偽りだらけの義兄妹生活   作:高町廻ル

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神の悪戯というより嫌がらせ

「再婚…?」

「うん、再婚」

 

 家のリビングにあるテレビの見ながら寝起きた時の服装そのままでくつろいでいた基山紅陽が、突然自分の母親から告げられた一言は衝撃という表現が当てはまる反応を示した。

 

「前から良いなって思ってる人がいてね、一度食事会をしようって事になったのよ」

 

 彼の母親である杏は嬉しそうにその事を告げる。

 きっと彼女の中には幸せな家庭の全体像がおぼろげに見えているのだろうか。かつて前の夫相手では失敗してしまった優しい家庭を。

 再婚話を黙って聞いていた紅陽は俯いて何かを考えている。先ほど得た情報を自分の中で落とし込もうとしている。

 

「…母さんには悪いけど…俺は再婚に反対だな」

 

 考えた末に彼が出した答えはそんなものだった。再婚するという事実は受け入れ難かった。

 ハッキリと拒否の意を告げられて先ほどまでの浮かれ具合は一瞬で霧散して彼女は凍り付いてしまう。

 

「ど、どうして…?」

「どうしてって…それは…分かんないのかよ……」

「……言ってくれないと分からないわ…」

 

 いきなり家族が増えるかもしれないと言われて動揺やつい咄嗟に拒否をしてしまうのはおかしな話ではないだろう。

 だが彼の声色にはハッキリとした理由があって再婚を否定しているのが伝わった。そして母である杏は情けない事に相手の信念と理由が分からなかった。

 だからこそそれを口にして欲しいと懇願をする。相手を理解したいから、家族だから。

 だが一方で理解されていないという事実が彼の苛立ちを一層に加速させてしまう。

 

「っ…もういい……」

「紅陽待って!」

 

 彼は怒りだけでなく同時に居たたまれない気持ちになり、母親の制止を振り切ってリビングから出て行く。

 そして自分に割り当てられた部屋の入り口に置いてあった黒い大き目のトートバッグを持って乱暴に玄関ドアを開けて外へと飛び出して行く。

 

 

(あーあ…やっちまった…)

 

 晴天下の中本来であれば熱くて仕方ないところだが、今の彼はそれどころではなかった。

 自分の心中を察してもらえなかったというだけで癇癪を起したみっともないバカ息子、そんな情けない存在に成り下がった自分を嫌というほど自覚してしまった事で頭がいっぱいだった。

 

「ほんと…最低だ…」

 

 一言で自分という存在をまとめるのならこれほどぴったり当てはまるものはないだろう。

 とにかく今の彼は親不孝者でしかない、そして何よりそれを他人に見られたら耐えられない。

 俯きながらそんな事を考えていると道端にいる通行人が自分の事をじろじろと興味深そうに見ていた。

 

「……?あっ…」

 

 最初彼はなぜそんなに変な物を見るのか分からなかったのだが、冷静になるとそれが分かった。

 今の彼は寝巻のままで家を飛び出してしまっているのだ、夜中にコンビニに寄るくらいならそれでも問題無いのかもしれないが、さすがに真っ昼間にそれは悪目立ちが過ぎる。

 だが幸いにも彼は着替えの代わりになるものを持って外出していた。

 

「しゃーないか、取りあえず白夜になっとくか」

 

 彼の持ってきたトートバッグの中身は女装用のアイテム一式なのだから。

 

 

 公衆トイレの男女共用で使えるトイレから出てきたのは、事情を知らなければこの人物が男だとは絶対に気づかれないであろう美少女だった。

 例のトートバッグを肩にかけて何やら呟いている。

 

「取りあえず姉ちゃんに相談しようかな…今後の立ち振る舞いとか…家族についてとか…」

 

 近所の公園内にある公衆トイレでコッソリと女装を完了させた紅陽はこれからの立ち振る舞いについて考えていた。

 そこで一つの案として思いついたのは離婚して父親に引き取られた姉の元へ行って相談するというものだった。彼の知り合いの中でここまで重い話題に乗ってくれる相手など限られている。

 

「…えーっと怪我とかないか?…てか良かったらちょっとお茶とかど、どう?奢るぜ?」

「あん?」

 

 取りあえず移動しようとしていた彼の視界に入ったのは男三人が一人の女の子にナンパをしているという光景だった。

 

(おいおい…ナンパしている君…ガチガチだし下心が先行して声が震えてるじゃん…)

 

 百点満点でナンパの精度を評価することが出来るなら間違いなく赤点間違いなしのクオリティーだった。

 

「やっ!」

「なっ…」

 

 すると目の前で相手の手をはたいてしまい一触即発になってしまう。

 

「こんのっ…!」

(ばかやろっ!)

