大喜君がバドミントンに本気になるのを早くしてみた   作:もう何も辛くない

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ピンチ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 栄明中学高等学校はその名の通り中高一貫校で、その分その敷地はかなり広い。スポーツ強豪校らしく施設も充実しており、その中には学食があったりもする。

 

 ちなみに何でそんな話をしているのかというと、今日の昼食をとるために今俺は学食にいるからだ。トンカツ定食をご飯大盛りで頼み、なるべく素早く且つ味わって食す。

 

「お前、いつも思うけどよく食べるよな」

 

「これくらい食べないと帰りまでもたない。むしろ匡はよくそれで足りるよな」

 

「燃費がいい身体なんだろ」

 

「そういう問題か…?」

 

 まあ他の人と比べて食べる方だとは思うけれども、それでも部活で全国目指してるのならこれくらい食べるのも当然というか、珍しくはないとも思う。

 それよりもさっきも言ったが、俺の事よりも匡の食べる量が少なすぎると思うのは気のせいか?部活の練習は結構ハードだし、本当によくこの量でもつ…というか窶れていかないのか、不思議で堪らない。

 

「まあこんな話はどうでもいいんだよ」

 

「じゃあ何でしたんだよ」

 

「水族館は楽しかったか」

 

「─────」

 

 ピタリと箸を持つ手の動きが止まる。

 

 トンカツに向けられていた視線を上げて匡の顔を覗く。匡は野菜ジュースのストローを咥えながらじっ、とこちらを眺めている。

 

 匡が口にした水族館とは、言うまでもなく先日行った千夏先輩とのお出かけの事だ。断じてデートではない。

 では何故匡がその事を知っているのかというと驚くことなかれ、お出かけのセッティングをしたのが匡だからだ。

 

 違和感はあった。千夏先輩からいきなり水族館に行こうなんて言われて何故、とは思った。元凶がこいつとは思っていなかったが。

 

「…楽しかった」

 

「そうか。それならセッティングした甲斐はあったって事だな」

 

「…」

 

 くそぅ、こいつかっこいい事言いながらかっこよく野菜ジュース飲みやがって。スタイリッシュなんだよちくしょう。

 一友人としてさらっと絵になる所作を流れるようにやってのける匡を尊敬してしまう。

 

「…なあ。しつこいようだけど、大喜は千夏先輩の事を好きじゃないんだよな」

 

 言い知れない悔しさを感じながらトンカツを口に含んで咀嚼していると、匡が不意に思い掛けない事を尋ねてくる。

 俺は咀嚼したトンカツを飲み込んでからその問い掛けに答えるべく口を開く。

 

「好きじゃない。何回聞かれても答えは変わらないぞ」

 

「そうか。…ならもし、千夏先輩がお前の事を好きだったら?」

 

「…は?」

 

 何度同じ事を聞かれても俺は同じ答えを返し続ける。俺は千夏先輩を好きではない。…いや、人としては好きだけれども、恋愛感情は持ってないって意味だぞ?匡だってそんな事くらい言わなくたって分かっている筈。

 

 とにかく、匡の質問に返答を返す。すると匡は再度俺に、これまた思いも寄らない質問を投げ掛けてくる。思わず呆けた声を漏らし、数秒口を開けたまま何も答える事が出来なかった。

 

「…熱でもあるのか?」

 

「朝の体温は35.5℃だったぞ」

 

「低いな。平熱が低いとがん細胞が活発になりやすいんだぞ。…じゃなくて、いきなり何だよ」

 

「いや、何となく気になって」

 

 突然そんな質問をした理由を聞くも、匡からハッキリした答えは返ってこない。

 匡の質問の理由は気になるが、とりあえず返答をする事とする。

 

「あり得ないだろ。先輩が俺を好きになるなんて」

 

「そうか?異性と二人で水族館に行くなんて、結構好感持ってるって思うけど」

 

「それは異性としてじゃなくてこう─────友人?とか、そういう意味合いでだろ。LoveじゃなくてLikeだよ」

 

 ハッキリと、迷いなくそう俺が言い切ると匡は自分から聞いてきたくせにふーん、なんて興味なさげに相槌を打ってくる。

 繰り返しになるが、この話を振って来たのは匡だ。断じて俺じゃない。なのに何でこいつはそんな興味なさげなんだよ。聞いてきたのはお前だぞ。

 

