大喜君がバドミントンに本気になるのを早くしてみた   作:もう何も辛くない

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今年最後の投稿です。来年もよろしくお願いします。


明日

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 正直、第一印象は覇気がなく、あまり強そうには見えなかった。そいつの一回戦、二回戦の試合を見ても、少しは出来るんだなと思う程度で、それでも自分が勝つ事を疑っていなかった。

 そんな俺のあまりにも甘い考えは試合が進むごとに塗り替えられていった。

 

 調子は悪くなく、むしろ良かった。スマッシュはしっかりと打ち込めたし、相手のショットに対する反応も素早く、視野も広く持てている事を自覚していた。

 なのに、点差が広がらない。スマッシュが気持ちよく決まらない。どころか、試合が進むほどに相手の反応が早くなっていく。

 

 スマッシュが返される。プッシュも、ドロップも、ロビングも、何もかもが少しずつ通用しなくなっていく。自分が思い描く理想のプレイが出来なくなっていく。

 

 20-13

 

 第一ゲームはとられ、第二ゲームも相手にマッチポイントを握られていた。

 

「はぁ、はぁ…」

 

 こちらは息も絶え絶えだというのに、涼しい顔でサーブ位置へと戻っていく相手の姿に自分がどれだけ己惚れていたのかを思い知る。

 

(俺は、何を考えていたんだ)

 

 今、相手の目を見れば分かる。この試合を勝つ事だけに集中している。この試合の勝敗に何がかかっているかなんて、これっぽっちも考えていない。最早、忘れていたと言われても驚かない。

 それに対して自分はどうだ。()()()()()()()()()考えて、この試合に全く集中していなかった。

 

(やり直したい)

 

 叶わぬ願いと知っていても、願わずにはいられない。

 

(時間を戻してほしい)

 

 コートの向こう側から打たれる打球を追い掛けながら、心の中で叫ぶ。

 

(こいつと、試合がしたい!)

 

 後悔したって遅い。それでも、やり直したいと願いながら伸ばしたラケットの先で、無情にもシャトルは床へと落ちていくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ゲーム」

 

 第二ゲームの21点目を俺がとり、試合が終わる。まだ立ち上がってこない岸くんをネットのすぐ傍で待つ。

 

 岸くんが立ち上がったのはそこから数秒ほど経ってからだった。その目に涙はない。ただ真っ直ぐに俺を見ながらこちらに歩み寄り、手を差し出す。

 こちらも腕を伸ばして差し出された手を掴む。

 

「猪股大喜。俺はまたお前と試合をするぞ」

 

「─────」

 

 握手をした手を離さないまま、岸くんは俺を見据えたままにそう言った。

 

「…勿論。またやろう」

 

 練習試合か、はたまた公式戦か。…いや、あるいは両方か。どちらでも構わない。

 これから何度でも、岸くんと試合をする事になる。そんな予感がした。

 

「何なら俺が直接栄明に行くわ」

 

「は?…はぁ」

 

「その時は女バスの活動日を確認しとけよ!」

 

「おい!」

 

 そんな捨て台詞染みた…というか完全な捨て台詞を残し、手を離した岸くんは走り去っていった。その直前に、目の端に何か光るものがあったのは見なかった事にしておこう。

 それにいつまでも岸くんの事ばかり考えてもいられない。勝った以上、また次の試合が待っているのだから。

 

 残り三試合、全てに勝つつもりで臨んだ準々決勝。続く準決勝、決勝。

 

「まあ、優勝してもらわないとな。俺とパートナー組んでるんだから」

 

「素直に褒めてくれても良くないですか?一年で優勝したんですから」

 

「去年俺も優勝したし」

 

 地区予選の全ての日程が終わり、学校へと戻ってきた俺は針生先輩と廊下を歩きながら今日の試合の反省を行っていた。

 といっても、その反省もとっくに終わり、俺はただ針生先輩の全く素直じゃない誉め言葉を受けているのだけれど。

 

