唐突にヘドラの話が書きたいなあと思って書きました。いつも恒例のアンケートでは一票も入ったことが無いんですけど、まあ去年で50周年迎えてますしムビモンの新作もモンアツも出ますしね。

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 ……まったく、とんだ“あとしまつ”を押し付けられてしまった。

 

 ヘリの窓から見下ろした光景を前に、わたしは深々と溜息を吐く。わたしを乗せたヘリが周回するその眼下、一面に広がっているのはかつて我が国の街だった瓦礫の山、そして焼け野原の中心には巨大な“怪獣”が寝そべっている。

 その怪獣について直立時の身長はおよそ60メートル、その総重量は科学者による推定だと4万8千トンに及ぶという。まさに大怪獣だ。

 

 

 件の怪獣、その名は公害怪獣ヘドラ。

 

 

 水銀、コバルト、カドミウム。鉛、硫酸、オキシダン。シアン、マンガン、バナジュウム。クロム、カリュウム、ストロンチュウム……この世のありとあらゆる化学汚染物質を塗り固めたかのような醜悪極まりない奇怪な異形と、全身に纏った不潔な汚濁の妖気、そして禍々しい赤と黄の両眼。ヘドラの存在は、もはや我が国にとって悪夢そのものとなっていた。

 

 ヘドラが現れたのは今から約三年前。突如として太平洋公海の沖に姿を現したヘドラは、瞬く間に海を渡って我が国へ上陸すると、破壊の限りを尽くした。死者・行方不明者は約一万人。我が国の国防軍の総攻撃にもまるで堪えず、ヘドラはその圧倒的な毒性を以て国防軍を壊滅寸前まで追い込んだ後、海へと消えていった。

 しかも、ヘドラの脅威はこれで終わりではなかった。一体どこが気に入ったのやら、彼奴は再び我が国の近海に現れ、今度は沿岸都市を次々と襲い始めた。我が国も大統領閣下の指揮の下、国防軍の残存勢力をかき集めて懸命に抵抗したのだけれどその被害はあまりにも凄まじく、北から南まであらゆる港湾が壊滅的な打撃を受けた。おかげでかつて豊かだった我が国の水産業は、今や未来永劫再起不能だとも言われている。

 

「ひどいですね……」

 

 ヘリに同乗していたわたしの補佐官が、手で口元を覆いながら呟く。補佐官が視線を向けるその先、廃墟と化した街のあちこちに白骨化した怪獣の骸が転がっている。

 『怪獣黙示録』の時代、数え切れぬほどの怪獣が姿を現してきたが、このヘドラは特に異質だった。巨大生物としての破壊活動どころか、存在するだけで有毒物質を撒き散らして地球環境を破壊してゆくヘドラは、まさに人知を超えた怪獣と呼ぶに相応しい。

 その脅威を本能で悟ったのだろう、我が国で猛威を振るい始めたヘドラに各地の怪獣たちも対抗した。アンギラス、ラドン、バラン、バラゴン、日頃は手を取り合うはずの無い怪獣たちまでもが結託して地球環境の敵であるヘドラを排除しようと襲い掛かった。

 その結果がこの惨状だ。怪獣大決戦の結果、残ったのは踏み潰された街の焼け跡と、怪獣の死骸。ヘドラがばらまく高濃度の硫酸ミストと毒ガス、両目尻から放つ赤い怪光線、そして強烈な猛毒を帯びた体質。立ち向かった怪獣たちは為す術もなく毒殺、腐食性のヘドロ体液を浴びせられてあっという間に白骨化させられてしまった。

 怪獣ですら殺してしまう恐るべき力を持った大怪獣、ヘドラ。彼奴の進撃はもはや誰にも止められないかのように思われた。

 ……まあそれも、一ヵ月前までのことだったのだが。かつては恐怖の具象として恐れられた怪獣ヘドラだけれど、今はもう怯える必要は無い。わたしは言った。

 

「何はともあれ、ヘドラの奴が死んでくれてよかった。彼奴にこれ以上暴れ続けられたら一体どうなっていたことか」

 

 そう、今わたしたちの前で寝そべっているヘドラはとっくに死んでいる。もし生きていたなら、こんな暢気にヘリで接近しての視察など出来やしない。

 立ち向かってきた雑魚怪獣どもを血祭りにあげ、猛毒の煤煙を撒き散らしながら我が国を蹂躙し続けたヘドラ。この恐るべき公害大怪獣に引導をもたらしたのは、人類の叡智でもなければ大自然の力でもなかった。

 ヘドラを倒したのは怪獣王、ゴジラ。

 アンギラスやラドンと同様にヘドラを追って我が国へと上陸した怪獣王ゴジラは、恐るべき公害怪獣ヘドラへ勇猛果敢に戦いを挑んだのだ。

 ゴジラ対ヘドラ、世紀の大決闘。初めて出会ったかつてない強敵ヘドラに流石のゴジラも苦戦していたようだったが、そこは流石にキングオブモンスターの面目躍如と言ったところだったろうか、片目を潰される深手を負いながらもヘドラを見事打ち倒してみせたのだった。

 

