大喜君がバドミントンに本気になるのを早くしてみた 作:もう何も辛くない
ちょっと遅くなりました。
というか話が…話が進まない!
ふわりと上がるシャトルを視認、落下地点へと最短距離で入る。
ネットの向こう側、相手の立ち位置を確認。コート中央でどちらに打球が来ても対応できる位置に立っている。
こういう時、相手が反応できない威力で打ち抜ければいいんだけど無理だから─────俺なりにスマッシュに工夫を加える。
「ふっ─────!」
体の向きはクロス側に、しかし打つ寸前に手首を捻ってラケットの面の向きを変える。相手は限定されるが、俺のように相手をよく見るタイプにはこの打法は効果絶大だ。
まあ─────
「ほっ!」
今、俺と打ってる先輩みたいにとにかく反応が速い人にはあまり効果はない。こういう人って相手のフォームを細かく見たりしないから、フォームのフェイントはほぼ効かない。
とはいえ、コートギリギリを狙ったスマッシュは威力が足りないが体勢を崩すには充分で。俺が打った方とは逆には大きくオープンスペースが開く。
当然、先輩は開いたスペースをカバーすべくすぐに足を動かし戻ろうとする。俺はそんな先輩の足元を狙い澄まし、ラケットを振り抜く。
「う、おっ!?」
大きく開いたスペースを狙われるとばかり思い込んでいたのだろう、足元に打ち下ろされるシャトルに反応が間に合わず先輩は慌ててラケットを伸ばすも届かない。
先輩の股の間でシャトルはバウンドし、抜けていく。
「かぁ~っ!くそっ、大喜!もっかい!今度こそ粘り切る!」
「先輩、もう休憩の時間ですよ。俺雑巾濡らしてくるんで」
「あっ、勝ち逃げすんなっ!」
練習のアンコールは望むところなのだが、練習に参加させて貰っている身としてただ練習だけをする訳にはいかない。
後輩として、練習をしながら同時に雑用も熟さなくてはならないのだ。
先輩の誘いを躱し、コート脇それぞれに置いてある雑巾を集め、アリーナを出て水飲み場へと向かう。
蛇口を捻って水を流し、冷たい水に耐えながら全ての雑巾を濡らして絞る。
雑巾の準備を終えてから軽く水分補給、水を飲んでその場から離れる。あまりのんびりしていては休憩が終わってしまう。
小走りでアリーナへと戻ろうとして─────非常口の外に立つその人を見て足を止めた。
─────千夏先輩…と、女バスの監督?
そこに立っていたのは千夏先輩と女バスの監督。二人は向き合い、千夏先輩の表情から何か真剣な話をしているのが窺える。
どうしたんだろう。監督と話しているのだから、部活についての話をしているんだろうが─────
「何見てんの」
「うおっ」
何かつい最近も同じ事があった気がする。
突如背後から誰かに声を掛けられ、驚きながらびくりと体が震えてしまう。
「ひ、雛!」
「あれは…千夏先輩?」
振り返り、背後に立つその人、雛を見つける。雛は今立っている場所からでは見えなかったのか、ひょこっと俺の背後を覗いて、外で女バスの監督と話す千夏先輩を見つける。
すると見る見るうちに雛はにま~っと悪戯気な顔になると、俺の方に掌を乗せた。
「高望みはいかんよ」
「だから違うって。…深刻そうだなって思ってただけだよ」
「強がらなくていいって。分かってるから」
「いや、マジでお前勘違いしてるから」
面倒な事になった。こうなった雛の勘違いを正すのは本当に面倒臭い。
ただ、他人にそういう事を言い触らすような奴じゃないから慌てて正す必要もない、と、思う。
今は部活中だし、勘違いを正すのは後にする。
「それより休憩終わるから戻る」
「あっ、私も行く!」
「雛も休憩?」
「そ。休憩してたら良い気分転換できそうなの見つけて」
「俺は玩具かっ」
雛と軽口を叩き合いながらアリーナへと戻る。なお、戻った瞬間休憩時間は終わってしまったのだった。
「おつかれー」
「おう、おつかれ」
「おつかれさまです」
先に帰り支度を終えた先輩二人が振り返り、まだ残ってる俺達に挨拶をしてから部室を出ていく。
今日も今日とてきつい練習を終え、流した汗の処理をしてから俺も帰る準備を進める。
ラケットはすでに鞄の中に、授業で使った勉強道具も別の鞄に入れてあるし、後は─────あ。
「なに、忘れ物?」
「おう。先に「先帰ってるわ」…」
何かね。最近、匡と俺は本当に友達なのか疑わしくなってきたよ。こいつ流石に冷ややかすぎない?