「おっ、イチイキくんじゃん!」

 

 どこからか声がする。聞き馴染みのある声ではあるが、俺ではない誰かを呼んでいるようなので振り向かない事にする。

 

「おい、無視をするな」

 

 ふとさっきまで隣にいた針生先輩がそこに居ない事に気付いた直後、脳天にそこそこ強い衝撃が掛かる。その直前には先程聞こえてきた馴染みのある声がした。

 

「痛ぇよ!何だいきなり!?」

 

「さっき呼んだでしょうが。無視したあんたが悪い」

 

「俺はあんなヘンテコな名前じゃない。人違いだ」

 

「今日優勝したんでしょ?だから()()()くん」

 

「やめろ」

 

 親が付けてくれた名前をヘンテコなものに改名しようとしてくる雛を割と本気で止める。どうやら、今日の地区予選の結果をどこからか聞きつけて祝福しに来たらしいが方法が意味分からなすぎる。一位になった大喜でイチイキなんだろうが、語呂が悪すぎるしこれっぽっちも上手くない。

 

「一年なのに優勝なんてすごいじゃん」

 

 かと思えばいきなり素直に、真っ直ぐ祝福の言葉を掛けてくる雛。こいつにはいつも調子を狂わされる。美点とは思う、が、この態度の変わりようは毎度の事ながら少しむず痒い。

 

「今の段階でインターハイ大本命って言われてる同級生に言われてもな。しかもたかだか地区予選だし」

 

「褒めてんのに!素直に喜びなよ」

 

「本番はこれからなんだから手放しじゃ喜べないよ」

 

 不満そうに頬を膨らませる雛だが、俺の態度を見て表情を変える。

 一瞬驚いた様に目を丸くしてから、穏やかな笑みを浮かべた。

 

「ふーん。浮かれてはいないんだ」

 

「当然。目標はインターハイだからな。…そのライバルの前で浮かれてなんていられないだろ」

 

 言いながら針生先輩と目が合う。

 

「負けねぇぞ」

 

「こっちだって」

 

 そう一言交わすと、それ以上は何も言わず針生先輩はその場から去っていく。

 この後は真っ直ぐ帰っていくのだろう。…いや、或いは彼女とデートに行くのかも?そう考えるとちょっとムカッとする。今あの背中にドロップキックしても許されたりしないだろうか?

 

「なに変な顔してんの?」

 

「人生の勝者に天誅を下しても良いものか考えてた」

 

「???」

 

 俺の返答を聞いて首を傾げる雛を視界の端で見て我に返り、すぐに何でもないと一言入れておく。

 色んな意味で危なかった。下手をすれば社会的に死ぬところだった。

 

「とにかくおめでとう。県予選も頑張れよ!」

 

「雛もな。変な所でミスったりすんなよ」

 

 拳で胸を叩きながら任せなさい、なんて力強く宣言する雛に笑みを零しながら別れる。

 

 一度部室に行って荷物を整理してから、まだ残ってる部員と挨拶を交わしてから帰路へ着く。

 空はすっかり夕焼けに染まり、陽とは反対側の空は夜の色に染まり始めていた。

 

 ─────優勝した。優勝したんだ。次のステージへと進める権利を掴んだだけでなく、優勝できたんだ。

 今になって心の奥から喜びが滲み出す。さっき雛に『たかだか地区予選』なんて言った癖に、やっぱり勝つという事は嬉しいものなのだ。

 

 連戦の疲れはないと言ったら嘘になる。それでも足取りは軽く、心も軽く、こんなにも清々しい気持ちでいるのは何時ぶりだろう。

 

「ただいま」

 

 家の前へと着き、扉を開きながら中にいる家族に自分が帰ってきた事を伝える。

 居間の方から父さんとじいちゃんの話し声が聞こえてくる。返ってくる挨拶はない。

 

