不死者たちの喧騒 作:エルデの王
不死者ではない
「レイヴン」
女の声が聞こえる。
機械のように無機質で、それでいてどこか人間味を感じさせる、穏やかな声。
「レイヴン」
何処でもない場所。忘れられた空間。
誰も、或いは何もいない場所に、しかし
「……レイヴン」
誰もいない場所で、何も無い空間で、赤い光が幾度か瞬く。
世界中、あらゆら宇宙に飛び散ったコーラル。
それはつまり、コーラルの波に溶けた彼らが世界中に偏在することを示す。
彼らは、どこにでもいる。
確かなのは、2人はいつも一緒ということ。
「……ここは、どこでしょう」
そんな彼らは、絶賛迷子だった。
「おや。これはなんでしょうか」
エア。
女の声の名を、そう呼んだ。
自称ルビコニアンの電波女である。
実体も持たない癖してやけに現世に干渉してくるポルターガイスト女は、またぞろ何かを見つけたようだ。
赤い粒子が妖しく鳴動し、やがてそれは地面に集まる。
それは、青色のサインだった。
何かしらの秩序をもって綴られた、しかしルビコニアンには到底理解できない文字の羅列だった。
「これは……!」
赤い輝きの一欠片がそのサインに触れた途端、呼応するかのように文字が輝き始める。
エアの焦りを帯びた声と、それに合わせて明滅する赤い光。
「気を付けてください、レイヴン!」
知らんがな、と、
やがて光が溢れる。
しばらくして、レイヴンは気が付いた。
何者かが、そこにいる。
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火の無い灰 が召喚されました
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脳を焼かれた冷凍傭兵のレイヴンはもちろん、つい最近まで
「この人物は……」
新手の人型機動兵器か?
全身を
「生体反応……あり? なし? よく分からない反応ですが、少なくとも生物ではあるようです。たぶん」
そんな彼らの言葉だが、灰には聞こえていない。
当然である。今のエアとレイヴンはコーラルの波に溶け、その会話はある種の信号を介して行われるもの。繊細さとは程遠い灰が、どうしてその信号を受信することができようか。
「どこだ、此処は」
何も無い空間。
焼け焦げ、若干溶けたヘルムの下で、灰はその表情を顰めた。
召喚されたからには相手がいるのだろうが、肝心のその相手がいない。これが見慣れた城やダンジョンなら擬態かくれんぼを疑うところだが、生憎と見たことがない場所。
すわ座標バグか?
裏世界か?
灰は火の粉を撒き散らしながら首を捻る。
やがて、おもむろに懐から何かを取りだした。
「……うぅむ、いつものサインろう石を無くしたから急遽青エストを固めて作った『青いサインろう石』が良くなかったか」
どうやら灰の責任も大きそうである。
「いえ、ですから生体反応が検出できたりできなかったりするんですよ、レイヴン。旧世代強化人間のあなたでも生体反応はしっかりと存在するというのに、これではあの男は半分死んで半分生きてるようなものです。シュレディンガーですよ。もしくはあしゅら男爵ですよ、生と死の」
宇宙を漂ってる時にデータを発見しました。
あなたも
レイヴンはよく分からなかったので、曖昧に頷いておいた。
彼は以前から飼い犬気質があり、相手が喜びそうな行動を取りがちなところがあった。
なぜならそうするとウォルターが少しだけ嬉しそうにしたから。
眼前(空間を満たすコーラルに偏在する彼らの主観がどこにあるのかは不明だが、ここではレイヴンの以前の姿に準えて評価する)の焦げ騎士を眺めつつ、レイヴンとエアは好き放題に会話を交わしていた。
相手に聞こえていないからと言いたい放題である。
かつてもエアは、ウォルターには聞こえていないからとレイヴンにアレコレ変なことばかり言っていた気がする。飼い犬気質のレイヴンはその全てをウォルターに伝えていたため、エアからお叱りを受けたのも懐かしい話だ。
ウォルター。
ウォルター……