別に今に始まった事じゃないし、友達同士だからこそ遠慮なしに自分を出せてるんだと思うけれども。
身支度だけ済ませ、恐らく体育館に忘れてきたであろうタオルを取りに行く。
冷え込む夜の帳の中、体育館の入り口から漏れるアリーナの明かり。まだ開いてた事にホッと安堵しながら、まだ中で誰かいるのかと不思議に思いながら中を覗き込む。
ふわりと舞い上がるボールが放物線を描き、リングに触れることなくネットを潜る。
綺麗なシュートに目を奪われていた俺は、たった今そのシュートを撃った張本人に目を向ける。
「いのまたたいきくん」
体育館に入った俺に気付いたその人─────千夏先輩が名前を呼ぶ。フルネームで。
「まだ練習してたんですか。オーバーワークは良くないですよ」
体育館の中にはもう千夏先輩以外は誰もいない。居残り練習するのはいいが、やり過ぎるのも良くない。
「練習で納得いかないプレイがあって。それに─────」
千夏先輩の口から出てきた返事の内容にまあ確かに、と内心同意しながら、直後に続く返事の続きに耳を傾ける。
「今は少しでもボールに触っていたいんだよね」
「…?」
千夏先輩の返事の続きにほんの少しの違和感を覚える。
練習で納得いかないプレイがある、と言った時はこう、その言葉が胸にストンと落ちたというか、とにかく何の違和感もなく理解できたのだが、今のは─────上手く言い表せないけどとにかく違和感を覚えた。
何か急いでいるような、そんな感じ?
「…でもやっぱりオーバーワークは良くないです」
「…そう、だね。うん。じゃあ、ここまでに─────」
「なので千夏先輩。俺と1on1しましょう」
「─────へ?」
背負っていたリュックを下ろしながら言った俺の台詞に千夏先輩が目を丸くする。
「練習で納得いかなかったプレイをここで、俺にぶつけてください。そんで今、先輩が抱いてるモヤモヤをスッキリさせてから帰りましょう」
「…」
「…中途半端で終わるのも嫌でしょう?」
オーバーワークは良くない。しかし、中途半端な所でブレーキを掛けても精神衛生上良くないものだ。俺も何度か経験ある。その度に匡に時に止められ、時には今の俺みたいな事を言って妥協点を提示してくれたりして。
今の千夏先輩の立場にいた当時の俺にとってどっちが良かったかというと、勿論後者だ。なので、俺も同じ事を千夏先輩にしてみた。
「…うん。しよう、1on1」
ニッコリ笑いながら頷く千夏先輩。
そんな千夏先輩に俺は不敵な笑みを向ける。
「おっと。バド部だからって甘く見ないでくださいよ?これでも小さい時は母にバスケを叩き込まれ、周囲のママ友達からは天才バスケット少年と呼ばれて─────」
「ゼェゼェゼェゼェゼェゼェ…ッ」
元天才バスケット少年(笑)は栄明学園女子バスケ部次期エースに一蹴された。
一度も抜けませんでした。一度も止められませんでした。ロールからシュートへの移行早すぎない?フェイント見抜いて何とかついてけてもそこから切り返し、シュートへの流れが速すぎてもう駄目。
オフェンスなんて俺、一度もシュート撃てませんでしたけど?何なの?この人実は未来が見えてたりする?
