大喜君がバドミントンに本気になるのを早くしてみた 作:もう何も辛くない
ここ三日ほど執筆する時間がとれず投稿できませんでした。理由は忘年会の幹事を任されていたからです。でもそれも昨日終了し、解き放たれたように手を動かしまくってます(笑)
でも他の職員の都合上そうなったとはいえ、今改めてクリスマスイブに忘年会って面白いな(笑)
地区予選ダブルスの部、一回戦。相手ペアは初心者同士のペアで、試合中に一度ラケットをぶつけ合うという珍事を起こしていた。その時、相手の二人は涙目だった。
勿論、勝利。
二回戦。一回戦の時のような珍事は起きず、とりあえず試合といえる試合はでき、結果は勝利。
三回戦。ここまで来ると少しラリーが続くようになり、得点を取るまでに時間は掛かりつつ、それでも点差には余裕があるまま勝つ事が出来た。
「…」
「お前それ、どんな顔だよ」
「いや…もっとこう、県大会までの道は険しいと思ってたというか」
「俺とお前が組んで地区予選落とす訳ないだろ」
勝者のサインをしながら淡々とそう告げる針生先輩に対し、俺は何というか、言い方は悪いが拍子抜けしていた。
さっき言った通り、もっと苦労すると思っていた。でも、そうだよな。高校からバドミントン始めた人だっているし、部員の人数の関係上そのまま試合に出る人だって当然いるんだよな。
…勝って当たり前、とは思わない。でもここで苦労しているようじゃインターハイに出るなんて口が裂けても言えない。
それくらいの気持ちでいても良いのかもしれない。
「うおっしゃぁあああ!!」
「!?」
針生先輩からボードを渡され、俺の名前を針生先輩の名前の下にサインし終えた直後、どこからか響き渡った大声に体を震わせる。
驚きと共に勢いよく振り返ると、視線の先に映るのは白いバンダナを頭に巻いて、笑顔で豪快にスマッシュを決める一人の選手。
体勢が万全でなくともお構いなしに威力のあるスマッシュを打ち込んでいく。直情型のプレイヤーか、と思いきや相手ペアがスマッシュを警戒して後方へ下がったのを見ると冷静へ前へと落としていく冷静さも持ち合わせていた。
(体重の使い方が上手い。視野も結構広いな。…スマッシュの威力だけなら負けてる)
もう少しその選手のプレイを見ていたかったが、さっきのプッシュによる得点で試合は終わってしまった。
その選手が相手ペアとの試合後の握手を終えてコートを出る。
「…あ」
コートを出た所で視線を向けられる。だけではなく、こちらを見て驚いた様に目を丸くした。
「ハリー先輩?」
何事かと思っていると、こちらを見たまま口を開く。そして誰かのあだ名と思われる何かを口にした。
ハリー?はりー…、針ー?もしかして針生先輩の事だろうか?
「そこにいるのは元KTSジュニアの針生健吾くんではないっすか」
「別人です」
どうやら俺の予想は当たったらしく、くどい説明口調で再び針生先輩を呼んだ。針生先輩はその選手の方に顔を向けないまま、関わりたくないのだろうか?一言、別人だと告げてからそのままこの場から去ろうとする。
「この詐欺師ぃ!」
針生先輩にぴったりの呼び方をしながら飛び蹴りをかまそうとするも、あっさりと回避される。
というか、さっきからついていけない。どうやら針生先輩の知り合い?らしいけど、誰なんだこの人。
「先輩。この人は?」
「こいつはジュニアの時俺のペアだった、下富高校の岸祥一朗」
「…詐欺師って呼ばれてましたけど」
「心当たりないな」
内心嘘つけ!とツッコミを入れる。というより、口に出さない俺を褒めたい。口に出していたらきっとアイアンクロー喰らってただろうから。
「ハリー先輩は約束を破ったんだ」
「約束?」
すっとぼける針生先輩の代わりに、岸くんが口を開いた。
約束…針生先輩には縁遠い単語に聞こえるなぁ。いや、真面目な約束だったら絶対守るんだろうけどさ。この人、そういう所はしっかりとしてるし。
でも、この人が守らない約束なんだし多分、碌なものじゃないんだろうな…。いや、分からないけど。
「鹿野千夏さんの連絡先教えてくれるって言ったのに!!」
「は?」
思わず呆けた声が漏れた。本当に碌なものじゃなかった。
ていうかその約束…かは知らないけど、そういう話をしてる事を千夏先輩は知ってるんだろうか?
