大喜君がバドミントンに本気になるのを早くしてみた 作:もう何も辛くない
第一ゲームが終わり、ゲーム間のインターバルへ入る。各々が思うように体を休める時間だが、俺は到底休む気になんてなれない。
水分を一口入れてからは、ただずっと第二ゲームにどう動くべきなのかを考え続ける。
どうすればいい。ずっと、俺の戦い方を磨き続けていた。相手の打つコースを読んで、先回りをする事で守備範囲を広げる。
中学の頃、そのスタイルが花開いて全国出場決定戦まで勝ち進めた。高校に入ってからは地区予選で優勝し、針生先輩にもそのスタイルで勝ちを捥ぎ取った。
今日の試合でもこの準々決勝まで勝ち残る事が出来た。俺がやってきた事は、間違いじゃなかった。
その筈なのに。
(…何も思いつかない)
二つのパターンを考えた。
まず、今のスタイルを変えずにいく事。遊佐くんの逆を突くフォームに慣れて、それすらも読めるようになる。
いつ、それを成せるようになれる?大体、逆を突くスタイルを披露される前ですら劣勢だったというのに、どれだけの時間を掛ければ─────まず、可能かどうかすら疑わしい。
第一の案は却下。ならば、今のスタイルを封印する。遊佐くんのフォームやラケットの面ではなく、打球が放たれたのを見てから動く。
それは、第一ゲームの終盤ですでに実行済みだ。しかし結果は散々。俺は遊佐くんに逆を突かれてから一点もとれず、四連続得点を許して第一ゲームを取られた。
…駄目だ。遊佐くんのコースを何らかの方法で限定しなければ、どうやったって勝利へ繋げる事は出来ない。
そのための今までの練習、努力だったというのに─────俺が動いてから逆を突かれてはどうしようも─────
(…動いてから逆を突く?)
「2番、20秒。2番、20秒」
インターバルの終了が迫っている事を審判がコールする。インターバルが終わるまでにコートへ入らなければ失格となる。
すぐにラケットを握り、コートへ戻る。
(…迷う余地なし。何もしないで負けるよりはいい!)
遊佐くんは俺よりも早くコートに戻っており、すでに準備万端といった様子だ。
俺もそれに続き、いつ試合開始のコールをされてもいいように、深呼吸をして気を落ち着かせる。
「セカンドゲーム。ラヴオール、プレイ」
第二ゲームが始まる。サーバーは第一ゲームを取った遊佐くん。
ずっと変わらない、短いサーブで俺を前へと引き摺り出す。
ラリーはお互い、ネット際へ落とすドロップの打ち合いから始まる。やがて遊佐くんがドロップを掬い上げ、コート後方へと打ち上げる。
スマッシュは無理。ハイバックでのドライブをクロス側へ打ち込む。
遊佐くんはそれに反応し、俺のドライブをバックドライブで返してくる。
(ここだっ!)
それに対して、俺は遊佐くんがスマッシュを打ち込めるかどうか、ギリギリの範囲を狙ってロブを打ち上げる。
コート後方、左角。遊佐くんが打球を追い掛ける。かなり際どいコースで、人によってはリスクを嫌って繋げてくる所だが─────遊佐くんなら狙ってくる。
意識を集中、遊佐くんのフォーム、目線、ラケットの角度をしっかりと見極める。シャトルがラケットに当たる直前に両足を浮かせて─────左足で着地して右へと飛び込む。
「─────」
その動きを、遊佐くんは見ている。第一ゲームの時と同じように、遊佐くんのラケットの面の角度が突如変わる。
俺のフォア側へ向いていた面がバック側へ、俺が動いた方とは逆の方向へスマッシュが打ち込まれる─────前に、俺は右足で切り返し、左側へと跳ぶ。
「!!?」
遊佐くんの顔に驚きが浮かんでいたのを見る事は出来なかった。動きがワンテンポ遅れた分、余裕がない。
それでも俺は、逆を突いて来た遊佐くんのスマッシュに追いつき、クロス側へと勢いを殺した打球を入れる事が出来た。
その打球に遊佐くんが追いつく。ただ、ギリギリ、体勢的に同じく前へ落とすか後ろへ掬い上げるしか今の遊佐くんは出来ない。
ラケットの面は右を向いている。俺は右へとステップして、先程と同じようにすぐに左へ切り返す。