「大臣、まさかあのヘドラが死んだなんて本当に信じられませんね。我らが国防軍はおろか、国連のGフォースが総力で掛かってもまるで歯が立たなかったあのバケモノが」

 

 補佐官の言葉にわたしも頷く。

 

「ああ、わたしも最初はそう思っていたよ。だが現実にこうしてヘドラの死体がある以上、認めるしかないだろうな」

 

 地球上に存在するあらゆる生物から掛け離れた異端の怪獣ヘドラであるが、国連の対怪獣専門調査チームが実施したあらゆる検査の結果、その生命活動は完全に停止していると断定されていた。

 何はともあれもうこれ以上、ヘドラの犠牲になる国民は一人もいない。この国の為政者の一人として、いやこの国を愛する愛国者の一人として、そのことだけはただ安堵している。

 だが一方で『問題はこれからなのだ』ということも、この国の怪獣対策特命担当大臣であるわたしは理解していた。

 

 

 この死体、どう始末してくれよう。

 

 

 意外に思われるかもしれないが、怪獣の死骸というのは見方を変えれば有用な資源である。古来、人間は襲い来る肉食動物たちを知恵と勇気と戦略でもって倒し、その毛皮や肉、骨などを余すことなく活用してきた。

 時代の進んだ現代においても、そして相手が怪獣だとしてもそれは変わらない。突然変異で人知を越える力を手にした存在、怪獣。彼らが科学の世界において非常に貴重な存在だというのは門外漢のわたしでもわかるし、例えばその巨体を動かす機構を解析できれば新しいエネルギーシステムが手に入れられるかもしれない。他にもバイオテクノロジーに革新をもたらすことは間違いないであろう遺伝子資源、国力を示す象徴や観光資源としての政治的・経済的価値、その他数々の超常現象を引き起こしてきた未知のメカニズム……生きている限りにおいては厄介者でしかない怪獣であるが、ひとたび倒せてしまえば国家の発展の一助になるのは間違いないことなのである。

 しかし、何事にも例外はある。特にヘドラだ。存在するだけで環境を破壊し、体内に莫大な量の汚染物質を溜め込み続けた公害怪獣。そんなヘドラの死骸など、一体どのような利用価値があるというのだろう。

 ゴジラとの戦いで中枢を抉り出されて生命を絶たれたヘドラであるが、そのあまりに巨大すぎる死骸は我が国の国土で野晒しにされたままとなっていた。鉱石を中心とした無機物で構成されたヘドラの死骸は腐敗しないものの、裏を返せば適切な処理を施さなければ未来永劫このままだということでもある。

 

「まったく、どうしたものかねぇ」

 

 わたしが諦念を滲ませながら苦笑すると、補佐官も「仰るとおりです、大臣」と続いた。

 

「ゴジラの奴、どうせ殺してくれるのなら『死体の片付け』もしてくれたらよかったのですが」

 

 正直かなり不謹慎な発言だとは思うがいちいち目くじらを立てるほどのこともないし、だいいちわたし自身まったくもって同意見だ。

 他の怪獣と同じようにヘドラを生態系の脅威と見做したのか、あるいは動物的な縄張り意識の問題だったのか? ゴジラが何を考えてヘドラを抹殺したのか、そんなものはわたしの(あずか)り知らぬところではあるけれど、どうせだったら“あとしまつ”もちゃんとして欲しかった。こんな汚物の塊のような死骸を放置して、我々人間に一体どうしろというのだ。

 そんなわたしに、補佐官は時計を見ながら言った。

 

「そろそろお時間です、大臣。官邸に戻りましょう」

 

 そうだな、それがいい。かくしてわたしたちを乗せたヘリは方向を転換、官邸のオフィスへと進路を変えた。

 次のスケジュールは我が国の大臣たちを交えた対策会議だ。飽くまでも非公式なものであるが大統領閣下もお見えになるし、怪獣対策特命担当大臣として目にしたもの耳にしたものをお伝えせねば。

 

 

◆    ◆    ◆

 

 

 それから数日後、わたしたちは官邸のオフィスで外務省からの連絡を受けていた。

 外務省との連絡が終わったあと、共に聞いていた補佐官が激高した。

 

「これはいくらなんでも酷すぎますッ!」

 

 ……だよなあ、やっぱり。補佐官が取り乱すのも無理はない、わたしも人目が無ければ怒りに震えていただろう。

 

「こんなもの、どうしようもないじゃあないですか! なのに“自国だけでどうにかしろ”だなんて……!」

 

 落ち着きたまえ、気持ちはよくわかる。宥めるわたしだったけれど、人一倍に愛国心が旺盛な補佐官はそれでも怒りを抑えきれないようだった。

 

「これが落ち着いていられますか! こんな、こんな……」

 

 ヘドラの死体処理について、国際的な支援を受けられるよう外務省を通じて各先進国へ根回しを進めてきたのだが、結局どの国からも断られてしまった。

 そう、ヘドラの死体処理、つまり“ヘドラのあとしまつ”は我が国だけで解決しなければならない、ということ。

 わたしが嘆息する中、補佐官はなおも激怒していた。

 

