蛇は異なる   作:ヘイ!タクシー!

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プロローグ

 物心ついた時からか、はたまた最初からか。彼には他人に見えない変なものが見えていたことが発覚した。

発覚したと言うのも、彼の周りの最初の環境はそれが当たり前だったから。その環境から離れる事で漸く発覚したと言うだけの事なのだが。

 

では何が彼、もしくは昔彼がいた周りの人間達が見ていたのか。

 人間とはかけ離れた、個体によっては人間と同じ形をした異形の物体。人の肩に乗ったり、その人の手や足を引いたり、或いは見せ物の様にその場から動かなかったりと様々。

 ただ一つの例外もなく、それらは人に害を為していた。

 

 まるで生気でも吸われているかのように憑かれている人は元気がなく、ソレを横切る人は転んだら物を落としたり、酷い時は車に轢かれたりなど不幸が訪れていた。

 絶対にソレ等は何かしている。なのに周囲の人は誰も気付かない。

 

 現在、この街に住んでいてソレに気付いてるのは彼だけだった。

 

 彼はソレ等が恐ろしいことを知っている。だから穴場所から離れた時、出来るだけソレと関わらない様に生きてきた。

 

お菓子、ちょうだい?

 

 ソイツはいつもそこに居た。

 廃れた公園だ。いつか工事されるのだろう立ち入り禁止の柵が張られた、人気のない古びた公園の中。夕日が周りの家の奥へと沈んでいく時間にソレは居る。

 少年が生まれるより前に、その公園で一人の子供が死んだらしい。虐待されていた子供らしく、3日間親が旅行に行っている間に放置されたのだとか。あまりの飢餓に陥った子供が2階の部屋のベランダから飛び降り、公園の地面に頭から激突した。

 

 悲惨なことに子供は頭半分が潰れても生きていた。そして死ぬまで飢餓に襲われ、遊んでいた子供達にお菓子を強請ったのだとか。

 

 子供が死んだ位置、つまり団地の壁際に近い公園の端にソレは居た。頭と顔が半分ほど潰れて、黒い液体を流し、ミイラの様に痩せこけて目やお腹が窪んだ気持ち悪い見た目のナニか。

 

「…………」

 

 その日からこの公園にはよく不幸な事が起こるらしい。遊んでいた子供が行方不明になったとか、入るのを禁止された中で度胸試しにと侵入した中学生のグループが消えたとか。

 

 少年はソレを理解していた。目を合わせたら取り込まれ、そして被害にあった彼等と同じ運命を辿ると。

 君子危うきに近寄らず、触らぬ神に祟り無し。帰るための家がその公園の目の前にある団地故に、仕方がなく毎日彼はそこを通るが無視し続ける。それは昔からであり、昨日もそうだし今日だってそう。明日だってそうだし、彼が家を離れるまではずっと無視し続けると決めていた。

 

「きゃっ!?」

 

「うぐっ!」

 

 安物件による狭く暗い入口のせいか、それともあの場所を見ない様にと注意し過ぎたせいか、少年は突然現れた人に気付かなかった。そして慎重に歩く少年に対してぶつかってきた人は急いでいたのか、タックルの様な形で少年と共に倒れる。

 

 後頭部は硬い地面。押しつぶしてくるのは人一人の体重。救いは倒れてきた人が少年よりも少し小さくて軽い女の子だったことくらいか。それでも後頭部と背中、お腹の痛みに彼は悶絶することになった。

 

「ッ〜〜〜!!!?」

 

「あたた………って、わぁぁあ!!!? ごめんなさい!!」

 

「え、ええよ………気にせんで…」

 

 身体の上から慌てて退いた少女にその少年はそう告げるしか無かった。

 後頭部を摩りながら起き上がる彼に対して何度も土下座を繰り返す少女。全面的に少年は被害者であるが、自分より小さい女の子が土下座する姿を見て何故か後ろめたく感じたのだろう。床に額を打ち付ける彼女の肩に手を置いてそれを止めた。

 