俺の読み通り遊佐くんは左側へと打ってきた。後は前後どちらに打ってくるかだが、左右のコースを読めているなら、それくらいは打たれてからでも充分追いつける。
ネット際へと落ちようとするシャトルに追いつき、バックでプッシュして打球を落とす。
到底遊佐くんが追いつける筈がなく、最初の得点が俺に入る。
「っしゃぁっ!」
久しぶりに…本当に久しぶりに、こちらが主導権を握った状態で得点できた事についガッツポーズが出てしまう。
それくらい、これまでの試合展開が苦しかった。だけど、苦しんだ甲斐はあったと思う。
勝機を掴んだ、とまではいかずとも、突破口が見えてきたといっていいだろう。
ガッツポーズをする大喜を、遊佐はじっと見つめていた。
今、自分は何をされたのか、想像はつく。だが、それを確かめるために遊佐はもう一度、同じ展開を続ける事にした。
先程得点した大喜からサービスが始まる。短いサーブからラリーが始まり、やがて遊佐はスマッシュのチャンスを得る。
(わざとだ)
打たされている。そう分かっていても、遊佐は打球に追いつき、スマッシュの体勢を取る。
狙うは左側、ラケットの面を左側へと向けて─────それを見た大喜が左側へと動いたのを見て、遊佐は狙いを変える。
スイングスピードを落とさぬままラケットの面を右側へと変え、ラケットを振り下ろす。
大喜が動いたのを見てからコースを変える。これで間違いなく、大喜の逆を突けた─────筈だった。
(やっぱり、この人…!)
遊佐は、自分が打ったコースへとすでに追いつこうとしている大喜を見て、自身が立てた仮説が正しい事を確信する。
大喜が取った行動は極めて単純だった。大喜が動いたのを見てから逆を突く。なら、実際に動いて逆に打たせてやればいい。
何しろ遊佐は、
(やっぱりこの人、面白い)
後方へと追いやられ、前方へ打球を落とされて遊佐は連続失点を喫する。
昨日のダブルス、兵藤・館山ペアとの試合を見た時から予感はあった。この猪股大喜という一年生は、他の人とは違う何かがある、と。
第一ゲームが終わってすぐはこんなものか、と失望しかけたが、インターバル中の大喜の顔を…まだ諦めていないその目を見て、そしてこの二本のプレーを見て、予感は確信へと変わる。
この人とは
試合は続く。早くもこのゲームで三本目のサーブを打つ大喜。しかしそのサーブは、今までとは違い、高く打ち上げられる。
何か考えがあるのか、それともただ目先を変えてきただけか。どちらにしても遊佐のする事は変わらない。
高く打ち上がったシャトルをスマッシュで打ち返すべく構える。
こちらが逆を突いてくるのを読んで動いているのなら話は簡単だ。
要するに、大喜が動いた方へと打てば良いのだ。大喜は動いた後に逆の方へと動き直すのだから、最初に動いた方へと打てば得点はこちらに入る。
ラケットを振り始める。初めの狙いは左側。それは向こうにも分かっている筈だ。
(動け)
さあ、どちらに動く。遊佐のやる事は一つ、動いた方へとあえて打つ。そうすれば、相手は直後に逆を突かれるのを警戒してステップを切り返し、結果自分のスマッシュをスルーする事となる。
確かに最初は驚いた。逆を突かせ、それを狙ってくるなんてあまりに大胆な策だ。
だが大胆だからこそ、攻略は容易。これで相手の反撃もここまで─────とまでは思わないが、このポイントで一旦の収束を見せる筈だ。
(まだ─────)
そう、その筈だった。
目の前で未だ動こうとしない大喜を目の当たりにするまでは、遊佐はそれを疑っていなかった。
(動かない─────!?)
右か、左か。どちらかに動くと思っていた大喜は全く動かず、遂に遊佐のラケットがシャトルに当たる。
動揺、戸惑い、それらの雑念は集中を乱し、同時に精度を著しく狂わせる。
遊佐という選手を知っている者なら、信じられない光景がそこにはあった。
あまりにイージーな、スマッシュを遊佐がネットに掛けるという、信じられないミスを犯す姿がそこにあった。
よし─────よし!よしっ!!
