大喜君がバドミントンに本気になるのを早くしてみた   作:もう何も辛くない

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カッコいいって思うよ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 春休みが終わり、入学式も済ませ、新しい学校生活が始まって未だ数日。

 部活入部が解禁された初日にバド部へ入部届を提出し、春休みが終わってから初めて本格的に栄明高校バド部の練習に参加する事となる。

 

「皆、入学・進学おめでとう」

 

 体育館、バド部の練習スペースに部員全員が集まり、俺達の目の前に立つ監督の話に耳を傾ける。

 

「忙しい時期ではあるが、インターハイ予選が近付いている。来週から部内戦を行い、出場メンバーを決めるからそのつもりで」

 

 そう、入学式が終わってすぐではあるが監督の言う通りインターハイ予選がすぐそこまで迫っている。というより、五月の頭から予選が開催されるのだ。

 入学したからといってそこで一息吐く暇なんてない。さっき監督も言っていたが、来週から試合メンバーを決める部内戦が始まる。そこまでにどれだけ練習期間が少し空いた事による勘の鈍りを取り戻せるか。

 

「なのであまりここで長く話を続けるつもりはない。早速、練習を始めるぞ」

 

 監督の指示に全員が声を合わせて返事をしてから、アップが始まる。

 軽くランニングをしてから準備体操、二人一組作って柔軟体操と入念にアップを進める。

 

「しっかし、ギャラリー多いなぁ今日は」

 

 ふと、匡と組んで柔軟体操をしている最中に近くで同じく柔軟体操をする先輩が話し出す声が聞こえてきた。

 

「部活見学だろ。…まあ、殆どのお目当ては鹿野だろうけど」

 

「─────」

 

 不意に出てきた千夏先輩の名前に一瞬、動きが止まる。そして視線が女バスのスペースの方へと吸い寄せられる。

 

 パスを受け、高速のドライブで一人、二人と躱してシュートを決める千夏先輩の姿がそこにはあった。

 そんな彼女に、体育館に押し掛けた新入生の視線は釘付けになっている。

 

「大喜、痛ぇ」

 

「あ、ごめん」

 

 千夏先輩を眺めている内に無意識に力が籠っていたらしい。下から匡が抗議する声が聞こえてくる。

 

 背中から両手を離すと匡は体を起こし、振り返ってこちらを見てくる。

 いや、見てるというより睨んでるといった方が正しいか。表情の変化は相も変わらず乏しいが、何となく怒ってる気がする。

 

「本当にごめんて」

 

「…どうせ千夏先輩を見てたんだろ」

 

「…」

 

 何故分かった。

 

「いや、違うぞ。変な意味じゃなくて、見学に来た男子皆見てるなって」

 

「ふーん」

 

 興味なさげにこっちから視線を外す匡。その反応からは俺の返答に対してどう思ったかは読み取れない。

 

 本当に違うんだよ。マジで、本当に。変な意味で見てたんじゃないんだよ。

 

「でも今年はもう一人、ギャラリーの視線を集める奴がいるぞ」

 

「え?」

 

 匡が千夏先輩がいる方とは反対の方を向きながらそんな事を口にした。

 その言葉の意味が読み取れず、疑問符を浮かべながら俺は匡が目を向けた方に同じく視線を向ける。

 

 視界で赤い筋が揺れ、その中央で一人の少女が舞う。その舞いは蝶が舞うが如く、その美しさにあらゆる人間が視線を吸い寄せられる。

 

「…マジで普段の雛とまっっっっったく印象が嚙み合わないよな」

 

「それ、本人が聞いたらキレ散らかすから絶対に言うなよ」

 

 一旦振り付けの練習を中断し、コーチにべた褒めされている雛を見ながらしみじみと俺が失礼な事を言うと冷静に匡がツッコミを入れてくる。

 

 確かに匡の言う通り、今の台詞を雛が聞いたらキレ散らかしそうだ。俺自身も雛に失礼だって自覚してるし。

 

「…?」

 

 コーチに褒められ終えたのか、コーチから離れていく雛が俺達の存在に気付く。かと思うと、雛は一瞬足を止めてから方向を変えてこちらに向かってくる。

 

「観覧料二人合わせて四千円」

 

「払えるかっ!」

 

