偽りだらけの義兄妹生活   作:高町廻ル

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注文が多すぎる相談相手

 先程、お互いの短所を治すための契約はこの喫茶店内で締結された。

 

「……で、どうするかだね」

「そうですね…」

 

 現状男性恐怖症を治したいと言われても白夜には臨床心理学的な知識も、そもそもそれを治療するための人生経験があるというわけでもない。

 

「そうだね。取りあえずどれくらいその男性恐怖症ってのに困っているのか色々と教えてよ、正直情報が少なすぎて」

 

 白夜はそう言って古都に対して話すように勧める。現状を知らなくては打開策を出しようも、行動に出ようもないのだ。

 

「そうですね…男性と話すのも大変で……」

「今思ったけどこの調子だと女性相手でも軽いコミュ障発揮してるんじゃない?」

「……いつも相手を前にすると色々と考えちゃって…」

「優柔不断だったりうだうだしてるって感じね」

「…………もしかして私いじめられてます?」

 

 古都は口を開いた傍から潰しに来る相手の現状に若干呆れたようなリアクションする。

 本人としてはそんな誤解は御免被りたいのだ。

 

「そもそも男性が苦手なだけで女性は普通ですから」

「…………」

 

 不貞腐れたように言い張る古都を見て白夜は無表情でじっと相手の顔を凝視する。

 

「じー」

「な、なんですか」

「じー」

「うぅ…」

 

 相手の顔を見つめ返すのだが、数刻のにらめっこの後先に根負けしたのは当然のように古都だった。

 

「なるほどなるほど、男性の方が苦手だけど女性もちょっと苦手だと」

「ううぅ……」

 

 もう既に古都の精神面での体力は限界に近かった。彼女は恥ずかしさを誤魔化すために若干荒げた声を出す。

 

「白夜さん!真面目にやる気あるんですか!?」

「え?」

 

 白夜は真面目に相手をプロファイリングしようとしているだけにタチが悪かった。

 

「さ、さっきから私の事を抉ってばかり…恥ずかしいです…」

「そもそも赤の他人にいきなり男性恐怖症を治したいって頼む時点で恥ずかしいとか言ってられる立場じゃないと思うけど…」

 

 あまりにもストレートな言い分が彼女のハートをあっさり貫通する。

 相手がショックを受けている間も考える事は止めない。

 

「うーん取りあえず男性といっても誰も彼もが駄目ってわけじゃないよね?」

「どういう事ですか?」

「例えば性別が男でもお父さんは大丈夫だよね?」

「それは…確かにそうですよね」

 

 男性が苦手と言ってもさすがに父親という存在は異性がどうこうといった垣根を取っ払った対象だろう。

 可愛い妹がいようとも兄はそれを恋愛の対象として見ることは無いのだ。何故なら女未満と書いて妹なのだから。

 とにかく血の繋がった相手は性別という概念を意識する事は無い。

 

「じゃあどれくらいの男性なら大丈夫なの?」

「ええっと?」

「例えばあの机を拭いてる従業員は…無理か」

 

 白夜が指差したのはスーツに前掛けをまとった小奇麗にまとまっている二十代前半くらいと従業員と思われる男性だ。

 何というか普通に男性だった。

 

「バカにしないでくださいよ。いくら男性が苦手といっても従業員の人相手なら事務的会話は十分可能ですよ」

「…………」

 

 相手の自信満々な態度に対して彼女は胡散臭そうな視線を向ける。

 すると白夜は手を挙げて例の従業員の男性に声をかける。

 

「すみませーん」

「はい」

「ひっ」

 

 声をかけられた男性はテーブル吹きを中断して二人のいるテーブルへと向かう。

 すると彼女の瞳はハッキリと男性を捉えた、そして先程まで白夜と話して若干ヒートアップしていたというのにサーッと一気に血の気が引いていく。

 そんな相手の姿を尻目に若干溜息を吐きながら白夜は喋り始める。

 