いや、俺と千夏先輩の実力差が掛け離れすぎてるせいなんだけど。
「大丈夫?」
「は、はい…。少し休めば落ち着くと思います…」
情けねぇ。これでも運動部でバリバリ練習してんのに。
これがバドだったら話は別なんだろうけど、やっぱいつもはしない動きを続けると疲れるな。
「昔バスケしてたんだっけ?いい動きしてたよ」
「…母親が元バスケ部で。今でも強制的に一緒にやらされたりしてます」
「…天才バスケット少年、だっけ」
「それは忘れてください」
やめてやめてやめて。つい十数分前に新しく追加された黒歴史を弄らないで。
必死こいて言葉だけでなく目でも訴えると、何か琴線に触れたのか、千夏先輩が一瞬の空白の後に笑い始めた。
「はっ…はぁ…。うちもね、お母さんがバスケ部だったんだ。ミニバス入る前から一緒にバスケしてたんだよね」
笑いを落ち着かせた後、千夏先輩はボールを突きながらそう言い、そしてシュートを撃ってからこちらに振り返る。
「バスケしようとは思わなかったの?」
「…チームプレーが、向いてないみたいで」
「…ごめん」
脳裏に蘇る当時の光景。
張り切り過ぎて周囲が見えなくなりボールを持ちまくる。一人で突っ走った結果数人で囲まれあっさり止められる。
チームメイトからは…いや嫌われてた訳ではないけど、まあバスケに関する事になると一線引かれるようになって、そこで自分にはバスケは向いてないって悟った。
でも、そこですっぱりバスケを諦められた理由はそれだけじゃない。
「それに、好きなんですよ。バドが」
「え?」
「俺の思い通りに相手を動かして思い通りに羽根をノータッチで打ち抜けた時とか最高ですし、こう、コートに立ってると全責任が自分にのしかかってる感じがするんですよ。あの緊張感が楽しくて」
バドをバスケ以上に愛するようになった。だから、未練なくバスケから離れられた。バスケ以上にバドに熱中出来たから、今も本気で、どんなに苦しくても練習を続ける事が出来る。
「…君ってSかMか分からないね」
「?俺はノーマルですよ?」
この人は何を言ってるんだろう。今の言葉の意味はよく分からなかった。
「でも、そっか。だからあんなに熱心に練習してるんだね」
「…先輩に言われても」
「せっかく褒めたのに!」
少しムッとした表情になる千夏先輩。
怒らせてしまったかな?でも、今の台詞を千夏先輩に言われてもな。
だって─────
「だって、俺がバドに本気に向き合うようになった切っ掛けは千夏先輩ですから」
「え?…私?」
千夏先輩の表情がムッとしたものから今度は呆けたものに変わる。
そんな千夏先輩を見上げながら、頭の中で当時の光景を呼び起こしながら、俺は続ける。
「千夏先輩、中学のバスケ部を引退した翌日も練習してたじゃないですか。泣きながら、すっごく悔しそうにしながら、何回も何回も同じ場所からシュートを撃ち続けて」
その姿を見て、俺は思ったのだ。
「俺もこういう風になりたい。こうやって悔しがれるくらい頑張って、そしたら…どんな景色が見られるんだろうって思ったんです」
そう思ったその日から、俺は一年間、俺なりに本気でやってきたつもりだった。
その結果、まだまだこの人には敵わない事を思い知った訳だけれど。
─────それでも…少しは近付けたのかな?
去年から今年に掛けて努力し続けた過程を思い出しつつ、千夏先輩の方を見る。
「─────」
「…千夏先輩?」
「…────」
今、千夏先輩が何かを言った気がした。が、その声は小さく俺の耳まで届く事はなかった。
「あの、今何て─────」
千夏先輩が呟いた言葉が何なのか、聞こうとした。
だって、気になるから。今の千夏先輩の表情がどういう感情から来るものなのかさっぱり分からない。
羞恥とも違う。喜びとも違う。不快を感じているようには見えなかったし、なら今、千夏先輩はさっきの俺の言葉に何を感じたのだろう。
そう思い、千夏先輩に聞こうとしたのだが─────
「おーい。お前らそろそろ帰れよー」
その矢先、入口の方から男の教師が顔を出し、まだ体育館に残っている俺達に帰るよう呼び掛けてくる。
教師からの呼び掛けに二人そろって返事を返してから、千夏先輩が辺りに散らばったボールを片付け始め、遅れて俺も片付けを手伝い始める。
