大喜君がバドミントンに本気になるのを早くしてみた 作:もう何も辛くない
駆け足ですが、話を進めていきます。
目覚まし時計とスマホのアラームが同時に鳴り出し、眠っていた意識が急激に引き上げられる。
いつもは目覚まし時計だけセットしているのを、昨日は一緒にスマホのアラームもセットした。お陰で起きる予定の時間ぴったりに起きる事が出来た。
目覚めも比較的良い方で、気分も心地いい。地区予選の時は前日、あれやこれやとテンパってしまうくらい緊張していたのに、昨日は不安とか、そういった嫌な気持ちは何も抱く事はなかった。
「ふぅ…」
起こした体を伸ばし、立ち上がってからカーテンを開ける。
外は良い天気で、空は綺麗に晴れ渡っている。外から注がれる日差しを浴びながら、いよいよかと気を引き締める。
今日から、明日にかけてインターハイの県予選が行われる。今日がダブルス、明日がシングルス。方式は全試合トーナメント方式で、一度負ければ終わりの一発勝負。
そして、大事な日を迎えているのは何も俺だけじゃない。
「おはよう、大喜くん」
「おはようございます、千夏先輩」
部屋を出て階段を降りる。台所へと入ってすぐ、すでにそこにいた先客と目が合った。
千夏先輩だ。ついさっきここに来たらしく、座ろうとした椅子を引いた所に俺がやって来た、といった形らしい。
さっきの話の続きだが、大事な勝負の日を迎えているのは俺だけじゃなく、千夏先輩もだ。女バスも今日、明日と試合があり、今日が準決勝。長いインターハイ予選も大詰めを迎えているのだ。
すでに起きて、朝ごはんの準備をしている母さんとも挨拶を交わしてから、テーブルにあったリモコンを手に取る。
千夏先輩の正面の椅子を引いて座りながら、リモコンをテレビに向けて電源ボタンを押す。
ついさっき始まったラジオ体操から、いつも猪股家で見ている朝のニュース番組へとチャンネルを回す。
番組ではスポーツについて色々と話しており、昨日のプロ野球の試合の結果とかサッカーの結果とかを放送していた。
「大喜くん、今日はダブルスだっけ?」
さて、じいちゃんが応援している球団は昨日どうなったんだろう、とか思いながらテレビに意識を向けていると、千夏先輩から質問をされる。
「はい。シングルスは明日ですね」
「どれくらいの人がインターハイに行けるの?」
「ダブルスが一組、シングルスが二人です」
「…狭き道だね」
千夏先輩から続けざまに掛けられる質問に答えていく。
狭き道、まさにその通りだ。だけど、上のステージに立つためには当然の事であり、千夏先輩もまた同じく狭き道を抜けるために頑張っている人だ。
「それをいうなら先輩だって。代表校は一校なんでしょ?」
「バスケはチームプレイだから、私一人の力じゃないし」
「そうですね。…でも、見返したいなら、千夏先輩
目を丸くして、千夏先輩が俺を見る。
「
「…もちろん」
不敵な笑みを浮かべて千夏先輩が頷く。俺如きが心配なんて烏滸がましいにも程があるけれど、その様子を見て千夏先輩は大丈夫だと確信した。
千夏先輩は…女バスは勝つ。今日も、明日の決勝も。どこが来ようと、籠原学園が相手だろうと。
「大喜くんも」
「はい?」
「大喜くんも勝ってね。一緒に行こう」
「…はい」
本当に、この人の言葉って不思議なんだ。
どんな言葉でも、それがどれだけ短くとも、俺に力をくれるんだから。
当然だが、県予選にはその前に行われた地区予選を勝ち上がった選手達が集まってくる。弱い人なんていない。なのに、今目の前で行われる試合は、実はそうじゃないんじゃないかと幻惑させる程に、残酷だった。
この試合を見る切っ掛けは針生先輩だった。開会式が終わって皆で観覧席へと上がって、他の部員の試合も応援しながらもどこか上の空だった針生先輩は、西田先輩のダブルスが終わってからずっと椅子に座ったままトーナメント表を眺めていた。
かと思うと、不意に立ち上がってどこかへ行こうとする。だけじゃなく、俺にも来い、と言い出して、言われるままについていった結果、俺はその試合を目撃する事となった。
強者と弱者。まさにそうとしか形容できない、あまりに一方的な試合。それを実現させているのは、今大会でシングルス、ダブルス共に第一シードとして君臨するあの人。
兵藤将太によって、引き起こされていた。