 スペースを区切る網の前まで来た雛はこちらに掌を向けながらそんな事を宣った。

 

「熱烈な視線送ってたくせに」

 

「誰がじゃ!送ってないわ!」

 

「美しいものに目を惹かれる気持ちも分かるよ」

 

「話を聞け!」

 

「自分で言えるその度胸は尊敬する」

 

「匡、雛を尊敬するなんてリソースが勿体ないぞ」

 

「大喜くん、私を何だと思ってるのかな?」

 

 雛の額にぴくぴくと震える青筋が浮かぶ。これ以上機嫌を損なえばさっき匡が言ったようにキレ散らかしそうだからここらで黙っておく。

 

「って、そうだ。お前に構ってる暇ないんだよこっちには。部内戦近いんだし練習しないと」

 

「部内戦?一年も出れるものなの?」

 

「三学年合同だよ。試合メンバー決める大事な試合だし、もう少し構ってやりたいけどここまでな」

 

「大喜くん、キレ散らかしていい?」

 

「駄目」

 

 青筋が更に浮き出す雛を無視して匡と一緒に練習へと戻る。背後から雛が抗議の声を上げているがそれも無視。

 

 部内戦で勝ち続ければいずれ針生先輩と当たる。次こそ、あの人から勝利を捥ぎ取るのだ。

 俺の目下一番身近な目標は、打倒針生先輩なのだから。

 

 アップが終われば先程柔軟体操を行う際に組んだペア同士で軽くラリー練習を行う。

 たった今アップが終わったと言ったが、このラリー練習も殆どアップの一環と言っていい。

 そしてラリー練習が終わると今日のメニューではノック練習が行われる事になっている。

 

 一年生が中心になって次の練習の準備を行う。俺はその中で、辺りに散らばったシャトルを集めていた。

 

「すみません、ボール入ります!」

 

 シャトルを集めている内に壁際へ立ち位置が移ったその時、耳に入ったその声で振り返ると丁度バド部のスペースにバスケットボールが入り込んだ所だった。

 

 足下に転がってきたバスケットボールを拾い、視線を上げる。

 

 ボールを追いかけていた、千夏先輩と目が合った。こちらに駆けてくる千夏先輩の目が僅かに見開き、一瞬足が止まりかかる。が、すぐに止まりかかった足は再び動き出し、ボールを拾った俺の前へとやってくる。

 

「ごめんね。練習の邪魔しちゃって」

 

「いえ。シャトル拾ってただけですし気にしないでください」

 

 一言交わしながら千夏先輩にボールを手渡す。

 

「そうだ。大喜くん、今日部活何時まで?」

 

「?七時ですけど、どうして?」

 

 そのままシャトル拾いを再開しようとすると、千夏先輩が再び口を開き思い掛けない事を聞いてきた。

 特に答えづらい質問でもないし、どうしてと疑問には思いつつも今日の練習が終わる時間を素直に答えるつつ、何故そんな事を聞くのかこっちからも聞き返す。

 

「家の鍵忘れちゃって。今日皆いないって言ってたから」

 

 その質問に千夏先輩は先程よりも声のトーンを抑えながら答えた。

 

 一瞬、こんないつ誰が近くを通りかかるか分からない状況で同居についての話が始まった事に緊張しながら辺りを見回し、近くに誰もいない事を確認してからもう一度千夏先輩の方を見る。

 

「でもよかった。私も七時までだから、今日は「ちー」」

 

 千夏先輩が俺に何かを続けようとした時だった。俺の背後から声がして、そしてその声に反応をした千夏先輩が声がした方に視線を向ける。

 

 ─────ちー?

 

「女バスの方でタイマー余ってない?うちの壊れてさ」

 

「ないと思うけど」

 

 俺の背後から声を上げたのは針生先輩。その針生先輩が見ていたのは千夏先輩で、そして千夏先輩は特に何か怪訝な様子も何も見せず針生先輩と会話している。

 

 ─────ちーって、あだ名?千夏先輩の?