「僕にあんま怪我なかったんやから、そない謝らなくてええよ。頭痛いけど。ただ……こない狭い道で走るの危ないから、気をつけんとな」

 

「あぅぅ………ごめんなさい……」

 

 しゅんとする少女に彼は苦笑しながら立ち上がる。そのまま座った状態の彼女に手を差し出し立ち上がる様促した。

 

「ほな僕は行くけど………急いでんやろ? なんやわからんけど、はよ動いた方がええんちゃう?」

 

「はっ!? 忘れてました。ありがとうございます! ええっと……何処かの知らない人!」

 

 再び走り、去っていく彼女に少年はもはや笑うしかなかった。

 少年と同世代だろうか。この団地から出てきたと言うことはご近所さんだろうが、数年はここに住んでいた彼は今まで見た事がない女の子であった。

 

(そうやった。最近、なんや引っ越ししてきたお隣さんがいるゆうてたな。それがあの子か………)

 

 数日前に団地の大家が言っていた情報を思い出して、少年は思わず彼女が去って行った方向に目を向ける。

 その少女は以外にも彼の視界に映る位置にいた。誰かを探している様で、声を出しながら辺りをクルクル走り回っている。

 少年はただその場に止まって、なんとなくソレを眺めた。別に彼女を手伝おうとか思ったわけではない。ただガムシャラになって探す彼女の姿が珍しいのか気になって目で追ってしまう………そんな親切心の欠片も無い傍観者。それが彼である。

 人間観察が趣味である少年の悪い癖。学校でも少年はいつも人を観察ばかりしているせいで良く気味悪がられている。他人には見えない何かが見える症状も相まって、彼には友達がいない。

 

「おーい! 二人とも〜………居ない、なぁ。いや、まさか……ね」

 

 ふと、少女はとある方向に目を向けた。少年もつられてそちらに目を向ける。

 二人の目線はあの廃れた公園の方向と同じであった。二人の位置からでは中は見えないが、相変わらず嫌な気配を漂わせている。

 

 少女は其方をずっと見つめていると、意を決した様に可愛らしい顔で真剣な表情を露わにした。

 

「…………よし。行こう」

 

 

 

「────あかんよ」

 

 ────少女が一歩踏み出そうとした時、彼女の手が強く引っ張られていた。

 

 

「えっ………」

 

 

「あそこに入ったらアカン。危険や」

 

 いつの間にか彼女に近づいていた少年があの場所へと行かせないよう手を握っていたのだ。

 

 

 

「あなたは、さっきの………」

 

「誰探してるか知らんけど、あそこ気味ィ悪がって誰も寄り付かへんよ。探しても無駄や。他を探し」

 

 有無を言わせぬ口調でそう告げる少年。

 彼の切れ長な細目が見開き、さっきまで顔に貼り付けていた笑みを引っ込めて、酷く真剣な表情で彼女を見ていた。

 そんな少年の様子に少女もあの場所がどれだけ危険か理解したのだろうか。いや、それとも………最初からあの場所が危険だと知っていたのか。

 突然さっき出会ったばかりの男の子に謎の注意をされたのにも関わらず、彼女はその言葉を馬鹿にせずわかっているかのように頷いたのだ。

 

「わかってますよ。あそこ、危険なんですよね」

 

「そう。だから、止めとき。やないと………」

 

 一度言葉を止め、少年は表情を笑みへと変える。

 細く、鋭い目。それでいて口だけは弧を描く彼の様子はまるで獲物を狙う蛇の様だ。

 

「────君、ここで死ぬで?」

 

「ッ……」

 

 気味が悪い。彼を見た人は皆そう言う。

 別に見た目が悪いとか、薄汚いとかそう言う悪口では無い。糸目であるが顔はかなり整っているし、肌は女性が羨ましがるほど白く綺麗だ。この小さい歳で一人暮らしをしているが、毎日お風呂にだってしっかり入っている為かちゃんと清潔だ。

 

 では何が気味悪いのか。それは彼が纏う雰囲気が恐ろしいから。

 自分達には見えない何かが見える。人を何かと比べる様に観察する。何かある度にヘラヘラと薄笑いをしている。

 

 それ等は確かに気持ち悪い。しかしそれだけではなく、何か根本的に………まるで負の気持ちが具現化した様な。悪いイメージが覆っている様な。

 

 

 呪う感情が彼と言う形となって出来ている。そんな気味悪さがあった。

 

「………うっ」

 

「気持ち悪いやろ? 今それで済んでても、あそこ入ればそれだけや済まんくなるで? やから、ほら」

 

 

 ────僕が喰らう前に、さっさと逃げ?

