偽りだらけの義兄妹生活   作:高町廻ル

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男らしいというかオカン?

 でかでかと黒板に書かれた愛々傘。そこには男の子の名前と女の子の名前の二人が書かれている。

 

「おにあいだ~」「けっこんけっこん!」「らっぶらぶぅー」

 

 小学生なりに覚えたてのそんな単語を子供たちは並べ立て、そしてはやし立てる。

 その渦中の中にいる彼女は自分がなぜこのような状況に陥っているのか分からなかった。

 ただ最近お相手の男の子が髪の毛を引っ張ってきたり、彼女の鉛筆を取り上げて逃げたりしてきたのでそれにいよいよ嫌気がさしてしまい爆発してしまい、相手に大声で怒ってしまった。

 相手は自分の好意を表現する術を知らない子供だったためか、少し精神的成長していたその女の子にはあまりにもガキっぽかっただろう。

 

 すると次の日、周りのそれを見たクラスメイト達が二人はとっても仲良しなんだと解釈して今回のような暴挙が起こった。

 もう片方の男の子は自分がいじられている状況に耐えられなくなっていたのか大声で叫んでしまう。

 

「こんな…うるさいブスなんか…嫌に決まってんだろっ!」

「…………え?」

 

 その言葉を受けた彼女は何故か彼だけでなく周りにいる人たちみんなの顔にうっすらと靄がかかったような気がした。

 

 

 雲一つない夏真っ盛りでカラッとした晴天の日。

 気がかりなのは学生にとって最大の祭りの一つである夏休みの終盤である事で、それを除けばこれ以上ないコンディションの日に告げられた一言は、誰もがそんな日である事を忘れるような破壊力を秘めていた。

 

「再婚…」

 

 彼女は食卓テーブルの向かい側に座っている父親から告げられた一言に驚きと、そしてどこか腑に落ちたといった感じの声を漏らす。

 そして静まり返ったリビング、壁にかけられた時計の針のチクタクという音と蝉の鳴き声だけがこの場を支配する。

 彼女の名前は吉志古都。今年で三年生になった現役女子中学生だ。

 再婚。二度目以降の婚姻行為の事を指す単語。つまり彼女とその父親の家族体系はシングルファーザーという事になる。

 

「驚かせてごめんな…」

 

 自ら告げてしまった言葉に呆然としている娘をみて慌てて後にセリフを繋げる。

 

「まだ再婚そのものが確定したわけじゃないんだ。ただ…そのだな…何というか…相手の女性とそんな空気になったというか…だな…」

 

 彼女の父は恥ずかしがりながらも、若干だが言い訳染みた雰囲気をまといながらそんな事を言った。

 するとそこで古都は自分の態度が告げられた再婚と言うワードに対して愕然としており、否定的感情を相手に受け取らせてしまっていることに気が付いた。

 

「ううん、おめでとう…?なのかな……」

 

 何を言うのが相手を喜ばせるのか分からなかったため、気の利いた事を言えなくなってしまう。

 明らかに気を遣わせてしまっている状況に申し訳なさそうに父は口を開く。

 

「ごめんな、突然お付き合いしている人がいるのを教えたり、再婚を意識していることを言ったり…」

「再婚は勿論驚いたんだけど、付き合ってる人がいるのは何となく勘図いてたから」

「え、ええっ!?」

 

 娘から告げられた衝撃の事実、それを聞いて目を見開いてしまう。自分のプライベートな部分がすっかり素通りなのだ。

 

「いっ…言ってたか?」

 

 戦々恐々としている父を見ながら彼女は自分の右の指を折りながら話始める。

 

「直接は聞いてないんだけど、半年くらい前から帰るの遅くなってたし、休みの日もこそこそ外出していたし、前なら無頓着気味だった服装や身だしなみをこまめに手入れし始めてたし、意味もなくスマホ画面を見てニヤニヤしたり、あと通話の度にリビングから消えたり―」