「そもそもなんで我が国ばっかりこんな目に遭うんですか!? 我が国はただ蹂躙されただけの被害者ではないですか! ヘドラを作り出したのは他の国の公害だったかもしれないのに!」

「口を慎みたまえ」

 

 いくら感情的になっているのだとしても、政治に関わっている者が不確かな憶測だけで事を言うものではない。顔を真っ赤にしていた補佐官だったが、わたしに窘められたことですぐに冷静さを取り戻し、恥じたようにすごすごと引き下がる。

 

「ッ……申し訳ありません、失言でした」

 

 とはいえ、補佐官の言うこともあながち的を外してはいない、とわたしは思っている。

 国連の調査によれば、各国の公害状況を仔細に比較検討した結果、ヘドラの身体から漏れ出ていた有毒ガスと、かつての我が国が排出していた工場の煤煙は質がかなり近かったのだという。ヘドラが執拗に我が国を狙ったのも、その汚染された環境が自分の生まれた環境に似ていたからではないか、というのが調査団の見解であった。

 この調査結果に先進国たちは飛びついた。少なくともヘドラを作り出したのは我々先進国ではない、だからヘドラの死体の始末はそちら側でなんとかしろ、と。

 ……公害のことを言われれば、たしかに我が国は公害の問題を解決しきれていない。処理しきれない工業排水が流れ出てゆく河川や海、同じく煤煙で薄暗く濁った空。我が国の環境汚染の度合いはいずれも国際機関が規定している基準値を大幅に超えているし、我が国で起きていた環境汚染が世界各地の環境保護団体からたびたび批難の的になってきたのも事実である。

 

 だけどそれは、我が国の技術力では環境汚染を防ぎきるのが難しいからだ。

 

 恥を忍んで告白するが国際社会において我が国は後進国、いわゆる発展途上国と呼ばれている。科学技術はまだまだ未熟で先進国由来の輸入品に頼らざるを得ないし、国内総生産や国民の暮らしも決して豊かな方とは言えない。

 もちろん地球環境を汚さないで済むのならそれに越したことは無い、何も考えずに環境破壊を続けていればまた『怪獣黙示録』を引き起こすことになるだろう。それくらい我が国とてわかっている。

 しかし、かといって国際社会で規定されている環境基準値はあまりにも厳しすぎる。それを満たそうとすれば、我が国の経済は行き詰まってしまう。環境を守れたとしても、国民の生活を守れなければ意味がない。

 それに『怪獣黙示録』を引き起こしたのが人間の愚行、罪だというのなら、その十字架は現在公害問題を起こしている我々発展途上国だけではなく、過去に同様の公害問題を起こしながら繁栄を重ねてきた先進国たちの方も背負わねばならないのではないのか。

 そもそもヘドラが初めて出現したのは太平洋の公海上、我が国の領海でもない。煤煙の問題だって確実な証拠とは言えない。だというのに我が国にばかり責任を押し付けようとするのは、どう見ても先進国のエゴでしかない。むしろ公海上へ汚染物質を流し続けて繁栄を重ねてきた先進国の歴々こそ、責任を取ってしかるべきではないのか。

 

 そういった思いもあって、出来る限りの支援を受けられるように根回しをしてきたつもりだったのだが、結局徒労に終わってしまったようだった。

 ……まあ無理もない、『怪獣黙示録』で痛手を被ったのは我が国だけではない。無い袖は振れぬ、無中有を生ぜず、先進国といえど彼らも自分たちのことで手一杯なのだろう。どの国も結局責任を取りたくないし、取りたくても取れやしない。立場が違えば、我が国とて同じ判断をしたはずだ。

 ともあれ、受けられなかったものを惜しんだところで仕方ない。今は出来ることをやるしかない。気を取り直してわたしは口を開く。

 

「ともかく、死骸をどうにかしなければ、だな。まずは場所を動かすことを考えてみるか」

 

 そんなわたしに補佐官は「大臣、お言葉ですが、」と答えた。

 

「『動かす』と言っても、一体どうやって? こんな巨大な汚物を運ぶ手段も、捨てるのに適した場所も、どこを探しても見当たりませんよ」

 

 そう、補佐官の言うとおりだ。

 総重量4万トンを優に超える巨大なヘドラの死骸、こんなものを運び出せる手段など我が国はもちろん、どの先進国にだって存在しない。何らかの方法で解体処理して細切れにしたとして、生じた大量の肉片を一体どこに運べばよいかも皆目見当がつかない。

 海に捨てる? 論外だ。道義的な問題は明らかだし、ヘドラが海から現れたことを考えればまた同じことの繰り返しになってしまう可能性だってある。国際社会からも批難されるだろう。

 ならば焼却するか? それもダメだ。燃やせば高濃度の有毒な煤煙が発生する。だいたいこの膨大な質量を完膚なきまでに焼き尽くせるものなど、この地球上には核兵器くらいしかない。

 なにもかもが規格外のヘドラの死骸を一体どうしたら良いのか、わたしたちには全く手立てがない。とりあえずドーム建屋などを建設してヘドラの死骸を覆い隠してしまうことは可能だけれど、それはただの『臭い物に蓋』、根本的な解決にはならない。わたしは怪獣対策特命担当大臣として、そこから先をどうするかも決めなければならない。

