大喜君がバドミントンに本気になるのを早くしてみた   作:もう何も辛くない

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大丈夫

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 上がったシャトルに狙いを定め、力強くラケットを振り下ろす。打球音がした、と認識したその時にはすでに打球は相手のコートへと迫る。が、俺の渾身のスマッシュは割と余裕を持って拾われる。

 だけでなく、俺が立っている場所の対角線上を狙われ勢いを殺される。

 

「あ」

 

 更にそれだけでもなく、相手からのレシーブがネットに当たり勢いが更に死に、とてもフットワークが届かない場所へとシャトルが落ちていく。

 

「はい。また俺の勝ちー」

 

「…」

 

 これで17-21。針生先輩ともう何度目かも分からない練習試合の結果は、俺の連敗記録を更新するものとなった。

 今の打球はネットに当たらなければ拾えていたけど、ラリーの展開は俺が不利だったし、それがなくとも点が取られていた可能性は高かった。

 運とかそういう問題じゃない。単に針生先輩が一枚上手だったからこその結果だった。

 

「もう一試合お願いします!」

 

 だからこそ悔しい。次こそは、と息を込める。

 

「やだよ。俺も練習したい事は山積みだし、お前の練習に付き合ってばかりじゃいられないんだよ」

 

「…そこをなんとか」

 

「やめとけって。お前もあんまりやり過ぎると負けるイメージついちゃうぞ」

 

 針生先輩が言う事も分かる。が、そこで引き下がる訳にもいかない。もう一度お願いしてみるが、針生先輩はコートから出ていってしまう。

 

 …というか今、遠回しに何度やっても結果は同じって言われなかったか?

 

「ダブルスでは味方でも、シングルスでは敵なんだから。敵に塩を送る暇は俺にはないんだ」

 

 針生先輩がラケットを壁に立て掛けながら言う。

 

(…そうだった。インターハイに出るためには、この人と当たるかもしれないんだ)

 

 同じ空間で、練習中殆どの時間を一緒に過ごしている内に忘れていた。

 インターハイ出場の枠は二つ。それを勝ち取るためには─────針生先輩に勝つ必要だって出てくるかもしれない。

 

 針生先輩の言う通りだ。俺も針生先輩に頼ってばかりじゃダメなんだ。今までだってそうしてきたじゃないか。自分で考えて練習をする、そんな基本的な事をどうして忘れていたんだろう。

 

「…そうだ、大喜。練習とは関係ない話なんだけど、聞いてもいいか?」

 

「はい?いいですけど、何ですか」

 

 さっきまで続いていた集中が途切れ、どうせならこのまま少し休憩しようかと考えていたその時、会話が終わりどこかへ行こうとしていた針生先輩が足を止めてこちらに振り向いて話し掛けてくる。

 俺も針生先輩の方を向いて返事を返すと、針生先輩は思わぬ事を尋ねてくるのだった。

 

「変に思うかもしれねぇけど…。お前さ、この前の休みにちーと池袋に行ったりした?」

 

「へぇっ?」

 

 驚きすぎて変な声が出た。今、俺は多分物凄く変な顔をしてると思う。

 そしてそんな俺の反応を見た針生先輩の目がゆっくりと見開かれていく。

 

 あぁ、まずい。これは駄目だ、もう誤魔化せない。

 

「…マジ?」

 

「いや、違うんです。あれは…そう、針生先輩のせいなんです、そうなんです」

 

「なんで俺が出てくんだよ」

 

「だってあれはこの前の賭け試合に勝ったご褒美なんですから」

 

 針生先輩にあのお出かけをするに至った経緯を説明すると、驚きに染まった表情が次第に納得がいったものへと変わっていく。

 

 そう、さっきは咄嗟に口から出たけど元を辿ればあのお出かけは針生先輩が賭けとか言い出したのが切っ掛けだったんだよな。

 …お礼とか言うのは可笑しいよな。でも楽しかったし、良い息抜きになったのは事実なんだよな…。今度ポカリ差し入れようかな、多分針生先輩は戸惑うだろうけど。

 

「あのちーがデートねー…」

 

「いや…まあ確かに第三者からすればデートなんでしょうがあれはそういうものではなくてですね?」

 

「理由がどうあれ男女二人で遊びに行くのはデートだろ」

 