「分かった!もういいから!」

 

 彼はバレてしまっている恥ずかしさと、思ったよりも自分をよく見ているなという関心をしながらも強めの声を出してしまう。

 

「おめでとう、お父さん」

 

 古都はにこやかな笑顔でハッキリとした声でそう言った。

 そこにはただ純粋な祝福の思いが詰まっている、それは父親として既に十五年近く一緒に暮らした彼に分からないはずもない。

 

「まだ再婚そのものが確定したわけじゃないんだが…古都はいいのか?いきなり知らない人たちと家族になるのは…」

 

 彼は思ってしまう。今年受験生で思春期真っ只中の繊細な時期の娘に対して、全く関りのない人たちと一緒に暮らさせることがどれほどの負担を強いてしまうのだろうかと。

 もっと娘が大人になって自立するタイミングの方が負担は少ないのかもしれない。だが結婚というのは一度タイミングを見計らってしまうとズルズルと先に引きずりかねないのだ。

 仮に自分の娘が大学を卒業するとして、その日まで相手の気持ちと自分の気持ちの両方が婚姻という方向性に向き続けているという保証は一切ないのだ。

 「急いては事を仕損じる」という言葉があれば、「善は急げ」という用語もまた存在する。

 どちらも等しく正解足り得るからこそ二つの用語は同時に成立し得るのだ。

 

「私の事を考えてくれるのは嬉しいけど…でもお父さんの幸せも同じ位大切だよ」

 

 きっと古都は良く出来た娘なのだろう。これ以上無いような言葉を選んでいる。

 

「そうか…ありがとうな…」

 

 そしてそれは彼自身も分かっている。

 僅かに彼の表情に寂しさが宿る、自分の娘がこうして落ち着いて達観気味に振舞っているのは母親がおらず自分がしっかりとしなければいけないという責任感から来るものだろうと予想しているからだ。

 ここで彼女は僅かに空気が重くなっているのを察する、決して再婚というのは暗くなるイベントであってはならないのだ。新しい人生の分岐点であり、楽しい空気の中で話し合うべきなのだ。

 

「それで、そのお相手の方はどういう人なの?」

 

 話題を娘に対してではなく再婚の方へと戻す事にする。

 質問を受けた相手は当然答える。

 

「ああ、結構アグレッシブでグイグイ来る人かな」

「へーお父さんは結構流されやすいもんね、尻に敷かれそうだね」

「空気が読めると言ってくれないか…」

「他には?」

「あとバツイチだな」

「ふぅ…ん」

 

 恋人が出来たことの無い子供にとっては一度離婚をしているというのはどうしてもマイナスに映ってしまう。

 だがこのご時世離婚率は三割近くに上っているため、もちろん褒められた事では無いのだがその一点だけで人間性を見出していたらキリがないだろう。

 彼女はそこまで考えて極力表情に不審そうな感じを出さないように力を入れる。どんな相手であっても自分の父は本当にいい加減な相手を選ばないという確信と信頼があった。

 だがそんな配慮と思慮の塊である彼女も次の父親のセリフによって凍り付く。

 

「あとこっちと同じで連れ子がいるな、確か古都と同い年の男の子だって聞いてる」

「え゙」

 

 ここに来て始めて彼女は動揺をあからさまに出してしまう。

 

「ど、どうしたんだ?さっき出ちゃいけないような声が古都の口から…」

「ちょっと風邪気味かも…」

 

 父の心配の視線を受け冷や汗をかきながらも、わざとらしく口に手を当ててこほこほと言いながらなんとか下手な嘘で誤魔化そうとする。

 だがそれも仕方のない事なのかもしれない。

 

 何故なら吉志古都は男性恐怖症なのだ!!