 

 頭に血が上ってしまい男側はカッとなってしまい手を出しそうになってしまう。

 それを見た彼は反射的にその場へと飛び込んでいく。そして相手の拳が見事にクリーンヒットして倒れこんでしまう。

 

「いっつ~…!」

(マジでいってぇ…!)

 

 痛いのと同時にカッとなったとはいえこの威力を相手にぶつけようとしていた事にも苛立ちが生まれる。

 そして口の中が切れて若干だが血の味がしている。

 

「だっ…大丈夫ですか!?」

「んっ…へーき、こんなのかすり傷だよ」

 

 本当は血の味がして不快だったし、頬はズキズキと痛んだがそれでも男の矜持として何とか体裁だけは保つ。

 痛いのを堪えて立ち上がり相手を睨みつけるのだが、男三人衆は傷つけてしまったという事実に混乱と悔恨、そして途方もない罪悪感を顔に出していた。

 それを見てしまったら何も言えなくなってしまった、見てしまったら怒りで熱くなってしまっていた頭も冷えてしまった。

 既に反省と後悔でいっぱいいっぱいの相手を責めたてても仕方ないだろう。勝手に後悔の海に溺れてしまえばいいのだ、そこから浮上するか沈んでダメになるかは相手次第だ。

 

「うっ…何だよ…」

 

 内容だけなら若干強気のセリフだが表情は小動物よりも弱々しそうだった。

 だからこそこれ以上相手が悔恨で苦しまない方法をとる事にした。

 

「悪い事をしたら謝る!」

 

 

「じゃあね」

 

 紅陽はトラブルも一段落したためその場から離れることにする。そもそもの目的が街のパトロールではないのだ。

 

(道草食っちまった…)

 

 時刻はまだまだ昼間だが家から往復時間を考えればそんなにのんびりもしていられない。

 

(とにかく湿布でも買ってから行くか、あとなんかお菓子も買っとくか)

 

 彼はそう考えて近くのコンビニに寄る事にする、のだが…

 

(てかあの子さっきから付けてきてない?気のせいだよね、行き先が同じ方向とか?)

 

 先程から自分の後を付けてきている少女の事が気になって仕方ないのだ。何かを言いたそうに、俯きながらも時折自分の背中に視線を向けてくるのだから気になって仕方ない。

 顔が赤く腫れてしまっては姉のもとに顔を出すのも厳しいため、気まずいが一旦家に帰る事にしたのだがつけられている今の状況ではなかなかそれも難しい。

 

(帰る方向が一緒なのか…?)

 

 考えられるのはそれだが、同時に何故かそれは無いんだろうなという雰囲気を彼は感じていた。

 

 

(まだいるじゃん…)

 

 コンビニで湿布を買った彼の視界の端にはやはり自分をつけて来たであろう古都の姿が写っていた。

 まさか人生初のストーカーが女の子になってしまうとは思っていなかった彼は泣きそうになってしまう、ただ善意から殴られそうになっていた女の子を助けただけなのに。

 

 いい加減気味が悪いため直接相手に意図を問いただす事にした彼は近場の公園に誘導して話を聞くことにする。

 

「えっなに?」

 

 彼がそう告げると相手は慌ててしまう。

 だがその後いくつかの面倒なやり取りの後、古都は勇気を振り絞ってそう言った。

 

「白夜さん…私の男性恐怖症を治してください!」

 

 

「いらっしゃいませ~二名でよろしいですか?」

「お願いします」

 