「ゲームみたいに能力値があったとするじゃん」
兵藤さんのプレイに目を奪われていると、針生先輩が話し出す。
「技術、センス、フィジカル、スピード、その他諸々。あの人は、全ての能力がバランスよくカンストしてる。チートキャラみたいなもんだよ」
あり得ない、なんて言えない。兵藤さんを目の当たりにしていなければ、ハッキリと断言できたその一言は、まさにそれを体現する怪物を目にした今、口が裂けても言えなかった。
…もしダブルスで勝ち上がって行けたなら、この人と当たるのは準決勝だ。その時俺は、この人を前にして呑まれず、自分のプレイが出来るだろうか。
兵藤さんと組んでいる人も決して弱くない。というより、シングルスで当たった時、俺はあのペアの人に勝てるという自信は持てない。勝てない、とまでは思わないけれど…、兵藤さんとペアを組んでいるだけあってやっぱり強い。
「…それでも勝たなきゃ、先に進めないんですよね」
「─────」
「なら、勝ちましょう」
兵藤さん達のプレイを目に焼き付けながら、心を覆おうとする絶望を振り払い、意識して声に力を込めて言い放つ。
…針生先輩は、俺なんかよりも兵藤さんの強さを知っている。何度も挑んで、跳ね返され続けて、きっと今の俺よりも絶望しているかもしれない。
ダブルスは二人でやるものだ。陳腐な物言いかもしれないけど、二人の力を合わせる事が出来たなら。もし、二人の力を足すのではなく、掛ける事で発揮出来たなら。
あのペアにだって、勝てるかもしれない。
「…アップしに行くか」
「はい!」
「それと、兵藤さんのこの後の試合は西田に頼んでビデオ撮らせるか」
「…西田先輩、負けて落ち込んでましたけど」
「知らん」
やっぱこの人、鬼畜だ。
そうして気を引き締めて臨んだトーナメント。楽な試合なんてなかった。ゲームを落とさず勝ち上がる事が出来たけど、途中何かが少し違えば、一気に持っていかれると思わされる場面も多々あった。
それでもこの一発勝負の連続を俺と針生先輩は生き残って今、準決勝。兵藤さんのペアと試合をする場所まで辿り着いた。
「大喜!」
「オーライっ!」
そうして始まった、対兵藤さん、館山さんペアとの試合もすでに第一ゲーム中盤へ差し掛かっていた。
高く上がった打球を追い掛けるのは俺。回り込みは間に合わない。視線を相手コートへと向け、空いてるスペース目掛けてハイバックで高く上げる。
それに反応したのは館山さん。高いロブを読んでいたのか、素早い反応で回り込まれる。
兵藤さん程じゃないけど、この人のスマッシュも威力が高い。狙われるのは…多分俺だろう。
「っ─────」
読み通り。打つ直前、館山さんの視線が俺へと向けられる。それを見て、こちら側に打たれると確信した俺は両足を床から離す。
全神経を注いで館山さんのラケットの向き、腕の動き、体の捻り方。全てをこの目に焼き付ける。
─────右っ。
読みは当たる。ラケットに当て、何とかスマッシュを返す事に成功する。
しかし返すのがやっとで、コースをつける事が出来ず、ふわりと上がったシャトルは─────兵藤さんの所へと行ってしまう。
(しまっ─────)
俺がコート右側へと移動した事により、中央に空いたスペースに兵藤さんのスマッシュが叩き込まれる。
針生先輩が腕を伸ばすが、ギリギリ届かず、得点が相手へと入る。
「16-9」
ゲーム序盤から相手ペースで進んでいき、ここで更に点差が開く。
相手ペアに攻め込まれ、こちらも粘りつつ反撃の隙を窺うという戦いになっているが、正直、兵藤さんが如何せん強すぎる。
今のスマッシュも、開いたオープンスペースを狙うという単純なもの。針生先輩もそれを読んで、先回りしようとしていた。
それでも、取れない。触る事すら出来ない。絶対に兵藤さんに、万全な体勢でスマッシュを打たせてはならない。
「大喜」
針生先輩が俺に歩み寄り、声を掛ける。
…分かっている。もうこれ以上、時間は掛けられない。このままやらせてしまえば、この勢いを二ゲーム目にまで持ち込まれてしまうだろう。
勝つためには、それだけは避けなくてはならない。
「…正直、兵藤さんに関しては全部掴み切れてません。でも、館山さんなら」
「…充分。これ以上は駄目だ。反撃に出よう」
様子見はここまで。これからは、リスクを負う時間だ。
「惜しいよな、針生くん」