 わたしたちが途方に暮れていると、「失礼します」と秘書官が入室してきた。

 

「お話中のところ申し訳ございません。〈モナーク〉より緊急の報告が入りました」

「モナークから?」

「はい、ヘドラの死骸処理の件に関して、特命担当大臣へ知見を提供したいと」

 

 対怪獣特務調査機関:MONARCH(モナーク)。ヘドラの死を判定し、さらにヘドラの出現と我が国を結びつけるあの忌々しい調査報告を公表した国連配下の対怪獣専門組織。彼らの“科学的に中立な”、わたしに言わせれば“無責任な”調査報告のおかげで我が国は“ヘドラのあとしまつ”に追われている。

 そんなわけで、正直わたしはモナークに対して好い印象は全く持っていないのだけれど、その一方で、彼らにでも縋らなければ事態の打開は困難であろうことも理解している。

 

「わかった、すぐに会おう」

 

 わたしはすぐさまモナークの担当者とのアポイントメントを取るよう、秘書官へ指示した。

 そして当日。

 

「わざわざ出向いてもらってすまないね」

「いえいえとんでもございません、大臣。こちらこそ貴重なお時間を頂戴し有難うございます」

 

 官邸の応接室でわたしと向かい合っているのは、モナーク所属の環境エネルギー生物学者だ。瓶底の眼鏡に小柄な体格のうら若い女性。一見すると冴えない女学生といった雰囲気を纏っているこの女博士は、公害怪獣ヘドラの発見者にして命名者だという。

 

「……それで、ヘドラの死骸処理についての助言とはどういうものかな?」

 

 前置きもそこそこにわたしが率直に尋ねると、モナークの女博士は分厚い眼鏡の奥の瞳を光らせながら言った。

 

「はい。まず最初に、ヘドラの死骸については早急に処分する必要はありません」

 

 いきなり奇妙なことを言い出す女博士に、わたしは怪訝な思いを禁じ得なかった。彼女が持ってきたのは、ヘドラの死骸処理にまつわるアイデアだったんじゃあないのか。やっぱり会うのは無駄だったろうか、なんて考えを頭に過ぎらせたわたしに、女博士は話を続けた。

 

「大臣、〈ヘドリュウム〉という物質をご存知ですか?」

 

 女博士の問いに、わたしは「ああ」と頷く。

 ヘドリュウム、ヘドラの関連研究でその名称を目にした記憶がある。ヘドラの体内から検出された未知の新元素であり、ヘドラの中枢神経系を構成している物質。一説には宇宙由来とも言われているという。

 だが、そのヘドリュウムが、ヘドラの死体処理と一体どんな関係が。疑問に思うわたしの前に、女博士は話を続けた。

 

「このヘドリュウムにはですね、驚くべき特性がありまして。それはなんと、一般に有害とされる各種の化学物質を原子レベルにまで分解してしまう性質を持っているんです」

 

 ……はあ、それで? 文意を掴みかねたわたしに、女博士は驚くべきことを言った。

 

「ええっと、つまりですね、ヘドラのヘドリュウムには『ヘドロや煤煙を分解し、エネルギーへと変える効能』があるのです!」

「……えっ!? そ、それは本当か!」

 

 思わず声を荒げてしまったわたしに、女博士は「はい、間違いありません」と続けた。

 

「ヘドラの生体構造は今まで謎が多かった。発生原理も明確な食性も不明だったくらいですからね。そも廃棄物とは『もうこれ以上利用価値がない』からこそ廃棄物、そこから生体活動可能なほどのエネルギーを取り出す怪獣だなんて常識外れも良いところです」

 

 しかし、とモナークの女博士は力強く言った。

 

「しかし、我々モナークだって手をこまねいていたわけじゃありません。ヘドラの死骸や、ヘドラが撒き散らした汚物から検出されたヘドリュウムをありとあらゆる面から徹底的に解析した結果、活性状態のヘドリュウムには『触媒として廃棄物からエネルギーを取り出す性質』があることをついに解明したのです!」

 

 誇らしげに語る女博士の言葉に、わたしも考え込んだ。

 ……考えてみれば当然のことだったかもしれない。我々人間が食事を摂るように、ヘドラはヘドロや煤煙を食べる。であるならば、人体が食事からエネルギーや栄養素を得ているのと同様に、ヘドラの身体にも廃棄物からエネルギーを取り出して代謝する仕組みが備わっているはずなのだ。そしてそのメカニズムをモナークは解き明かした、と。

 喋っているうちに女博士の方も興奮気味になってきて、荒い鼻息でメガネを曇らせながらこう続けた。

 

「ヘドラのヘドリュウムは、廃棄物からも膨大なエネルギーを取り出すことが出来る。ヘドリュウムを上手く活用できれば環境を汚染しない廃棄物処理システムや、新しいエネルギー発電システムを作り出すことも可能かもしれません!」

 

 ふむ、そうか。

 熱弁を振るう女博士に、わたしは「しかしだね、」と訊ねた。

 

「ヘドリュウムにそのような素晴らしい特性があるのだとして、リスクは無いのかね」

「と、仰いますと?」

「つまり、危険物じゃあないのかね。爆発するとか、毒を出すとか」

 

