マルチ投稿ですが、こちらでは1話目なので初投稿です。
スマホで書いているので誤字脱字があるかもしれません。もしそれらを見つけて頂けれ報告してくれると助かります。
最後のコーナーを曲がり切ると、一気に視界が開けた。
「───っ!」
広がるのは一面の緑。それは幾度となく目にしても決して飽きることのない景色だった。その先にある果てを目指し、頬を撫で斬る風の感覚をひりひりと感じながら、私は一層ターフを強く踏み込む。
芝の沈む感覚と直後にくる弾むような反動。踏み出す度に身体に走る心地よい衝撃を受け止め、一気にトップスピードまで加速する。ただ果てなる栄光を目指すためだけに研ぎ澄まされた、全力全霊の私の最速。まばたきすら許さないその全速力が最終直線で解放された。
「──……っ、やあッ!!!」
眼球が乾いていく感覚、辛い。喉も焼けるようだ、痛い。最早走る以外の余分な水分など一抹も残されてはいないだろう。カラカラだ。
しかし、そんな不快感に耐えながらも、私は最後の力を振り絞り己を奮い立たせた。
果てで待つ、あの人の元へ。
私は一迅の風となり、ターフを走り抜けた。
全力疾走をした後ですぐに身体を止めるのは良くないので、しばらくターフを回っていると、ハスキーな声と共に黄色の物体が飛んできました。
「お疲れ様」
「はぁ……ふぅ……ありがとう、ございます」
どうやらそれはスポーツドリンクが入ったボトルのようで。私はそれを受け取るとすぐに喉へと流し込みました。よく冷えたその液体は熱くなった身体に否応なく浸透していくのを感じます。
「タイム、悪くはないな」
少しぶっきらぼうな声音でボトルを投げ渡してくれたのは私のトレーナーさんでした。得意そうに言う彼の表情は、少しだけ口角が上がっているようでした。コースの脇でへたり込む私を他所に、薄い灰色の瞳で利き手に持ったタブレットを凝視しています。
確か……クォーターでしたかね? 彼は。
別に今はそんなことどうでもいいんでしょうけど。しかし彼は私のトレーナーさんなのに、無性に御自身のことをお話にならない方なので、些細なことでも意識してしまいます。
私は無意識に吸い込まれるようにトレーナーさんの眼を見つつ、くぴりくぴりとドリンクを飲みながら彼の話に文字通り耳を傾けます。
「タイム自体は更新されてないが……最終コーナーからに限れば、今までで1番速かったんじゃないか?」
「あらあら、本当ですか?」
「ああ。スタミナが向上したのかもな。最後のスパートに回せる体力がついてきたとか」
「ふふ、それは良かったです」
トレーナーさんの口から語られる先程の走りの結果は、かなり上々なものでした。ふふ、やりましたね。
綻ぶように笑みが零れます。トレーナーさんも、ちょっとだけ嬉しそうです。普段はクールな方ですが、まるで自分の事のように喜んでくれています。
「ふふふ……♪」
それがまたなんとも言えなくて。なんだか可愛くて。
またほろりと。口元が緩んでしまいました。
「機嫌、いいな。なんかいいことでもあったのか?」
「トレーナーさんのこと、ちょっとだけ分かったような気がします」
「……? 左様で?」
トレーナーさんは意味を図りかねているのでしょうか、こてんと、小首を傾げました。まあ明日は土曜日だからな、と的外れなことも呟いています。
もう。所作がいちいち可愛いです。お顔が中性的なので、そういうのも似合いますね。
「しかし……ふむ」
「?」
「ふむふむ」
「どうかされましたか?」
中々に珍しい彼の表情。これはセイちゃんでも見たことがないのでないでしょうか。
ふとした優越感に浸っていると、彼が顎に手を当て私を見下ろしています。……はて?
「本番を想定してとは言ったけど、なかなかに鬼気迫っていたな。……何かあったか?」
「…………」
「グラス?」
「いえ? 特に特別なことはありませんよ〜」
彼の、灰色の眼光。それは透き通る硝子のような鋭さを垣間見せていました。それを視認すると同時、疾走後の熱い汗と別に背中に冷たい汗もゆるりと感じました。
もしかしてばれているんでしょうか……。
いやそんなハズは、だいいちそんな些細なことが目視でわかる筈がありません。
心の中で何度もそう言い聞かせます。しかし彼の瞳を見ていると、何だか私の秘密がどんどん明るみに出ているような気もします。
今日のトレーニング、にやけに熱を入れていた理由……。
そして、今朝見た嫌な“数字”が脳裏を掠めました。
「練習は本番のように、本番は練習のように、ですよ? 何事も真剣に取り組むのは当然です」
「ま、一理あるが……」
何だかいたたまれなくなった私はいつもの癖で身体の前で手を合わせ、なんとか平静を装い説明します。
「……はは」
「と、トレーナーさん?」
「いや、うん。確かにそれも一理あるんだけど」
それを聞いたトレーナーさんはニヤリと、露骨に笑みを広げました。
まるで何かを確信したように。
「でもあとひとつだけ一理……いや、それ以上にありそうな事があってな。聞くか?」
「な、なんでしょう」
どうしたことでしょう。嫌な予感と汗が止まりません。まるで断頭台に掛けられている気分です。
にっこりと、トレーナーさんは微笑みます。もうかなり珍しい表情です。こんな彼の表情は見たことがありません。その笑みはまさに慈悲深い修道士と言っても過言でないのでは? ということは、そんなむざむざ現実を直視させるような残酷なことはしないのでは?