…知らないんだろうな。針生先輩なら多分黙ってる。
「お前が俺に勝ったらって言っただろ」
「前勝ったじゃん」
「公式戦でって言っただろ。しかもその時俺風邪引いてたし」
「─────」
勝った?岸くんが、針生先輩に?
針生先輩はその時風邪を引いてたと言ったけれど、俺の中で岸くんに対する警戒度が一気に上がった。
さっきの試合、見たのは少しだけれどそれでも相当レベルが高い事は見てとれた。恐らく、今日のダブルスでも勝ち上がってくるはず。
…後でトーナメント表を確認しておかなきゃいけないな。もしかしたら、次の試合で当たるなんて事もあり得る。
「公式戦でって言ったな!なら今日のダブルスで圧勝して、今度こそ紹介してもらうからな!」
岸くんが針生先輩に宣戦布告をする。ここまで張り切ってる理由は不純極まりないとはいえ、だからといって油断はできない。
さっきまでの少し拍子抜けしていた気分が引き締まっていく。
…県大会進出は決まったけど、だからといって負けていいとは微塵も思っていない。この人を倒して優勝して、県大会へ弾みをつけ─────
「岸くん。なんか僕、お腹が痛くて…」
「へ?」
「さっき景気づけにケーキ食べたんだけど、いつの…ケーキだったか…」
「…へ?」
よう、と考えていた時。顔を真っ青にした岸くんのペアの男子がよろよろとこちらに来て、そして言葉の途中でゆっくりと倒れていく。
空気が凍る。岸くんだけでなく、俺と針生先輩もその場で数秒固まってしまう。
次の瞬間、岸くんが大声でペアの男子の名前を叫び、ようやく俺と針生先輩が再起動する。
そして、すぐに救急車を呼んだ。
まあ結果だけ言えば、食中毒だった。救急隊員の人が見つけた、岸くんのペアの男子が食べたケーキのパッケージに書かれた消費期限は詳しくは知らないが、まあ過ぎていたらしい。
とにかく岸くんのペア、横山くんというらしいけど、その横山くんは救急車に乗せられて病院へと搬送されていった。
そして、走り去っていく救急車を岸くんは呆然と眺めていた。
「…予選は通過してて良かったな」
「…ご愁傷様」
流石に可哀想だった。ただ今、針生先輩が言った通り予選は通過している事が唯一の救いか。
「こ…、こうなったら来週のシングルスで勝負だ!そこであんたをボコボコに─────」
「俺は出ないぞ」
「…え?」
「新人戦上位進出者は地区予選はパスできるからな」
「…それじゃあ次の公式戦って」
「六月だな」
なんか、本当に可哀想な人だ。理由はどうあれ相当の意気込みを持って針生先輩に挑もうとしてるのに全部上手くいかない。
俺の中で岸くんのイメージが可哀想な人で固まりつつあった。
「今からサブアリーナ借りて試合しよう!」
「やだよめんどくさい。大体俺はこの後まだ試合あるんだ」
「やるまで放さん!」
岸くんが針生先輩にしがみつこうとする。針生先輩は心底鬱陶しそうに岸くんの額を掌で押し返そうとしている。
しかし岸くんは止まらない。ぐぐぐ、と少しずつだが針生先輩との距離を詰めていく。
「あー、分かった!分かったから!」
流石に耐え切れなかったか。一瞬、針生先輩の顔が不快気に歪んでから、大きな声でそう言った。
「大喜に勝ったら、連絡先教えていいか聞いといてやるよ」
「…は?」
てっきり、岸くんの提案に乗って大会の後にでもサブアリーナで試合をするのかと思っていた。なのにこの人、何を言うかと思えば俺に押し付けてきた。
「大喜?」
「そこの俺のペア組んでる奴だよ」
呆けた声が漏れた俺をじっと見てくる岸くん。まるで値踏みをするかのようなその視線に少し気分を害する。
「勝ったな」
その上でそんな事を、しかもガッツポーズ付きで言われてしまえばもう駄目だった。ぷっつん、と何かが切れる音がした。
「ハリー先輩、その言葉もう取り消せませんよ!」
「取り消すつもりはねぇから安心しろ」
「いぃよっしゃぁぁああああああ!今から文面考えとこーっと!」
満面の笑みで針生先輩に釘を刺してから、ルンルン気分な様子でスキップなんてしつつ岸くんは去っていった。
そんな彼の背中を眺めつつ、胸の内から込み上げてくる怒り、苛立ちを抑えようともせず外へと発しながら。
「針生先輩」
「ん?」
「ボコボコにしてもいいんですよね?」