 当然の懸念だ。どんなものにもリスクはあるし、ただ美味しいだけの話に聞こえるならそこには必ず裏がある。政治家としての鉄則である。

 わたしの問いに、女博士は「それはこれから調べるところになりますね」と答えた。

 

「と言っても、怪獣ヘドラについては先の発表のとおり生命体としての活動は完全に停止していますし、不活状態のヘドリュウムなら手にとって触れても無害なのは確認されています。予断は禁物ですが、ただちに危険ということもないでしょう」

 

 ふむ、なるほど。

 

「リスクがあるとすればその希少性がリスクでしょうね。安定状態のヘドリュウムは、現時点ではヘドラの死体にしか存在しない貴重なもの。しかも、ヘドラ自体は生体活動を既に停止していますから、ヘドリュウムも一度分解されてしまえばもう元に戻すことは不可能です。よって、安定した供給源としては期待できません」

 

 無駄遣いはできないということか。

 

「何しろ最近になってようやく研究が始まったばかりの新しい物質ですからね、不明点も多い。無闇に濫用せず、慎重な運用が求められるでしょう」

 

 しかし、と女博士は最後にこう締めくくった。

 

「ヘドラこそ人類に無限の繁栄を約束する福音、ヘドラの死骸を有効利用することが出来れば、人類はこれまで不可能とされてきた多くの問題を解決できる可能性があるのです!」

 

 ……人類に無限の繁栄を約束する福音、か。モナークの女博士が帰った後、その言葉をわたしは嚙み締める。

 廃棄物を分解して新しいエネルギー源を産み出してくれる、ヘドラのヘドリュウム。どんな先進国にも存在しない夢の物質が今、我が国の手中にある。福音というのも決して過言ではない、これを利用できればこの世界は一変する。ヘドラはまさに救世主だ。

 オフィスのデスクで思案しているわたしに、補佐官が訊ねた。

 

「大臣、いかがいたしましょう」

 

 決まっているだろう。わたしは口角を上げ、補佐官に告げた。

 

「すぐにでもモナーク上層部と連絡を取って協議を始めよう。テーマは『ヘドラの死骸から取り出したヘドリュウム発電システム』について、だ」

 

 

◆    ◆    ◆

 

 

 それから数年後。モナーク、およびその提携関係にある大企業エイペックス社の協力も得て、我が国にヘドリュウムを利用した巨大廃棄物処理施設兼巨大発電プラント〈ヘドリュウム・プラント〉が建設された。

 その中枢にあるのはガラス張りの巨大ドーム、そして無数の電極とダクトを突き立てられたヘドラの死骸。ダクトを通じて汚染物質を流し込み、化学的に活性化させたヘドリュウムでそれらを分解、その際に生じた生体電流を電極から回収して発電する。化学反応でエネルギーを取り出す点においては従来の燃料電池と似ているが、怪獣の死骸と生体的な仕組みを利用している点と、ヘドリュウムは飽くまでも触媒であり燃料そのものではないので消費しないことが大幅に異なっている。

 先日の面会以来我が国での“ヘドリュウム・プロジェクト”を主導しているモナークの女博士が、視察に訪れたわたしたちへ告げる。

 

「では、試運転を開始します」

 

 ああ、頼むぞ。

 オペレータたちの操作により、ついに発電システムが始動。唸りを上げてヘドラの体内へ大量の廃棄物が流し込まれ、同時にヘドロ状のヘドラの死骸がゆっくりと光を放ち始める。

 

「おお……」

 

 汚物の塊であるヘドラに似つかわしくない絶景に、わたしたちは思わず息を呑んだ。

 ヘドラから放たれた光は徐々に強さを増していき、ついには昼間と見紛うばかりになった。発電プラント内の空気が眩しい光で満たされ、視界が真っ白に染まっていく。

 やがて光が収まった時、そこには見違えるような光景が広がっていた。

 

「美しい……」

 

 光の欠片、とでも言うべきだろうか。ヘドラの死骸を中心に白く光る粉塵が舞い上がり、頭上へと昇って行く。見る者を魅了するそれらは、わたしに天使の羽を思わせた。まさに人類の希望、その輝きだ。

 わたしたちが見惚れて感嘆の声を漏らす中、計器類を調べていた女博士が喜々と声を弾ませた。

 

「おめでとうございます、大臣閣下! 成功です!」

 

 そうか……! ここでようやく、わたしも深々と安堵の息を漏らすことが出来た。

 生活ごみを利用した廃棄物発電システムは既に実用化されている。しかし、産業廃棄物として排出された化学物質を用いたものは世界初だ。ましてや怪獣の死骸をベースに用いたものであれば猶更。

 この“ヘドリュウム・プロジェクト”はわたしの政治生命、いや我が国の威信をかけた一大国家プロジェクトだった。もしこの試運転が失敗に終わっていたなら、わたしの政治家としてのキャリアは勿論、我が国の未来までもが絶望の闇に閉ざされることとなったろう。

 

「ありがとう、モナークの諸君!」

 

 わたしの言葉に、モナークのプロジェクトリーダーである女博士は年頃の少女のように()()()()()()()答えた。

 