 彼が良く男友達とやって来る喫茶店に相手を連れてくる。

 この場所はカップルで行くと色々と割引してくれるという非リア泣かせのお店なのだ。どうやって割引を適用しているのかは今は割愛。

 

 店の奥の二人掛けのテーブルに誘導され、その席に二人で座り相手の話を聞くことになる。

 

「それでもう一度聞くんだけど男性恐怖症の克服を何で私に頼むのかな?」

 

 紅陽は極力女の子に聞こえる白夜用の声色を使って優し気に問いかける。

 相手の優しげな雰囲気に安心したのか古都はポツポツと話始める。

 

「えっとあのですね。私って小さい頃に男の子が怖くなっちゃってそれで凄く困ってたんです」

「うんうん」

「それで男性恐怖症でさっき色んな人に迷惑をかけちゃいましたし、その…治したいなと…それでさっき白夜さんと一緒に居たら相手の顔を見て話すことが出来たんです…だからその…手伝って欲しいんです」

 

 それを聞いていろいろなことを紅陽は考えてしまう。

 そもそも自分の事だけで精一杯なのに他人の事を気にかけている余裕はないよなとか、男性恐怖症なんていう繊細な問題を自分でどうこうする事なんて困難だよなとか、そもそも赤の他人に人生相談するなよななどを考えてしまう。

 

(取りあえず断る方向性で行こう)

 

 紅陽はそれとなく、そして傷つけないよう言葉に気を付けながら話始める。

 

「取りあえず一つ目の疑問点いいかな?」

「はい」

「何で、その、女の私に…じゃないね…何で私そのものに男性恐怖症を治す手伝いをして欲しいってお願いをするのかな…?」

 

 彼は女装をしており見た目が女の子とはいえ赤の他人に助けを求めることに疑問を感じてしまった。いくらんでも相談できる同性の友人の一人くらいはいると思ったので、白夜という存在のどこに症状を緩和する道を見出したのか知りたかったのか。

 そう言われた相手は言い辛そうにしながらももじもじと話始める。

 

「え、えぇっと…そのお……」

「えっ…な、なに…?」

 

 彼は相手のその態度を見て若干青ざめる。もしかして目の前の彼女は自分の本当の性別に気が付いているのではないのかと。

 

「その…白夜さんって女性ですけど何と言いますか男性っぽいじゃないですか、あのチャラい人相手に割り込んで殴られながらも堂々としてたり。身長も高くてすらっとしてて、あと結構肩幅も広いですよね」

「う、うん」

 

 こいつ本当は気が付いてるんじゃないのか?と内心思いながらも相槌を打つ。

 その淡々とした態度を見て相手は焦ったように弁明を図ろうとする。

 

「……あっごめんなさい!」

 

 男性っぽいとか肩幅が広いというのは女性からすれば誉め言葉としてとられない可能性がある事に気が付いた。

 

(そういう事ね)

「それはいいよ。続けて」

 

 相手の内心に気が付いた彼は弁明を流す事にする。

 白夜が怒っていない事に気が付いた古都は続きを述べる。

 

「それで女性なのに何というか男性っぽさもあって、緊張感と安心感がすごくいい塩梅といいますか、白夜さん相手なら凄くいい感じなんです」

「そ、そう…」

 

 彼は何を言いたいのかよく分かっていなかったが、取りあえず理解できたのは白夜という存在はこれまで出会ったことの無い特別なオーラをまとった人物だという事だ。

 

(困ったなぁ……)

 

 何やら知らない内に頼りにされているという事にほとほと困ってしまう。

 取りあえずプランBの専門家に頼って作戦を敢行する。

 

「えっとちょっと突き放す言い方になるけど…私にじゃなくてカウンセラーや精神科に相談するのはダメなの?」

「それは…ちょっと……」

「何がダメなの?」

「病院に相談するには親にはまず相談しないといけなくて……」

「ん?ん、何がダメなの?」

 

 彼は相手がしり込む理由が分からなかった。まさか病院嫌いだから行きたくありませんではないだろうに歯切れの悪さがどうにも気になった。

 

「あの、そのっ」

「ん、まぁ言いたくないこともあるだろうし」

「私実はお父さんと二人暮らしで…」

「へっ」

 