おのれオールマインド。おのれ惑星封鎖機構。おのれスネイル。
我がとっつきの糧にしてくれる。
ルビコン3のとっつきは非常に強大である。そしてレイヴンはルビコン神拳の担い手でもあるから、近接戦闘には一家言があった。
そう考えると眼前の騎士も盾と剣、近接装備と言えなくもない。
肩にウェポンラックすら装備していないのはどうかと思うが、そう考えると途端に親近感が湧いてくるレイヴンであった。
「……む、黒水晶を忘れてしまった」
一方で灰は、散々である。
訳の分からない空間で一人、誰もいない(ように思える)つまらない場所である。
こんなことならとっととロスリックに戻って愛しの
困った、これでは帰ろうにも帰ることができない。
「……お」
どうしたものかとインベントリをひっくり返した灰は、その末に希望の光を見つける。
狩人呼びの鐘
その音は次元を跨ぎ、特別な符牒となる
異世界の狩人が、その断絶を越えて協力するために
「持つべきものは、か」
以前、狩人の世界に遊びに行った時の産物である。
不死人の性であるコレクター欲を存分に発揮した灰が買い占めを行った際、使者に無理を言って購入し、ロスリックでは使えもしないのに持ち歩いていた代物だ。
啓蒙は……恐らく足りるだろう。
灰とて伊達に不死人をやっていない。
呪腹の大樹とかは初見でうわっ……ってなったことだし。
果たして、チリンチリンという気の抜ける音が鳴る。
このどこかも分からない場所から飛ばした
一抹の不安はあったが、その反応は早かった。
悲しいかな、流石に8年も経てば人口の減少は避けられないのであろう。
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鐘の共鳴により、 狩人 がやってきました
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「おや。貴公、今宵は一人ではないようだ。珍しいこともある」
やってきて早々結構な挨拶である。
枯れた烏羽をあしらったいつもの狩人装束の男は、しかし灰のことを見てはいなかった。
「レイヴン、おかしな人がまた増えましたよ。これもコーラルの恩寵でしょうか」
たぶん違うと思う、などと不躾な問答を交わす二人の姿を、狩人だけはしかと見つめている。
「一人ではない……? 貴公、何を言っている」
訝しげな灰の様子も意に介さない。
なぜなら狩人は啓蒙99の上位者。その思考は宇宙の闇の深淵に繋がっている。
暗黒と混沌と狂気をごちゃまぜにしたものをそれっぽい理知的な薄皮で覆ったものが狩人であるから、よく見ればギラギラと妖艶に輝く瞳がエアとレイヴンを捉えて離さないのも仕方のないことである。
「こんばんは、妖艶な者よ。貴公らの声、どうか私に聞かせてほしいものだ」
「……もしかして私たちに話しかけているのでしょうか」
こんばんは、とレイヴンは返した。
挨拶には挨拶を返しなさい、とウォルターに教わった。
なので
「ふむ。貴女は波形なのか。深淵から語りかける者……上位者とはまた違う姿。そして貴公、貴公は元は人間だな? そしてその身でありながら、彼女と同じ位階へと至った。なんと、私と似た境遇だな。仲良くしようではないか」
「な、なんなんでしょうか、この人は。ブルートゥにも抱いたものと似た感情が……レイヴン、私は混乱してきたので少し休みます……」
訳が分からないのは灰である。
現れた狩人が、自身には目をくれずに虚空相手に話しかけている。
実に
そう、例えば――アメンドーズとか、その手の
灰は、呪死と同じぐらいに発狂死が嫌いである。
そして上位者に関係することとなると、大抵付きまとうのが発狂の危機である。
推定上位者の相手は狩人に任せることにしよう。
そう考えた灰が、擬態を使用してこっそり退場しようとしたとき、グリン! と狩人の首が旋回した。
「うわこわ」
「貴公! まさか彼らが見えていないのか!」
ギラギラとした視線はねっとりと灰の手足をからめとった。
嘆かわしい! 実に嘆かわしい!