 

 

 古都は俯き、そして頭を抱えながら歩いていた。快晴のはずなのに気分は大絶賛曇りだった。

 

「…………ああ…どうしよ…どうしよぉ……」

 

 つい先刻に告げられた父親の再婚話。そして既に予定が組まれていると言われた顔合わせの食事会。

 素直に受け入れたい、祝いたいという気持ちに嘘偽りはない。

 だが問題はそのお相手の連れ子が男の子であるという点だ。

 男性恐怖症である事を心配させまいと実の父にすらひた隠している彼女は、口が裂けても男の子が怖いから再婚を辞めてくださいとは言えない。

 そもそも男性恐怖症という事実を知っているのは彼女の幼馴染ただ一人だけだ。

 彼女は素直で家族思いである吉志古都というペルソナを捨てるわけには絶対にいかないのだ。

 今日まで病死した妻の分まで一人で自分を大切に育ててくれた父親の足かせになる事だけは絶対に許せない。

 もし仮に再婚に難色を示し、男性恐怖症を悟られる事があれば一生自分を許せなくなるだろう。

 

「なんとかしなきゃ…でもどうすればいいの…気合で治るならもうとっくに…」

 

 過去に何度かこのままではいけないと考えていた。

 簡単なのは積極的に異性と話して強引に治療する事だが、そもそも目を合わせて自然に会話をするという最低限度の一歩を踏み出すことが出来ないからこそ今現在も治療の目途が立っていない状況なのだ。

 幼馴染に相談して比較的人当たりの良くて気遣いの出来る男子をピックアップしてもらい、それとなく話せる空間をセッティングしてもらった事もある。

 だがそれも結局は上手くいかなかった。

 目を合わせずに事務的な会話に終始するだけなら何とか出来る。実際に学校生活はそれで乗り切ってきたのだ。

 だが親が再婚すれば家という限定された密集空間で否が応でも顔を突き合わせて行かなければいけないのだ。そこで相手に対して変な態度を取ってしまえば家族の輪を乱してしまう事は必至だ。

 それまでに何とかして人間として最低水準のコミュニケーション能力を身に付けなければいけない。しかも自分の症状を父親に悟られる心配のない方法で。

 

 俯きながらブツブツと呟いていたのが悪かったのか、彼女は前への注意が疎かになっていた。

 すると視界の端に足が現れたと思ったら思いっきり相手の背中にぶつかってしまいその場にしりもちをついてしまう。

 道は比較的広かったため相手はぶつかってきた事に怪訝そうな声を出して相手を確認する。

 

「なんだぁ?」

「ごめんなさっ…」

 

 慌てて謝ろうとその場から立ち上がって相手を見るのだが、そこには自分と同い年位の男子三人組がいた。

彼女はそれを認識すると謝罪の言葉を出すはずだった喉が硬直して、ひゅうひゅうと空気が変に空回りしてしまう。

 

「誰その子?この辺じゃ見た事無いな」「結構可愛くねー」「おい、ちょっと勇気出そうぜ」

 

 男子三人組は古都を見てあれこれ話しているが、今現在パニックを起こしかけている彼女はもう何も耳に入っていないし、今この場の状況を正確に処理することが出来なくなってしまう。

 

「…えーっと怪我とかないか?…てか良かったらちょっとお茶とかど、どう?奢るぜ?」

 

 彼女にぶつかられた三人組の一人の髪を染めた、ちょっとこの夏垢抜けを狙いました的な男が彼女に手を差し出す。

 決して脅したり強要をしているわけでは無いが今の古都には男性そのものが無条件で恐怖の対象となってしまっている状態なのだ。

 

「やっ!」

 

 パン!っと相手の手を反射的に思いっきりはたいてしまう。

 

「なっ…」

 

 相手のその態度に一瞬愕然としてしまう。

 そして直後に後ろにいた二人がクスクスと笑ってしまう。どうやらあっさり振られてしまった男が面白くて仕方ないのだろう。

 その事を自覚すると勇気を出したのにあっさり袖にされた事と、友人に笑われてしまっている事の羞恥が同時に怒りという形で彼を襲う。結果、彼の脳は怒りによって熱くなり冷静さを失ってしまう。

