誤字脱字がもしあれば報告してくれると助かります。
「男の人って、殆どの人が巨乳好きらしいですね」
「…………」
年代物の空調とコンピュータキーボードの打鍵音だけが支配する室内に嫌気が差した私は、突拍子もなく話を振った。いい加減この十数畳程度の広さのトレーナー室をうろうろするのにも飽きてきたところだ。
「……うるさ。今仕事中なんだけど」
「でもスマホ弄ってるじゃないですか」
今までいっぱい我慢したんだし、これくらいなら許されてしかるべきだろう。
しかしそんな私、セイウンスカイの暇つぶしに対し……この部屋の主と言えばいいのか、私のトレーナーさんは鬱陶しそうな声音だけで反応した。
パソコンとにらめっこしながらキーボードをカタカタカタカタ。彼専用のデスクに座るトレーナーさんは先程から何かしらの作業をしている。
しかしもう殆ど終わっているのか、時折別の端末でSNSアプリを操作していた。
それに彼はうるさいなどとは言っているが私はそんなに大きな声を出した覚えはない。大方また合コンか何かのセッティング中に水を差されたとかで、ちょっとムッとしてるだけだろう。大人げない。
セイちゃんの言い分としてはせっかく遊びに来たのだから、仕事が終わり次第スマホなんか触らずちょっとくらいは此方にも構って欲しいというのが本音である。というか本当に合コンのセッティングならば教え子が居るトレーナー室でなんかしないで欲しいが。
何にせよ面白くない私は、続けてトレーナーさんに問い掛ける。
「トレーナーさんはどうです? 巨乳派? 貧乳派?」
「顔」
「……話、聞いてた?」
「聞いてたよ」
聞いてたらそういう返しはしないんじゃないかな。私が瞼を落とし半眼で睨むと、彼は少し億劫そうに口を開いた。
「要は女を自分の好みで選ぶなら、そのどちらの判断基準で選ぶかって話じゃないの?」
「そうだけど……」
彼はキーボードを叩く手を止め、視線だけを此方に寄越す。
「俺はいきなり胸では選ばないから。まずは顔でしょ」
「……トレーナーさんってことごとく残念だよね」
「心外なんだけど。人間味に溢れてると言って欲しいな」
「どうかな〜」
確かに俗っぽくて、らしいっちゃあらしいけどさ。でもそれならお胸もおっきい方が好きなんじゃないの?
トレーナーさんは肩を竦ませ微笑むと、それ以上は答えずにまたパソコンでの作業へ戻ってしまった。まるでもう話は終わりだと言わんばかりに。
「……むぅ」
私はそれを見て露骨に眉を顰めた。ため息もついぞ出てしまう。……まただ。トレーナーさんはいつもこうだ。
私が言うのもなんだが彼はかなりの気まぐれというか、掴みどころのない性格をしているように思う。というのも彼は興味のないことにはとことん興味を示さない人で、さらにひたすらに己の事を喋らない。ひねくれていて、余計なことはペラペラ喋るくせに、だ。
寡黙という訳でもないし、お仕事はまあまあちゃんとやってくれてはいるものの、しかしその勤務態度が模範的かと問われれば、素直に首を縦には振れないというのが偽らざる本音である。私のサボりも、なんやかんや容認してるし。
「んもぅ。相変わらずだな〜」
トレーナーさんの対応は、私達担当バに対してもでも例外ではなく……私達は彼の好きな食べ物すらロクに知り得ていない。所謂、少々ドライな性格というやつか。誰に対してでも公平に接する所は美徳なのかもしれないけれど、だけど担当バくらいにはもう少し砕けてくれてもいいんじゃないかとも思っちゃう。
ウマ娘とトレーナーの関係は一心同体でなければならないのに。並ならぬ信頼関係をもってコミュニケーションを取り合わなければならないのに。
しかし彼は見ての通りこういった感じなので。
こんなんじゃ思春期真っ盛りの担当ウマ娘達を楽しませるのは難しい。これはモテないだろうなと、最初は思った。
「まっ、トレーナーさんは選びたい放題だもんね〜。特別そんなこと気にしませんか」
「選び放題? いや、そんなことはないぞ」
「どーだか」
「なんだ。ちょっと棘があるな」
しかし残念なことに(?)、トレーナーさんは結構モテる。いやモテるというか、生徒間ではそこそこ話題に上がる。『セイちゃんのトレーナーさん』との言葉、今週で何度聞いたことか。
1番はやはり顔だろうか。伊達に先程偉そうに顔で選ぶなどと言うだけはあるというか。歳は20代中盤。綺麗な肌で、端正な顔立ちをしている。精悍だと言うわけでは無いが、中性的な美青年という感じだ。
そこまで遊んでいる……という雰囲気はないが、とはいえ真面目だと言う印象も受け取れない。
会話などでの普段の様子だけでは分からない。聞けば答えてくれるだろうが、聞かなければ分からない。ほんとに掴ませない人だと思う。
「ていうか、胸で女を選ぶ方が残念では?」
「そりゃそうですよ。そんなのさいてーです」
「だろ」
「脚で選ばないと」
「脚で選ぶのはいいのか」
「そりゃあ貴方はトレーナーさんで、私たちはウマ娘ですからね。やはり、“脚”を見ていただかないと?」
「ああ、そういう? 心配しなくてもそれは見てるから」
私がおどけて言うと、トレーナーさんも納得したように苦笑する。そしてパソコンから視線を外し、少し下げた。
「…………」
私はそれを見逃さない。
先程も言った通りの一癖も二癖もあるトレーナーさんだ。円滑なコミュニケーションを取るためには私も手段は選んでいられない。どうせトレーナーさんはウマ娘のトモの話だと思ってるのでしょうが、ここは私の都合がいい方向で進めさせて貰いますからね?