そんな一言が出たのは、観覧席。兵藤・館山ペアを応援する佐知川高校の部員が集まる場所。眼下で行われる対針生・猪股ペアとの試合を見ている時だった。
「うちに来てればそれこそ、兵藤さんとペア組んで全国いけたのに」
「センスあんのに、勿体ないよな」
明らかに針生を見下した発言、されどそれは針生の才能を認めているからこそだった。
佐知川高校に来ていれば、兵藤と同等のプレイヤーになれていたかもしれない。そう思わされているからこそ、出てきた台詞。
「しかも今のペア、一年だろ?倍近く点差つけられて…」
「そこまで力の差、ありますかね」
憐れんですらいる佐知川の部員達の中で、涼し気な声が上がる。
「遊佐」
遊佐、と呼ばれた少年は彼らの隣にまでやって来ると、食い入るようにコート上で繰り広げられるラリー戦に視線を向ける。
「ラリーは続いてるし、最後に決めてるのは大体兵藤さんですし。…もし、あのペアが兵藤さんにスマッシュを打たせない組み立てを始めたら、分からなくなりますよ」
「…館山を狙うって事か?」
部内でずっと時間を共にしてきた彼らだからこそ、言いたくはないが他の誰よりも知っている。兵藤将太の実力は、別格だと。それはペアを組んでいる館山と比べても例外ではない。
一年の頃からペアを組んでいた為、コンビネーションの噛み合いも兼ねて最後のこの年も兵藤とペアを組んでいるが、館山の実力は部内で
それに、館山は去年の新人戦で針生に負けている。だからこそ、針生・猪股ペアが狙うべきは初めから一人。
「でもよ、ここまではそれらしい動きはねぇぞ。お前の言う通り、兵藤さんを避けるのが正解とは思うけど…何で初めからそうしなかったんだ?」
「…先輩、気付きませんか?あの一年、序盤よりも二人の動きについていけてます。ラリーも最初よりも明らかに続いてますし」
遊佐に言われて、皆一年プレイヤーの動きに集中し出す。
館山のスマッシュに、兵藤のドロップに、素早いフットワークで余裕を持って対応する一年プレイヤーの姿がそこにはあった。
「多分、今までずっと観察していたんですよ。兵藤さんと館山さんのプレーを。いろんな角度から、それこそ兵藤さんのスマッシュで失点しようとも、観察を優先していたんです」
「サービスオーバー、10-16」
遊佐が話している間に、角度がついたドロップを館山が処理。それによって開いたオープンスペースを狙い、針生がプッシュして栄明側が得点する。
「今のドロップ角度えぐっ」
「スマッシュに対してあの精度でドロップできんのかよ、あの一年」
一連のプレーに驚きを示す先輩達の中で、遊佐は無言のまま針生・猪股ペアを─────正確には、館山をコート中央から追い出すドロップを仕掛けた大喜を見ていた。
館山も実力者だ。兵藤には劣るが、スマッシュの威力も高校生の中ではトップクラスに食い込むだろう。
それを完璧に勢いを殺し、角度をつけてドロップを落とすなんて普通ならばできない。それにさっきの動き、まるで館山がどこに打ってくるか分かっていたかのように─────館山が打つ前から動き出していた。
(…相手がどこに打ってくるか絞ってるんだ。それも、確かな根拠を持って)
体やラケットの面の向きか、或いは本人が気付いていない癖か、或いはその両方か。何にしろ、針生と組んでいる一年は館山のフォームから打つ方向を読み取ってみせた。
(フォーム…。いや、それだけじゃない。あいつは今、兵藤さんと館山さんに狙われているのが自分だって分かっていた。自分が舐められているって…それも利用して)
あらゆる状況から鑑みて、自分の方へと、そして打ってくるコースを限定した。あの数秒にも満たない時間の中で、そこまで思考した。
「遊佐お前、何笑ってんだ。真面目に応援しろ」
「…してますよ。でも何か、楽しくて」
「先輩達が点を取られてんのに楽しんでんじゃねぇ!」
遊佐が先程のプレーについて考えている間にもう一点、栄明側に点数が入っていた。
というより、今、先輩達が点を取られた事にすら遊佐は気付いていなかった。
(試合したいな)
もう、彼は先輩達の試合なんてどうでもよかったから。勝って欲しいとは思うけど、それでも自分が楽しい事を考えだすと止まらなくなる。
(猪股大喜、か)
あぁ、あの一年と試合をしてみたい─────。
遊佐くん初登場。多分、次回から試合に入れると思います。