大喜君がバドミントンに本気になるのを早くしてみた   作:もう何も辛くない

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挑戦

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 シューズが床を擦り、ボールが床を突く。観客席からは試合をする二つのチームをそれぞれ応援する部員達の声が響き渡る。

 彼女達の視線が集まるコートの中で、千夏は駆け回る。

 

 目の前のディフェンスをフェイントで躱して相手陣内へと切り込み、ヘルプが迫るとマークを外した味方へとパス。そこで動きを止めず千夏自身もマークを外してフリーとなると再度ボールが千夏の手元へと戻ってくる。

 パスを受け取った千夏の視線はゴールを向く。周囲で一人…いや二人、シュート体勢へと移る千夏を止めようと迫るが、遅い。何度繰り返してきたか分からない。フリーの千夏が放ったシュートは何にも阻まれる事なく、静かにゴールネットを揺らした。

 

「87-46、栄明高校」

 

 直後、試合終了を告げるブザーが鳴り、この試合のスコアと勝った学校の名前が告げられる。

 額から流れた汗を腕で拭ってから千夏は深く息を吐いて─────突如脇腹に感じたこそばゆさに体を揺らした。

 

「ナイス千夏ー!」

 

「ちょっ…!渚、やめてよっ」

 

 背後から伸びた手を振り払って、振り返る。そこには千夏と同じように汗を流しながらもニコニコと笑いながら立つ仲間の姿があった。

 試合に勝ったのだから嬉しいのは分かる。だからって今触ってくるのは止めてほしい。四十分走り続けて汗だくだというのに。

 

「ナギ、あんま浮かれるなよ。予選は始まったばかりなんだから」

 

「いーじゃないすか!喜ぶ時は積極的に喜んでいかないと!」

 

 勝利の喜びに浸る友人に、部長から諭す声が掛けられる。が、あまり効果は見られていない。それどころか部長にまでこしょばしに行きそうな勢いだった。

 人によっては無礼に映る光景かもしれないが部長は全く気にした様子はなく、柔らかく微笑みながらやれやれ、なんて言いながら首を振っていた。

 

 そんな栄明高校女子バスケ部の心温まるやり取りは直後に鳴り響いた隣のコートのブザーの音によって一旦の終わりを迎える。

 隣のコートでは黒を基調としたユニフォームを着た選手達が笑みを浮かべながらハイタッチを交わしていた。そのユニフォームに書かれた、()()()()という文字を見て千夏達は皆一様に表情を硬くする。

 

「あっちも勝ったみたいだね」

 

「今年も決勝で当たるのは籠原学園になりそうかな」

 

 籠原学園

 県内では栄明と並ぶバスケ強豪校であり、ここ十年インターハイの代表の座を争い続けてきた。が、数年前からは栄明は籠原学園に決勝で負け続け、後塵を拝し続けてきた。

 千夏にとっては去年も、一年生レギュラーとして出た籠原学園との試合は苦い記憶として胸に刻まれている。

 

「今年こそ、雪辱を晴らさないと」

 

 ()()()()。その思いは今この場にいる部員だけじゃない。観客席で応援する部員達も合わせた全員が共通して抱く気持ちだった。

 

「そうだね。でも今は早くコートを出よう。次の試合が始まっちゃう」

 

 雪辱に気持ちを燃やす部員達に部長から声が掛けられ、千夏達は道具を片付けてからアリーナの出口へと足を向ける。

 

「…」

 

 最後にもう一度、さっきまでの千夏達と同じように道具を片付ける籠原学園のレギュラー達を目に焼き付けてから、千夏は先を歩く先輩達の後を追った。

 

「じゃ、学校戻るぞー。十分後にバスが来るから、それまでに外に出とけよ」

 

 試合後のミーティングを終えてから監督が腕時計に目を向けてから言う。

 学校に戻ってからは試合直後だが、少し体育館を使える時間があるという事で練習する事になった。

 

 監督がその場から離れてから、部員達は各々に行動を始める。自分の荷物をまとめたり、財布を出して自販機へと行ったり。

 

「千夏ー、トイレいこー」

 

「うん」

 

 千夏は渚に誘われ、一緒に歩き出す。途中、渚は試合中の様々な場面を思い出しながらあれやこれやと話し続ける。千夏も渚の言葉に同意しつつ、違う見解を持っていた場合は遠慮なく言い返したり。

 

「…千夏。今日は調子良かったね」

 