 

 慣れた様子であだ名で千夏先輩を呼ぶ針生先輩と慣れた様子であだ名で呼ばれるのを受け入れている千夏先輩。

 二人は針生先輩が要求したタイマーについて続けて話していたが、内容は全く頭に入ってこなかった。

 

「あの二人、今同じクラスで席も隣同士で、クラス委員にも選ばれたんだと」

 

「クラス委員…知らない単語だ」

 

「文化圏違うからな」

 

 結局タイマーについてどうなったかは分からず、針生先輩が千夏先輩が離れてから俺も一言千夏先輩と挨拶を交わしてから次の練習の準備に戻った。

 

 そして今、ノック練習が終わりその後の一日のメニューも終わって用具の後片付けをしている中、匡とさっきの事について話していた。

 あだ名で呼ぶくらいだ。仲は良いんだろうとは思っていたけれど、まさかそんな青春漫画の主人公とヒロインみたいな事になってるとは思っていなかった。

 

「…」

 

「大喜?」

 

「俺、先帰る。ちょっと用事あるし」

 

 鞄に荷物を入れ終えてすぐに立ち上がる。直前に見た匡の目は少し驚いた様に見開かれていたが、部室を出ようとする俺を呼び止める事はなく、先輩達と挨拶を交わしてから俺は外に出た。

 

 階段を降り、建物から離れようとする。

 

 その前に横目で女バスの部室の扉を一瞥してから、校門の方へと足を向けた。

 

 時刻は夜の七時を過ぎ、もうすぐ七時半になろうとしている。辺りはすっかり暗くなり、周囲には仕事帰りと思われるスーツ姿の大人が歩いているのが視界に見える。

 

 学校を出てから十分ほど、帰り道の途中にある商店街に差し掛かる。

 まだまだ人も多く、買い物客で混んでいる商店街を歩いているとどうしても食べ物のいい匂いが気になってしまう。

 これは─────たこ焼きかな?部活帰りで空腹な今の俺にはこの匂いは最早毒である。

 

 食べたい、が、家では母さんが夕食の準備をして待っているだろうし。…くそ、我慢するしかないっ。

 

「?」

 

 ここで何かを食べるのはまずいと我慢を決意したその時、誰かに左肩を叩かれたため振り向いた。

 しかし、そこには誰もいない。気のせいか、と思ったその直後だった。

 

「引っかかったー」

 

「雛?」

 

 声がした方、右側に振り向くとそこにはしてやったり顔で笑う雛の姿があった。

 

「お前、なんでここに…。家反対だろ?」

 

 俺と並んで歩く雛に問い掛ける。

 そう、雛の家はこっちの方向ではない筈なのだが─────。

 

「有名な整体師さんが東町の方にお店出したらしくて」

 

「あー、それ聞いたわ。俺んちの近くにその店が─────」

 

 雛の返答を聞いて納得しつつ、そういえば俺の家の近くにそんな評判がある店が出来たなーと考えた所で、僅かな戦慄が背筋を奔った。

 

 ─────待て。つまり雛はこれから()()()()()()()()()()って事か!?

 

 これから雛はその店に行くのだろう。それはつまり、雛は猪股家の近くまで来るという事でもある。

 

 ─────もし雛に千夏先輩が家に入っていく所を見られたら…。

 

 あり得ない話ではない。こいつの性格上、もし千夏先輩が猪股家に入っていく所を見たら…あぁ、考えるだけでも恐ろしい。

 それだけは何としても避けなくてはいけない。

 

「おい雛。もうこんな時間だし、閉まる前に早く─────」

 

 もう七時半、早ければ整体の店が閉まっていても可笑しくない時刻だ。

 それでも雛がここにいるという事はまだ閉まるまで時間があるんだろうが。まさか閉店時間を確認せずにこの時間に店まで行こうとはするまい。

 

 …いや、行くかもしれないこいつなら。

 いや行くわ。閉店時間確かめずに店まで行って、行ったら閉まってて店の前で泣く雛の姿が簡単に想像できちゃうわ。

 

 どちらにしても早くお店に行くに越した事はない。そう思って雛に声を掛けたのだが─────

 

「美味しそう…。あ、粒もある」

 

「雛さん?」

 

 近くのたい焼き屋のショーケースに雛はへばり付いていた。

 

 いや、気持ちは分からないでもない。俺だって商店街に漂う食べ物の匂いにさっきまで揺らいでたし、その気持ちは充分に分かるんだけれども。

 