 ここで彼は相手のその発言に興味をひかれてしまう。

 

「私は今お父さんと二人暮らしで…お母さんが亡くなった後も一人で頑張ってくれて、やっとなんです…なのに私が男性恐怖症なんて知られたらきっと迷惑がかかっちゃいます…お父さんの幸せが逃げちゃうんです…それだけは嫌なんです…許せないんです…」

「…………」

「小さい頃から怖がってばかりで…これから先もこの調子じゃきっとたくさんの人に迷惑をかけちゃいます…もう逃げてばかりは許されないんです……」

「…………」

 

 紅陽は黙って相手の独白を聞いていた。詳細を聞いたわけでも全てを理解できたわけでは無いがそれでも、それを口にする事がどれほど勇気のいる行為だろうかと考える。

 先程までの彼は自分の気持ちを整理する事に精一杯で、母親がどんな気持ちで再婚を決意したのだろうかと考えることが出来なかった。

 だが彼の目の前にいる少女は自分自身が向き合う事すらも辞めたくなるような事に対しても、自分だけでなく父親の事を考えて立ち上がろうとしている。

 それは今の彼には出来ない事だった。

 だからこそ相手の力になりたいと思った、そして相手の事を知って自分も変わりたいと思ったのだ。

 

 

 軽い下ネタをうっかり挟むなど若干ぼろが出そうになりながらも古都との面談を終えた紅陽はそれとなくお開きにしようとする。

 二人は席から立ち上がってお会計をしようとする。

 そこで彼はレジの方へと視線を送る。

 

(ん、あ、レジ係の人男の人じゃん)

 

 この場は自分が財布を出した方がいいなと思ったのだがそこで予想外の出来事が起きる。

 それは古都が前に出て自分から店員の相手をしようとしていたのだ。

 

(マジ?)

 

 この短時間でここまで成長した事、そしてなにより自ら変わろうとするその姿勢を見て彼は感銘を受けた。

 

「はい、えっと」

 

 だが古都は中々二の次の言葉を発することが出来ない。だが彼は何をしたらいいのか分からない。

 相手の背中でも叩いて発破をかけてもいいのだが何となくだが女装した状態で相手の体を触るのは中々に罪悪感があった。

 だからせめて傍で勇気だけでも伝えられたらと傍に近寄る。そして肩がくっついてしまうのだが、最初は古都も驚いていたが変に力が抜けたのか店員にお礼を言って会計を済ませた。

 

 変わりたいと本気で願うのならきっとそれは現実にする事が出来るのだと。

 そして同時に考えてしまったのは自分のみみっちさともいえる部分だった。似た境遇でも努力できる人がいる、変われる人がいる、その事実が虚しさを生んでしまう。

 喫茶店を出るとつい弱気な部分を見せてしまう。

 

「凄いね古都は……」

「私…ですか…?」

「本当なら男と話したくないのに、それでもめげずに頑張ってる…かじりついてる…逃げなかった…やっぱり凄いよ……」

 

 つい口から出てしまったが、彼はすぐにこのままではいけないと何とか話題を逸らそうとする。

 だがそれを行うことは出来なかった。何故なら古都の方から手を繋いできたからだ。

 

「ごめんね、なんか変な事言っちゃってっ…!」

「これは勇気のおすそ分けでお返しです」

 

 彼女は言った。ここまで親身なってくれる白夜がそんな風に苦しんで欲しくないんだと、そして自分だって相手の力になるんだと。

 

(そうか…逃げたらだめだよな…再婚を拒否するとしても…受け入れるとしても…母さんと向き合わないと……)

 

 その時彼の心の中に勇気のようなものが生まれた。

 

 

 その後、彼女の帰り道の案内とメールアドレスを伝えてから別れる流れになった。

 紅陽としてのメールアドレスやSNS等は教えられないため、不便ではあるが白夜用の無料アドレスを教えておく。

 

「ありがとうございます。そう言えば白夜さんはこの辺りに住んでるんですか?」

「まぁ…ギリ…この喫茶店から歩いて通える範囲かな…」

 

