大喜君がバドミントンに本気になるのを早くしてみた   作:もう何も辛くない

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ちょっとくらい

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 地区予選のダブルスを難なく優勝して県大会行きを決めてから、一週間は本当にあっという間に過ぎていった。今日、運命のシングルスの試合が始まる。

 岸くんとの賭けについて決まったあの日はダブルスの試合の事もあってよく見ていたかったけど、今日改めてシングルスの組み合わせを確認した。

 

 賭けをしようと結局、岸くんと当たらずに終われば意味はないのだが─────運が良いのか悪いのか、もし勝ち上がった場合俺は岸くんとは三回戦で当たる組み合わせとなっていた。

 多分、俺は勝ち上がる。岸くんも多分勝ち上がってくるだろう。

 

「「よろしくお願いします」」

 

 そして、その通りになった。

 三回戦、ネットを挟んで握手をする相手は余裕の笑みを浮かべる岸くん。

 俺の一回戦、二回戦を見ていないのか、それとも見た上でその余裕なのか。どっちにしても舐めて掛かってくるのならそれでいい。こっちとしては好都合。

 

 サーブ権を決めるじゃんけんに勝ち、審判からシャトルを受け取る。三回、ガットでシャトルを跳ねさせてから左手でキャッチし、レシーブ位置に立つ岸くんを見据える。

 

「ファーストゲーム。ラヴオール、プレイ」

 

 審判の合図の後数秒、軽く深呼吸をしてからサーブを放つ。ネット際に落ちるサーブを岸くんが拾い、同じくネット際へと落としてくる。

 前へ右足を踏み出し、その打球を掬い上げてコート後方のラインを狙って打ち上げる。

 

「おっ…らぁっ!」

 

 岸くんの反応が早い。高く上がった打球を追い、まだ落下点に入ってないにも関わらず後方へ跳躍しラケットを振り下ろす。

 

 先週のダブルスの部、そして今日も一、二回戦で見た威力のあるスマッシュ。だけど、動きながらである分フォームからコースが読みやすかった。

 ボディ目掛けて打たれたスマッシュに難なく反応し、再び打球を高く、長く上げて返す。

 

 中央へと戻ろうとする岸くんの足が止まり、高く上がったシャトルを見上げる。

 ─────次は来る。体勢をしっかり整えた、岸くんの万全のスマッシュが。

 

「どっ─────」

 

 タイミングを計り、両足が宙に浮く。

 

 こちらも少し遅れて両足を浮かせつつ、岸くんのフォームから視線を離さない。

 体の向き、ラケットの角度、視線の方向。全ての情報を頭に叩き込み、打ってくるコースを限定する。

 

「せぇいっ!!」

 

 さっきよりもスマッシュの威力が高い。でも、読んだコースは正解だった。

 クロスに打たれた打球に向かって手を伸ばす、も、僅かにラケットには届かずノータッチで打ち抜かれてしまう。

 

「しあっ!!」

 

 ガッツポーズをしながら雄叫びを上げる岸くん。

 

 先制点はとられた。たった一点とはいえ、岸くんはそのたった一点でどんどん勢いに乗っていくタイプ。

 でもこちらも─────読みは当たっていた。

 

(…少しずつ詰めていこう)

 

 プレイは、選択は間違っていない。いつもの通り、序盤は様子見で─────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「今大喜、打たせましたね。スマッシュを」

 

「一回戦、二回戦も見てたけど直で見たかったんだろうな。…ホント、傍から見ても怖ぇわ。あいつ」

 

 アリーナで行われている大喜と岸の試合を上の観覧席で見下ろす三人。匡、針生、西田がいる。

 匡はいつもの無表情で、針生と西田は苦笑いを浮かべながら先程の一連のプレーを振り返っていた。

 

「しっかし、あいつのスマッシュ強烈だなー。大喜の奴、初っ端のボディよく返したよ」

 

「体重の使い方が上手いからな。普通なら、あいつにスマッシュを打たせない様に立ち回るんだが…」

 

 西田が岸のスマッシュを見た感想を口にして、それに針生が言葉を返す。

 

 そう、針生の言う通り普通、明確な武器がある相手と対戦する場合はその武器をどう封じるかが鍵になる。それが、普通の人間が考える事だろう。

 だが、大喜は違う。

 

 大喜は岸のスマッシュ(明確な武器)を狙っている。

 

「あー、いたいた。針生ー、西田ー」

 

 続く試合を眺めていると、三人の背後から声がした。

 その声の中にあった二つの名前に反応し、針生と西田はほぼ同時に、それに少し遅れて匡が振り返る。

 

「女バスじゃん。何でここにいんの」

 

「隣の北高で練習試合してて、その帰り。バド部が大会だったの思い出してさー」

 

 針生と西田に声を掛けた女子は二年の女バス部員。その人の他にも三人、バスケ部員の女子生徒がいて、更にその中に─────

 

(千夏先輩)

 

 針生と西田が先程話し掛けてきた女子と話す中、匡は観覧席の上の方に立ったまま大喜の試合を見ている女子生徒─────千夏に目を向けていた。

 もし大喜が来てると知ったら、喜ぶかもな、なんて思いながら。

 

