大喜君がバドミントンに本気になるのを早くしてみた   作:もう何も辛くない

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VS遊佐くん開始です。


勝てない

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ふと、時間が流れるのは早い、と何の脈絡もなく思う時がある。午前が過ぎた昼下がりとか、学校終わりの夕方とか、もう寝ようとベッドに入る夜とか。

 大会の途中、タイムテーブルが進み勝ち残っている選手の数が少なくなった時とか。まさに今、俺はそう思う。

 

 初戦をストレートで勝ち進んだ俺は、その勢いのまま二回戦、三回戦もストレートで勝ち上がった。四回戦では、佐知川高校の三年生に第一ゲームを取られたものの第二、第三ゲームを連取して逆転で勝ち進む事ができ、ベストエイトまで生き残っている。

 

 アリーナで試合をしている選手はもう残り少ない。今、あそこで行われている全ての試合が終わってから、準々決勝は男女とも、全試合同時に行われる。

 ベストエイトを早めに決める事ができた俺は、観覧席でそれまでの間、休憩中という訳だ。

 

「でも凄いよね。一年で県大会ベストエイトって」

 

「…インターハイ優勝候補様に言われると嫌味に聞こえるんだよなー」

 

 そんな今日という一日の中で、少ない安らぎの時間を過ごす俺の隣にもう一人いる。

 そいつに今日の勝ち上がりを褒められるが、正直…嬉しいのは嬉しいんだけど、ちょっと複雑でもある。

 

 何しろこいつ、蝶野雛は一足先にインターハイ出場を決め、更に県予選に披露した演技を見たマスコミから、一年にして優勝候補とまで謳われているのだから。

 そんな雛に県大会ベストエイト程度で褒められても、少し複雑な気分になるのは分かってくれるのではないだろうか。

 

 ちなみに何で雛がここにいるのかというと、一昨日に言っていた『差し入れを持っていく』という約束を守るためだ。

 他にも手作りの弁当を持っていくとか言っていたが、それはめんどくさかったとの事で─────市販のお菓子とスポドリを持ってきてくれた。

 口が裂けても雛には言えないが─────今日が命日にならないようで、ホッとした。ぜっっっっっっったいに口には出せないが。

 

「それで、さっきから熱心にあの5番のコートの試合見てるけど、どうしたの?」

 

「あそこの試合の勝者と、次当たるんだよ」

 

 雛から貰ったお菓子を食べながら、俺はまだやっているとある試合。雛が言ったように、5番コートの試合を見ていた。その試合の勝者が、次の俺の対戦相手となるからだ。

 

「…あの黒いユニフォームの人が勝ちそうだね」

 

「だな。…知ってるか?あの人も一年だぞ」

 

「え、そうなの!?」

 

 試合は第二ゲーム。第一ゲームは雛が言った黒いユニフォームの人が取って、第二ゲームも現在その人が18-14とリードしている。

 そして、その人は俺と同じ一年なのだと教えると、雛は目を見開いて驚きを露にした。

 

 鞄からトーナメント表を取り出して渡すと、雛は男子シングルのページを開く。俺もそのページを覗き込みながら、とある名前を指差す。

 

「佐知川高校…、遊佐栄治…。本当だ、この人も一年生なんだ」

 

 たった今、相手からのプッシュをコートの前方で反応し、逆にプッシュを返して得点を奪ったその人は、佐知川高校の遊佐くん。

 一年生にして、恐らくこのままこの試合を勝ち、ベストエイトまで勝ち上がってくるだろう。その試合を見ていて、兵藤さん程ではないが…その強さに衝撃を受ける。

 

 遊佐くんの相手は弱くない。スマッシュに威力があるし、守備範囲も広く、今の試合ではどんどん積極的に攻めていた。

 ただその攻撃も、遊佐くんには通用しなかった。というより、相手以上に遊佐くんが攻めていたというべきか。

 攻撃は最大の防御というが、スマッシュをコートの前方でプッシュで返した時はなんだそりゃ、と大声が出そうになった。

 