サービスレシーブでミスをし、呆けた表情をする遊佐くんに背を向け、内心で激しく雄叫びを上げる。
一点目、二点目を奪うために取った策。遊佐くんの虚を突けると思っていた。ただ、長くは通用しないとも同時に考えていた。
だからこそ三点目、あえて動かずに待った。遊佐くんなら、更に逆を突こうと、俺の動きを今まで以上に注視すると読んで、その場で動かず遊佐くんが打つのを待ち続けた。
正直、相手のミスは出来過ぎだ。遊佐くんの動揺を誘い、こちらに有利な状況を作ってラリーをするつもりだったけど─────まさかネットに掛けてくれるとは。
つまり、さっきまでの手は、それ程までに効果的だったという事だ。
(でも…、もう通用しそうにないな)
初っ端からの三連続得点、これ以上ない滑り出しといっていい。だが、問題はここからだ。
何しろ、第一ゲームから課せられた課題は何も解決していない。奇襲によって相手の視線を逸らし、得点を奪えたが─────遊佐くん有利な状況には変わらない。
俺はあの遊佐くんの逆を突くショットを攻略出来ていない。遊佐くんのスピードに対応出来ている訳でもない。
前者に関しては封じつつあるといってもいいが─────後者に関しては別だ。結局そこに対応していかなければ、逆を突くショットを封じてもいずれ追い詰められる。
(…それでも、三点の猶予は貰えた)
様子を見る余裕なんてない。しかし今、俺には三点のリードがある。
(逃げ切ってみせる)
取られたら終わりの第二ゲームは、序盤、俺がリードする展開で進む。
3-1
4-1
二点差と三点差を繰り返すシーソーゲームの中、俺は必死に遊佐くんのスピードに追いすがる。
7-4
8-4
リアクションステップは封印する。遊佐くんがどっちに打ってくるか分からない現状、二分の一の賭けをし続けるなんてあまりにリスクが大きすぎる。
それなら、逃げ切りを図りつつ遊佐くんのスピードに慣れていく、こっちの方針を取る方がよっぽど建設的だ。
10-7
10-8
「っ─────」
「しっ!」
遂に遊佐くんに連続点を許し、保ち続けていた三点差の均衡が崩れる。でもまだリードはある。
少しずつだけど、遊佐くんのテンポにも追いつけるようになってきた。リアクションステップを使わなくても、ラリーの中で俺が有利の展開に持っていけるようになってきた。
前後左右、緩急の付け合い、速いテンポでのドライブの打ち合い。様々なラリーの中で、遊佐くんのレベルの高さを見せつけられる。
(…呑気にインターハイに出るなんて言ってた自分を殴ってやりたいな)
針生先輩に勝って、もしかしたら、なんて気持ちがあった自分。
兵藤さんとの実力の差を目の当たりにして、凹んでいた自分。
今までの全部を、振り払う。
(このレベルを…遊佐くんを越えないと、インターハイには出られない…!)
16-14
16-15
一点差。だけど、間違っていない。今、自分がしている事は絶対に間違っていない。その自信はある。
追いつける。第一ゲームでは追いつけなかった打球に、展開に、追いつけるようになった。
17-15
点は取れる。それも、苦し紛れではなく、自分の理想とする展開を通しての得点だ。
第一ゲームの時とは違う。試合が始まった時とは違う。
遊佐くんのプッシュに飛び込み、打球を強く叩く。
俺の打球は遊佐くんのバック側を抜けていき、床へと落ちて俺の得点となる。
「よしっ!」
拳を握り、自分を奮い立てる。
久しぶりの連続得点、これで再び点差は三点に広がる。
18-16
しかし相手も冷静だ。点差が広がっても動揺する事なく、淡々と取り返してくる。
第一ゲームを先に取っているという余裕なのか─────いや、違う。これが俺にない遊佐くんの強み。
負けるかも、なんて微塵も考えてないんだ。もし第一ゲームを取っていたのが俺だったとしても、この人は変わらず自身のパフォーマンスを披露し続ける。
それだけの強いメンタルを、この人は持っている。
18-17
またしても連続点を奪われ、再び差は一点に。
どれだけ突き放しても追い縋ってくる。
このゲームをわざと落として、次のゲームに向けてスタミナを温存─────なんていう考えは微塵もないらしい。
「くっ─────!」
俺が高く上げた打球に対し、遊佐くんがスマッシュの体勢を取る。それを見て当然スマッシュを警戒する─────俺を嘲笑うように、遊佐くんは優しくネット際へと打球を落とす。