「誰か試合してんの?」

 

「俺のペアの一年」

 

「あー、あの子か。応援しようっと」

 

 大喜応援組に女バスの部員達が加わる中、試合は続いている。

 岸のスマッシュが調子よく決まる中で、大喜もよく凌いでいた。

 

「よっし!」

 

「…攻められてばっかりだけど、もしかして私達のせい?」

 

 が、長いラリーの末岸がスマッシュを決めて得点。その様子を見ていた女バス部員の一人が不安そうに呟いた。

 

「まあ、傍から見ればそう見えるよなー…」

 

「なに、違うの?」

 

「いやー…。まあ攻められてるのは事実なんだけど、あの場合大喜が攻めさせてるっていうか…」

 

「あいつの作戦だよ」

 

 女バス部員達からすれば今の試合の状況は大喜が劣勢にしか見えない。実際攻める岸と耐える大喜、という構図がハッキリと見て取れる試合展開だ。

 西田が言った通り、傍から見ればそう見えるのも仕方がない。

 

 ただ、バド部である針生達からは全く見え方が違う。

 

「作戦?」

 

「相手のショットの精度と威力。相手のフットワークはどの程度なのか、フォームに癖はないのか。大喜の相手はスマッシュが武器だけど、その武器を攻略するために序盤はたくさん打たせて慣れようとしてるんだ」

 

「…あんな動き回りながらそこまで考えるの、バドミントンって」

 

「大喜が特別なんだよ。勿論俺達も考えながらプレイするけど、あいつ程じゃない。…よく見ると相手を動かすようにレシーブしてるし、あわよくば相手のスタミナ切れも狙ってんなありゃ」

 

「前の部内戦でお前にやられた作戦を真似してんじゃね?」

 

「ははっ、かもな。…あいつは試合の序盤は必ず様子見に徹する。だから初めは攻め込まれたり点差が開いたりするのは珍しい事じゃないんだ。…でもこの試合は」

 

「…あ」

 

 針生が言いながらスコアボードに目を向ける。その視線を追って女バスの部員達もスコアボードを見て、彼女達も気が付く。

 

「あまり開いてないね。点差」

 

「あいつにゃ悪いが、多分大喜が勝つ。様子見段階でリードしきれないようじゃな」

 

 まだ試合の序盤だが、()()()退()の攻防が続いていた。岸がスマッシュで得点を取れば大喜が粘り切って取り返す。

 こういった試合展開が今の所は繰り返されているが─────針生の見立てではそろそろ崩れる頃だ。

 

 大喜が様子見を止め、攻めだしたその時、この均衡は崩れる。

 

「…ねぇ。さっきから相手の子、スマッシュ全然打ててなくない?」

 

「打てても簡単にあの子が打ち返してるし」

 

「様子見を止めたな。さて、と…。俺もそろそろライバルの偵察に徹したいから静かにしててくれ」

 

 針生の見立て通り、試合の展開が徐々に変わりつつあった。女バス部員の一人が言ったように、岸がスマッシュで攻め込む場面が明らかに少なくなっている。

 大喜が巧みにショットをコントロールし、岸を振り回しているのだ。岸のフットワークがどの程度かを把握し、現在の岸の立ち位置からどこに打ち込めばスマッシュを打たれないかを読み取ってレシーブ。

 

 例えスマッシュを打たれても、フォームからどこに打とうとしているかを読み、先回りしてレシーブ。

 第一ゲームの前半にして、大喜は岸を攻略しつつあった。

 

『試合番号─────』

 

「…俺、そろそろ試合なので」

 

「おう。頑張れ」

 

 アナウンスが流れ、空いたコートにどんどん試合が組み込まれていく。そろそろ試合が組み込まれる頃だと思い、匡は針生と西田に一言断りを入れてからアップをするべくその場から離れていく。

 

 その途中で、皆の輪から少し離れた場所で大喜の試合を見つめる千夏を見つけた。

 

「近くで見ないんですか」

 

「え?…うん。ここで」

 

「そうですか」

 

 近くで見る事を勧めるも断られてしまう。しかし匡は全く気にしない。受け入れられようが断られようがどうでも良かったのだ。

 匡がここで千夏に話し掛けたのは、とある話をするためなのだから。さっきの会話はその話に繋げるための切っ掛け。

 

「あの。俺、色々と事情知ってて。…同居の事」

 

「うん。大喜くんから聞いてる。信頼してるから話したって」

 

「…」

 

 匡が千夏に話したい事は二つあった。まず一つ目は、今言った通り匡が大喜と千夏が同居している事、その理由を知っているのを知らせるため。

 まあ、大喜が千夏に教えている可能性も考えてはいたから知られていても驚きはしなかったが─────後に続いた一言は予想外だった。

 

「あ」

 

 不意に千夏が声を上げる。何事かと思い、匡は千夏の方を見て、その視線が向けられた先─────大喜が試合をしているコートを見下ろす。

 丁度副審が大喜の対戦相手、岸の得点を捲っている所だった。つまり、さっき千夏が声を上げたのは大喜が点を取られたからなのだろう。

 