「遠慮する必要はないぞ。ま、出来れば、だけどな」
針生先輩が挑発気な笑みを浮かべながら言葉を返してくる。
あぁ、強いのは分かってる。でも、どうしてだろう。
「負ける気はしません」
ハッキリと告げる俺の顔を見た針生先輩が、何が面白いのかは知らないけれど、ニヤリと笑みを浮かべた。
「ただいまー」
横開きの扉を開けながら家の中にいるであろう母さんに向けて呼び掛ける。
しかし返ってくる返事はない。何かしてるんだろうか。大抵は俺が帰ってきた事に気付いて顔を見せながら挨拶を返してくるんだけど。
まあ気付かれない事だってよくあるし、特に気にせず靴を脱いで玄関へと上がる俺の内心はモヤモヤとしていた。
折角、初めての公式大会で優勝したというのに。まだシングルスが残ってるし、本番はこれからだとはいえほんの少しも優勝を喜べない理由は言うまでもない。岸くんとの賭けについてだ。つまり、全部針生先輩が悪い。
(ホント、性格悪いよなあの先輩。…でも彼女はいるんだもんな)
世の中は本当不公平だ。結局は顔か。
なんて別に本気では思っていない事を内心呟きやさぐれながら階段を上ろうした所で、台所から微かに話し声が聞こえる事に気付く。
今日のダブルスの部は早めに閉会し、まだ日が入り初めて間もない。父さんはまだ仕事から帰ってきてないだろうし、じいちゃんも今日は友人とゲートボールに行くと言っていたからまだ帰らない筈だ。
それに聞こえてくる話し声は二つとも女のものだ。だと考えれば自然と答えは出てくる。
(千夏先輩、今日は練習早めに終わったのか)
母さんと話してるのは千夏先輩だ。
普段はもっと遅くならないと部活から帰ってこないのだが、バスケ部も試合が近いからか早めに練習を切り上げて体を休ませる時間を設けているらしい。
階段を上ろうとした足を戻し、二人に挨拶をしようと台所の方へと足を向け直す。
「大喜、勝って良かったわー」
扉を開けて中に入ろうとしたその時、近くまで来た事により扉を隔ててもハッキリと中の会話が耳に届いてきた。しかも俺の話をしている。
扉を開けようとした手がピタリと止まる。
「練習頑張ってましたもんね」
次に聞こえてきたのは千夏先輩の声。
何を話してるんだろうとは少し思ったけれど、まさか俺の話をしてるなんて思っていなかった。挨拶をしようと思っていたのに、入りづらくなっちゃったじゃないか。
「家でも勉強しないでラケット振ったり筋トレしたり…勝ってくれないと困るわよ。それに今日はトンカツを用意してたから本当に良かったわ。負けたのにカツってねー」
(おい)
息子が勝った事に素直に喜んでくれてるのかと少しこっちも嬉しく思ってたりしたのに、結局それかよ。上げて落とすなよ、普通に悲しい。
「正直、心配もしてたのよね。根詰め過ぎじゃないかって」
やっぱり黙って部屋に戻ろう、と考えを改めようとした時だった。
さっきまで弾んでいた母さんの声が不意に落ち込み、そんな事を言い出したのは。
「あと二年あるのに、何を焦ってるのかしらって」
…違う、と声に出しそうになったのを堪える。
二年もない。来年で、千夏先輩と一緒にインターハイに行けるのは最後なんだ。
昨日、千夏先輩に言った事をそのまま心の中で叫ぶ。
一度のチャンスも無駄には出来ない。チャンスは二度。今年達成できなければ、来年で最後。
だから、俺は─────
「…私も言っちゃったんです。来年も再来年もあるって。そしたら大喜くん、怒っちゃって」
「は?…帰ってきたら一発拳骨入れておくから安心して」
「いいえ、違うんです。大喜くんが怒るのも当然なんです。…私、大喜くんに言ったんです。一緒にインターハイに行こうって」
母さんの殺気に満ちた一言に僅かに震えながら、千夏先輩の続く言葉に耳を傾ける。
「私は二年生で、大喜くんは一年生で。…一緒に行けるチャンスは来年まで。でも私、大喜くんに再来年もあるって言っちゃったんです」
「…」
「私が大喜くんに言ったのに。一緒にインターハイに行こうって、言ったのに。…大喜くんは約束を守る─────勿論それだけじゃないと思うけど、頑張ってました。…だから、怒って当然なんです」
そうだ。あの時俺は怒ったとは違うけど、でもショックだった。