「なーに話してんのっ?」

 

 匡の反応に言い知れないモヤモヤ感を抱いていると背後から声がした、かと思うと突如視界が真っ白に染まる。

 いや、真っ白ではない。何かは知らないが白く染まった視界の中にぼやけた黒い線が奔っている。何だこれは…字か?…あ、分かった。これは─────

 

「これ再提出だってよ!記入漏れあるってさ」

 

「ん、さんきゅー」

 

 ひらひらと揺らされる白いそれ、紙を受け取りながら背後から顔を覗き込んでくる雛にお礼を言う。

 

 この紙は今日提出した進路希望調査の用紙。何で雛がそれを俺に届ける羽目になったのかは知らないが、とにかくどこか記入を漏らして再提出となってしまった。

 まあ、適当に埋めて再提出するとしよう。大体、こんな早い段階で進路なんて考えてる人の方が少ないと思う。今回は県内にある大学から俺の学力でも行ける所を適当に選んで並べて書いた。

 …まさか適当に選んだのがバレたんじゃあるまいな、と思いつつ用紙を眺めると見事に最後の欄が一つ空欄になっていた。これくらいなら昼休み中に再提出できるだろう。

 

「しっかり確認しなよー。なんか最近浮かれてない?地区予選優勝したのがそんなに嬉しい?」

 

「浮かれてなんてないし」

 

「千夏先輩とのデートが楽しかったんだとさ」

 

「おいっ!」

 

「へ?」

 

 雛がポカンとしながら呆けた声を漏らし、俺が匡を睨む。匡は素知らぬ顔でずずず、と音を立てながら野菜ジュースを啜る。

 おい、無視をするな。何て事をしてくれたんだこいつめ。そんな話をすれば雛が嬉々として俺をからかってくるに違いない─────

 

「デートって…いつ?」

 

「…一昨日だけど」

 

 雛は目を見開いたまま、呆然としながら俺に問い掛けてきた。その反応があまりに予想外だったから、デートじゃないと否定するのも忘れ、答えなくていいものをつい正直に雛の質問に答えてしまう。

 

「雛?」

 

「…大喜。なぁにが別に千夏先輩の事好きじゃないし、よ!しっかりやる事やっちゃってるんじゃない!」

 

「いてっ、いたい、いたいって!あと声がでかい!」

 

 さっきの話を飲み込めたのか、表情を一気に明るく刺せた雛がバッシバッシ背中に張り手を喰らわせてくる。普通に痛いし、思いっきり大声出してるし、誰かに聞かれたらどうするんだ。「お前ボールな!」をされたらこいつを呪う事にしよう、そうしよう。

 

「別にデートとかそういうんじゃないって。元凶は(こいつ)

 

「?よく分からないけど、水族館には二人で行ったんでしょ?」

 

「そうだけど」

 

「ならデートじゃん。ね」

 

「デートだろ」

 

「…」

 

 顔を見合わせながら言い合う雛と匡。そんな事はない、と言いたかったが言われてみればそんな気がしてきた。

 男女が二人で水族館へ遊びに行く。その後は昼ご飯を食べてそのまま帰ったけど、これって一般的にはデートというのでは?

 

「…俺は千夏先輩と付き合ってる訳じゃないし、好きでもないし」

 

「二人で水族館は普通にデートでしょ」

 

「…」

 

 苦し紛れに言い返すが即座に反撃が返ってくる。そして俺は何も言えず、口を噤む事しか出来なくなる。

 

 …デートですね、明らかに。普通に考えたら、どう見ても、俺が第三者としてその情報を知ったら普通にデートって思うよ。

 

「あ、顔が赤くなってきたわよ匡さん」

 

「意識し出したら恥ずかしくなってきたか」

 

「うるさいぞ外野」

 

「でもでも、デート出来て嬉しいのは分かるけど浮かれるのは良くないと思う訳ですよ私は」

 

「しつこいぞ!…県予選は間近なんだから、浮かれてる暇なんてないんだよ」

 

