そして僕らは殺意を抱く   作:木下望太郎

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第5話  思うべきなのは「殺したい」だ

 

 ああ、殺したいね。殺したい奴がいっぱいいる。一人につき三度は殺したいね。特に一人は入念に。

 

そう言おうかと一瞬思って、やめた。こいつに言ったところでどうしようもないこと。

 ふと夢想する。このバカにあいつら二、三人ブッ殺してもらおうか。いや、無理そうだなこいつじゃ。

 そう思ったとき、不意に違和感を感じた。

 

殺してもらう? 違う。それは違う。殺してもらいたい、ではない。死んでほしい、でもない、そう思うべきじゃあない。

 

思うべきなのは『殺したい』だ。

 死んでほしいと思うこと、これは『期待』だ。当てもない、期待できそうもない期待。殺したいと思うこと、これは『希望』だ。自分でそうしたいと思うこと。らちもない、虫のいい期待じゃない。

ならば、当てはなくもない。僕がいる。そうだ、僕が、僕が手段だ。

 

 一瞬にして夢想が頭の中を駆け巡る。朝の教室に入る僕。立ち話をしているある生徒の肩を叩く。けげんそうな顔で振り向いたそこで、僕はナイフを抜く。片手で相手の腕を押さえ、体重をかけて喉へ振り抜く。柔らかく皮を裂き、こりり、と音を立てて気管を断つ。一秒の後、傷口から血が吹き出る。小便を漏らしたようにとめどなく、生温かく。そこでようやく、相手の表情が歪む。遅れて、回りの奴から悲鳴が上がる。僕はナイフを抜き放ち、刺した相手を蹴り倒す。血のついたナイフを振りかざし、他の奴へ踊りかかる。再び悲鳴。

 

 そこまで想像して、我に返った。うつむいた顔にも開いた手にも力がこもっていた。

手で顔に触れてみる。固く盛り上がった頬、吊り上がった口、むき出しの歯。

自分が笑っているのに気づいて、それがおかしくてまた笑った。手で顔を覆ったまま、のどの奥で声を上げた。

 

「殺したい。殺したいね」

 顔から離した手が、一瞬、真っ赤に濡れているように見えた。

 

 この手は遠からずそうなる。武器を握り、血に濡れる。

 僕は初めて、自分の手を恐ろしい武器のように感じた。たまらなく嬉しくて、背筋が震えた。

 

 

 

 

 オレは寝転がったまま、背筋が震えるのを感じていた。乾き切ってない頭が冷えてきただけじゃあない。

さっきのコイツは、実に嫌な笑顔をしていた。首の後ろに刃物を突きつけられた感じがした。そう、ゾクゾクした。

 

「ははッ」

 オレは小さく声を立てて笑う。

「イイ。イイなオイ、気が合うねぇ」

 オレはそこで目をそらした。聞くべきかどうか分からなかったが、言ってみた。

「で、誰殺すんだ」

 

 

 

 

 僕の頭から、手から熱い血が引いていった。そのくせ心臓はいっそう高鳴る。

殺したい奴なんて分かりきっている、クラスの奴ら一人残らずだ、一人は特に。しかし、だ。本当に殺すのか? 殺せるのか、僕は? 殺すにしても全員を?

 

 それに。それをこの男に言うのか? きっと聞かれる、なんで殺すんだ? と。

ごまかしたとしても思われる、何かの復讐だろうな、と。そして思われる、この男はそいつらにこっぴどくやられて、反撃もできていない阿呆なのだな、と。

 

奥歯をかみしめた。大きく息を吸い、吐いた。目の前の男がそうしていたように、天井を見上げた。鼻で笑ってみる。

 

「さあね。誰でもいいさ」

 間違ってはいないと思えた。これは復讐ではないからだ。

 復讐とは、敗北した者が勝利者を攻撃することだ。僕は確かに害を受けたが、敗北などしていない。僕は敗北者ではない。僕の籠城は終わってなどいない。奴らは勝利者ではない。そのつもりでいる阿呆に過ぎず、勝ったフリをしている偽者に過ぎない。

 こう考えるべきだ。僕がやるのはつまり、僕の優越を確認する作業。あのクズどもにできないことをやってのけるということ。あのクズどもなどいつでも殺せる、そのことを確認する作業。

 ならば、標的は誰でもいいのではないか。おそらくは、奴らが標的とするのは僕でなくてもよかった、それと同じに。

 

 そうだ。それでいい。それでもいい、それで状況は変わる。僕の中で変わる、僕の優越についての確証を得られる。奴らなどいつでも殺せる、しかしその必要もない、奴らは勝利者ではないのだから。その確認。

 それでも。もし、殺そうとする誰かが、無作為に定めた標的が奴らだったなら。そのときは、ためらわずに殺そう。

 

 そう考えて、鼓動が元の速さに戻った。あえて冗談めかして、笑顔で言った。

「君もやるんだろう。殺さないか? 一緒に」

 

 

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