「ケーキセットおかわりで、飲み物はブレンドでお願い出来ますか?」

「はい分かりました」

「古都はどうするー?」

「えっ」

 

 そして強引な会話のアシストを決めてくる。つまりここで男性従業員相手に会話の練習をやってみろという事だ。

 

「その…ですね……」

 

 自分も同じように注文をしなくてはいけないのは分かっているのだが、テンパってしまい次の言葉が出てこない。白夜さんは堂々としていて凄いなとか、ケーキを食べるの早いなみたいなやや現実逃避的な事ばかり考えてしまう。

 

「コホン」

 

 どもってしまっている相手を見て白夜はつま先で相手の靴をトントンと軽くつっついた。要はさっさと注文しろという催促だ。

 自分はまだケーキを食べ終えていないため、取り敢えず同じように飲み物を頼む事にする。

 

「えっあの、そのぉ…私もホットココアを…下さい…」

「はい分かりました」

 

 何とか追加注文を出す事に成功する古都。既に瀕死状態だった。

 客はそんな態度だったが従業員の男性は特段不快そうな感じを出すことなくニコリと笑みながら対処をする。

 白夜は従業員が奥に帰っていくのを見て溜息を漏らす。

 

「なーにがバカにしないでだ」

「うぅっ…」

 

 古都もう情けないを通り越して若干涙目になってしまう。

 

「ごめんごめん悪かったって、じゃああの人はどう?」

 

 次は七十は超えているであろう老夫婦の片割れである老年男性だった。

 顔にしわこそあるがそれが長年培ってきた人間の重みと優しさという形に見えなくもない。年齢差は五十以上もある相手、これは異性というよりも孫と祖父だ。

断じて男性ではないだろう。

 

「…………」

 

 だがそんな相手に対しても古都は若干眉をしかめて視線をそらしてしまう。

 それを見た相手は若干呆れたような表情を作る。これもダメなのかと。

 

「あーじゃあ…あの子は?」

 

 最後聞いたのは母親に連れられていると思われる小学生くらいだと思われる子供だ。異性というよりは可愛らしいといった感じが強い。

 さすがにこれは…と恐る恐る古都の顔色をうかがうのだが。

 

「…………」

 

 するとこれまでとは違って無表情の中にも若干の殺意を滾らせた雰囲気をまとい始める。だが彼女はハッとして慌てて視線を逸らしてところなさげにする。

 そんな相手の姿を見て何か言わなくてはいけないと思ったのだが、何故か踏み込めない圧のようなものを感じて留まる。

 そこで白夜はふと思った事を口にする。

 

「そう言えば聞いてなかったんだけど、最終的にどんな感じになりたいの?」

「え?」

「例えば最終目標が男性と付き合えるレベルまでいきたいのかとか、あくまで幅広い人脈が築けれればいいのか、あと理想とする女性像的な感じかな」

 

 彼女は再婚と連れ子の事を知らないためあれこれ提案をする。

 目標を決めていなくてはやる気も出ない。最終的なゴールを決めていない努力は永遠にマラソンをするかのようなただただ苦しいだけのものになってしまう。飴と鞭のように努力するために必要な対価はやはり必要だろう。

 

「それは決まってます!」

「う、おお…そうなんだ」

 

 相手があまりにも食い気味に返事して来たため少しだけ引き気味になってしまう。

 

「それは勿論白夜さんです!!」

「はぁ……?」

 

 自分の事を理想像と言われてあっけにとられてしまう。一体自分の何に魅力を感じたのだろうかと。

 

「私に?」

 

 相手が自分を指さして何が何やら分からないよといったリアクションをするのを見て、古都は熱弁を始める。

 

「だって男性複数人相手でも臆することなく飛び込んで謝らせるなんて凄いじゃないですか!それも私にも等しく注意して一方的な目線で相手を見るようなことしなかったですし、裏表のないこうさっぱりした感じが素敵だったです。そんな風に誰に対しても堂々としたいな、強くなりたいみたいな感じで」

「う~ん…」

 

