大喜君がバドミントンに本気になるのを早くしてみた 作:もう何も辛くない
|ω・`)ノ オヒサシブリデス
一ゲーム目、前半は針生先輩が優勢で進んでいく。
こうしてネットを挟んで立ち、実際に対峙して見ると針生先輩の調子の良さがこれでもかと伝わってくる。
スマッシュは悉くラインぎりぎりに突き刺さるし、ドロップも絶妙なタイミングでこれまた機械の如き精密さで俺が立っている場所から最長距離を狙って落としてくる。
「イン、11-5」
四隅を狙ったロブから、対角線上に落とされるドロップ。ただ凌ぐだけになった打球をスマッシュで狙い打たれる。
もはや芸術的にすら感じられる程、見事に開いたオープンコートを打ち抜かれた。
これで6点差。ここまで針生先輩にミスらしいミスは一本もない。本当に絶好調なのだろう。
─────それでも、このまま気持ちよくプレイをさせ続ける訳にはいかない。
どれだけ調子が良くとも、全てが上手くいく訳ではない。必ずどこかに突くべき弱みはある。
(これだ)
針生先輩が高く上がったシャトルをハイバックで繋げてくる。
これは針生先輩の守りから攻めに繋げていくプレイスタイルも関係しているんだろうけど。
繋げてきたといっても決して甘い打球じゃない。足を動かさなきゃとれない、コートぎりぎりを狙い澄ましている。
今まではそれを、無理せずコントロールを重視して返球してきた。
だけど、それじゃあ勝てない。
(ここからは─────)
強く足を踏み出し、シャトルを見上げる。回り込んで体勢を整えるのは無理。それでも後方に跳んでラケットを振り被る。
─────ここからは、リスクを負っていく。
打ち抜かれたシャトルはぎりぎりネットを越え、そのまま針生先輩側のコートへと襲い掛かる。
「っ─────」
驚き、目を見開く針生先輩の表情が見える。ちょっぴり憎らしい先輩の裏をかいた快感に浸る間もなく急いでコートの中央へ─────そこで足を止めず、コートの前方を目指す。
針生先輩も流石だった。裏をかかれても反応し、体勢を崩しながらもラケットに当ててスマッシュを返してくる。
しかし、本当の意味でラケットに当てただけだった。スマッシュに威力があったからネットを越えただけ。
体勢を整える時間は与えない。そのためにコートの中央ではなくネット際へ詰めたのだから。
力なく上がったシャトルを、針生先輩がいる位置から対角線上の場所へと落としてやる。
針生先輩がようやく立ち上がって打球の行方を追う頃にはもう、シャトルは床に転がっていた。
悔し気に唇を噛むその顔に背を向けて、次のサーブを打つべく所定の場所に足を向ける。
11-6
基本、俺は相手のプレイスタイルや調子を確かめるために前半は抑え気味でプレイして観察に徹している。その間、点差は開きやすいのは割り切っている。それでもし一ゲーム目をとられても構わない。
だからといって、初めから一セット目は捨てるつもりでいる訳ではない。
「五点差…。まだいけるな」
こちらに飛んできたシャトルをラケットに軽く当てて浮かしてから左手でキャッチする。すでに針生先輩はレシーブの位置に立ってこちらのサーブを待ち構えている。
(今日は勝つ)
今まで幾度となく挑み、跳ね返され続けた。
今日こそ、絶対に勝ちたい。
一ゲーム目前半よりも更に大喜と針生のラリーは高速化し、熾烈さを増していた。一本のラリーの中で攻守が何度も転換する激しい試合展開の中、一ゲーム目を捥ぎ取ったのは針生だった。
しかし、序盤最大六点差開いていた得点は21-19とギリギリの二点差にまで縮まっていた。
二人の試合を観戦していた者達に、この試合はまだ混迷を極める、そう予感させる。
「うおっ!大喜の奴─────」
「針生から一ゲーム取り返しやがった!」
その予感通り、第二ゲームで大喜は21-17で針生からゲームを取り返す。
(足が、重い─────っ)
第三ゲーム、出だしは好調だった。一点目を先制し、そこから針生先輩の攻めを上手く躱しつつ反撃の一撃を喰らわせて得点、或いはこちらから攻めて攻めて針生先輩の守りを崩し、コートを打ち抜いての得点。第三ゲームの序盤は完全に俺のペースで進んでいた。
しかし一度、自分のスタミナが残り少ない事を自覚してからは一気に風向きが変わった。今まで踏み出せた一歩が踏み出せない。飛びついてスマッシュを打てた所でミスが出る。
これはまずい、と今まで負い続けてきたリスクを減らした所で、今度は針生先輩が仕掛けてきた。
まるで
(この人…っ!?)
