灰の方」
呆れたような灰といつの間にか来ていた火防女が、喧騒をよそに静かに消えていった。
狼の時代に写真とかない定期