 兵藤さん程の威力はないがスマッシュは強力だし、だからといって守備が弱い訳でもない。相手の怒涛の攻撃を拾い続け、粘った末に出来た隙を突いての得点、というのも多く目立っていた。

 攻守において隙が無い。ただ、それだけじゃない気がする。根拠はないけど…、遊佐くんの強さはこんなものじゃないという予感を強く感じる。

 

(…実際に試合してみないと、分からないよな)

 

 映像を見たりこうして観戦をしたり、偵察をするのはとても大切な事だけど、それらで得た情報よりも実戦で得たものが勝る。

 

 試合の方はというと、最後は遊佐くんが相手を振り回し、最後は開いたオープンスペースに打ち込んで21点目を取った。

 ストレートで遊佐くんが勝ち残り、これで次の俺の相手は遊佐くんに決まる。

 

「─────」

 

 遊佐くんが審判から受け取った紙に勝者のサインをして、コートを出た、直後だった。

 不意に顔を上げ、観覧席を見上げた遊佐くんの視線と俺の視線が交わる。

 

 たった一瞬、だけどその間に、遊佐くんが微かに笑ったように見えた。

 

 …どうしてかは分からない。一年同士だからだろうか?

 次の試合、どうしても負けたくないと今この瞬間、胸の中で強く思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 遊佐くんの試合が終わってから、アリーナで行われている全ての試合が終わるまではそう掛からなかった。

 アリーナ中に設置されていたコートの数を絞り、男女の準々決勝の試合数、つまり八個のコートだけが今、アリーナには残されている。

 

 その内の一つに今、俺は立っている。ネットを挟んだ向こう側には、対戦相手である遊佐くんがいる。

 

『これより、準々決勝を始めます』

 

 すでにアップの時間は終わり、サーブ権も決め終え、準々決勝に残った男女合わせて16人がコートに立っている。

 先程のじゃんけんで俺が勝ち、レシーブ権を貰った。つまり最初にサーブを打つのは遊佐くんという事になる。

 

「「お願いします」」

 

 同時に挨拶、礼をしてお互いにラケットを構える。

 

「ファーストゲーム。ラヴオール、プレイ」

 

 審判がコールをした直後、遊佐くんが短くサーブを打つ。

 前へと踏み出し、打球をコート後方、高く上げて返す。それに対して遊佐くんは素早く反応し、()()()()スマッシュで攻めてくる。

 

 厳しいコースで、体勢も万全ではなかったがスマッシュを打ってきた。威力もある。ただ、来ると分かっていればいくらでも対処のしようはある。

 バック側を襲うスマッシュの勢いを殺し、ふわりと上がったシャトルが遊佐くんが今いる場所とは対角線上へと落ちていく。

 

 ただ、これじゃあ決まらない。第一、この程度で決まるとも思っていない。遊佐くんのフットワークなら─────

 

(これくらい拾われる!)

 

 それでもしゃがみながらのショットとなり、スマッシュやドライブの可能性は消える。残るはドロップか、後方へのロビングか。

 

 遊佐くんが選んだのはドロップだった。クロス側へ、角度がついた高精度のドロップを俺は掬い上げ、再度コート後方へとロブを上げる。

 

 再び遊佐くんがスマッシュの体勢に入る。遊佐くんの全身を視界に捉え、腕の動き、体の捻り方、フォーム全てをその目に焼き付ける。

 襲い掛かる強烈なスマッシュ。高い精度も兼ねたスマッシュはコート右側へと突き刺さり、最初の得点が遊佐くんへ入る。

 

(…凄いな)

 

 今のスマッシュも遊佐くんは万全な体勢ではなかった。それでも、ギリギリまで打ってくるコースが分からなかった。

 

(この様子じゃあ、フォームの癖なんて期待しない方が良いな)