「いえ、お礼を仰られるのはまだ早いですよ。なにせ、これからが本番ですからね」

 

 たしかに、そうだ。まだヘドラの死骸から得られたエネルギーは、ほんの一部分に過ぎない。技術的に確度を高めてゆけばよりもっと効率化することも可能だろうし、今はまだ僅かな種類の化学物質でしか試していないが研究が進めばよりもっと多くの化学物質を処理できるかもしれない。

 かつて我が国を蹂躙した恐ろしい怪獣の死骸から築き上げられ、火力や水力のように環境を破壊することもなく、太陽光や風力のように自然に左右されることもない、ましてや原発やプラズマクリーンエネルギーのように怪獣から狙われることさえない。ヘドリュウム・プラントはまさに夢の新エネルギーだ。

 わたしがそんな思考を巡らせているあいだにも、ヘドリュウム・プラントは周囲の機器へと電力を供給していく。ヘドラから生じた輝きはやがて発電所全体へと広がり、莫大なエネルギーを生み出し始めているのだ。

 その様子を目の当たりにしながら、わたしは改めて感嘆の声を上げた。

 

「これが人類の未来を拓く叡智の力か……」

 

 そしてわたしは想像する。

 ヘドリュウム・プラントが生み出したエネルギーは余すところなくこの国の発展に使われ、人々の生活は豊かになるだろう。いや、そんな矮小な規模に留まるまい、ヘドリュウム・プラントの光はきっと『怪獣黙示録』からの復興を支えるシンボルとなる。

 ヘドラはまさしく、我が国に新たな未来の可能性を示したのだ。

 

「本当に、ヘドラには感謝してもしきれませんね」

 

 隣でそう言ったのは補佐官だった。彼もまたヘドラへの畏敬の念を込めて、ヘドラの亡骸を見上げている。わたしは補佐官にフフと微笑んだ。

 

「そうだな。ヘドラの奴はこれまで散々我が国を蹂躙してくれたのだ。これからはこの国のため、いや人類のため存分に役立ってもらおうではないか」

「ええ、仰る通り!」

 

 はっはっはっ。わたしは笑い、天を仰ぐ。

 大怪獣ヘドラのあとしまつ。そんな絶望の極致からようやく掴み獲った希望の光が、どこまでも高く、どこまでも遠くへと広がっていく様が見える気がした。

 

 

 念には念を入れ、幾重もの検査を重ねた末にヘドリュウム・プラントは本格稼働を開始した。

 ヘドラが各地で撒き散らしたヘドリュウムの汚物は国民たちの尽力でこのプラントの中心へとかき集められ、モナークから技術供与を受けた我が国の科学陣による徹底的なメンテナンスとモニタリングによりプラントの状態は常に最善の状態で保たれている。また、プラントのエネルギーが悪用されぬよう厳重に警備されると共に、プラントそのものも巨大な地下シェルター内に移設された。たとえ怪獣の襲撃を受けたとしても、このプラントの中枢部分は守られる。

 こうして国民の力を結集することで完成したヘドリュウム・プラントは我が国にとって復興の象徴、まさに『第二の太陽』と呼ぶに相応しい存在となった。

 

 また『怪獣黙示録』の終焉を機に、わたしたちの世界は変わった。人間と怪獣の共存、その理想形の一つとして、我が国のヘドリュウム・プラントは国際的にも注目を浴びた。

 廃棄物をエネルギーに変えてくれるヘドリュウム・プラントのおかげで、我が国はかつて越えられなかった厳しい環境基準を難なく達成することが出来た。環境基準を満たせず公害を引き起こしていると非難されてきた我が国だったが、ヘドリュウム・プラントが稼働し始めてからは一転、今や世界で最も清浄な環境立国となっている。

 そんな我が国に、先進国のグローバル大企業たちも目敏く目を付けた。世界を股に掛けた企業活動を繰り広げているグローバル大企業たちは環境基準の厳しすぎる自国を見限り、ヘドリュウム・プラントで廃棄物を上限なく受け容れてくれる我が国へ工場拠点を設けるようになった。

 最新鋭の工場施設が建ち並ぶ工業地帯と、それらがもたらす莫大な富。我が国はもはや惨めな後進国などではない、世界に名だたる最先端の先進国へ生まれ変わったのだ。

 

 皮肉だったのは、我が国を見捨てた先進国のその後だ。

 かつて発展途上国へ“ヘドラのあとしまつ”を押し付けるために利用された環境基準が、今度は先進国たち自身を縛り付ける枷となった。『怪獣の再出現を抑止する』という題目で設けられた厳しい環境基準、それらを守るために四苦八苦する羽目に陥った先進国は、発展も復興も頭打ちになってしまった。

 ……小気味良い、という意地の悪い感情が湧かないと言えば噓にはなる。しかしそれでくだらない意趣返しをしていては同じ穴の狢になってしまうし、何より国益を損ねるだけだ。

 流石にヘドリュウムを譲ることは出来ないけれど、代わりにわたしはヘドリュウムで環境先進国となった我が国が果たすべきこと、ヘドリュウム・プラントの開発で得られた知見を環境問題で苦しむ各国へ惜しみなく提供、より素晴らしい世界を創るための国際貢献を果たし続けた。