 そんな今日の試合談義は不意に終わり、渚は何故か微笑まし気な笑みを浮かべて千夏を見ながらそう言った。

 

「急にどうしたの?」

 

 戸惑う千夏は渚に聞き返す。すると渚は小さく笑ってから続けた。

 

「だって、千夏は一回戦調子悪くなる時あるじゃん?変にプレッシャー背負い込んで、それで動きが悪くなる時が」

 

「…」

 

 初め、何を言われてるのか分からなかったが、続く渚の言葉は心当たりがあった。

 去年のインターハイ予選、そしてウインターカップ予選も序盤、千夏は動きが固く調子が上がらないままプレイをしていた。

 勝ち上がり、試合を熟していく毎に調子を取り戻し千夏本来の動きへなっていったが─────要するに、千夏は実の所スロースターターだったりするのだ。

 

 しかし今年は違う。今年は初戦から普段の千夏の動きが出来ていたし、千夏自身渚に言われて初めて自覚したが確かに今日は体が軽く動きやすかった。

 

『大丈夫ですよ』

 

 どうしてだろう、と考え始めてすぐ、千夏の脳裏であの一言が─────一緒の家に住む後輩の顔が過った。

 途端、千夏の胸が暖かく、そして心なしか歩く足取りが軽くなる。

 

「千夏?」

 

「ん?どうしたの?」

 

「どうしたのって、こっちの台詞よ。いきなり笑い出して、どうしたの?」

 

「…」

 

 千夏の中の感情がピシりと硬直する。笑ってる…自分が?

 先程と同じように、渚に言われて初めて自覚する。今、自分は笑っている。あの後輩の─────大喜の言葉と顔を思い出して、笑っている。

 

 何か…渚は自分の内心を正確に読み取れていないだろう。それでも何か、恥ずかしいというか、擽ったいというか。

 とにかく形容し難い感情が千夏の胸を満たした。

 

「…あ」

 

「?」

 

 しかしどうすればいいのか。渚からの質問にどう答えたものかと考えを巡らせた千夏だったが、結論が出るよりも先に渚が曲がり角のその先を見て、立ち止まりながら小さく声を上げた。

 釣られて千夏も立ち止まり、渚が見ている方を見て─────立ち止まる。

 

「これが今の栄明の試合の映像?」

 

「で、10番が鹿野さんか…」

 

 そこには、()()()()と書かれた黒いユニフォームを着た女子達がテーブルを囲んで集まっていた。

 

 さっきの一回戦のミーティングをしているのかと思っていたが、どうやら違うらしい。レギュラーメンバーが集まり、テーブルに置かれた何かを見ているが、それは自分達の試合ではなく、千夏達の試合。

 

「大した事ないですね」

 

 感情が、思考が止まる。今、何を言われたのか本気で分からなかった。

 

「以前に練習試合した時からあまり成長していない印象ですし、私がつけば問題ないかと」

 

 その声を聞きながら、千夏は今、何を言われたのか。その言葉の矛先が誰なのかを自覚する。

 

 あぁ、そうか。自分の今までの努力は─────この人達にはただ停滞しているようにしか見えていないのか、と。

 

「正直、期待外れです」

 

「っ─────!」

 

 隣から息を呑む音が聞こえ、直感的に千夏は腕を伸ばす。案の定、顔を怒りに歪ませた渚が籠原学園の選手達に向かって歩き出そうとしていた。

 

「渚、行こ」

 

「千夏…っ、でも」

 

「あたるかもしれない学校の偵察をするなんて当たり前だし、それを観てどう思おうが相手の勝手だよ」

 

 自分達だってこれから先を見据えて籠原学園の試合を徹底的に分析していくだろうし、今回はそれが相手の方が先に実行していた。それは決してルールに違反している訳でもないし、そしてそれを観て自分達が大した事ないと思うのも相手の自由だ。

 

「…」

 

 ただ、未だに苦い顔をしている渚の気持ちは分かるし、純粋に嬉しい。

 

「大丈夫だよ、渚」

 

 悔し気に俯いていた渚が顔を上げて千夏を見て─────その目が見開いた。

 

「勝とうね、絶対」

 

「…当然っ!」

 

 千夏だってあんな事を言われて悔しいと感じている。自分が重ねた努力はその程度のものなのか、と一瞬だが思いかけた。

 

『大丈夫ですよ』

 

