大喜君がバドミントンに本気になるのを早くしてみた 作:もう何も辛くない
「…兵藤さんの体勢良くないじゃん。そっちに打てば良かった」
外はすっかり暗くなり、電気をつけたリビングで、俺はテレビに映る映像をじっと見つめる。
画面に映るのはバドミントンのダブルスの試合。さっきの俺の台詞で分かるだろうが、今日の対兵藤さん、館山さんのペアとの試合だ。
そしてまあ、この試合の結果も想像つくだろうけど─────負けた。
第一ゲームは18-21、あそこから点差を詰める事が出来たけど逃げ切られてしまった。
続く第二ゲームは16-21。第一ゲームでは俺と針生先輩で館山さんを攻め立て、得点を重ねたが、それに対抗して第二ゲームで相手ペアは兵藤さん中心に動いて俺達を攻め立てた。
第二ゲーム、館山さんは兵藤さんをフォローする動きに徹し、兵藤さんはまるでシングルスをするかのようにコートを動き回っていた。
館山さん狙いの攻撃を完全に封じられた俺達に残された手は、兵藤さんと真っ向からぶつかる事しかなかった。兵藤さんの怒涛の攻撃を凌ぎ、隙を見つけて反撃に出る。
ダブルスだから形になったが、これがシングルスだったらと思うとゾッとする。あの経験した事のないパワーとスピードから繰り出される攻撃を、針生先輩の協力無しでどうやって凌げば良いのか、今の俺では手立てがない。
いや、今はそんな例えばの話なんてどうでもいい。今日の試合の反省をしなければ。
確かに兵藤さんは凄かったし、出来る事を総動員して足掻いた結果、負けたと思っている。だけど、こうして映像を通して第三者の視点から見てみると、もっとこうすれば良かったんじゃないか。この場面は逆の方に打った方が良かったんじゃないか、と改善点が見えてくる。
今日の試合、俺は兵藤さんの打球を警戒しすぎていた。兵藤さんは確かに怪物のように思えた。それでも、完璧ではない筈だ。
だからもっと、兵藤さんに対して攻撃の手を向けても良かった。あの人だって、まさかスマッシュをスマッシュで返すような芸当は出来る筈ないのに。
「はぁ~…。明日、この人に勝たなきゃいけないのか…」
それでも、兵藤さんは本当に化け物みたいに強かった。天才というのは、まさにあの人の事をいうんだろう。
そして明日、シングルスの試合ではあの人に勝たなきゃインターハイに出られない。
勝ち上がる事が出来れば、今日と同じ準決勝で兵藤さんと当たる。そこで勝たなければ、インターハイの出場権を手に入れる事は出来ない。
「…」
正直、現実逃避をしたくなる。さっき、兵藤さん相手にシングルスだったら手立てがないなんて考えたばかりなのに、明日はこの人に勝たなきゃいけないという無慈悲な現実に目を背けたくなる。
「大喜くん?」
ぼーっ、とどうすればいいのかなー、なんて考えながら兵藤さんのプレーを眺めていると、涼やかな声が俺の名前を呼ぶ。
声がした方へ振り向けば、そこには台所からリビングを覗く千夏先輩が立っていた。すぐにリモコンを持って、試合の映像を一時停止する。
「先輩、お帰りなさい」
「うん、ただいま」
「それと、決勝進出おめでとうございます。明日も頑張ってください」
試合から戻ってきた千夏先輩に悲壮な表情はない。今日の準決勝に勝利し、インターハイ出場の望みを明日へ繋げた千夏先輩にエールを送る。
「ありがとう」
と、千夏先輩は笑顔を浮かべて俺に一言お礼を告げる。かと思うと、千夏先輩は笑顔を収めて少し困ったような顔をして、口をもにょもにょと動かす。
「それで、えっと…。大喜くんは、その…」
「…」
何を言おうか迷う千夏先輩の姿に、俺は察する。あぁ、もう俺が今日負けた事をこの人は知ってるんだ、と。
「今日は負けちゃいました」
今、俺は上手く笑えてるだろうか。
「でも、明日にシングルスがありますし、勝負はそこですから」
心を満たす不安を、隠せているだろうか。
俺は散々、千夏先輩に偉そうな事を言ってきた。不安に思う事があれば隠さず言えだなんて─────どの口が言ってるんだか。
だけど、どうしても思ってしまう。千夏先輩にこれ以上、情けない姿を見せたくない。
「…そっか」
少し間が空いてから、千夏先輩は小さく頷いた。
どうやら、俺の誤魔化しは上手くいったらしい。それならまた、試合の反省を再開するとしよう。多分千夏先輩も、これ以上用はないだろうから部屋に戻るだろうし。
リモコンを向けて映像を再生し直そうとして─────千夏先輩がリビングへと足を踏み入れるのを視界の端で見て、動きを止める。
「せんぱ─────」
まだ何かあるのだろうか、千夏先輩を呼ぼうとして、口が止まる。
「…先輩」
「ん?」
心の動揺を抑えながら、何とか千夏先輩を呼ぶ。キョトンと惚けた様子の千夏先輩になんでやねん、とツッコミを入れたい所だが、とにかくまずは質問をさせてもらう。
「どうして頭を撫でるんですか?」