 だがその誉め言葉のつもりだった言葉に対して白夜は困ったような表情になる。

 先ほど男っぽいと言われた際は何も気にしていなかったというのにこの手の誉め言葉には若干の難色を示した。

 

「…先に言っておくけど…私だって自分の内面全てをさらけ出してるわけじゃないからね」

「え」

「誰だってそうなんだろうけど、大切な人に見せる自分、そしてその他大勢の人に見せる自分を分けてるだけ。さっきあなたに見せたのはいつの私とは違う余所行きの私で、いつもよりも何倍に、それも無理して演じる強がりな白夜って私なだけ」

「白夜さん?」

 

 相手が語り始めたのを見て古都は怪訝そうになる。先ほど親嫌いを告白した時のような嫌悪溢れるものでは無いが明るい感じではなくなった。

 

「思うんだけどさ。人間の性格や傾向って一側面だけじゃないと思うんだよね。強い部分と弱い部分が混ざり合ってその人って作られてると思うから。だから古都はきっと男性が苦手な部分が人よりも強いだけだと思うんだよね。何より自分よりも腕力の強い相手に警戒心を抱くのはおかしい事じゃないよ、古都はきっと自分をちょっとだけ守り過ぎちゃうだけだって」

「白夜さん……」

 

 男性が苦手という側面をただ全面否定するわけでは無い相手の励ましに感動してしまう古都。

 

「まあ大丈夫大丈夫、女ってのは男に惚れてメロメロになっちゃって最後には股を開いて男と合体するように生物的な特徴として出来てるんだから、それに反する男嫌いなんて修正できるって」

「白夜さん!?」

「あ、ごめん。うっかりしてた」

 

 だが励ましの後半があまりにも最低だったため軽く悲鳴を上げてしまう。

 相手のそのリアクションを見て舌をぺろりと出してついうっかりといった感じの反応をする。

 まるで男子校のような(偏見)ノリで話始める相手に古都は注意を促す事に、それはレディがしていい発言ではないだろう。

 

「ま、ままっ…股とかはしたないですよ!?」

「いや、ごめんて…ついいつものノリが出ちゃったんだって……」

「いつもどんな会話をしてるんですか!?」

 

 何かと謎ばかり増える女性だった。

 そこで相手はふと思い出したように口を開いた。

 

「そう言えば男性恐怖症、多少は改善した?」

「えっと」

「まあ今日一日で簡単に治るもんじゃないんだろうけどね。情けない限りというか」

「ごめんなさい……」

 

 相手に呆れられていると思ってしまい古都は今日一番に俯いてしまう。

 そんな相手の態度を見た白夜は自分が誤解をさせる言い方をしている事に気が付いたため即座に訂正に入る。

 

「ごめんね、そうじゃなくて私の力不足かなって…」

「そんな事無いです!白夜さんはこんな突然の無茶ぶりにもここまで付き合ってくれて…それに色々と詳細は伏せてるのに……本当にありがたいです…」

 

 彼女はひたすら感謝の弁を述べる。

 そこで白夜はふと外を見る。僅かにだが外が薄暗くなっている、いつの間にか時刻は夕食時に近づいているのだ。

 

「そろそろ時間も遅いし解散しよっか」

「本当ですね…もうこんな時間…」

 

 相手に言われてふと古都は自分のスマホを取って時刻を確認する。何だかんだで会話が盛り上がってしまったため彼女の時間の感覚は曖昧になっていた。

 元々土地勘のない土地である事を考えれば家に帰るまで時間は想定よりもかかってしまうだろう。そろそろ帰り支度を始めなければ真っ暗になりかねない。

 こうして二人は自分たちに割り振られていた席から立ち上がってお代を払うためにレジカウンターまで歩いて行く。

 

「うっ…」

 

 レジ前にいた従業員は男性だった。それを視認すると古都の口から苦悶の空気が漏れる。

 いつもであればずっと俯いてお代を払ってそそくさと店の外に出る状況、それに今は連れがいるためその相手に頼んでその場を凌いでもいい。

 