いや、
「くっ…!」
ネット際ギリギリのドロップを何とか拾うも針生先輩のチャンスボールとなり、ケアする暇もなくオープンコートをスマッシュで狙われる。
15-15
序盤、リードしていた筈が少しずつ点差は詰められ、気付けば同点に追いつかれる。
乱れた呼吸を整えながら、床に落ちたシャトルを拾い、次にサーブを打つ針生先輩へと打ち渡す。
「ふぅっ…」
「─────」
シャトルを受け取った針生先輩は、大きく息を吐きながら額から流れた汗を拭う。その所作を見て、俺は至極簡単な事にようやく気が付いた。
(針生先輩だって、疲れてる)
勿論、残りのスタミナが少ないのは俺の方だ。だからといって、針生先輩に余裕があるかと言ったらそうじゃない。…はず。
一ゲーム目も二ゲーム目も、そしてこの三ゲーム目も殆どの得点が長いラリーの末によるものだ。この試合展開で疲れない選手なんている訳ない。
(そう、だよな)
俺は何を甘い事を考えていたんだろう。スタミナがギリギリなのは事実。でも、
挑む側の俺が迎え撃とうとしてどうする。初めからリスクを負わなければ勝てないって分かっていたのに、ミスを怖がってどうするんだ。
(危なかった)
このまま試合を進めていたら後悔する所だった。スタミナの消耗と一緒にメンタルも削られていたらしい。
でも、もう大丈夫。スタミナも、技術でも負けていても、メンタルだけは負けていられない。
「っ」
針生先輩のサーブを拾い、前へと落とす。ネット際へとラケットを滑り込ませ、針生先輩は俺と同じく前へとドロップを落としてきた。
(リスクを負う。安全策を続けても、この人には勝てない…!)
ネット際へのドロップを拾い、高く上げる。狙うは針生先輩の背後、コートギリギリ。
上体を上げて打球を追い、スマッシュを打つべく構える針生先輩の体勢、視線の動きを全神経を集中させて視界に捉える。
針生先輩の目が、コート左側に向けられたのを見た後で、俺は体重を右側へと寄せて─────からすぐに左側へと足を踏み出す。
「!?」
針生先輩が打つ直前、打とうとする方向ではなく相手選手を見る癖は知っている。相手がどちらのコースを意識しているかを確かめてから打つのを、俺は知っている。
あの人が左側に意識が向かっているのを見て、俺は体重を右側へ寄せた。それは、囮。自分が打とうとしている方向は間違いではないと思わせて、そのコースを閉じる。
針生先輩が右左どちらにでも打てる体勢だったため、賭けにも近かった。でも、この賭けが功を奏す。
スマッシュに威力はある。それでも打つコースを限定できれば、怖くない。
威力を殺したドロップがネット際へと落ちていく。すぐさま体勢を整えた針生先輩が辛うじて拾うも、打球はチャンスボールとなって俺へと戻ってくる。
重く感じる両足に力を込めて跳躍し、全力を振り絞ってスマッシュを放つ。コントロールはほぼ度外視、オープンコートの方を大雑把に狙ったスマッシュ。
我ながら聞いた事のない打球音を響かせ打ち放たれたスマッシュは、決め球と同時に針生先輩への宣戦布告。
スタミナが切れかけだろうが関係ない。俺はまた、ここから攻めていくぞ。
「─────」
そんな無言の宣戦布告に気付いたのか否か、スマッシュが着弾した場所から視線を切った針生先輩が、憎らしそうに、されどどこか楽しそうに─────そんな好戦的な笑みを浮かべたのだった。
「なんか、凄い事になってるね。あそこの試合」
休憩中、ドリンクを片手に話しかけてきたのは部内で一番仲良くしてくれてる渚だった。
私に話し掛けながらも視線は防球ネットの向こう側─────バド部の練習場所に向け、そこで行われているとある試合を見ていた。
「お、拾った。針生も返して…、うわ、あの体勢からあんな早く戻るんだ」
そのとある試合とは、同じクラスの針生くんと─────大喜くんの試合だ。
針生くんが大喜くんを前後左右に振り回しつつ、高く上がった羽根をスマッシュで打ち下ろす。それでも大喜くんは体を滑り込ませて、体勢を崩しながら何とか拾って耐える。
「お…、針生がとった。…バドって何点先取だったっけ?」