「…」

 

 自分が試合をしてる訳でもないのに、ちょっぴり悔しそうに両手で手摺を握りしめる千夏。

 なるほど、この人が学校でアイドルみたいに言われてる理由の一端が分かった気がする匡だった。

 

「やっぱり大会は緊張感あるね。一球一球の重みが違うというか」

 

「─────」

 

 ふと千夏が口にする。その感想は、大喜の試合を見て感じた事なのだろう。

 

 それは間違っていない。公式戦の一球と練習試合の一球は間違いなく重みが違う。緊張感だって段違いだろう。ただ…、この試合に関しては少しずれている。そしてそれを当の本人が分かっていないのは少し可哀想だと匡は思う。

 

「知ってます?あの試合、千夏先輩の連絡先がかかってるらしいですよ」

 

 だから、匡は話す事にした。それで針生がどうなろうと構わない。この人は事情を知っておくべきだ。

 

「え゛」

 

「ちなみに言い出しっぺは針生先輩なので、苦情はそちらに」

 

「…」

 

 躊躇いなく仕掛け人を指差す匡と、仕掛け人を恨めし気に睨む千夏。

 そして、一瞬ぴくりと体を震わせながらも絶対に千夏の方を見ようとしない針生。

 

「…この試合、対戦相手が勝てば千夏先輩の連絡先を─────先輩が断れば別ですけど、手に入れられる。けど、大喜が勝っても何のプラスもないんです」

 

 針生が後でどうなるかなんてこれっぽっちも考えず、匡は自分が言いたい事を続ける。

 

 この試合はさっき言った通り千夏の連絡先がかかってる。ただそれは大喜にとっては何の関係もない事なのだ。

 何故なら大喜はすでに千夏の連絡先を知っている。負ければ千夏に迷惑をかけるというマイナスがあるが、勝っても何も得るものはない。

 

 だから─────

 

「だから先輩。あいつが勝ったら、水族館にでも連れてってやってくれませんか?」

 

「え?」

 

 匡の問い掛けを聞いて目を丸くする千夏に匡は続ける。

 

「明日丁度体育館使えなくて、部活も休みなので。あいつ、結構魚好きなんですよ」

 

 明日は体育館が使えない。そうでなくとも、大会直後という事で部としての練習は休みになる。

 ちなみに後半の台詞は嘘である。大喜は魚を食べるのは好きだが、かといって生きてる魚が好きという訳ではない。

 

「それに、あいつが頑張れてるのは先輩の影響もあるんで」

 

「私、そんな影響力ないよ?」

 

「ありまくりですよ。あいつ、練習中にたまに話すんです。千夏先輩とした約束について。絶対に守りたいからって。だからもう少し頑張るんだって、口癖みたいに」

 

「─────」

 

 千夏が試合をする大喜に目を向ける。

 丁度、大喜は岸が打ち放ったスマッシュを体勢を崩しながらも拾った所だった。

 

 シャトルが高く上がっている内に体勢を整え、コートの中央へと戻り守備範囲をカバーする。

 

「あいつ、中学の途中から急に練習に対する態度が変わって。それでも充分頑張ってるなって感じてたのに、それが千夏先輩と約束をしてからもっと頑張る様になって。…だからもしそれで成果が出たなら、ちょっとくらいご褒美があってもいいと思うんです」

 

「…私と水族館に行くくらいで、ご褒美になるのかな?」

 

「なりますよ。あいつ水族館大好きですから。それも先輩と一緒に行くってなったら凄く喜ぶと思います」

 

 水族館が好きかは知らないけど。まあ、嫌いではないと思うけど。

 でも後半の言葉はその通りだと匡は思う。大喜は否定するだろうけど─────大喜は、大喜が思っている以上に、千夏の事が─────

 

「行けっ─────」

 

 岸のスマッシュを低く、オープンスペースを狙ってレシーブ。岸が何とか追いつき返されるも、ただ返しただけの打球は大喜の元へと高く上がりチャンスボールとなる。

 

 千夏が小さな声で叫ぶ。

 千夏の視線の先で大喜が高く跳ぶ。

 

 放たれたスマッシュはコートのラインぎりぎりに炸裂して大喜の得点となり、その得点を最後に第一ゲームが終了となる。

 得点は21-15で大喜が第一ゲームを先取した。

 

 小さくガッツポーズをしてからベンチへと戻る大喜を眺める匡。

 この試合に千夏の連絡先がかかっている事を覚えているのか、忘れてるのではないかと疑わしくなるくらいにいつも通りの大喜の姿に思わず苦笑いを浮かべる。

 

「いいよ」

 

 千夏の声に振り向く。

 

 千夏は笑顔のまま、短く続けた。

 

「大喜くんが勝ったら、水族館」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




大喜くんのスペックアップのせいで岸くんがモブのようにやられてしまう…。
しょうがないね。原作大喜くんの才能がえぐいのが悪い。
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