 

「こんのっ…!」

 

 反射的にはたかれた腕を相手に向かって振り下ろしてしまう。

 あ、と彼自身もこのままでは不味いと思ったのだが既に勢いがついてしまった腕を止めることが出来なくなっていた。

 

(あ、まず…)

 

 相手の行動に気が付いた時には既に手遅れになってしまっていた。ただ振り下ろしてくるそれを目をつぶってこらえる事しか出来ず殴られるのを覚悟で体をぐっと固くする。

 だが衝撃が彼女の顔を襲う事は無かった。

 

 振りぬかれた拳は突如間に入って来た女性がその体を挺して受け止めたのだから。

 

「いっつ~…!」

 

 殴られた勢いでその女性は地面に倒れこんでしまう。彼女の持っていた大き目の黒いトートバッグも地面に叩きつけられたが、幸いにもチャックをしっかりと閉めていたため中身がぶちまけられることは無かった。

 その光景を見て古都と男三人組は呆然としてしまうのだが、最初に動いたのは彼女だった。慌ててハンカチを取り出して相手の介抱をしようとする。

 

「だっ…大丈夫ですか!?」

「んっ…へーき、こんなのかすり傷だよ」

「血が……」

 

 殴られた衝撃で相手の女性は口の中が切れたのか、少量ではあったが口の端から血を流していた。

 相手は間違いなく痛いはずで、殴られた左頬は赤くはれていたがそれでも気丈に振舞っていた。

 相手は茶色の長髪。女性の平均的には低めに分類されるが透き通った声質。そして何より女性にしては百六十センチ半ばほどと高い身長にそして意外とガッシリとしていて大き目の肩幅。

 彼女はゆらりと立ち上がると古都を殴ろうとした相手を睨みつける。見た目美人が気っと睨みつける光景は相手を止めるには十分は破壊力があった。

 その力強い視線を受けて彼は怯んでしまう。

 

「うっ…何だよ…」

「悪い事をしたら謝る!」

「へっ」

 

 何を言われるのか戦々恐々としていたのだが相手の口から飛び出したのはそんな言葉だった。突然の要求に何をどう対応するのが正しいのが分からない彼はこの場でとっさに言い訳をしてしまう。

 

「あ、相手だって俺の手を…」

「うんそれは見てたよ。だからお互いに謝ってそれで終わり」

「えっ……」

 

 だが仲裁に入った彼女はそれも含めてお互いに謝るように言った。そのセリフを聞いた古都もまた小さく驚いた声をあげる。

 

「経緯を全部見てたわけじゃないけど…あなたももっと対応の仕方はあったでしょ?彼ほどじゃないけどもっと上手くやらないと」

 

 古都は男性が苦手だがそもそも他人とコミュニケーション全般がそこまで得意でないため、実のところ相手が女であっても視線を逸らし気味なのだが何故かこの時は素直に相手の目を見て話を聞くことが出来た。

 首をこくこくと縦に振る古都を見て彼女はニッコリと笑顔を見せる。まさに明眸皓歯の例かのようなそんな輝かしくもあり、また殴られた腫れが痛々しいそんな顔。

 男たちはそれを見て息を呑む。人の口から出る言葉では美しさと、そして同時に存在する強さを単語で繋ぎ合わせようとしても表現不可能であるがゆえに何も言えなくなる。

 その表情を見て古都は父親や幼馴染と一緒に居る時に近い安堵のようなものを感じた。

 

「じゃあ仲直りでいいね?ちゃんと出来たら私の頬を殴ったのをチャラにしてあげる」

 

 そこで彼女は古都の肩を持って、彼女を殴ろうとした相手へ真正面に向き合わせる。

 男は頭を深々と下げて謝罪の弁を述べる。

 

「す、すまん…いきなりナンパして断られたら手を挙げようとして…」

「私の方もごめんなさい、つい手を出しちゃって」

 

 この時古都は無意識に相手の顔を見て話していた。

 

(あれ…?)