 さっきまでのネタ染みた態度ではなくなった俺を見て雛の表情が変わる。匡も表情自体は変わらないが俺の空気が変わったのを感じたのか、これ以上さっきまでのネタで揶揄うのを止める。

 

「地区予選で勝ち進んだ選手が集まるんだ。その中でインターハイに行けるのはたった二人だけ」

 

 トンカツ最後の一切れを口の中に放り込み、しっかり味わって飲み込んでからお盆を持って立ち上がる。

 

「バドってどこ校が強いの?」

 

「正直佐知川高校一強だよ。去年のインターハイ優勝も佐知川だったし」

 

 雛がそう尋ねてきたのはお盆を返却口に置いた時だった。その質問に匡が答える。

 

「インターハイに行くにはどこかで必ず佐知川の選手と当たる。…組み合わせによっては去年優勝した選手に勝たないといけないかもしれない」

 

「え…。去年優勝した人ってまだ残ってるの!?」

 

 そう。去年のインターハイを優勝したその人─────兵藤さんは今年もまだ残っている。

 インターハイに出場できる人数は二人。兵藤さんは必ず勝ち上がる。つまり、さっきも言ったように組み合わせ次第では兵藤さんに勝たない限りインターハイに出場できない事だってある。

 

「あ…、当たって砕けろ!」

 

「なんで砕ける前提なんだよ。ていうかお前こそ、大会近いんだから他人の心配してないで自分の心配しろよ」

 

 何て言おうか迷った挙句、チョイスした台詞がそれかよ。軽く呆れつつ、雛に言葉を掛ける。

 

 俺と同じように雛も大会が近い。俺の心配何てしてる暇はない筈だ。

 だというのに、雛は俺の台詞が意外だったとでも言いたげに目を丸くしてキョトンとしていた。しかしすぐに微笑みを浮かべて口を開いた。

 

「その台詞、そっくりそのまま返してあげる。私は蝶野雛様ぞ?余裕のヨシエさんよ!踏んだ場数が違うのよ!」

 

「ヨシエさんって誰だ?」

 

「知るか」

 

 敬いなさい、と聞こえてきそうなほどに胸を張る雛を無視して匡と一緒に歩き出す。

 歩き始めて少ししてから待ちなさぁい!という怒鳴り声が聞こえてきた。一瞬、匡と視線を交わしてから逃げるべく走り出そうとした、その時だった。

 

「蝶野さん!」

 

 正直、苦手と思う甲高い声が雛を呼ぶ。足を止め、声がした方へと振り返るとニマニマと笑みを浮かべながら雛の方へと歩いてくる妙齢の女性、と眼鏡をかけたスーツ姿の女性。

 

 笑顔で歩いてきた方は新体操部の顧問の先生だ。かなり熱心に活動をしており、雛に大きな期待を寄せているのは練習中に聞こえてくる言動からひしひしと感じていた。ただ─────いや、その話は今は良いだろう。

 

「こちら、吉日新聞の柴田さん」

 

「インターハイ注目選手としてぜひ取材をと思いまして」

 

 薄々分かっていたが、眼鏡の女性は雛を取材しに来た記者の人だった。雛と記者の人が互いに会釈し合ってから何やら話し合う─────前に、雛がこちらを振り返ってそれは見事などや顔を披露する。

 顧問と記者の人が気付けない、一瞬の早業だった。俺達を挑発するためだけにそんな早業披露するなよ。本当、こういうとこ見ると雛が凄い奴なのかそうじゃないのか分からなくなってくる。

 

「…凄い奴の筈なんだけどな。やっぱ俺から見たら雛は普通の女子なんだよな、どうしてもそう見える」

 

「いや。…普通の女子だと思うよ」

 

 大会で兵藤さんを見れば、やっぱり迫力を感じたりする。雛も、大会でそういった目で見られるのだろう。

 ただ、雛の笑顔や、怒った顔や、悲しんでる顔や、色々な顔を見てきた友人からはどうしても、そんな風には思えない─────普通の女の子に見える。

 

(…そういえば、千夏先輩もそうだよな。最近、見方が変わってきた)

 

 ふと、千夏先輩に対しても同じだと気付く。一緒に住むようになって、たくさん話すようになって、千夏先輩の色々な顔を見てきた。

 千夏先輩も雛と同じように同業の人からは一目置かれる側だ。だけど、千夏先輩も同じだ。

 