「グラス」
「は、はい」
「太ったろ。ちょっと」
「………………………はい」
……そう思っていた時期が、私にもありました。ええ、ありましたとも。
だって普段の私の変化に気づかないような人なのに。今日だって、少し香りを変えているのに。それに気づくような素振りは全く見せないくせに。なのにこんなことばっかり……なんなんですか、もう。
普段クールで鈍感な彼からの、鮮烈な一言と、眩しい表情。
それはもう可愛くも小憎たらしい、清々とした笑顔でした。
彼曰く、『俺がウマ娘の体型の変化を見逃すわけがないだろ。甘すぎるぜグラス』とのこと。
なんなんでしょうか。もしかして変態さんなんでしょうか。トレーナーさんのことをもっと知りたいとは思っていましたが、こんな特技は知りたくなかったです。彼はこれはトレーナーとしての当然の嗜みだとか言っていましたが、そんな話、聞いた事もありません。
しかも、彼は続けて
『いや? 甘いのはそれもそうか。そういうのが好きでそうなっちゃったんだもんな。ん?』
などと……。く、悔しいです。思い出しただけでも静かに怒りがふつふつと沸いてきます。
しかし悪いのは私です。スペちゃんにつられてついつい食べ過ぎてしまった私の脆い自制心が悪いのです。それは百も承知。
トレーナーさんも私の体調に気を使ってくれているのですし……まあ、言い方に少しだけ悪意を感じましたけど、許してあげます。
「……と言うわけでして、トレーナーさん」
「何がというわけなんだ、仕事中だぞ」
「減量、してきましたよ?」
「ええ……」
あの忌々しいトレーニングから3日。休日を挟んだ週明けの放課後に、私は1番に彼にあてがわれたトレーナー室を訪れました。
室内に入って正面。中央のソファと角テーブルを超えた先の、彼専用の作業用のL字デスクにトレーナーさんは座っていました。
本日はトレーニングはお休みだったため彼は私の登場に怪訝な表情をつくりましたが、私の言葉を聞き、更に困惑した様子で書類の仕分けの手を止めました。
「お仕事のお邪魔をするつもりはありません。すぐに済みます」
「グラス、顔が怖いぞ」
誰のせいだと思っているんです? と、言いたいのをグッと堪え、トレーナーさんのL字デスクの元へと近づきます。……その前に一応鍵も締めておきましょう。いえ、あくまで一応です。
そして互いが手を伸ばせば届きうる位置にまで近づくと、私はスカートの裾を軽く摘み、その場でくるり回ってみせました。
「どうですか〜? トレーナーさん?」
「いやどうですかと言われてもな」
「あらあら? ですがお分かりになるんでしょう? ウマ娘の体型の変化が」
「まあな」
「特技なんですもんね?」
「別に特技というわけじゃないが」
「その特技で何人もの女性を泣かせてきたのかは存じ上げませんが」
「いや、泣かせてはねぇよ」
私は泣きましたけど?
「それとも分からないんですか? ほら、ほら」
「…………」
なかなか言葉にしないトレーナーさんに焦れて、もう少しだけ傍に。少し、掛かっちゃってるのかもしれません。
ですがこれでもかなり絞ってきたんです。先日あの変化に気づいた彼ならば、分からないはずありません。彼の座るデスクの向かい側から最接近し、両手を付きました。
「いや、あのさ……」
「はい? なんでしょうか?」
それ対しトレーナーさんは、何やら難しい顔をしています。どうしたのでしょうか。あそこまで挑発した手前、気まずくなっているのでしょうか。……仕方のない人ですね。気まずくなるくらいなら、あんな挑発なんてしなければいいのに。
まあ、謝っていただけるというのであれば、此方から譲歩してあげなくもありませんが──
「変わって、なくね?」
「……今なんと?」
「変化が見られなくないでしょうか」
「……それは、増量前よりか、ということですよね?」
「んにゃ? 金曜日から」
「…………………はい?」
少しだけ気分が上向きになってきた、その時。
ビシリ。そんな形容し易い音が聞こえた気がします。己の内から。私は耳に届いた彼の言葉を処理しきれずに、たっぷりと数秒間固まりました。
ようやく彼の言葉を咀嚼すると、またふつふつ、ふつふつと。此方は形容し難い感情が湧いてきました。
金曜日。金曜日と言ったか、このトレーナーさんは。金曜日といえばあのトレーニングの日なのですけれど……!