 そう言ってくれた同志がいなければ、どうなっていただろう。その言葉が力をくれているから今、千夏は前に目を向けられる。

 

 ─────絶対に勝とう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「21-16、21-12で俺の勝ちですね」

 

「だああああああああ!また負けたぁっ!」

 

 最後のプレイにて、股の間をスマッシュで打ち抜かれた西田先輩が床の上にごろりと寝転がる。

 

「大喜!もう一回!もう一回だ!」

 

「四連戦は流石に嫌です」

 

 かと思えば西田先輩は勢いよく起き上がってもう一試合を要求してきた。

 だがそれを俺は断る。だってこんな調子で試合を続けてさっきので三戦目なんだぞ。仏の顔も三度までというし、大体他にも練習したい事はあるんだし、ここは心を鬼にして断らせてもらう。

 

「針生先輩、西田先輩をお願いします」

 

「ことわ─────おい待て大喜。ホントに待て、俺これから外周いきた」

 

 そのために丁度いいタイミングで近くを通りかかった針生先輩を見つけて西田先輩を押し付け─────もといお願いする。

 

 背後で針生先輩が何か言い掛けてたけど知らない。西田先輩が針生先輩にしがみつくのが視界の端に入ったけどそれも知らない。いつもは俺が針生先輩に押し付けられる側だし、たまには押し付ける側に回ったって罰は当たらない筈だ。

 

 壁の側に置いておいたドリンクで喉を潤してから汗を拭こうとタオルを探すが近くにない。鞄の中に入れっぱなしだと気付き、仕方なく鞄を置いたキャットウォークを目指して体育館を出る。

 

(女バスだ)

 

 廊下へと出た丁度その時、鞄を持った女バスの部員達がぞろぞろと歩く所に遭遇。今日、バスケ部は試合があって、練習中に今日の試合は勝ち残れたという報告がどこから回ってきたのやら、俺の耳にも届いていた。

 たった今学校へ戻って来たんだろうか。女バスの監督が準備とか言ってるし、これから練習するんだろう。

 

「…」

 

 部員達に混じって歩く千夏先輩の姿を見つける。でも、何というか…あれ、試合は勝ったん、だよな?あまり嬉しそうじゃなく見える。

 

 まあでも、千夏先輩が目指している所を考えれば大会初日を勝ち抜けたくらいで喜んでもいられないか。

 そう結論付け、その場を離れて改めてキャットウォークへ足を向ける。廊下を歩き、途中の階段を上がって二階へ。

 キャットウォークは二階への階段を上り切ってすぐにある入り口から入れる。俺は最後の一段を上がり、キャットウォークへと入ろうとして─────

 

「私が千夏ならもっと怒ってるよ!」

 

 不意に聞こえた怒鳴り声に驚いて足を止めた。

 

「ちょーーーっと試合見ただけで『大した事ない』とか『成長してない』とかさ!」

 

 キャットウォークにはすでに二人の先客がいた。二人とも女バスの部員で、その内の一人は千夏先輩とよく一緒にいる所を見る人で。

 確か千夏先輩は渚、と呼んでいた筈だ。苗字は知らないけど。

 

 しかし話の内容がよく読み取れない。恐らく千夏先輩の事を話しているんだろうが、()()()()()()とか()()()()()()とはどういう意味なんだろうか。

 …まさかとは思うが、それらの言葉を誰かから言われたんだろうか。あの千夏先輩が?

 

「私達は知ってる訳じゃん。千夏の家の事。バスケのために親戚の家に住んで…どれほどの覚悟を持って日本に残ってるのか…。いや、分かるよ?相手からしたらそんなの知らないし、試合にはそんな事情は関係ないんだ」

 

 そう。相手が誰のプレイを見てどういう印象を持とうがその人の自由だし、その誰かがどんな事情を持っていたとしても勝負には何の関係もない。

 

 ただ─────()()()()()()()()

 

「私達は鹿野千夏という人を知ってるから、やっぱり腹が立つよ」

 

 さっき、千夏先輩を見た時に抱いた違和感の障害にようやく辿り着く。今の会話、俺が聞いた最初の言葉からして面と向かってかまでは分からないが、千夏先輩も自分がそう言われているのを聞いたんだ。

 

 …そうなのか。千夏先輩でもそんな風に思われたり、言われたりするのか。あんなに頑張ってる人が、あんなに格好いい人が。そんな風に─────

 

「…」

 

「…」

 