 一応、まだ千夏先輩に追いつかれていないとはいえここでのんびり居座っていたら追いつかれてしまうかもしれない。

 俺が帰る時はまだ女バスの部員は部室から出てきていなかったから、多分俺より先に帰ってるという事はないと思う。

 

「…食べたいなら奢るぞ」

 

「ううん、いらない」

 

「…」

 

 早く雛をここから離して整体に行かせなければ。そのために手っ取り早いのはもうたい焼きを買って食べさせるのが一番なんじゃないかと考え、雛に声を掛ける。

 が、雛は即座に断った。

 

 きっぱりと、キリっとした表情で、涎を垂らしながら。

 

「お前、自分の顔見てみろよ…」

 

 欲望を隠し切れない様子の雛に呆れる。

 

 そんな俺の内心を知ってか知らずか、雛は立ち上がりながら口を開いた。

 

「一日の摂取カロリーオーバーしちゃうし。我慢する」

 

「─────」

 

「糖質がなー。一個四十グラムとしても…今日はもう百十グラムはとってるし」

 

 黙々と今日自分が摂取した糖質やカロリーを計算している雛の姿は、普段俺や匡と絡む雛からはまるで想像がつかない。

 

 知っていた筈だった。雛は凄い奴だって、知っていた筈だった。

 新体操で演技をする雛は何度か見た事あるし、その度に凄いと実感し、今日だって体育館で練習している姿に感心を覚えた。

 

 その後の観覧料請求によって覚えた感心は一瞬にして霧散したけれど。

 

 才能。雛に備わった、常人には持ち得ない天才だけが持てる贈り物。

 だが、それだけで雛がここまでやって来れた訳じゃないと、俺は知っていた筈なのに。

 

「いつもそんな事考えてんの?」

 

「当然でしょ」

 

 努力を努力と思わず、当たり前として片付けてしまう雛のその姿に。

 

「体重が数百グラム増えるだけでも動きが鈍くなるし、それを戻すためにトレーニングするのも勿体ないし、そこから怪我やスランプに繋げたくないし。私、頑張るの得意じゃないから。我慢して済むなら我慢しないと」

 

 雛のその姿に、悔しいと思うと同時にカッコいいと思ってしまう。

 

「…凄いな、お前」

 

「え?なに、急に」

 

「ホント凄いわ。尊敬する」

 

「だからどうしたの、急におセンチになって。たい焼き我慢しただけでここまで褒められるのってちょっと気持ち悪いんだけど」

 

「気持ち悪いとは何だ!」

 

 いやまあ、たい焼き我慢しただけで尊敬されるのは確かに本人としては複雑なんだろうけど、それにしたって気持ち悪いとは心外だ。

 心の底から褒めたというのに。

 

 もう知らん。こいつがこれからどこに寄り道しようと知るもんか。俺は帰らせてもらう。

 

 隣にいる雛から視線を外して正面を見る。

 

「…でも、私も大喜を尊敬してるよ」

 

「え?」

 

 視界の端で走り出した雛が前に出て、そのまま俺の正面へと回り込んだ。

 

「どうしていきなり変わったのか、大喜は話してくれなかったけど。バドと真摯に向き合う大喜の姿勢には私も刺激を受けてたし」

 

 くるり、と回って俺と向き合い、微笑みながら雛は言う。

 

「どれだけ難しくても、相手がどれだけ強くても挑んでいく大喜のその姿勢は、私もカッコいいって思うよ」

 

 何て言葉を返したら良いのか分からない。

 真っ直ぐに向けられた雛のその言葉に言葉が詰まる。

 

「…どうした、雛。急に「あ」…ん?」

 

 何というか、照れくさくて。いつもの調子で雛をおちょくるような、そんな口調で返事を返す事しか出来ず。

 しかし口を開いた直後、雛の方から呆けた声が聞こえてきた。

 

「…何だ?後ろに何か…」

 

「あ、ちょっストップ─────」

 

 雛が呆けた声を上げた瞬間、その視線が俺の後方に向けられていた事に気付いていた俺は視線を背後に向ける。

 

 雛の制止の声を無視して、背後で並んで歩く二人の男女、栄明の制服を着た学生二人の姿を見た。

 

 ─────千夏先輩と、針生先輩?

 

 そこには楽し気に笑いながら一緒に歩く、千夏先輩と針生先輩の姿があった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




次回、部内戦
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