(だけど……)

 

 もしこの場で相手に対峙しなくてはまるで白夜と一緒に居たこの時間がまるで何の意味もないかのように思えてしまうのだ。

それだけはあって欲しくない、あってはいけないのだ。

 古都は白夜が手に持っていた伝票を掴むとレジの店員に差し出す。

 

「あのー…いいですか…?」

「はい、では二千五百円になります」

「はい、えっと」

 

 財布からお金を出す間も自分に視線が向けられている状況に僅かなプレッシャーを感じる。

 いつもであればそこまで気にする事は無いのだが、今は白夜が自分の行動に注目しているためかやはり緊張感がある。今だけは無言で店を出るというのが許されないかのように思ってしまう。

 

(なっ、何か言わないとっ)

 

 古都はたった一言の「ケーキおいしかったです」を口にしようとするのだが中々勇気が出ない。このまま足踏みをしていては店員が清算を済ませてしまう。

 

(やっぱり駄目なのかな…)

 

 喉が痙攣するだけで声が出てこないのだ。その事実に情けなくなる、やっぱり自分が努力しようが駄目なのかと、そもそも努力自体が無駄なのかと。

 だがそこで彼女の右肩に僅かにだがぬくもりと圧を感じる。

 

「……え」

 

 彼女の右肩に触れていたのは白夜の左肩だった。優しく寄り添うように相手が傍に寄り添っていたのだ。

 先ほど男子三人組と対峙した時に肩を掴んでくれたように触れた部分から勇気が流れ込んでくるようなそんな気がしていた。気がしたのではなくきっと彼女の心に少し僅かな勇気が入り込んできた。

 古都は貰った勇気を精一杯振り絞って視線を上に向ける。そこには男性がいた、いつもであれば俯いて表情なの見る事はない誰もが普通の世界であるが彼女にとっては未知の世界。

 すると相手と目が合ってしまう。店員はにこりと営業スマイルをかますのだが彼女からすれば恐怖の光景だ。

 だが今だけはそんな恐怖であるはずの光景もへっちらな気がしていた。

 彼女は意を決して口を開く。

 

「あの…ケーキおいしかったです、また来ます」

 

 

 二人はお代を払って店の外に出る。

 まだ夏なので若干薄暗いが夜目を利かせなくても十分外を歩ける明るさだった。

 店を出ると白夜はふと話始める。

 

「凄いね古都は……」

「私…ですか…?」

「本当なら男と話したくないのに、それでもめげずに頑張ってる…かじりついてる…逃げなかった…やっぱり凄いよ……」

 

 今度は古都ではなく白夜の方が俯きながら話始める。その姿はまるで罪人が許しを請うために神に対して必死に懺悔を行うかのような痛々しさがあった。

 

『……………………』

 

 二人の間に重苦しい沈黙が流れる。その沈黙を先に破ったのは白夜の方だった。

 

「ごめんね、なんか変な事言っちゃってっ…!」

 

 いまだに肩の力が抜けている相手の手を取ったのは古都だった。いきなり手を取られて驚いている相手を見ながら彼女は言葉を発する。

 

「これは勇気のおすそ分けでお返しです」

「へ…?」

「さっき私の肩越しに勇気をくれたじゃないですか、正直白夜さんがどんな悩みを抱えているのか分からないですけど…ここまで他人に親身になってくれる白夜さんが苦しんだり不幸になって欲しくないです…だから…私だって相談に乗ります」

 

 そして確固たる思いの籠った言葉で宣言をする。

 

「私だって力になります…それが約束ですから」

「それは……」

 

 ふと白夜の脳裏に浮かんだのは自分が言った言葉の数々。

 

『あなたと同じで自分の嫌な所を治したいって思ってる、けど改善の兆しは現状ない』

『だからあなたを観察してそんな自分を変えるための参考にしたい』

 

 白夜の強さに対して古都の感銘を受けたように、その逆の古都が困難に立ち向かおうと頑張る姿に白夜もまた勇気を貰っていたのだ。

 