 

 いつの間にか公園を背にして立ち塞がる様に立つ少年が、全ての自分の仕業だと言わんばかりに両腕を軽く広げてそう告げた。

 

 彼の纏う気味悪さが、公園から放たれている不気味さが。全てが気持ち悪い。

 

 少女は思わず後ろへと一歩下がった。

 

 呼応する様に少年が一歩前に出る。

 

「ぁっ………」

 

「いいん? そない立ち止まって…………」

 

 また一歩少年が足を出す。少女は一歩下がる。

 

「怖がって、可哀想に。動けへんの? でも大丈夫や………」

 

「ぁぅ……」

 

 

 怯える少女が楽しいとばかりに、少年は笑った。

 

 

「僕が君を優しく喰ったる」

 

 

 

ニタリと、蛇が笑う。

 

 

 

 

 

「ぁぁぁあああああぁぁあぁあああ!!!」

 

 最初、何が起こったのかわからなかった。

 小さい身体が目の前まで迫る。突風が駆け抜け、視界が鮮やかな薄水色に染まる。

 それが人の髪だと気づいた時には、もう遅かった。赤く染まる夕焼けが目を焼き、空疎な住宅街からは止める声は上がらず独りの寂しい足音が聞こえてくるだけ。

 

 突然の事だった。予想すらしなかった。

 

 

 

彼女の動きに一瞬遅れて少年は振り返った。

 

 

「弟が2人!」

 

走る彼女に手を伸ばすも、掴んだのは虚空だけ。

 

 

「母は1人夜遅くまで働いてます!!」

 

静止の声は彼女の声に掻き消され。

 

「私は長女ですッ!!」

 

 

鮮やかで綺麗な淡い青の髪が靡くその背を追おうとしても。

 

 

「弟達を守るのが私の責任です! どんな危険があったとしても、あそこに化物がいるとしても!! もしあそこに弟達がいるなら、私はあの2人を守らないといけないんです!! 忠告してくれたのに、ごめんなさい!!」

 

 

その一言に少年は固まってしまった。

僅かな停止は掴みかけた彼の手から離れ、少女は駆ける。もはや少女の前に邪魔できるものは何も無い。立ち入り禁止のコーンを超えて、封鎖された格子をよじ登り、あっという間に公園の敷地の中だ。

 

それを少年はただ黙って見ることしかできなかった。

 

「………しょうもな」

 

 

少年は自分の事を悪人だと思っている。

彼は興味ある事にしか動かない。むしろ興味あるものにしか目がいかない。物心付いた時から見える化物の所為で感覚が麻痺したのか、はたまた最初からか。

彼はその公園で子供が死ぬのを目にした時、ただ無感情にソレを眺めた。指先から喰われていく子供の姿を目にして、助けようなんて気持ちも可哀想にと同情する気持ちも湧かなかった。

まるでそこ等にいる虫が無邪気な子供に殺されている様にしか見えない。その事に気づいた彼は悲しむ事もなく、ただ自分は他の人と何か違うと思った。

 

 

「見なければ大丈夫。弟達を探すだけ。見なければ大丈夫、大丈夫。見なければ………」

 

 早足に少女は奥へと進んでいく。目尻に涙を浮かべながら、公園の中で蠢くソイツを見ない様に、それでいて誰かを探しながら奥へと進む。だけど見ない様にしてもその化物を意識しているのは明白だった。見ない様しなくても、注意だけは常に向けている。

だから少女は意識外から足下に這い寄る黒い影に気付かない。

 