 世界中のゴミはどうぞ我が国へ。ヘドリュウム・プラントによるゴミ処理とエネルギー生産は、我が国最大の産業となった。

 我が国の有権者、国民の反応も上々だ。

 

「いやあ、一時はどうなることかと思ったけど、これでひと安心だよ」

「ヘドラの死体が片付けられないって聞いた時はアタシャどうなるかと思ったけど、まさかこんな風に役立つなんてねぇ」

「ヘドラは我が国の希望!」

「まさにヘドラ様様だね!」

 

 かつて我が国を破滅の淵にまで追い込んだ恐るべき怪獣ヘドラであるが、今となっては我が国再建のアイコンとして愛されるようになっていた。ヘドリュウム・プラントは子供たちの社会科見学の最有力候補になっているし、マスコットとして考案されたゆるキャラの人気も上々で彼らの決め台詞『なるヘドロ!』は我が国の流行語にもなっている。

 それと同時に、国民からはこんな声も聞こえてくるのだった。

 

「ヘドラも有難いけど、我が国の怪獣対策特命担当大臣も凄いよな! まさか怪獣ヘドラの死体を『ゴミ処理と発電に使おう』と思いつくなんて」

「本当に助かりました、大臣! あの時、貴方様が最良の“ヘドラのあとしまつ”を提案してくれなかったらと思うとぞっとするよ」

「ありがとう、大臣! あなたのおかげでわたしたちは救われたわ!」

「怪獣対策特命担当大臣閣下、ばんざーい!」

 

 いやいや、わたしはただ自分の職務を果たしただけだよ。

 有権者から浴びせられる賛辞の雨霰に対してわたしは正直にそう答えるのだが、却って「またまたそんな御謙遜を!」と言われてしまうのだった。ヘドリュウム・プロジェクトの主催者にして、ヘドリュウム・プラント建造における最大の功労者であるわたしを支持する声は日に日に高まるばかり。ゆくゆくは次期大統領ではないか、などと巷では囁かれている。

 ……正直、悪い気はしない。

 自身の誇りと愛国心に誓って言うが、わたしがヘドリュウム・プラントを建設したのは職責からだ。民主制選挙で人々に選ばれ、わたしは任ぜられた大臣の職を全うすべく自身の為すべきこと・出来ることに対して全身全霊で取り組んでいただけで、次期大統領の座を狙うなどというような下賤な野心など毛頭もなかった。すべては愛すべき我が国、そして愛すべき国民たちのためだったのだ。

 しかし、かつてはそれほど興味もなかった大統領の地位だけれど、そんなわたしでも支持してくれる人々がいるというのなら内心それもやぶさかでない。出世は男の本懐だ、ならばここはひとつ頂点を目指してみるというのも悪くないのではなかろうか。

 まあ、そんなことはさておいて、何より誇らしいのは、楽しげに喜び合っている国民たちのことだった。彼らの心底幸福そうな笑顔を見てわたしは確信する。

 

 ……よかった。あの日あの時に下した決断、あれは間違ってなどいなかったのだ、と。

 

 

◆    ◆    ◆

 

 

 ヘドリュウム・プラント稼働開始から十年。

 あの絶望の『怪獣黙示録』が終わりを告げてからも久しい。人々の懸命な働きのおかげで、世界はますます良くなってゆく一方である。

 それもこれもヘドリュウム・プラントのおかげだ。ヘドリュウムがゴミを限りなく処理してくれるおかげで世界はより清潔に、より綺麗になってゆく一方だし、あのプラントが作り出す文明の叡智の輝きはきっと未来を明るく照らし続けることだろう。

 

 そんな感慨深い想いを胸に、今宵も煌々と光を灯しているヘドリュウム・プラントを遠くに見下ろしながら、自室で趣味の晩酌を一献していると、仕事用の電話が鳴った。

 ……誰だ、こんな夜遅くに。

 ナンバーディスプレイを確認してみると相手はわたしの腹心の部下、ヘドリュウム・プロジェクトの最初期からずっとわたしに付き従い、わたしが大統領選で勝利してこの国の大統領となってからもずっと尽くしてきてくれた補佐官だ。勤勉で真面目な彼のことだからこの電話もきっと仕事、それも時間から見て相当急を要する事項に違いない。

 プライベートな時間ではあるがすぐさま気持ちを切り替え、わたしは電話を取った。

 

「……もしもし?」

〈 夜分遅くに申し訳ございません、大統領閣下! 〉

 

 わたしの補佐官は昔からいつだって折り目正しい男だが、今は緊張の色が滲んでいるように感じた。

 どうした、何かあったのかね? わたしが訊ねると、秘書官は慌てた様子で声を荒げた。

 

〈 大統領閣下、緊急事態です! ヘドリュウム・プラントが! 〉

 

 ヘドリュウム・プラントが、どうしたというんだ。

 嫌な予感に胸をざわつかせつつ、わたしは続きを促す。

 

〈 先程、プラントに常駐している科学者チームから緊急の連絡が入りまして。プラントの中枢部分に“異常”が発生したと! 〉

 

 なんだって!? 思わず窓の外、ヘドリュウム・プラントの方へと目をやる。

 

〈 幸いにも今のところ人的被害は出ていませんが、事態は一刻を争うとのことで……う、うわアーッッ!! 〉

 

 なんだどうした、もしもし、もしもし!?