「そっか、ありがとう」

 

 白夜は今日一番の笑顔でそう言った。

 

 

「そうだ、連絡先というかメールアドレスね。携帯貸して」

「どうぞ」

 

 スマホのパスワードを解除して古都は相手にそれを渡す。

 受け取ったスマホを弄ってなにやら作業をする白夜。

 

「はい、アドレスを入れてそれでメールを出しておいた、これで交換した事になるからよろしくね」

「ありがとうございます」

 

 アドレスを入れたスマホを相手から手渡されて感謝を述べる古都。

 

「家ここから近いの?送ろうか?」

「大丈夫です。隣町ですから近くに駅かバスがあると思うんでそれを利用しようかなって…」

「ふうん…ならこの通りをまっすぐ行って信号を左に行ったところにバスがあるからそれを使いなよ、一応停車場所の確認だけは忘れないでね」

 

 白夜の丁寧な対応。

それに対して軽く会釈をして感謝を述べる古都。

 

「ありがとうございます。そう言えば白夜さんはこの辺りに住んでるんですか?」

「まぁ…ギリ…この喫茶店から歩いて通える範囲かな…」

 

 自分の心配をしてもらったためその逆を行ったのだが、それに対して少し言い辛そうに答える相手。

 そこで白夜は相手の真正面に立ってから相手に話しかける。

 

「取りあえず困ったら気軽にメールしてよ。出来る範囲で手伝えると思うから」

「はい、白夜さんも困ったら私だって…ですよ」

「あはは、まあそこそこ期待してるよ」

「それは期待してないと同義ですね!?」

 

 一見朗らかに見えるがしれっと戦力外扱いされた事に軽い悲鳴を上げてしまう。

 

「そんな事無いって、古都のおかげで少しだけ前に進む勇気もらったんだよ。だから……」

「ひゃっ!」

 

 白夜に真正面から相対されて両の手をそっと取られた事で先ほどとは違う可愛らしい悲鳴をあげる。

 

「おすそ分け余分に貰っちゃった、じゃあね」

「あ、あのっ」

 

 すると相手は手を離してそのままバス停のある方向とは逆の方へと走って歩いて行く。

 走っていく相手の背中を見送っていき、相手の姿が見えなくなるとまるで台風が通り過ぎたかのようで一気に静かになる。

 

「行っちゃった…」

 

 周りには車も、そして疎らながら人がいてそれなりに騒がしいというのに何故かここに自分しかいないかのような寂しい気持ちになる。

 そこで彼女は慌てて自分のスマホを開いてメール欄を確認する。そこには間違いなく先ほど白夜が送った空メールが存在する。

 

「えへへ」

 

 それを確認してうっかり笑みがこぼれる。

 間違いなく先ほどの邂逅はあったもので、これから先何度でも会える機会はあるという事だ。

 そこで彼女は送られた先を見て不審そうな顔をする。

 

「これ…スマホに登録されてるメールアドレスじゃない…ウェブサイトでとかでいくらでも作れるやつだ」

 

 

 白夜との出会いから一週間後、古都は父親に連れられてそこそこ値段のしそうなレストランに連れられていた。

 

「古都大丈夫か?」

「ちょ、ちょっとだけ緊張してる……」

 

 ドレスコードが存在するほど堅苦しい場所ではないのだがそれでもその辺の安価な飯屋よりは格式が圧倒的に上なのは間違いない。

 

(白夜さんの事も心配だけど…)

 

 少し前に白夜から意味深なメールが送られて来てそれに対して返信はしたのだが、中々それだけに思考のリソース割くわけにもいかなかった。力になりたいといった手前情けない話だった。

 今日が例の再婚相手とその連れ子の人との会食の日なのだ。古都の人生の中でも失敗することが出来ない一大イベントの一つなのだ。父のこれからを考えたらとちる事など許されない。

 

「おーい!洛さーん」

 

 すると遠くから女性の声が二人の耳に届く。

 そこには四十代半ばと思われる女性が元気そうに手を振ってこちらに早歩きしてきている光景が。

 