だって、約束したのに。一緒にインターハイに行こうって約束したのに、千夏先輩からその約束をふいにする事を言われた。
─────本気だったのは俺だけだったのかな、と思って、悲しかった。
「別にそういうつもりで言ったんじゃないんでしょ?」
「勿論です!」
「それなら、そこまで気にしなくていいんじゃない?大喜に一言謝るべきとは思うけど」
「…大喜くんには謝るつもりです。でも、それだけじゃなくて」
千夏先輩の顔はここからじゃ見えない。
ただ、声が微かに震えているのは確かに分かる。
「大喜くんを励ますつもりで言った言葉だったけど…。私、まだ一年生の大喜くんが羨ましかった。私はあと一年しかないのに、大喜くんは二年ある。私だって、一緒にインターハイに行きたいのに。なのに…私は二年生だから、チャンスは平等じゃない」
「千夏ちゃん」
「私にとって、一年はあっという間だったから。…あの言葉は大喜くんを励ますためじゃなくて、私の不安と嫉妬を吐き出したものだったなって思ったんです」
「…」
言葉が出ない。
こんな事を思うのは可笑しいかもしれない。だけど、思ってしまう。
嬉しい。
約束に本気だったのは俺だけだと思ってた。でも今の会話を聞いて、今の千夏先輩の言葉を聞いて、それは思い違いだと理解した。させられた。
千夏先輩も同じだったんだ。俺と同じように、一緒にインターハイに行きたいって思ってくれていた。
だから不安だった。だから羨ましかった。自分に残されたチャンスが少ない事が。俺が持っているチャンスが自分よりも多い事が。
だけど、違う。千夏先輩は勘違いしている。チャンスは平等なんだよ、千夏先輩。
「勘違いしてますよ、千夏先輩」
「っ!?」
「あら大喜、お帰り。盗み聞きは趣味悪いわよ」
「ただいま。盗み聞きに関しては悪いと思ってる」
突然入ってきた俺に驚く千夏先輩と平然としている母さん。母さんと挨拶を交わしながら、何時からかは知らないけど俺がいる事に気付いてたなと悟る。
いや、今はその事は良い。とにかく、俺は千夏先輩に言ってやりたい事があるんだ。
「た、大喜くん?今の話、聞いて…」
「聞いてました。だから、千夏先輩の勘違いを正そうと思って」
「勘違い…?」
「チャンスは平等じゃない。千夏先輩はそう言いました」
恥ずかしそうに顔を真っ赤にしていた千夏先輩の表情が戻っていく。
真剣に俺の話に集中を向けた事を悟り、俺は口を開いて続ける。
「昨日も言いましたけど、俺もチャンスは来年までしかありませんから。俺だって、千夏先輩と一緒にインターハイに行きたい」
「大喜くん」
「それと、昨日はすみませんでした。千夏先輩の気持ちも考えずにあんな態度をとってしまって」
「ち、違う!悪いのはあんな事を言った私だから!…大喜くんとの約束は、忘れた訳じゃないから。ごめんなさい」
「…それを聞けて安心しました。来週のシングルスも頑張れそうです」
謝り合って、仲直りして、笑い合う。
うん。心のもやもやもスッキリした。さっき千夏先輩にも言ったけど、来週のシングルスも何とかなりそうだ。
不安はない。気負いもない。ただチャンスが残り少ない事を適度にプレッシャーに感じつつ、来週頑張ろう。
「はいはい。イチャイチャするならそこどきなさーい。夕飯の準備するから」
「い、イチャイチャ!?」
「何よ。大喜も幸せ者ねー。千夏ちゃんみたいな可愛い子と可愛い約束しちゃって。…一緒にインターハイ、行けるといいわねー」
「からかってるだろ。からかってるだろ!本気で応援してないだろ!」
「してるしてる」
「嘘つけ!」
俺と千夏先輩の間で流れていた和やかな空気は母さんのせいで一気に霧散した。
あーもう、ただでさえ今日は大会で疲れてるのにこれ以上この人に付き合ってるともっと疲れる。
「部屋戻る!」
「夕飯出来たら千夏ちゃんに呼びに行かせるから待ってなさいよー」
「っ─────!」
背後からの母さんの言葉は無視。勢いよく扉を閉めてどたどたと足音が鳴るのも構わず廊下を走り、階段を駆け上って逃げるように部屋へと入る。
ラケットバッグは放り投げ、そのままベッドへと倒れ込む。
「…母さんめ」
母さんのせいだ。母さんのせいだ。
何度も母さんに怨嗟の声を口にしながら思う。
─────こんなに顔が熱いのは母さんのせいだ、と。