大喜君がバドミントンに本気になるのを早くしてみた   作:もう何も辛くない

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明日のジャンプが楽しみで仕方ない。大喜くんと千夏先輩は一体どこ行くねん。


日常と非日常

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 中学最後の試合に負け、部活を引退してから俺は高校のバド部の練習に参加させて貰うようになり、それと同時に高校のバド部が使用している体育館で朝練をするようになった。

 部活を引退してから初めて朝練に出た日。まだ部員ではない身で練習に参加させて貰う身なのだから、先輩方が来る前に器具やコートの準備をしておこう、という気遣いは飽くまでついでで自分の練習時間をしっかり取ろうと今までで最も早い時間に家を出たあの日。

 

 一番乗りだろうと、ちょっぴり誇らしい気持ちを胸に抱いたりしながら体育館に入った俺は、俺よりも早く

来て練習していた女子生徒を─────俺が変わる切っ掛けを与えてくれた人との再会を果たしたのだ。

 

「お前、流石にそれは無謀だと思うぞ」

 

 本日の授業を乗り越えた後の放課後の練習。地獄のノックを乗り越え、順番待ちという名の休憩をしていた俺に同じく順番待ちという名の休憩をしていた匡が話し掛けてきた。

 

「な、なんだよ急に」

 

「いや。大喜がじっと千夏先輩を見つめてたから」

 

「…」

 

 まあ、分かってましたけどね?要領を得ない台詞だったけど、何となく分かってましたよ千夏先輩を見てた事を悟られたって。

 ただ、匡は一つ勘違いしている。

 

「別に、変な意味で見てたんじゃないし」

 

「…ふーん。ま、それなら良いけどもし本気だとしたらマジで止めといたほうがいいぞ」

 

「分かってるって」

 

 俺は別に変な意味で、色恋的な意味で緑のネットの向こう側。女子バスケ部の練習スペースで頑張っている千夏先輩を見ていた訳ではない。

 

「バスケ部の次期エースで実力だけでなく人柄もスター性も兼ね備えた校内外問わず人気があって、雑誌にも取り上げられてる。…神様も同じ人に物を与えすぎだと思うんだ」

 

「そりゃバドの成績そこそこだけど人気のにの字もないお前と比べたらな」

 

「少しはフォローしろよ!」

 

 容赦ない匡に空になったボトルを投げつける。も、匡はこちらに見向きもしないままひょいと首を傾けて避けられてしまう。

 別に匡が言ってる事は間違いではない。間違いではないのだが─────友人への思い遣りのおの字もないその言いぐさは如何なものか。

 

「…ふぅ」

 

 まあこのまま匡を恨んでも何にもならないし。視線を前へと戻す。

 俺や匡と入れ替わってノックを受ける先輩達が動き回っている。

 

 栄明学園のバド部は県内では名の知れた強豪である。()()()()─────

 ここ最近はライバル校である佐知川高校にインターハイの枠を独占されてしまっている。

 

 ─────うわ、そこに追いつけるんだ…。

 

 が、今年の栄明バド部には一人、インターハイ出場を期待されている選手がいる。

 それが俺の視線の先でノックを受けている一個上の先輩。一年生にしてインハイ県予選でベスト4まで勝ち上がった針生健吾先輩だ。

 

 プレイのレベルの高さは今行われているノックからでもひしひしと伝わってくる。

 今の俺じゃ一ゲーム取れれば御の字くらいか。正直、三ゲームマッチでは勝てる気がしない。攻守において隙がない針生先輩のプレイスタイルはある意味では俺の上位互換ともいえる。

 

 今の段階では─────だが。

 

「若者よ、喰らえぃ」

 

「おふぉっ」

 

 針生先輩のプレイに集中していて全くもって油断していた。だから、背後に近付く気配に気付かず喰らった膝カックンに変な声が漏れた。

 その声を自覚して恥ずかしさを抱きながら、膝カックンと同時に聞こえてきた声の主を即座に悟り、勢いよく振り返る。

 

「なにすんだよ!」

 

「なーにー?怖い顔してるから気を遣った親友の優しさよ」

 

 ニマニマ悪戯気な笑顔を浮かべて背後に立っていたのは赤みがかった茶髪をツーサイドアップに纏め、上に羽織るジャージの間に見えるのはレオタード。

 

「あー、それはありがとう。んじゃとっとと練習に戻れよ」

 

「む。なによ、大喜なんてラケット空振りして羽根が頭に当たっちゃえばいいのよ」

 

「なんだよその地味に恥ずかしいお願いは」

 

 広々とした体育館にはバド部とバスケ部以外にも練習している部活がある。その一つが新体操部だ。

 そして、その新体操部の希望の星。全中で四位に入ったという選手がこいつ、蝶野雛である。

 

 雛とは中一の夏辺りからの付き合いだが、割とノリが合って異性同士ではあるが親友と言えるくらいには親しくなっている。といっても親友と言ってるのは雛だけだ。俺は思ってはいるけど、恥ずかしくて口に出しては言えない。

 

「それで?何見てたの?」

 

「あぁ。あそこで練習してる針生先輩を─────」

 

「じゃなくて、あっちで練習してる千夏先輩を見てたな」

 

「匡くん?」

 

 突然あらぬ方向から刺さる言葉の刃物。

 いや、確かにさっきまでは見てたけども。今は本当に針生先輩の動きを見てたよ?何でいきなり過去(数十秒前)の話を掘り出してきたの?