「…21点」
「ならこれで針生のマッチポイントか」
さっきのラリーを針生くんがとって20点目。得点版には20-18と書かれている。二人が一ゲームずつ取っているから、渚の言う通りこれで針生くんのマッチポイントだ。
「…」
視線の先には、汗を拭いながら大きく息を吐く大喜くんがいる。たまに足首を回したり、腿を拳で叩いたりしている。
試合が始まってからもうすぐ一時間になろうとしている。全部じゃないけど、今までの大喜くんの試合を見てきて、大体バドミントンの試合は二、三十分くらいで終わるものだと思っていた。
あんなに激しい動きを一時間も続けて疲れない筈がない。大喜くんの足もさっきの動きを見る限り、限界なんだと思う。
それでも大喜くんの目は針生くんを─────試合の相手を見据えていた。
負けるなんて微塵も考えてない。限界だなんてこれっぽっちも思っていない。
掌でラケットを回しながら構えた大喜くんは、針生くんのサーブを拾う。
大きく上がった打球を追って針生くんが後ろに下がって繋げる。その繋げた打球を狙い澄ましたように、大喜くんがスマッシュを打ち下ろす。
さっきのラリーとは打って変わって、今度は大喜くんが攻めて針生くんが守る番だった。
どちらもコート内を激しく動き回って、大喜くんは今の攻勢を崩さない様に攻め続けて、一方の針生くんはきっと、大喜くんの攻撃を耐えながら隙を探している。
テンポの速いラリーは続き、その末に針生くんが羽根をネットに掛けて大喜くんの得点になる。
これで得点は20-19。一歩詰め寄ったけど、まだ針生くんのマッチポイントは続く。
「…ナツ。もしかして、あの一年生の子を応援してる?」
「─────」
不意に渚に掛けられた言葉に、ギシリと体が固まった。
「な、なんで…?」
「いやー。なんか、あの一年生の子をナツが良く見てるなって思って」
「…」
私の顔を覗き込んでくる渚から視線を外して、呼吸を整えながら足を軽くマッサージする大喜くんを見る。
「…毎日朝練に来て、知らない人って訳じゃないから」
「…ふーん?」
多分まだ引っかかる部分はあるだろうけど、渚はそこで引き下がった。その事についてあまり話したくない私の気持ちを察したのか、それとも、大喜くんがサーブを構えた所を見たからかもしれない。
大喜くんがサーブを打って、ラリーが始まる。
今度はさっきのラリーと違って、スマッシュがない静かなラリーが続く。
前へ後ろへ、高く上がった打球も無暗にスマッシュを打たず、まるで居合の達人同士が対峙しているかのような緊張感がこっちにまで伝わってくる。
(あ─────)
そんな静かなラリーの中、大喜くんの顔が歪み、一瞬視線が足の方へと向いたのが分かった。
直後、針生くんから上がった高い羽根を見上げてラケットを振り被る。
大喜くんが打ち下ろしたスマッシュを針生くんが腕を伸ばして拾う。私からすればギリギリ何とか、という感じに見えたけど実際は違うのか、針生くんが拾った羽根は狙い澄ましたようにコートの前方へと落ちていく。
攻め続けられなかった大喜くんが床に落ちる前に羽根を拾う。すると今度は針生くんが前へ出て、強く羽根を押し出す。
前へ出ていた大喜くんだけど強めの打球に反応して返球。
次は針生くんが攻める番だった。しかもさっきまでの大喜くんと違って、針生くんの攻めはすぐに終わらない。
針生くんの攻撃を耐える大喜くんの顔は苦悶に歪んでいて、微かに食い縛った白い歯が覗いていて。
そんなラリーが何度か続いた後だった。
何度目かの針生くんのスマッシュを、大喜くんが飛び込むようにして拾おうとする。
追いつき、羽根が打ち上がる。だけど、力はなくふわりとネットの遥か手前で落下を初めて─────
針生くんのコートに届く事はなく羽根は床に落ち、その瞬間、試合の勝者と敗者が決まった。
初めはもっとじっくり、二話くらい使って書こうと思ったんですけどまだ話が一巻も進んでない事と原作でも一話で終わった部内戦での針生先輩との試合でそれだけ使ったら、インハイ予選の遊佐君との試合どうすんねんと思ったので駆け足気味ですが一話で締めました。