 息子が試合に勝って帰ってきたというのに冷たい、なんて特にショックも受けないまま心の中で呟いていると奥の方からひょっこりと母さんが顔を出す。

 

「お帰り、大喜。ちょっと、大喜が帰って来たわよ」

 

 母さんが俺を迎えてすぐにまた台所へと引っ込んで誰かに話し掛ける。居間の方から父さんとじいちゃんの声がしたし、二人に対してだろう。

 二人にも挨拶をしておこうと居間に足を踏み入れながらテレビの前で座っている二人に視線を向ける。

 

「おぉ!おめでとう大喜!よくやったな!」

 

「…うん、ありがとう」

 

「流石大喜!自慢の孫じゃ!」

 

「あぁ、ありがとう」

 

「大喜。ハッキリと言ってやっていいわよ。こんな時間から酒飲むな、って」

 

 それはもうニコニコしながら帰ってきた俺に賛辞を掛けてくる二人。普段なら喜べるのだが、べろんべろんに酔っ払いながら言われても気持ちとしては微妙だ。

 多分、心の底からおめでとうと言ってくれてはいるんだろうけど。

 

「よし、大喜!今日は特別だ!飲め!」

 

「そうじゃ!今日の主役はお前じゃ!飲め!」

 

「何を馬鹿な事言ってんの!大喜、ご飯まだかかるから絡まれない内に部屋で待ってなさい」

 

 酔っ払い二人の手がこちらに届く前に母さんの言葉に甘えて部屋に戻らせてもらう。こんな所にいられるか。夕飯まで一人にならせてもらう。

 

 マテー、マテー、という酔っ払い共の制止を無視して居間を出て階段を上る。

 

 そういえば千夏先輩の姿を見ていない。玄関に靴はあったから帰ってきてるんだろうけど…、まあ、あの空間に千夏先輩がいる方がおかしい。部屋にいるに決まってる。

 千夏先輩とも挨拶をするべきなのかもしれないが、流石にそのために女の子の部屋に入る度胸は俺にはない。千夏先輩の部屋の前を通り過ぎる際に横目で扉を見ながら心の中でただいま帰りました、と伝わる筈のない挨拶を呟いてから俺の部屋へと入る。

 

 ラケットバッグを置いてベッドに腰を下ろし、天井を見上げながら大きく息を吐く。

 

 優勝した。

 すでに何度目かの反芻をしてから今日の試合を頭の中で振り返る。

 

 勝ったには勝ったが、反省点は少なくない。帰る時に針生先輩が撮ってくれたという俺の今日の試合の映像をもらったし、ご飯が出来るまでそれを見ながら県予選までの修正点をまとめる事にしよう。

 

「大喜くん。いる?」

 

 ラケットバッグを漁ってビデオカメラを取り出そうとして、ノックの音と直後に部屋の外から聞こえてきた俺を呼ぶ声に手を止める。

 

「はい、いますけど」

 

「入ってもいい?」

 

「どうぞ」

 

 俺が言ってからすぐ、扉がゆっくりと開かれる。開いた扉の先には遠慮がちに俺の部屋に入ってくる部屋着姿の千夏先輩がいた。

 

「どうかしましたか?」

 

「うん。…大喜くんにちょっと用があって」

 

 どうかしたのかと尋ねると、少し間を置いてから返事をする千夏先輩。

 まあ、用がなければ俺の部屋になんて来ないだろう。問題はその用というのが何なのか、だ。

 

「用って?」

 

「ごめん。先にもう一つ、いい?」

 

「?」

 

「優勝おめでとう」

 

 用というのが何かを尋ねる俺に一言謝ってから、千夏先輩は短く今日の俺の結果を称える一言を口にした。

 

「…ありがとうございます」

 

 色んな人におめでとう、と言われた。

 表彰式で賞状を俺にくれた大会長、バド部の同級生や先輩達。学校に戻ってから雛にも言われたか。家に帰ってからは父さんとじいちゃんに…あれ?母さんにはまだ言われてなくないか?いや、それは今は置いておく。