両手でスカートの裾に手をかけて、ほんのちょっとだけ浮かせてみる。
「お。気になります? 気になっちゃいます? 私の太もも」
「ん。脚の話では?」
「太ももも脚でしょ? ……今視線がセイちゃんの白い太ももに集中してましたよ」
やぁん、はれんち〜♪
でも、見てたのは事実ですからね。
此方は胸とは違い、多少の自信はあるのだ。
「トレーニングでもいっぱい見てるでしょ? 今更恥ずかしがらなくてもいいんですよ?」
「見てるのは主にトモの働きな。走りの様子。そういう仕事なんだよ」
「ほら、ね?」
ススっ…。
「……おまえ誰にでもそういう事してんの?」
「あ。もしかして『そういうのは俺だけにしとけ』みたいなやつですか? 独占欲ですか? 独占力ですか?」
「いや仮に他の奴にも言ってるんならおまえガチで面倒臭いことしてるから迷惑かける前にやめた方がいいよって言おうと」
「トレーナーさん中距離適正だったんですね〜」
「……うざ」
うわお。辛辣。
「あはは。もう、相変わらずだねほんとに」
「こっちのセリフ過ぎるだろ」
「そう? そんなことないですよ?」
うざだなんて。普通言うだろうか、歳下の女の子に。そんなセリフ。しかしこれも判明してる数少ないトレーナーさんらしさでもある。
トレーナーさんは自分に分の悪い勝負は絶対にしない。不利な展開にはまともに取り合わない。旗色が悪かったり、手に余ったり……答えが出せない時なんかは、必ず撤退する。
そうすれば私も退くって分かってるから。
正直言って、ずるい人だ。ままならない。
結構ギリギリまで上げたスカートから手を離し、溜めた息を吐いた。トレーナーさんは取り乱すことも鼻を伸ばすことも怒ることもしない。その対応に、私はまだまだ壁を感じてしまう。
トレーナーとウマ娘。大人と子供。男と女。
彼との立場の差、歳の差、性差 。感じずにはいられない。
「トレーナーさんの方が、よっぽど相変わらずですよ」
「さっきから相変わらず相変わらずって。何の事?」
「別に。なーんでもありませんよ」
今度は私が肩をすくませて、室内の中央に置かれているソファに身を預ける。高級感のある質感と程よいスプリングが優しく私を受け止めた。角テーブルを挟んでふたつ。それらは私もよくお昼寝によく使うもので。確かトレーナーさん自ら選んだ物だったかな?
まだ若いのに、こんな高そうなソファ買う余裕が果たしてどこにあるのだろうか。やっぱりトレーナーさんのことはまだまだ分からないことだらけだ。
今日も、結局好きな女の子のタイプも分からなかったし。
いつのように、まさに雲を掴むように。手応えを感じさせてはくれなかった。一応今日の数少ない情報を信じるのなら、トレーナーさんにとって胸はあんまり注視すべき項目ではないのかな? まあ、どうでもいいんだけどね。
「……セイちゃん寝ちゃいますから。18時になったら起こしてくれません?」
本日もロクに釣果なしだと分かると、なんだか少し眠くなってきて。軽い欠伸がふわりと出た。
「やることないならもう帰ればいいのに」
「おやすみなさい。トレーナーさん」
「……まあ、静かになる分にはなんでもいいけど」
彼の嫌味を無視して寝転がる。すぅすぅと。寝息と共に私の薄い胸が上下した。
「…………」
薄目で彼のことを見る。トレーナーさんはすぐに仕事に戻るのかと思ったけど、少しの間だけ此方をじっと見つめていた。……ちょっと意外だった。
いつかトレーナーさんのことを理解出来る日が来て……そして私の事も分かって貰える日は来るのだろうか。
「おやすみ。スカイ」
「……うん」
脳裏の片隅でそんな小さな夢想を思い浮かべながら。トレーナーさんの苦笑を最後に見て、私は静かに瞼を閉じた。
それは少しだけ、莞爾とした笑みだった。
(おまけ)
「…………」
「ん、起きたか。もう18時だぞ」
「…………。トレーナーさんって笑うんですね」
「あ? また何だ。藪から棒に」
「夢で、トレーナーさん笑ってたから。にっこり〜って」
「この短時間でよくもまあそんな珍妙な夢を見れるもんだ」
「…………」
「? どしたよ」
「……トレーナーさんって、誰にでもあんな顔するんですか?」
「なんだ、おまえも独占力か?」
「…………」
「おい、なんだ。なんか言えよ。元はおまえから振ってきた冗談だろ」
「私のは別に冗談じゃありませんけど?」
「ええ……確かにおまえは中距離適正はあるけど」
「うざ」
「デバフスカイか。新しいな」
「トレーナーさんって結構天然だよね」
「あん? 誰がサイレンススズカだよ」
「他の女の名前を出すな」
「お、おお? 意外に寝起き悪いなおまえ……」
……分かって貰えるとか、そんな悠長なこと言ってる場合じゃないかもね。
セイウンスカイ
身長155cm 体重申告漏れ
何事にもマイペースでトレーニングもよくサボるウマ娘。特技・趣味は釣りと昼寝で、トレーニングをサボっては何処かで寝てるか魚を釣っている。
胸がないことを気にしてはいいないが、トレーナーが巨乳好きかどうかは気にしている。
トレーナー
スカイのサボりやひねくれた言葉にはそこそこ手を焼いていたが、自身もまあまあひねくれている為、割と早期に慣れる。なんなら反撃する。『ガキが、舐めていると潰すぞ』が最近のマイトレンド。
別に胸は無いよりはある方が好きだが、特にこだわりはない。強いて言うなら全体的なバランス重視。
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