 

 いつもであれば顔を逸らしてぼそぼそと話していたはずだが、何故か今は相手の顔をしっかり見て話すことが出来ていた。まるで肩に添えられた手から勇気が流れ込んで来るかのようで。

 髪を茶髪に染めていたが、顔は端正なもので二重で口元は若干下がっていて申し訳なさが彼の表情に滲んでいて、謝罪の気持ちを体現していた。それは後ろにいる二人も同じで申し訳なさそうに俯いていた。

 怖かったはずの男性がそれほど恐ろしい存在ではないのでは今の彼女は思ってしまった。これまでただ恐れて拒否反応ばかりを募らせて見えていなかったものが今はハッキリと見えていた。

 何時も俯いて地面ばかり見ていたからか、勇気を出していつもよりも少し視線を上げただけでこんなにも世界は違って見えるのかとこの時初めて自覚した。

 

 

「えっなに?」

 

 勝手に首を突っ込んだ問題を勝手に収束させてから帰ろうと帰路についていたのだが、彼女の背後をずっとつけているのは吉志古都だった。

 最初は同じ方向の帰り道かと思っていたのだが、コンビニで湿布を買ってもつけてきて、反対側に通り抜けられる公園をわざわざ通ったのだがその後ろもまたつけて来ていたためもう偶然ではないと確信。

 声をかけられた相手は一瞬びくりとしてさらに俯いてしまったが、意を決して声を出す。

 

「あっあのっ!」

「あ、はい、何でしょう」

 

 相手がテンパってるのを見て若干引き気味になったが何とか返事をする。

 だが問題の古都は現在進行形でスト―キング行為を行っているのに相手から話しかけられると思っていなかったのか、何を口にするべきか考えていなかったため分かりやすく焦る。

 

「足がすくんでしまって…」

 

 そして捻りだされたのは意味不明な言い分。

 

「もう十五分くらい歩いてたと記憶してるけど……」

「ううう……」

「あっごめん」

 

 どうやら相手の事を考えずに返事をしてしまった事に気が付いて咄嗟に謝る。

 

「どうしたの?何か嫌なことをしちゃったかな…ごめんねさっきは勝手に謝らせちゃって…」

 

 相手女性は目尻から元気を消して申し訳なさそうに言った。

 謝罪の弁を出させてしまった事で古都は慌てるが、何とか短い時間内でまとめた内容を口にする。

 

「い、いえっ。あれは私にも非があると言いますか…その…ですね…その事でちょっと聞きたい事といいますか相談したい事があると言いますか…」

「何かな」

 

 相手のウェルカムといった優しい雰囲気に幾分か緊張が和らぐ。

 そこで古都は気が付いた、目の前にいる女性の名前を全く知らない事に。よってどうしたらいいのか分からなくなってしまう。

 

「ええっとそのですね…あなたじゃなくてですね……」

「白夜」

「えっ」

「私の事は白夜って呼んで」

「あ、私は古都です」

 

 女性は相手に対して白夜と名乗った。

 古都は頷いて深呼吸をしたのちに勇気を振り絞って口を開く。

 

「白夜さん…私の男性恐怖症を治してください!」

「はい?」

 

 あまりにも予想外過ぎる内容に、白夜はどうリアクションするべきが分からなかった。

 

 

「つまりまとめちゃうと、ある理由から男性恐怖症を治したい、だけど中々それを改善する方法が無くて、さっき私と一緒に居たら症状が一時的に改善したからそれを手伝って欲しいと?」

「そうなんです。どうしても男性恐怖症を緩和しないと困ってしまって…それで…その…白夜さんに手伝ってもらえたら嬉しいなって…」

 