 

 万全な体勢でなくとも、綺麗なフォームでスマッシュを打ち切った遊佐くんにあまり変な期待はしない方が良いらしい。

 ならもう、遊佐くんのあのスピードに俺が慣れていくしかない。

 

 そうと分かればもう、試合の序盤にすべき事はハッキリした。いつも通り、相手を観察する。

 

 となれば、試合の序盤は当然遊佐くん優勢で進む事となる。俺も遊佐くんをコート中に走らせつつ得点を取れてはいるが、点差は少しずつ開いていく。

 それでも、試合が進むごとに遊佐くんのスピードに俺も慣れていく。

 

「13-8」

 

 バックドライブが、必死に伸ばしたラケットのすぐ先を通り抜け、コートに突き刺さる。

 遊佐くんが13点目を取り、5点差がついた所で俺は意識を切り替える事とする。

 

 様子見はここまでにして、これからは点を取るためにリスクを負っていく。

 まず前提として、遊佐くんに万全な状態でスマッシュを打たせてはならない。その為には、アウトギリギリのコースを通す精度が必要となる。

 しかし、スマッシュを封じても遊佐くんのドライブは強力だし、コントロールも正確無比だ。

 

(…ドライブで点を取られるのはもうしょうがない)

 

 あれもこれも、全てを封じ込めるなんて無理な話だ。だから、ドライブで点を取られるのは仕方ないと割り切る。

 スマッシュ封じに成功するだけでも、こちらが相当有利な形勢になる。

 

 遊佐くんがサーブを打ち、それを打ち返してラリーが始まる。

 

 基本は短いドロップ、スマッシュを封じるなら当然その球種が中心となる。高く上げるにしても、相手が簡単には追いつけない場所を狙う。

 

 遊佐くんがスマッシュを打ってくるが、体勢が万全ではない分、威力はない。相手のラケットの角度からもコースを読み取り、余裕を持って打球に追いつける。

 

 再度高く上がるシャトル、されどさっきよりは低く、鋭い打球が相手コートへと向かう。

 その打球を遊佐くんはスマッシュする事は出来ず、しかしバックドライブによる速い打球が返ってくる。

 

 俺は、それを狙い打つ。

 今、遊佐くんはこちら側に背中を見せた体勢でいる。あの体勢からクロスへ返球はかなり難しい。

 それでも遊佐くんなら打ってくる可能性もあったが─────俺の読みが当たる。ネットへと詰め、フォアで打球を打ち落とす。

 

「9-13」

 

 得点のコールがされた直後、シャトルを見下ろしながら遊佐くんが目を見開く。

 今のプレーに驚いた様子だったが、すぐに立て直される。上手く振り回され、最後にはオープンスペースにドライブを打ち込まれて次の得点は遊佐くんへ。

 

 しかしその次の得点は、遊佐くんの猛攻を凌ぎ切った俺が最後にチャンスボールを勝ち取り、スマッシュで捥ぎ取る。

 

 その後は一点ずつ、遊佐くんが技ありのドロップで、俺がドライブで力づくに奪い取り、11-15と4点差と5点差を行き来しながら試合は続く。

 

 リスクを負いながらのプレーに切り替えてから、点差が広がる事はなくなったが縮まりもしない。

 最悪、この一ゲームを取られても構わないが、このまま点差を縮められないまま取られては次のゲームに響く気がする。

 何とか第一ゲームの中で、何かしらの突破口を切り開きたい。

 

「17-12」

 

 だが、それを遊佐くんがさせてくれない。

 万全な体勢ではなかった。それでも、連続でスマッシュを受け続けた俺の守備に綻びが生まれ、やがて開いたオープンスペースに緩急がついたドロップが襲った。

 ラケットは届かず、17点目を献上。

 

 このままやられっぱなしになってはいけない。そうは思うものの、こちらを勢いづかせる流れを持たせてくれない。

 

(強い…!)

