大喜君がバドミントンに本気になるのを早くしてみた 作:もう何も辛くない
ワールドカップ凄かった…。今日が休みで良かった…。夜中に滅茶苦茶叫んじゃった…。隣の部屋の人ごめんなさい…。
足が重い。ただ歩いているだけなのに、ふと口呼吸で大きく息を吸っている自分を自覚する。
それ程までに今日は疲れる日だった。というか、針生先輩との試合がきつ過ぎた。試合終わった後、もう足に力入んなくて倒れたし。
試合後の握手もネットに挟んでじゃなく、針生先輩に肩を貸してもらいながらだったし。
そんな自分が恥ずかしかったのもそうだけど、もっと最悪だったのはその次の試合で西田先輩に負けた事だ。
いくら疲れていたとはいえ…時間の都合上、充分に休めず足がちょっと震える状態での試合だったとはいえ、集中しきれず負けてしまったのは俺の未熟さ故。
…まあ、西田先輩には公式戦、地区予選で盛大にリベンジをするとして、目下俺を悩ませるのは針生先輩だ。
また、負けた。しかも俺自身、絶好調だったにも関わらずだ。
第三ゲームの序盤までは…針生先輩の罠に嵌っていたとはいえ、リードしていたのはこちらだった。そこからひっくり返された理由は言うまでもない。
「スタミナ不足、かぁ…」
思えば、中学最後の試合もスタミナ不足で追い込まれたっけ。あれから成長してないな、ホント。
スタミナ不足を解消すべく走りに走りまくったと思ってたけど…まだ足りないか。針生先輩が意識的に俺のスタミナを削りにかかっていたとはいえ、どんな展開になろうと一試合をやり切るスタミナくらいは持たなければ、インターハイなんて夢のまた夢だ。
大会では一日に何試合も熟さなくちゃいけないんだし、やっぱりまたスタミナを鍛え直さなくちゃ駄目だな。
…もっと早く起きて朝の走り込みを増やすか?いやでも睡眠時間を減らすのはいけない。流石に今以上に早く寝るのは無理があるし…、
どうするべきか…。
「大喜くん!」
これから地区予選に向けての練習計画で頭を悩ませていると、不意に背後から俺の名前を呼ぶ声がした。
振り返ろうとした直後、俺のすぐ横を誰かが走り抜けていく。
「ついてきて!」
その誰かがこちらを向きながら手招きするのを見て、目を丸くする。
「千夏先輩?」
「日暮れちゃうよ。ほら早く!」
「いや、どこに行くんですか」
笑顔で俺を手招きするのは、千夏先輩。千夏先輩が俺をどこかに連れて行こうと急かすが、せめてどこに行こうとしてるのかくらいは聞きたかった。
「いいとこ!」
「…?あ、ちょっ、先輩!」
いいとこって。それじゃどこなのか分からない、と聞き返そうとするも千夏先輩はさっさと先へ行ってしまう。
俺はどこに行くのか聞くのを諦め、歩くペースを速めて千夏先輩についていく。
「…確かに凄くいいところですけど、何故公園に?」
千夏先輩についていき、行き着いた先は今俺が言った通り、公園だった。
いや、確かにいいところだけれども。繰り返しになるが何故公園?