「杏さん、お久しぶりです」

「あ、古都と言います…その…よろしくお願いします」

「あら、あなたが古都ちゃんね。洛さんから色々と聞いてます。基山杏です、よろしくね」

 

 引っ込み思案な古都に対して、朗らかでありながら言葉をどんどん繋げて自分のペースで通してくる杏だった。

 

「ところで息子さんは?」

「っ」

 

 自分の父である洛が相手を見て、古都にとっての問題を口にする。

 それを聞いて古都は体を固くする。彼女が抱える現状最大の問題点である男性恐怖症、それをこの場にいる人間に悟らせる事無く乗り越えなくてはいけない。

 

「紅陽は…来ないかもしれないわ……」

「え、どうしてですか…?」

 

 杏から告げられたその一言に洛は驚きの声を。

 そもそもこの場はお互いの子供を顔見せさせる意図があるのだ。なのに来ないかもしれないというのが分からなかったのだ。

 

「あの子は…再婚に否定的だったわ…だから来ないと思う…」

「え……」

 

 相手から告げられた真実を聞いて古都は呆然とする。

 勿論覚悟を決めて来たというのに件の人物がいなくて肩透かしを食らったというのも勿論ある。

 決して誰も彼もが親と友好的関係性を築けるわけでは無いのは、人生経験が圧倒的に不足している学生という身分である自分もそれくらいは理解できたが、それでもはいそうですかと気軽に言える問題ではない。

 洛もまた驚いた表情をする。自分の娘はあっさりと再婚に対して首を縦に振ったためそのギャップを勝手に感じたのだろう。

 そもそもよく考えれば新しく家族になる人間に対して嫌悪感に近いものを無意識に感じる人もいるだろう。自分の心理的なスペースや距離感を大事にする人もいる。

 人の心のおおよそを推し量れても、その詳細はその人本人にしか理解できないものだ。

 

「そうですか…取りあえず…お店に入りませんか?暑いですし…」

 

 沈んでしまった空気を変えるために彼は必至に話題転換を図る。

 来ない人を待っていても仕方のない話だし、これからどのように立ち回るのかを相談しなくてはいけない。

 何よりもこの食事会は楽しい会にするつもりだったのだ。出鼻は挫かれてしまったがそれでもこのコンセプトは守りたいのだ。

 

「遅くなりました。すみません」

「……ぁっ」

 

 だがそこに突如現れた男の子の声。

 それを耳にして情けない話だが癖で反射的に古都は俯いてしまう。

 

「紅陽来てくれたの!」

「別に…相手に迷惑をかけたくないだけ」

 

 母である杏の嬉しそうな態度に対して、それを向けられた相手は淡々と流してしまう。

 そんな傍から見たらちょっとツンデレ気味なやり取りを微笑ましく思っていた洛は、そこで一歩踏み出して声をかける。

 

「君が紅陽君だね。自分は吉志洛といいます。今日は来てくれてありがとう」

「いえ、こんなしょうもない母親を相手にしてくれてありがとうございます。基山紅陽です。遅れてしまって申し訳ありません」

 

 相手からの挨拶にも嫌な感じなど一切見せずに応答する。ちなみに母である彼女は「しょうもないって…」と軽いショックを受けていた。

 そして彼は自分の娘の事も紹介する。

 

「ほら、古都も」

「あ、あのっ…私、吉志古都って言います…その…今日はよろしくお願いします…」

 

 彼女なりの精一杯の勇気を振り絞った挨拶。

 

「…………?」

 

 だが父の時のように素早く反応が貰えないのを不審に思った彼女はもう一度勇気を振り絞ってチラリと相手の顔を見る。

 

「え…?」

 

 彼女は相手の表情を見てつい空気が漏れてしまう。それは男性に対する恐怖心も一瞬忘れてしまう光景だったのだ。

何故なら相手の表情が驚愕で染められていたからだ。それは何でここにお前がいるんだと表情で語っていた。

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