 

 ラリーの中でこちらが優勢となり、スマッシュとドロップの緩急で遊佐くんをコート前方へ引き摺り出し、最後はコート後方へのロビングで得点。

 

 シーソーゲームはまだ続く。せめて…せめて、このゲーム中に連続得点を奪いたい。そのためにはどうすればいい─────?

 

(左…!)

 

 ラリーの中、遊佐くんがフォアドライブを打とうとする。遊佐くんの体勢とラケットの面から、左へ打ってくると読んでリアクションステップから左へと踏み込む。

 

「─────」

 

 その直後、遊佐くんのラケットの面がずれる。

 何が起こったのか、理解する前に、遊佐くんのフォアドライブが俺が踏み込んだ方向とは()()コースへと打ち込まれた。

 

「は?」

 

 口から突いて出る呆けた声。

 今、完全に遊佐くんは左へ打ってくる体勢だった。ラケットの面の角度も、間違いなく左を向いていた。それが、俺がステップをした直後にコースを変えてきた。

 

「─────」

 

 嫌な汗が噴き出す。

 あり得ない、と叫びたい衝動をギリギリの所で抑え込む。

 

 今のがまぐれや偶然ではなかったとしたら─────遊佐くんは、相手が動いたのを見てから打つコースを変える事が出来る。

 それは、相手が打つ前にコースを限定して動き、守備範囲を広げる俺にとっては天敵といってもいい。

 

(まずい…)

 

 それまでの遊佐くんのプレーすらまだ攻略できたとはいえないのに、それに加えてまた新たに考えなくてはならない要素が出てきた。

 

 更に、このゲーム中に一度でも取りたかった連続得点をまたも遊佐くんに奪われてしまう。

 

(どうする…!?)

 

 遊佐くんのサービスからプレーが再開し、激しいラリーが始まる。

 

 さっきのように逆を突かれる事を警戒し、リアクションステップを一時的に封印する。ただそれでは俺の守備範囲が狭まり、結果遊佐くんのスピードに次第に追いつけなくなっていく。

 結果、チャンスボールを遊佐くんへ献上し、万全の体勢からのスマッシュが右側コートのラインぎりぎりに決まる。

 

 これで遊佐くんに三連続で得点を奪われた。この試合初めての三連続の失点。

 それと同時に、20-12と、遊佐くんのゲームポイントを迎える。

 

 手も足も出ない訳じゃない。様々な部分で遊佐くんに上回れているが、ショットの精度という点なら俺も負けていないという自負がある。

 そこを駆使して上手く立ち回り、遊佐くんを誘導してオープンコートを作る事が出来れば、俺にも良い形で得点する事が出来る。

 

「13-20」

 

 ただ、遊佐くんもショットの精度は高い。ただでさえパワーやスピードで負けているというのに、精度でも明確にこちらが上という訳じゃない。

 そんな相手を俺の思惑通りに誘導するなんて、簡単じゃない。

 

(駄目だ─────)

 

 前後上下左右、緩急をつけ合いながらの激しいラリーの中、遊佐くんがハイバックからのドライブを放つ。

 必死にラケットを伸ばしながら打球を追い掛けるが、あともう一歩の所でシャトルが通り抜けていく。

 

「ファーストゲーム、ワンバイ遊佐。21-13」

 

 こんな事を思うのは初めてじゃない。でも、俺がバドミントンに真面目に取り組み始めて─────千夏先輩のあの姿を見てからは、無かったかもしれない。

 

(勝てない─────)

 

 針生先輩が相手の時でも思わなかった。ダブルスだったけど、兵藤さんが相手の時でも思わなかった。

 

 このままじゃ絶対に勝てない。第一ゲームを取り、インターバルへと入る遊佐くんを前に、俺はそう思わされた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





大喜 0 13-21 1 遊佐

ちなみに遊佐くんのフルネームがこの話で出てますが、オリジナルです。
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