 

「…大喜の兄貴、高望みはアカンすよ」

 

「誰が兄貴だ。あとそのキャラは何だ」

 

「ジャガイモとヒロインとじゃ釣り合わないって」

 

「ぶふっ」

 

「おい誰がジャガイモだ。俺は歴とした人間だ。あと匡笑うな!」

 

 変なキャラを続ける雛とジャガイモ…とさっき雛が俺の表現として使った野菜の名前を口にしながら震えている。その震えが笑いをこらえているものだと俺は分かっている。

 てかついさっき思いっきり噴き出してたし。こいつ、()()()()()に関してはツボが浅いんだよな。

 

「せめてメークインであれ」

 

「そういう問題じゃねぇだろ。あと、メークインと男爵の値段って一個当たり十円くらいだぞ」

 

「十個買ったら百円。百個買ったらその差は千円にもなるんだぞ。塵も積もれば山となる」

 

「…ぷっ、あははははは!」

 

 どうせジャガイモ扱いされるなら高い方が良いと思った。だからそう言ったら匡に冷静に突っ込まれた。

 なお、雛は爆笑してる。そこまで面白いかこの馬鹿らしい会話が。

 

「蝶野さーん」

 

「はっ…。やば、私戻るね!」

 

 バスケ部が練習している方とは反対側から聞こえてきた声に雛は我に返ったように笑いを収めると、俺と匡に手を振ってから慌てて戻っていった。

 現れたと思ったら好き放題騒いで、去っていくと先程までの時間が嘘のように静かになる。まるで台風、それが蝶野雛なのだ。

 

「…今日って監督来るっけ?」

 

「さあ」

 

 もうすぐ今ノックを受けている人の番が終わる。そうなれば俺達の休憩時間は終わり、今度は俺達がノックを出す番になる。

 俺と匡は壁に立て掛けていたラケットを手に取り、その時を待つのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 朝が来て、日が昇り昼に、昇り切った日はやがて沈み夜が更けて、そしてまた朝が来る。

 昨日の部活中に匡と雛でやったちょっとした馬鹿なやり取りの事はすっかり頭から抜け落ち、栄明のじゃがいもこと俺は朝練に向かうべくいつものルートを歩いていた。

 

 家から学校までは程近く、大きな通りに出ることなく住宅街を横切っていくだけで学校に着く。家から徒歩十五分というのは割と近い方ではないだろうか。

 それが来年から通う高校も同じ位置なのだからなお良い。高校に通うために電車を使って一時間掛ける人だっているのだから俺は恵まれている方だろう。

 

 なんて事を考えながら歩く俺の右手には40キロのハンドグリップが。がしょんがしょんグリップを開閉させるこのトレーニングはあの日、中学最後の大会で負けた次の日から始めた習慣だ。

 あれから半年以上経つ。そろそろこのグリップの負荷では軽いと感じられるようになり、買い替え時かと考えている。次の体力測定が楽しみだったり。

 

「…」

 

 ハンドグリップをたまにぐっと握り締めながら校門を通り過ぎ、体育館へ。

 

 入口前の石階段に腰を下ろし、本を読んでいる千夏先輩がいた。

 

 今日は昨日よりも少し出るのが遅くなったし、一番に来るのは半分諦めてたけど─────しかしこの人は寝坊とかしないのかな?

 俺だって、毎日朝練するようになってから今まで何度か寝坊した事がある。その時は朝練は出来ず体育館には行ってないため、もしかしたらその時に千夏先輩も寝坊してたりしたらそれは分かる訳がないけど。

 でもそんな偶然はなかなかないだろうし、やっぱり毎日欠かさず朝練は熟しているんだろうな。

 

 いやそれよりも何でこの人は中に入らないでこんな所に座ってるんだ?