 後ろから音が聞こえた気がして振り返った。そして、じっとこちらを見る千夏先輩と目が合って、意図せず二人で見つめ合う形となる。

 

「…ちっ─────」

 

 今しがた考えていた人の突然の出現に驚き、思わず声を上げそうになるも、人差し指を唇に当てて静かにとジェスチャーをされて何とか声を吞み込む。

 どうやら今の女バス人達の会話も俺がここでその話を聞いていたのも見ていたらしい。どうせなら声掛けて欲しかった。

 

「いいチームメイトでしょ」

 

「…はい。羨ましいです」

 

 自慢げに笑って言う千夏先輩に頷いて同意する。仲間のために怒る事ができる、そんな関係を築ける相手が部内にいるというのは本当に幸せな事だと思う。

 そんな人達と一緒にバスケをするのは、千夏先輩にとってどれだけ大切な時間なのか俺には計り知れない。

 

「渚が言われた訳じゃないのにね」

 

「気にする事ないですよ。他人がどう言おうと、チームメイトの方々は千夏先輩の実力も努力してきた事も知ってるし」

 

 俺はこの時、千夏先輩は落ち込んでるんじゃないのか、と思っていた。ライバルチームの選手にあんな事を言われて、自身を失くしたりはしていないか、と。

 だから励まそうとした。千夏先輩の気を少しでも紛らわせようとした。

 

「ううん、気にするよ」

 

 でも、俺は根本的に勘違いをしている事を思い知る。

 

「気にして、勝つの」

 

 淡々と千夏先輩は言う。

 確かに俺に向けられるその目には今、俺は映っていない事に気付く。

 

「私が籠原戦で活躍して勝てば、二度とそんな風には言わないでしょ?」

 

「─────」

 

 この人の強さに言葉を失う。大した事ない、成長してないなんて言われてショックを受ける訳でもなく、ただ自分の力を見せつけようと、そして勝つんだと。

 

 その勝利への執着は、今の俺にはない。

 

「籠原が私のプレーを見てそう思ったのは事実だし。だったらプレーで実力を見せつけるしかないんだよね」

 

 千夏先輩には、これから自分がすべき事がはっきり分かっている。俺が励ます必要なんて最初からなかったんだ。

 

(…すげぇ、この人)

 

 どうして今、と自分でも思う。だけど何故だかこの時、俺の脳裏には千夏先輩を尊敬する切っ掛けとなった、あの光景が過った。

 引退試合に負けて、泣く程悔しいのに一人黙々と練習を続けていた千夏先輩の姿。あれから俺はこの人みたいになりたいと思うようになった。そして、少しはこの人に近付けてる、と思っていた。

 

 それは勘違いだったらしい。全然足りてなかった。

 

「…千夏先輩、ありがとうございます」

 

「え?」

 

「俺、ちょっと行ってきます!」

 

「えっと…、あっ、大喜くん?」

 

 そうだ。足りてない。何もかも足りてない。なのに俺は自信を失う事を恐れた。針生先輩に『負け癖がつく』なんて言われて、嫌だって思った。

 

 ふざけんな、烏滸がましい。何が負け癖だ、そんな大層なものがつくほど強くなった気でいやがって。己惚れるな、俺。

 

 千夏先輩と話をして、初心を取り戻す。俺は強くなんてない。なら、すべき事は何だ。

 

「針生先輩!試合お願いします!」

 

 そんなもの、()()しかないだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ありがとうって、私の台詞なんだけどなぁ…」

 

 大喜が去っていった直後、ぽつりと口から出た千夏の呟きは誰にも届かず消えていった。

 

 そしてこの一週間後、バドミントン部にてちょっとした事件が起きる事となる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おい、マジかよ!」

 

「んだよ、練習中だぞ」

 

「いやいや、あれ見ろって!」

 

「は?…マジで?」

 

 その人達の視線の先にはとある試合のスコアが書かれていた。

 ゲーム数は1-1だが、得点の方は25-23とすでにその試合が終わっている事を示している。

 

 最終ゲームの得点はデュースまで縺れるという、それだけでも激しさを垣間見れるその試合を見た誰もが驚き、声を上げた。

 

()()()()()()()()()()()()!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




大喜くん、針生パイセンに勝ってしまう。
まあここの大喜くんのスペックなら何度も挑戦してたらそりゃ一回くらい針生パイセンに勝つよね。
それよりもやばいのは千夏先輩のせいで大喜くんが更にストイックになってしまった…。
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