 水族館でペンギンが可愛いって言ったり、両脇からワシっとしたい、なんて不思議な事を言ったり。

 あの日見た千夏先輩の顔は全部、普通の女の子のものだった。

 

(何も別世界に住む人じゃないんだよな。去年まではそんな風に思ってたけど…)

 

 千夏先輩だって高校生で、俺と同じ人間で。…全員、そうなんだ。

 

(うん。兵藤さんだって同じだよな。…そう考えたら少し自信出てきた)

 

 思わぬ形で良い方にモチベーションが湧いてきた。正直、勝てる可能性は限りなく低いと思う。でも、ゼロではない筈だ。だって、兵藤さんだって人間なんだから。あの人だけ化け物とか怪物とか、そういう訳じゃない。

 

 行ける。インターハイに行ける。決して不可能じゃない。心の底からそう思えるようになり、ほんの少し口元を緩んでいたんだろう。

 

「急に笑い出してどうした。きもいぞ」

 

「きもくねぇし!」

 

 ドストレートな匡のツッコミにちょっぴり傷つくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「大喜、どこ行くの?」

 

「コンビニ。ジャンプ買ってくる」

 

「ご飯もうすぐできるから急ぎなさいよ」

 

 玄関で靴を履いていると背後から母さんから声を掛けられる。質問にすぐに答えつつ、靴ひもを結ぶ。

 

 学校帰り、ジャンプを買ってくるのを忘れていた事に気付き、今からコンビニに行って買うつもりだ。だけど、ここにいると外から雨音が聞こえてくる。それも結構激しい感じだ。

 一応外には出てみるが、もし雨が酷かったら今日は諦めて明日にしよう。…そうなったら明日の学校でネタバレが耳に入らないようお願いしなくちゃいけないな。

 

「─────お帰りなさい」

 

「大喜くん、ただいま」

 

 横開きの扉を開けて、すぐそこに千夏先輩が立っていた事に少し驚き挨拶をするのに間が空いてしまった。

 その事を気にする様子はなく、俺の挨拶に千夏先輩が傘を畳みながら挨拶を返してくる。

 

「どこか行くの?」

 

「コンビニに行くつもりだったんですけど…止めとこうと思います」

 

「連絡くれたら寄ったのに。何を買おうと思ってたの?」

 

「ジャンプです」

 

「寄ったのに!」

 

 俺と同じくジャンプ愛読者である千夏先輩が頬を膨らませる。千夏先輩もこの雨の中でまた外に出ようとは思わないのだろう。

 これで千夏先輩も俺と一緒に明日、ネタバレに恐怖する運命が決定付けられたのだった。

 

「入りましょうか。千夏先輩、濡れてませんか?」

 

「大丈夫。でもちょっと寒いから、早く入ろう」

 

 今日のジャンプは諦めたのだから外にいる意味はない。とっとと家の中に入ろうと扉の取っ手に手を掛けた、その時だった。

 

「オイッ!いのまたたいきっ!これはどういう事だ!?」

 

 石垣の外から聞こえてくる大声。何度も聞いた、馴染みのある女の子の声。

 

 まさか、そんな筈は、そう思っても現実は変わらない。千夏先輩と振り返ったその先には、ぴょんぴょんと飛び跳ねてこちらを覗く雛の姿があった。

 

「ひ、雛!なんでここに!?」

 

「それはこっちの台詞じゃい!なんで栄明のヒロイン鹿野千夏先輩が栄明のなすび猪股大喜の家に入ろうとしてる!しかもお帰り、なんて言われて!」

 

 分かり切っていたが、やはり今のやり取りは全部聞かれていたらしい。ただ家の中に入る所を見られただけなら、同居の事だけはまだ誤魔化しようがあったのだが─────。

 ていうか、俺が栄明のなすびに変わってる。前は栄明のジャガイモじゃなかったか?

 

「大喜。全部説明しなさい」

 

「…」

 

 いや、そんな下らない事を考えている場合じゃない。

 

 どうやら今俺は、かなりのピンチを迎えているらしい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




皆さんはなすびとジャガイモどっちが好きですか?
私はジャガイモです。
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