 聞き返すわたしの言葉に応えないまま、補佐官の電話は悲痛な叫びを最後に途切れてしまった。

 わたしは咄嗟に窓へと縋りついたが、窓の外にはいつもどおりの夜景、平穏な我が国の姿が広がっていた。むしろいつもどおりすぎて不穏にすら思えたほどだ。

 ……補佐官の言う『異常』とはなんだ? ヘドリュウム・プラントは我が国の最重要施設だ、警備体制も監視体制も万全を敷いた、万が一など有り得ない。そもそも補佐官はどうなった、モナークとの共同研究でプラントを建造した優秀な科学者チームは? 彼らと共にわたしが築き上げてきた完璧なシステムはどうしたんだ。

 思考がまとまらずにわたしが呆けていると、異変は起こった。

 どかーん。響く爆音と地鳴り。

 振動波はわたしのいる部屋まで届き、呑み差しのままになっていた晩酌が引っ繰り返って中身を撒き散らす。

 

 ――なんだ、今のは!?

 

 爆音の元を視線で辿れば、行き着く先はヘドリュウム・プラントだった。つい先ほどまで眩い光を灯していたはずのヘドリュウム・プラントの全てが一瞬でブラックアウトし、闇夜の暗がりへと姿を隠している。

 ヘドリュウム・プラントが爆発、そんな、まさか、なぜ。混乱することしか出来ない中でも、現実の変化は続く。続いて今度は打ち上げ花火が弾けるような連続的な破裂音、それに続くようにヘドリュウム・プラントの各部に光が点る。しかしそれはほんの一秒にも満たない時間で、すぐにまた暗闇に覆われてしまう。

 なんだ、一体何が起こってる。しばしの静寂と暗闇に支配された時間、永遠に続くかと思われたその中で、“それ”は始まった。

 ヘドリュウム・プラントに再び光が灯る。ただしそれは、闇を煌々と照らす文明の光明面などではない。

 

 妖しく光るは、赤い二つの大目玉。

 

 ……この世のありとあらゆる化学汚染物質を塗り固めたかのような醜悪極まりない奇怪な異形と、全身に纏った不潔な汚濁の妖気。

 ヘドリュウム・プラントのドームを突き破りながらむくり、と起き上がった身長はかつての二倍近く。その質量は恐らくそれ以上で、はち切れんばかりに膨らんだその体躯。ぱんぱんに張り裂けそうな皮膚の割れ目からは、ケミカルライトの毒々しい燐光が揺れている。

 

 

 公害怪獣ヘドラ、復活す。

 

 

 驚愕するわたしを余所に、怪獣ヘドラはケラケラと笑うような咆哮を轟かせながらゆっくりと歩き出す。一歩、また一歩と歩みを進めるたびに、倍以上に膨れ上がった巨体の各部からボトボトと大量のヘドロが零れ落ち、口とも触手ともつかないダクト状の器官からは猛烈な勢いで高濃度の硫酸ミストが撒き散らされてゆく。

 その猛威はかつてのヘドラ、いやそれを遥かに凌駕していた。なにしろ数年に渡って世界中のゴミを喰らい続けたのだ、一体どれだけのパワーアップを遂げたか想像もつかない。もはやゴジラにだって倒せるかどうかわからないだろう。

 ……怪獣ヘドラは最初から死んでなどいなかった、ただわたしたちがそのことに気づいていなかっただけ。人間の科学力で、ヘドラの生存を観測できなかっただけのことなのだ。

 

 どーん、どーん、大砲のような足音を立てて、ヘドラが進撃を続ける。その惨禍の中でわたしは膝から崩れ落ち、自らの過ちを悟った。

 ……きっと我が国は滅ぼされるだろう、復活したヘドラによって。虫も鳥も魚もけものも、人間さえも皆殺し。空も野原も、海も空も、ビルやタワーまでもが全滅だ。再来したヘドラの猛威で、かつて以上の犠牲者が出るだろう。そしてヘドラは人間たちのことなど歯牙にもかけず世界進出を果たし、この星をヘドロと煤煙の世界へと変えてしまうだろう。

 破滅の引き金は確かに怪獣かもしれない。だが、その危険な弾丸を込め続けていたのは人間、いやわたしだったのだ。

 

「あぁ……うぅ……」

 

 嗚咽の声が喉の奥から漏れ、両瞼から涙が零れ落ちる。

 こんなはずじゃなかった、どうしてこんなことに。垣間見た絶望の未来の果てで、わたしはただ泣くことしか出来なかった。

 

 

 大怪獣ヘドラによる、愚かな人類への多大なしっぺ返し。

 一つだけハッキリ言えるのは、“ヘドラのあとしまつ”はまだまだこれからだということだ。

 




 なんかいつになく特定の思想へ偏った話になってますけど、別にそういう意図とか無いんでノーセンキューです。

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