二人でボールを拾い集めたのだから片付くのも早い。数分と経たず周囲に散らばったボールの殆どは片付けられ、残るはコートの中央付近に落ちた一個のみとなった。
落ちていたボールに近付き、しゃがんで手を伸ばす。
「っ─────」
ボールに触れたと同時に、小指に何かボールとは違う冷たい感触が触れた。
その感触が千夏先輩の指だと気付いたのは、いつの間にか目の前にいた先輩の顔を見た直後だった。
「あ…」
「ありがとう」
手を触ってしまった。その事を謝ろうとした瞬間、先輩は笑顔を浮かべてお礼を言ってきた。
そのまま先輩はボールを持って籠の方へと行ってしまう。
「私、ボール片付けて来るから。君は帰ってていいよ」
「…分かりました。それじゃあ、お疲れ様です」
「うん、お疲れ」
先輩は最後にもう一度俺に笑顔を向けてから振り返り、体育倉庫へとボールが入った籠を片付けに行く。
そんな先輩の後姿を眺め、先輩の姿が見えなくなってから俺はようやく立ち上がる。
いつまでもここに居たら、先輩が戻ってきてもまだ俺がいたらおかしく思われてしまう。
早く帰ろう。着替えるのは面倒だし、今の着姿の上から上下の上着を身に着ける。下のズボンが少しきついが、動いても問題なさそうだ。このきつさも家に着くまで我慢できないって程でもないし。
壁際に置いといた鞄を持ち上げ肩に掛け、外に出る直前に一度振り返る。
先輩はまだ倉庫から戻ってこない。ここで戻ってきたら、もう一度挨拶をするつもりだったけど。いないのなら仕方ない。
挨拶はもうさっきしたんだし、このまま帰ろう。
普段よりもやや遅い歩調で、校門へと足を向けた。
「…はぁ~、ビックリした」
倉庫の中、いつもの位置にボールが入った籠を置いてから大きく息を吐く。
「まさか、見られてたなんて…」
思い出すのは一年半前、私が中学三年の時。
最後の大会、勝てば全国大会出場が決まっていたあの試合。私が最後、シュートを外して負けてしまったあの試合。
悔しくてしょうがなくて、負けたその日は朝まで泣いて、次の日も体を動かしたくて仕方なくなって向かった体育館で、シュート練習をしながらまた泣いた。
そんな私の姿をあの男の子─────いのまたたいきくんに見られていた。
「…うん。決めた」
でも、彼のお陰で今、私はその時の悔しさを思い出す事が出来た。
やっぱり私は、
それでもダメだったら─────諦めよう。でも、何もしないで諦める事だけは絶対にしないと、私は決めた。
「いのまたたいきくん、か」
朝、体育館前で彼が首に巻いていたマフラーのタグに書かれたその名前を見た時から、何故か既視感を覚えていた。
その理由をようやく思い出した。クラスで針生君が話していた。今、部活の練習に参加している中学生に凄い奴がいる、って。針生君は猪股って苗字しか語っていなかったけれど。
『だって、俺がバドに本気で向き合うようになった切っ掛けは千夏先輩ですから』
時期としては重なる。無名だった彼が私のあの姿を見てから意識が変わり、本気で練習に取り組むようになって一年後、代表決定戦にまで残るまで強くなった。
「…~~~~」
誰が悪い訳でもない。でも、無性に彼を恨めしく思ってしまう。
だって凄い恥ずかしい。何も私が泣いてる姿を切っ掛けにしなくてもいいじゃんって思ってしまう。
経緯はどうあれ私が彼の頑張る力になれた事自体は、まあ、悪い気はしないけど。
「だからって…あぁ~…っ」
止めよう、もうこれ以上考えるのは止めよう。キリがない。もう帰れって言われたんだし、早く帰ろう。
大きく頭を振って気持ちを切り替えてから、体育倉庫を出る。
出る直前、もしまだ彼がいたら、と考えが過ったけれど、私が倉庫に入ってからもう結構時間が経っている。流石にもう帰ったらしく、彼の姿はなかった。
「…よしっ」
足を止め、一度意気込んでから走り出す。
もう迷いはない。私がしたい事、目指したいものが明確になった今、これからするべき事はハッキリした。
なら、善は急げ。早く帰ってお父さんとお母さんと話をしよう。
それでもし…もし、お父さんとお母さんがいいよって言ってくれたら─────お礼を言おう。
貴方のお陰で、私は本気で目指したいものを諦めずに済んだよ、って。
信じられるか…?三話かけてまだ原作の一話が終わってないんだぜ…?