 二人はこの暑い中アスファルトで舗装された道路の上で手荷物を持ったままで長話をするのは体力的にキツいと判断し、白夜おすすめの喫茶店で涼みながら古都の悩みを話す流れになった。

 最初は怪訝そうに古都の相談内容を聞いていたが、思っていたよりも重い内容だったため途中から白夜の表情も真剣そのものになって、最終的に二人の間に重い空気が流れる。

 

「取りあえず一つ目の疑問点いいかな?」

「はい」

「何で、その、女の私に…じゃないね…何で私そのものに男性恐怖症を治す手伝いをして欲しいってお願いをするのかな…?」

 

 男性恐怖症を治したいなら男相手に何度も会話を繰り返すのが手っ取り早いし、それが出来ないとしてもやはり赤の他人に頼むのはおかしい。彼女にも一人や二人くらいは相談できる相手だっているだろう。

 白夜にここまで執着する理由がよく分からなかったのだ。

 

「え、えぇっと…そのお……」

 

 両の手の人差し指をくっつけながら言いずらそうに視線を逸らす古都。

 

「えっ…な、なに…?」

 

 白夜は相手の態度を見て今日一番の動揺を見せる。

 

「その…白夜さんって女性ですけど何と言いますか男性っぽいじゃないですか、あのチャラい人相手に割り込んで殴られながらも堂々としてたり。身長も高くてすらっとしてて、あと結構肩幅も広いですよね」

「う、うん」

「……あっごめんなさい!」

 

 ここまで言って古都は気が付いた。身長が高い事や肩幅が広い事をコンプレックスに感じる女性も一定するいるはずで、目の前の相手もそのタイプかもしれない事を失念していた。

 だが白夜はそれを指摘されて驚いてはいたが、不快そうな顔はしていなかった。

 

「それはいいよ。続けて」

「それで女性なのに何というか男性っぽさもあって、緊張感と安心感がすごくいい塩梅といいますか、白夜さん相手なら凄くいい感じなんです」

「そ、そう…」

 

 一連のセリフを受けて白夜は複雑そうにしている。嬉しいのか悲しいのか分からないといった感じだ。

 そこで彼女はふと思った事を口にする。

 

「えっとちょっと突き放す言い方になるけど…私にじゃなくてカウンセラーや精神科に相談するのはダメなの?」

「それは…ちょっと……」

 

 相手から提示されるごく当然の提案に古都は難色を示してしまう。

 基本的に一般人である白夜からすれば精神的な問題を請け負うのは重いため、その手の専門家に頼んで欲しいというのが相談を受けた側の本心という事か。

 相手の煮え切らない態度を見て白夜は眉をひそめる。

 

「何がダメなの?」

「病院に相談するには親にはまず相談しないといけなくて……」

「ん?ん、何がダメなの?」

 

 こうして赤の他人に相談するくらい困っているのなら身内に解決策を模索してもらった方がよっぽどかいいだろう。相手の置かれた環境を知らない白夜はシンプルにそう考えた。

 

「あの、そのっ」

 

 古都は可能な限り自分の置かれた環境をぼかして相談していた。

 自分の母親が病気で亡くなり今は父親と二人暮らしである事、父親が再婚する際に相手の連れ子が男子である事、父親を心配させない為に自分の症状をひた隠しにしている事などを全て隠して来た。

 

「ん、まぁ言いたくないこともあるだろうし」

 

 白夜は困ったような表情でそう言った。自分で言った事が気まずいと思ったのか前もって頼んでいたケーキをぱくつきながらその場を濁そうとする。

 そもそもさっき会ったばかりの人間を無理矢理引き留めて勝手に相談している時点で中々に非常識な行為であるのだが、そんな相手でもここまであれこれ相談に乗ろうという姿勢を見せている時点でまあまあの聖人だろう。

 

(そっか…)

 