「ヒにゅっ!?」

 

足首に言いようのない気持ち悪い感覚が少女を襲った。

珍妙な悲鳴を上げて恐る恐る下を見れば、己の足に絡み付くドロドロした影。

その絡み付いた影が何処へ繋がっているのかと、元を辿っていけば………巨大な口を開けたグロテスクな子供の形をしたナニかがいた。

 

「ぁッ………」

 

さっきの様な雄叫びは上がらなかった。少女の顔に絶望の色が浮かび、目尻に溜まっていた涙が限界とばかりに流れ落ちる。

 

自分の事を間抜けだと思うだろうか。視界の端に、呆然と此方を眺める少年に気付いた彼女は、思わず自分をそう卑下した。

彼の忠告を聞かずに危険な公園へと足を踏み入れ、そして弟二人の姿どころかその形跡の欠片も無い場所を探して窮地に至る。

 

事実、少年は心の中でアホだと考えていた。窮地とわかっているのに飛び込む程、少年は馬鹿に生きていない。むしろ、かつて彼が居た場所は賢くなければ生き残れなかった。そんな境遇の中にいた彼にとって、彼女の行為は意味がわらないもの。

 

だから、彼はこう告げる。

 

 

 

 

 

 

射殺せ、『神鎗』」

 

 

 

少女を襲おうとしていたナニカが突然真横に吹き飛ばされた。

 

「………えっ?」

 

先程まで迫っていた恐ろしい光景は消えてなくなり、少女の視界に映るのは視界の端から端に掛けて真横に伸びる一本の刀であった。黒漆に銀の刃が光る刀身が一直線に伸びている。

少女が右に目を向ければ、人間で言うお腹あたりに伸びた刀が刺さった状態で壁に縫い付けられている化物の姿があった。

 

「なにボーっとしとるん? 逃げよ」

 

「へっ?」

 

向いていた逆方向からの声に、再び可愛らしさの欠片もない素っ頓狂な声が少女から漏れた。

驚いて振り返る彼女の様子を他所に、いつの間にか真横にいた少年が驚きのまま固まる少女の手を取った。

 

「ほら、行こ」

 

傷付けない程度に、しかし人を動かすには十分な力で少年は少女の手を引く。勢いのままに走り出した2人はすぐに公園の出口を駆け抜け、そのまま2人が住むボロ臭いアパート近くまで辿り着いた頃に漸く走るのを止めた。

 

 

 

「はぁ、はぁ、はぁっ………」

 

「すまんなぁ。早過ぎやった」

 

極度の緊張から走り出したせいか、少女は荒っぽい息を整えるのに必死になっていた。それを横目に、傍の少年はゴソゴソと懐を漁っている。

 

「ふぅ………ふぅ…………あ、そうだ。さっきは助けてーーーー」

 

少しして少女の息が落ち着き、そう言えばと今更ながら助けられた事に気付いた彼女が顔を上げた。

そんな彼女の目の前には、何故か視界いっぱいまで迫っていた干柿が差し出されていた。

 

「………はっ?」

 

「探して、怯えて………腹へってるやろ? 食べ」

 

そう言って少年は彼女に干柿を差し出したまま、何処から取り出したのだろうと不思議に思う程のいっぱいの干柿を片腕に抱えている。

 

急いでいた先程とは違い、改めて少女は恩人となった少年をしっかりと見た。

彼女自身も良く奇異な目で見られる髪色と自覚しているが、それと同じくらい日本人離れした綺麗な銀髪だ。そして、本当に目を開いているのかと疑いたくなる程細く切長な目。歳は彼女と同じ中学生くらい。

何処か恐ろしげな雰囲気を纏っていて、なのに薄っぺらい笑みを貼り付けているものだから、何処か気味が悪い。

 

その気味の悪さの正体を、少女は知っていた。

 

「キミもあるんやろ? 呪力(チカラ)

 

「あっ………」

 

「ボクもや。市丸ギンゆう。よろしゅうな」

 

 

 

 

 

 

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