「…」

 

 ぐうの音も出ない。

 

「付き合ってる訳じゃないんだ?」

 

「違います。前にも言いましたけど、まず俺は千夏先輩の事を恋愛的な意味では好きじゃありません」

 

「デートはしたのに?」

 

「それ関係ありますか!?」

 

 針生先輩からすれば、俺と千夏先輩の事情を知らないしそういった疑問が出てくるのは仕方ないんだろうけど、本当に違う。

 俺と千夏先輩は付き合ってないし、恋愛的な意味で好きな訳でもない。

 

「でもお前、練習中とかよくちーの事見てるじゃん。だからどうも疑わしいんだよな」

 

「…?見てますか、俺?」

 

「自覚なしか…。この様子だと─────」

 

「?」

 

 針生先輩に指摘され、思い返してみる。

 …そんなに俺って千夏先輩を見てるか?確かに視界に入ったら()()()()()()()()()する時はあるけど、そんなに頻回に、針生先輩が言うほどしてるかな?

 

「…呼び止めて悪かった。もういいぞ」

 

「はぁ…。それじゃあ俺、ノック受けてきます」

 

 針生先輩に思わぬ事を聞かれて驚いたが、今の時間で充分な休憩となった。針生先輩はそのまま体育館を出ていってしまう。…外周に行くんだろうか?本当、よく走るよな。

 俺もスタミナは課題だし外周ついていきたいけど…、それよりもさっきの試合で気になったバックドライブを練習したいんだよな。今日の所はこっちを優先すると決め、コートへと戻りノックを受けにいく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 県予選が始まる日まで残り十日を切って、ますます練習は過酷さを増している。普段の練習が楽とは言わないけれど、いつも以上の疲労感が体に圧し掛かり、帰路を歩く足取りも重い。

 

「─────」

 

 でも、俺以上に重い足取りで帰る知り合いを見かけたら、疲れたなんて思っちゃいけないんじゃないかって考えてしまう。

 

 商店街を抜けてすぐの所で、俺の前を歩く千夏先輩に気付く。だけど、何故か両手には荷物を持って、いつもの足取りと比べたら明らかに重い。というか、荷物が重いのかたまにふらふらして真っ直ぐ歩けていない。

 …あれってもしかしなくても危ないんじゃないか?

 

「千夏先輩!」

 

 いつもよりも小さく見える背中に向かって走る。千夏先輩は俺の呼ぶ声に反応して、驚いた様子で振り返った。

 

「大喜くん?」

 

「その荷物ください。持ちますから」

 

 立ち止まった千夏先輩に追いつき、荷物に向かって手を伸ばしながら言う。

 

「大丈夫だよ、このくらい。大喜くんだって部活で疲れてるだろうし」

 

「そんなの気にしないでください。というより、千夏先輩の足取りが危なくて見てらんないのでその荷物を渡してほしいです」

 

 あのまま知らぬふりで放っておいたら千夏先輩が転びそうだ。流石にそれを見過ごす訳にもいかない。

 千夏先輩の言う通り、練習で疲れてはいるけど─────それは千夏先輩だって同じだし、だからこそ放っておけないんだ。

 

「でも…」

 

「どうせ家は一緒の方向なんですし、遠慮しないで俺を使ってください」

 

 まだ遠慮がちの千夏先輩に笑い掛けながら言う。どうせ一緒の方向、というよりは一緒の家なのだから気にしなくてもいいのに。

 

「それじゃあ…お願いしようかな」

 

 根負けしたように、千夏先輩は荷物を片方俺に差し出した。それを受け取ってから、俺は千夏先輩と並んで歩みを再開する。

 

「調子はどう?」

 

「絶好調…って言いたい所なんですけど。まだまだ課題が山積みというか…。千夏先輩はどうですか?」

 

「私も同じような感じだよ。でも…時間もないしね、出来る事を精一杯やるだけだって思ってる」

 

 バスケ部の県予選はバド部よりも早く、明後日から大会が始まる。バスケ部の方も練習に熱が入ってるし、練習中の緊張感が見ている方にも伝わってくる時がある。

 