「それはね…じゃーん」
「…それって」
木のベンチに置いた鞄をごそごそと漁り、千夏先輩が取り出したそれを見て俺は更に意味が分からなくなった。
「見て!借りてきたの!」
「…どうして千夏先輩がバドのラケットを?」
そう、千夏先輩が取り出したのは二本のバドのラケットだった。
公園でラケットを出す。いや、これだけでもう、千夏先輩がしようとしてる事は一つなんだろうけど。
その理由がさっぱり分からず、つい問い掛けてしまう。
「この前やろうって言ったでしょ?」
「…覚えてたんですね」
近くに落ちていた木の枝を拾い、地面に線を引いてコートを描きながら千夏先輩は勿論、と明るい声で一言俺に返した。
「それに…」
しかしそこで言葉は終わらず、千夏先輩は更に続ける。
「大喜くん、もっと練習したいかなって思って。ほら、試合の後とかが一番やる気出るし。大喜くんもそうかなって」
それはまさに、今自分が思っている事だった。
ひそかに抱いてきた気持ちを言い当てられて少し気恥ずかしくなり、思わず千夏先輩から目を逸らしてしまう。
「本当は大喜くん、疲れてるかもって思ってたけど…」
「いや、それ以上に練習したいです。何なら帰ってから外に走りに行こうかと思ってました」
「流石に今日は休んだ方がいいと思うよ…?」
胸に満ち溢れたやる気を素直に吐き出したら千夏先輩に苦笑いされた。何でだ。
「いくよー」
俺の複雑な気分を他所に、俺にラケットを渡してから千夏先輩はシャトルを持ち、上に放り投げてからラケットを振るう。
スカッ
が、ラケットは空を切る。ポトリ、と空しくシャトルは地面へ落ちた。
いそいそと地面に落ちたシャトルを拾い、再度千夏先輩はシャトルを放り投げてからラケットを振るう。
スカッ
が、ラケットは空を切る。ポトリ、と空しくシャトルは地面へ落ちた。
まるで巻き戻して同じ映像を見ているかのようだった。
「ぶふぉっ」
「ち、違うっ!サーブだけ苦手なの!ラリーは出来る!」
耐えきれず盛大に吹き出してしまった俺を見て、千夏先輩は羞恥の色に頬を染めながら弁解する千夏先輩。
「シャトルは投げないで落とすだけでいいんです。左手は動かさず、シャトルを落としたらそこにラケットを持っていく感じで」
「…えっと、こう?」
その姿を微笑ましく思いつつ、フォームを実演しながら千夏先輩にサーブのコツを教える。千夏先輩は俺のフォームを見てから、俺が言った通りにシャトルを落としてからラケットを軽く振るう。
ポン、という打球音と共にシャトルが高く上がる。
「おぉっ!流石バド部」
「驚きすぎですよ」
サーブを成功させて喜ぶ千夏先輩に再び微笑ましさを覚えながら、こちらに落ちてくるシャトルを高く打ち返す。
「でもこれじゃあ私の練習になってる。スマッシュとか打っていいよ」
「いいですよ。スマッシュは試合で嫌になる程打ちまくりましたし。…マジであの人、気持ちよく一発で決めさせてくれないし」
正直今日はもうスマッシュは打ちたくない。走りたいとは思うけど、スマッシュを打ちたいとは思いたくない。
脳裏に過るあの憎たらしい先輩の顔のせいで打ちたくなくなる。ホント針生先輩、マジ針生先輩…。
「そーだ。針生くんとの試合、見てたよ」
もう今日はあの人の事を考えない様にしようと思っていたのに、その人の名前を千夏先輩が口にした。
しかも、考えたくない理由そのものについて口にされた。
「…記憶から消してください」
「なんで!?」
「恥ずかしいからです。負けたし…、かっこ悪い」
千夏先輩にあの試合を見られていた。もし勝っていたら、恥ずかしいなんて思わなかったのだろうか。かっこ悪いなんて思わなかったのだろうか。
少しは胸を張れていたのだろうか。
「そんなことないよ」
そんなネガティブな気持ちを吹き飛ばすように、力強く千夏先輩はそう言った。
「どれだけ返されてもスマッシュで攻め続けた所も。たくさん振り回されても諦めないで走り続けた所も。最後、よろよろで限界なのに頑張ってた所も」