そう。俺は今、千夏先輩に頭を撫でられている。
リビングへと入ってきた千夏先輩は、俺がどうしたのか尋ねる前に、俺の頭に掌を乗せてそのまま優しく動かし始めた。
いや何故に?Why?急にこの人はどうしたんだというんだ。
「大喜くん。前に私に言った事覚えてる?」
「はい?」
俺の頭を撫でる手の動きを止めないまま、千夏先輩が尋ねてくる。質問に質問で返してほしくない、と答えるのはここではNGだろう。流石にそれくらいは俺でもわかる。
ただ、突然の質問に俺は全く答えが浮かばない。
前に言った事─────このシチュエーションから繋がる答えが、全く浮かんでこない。
考え込み、何も答えられない俺を至近距離から見つめながら、千夏先輩が口を開く。
「隠し事はするなって言った」
「─────」
今、俺が最も言ってほしくない言葉を、千夏先輩が口にする。
「大喜くんは、私にはたくさん味方がいるって言ってくれたけど」
頭を撫でる手の動きは未だ止まらない。なのに、振り払おうという気持ちが全く起きない。
むしろ、暖かい感触に心地よさを感じながら、柔らかな先輩の声につい耳を傾けてしまう。
「大喜くんにも、たくさん味方がいると思うよ」
…あぁ、本当に情けない。こんなの、この人にだけは見られたくなかった。
何度もかっこ悪い所を見られ続けて今更、とも思うけど、だからこそこれ以上はかっこ悪い所を見られたくなかった。
そう、思っていたのに。
千夏先輩に慰められて、さっきまで感じていた不安が薄れていく事がまた情けない。
「大喜くんは一人で抱え込みすぎだよ。もっと外に吐き出して良いんだよ?」
「…その台詞、千夏先輩に言われるとは思いませんでした」
「私は…、試合前に大喜くんに相談したし」
「いや、俺が言わなかったら先輩、あのまま一人で抱えてたでしょう?」
「…そんな事ないもん」
俺の頭に手を乗せたまま、ぷいっ、とソッポを向く先輩。その様子が可愛らしくて、思わず笑みを零してしまう。
何というか…、意地を張っているのが下らなく思えてきた。もしかしたら、千夏先輩も同じ気持ちだったのかもしれない。
「…今日、試合に負けるまでは不安なんて感じてませんでした。でも、自分よりも別格に強い相手を目の当たりにして…、勝てないかもって思わされて。しかも明日、その人に勝たなきゃインターハイへ行けないから」
「…」
自然と口から零れる胸の内に、千夏先輩は黙って聞いてくれる。
「今も、試合の映像を見返して、どうすればいいのか考えてたんですけど…。正直、手詰まりというか。…情けないですよね、先輩にあんな偉そうな事言っといて」
「そんな事ないよ」
ようやく千夏先輩の手が頭から離れる。それでも、千夏先輩はその場から動かず、俺との距離は近いまま。
それなのに真正面から俺を見てくるから、少し恥ずかしい。目を逸らしそうになるが、ここでは逸らしてはいけない気がして、千夏先輩を見返す。
「勝てそうにない相手にも、今の大喜くんは勝とうとしてる。それって、諦めてないって事でしょ?」
「それは…」
「私は、諦めてほしくない。諦めたらきっと…、自分の事を許せなくなると思うから」
嫌に実感が籠った言葉だった。もしかしたら、千夏先輩も同じような経験をしたのかもしれない。
…いや、あるに決まってる。千夏先輩は俺よりもずっと、バスケに真摯に向き合い続けて、強敵と戦い続けてきただろうから。
その中には、自分の力じゃ太刀打ちできないような相手もいた筈だ。それでも、この人はきっと諦めずに、心が折れそうになっても戦い続けてきたんだ。
そんな人と俺は約束したんだ。一緒にインターハイへ行こうと。なら…こんな所で足踏みしていられない。
「…もう一回、試合の映像見直します」
まだ不安はある。それでも、戦わなきゃいけない。そのための力は今ここで貰う事が出来た。
だから戦える。俺はまだ─────
「私も頑張る」
「はい。決勝、絶対に勝ってください」
「大喜くんも。…勝ってね」
「いいか、大喜。俺と当たるのは決勝だけど、その前にお前は準決で兵藤さんを倒さないといけない」
「分かってますよ。大丈夫ですから。…誰が相手でも、全力で勝ちに行くだけなんで」
次の日。試合会場で全体アップを終え、タイムテーブルに従って次々と試合が始まっていく。
針生先輩は昨日の負けを引き摺っていない様子だった。こう言ったら怒られるかもしれないけど、慣れたんだろう。負ける事に、ではなく、メンタルの切り替えにという意味で。
俺は…まだ、兵藤さんと試合する事を考えると不安がある。でも、さっき針生先輩に言った通り─────誰が相手でも、目の前の試合に全力で勝ちに行くしかないんだ。
まずは予選。ふと聞こえてきた番号で、自分の試合が近い事を知る。
開けたスペースへと行き、ストレッチ、足を動かしながら体を温め、自分の番号が呼ばれるのを待つ。
『34番、栄明高校猪股大喜くん。35番、~』