 今もそうだ。隣を歩く千夏先輩は今笑ってはいるが、その笑顔が少しだけ固い気がする。

 インターハイを目指すために日本に残り、それも血の繋がりの無い家族を頼る事にもして、その上部内ではチームメイトを引っ張るエースの役割を任されていて。

 きっと、千夏先輩の背中には俺とは比べ物にならない程の重圧が圧し掛かっている。

 

 それを千夏先輩は外に出そうとしない。こうしたふとした瞬間にそれが垣間見えても、それは千夏先輩が自分から吐き出したものじゃない。

 

「千夏先輩。緊張してますか?」

 

 千夏先輩が目を丸くしながらこちらを見る。どうして分かったのか、と聞きたそうな顔だけど、分かるに決まってる。

 たった二か月、されど二か月だ。その二か月の間、どれだけの時間を一緒に過ごしたと思う。二か月の間限定なら、千夏先輩の周りの誰よりも密度の濃い時間を過ごした自信がある。

 

 だから、千夏先輩のほんの少しの変化でも分かるようになったんだ。それが少しだけ誇らしかったり。

 

「隠さなくて良いですよ。前にも言いましたよね。千夏先輩には味方がたくさんいるって…覚えてますか?」

 

 その言葉は、前に千夏先輩と水族館に行った時に千夏先輩へ掛けた言葉だ。千夏先輩は覚えていただろうか?

 

「─────…」

 

 キョトン、としてからハッ、となり、ツツー、と俺から視線を逸らした千夏先輩。あぁ、この人忘れてたな。

 

「千夏先輩」

 

「な、なに?」

 

「どうしてこっちを見ないんです?」

 

「いや、えっと…。こ、この花キレーだなーって…」

 

「…忘れてましたね?」

 

 尋ねると、決してこちらを見ようとしなかった千夏先輩が勢いよく振り返る。

 

「わ、忘れてた訳じゃないよ!ただその…そう!頭の中から抜けてただけで!」

 

「それを忘れてたっていうんじゃ?」

 

「…その通りです」

 

 しょぼん、と落ち込んで小さくなる千夏先輩。本当に小さくなってる訳じゃないのは分かるんだけど、凄く落ち込んでいるからか、本当に小さくなってるように見えてしまう。

 

「…ぷっ、あっははははは!」

 

 失礼だけどその姿が面白くて、つい耐え切れず笑ってしまう。

 

「ど、どうして笑うの?」

 

「だって…くくっ。千夏先輩、俺別に怒ってないのに…凄く不安そうにして…はははっ!」

 

「…むぅっ」

 

 千夏先輩があそこまで落ち込んだのは、俺のあの言葉を大切に思っていて、それでも忘れてしまった事を本当に申し訳なく思っていたから。それは分かっている。だから俺が今ここで笑うという行為がどれだけ失礼な事なのかも分かっている。

 

 俺だって堪えようとした。でも駄目だった。だって無理だろ、千夏先輩のあんな姿を見せられたら、正直面白いって。

 

「大喜くんのバカ」

 

「はは…、ご、ごめんなさい」

 

「…本当に悪かったって思ってる?」

 

「思ってます」

 

 気付けば立場は逆転し、俺が千夏先輩に謝る立場になっていた。さっきと同じように、されどさっきとは違って頬を膨らませてそっぽを向く千夏先輩にただただ平謝りをする俺。

 

「大喜くんって実は意地悪だったんだね」

 

「そんな事ないですって」

 

 さっきの千夏先輩の姿が微笑ましくて、可愛らしくて、あんなのを見せられたら誰だってああなる。

 なんて恥ずかしくて口には出せないが、心の中だけで千夏先輩にそう言い返す。

 

「話が脱線しましたけど、千夏先輩。もし不安に思う何かがあるんなら、遠慮せずに吐き出しちゃってください。俺が聞き役になりますから」

 

 かなり話が脱線したが、元々は千夏先輩が抱いている緊張を少しでも解そうと、不安を外へ吐き出してもらいたいと考えて話を振ったんだった。

 無理やりではあるが話を戻して千夏先輩の方を見る。

 

 千夏先輩はさっきまでの不機嫌そうな顔を止め、少しの間じっと俺の顔を見つめてから一つ、息を零してから口を開いた。

 

「大喜くんは緊張してないの?」

 