 と思いながら、閉ざされた扉に目を向ける。まあ、まだ鍵が開いてない以外に理由はないよな。そうじゃなければとっくに中に入って練習してるだろうし。

 

 千夏先輩から少し離れた所で立ち止まり、後輩として挨拶だけはするべきかと思い口を開こうとして─────千夏先輩が読んでいる本のページが見えて、止めた。

 真剣な様子で何を読んでいるんだろうとは思ってたけど、バスケの本を読んでいるのを見せられたら邪魔なんて出来る筈がない。

 いや、内容が何であれ読書の邪魔をするつもりはないけれども。

 

「くしゅん」

 

「─────」

 

 千夏先輩の邪魔にならないよう、グリッパーをあまりがしょがしょ音を鳴らさず握り続けていると、不意に聞こえてきたのは何とも可愛らしいくしゃみ。

 思わずそれが聞こえてきた方、つまり千夏先輩がいる方へ振り向いた。

 

 よく見たら顔が赤くなっている。今日は昨日ほどではないけどそれでも冷えてるし、俺よりも早く来てここで待っていたのなら寒くなるのも当然だ。

 

「あの…使いますか?」

 

「え?」

 

 何か考える前に、俺はポケットからカイロを取り出しながら千夏先輩に声を掛けていた。

 こちらに振り向く千夏先輩は目を丸くして少し驚いているように見えた。が、俺にはそんな千夏先輩の顔は見えてなかった。

 

「あと、これ。温かいお茶。この水筒は保温効果凄いんでまだまだ温かいと思います。それに手袋─────」

 

 ここで待っている時間によってはもしかしたら千夏先輩が風邪を引くかもしれない、と思うと止まらなかった。

 鞄から水筒、手袋を出した所で我に返る。そして、千夏先輩の呆然とした顔を見て自分の悪い癖が出てしまったと自覚する。

 

 ─────突っ走った…!

 

 知らない後輩からカイロやらお茶やら手袋やら渡されたって困るだけだろう。それなのに俺はとにかく千夏先輩が風邪を引かないよう、それだけを考えて突っ走ってしまった。千夏先輩の心情は考えず。

 

 自覚をしたらもう堪らず、千夏先輩の顔を見られない。言葉を止め、動きを止め、俯く。

 どうする、どうすればいい。誰でもいい。匡、何なら雛でもいい。この空気を打ち破ってくれる人なら誰でもいい!助けて!

 

「…?」

 

 内心カオスになった所で、俯く俺の顔を千夏先輩が覗き込んできた。その顔に笑みを携え、まるで何かを期待するように。

 

「な、なんですか?」

 

「次は何を出してくれるのかなって」

 

「え?えーと…」

 

 鞄の中を探す、が防音グッズはもう入ってないし、お茶のような温かい何かなんてもう入ってない。

 それこそ、今俺が首に巻いているマフラーくらいしかないのだが、まさかこれを着けろなんて言えないし…。

 

「ふふっ…。冗談だよ」

 

「─────」

 

 整った顔に浮かぶ柔らかい微笑みに目を奪われる。

 この人に惹かれる男達の気持ちがよく分かる。こんな可愛い人にこんな可愛い笑顔を向けられたらちょろい思春期男子は惚れちゃうって。

 

 俺はチョロくないから大丈夫だけど。ちょっとドキッとはしたけど、大丈夫だし!

 

「ありがとう。いのまたたいきくん」

 

「え?」

 

 笑顔のままお礼を言い、そして俺の名前を口にする千夏先輩。

 その直後、少し離れた所から遅くなった、と謝りながら近付いてくる警備員。

 

 警備員の人は駆け足でこちらに来ると、すぐさま体育館の扉の鍵を開ける。

 

「あの、何で名前分かったんですか?」

 

 開いた扉から体育館に入ろうとする千夏先輩を追いかけながら問い掛ける。

 千夏先輩は体育館に入る直前で立ち止まり、振り返りながら口を開いた。

 

「さぁ、なんででしょう」

 

 要領を得ない返答。その返答からは何も読み取れない。

 

 でも、もしかしたら─────前から知っていた?でも何故?どうやって?

 

「いいお母さんだね」

 

「は?母さん?」

 

 脳内に増える疑問の中に更にもう一つ新たな疑問が増える。

 

 母さんって、何だ?

 と、思考を働かせながら視線を下げた所に、ふと視界に入る首に巻いていたマフラー。の、タグ。

 

 マッキーで書かれた、()()()()()()()という七文字。てか俺の名前。

 

「─────~~~~~」

 

 多分、さっき千夏先輩が俺の顔を覗き込んだ時に見られたのだろう。確かに第三者から見ればいいお母さんなのかもしれないが、事実息子の身からするとただただひたすらに恥ずかしくて仕方がない。

 日本語が可笑しくなるくらい恥ずかしい。やばい。しかも、憧れている先輩に見られるとか。

 

「…あぁ、くっそ」

 

 ぶんぶんと頭を振って気持ちを切り替える。

 恥ずかしさを振り切って、とっくに体育館に入った千夏先輩に俺も続く。

 

 時間は無駄にしない。警備員さんが遅れた分、もう少しで先輩達も来そうだしせめて準備だけは終わらせておかないと。

 

 いつもより歩調は強く、外靴から履き替えたシューズで体育館へと足を踏み入れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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