「三つ目だけは本当に忘れてほしいです」
三ゲーム目も見てたのか、この人。というかあそこは本気で恥ずかしいから忘れてほしい。部内戦であそこまでよろよろになる奴なんて俺くらいだろ。あぁ、マジで恥ずかしい。
「大喜くんはかっこよかったよ」
「─────」
その言葉と共に向けられる花が咲いたような笑顔に息を呑む。
綺麗なその笑顔に視線が吸い寄せられ、釘付けになる。思わず、今ラリーをしている事を忘れる程に。
「あ、私の勝ち」
「え。これ勝ち負け関係あるんですか?」
ケラケラと笑う千夏先輩に向かってサーブを出す。試合の時とは違い、ラリーを繋げる事を目的としたサーブは高く上がり、千夏先輩が打ちやすい位置へと飛んでいく。
「大喜くん。私には負けたけど…」
「いや、負けてませんよ」
「次こそ針生くんに勝ってね」
「…言うほど簡単じゃないですよ。あの人に勝つのは」
「大丈夫だよ」
「どうしてそう思うんです?」
「朝から練習頑張ってる所を見てきたから」
「…」
「だから大丈夫」
俺には自分を信じられるほど実力も経験もない。だけど、どうしてだろう。
「何だろう、自分でもよく分からないんですけど」
この人の言葉は─────
「大丈夫な気がしてきました。次は勝ちます」
「その調子!」
どうしてこんなにも簡単に信じられるんだろう。
何というか、気楽にというか─────バドミントンで
(楽しかった)
ずっと、好きなバドミントンで自分を追い詰め続けてきた。そうしなければ届かない目標を立てたから。その目標にどうしても手を掛けたかったから。だけど、そうしていく内にすっかり忘れていた。
─────
そんな簡単な事を思い出させてくれた時間も、俺と千夏先輩のスマホに送られてきた母さんからのメッセージで終わりを告げる。
そろそろ帰らないと心配されるだろうし、という事で荷支度をしてから帰る事にする。
「─────」
ふと、
千夏先輩の鞄に付けられたたくさんのストラップ。バスケチームのユニフォームが描かれた物やよく分からないサメのストラップ。他にもまだあるストラップ達の中で俺の目を引いたのは、
「…ちー」
「え、なに?」
「あ、先輩を呼んだ訳じゃなくて。そのストラップ…」
「あぁ、これ?」
無意識にその二文字を読んでしまい、千夏先輩を勘違いさせてしまった。すぐに誤解を正して、ストラップについて尋ねる。
(まさか、針生先輩?)
そう考えると何故かドクンと鼓動が跳ねる。こんな言い方をすれば良い風に聞こえるかもしれないが、実際俺にとっては不快でしかなかった。
「これ、クラスの友達からもらったの。クラスの方では
自分でも意味が分からなかったが、突然大きくなった鼓動は千夏先輩のその返答を聞いた途端落ち着いた。
何だ、これ。まさか今俺、安心した…?何で?
「それじゃあ、帰ろっか」
「あ。先に帰っててください。俺、少し素振りしてくんで。…道中バレたらヤバいんで」
「あー…。そうだね。それじゃあ、お先に」
「はい。母さんには俺もすぐ着くって伝えておいてください」
千夏先輩は軽く手を上げ、「分かった」と一言返してから俺に背を向けて帰路に着く。
…おっと、そういえば忘れてた。
「千夏先輩」
「?どうしたの?」
離れていく背中に向けて声を掛けると、すぐにキョトンとした顔で千夏先輩が振り返る。
「ありがとうございました。物凄く気分が楽になりました」
この時、俺はどんな顔をしていたのかは知らない。だけど、千夏先輩は俺の顔を見て一瞬、驚いた様に目を丸くしてからすぐに微笑んで─────
「頑張れ!」
力強く、また歩き出そうとする俺へエールをくれた。
「…うし」
千夏先輩の姿が見えなくなってから、小さく自分に渇を入れてから頭の中で試合の光景を思い浮かべながらラケットを振るう。
素振りの途中、何度か針生先輩との試合が過ったけれど─────ここに来るまでとは違い、陰鬱な気持ちにはならなかった。
本当に、千夏先輩って不思議な人だなと思った。
十話かけてやっと一巻…。少しペース上げてきます。多分。