「ちょ〜っと何を仰っているのか……分かりかねるのですが……!」
「そう? まあ、要約するとだな」
「はい」
「もしかして、ダイエット失敗?」
「そんなはずありません!」
バァン! と。大和撫子の精神など微塵も感じられないような派手な音を出して、私は思わずデスクを叩いてしまいました。
「うわ、おまえ、ウマ娘の力で叩くなよ。割れちゃうだろ」
「………っ」
「ん。グラス?」
プチン。またそんなわかりやすい音が、己の内から聞こえた気がします。
その時にはもう、手は動いていました。
震える手をデスクの天板からゆっくりと持ち上げます。覚束無い指先を私は自分のお腹へと持っていきました。
「……こ、これでも、ですか……?」
いけません。いけませんこれは。絶対に掛かってます。ひ、ひと息つかなければ……。私は自分の制服の上着の裾を手に掛けます。
しかしそれ以上に許されません。こんなこと。許されるはずがありません。
エルにも協力してもらって、頑張って、3日という短期間で仕上げてきたのに。我慢して、好物も抑えて来たのに。
一体、何のために。一体、誰の為に……!
あなたに言われたから、私は……!
するり、するする。制服の上着の丈を上げていく。上がっていく。顔も頭も熱く、もう何をしているのか自分でも分からない。
「はしたない女だと……思わないでください……」
「いや、はしたないが」
「くっ……!」
同じ夢を共有する、今1番距離の近い異性に言われるのはダメージが大きいです。というかひどいです。あんまりです。ふ、ふふ……後で覚えておいてくださいね♪
「あー、グラスすまん。その、実は」
「な、なんですか? それよりも分かるでしょう……?」
「いや分かる。うん、分かったから」
「分かってません、あなたは何も分かっていませんよ……」
ませんよ……」
トレーナーさんの手を取りました。
ゆっくり。ゆっくりと、此方側へ寄せていきます。
「もっと……」
「いやその」
「私は、あなたの為に……」
「や。すんません」
「なんなら、触ってでも──」
「……いやだから」
ぴとり。ついに冷たい彼の指が私のお腹に触れました。
これで──……
「あの、冗談だ」
「………………………は?」
「ちょっとからかってやろうと思っただけ──ぶなっ」
「乙女の肌と想いを……許せません……!」
「ちょ、嘘ついたのは謝るけど、肌に関してはおまえ勝手に見せてきたよな」
「問答無用です。……お覚悟を」
(おまけ)
「ということがあって。あはは、傑作だろこれ」
「同期がここまでバカだとオレも肩身が狭いわ」
「なるほど……だから石抱きをしてるんですね」
「あんまり見るなスズカ。バカが移るぞ」
「ああん? おまえ、同期だからって何でもかんでも言ってもいいと思ったら大間違いてててててて」
「トレーナーさん? 喋ることを許可した覚えはありませんよ?」
「すごい。頬っぺた、とても伸びるんですね」
「いやそこじゃなくない? 天然?」
「すっかり尻に敷かれてるな」
「な。おかしいよな」
「トレーナーさん?」
「はいはい」
「グラスさんのトレーナーさんも大変ですね……」(チラ)
「スズカ、そのタイミングでこっち見るな。やめろ」
「ふふっ」
「……おまえ、これであともうひとりいるんだから、大変だな」
「ほうれふね」
「……まあ同期として、確実に言えることがあるとすれば」
「おまえの教え子、ちょっと重いぞ?」
「なぁ……!」
「知ってるよ」
「な──!」
グラスワンダー
身長152cm。体重増減なし。
アメリカ育ちの和を尊ぶウマ娘。所作や言動が丁寧で清楚な雰囲気を纏う栗毛のウマ娘。好きな食べ物は和菓子。足が右だけ5mm大きい。
全体的に華奢な体格であるのに何故かおしr……否、腰周りだけやけに大きいのを気にしている。
トレーナー
祖母がウマ娘で、髪や瞳の色などほんのりその性質を受け継いでいる。かなりの女顔だが、その割に口が悪い。好きな和菓子はいちご大福。
仕事の一環としてグラスの体格を計測した際、ふと余計なことを言ってしまったせいで彼女に折檻された経歴を持つ。
お疲れ様でした。最後まで読んでくださりありがとうございます。
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