「してますよ。でももう緊張するのはしょうがないんで、その上で自分のベストなプレイをしようって開き直ってます」

 

「…凄いなぁ」

 

 まだ大会まで十日あるからか、俺の方は少なくとも千夏先輩よりは余裕がある。かといって、決して緊張してない訳じゃない。

 さっきも言ったが課題は山積みだし、このまま大会に入って勝ち抜けるか不安に思う時もある。

 

 だけど残る期間はたった十日。その間に劇的に成長なんて出来る訳もないし、千夏先輩の台詞をそのまま使うけれど、出来る事を精一杯やる。その時の自分に出せるものを全部出し切るしかないんだ。

 

 でもそれは、俺だから割り切れる事であって、俺とは比べ物にならない重圧を背負う千夏先輩は別なのだと思う。

 きっと千夏先輩も俺と同じように割り切ろうとしている。割り切ろうとして、千夏先輩の背中にかかる重圧がそれをさせてくれないんだ。

 

「凄いのは千夏先輩ですよ。チームのエースとしてだけじゃない。学校中の期待を背負って頑張って、それに比べたら俺なんて大した事ないですって」

 

 千夏先輩は俺に凄いって言ってくれたけど、そんな事はない。千夏先輩の方がもっと凄い。俺が千夏先輩と同じような立場だったら、今みたいに開き直れていなかった。

 

「凄くなんてないよ。怖くて、逃げたくなる時もあるんだよ?」

 

「それでも頑張り続けてるから凄いんです。俺が同じ立場だったら多分逃げ出してますよ」

 

 さっきも言ったけど、俺が同じ立場だったら絶対に耐えられない。千夏先輩は逃げたくなる時もあるって言ったけど、俺だったらそのまま逃げ出している。

 

「うぅん。大喜くんは絶対にそんな事しないよ」

 

 そう思っていたのだけれど、思わぬ所から異論が挟まれた。

 千夏先輩は俺の方に目を向けて、真っ直ぐにこちらを見ながらハッキリとそう言い切った。

 

「どうしてそう思うんですか?」

 

「どうして、って…。女の勘?」

 

「何ですか、それ」

 

 そう思う理由を尋ねると、千夏先輩からは要領の得ない答えが返ってきて、少し呆れつつ思わず笑みを零す。

 

「でも千夏先輩。やっぱり俺は千夏先輩はインターハイに行けるって思います、大丈夫」

 

「…どうしてそう思うの?」

 

 俺はふと、少し前に千夏先輩と交わした会話を、その時に千夏先輩に言われた言葉を思い出す。

 

「朝から練習頑張ってる所を見てきましたから」

 

「…」

 

「だから大丈夫です」

 

 それは以前、公園で千夏先輩と一緒にバドミントンで遊んだ時に言われた言葉。

 あの時は俺が針生先輩に凹んでて、それを千夏先輩に励まされた。今はもうすぐ来る大会に不安を抱く千夏先輩を俺が励ます番だった。

 

「…私って結構単純なのかな」

 

「どうしました?」

 

 目を丸くして驚いていた千夏先輩は俺から視線を切って前を見て、少しの間そのまま虚空を見上げていた。

 すぐに千夏先輩は俺の方に視線を戻したが、その時にはさっきまでの陰のある顔ではなく、いつもの明るい千夏先輩の笑顔に戻っていて。

 

「よく分からないけど、大喜くんにそう言われたら大丈夫な気がしてきた」

 

「それなら良かったです」

 

「でも大喜くん、私の真似したよね?すっごく聞き覚えのある台詞だったけど」

 

「受け売りと言ってください。それに、俺は本当に千夏先輩は大丈夫だって思ってますから」

 

「…ありがとう」

 

 本当に不思議だ。俺も千夏先輩も、たった一人の人に大丈夫、と一言掛けられただけで本当に大丈夫な気がするんだから。

 

 千夏先輩の顔に、もう不安の色が浮かぶ事はなかった。千夏先輩は大丈夫と言っていたけれど、心の中の不安をどれだけ取り除けたかは分からない。

 それでも、ほんの少しだけでも、俺のさっきの言葉が千夏先輩の助けになっていれば良いなと思いながら、二人一緒に家へと歩を進めるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




針生パイセンに水族館デートがバレるの巻。
なおメインは後半の模様。
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