 ここまで真摯に対応しようとしている相手に自分を晒さないのは失礼なのかもしれない。

 

「私実はお父さんと二人暮らしで…」

「へっ」

 

 相手が突如語り始めたのを聞いて驚く白夜。

 古都は自分の父親が再婚をしてその連れ子がいる事だけはあまりにもプライベートが過ぎるため省いて話始めた。

 母親が病死して今は父と二人暮らしである事、父親の負担にならない為に勉強から家事まで頑張ってきた事、小学生のころから男の子の事が苦手になってからそれを幼馴染だった女の子を除いてひた隠しにしてきた事、そして今回の一件では傷害事件になりかけたためより問題を真剣に受け止めた事などを話した。

 

 

 相手の事情を聴き終えた白夜は空になったケーキの置かれていたお皿を見ながら口を開いた。

 

「つまりお父さんにも、そして周りの人達に対してもこれから先迷惑をかけるわけにはいかないから、早いうちに男性恐怖症を治したいと」

「はい」

「しかも男性恐怖症自体を知られたら心配させちゃうからお父さんにすらも知られたくないと」

「はい…」

「一応聞いておくけど、現状の男の人と最低限の事務的会話に終始するってのは選択肢としてはダメなんだよね?」

「…………はぃ」

 

 白夜はある程度事情を把握した後、ふーっと息を吐いたのち椅子の背もたれに深く腰掛けて困った風に目を瞑り眉をひそめる。

 そして古都はあまりにも勝手すぎる事を言ってるなという恥ずかしさが今になって襲っていた。仲が良いわけでも、特別な関係性でもない相手に重い相談を押し付けようとしているのだ。

 相手は目を開いてポツリと言った。

 

「ねえ…古都さんはお父さんやお母さんの事大切?」

「え……」

 

 言われた古都は驚いた声を出す。

 

「大切かどうかって聞いてるんだけど」

 

 自分の質問が正しく伝わらなかったことに苛立ったのか、先ほどまでの透き通った声から一転して低い声質になった。

 その事に僅かな不安を感じながらもなんとか言葉を繋ぐ。

 

「…大切…です…お父さんは勿論だけど、お母さんと一緒に居た時間はかけがえのないもので…」

 

 古都は父親に対しては言うまでもなく、母親が亡くなってからというもののお墓や仏壇の掃除やお祈りは勿論のこと、生前好きだった花や食べ物などをお供えする事を欠かしたことは一度としてなかった。

 恐る恐るではあるが相手の声の節々からその意図を察した白夜は肩を落として俯きながら自分について語り始めた。

 

「…そっか…私は両親の事大っ嫌いだよ…」

「え……?」

 

 ここに来て始めて見せた白夜の弱さの部分、それを見て何を言ったらいいのか分からなくなってしまう。

 だがそれを見せたのは一瞬ですぐに元に戻ってしまう。

 

「分かった」

 

 ポツリと言った。

 

「私に治せるのかは未知数だけど尽力はしましょう」

「い、いいんですか…?」

 

 相手から首肯を得て若干の戸惑いこそあったが自分の希望が通って安心する。

―だが

 

「ただし条件があります」

「条件…?」

「本来ならカウンセリング代とかとられるところをタダだよ?もちろんお金は取らないから安心して」

「はい…」

 

 口ではお金のことを出したが、実際の所そこまで恩着せがましくする予定はない。

 

「あなたは親の事が大切なんだよね」

「はい」

「でも私はそうじゃない、ハッキリと言っちゃうと嫌い、そして私はそんな考え方をしていて口にしちゃう自分が好きじゃない」

「白夜さん……」

「あなたと同じで自分の嫌な所が沢山あって、それを治したいって思ってる、けど改善の兆しは現状ない」

 

 相談をする側がいつの間にか受ける側に逆転してしまう。

 

「だからあなたを観察してそんな自分を変えるための参考にしたい」

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