 

 とにかく、色んな人におめでとうと言われたが、その中でも千夏先輩の一言が一番心に染みる。それはきっと、この人が俺と同じ目標を掲げ、成し遂げようと約束をした同志だから。

 

「それと、こっちが本題なんだけど─────」

 

 それはさっき千夏先輩が言った用事の事。何だろう、今の気分なら割と安請け合いしそうで怖いな。

 

 この時の俺は、千夏先輩から何かお願い事をされるのだろうと考えていた。

 借金とか、漫画貸してとか、何か買ってきて、とか。そういうお願い事をされると思い込んでいた。

 

「明日、暇?」

 

「明日ですか?」

 

 ここで感じたのは違和感。何か時間を食うお願い事をするつもりなんだろうか?まあ、もう夕方だし、ちょっと遠出しなきゃ買えない何かを頼むのなら明日にならないと駄目か。

 と、この時の俺はまるで明後日の方向に思考を向け、巡らせていた。

 

「体育館も空いてないし、暇ですけど」

 

 正直に答える。練習もない、用事もない、強いて言えば今日の試合の反省をしようかと考えていたくらい。

 紛れもなく明日は暇である。なのでそう伝えると、何故か千夏先輩は安堵の笑みを浮かべる。

 

 やっぱり何か頼み事か。そう思った俺に千夏先輩は思いも寄らない言葉を口にする。

 

「それなら明日、水族館に行かない?疲れてるなら無理しなくても良いけど」

 

「水族館ですか?分かりました、行きましょ─────う…?」

 

 思考が止まる。今、この人は何と言った?明日?水族館に?行かない?

 

 いつ?どこに?何を?誰が?…???

 

「水族館?」

 

「うん」

 

「明日」

 

「そう」

 

「誰が?」

 

「私と大喜くんで」

 

「…はい?」

 

「さっきも言ったけど、疲れてるなら無理しなくて良いし、嫌なら全然断ってくれても─────」

 

「いやいやいやいや!全然疲れてないし嫌じゃないです!行きましょう!水族館!」

 

 本当?と嬉しそうに微笑む千夏先輩。

 あぁ、何でそこでそんな風に笑うんだ。俺じゃなかったら勘違いするぞ、この人もしかしたら─────なんて。

 

「明日は念のために別々に家を出て…、池袋の駅前広場で待ち合わせね」

 

「はい、了解です」

 

「それじゃあ、約束。また後でね」

 

「はい、また後で」

 

 千夏先輩が扉を開け、部屋を出る前にこちらへ振り向いて手を振ってから去っていった。

 

 …え、何が起こった?もしかして今俺、千夏先輩とデートの約束をしたのか?

 いや違う。デートではない。多分これは…あれだ。優勝した俺を労う感じのやつだ。きっとそうだ。ていうか絶対そうだろ、間違いない。

 

 分かってる。千夏先輩にそんな気は一切ないって分かってる。だけど…だけどさぁ?

 

「…うわぁぁぁぁ」

 

 彼女いない歴=年齢。思春期真っ盛りの高校生。

 

 楽しみで、嬉しくて、だけど胸の奥がどこかくすぐったくて。

 

「やばいって、これ。やばい」

 

 語彙力が崩壊するのも当然だった。何がやばいのかもさっぱり分からない。

 

 でも、とにかくやばい。ただ、一つはっきりと言えるのは─────

 

「どうせ一緒に行くなら、楽しまないと。俺も、先輩も」

 

 そう思ったら吉日。昔買ってもらい、もう何年も触ってなかった海の生き物図鑑を本棚から取り出しページを開くのだった。

 

 水族館には明日行くのに無駄な足掻きだなんて的確過ぎる指摘は聞こえない。

 

 聞こえないったら聞こえない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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