「─────」
アナウンスに呼ばれた自分の番号と名前を耳にして、自分の中でスイッチが切り替わるのが分かった。
大丈夫。体はしっかり温まってるし、どこか調子が可笑しな所もない。
自分のプレーが出来る状態なのは間違いない。それなら大丈夫の筈だ。
アリーナへと入り、アナウンスされたコートへと向かう。俺よりも先に対戦相手がコートに入っていて、すでにラケットを持って準備万端といった様子だ。
その表情に緊張や不安といった感情は浮かんでいない。自信があるのか、或いは俺が一年だから安心して舐めているのか。
どっちでもいい。俺がする事は何も変わらないのだから。
コートの外に鞄を置いて、タオルとドリンク、そしてラケットを取り出す。タオルとドリンクは鞄の上に置いて、ラケットだけを持って俺もコートへと入る。
審判からシャトルを貰い、試合前のラリーを始める。実際に打ち合いながら改めて、体の調子やフォームを確かめる。
…うん、やっぱり調子は悪くない。試合前特有の、緊張して手足が冷たくなったり、という事もない。
アップの時間が終わり、じゃんけんをしてサーブ権を決める。俺がじゃんけんに負け、相手がレシーブをとって最初に俺がサーブをする事になる。
「ふぅ─────」
大きく息を吐いてから、ネットの向こう側、対戦相手と対峙する。
「ファーストゲーム。ラヴオール、プレイ」
審判のコールが終わると同時にラケットを構え、ネット際を狙ったショートサーブを繰り出す。
相手が足を踏み出し、打球を掬い、ドロップでこちらのネット際を狙う。ネット際へ移動し、相手のドロップをコート後方ギリギリ、スマッシュを打てるか微妙な絶妙な高さを狙って打ち上げる。
シャトルを見上げた相手は何て事はない、単純なハイバックによるクリアーで俺のロビングを凌ぐ。
フットワークの速さによってはチャンスボールになりかねない打球だったが、お陰で今度はこちらのチャンスボールとなってシャトルが返ってくる。
素早く落下地点へ移動し、相手側のコートを確認。オープンスペース目掛けて、全力でスマッシュを打ち放つ。
相手がスマッシュに反応して何とか返すも、精度は低い。ただ返ってくるだけの打球は再度、俺のチャンスボールとなる。
「しっ!」
二度目のスマッシュは返ってくる事はなく、こちら側の得点となる。
いつもなら序盤、様子を見るためにあまり攻めたりはしないけど…。さっきの感じから、相手はあまり自分から積極的に攻めないスタイルかもしれない。相手の攻撃を拾って、粘り切って得点を重ねる、というプレイスタイルだとしたら、序盤の様子見は逆効果か。
(それなら、序盤から攻める。守備型のプレイスタイルだとしても、さっきのをスマッシュに狙いに行かないなら怖くもない)
たった1ポイント。まだ相手の実力を断定するには早すぎるが、かといって警戒しすぎも判断を鈍らせる。
思考に柔軟さを持たせつつ、次のサーブを打つ。
先程と同じ短いサーブに、また先程と同じように短く返される。
今度はドロップに対して短く返して相手の様子を見る。
(…反応の速さは普通。コントロールは…岸くんよりは良い印象だけど─────)
相手から仕掛けてくる様子がない。このままでは埒が明かないため、またもやこちら側から仕掛ける。
コート後方、1ポイント目の時と同じような高さのロビング。相手がシャトルを追い掛け、ハイバックで打つ体勢を取った事からスマッシュの可能性を外す。
俺は重心を前へ置きつつ相手が打ってくるのを待って、相手が前方を狙って落としてきたのを見て素早く回り込む。
「っ!?」
反応の素早さに驚きを見せる相手が立っている場所とは対角線上を狙い、プッシュしてシャトルを落とす。
守備型のプレイスタイルだからこそ、1ポイント目の時のような展開は避けてくるだろうと考えたが、まさにその通りだった。
俺のスマッシュを嫌がって前へと落とす、それを読んで回り込む事に成功し、連続得点。
相手コートから飛んでくるシャトルをキャッチし、両足を動かしながら思う。
(大丈夫。この調子なら、様子を見るまでもない)
正直これなら、地区予選で当たった岸くんの方が強かった。あの人のフットワークは凄かったし、スマッシュの威力も目を瞠るものがあった。
それに比べたらこの人は─────あまりこういう事を思うのは駄目なんだろうけど、負ける要素が見つからない。
(勝てる)
確かな自信を胸に、この試合早くも俺の三本目のサーブを打つのだった。
原作と違って後ろ向きになりかける大喜くんでした。原作よりもなまじ強くなってる分、兵藤さんとの力の差を原作以上に思い知っています。結果、今回の千夏先輩にママ味を感じる大喜くんが出来上がりましたとさ。
そしていよいよシングルスが始まりました。なお、初戦の相手は遊佐くんではない模様…。
原作と違って地区予選で優勝してるからね、しょうがないね。