大輪の火花が紺碧の空に咲いては消え、咲いては消えるを繰り返す。焦燥感と気持ちちょっぴりの終末感を隠し味にしたノスタルジックな雰囲気を纏うこの一夜が、いつまでも続いてしまえば良いと思う自分を窘めて、胃の奥深くまで飲み込んで消化する。揺らめく出店の明かり。子供のはしゃぐ声と、その親達の優しい声。夏特有の生ぬるい空気。日常からほんの少しだけズレている人々を興奮させるその空気にあてられたのか、熱っぽく火照っているカフェの頬をちらりと見てすぐ目を逸らす。
鼓動が早鐘を打つ前に、未だ夜に広がる花を見て気を紛らわした。弓矢が放たれた時に聞こえる、独特な空気を裂く音に似た声を発しながら、夜を駆け上がっていく光の筋。頂点に達した後にふっと消えて、溜まった分を一気に放出した火花と、一拍置いて全身に響き渡る破裂音と振動。振動が終わった頃には既に光はきらきらとゆっくり堕ちていって、最後は呆気なく無くなってしまう。
その気が付けば直ぐに消えてなくなりそうな所が、カフェに似ていると思った。
そう思った途端、私は急に胸を引っ掻かれたような気持ちになり彼女の白い手を握ってしまった。突拍子のない私の行動にも決して引くことはなく、むしろ何も言わず受け入れそっと握り返す彼女に、心底惚れてしまっているのだと自覚させられる。
辺りが一瞬の静寂に包まれ、今までに咲いたどんな花火よりも一際大きい火の矢が天高くかけ上り、そして爆ぜた。周りの風景が眩く感じる程に。紅、翠、蒼、黄。様々な色が浮かんで揺蕩う。夏夜の中賑わう群衆は空に目を奪われているようだった。だが私達は空を彩る炎の華々には目もくれず、人が寄らないであろう神社の裏で佇んでいた。
─この打ち上げ花火が終わったら、カフェは私の手の届かない所へ行ってしまうのだろうか。それは、い─
「トレーナーさん。大丈夫です」
自分が抱いた感情に痛みを感じる前に、カフェが先にそれを察知したみたいだ。優しく、けれど確かに握られた右手。背中に回されたカフェの左手の温もりに一瞬底冷えた心を溶かされて、カフェの胸元に顔を埋める形で抱き締められる。恋人繋ぎをした片手から伝わる、微かに震えがある指先に、心が罪の意識に苛まれる。
「ごめんね、カフェ」
「いいえ、貴女が謝る必要はないのです。何も、貴女は何も...」
こちらを抱きしめながら縋り付くカフェに、酷く後悔の色が見える。無力感に打ちひしがれた彼女に何も言えずにいないでいた。でも、私はカフェのトレーナーだったのだ。トレーナーが最愛の愛バを悲しませるなんて事、二度とするものか。
「臆病でごめん。カフェが私の事を置いていっちゃうなんて事はないのにね」
左手をカフェの背中に回して今度はこちらが抱き寄せる。私がここにいられる時間はもうあまりないけれど、長く言葉を通わして愛を育む事はせずとも行動で、この気持ちで深く貴女を満たせることができるようにと強く、ただ強く愛していると貴女に伝えるのだ。
いっその事痛いくらいに伝わってくる貴女の愛情が、私の全身をめった刺す。私の事を心から愛していると分かっているからこそ、痛いのだ。その好意が何よりも私を蝕むとは知らぬ貴女には、この気持ちを微塵も表に出すつもりはない。トレーナーと担当ウマ娘の恋愛はご法度。そんな事は分かっている。だが、それで熟し過ぎた恋心が止まるわけが無い。むしろご法度だから更に燃え上がるのだ。今日で貴女の四十九日が終わる。でも、このままこの燃え滾る愛を伝わずしてまたねはしたくないのです。言えば最後、貴女はこの世に未練ができて私に取り憑くしかなくなるでしょう。あなたの純情を弄ぶようなウマ娘なんです。どうぞ卑怯者と言ってください。私は貴女がいない世界なぞ考えたくないのです。あぁ、お願い。いなくならないで。私から離れないで。ずっと傍にいて下さい。
握りしめた手をもっと固くして、もう片方の手をトレーナーさんの頬に触れた。いきなりされた行為にも動揺せず、静かにこちらに身を任せる貴女が、愛おしくて堪らない。この信頼を崩す様な真似は正直心が痛むけれど。この呪いを持ってして貴女をここに繋ぎ止める楔としましょう。
「トレーナーさん、愛しています」