そう騒ぎつつ灰に近寄る狩人は、逃げようとする灰の全身を触手で捕らえ、とあるアイテムを取り出した。
「餞別だ」
「いらぬ……」
それは、頭蓋骨のような何か。
頭頂部の亀裂から怪しげな靄が漏れ出している。
さしもの感情が欠落しているレイヴンもちょっとだけ嫌な顔をした。
上位者の叡智
上位者と呼ばれる諸々の存在
神に近い彼らの、失われた叡智の断片
使用により多くの啓蒙を得る
「貴公、啓蒙が足らんよ。脳に瞳を得たまえ。視座を広げるのだ」
「まぁ待て、狩人。上位者とやらを観測するのに必要な啓蒙はかなり多量だっただろう。そのようなものを使ったところで私の知見では到底貴公らの世界には追い付けないさ」
「99個ある」
「
灰は啓蒙をしこたまぶちこまれた。
三回ぐらい発狂死して、ようやく灰はレイヴンを知覚した。
「――なるほど。貴公らはその『コーラル』なるエネルギーに宿る思念と」
「ふむ。聞く限りでは
いざ会話してみるとこれが面白いもので、会話が弾む。
今や全世界でも屈指の不思議存在と化したレイヴンの身の上話はもとより、灰や狩人の経験した話は哀れな強化人間からしてみれば素晴らしい娯楽になった。
ちなみに灰も狩人も出自が割とアレなので強化人間のくだりは淡白な反応だったが、一度コーラルを介して全身サランラップ巻き冷凍マグ
殺伐とした世界を生き抜いてきた灰と狩人にとってすれば、同じように荒んだ世界の出身なのに無垢な子犬のような純粋さを併せ持つレイヴンの存在は新鮮だったのだろう。
存外に話は弾み、狩人は気を利かせてどこからかティーカップやテーブルを取り出し、お茶菓子や紅茶を用意する始末。推定ヨーロッパのヤーナムの文化が成せるワザであったが、あいにくと灰は食事も排泄も必要としない身であったし、レイヴンは思念体なので物理的な栄養摂取は出来ないし、そもそも生身の肉体もまともな消化機能が残っていないため固形物を食べられないという問題が発覚し、残念なことにその全てが狩人のペットのナメクジの餌になった。
我ら食餌の時だ。
「レ、レイヴンが……私の知らぬ間に、話し相手を……!」
「お?」
「ん?」
しばらくして、エアが衝撃を受けた様子で戻ってきた。
レイヴンがエアを放ったらかして別の男にうつつを抜かしていたことに驚いた様子。
「話には聞いているよ。貴公がレイヴンと共に歩む者だな。なかなか美しい貴婦人ではないか」
「彼を思念に引き摺り込んだと知った時は一瞬殺意が天元突破したが、なに、貴公らの世界ではそのようなハネムーンもありなのだろう。私は祝福するよ」
レイヴン、オールマインド、イグアスに続く、新たな交信可能知的生命体の出現である。それも二人も。アイビスの火からこの方、半世紀近くぼっちを拗らせていたエアとしてはなんとも
「そのように褒められても……あまり、褒められ慣れていないので……」
照れ照れとするエア(思念体)を見て、レイヴンは生まれて初めて『萌え』を知った。
コーラルは燃やすものではなく萌やすものである。
とんだ大発見だ。今すぐウォルターに伝えなくては。
急いで三途のルビコン川を渡ろうとした
ウォルターは溜息を吐いていたしカーラは爆笑していたが、まぁ元気そうで何よりだ。
「て、照れますね。このようなことは、初めてです」
全世界の共通認識として、エアは白を基調に赤が差し色として配色された美少女である。
照れ顔の赤面はレイヴンの失われた『機能』の三割を取り戻させ、心の中の冷凍マグロがビチビチと跳ねた。
そんな微笑ましい様子を頬杖をつきながら眺める灰と狩人は、エアの姿をしげしげと眺め、案の定余計なことを口走った。
「まぁ、ウチのかぼたんよりは小さいな」
「人形ちゃんとは言わないが、せめてヨセフカ程度の大人の色気は欲しいな」
「メインシステム 戦闘モード起動。レイヴン、行きましょう」
その後、「流石に等身大相手にACは分が悪い」というレイヴンの説得で出撃は見送られ、エアは二人のことを敵認定した。
後に