すぐに前へと詰め、ラケットを伸ばすが、間に合わない。
伸ばしたラケットのすぐ先で、シャトルは無情にも床へと落ちる。
18-18
三連続失点を喫し、同点に追いつかれる。
だけど、俺自身意外に思う。案外、ショックではない。情けない話、覚悟はしていたから。
それに追いつかれたってやる事が変わる訳じゃない。何故なら、俺がしている事が間違っている訳じゃないから。
追いつかれたのはただ、遊佐くんのプレーが俺のプレーを上回っていたから。
とはいえ、追い詰められているというのが変えようのない現実。
このゲームで俺がしてきた事に間違いはない─────が、このままではまずいのも事実。
それならば、する事は決まっている。
遊佐くんの短いサーブ、俺もそれを短く返して始まるラリー。
短い打ち合いから先に抜け出したのは遊佐くん。高く上がった打球を追い掛け、フォアドライブでストレートを狙う。
遊佐くんはそれをバックドライブでクロスへと返し、俺は更にそれをフォアドライブで返す。
速いテンポのラリー、それを嫌ったのか、遊佐くんはシャトルを打ち上げテンポを下げる。
バック側へ上がったロブをフォアで回り込み、スマッシュで攻める。
初弾のスマッシュはボディを狙うも、遊佐くんはそれに反応し、余裕を持って返される。しかし正面の打球の勢いを殺す事は出来ず、代わりに今いる場所の逆側、フォア側後方へと高い打球が上がる。
俺はその打球を再度スマッシュで狙う。
次弾のスマッシュは遊佐くんのフォア側へ、打ったと同時にネットへ詰める。
その動きを遊佐くんの視線が捉えていたのを、俺は確かに視認した。
これは賭けだ。遊佐くんがこの動きに対して逆を突いてくるか、それとも動きの切り返しを警戒して素直に前へ打ってくるか。
罠は張るつもりだ。それでも成功するかどうかは分からない。それでも、ここで更にリスクを負わなきゃ、遊佐くんには勝てない─────!
コートの中央まで来た瞬間、俺は一瞬動きを緩める。それを遊佐くんが見たのを確認してから、再び前へと動く。
(来、た─────!)
直後、相手のコートからふわりと優しく、前への打球が返ってくる。
打球が放物線を描き、頂点から落下する前に─────相手のコートへと叩き落とした。
18-19
大喜のプッシュが決まり、失点を喫した遊佐は、床に落ちたシャトルを拾いながら今の一連のプレーを思い返していた。
遊佐の短いサーブから始まったラリー。途中、速いテンポとなり、それを嫌がった遊佐が高く上げて速まったテンポを緩める。
そこからの大喜のスマッシュ二連打。一打目はボディに、二打目はフォア側へ。
問題は二打目のスマッシュ、その直後の大喜の動きだった。遊佐が打つ前に大喜が動き出す。
いや、動くだけならば別に何という事はない。コートの中央へと戻る動きは、どの選手も当たり前のようにする。
だが大喜の場合、そのままネットへと詰めていく、そんな勢いで動き出したのだ。
咄嗟に遊佐は、大喜にドロップを読まれたと直感した。現にこの時の遊佐は、大喜のスマッシュの勢いを殺し、ネット際へ落とそうとしていたのだから。
しかし同時に遊佐の脳裏に過るのは、第二ゲームの序盤で見せた大喜の動き方だった。
遊佐が逆を突いてくるのを読んだ上で、フットワークを切り返す。
まさか今回も、と遊佐の頭の中でその可能性が過ってしまう程には、あの動きは衝撃的だった。
大喜に三点目を献上してしまった時のような無様な真似を晒すつもりはない。かといって、警戒をしない訳にもいかない。
遊佐の目は大喜の動きを話さず見ていた。
当然、大喜がコートの中央付近で動きを緩めたのも、遊佐の目はしっかりと捉えていた。
大喜は自分が逆を突いてくると読んだ。先程の動きを見てそう判断した遊佐は、素直に打球を前へと落とした。
それが、大喜の罠の内だとも知らず。
(動きを緩めたのは、俺にドロップを打たせるよう
拳を握る大喜を見ながら舌を巻く。
あのラリーの中でそこまで考え、組み立て、実行するその能力。
(
自分にはない力を持つ同学年の強敵に、遊佐は微かに笑みを零す。
楽しい。
追い詰められつつあるというのに、そう感じてしまう。
大喜が構え、遊佐も構える。
互いの思惑が入り交じり、熾烈を極めた第二ゲーム。
最後まで激しいラリーが続いた第二ゲームは、21-19で大喜が取り、最終ゲームへと移る事となる。
次回で決着の予定です。