 相手はそれとなく住んでいる場所を聞いてきたが白夜という人間の住んでいる住所は存在しないためそれとなくはぐらかす。聞いてきた相手もその雰囲気を察したのか深く突っ込んでくることは無い。

 

「取りあえず困ったら気軽にメールしてよ。出来る範囲で手伝えると思うから」

「はい、白夜さんも困ったら私だって…ですよ」

「あはは、まあそこそこ期待してるよ」

「それは期待してないのと同義ですね!?」

 

 古都の努力や協力によって自分の傾向が改善すること自体に期待しているというよりも、彼女の頑張っている姿を見て自分も勇気を貰える方が大きい。

 そもそも他人の心配よりも自分の事をまず第一に考えて欲しいというのが正直な所なのだが。

 

「そんな事無いって、古都のおかげで少しだけ前に進む勇気もらったんだよ。だから……」

「ひゃっ!」

 

 相手が思っていたよりも面白いリアクションを見せるため、ちょっとからかい成分込みのアクションを取ってみる。つまり手を思い切って握ったのだ。

 

「おすそ分け余分に貰っちゃった、じゃあね」

「あ、あのっ」

 

 だが相手が金魚のようにパクパクしているのを尻目にその場から離れていく。

 一方で紅陽は曲がり角を曲がって相手から死角になる場所にたどり着く、するとその場で立ち止まって自分の手を見やる。そこには女の子と言い張るにはごつく、男と言い張るにはいささか頼りなさが混じっている細い指。

 

(というか…見ず知らずの…今日知り合ったばかりの女の子の手って握るか普通…てか柔らかかった…)

 

 基山紅陽はあんなに偉そうに接してたというのに、生まれてこの方異性との交際経験ゼロのギンギン童貞野郎なのだ。

 

 

「ただいま」

「紅陽お帰りなさい…ってどうしたの…?」

 

 彼が家に帰るとそこには母親である杏が不安そうに出迎えるのだが、二重の意味で驚くことになる。

 まず女装姿で帰ってきた事と、どことなく機嫌が良さそうだったから。

 つい数時間前まではあれほど荒れてむしゃくしゃしていたというのにこの変わりようには驚いていた。

 そもそも帰ってこない事すら想定に入れていたというのに。

 

「あのね紅陽…さっきの事なんだけど…」

「再婚…か…」

 

 相手が少しだけ翳った表情で再びその問題を口にする。

 元々再婚云々で拗れてこの家から飛び出したのだ。問題を先延ばしにして逃げたのだ。

 

「少しだけ…悩んでいい…?…逃げないから…ちょっとだけ時間が欲しい…」

 

 それは情けないお願いなのかもしれない。

 だが互いにこぶ付き者同士の再婚というのはただ男女の同意だけで決められるものではないだろう、そんな単純な物であったらここまで悩むことは無いだろう。だからこそ結婚を考える機会を自分にも少しだけ分けて欲しいとそう言ったのだ。

 

「うん分かった…いえ…ありがとう…」

 

 何かが変わった自分の息子を見てただ感謝の言葉を述べた。

 

 

「じゃあ先に行くから…気が向いたら来てね」

「…………」

 

 家の玄関扉の前で杏は自分の息子がいるであろう部屋に向かってそう声をかけるが、問題の息子の部屋から反応はない。

 今日は例の顔合わせ食事会の日なのだが、まだ紅陽の口からどうしたいのか、そして家族としてどうありたいのかの答えは出ていない。

 

 玄関の扉が開いてそして閉じる音がする。その音を耳にして自分の母親が出て行ったのを確認し、潜めていた息を辞めてふーっと吐く。

 

(なっさけな…)

 

 自分の暮らす家だというのにまるでここにいるのが場違いかのように逃げ隠れてしまっている己が嫌になる。

 いやほんとに何がにげないからだだろうか、しっかり逃げててこのざまである。

 

「つーか食事会早すぎだろ…」

 

 ベッドの上で寝返りを打ちながらそうぼやく。

 あの日から一週間しか経っていない、そんな短期間で結論を出せとかいくら何でも無茶すぎるだろうと八つ当たり気味な思考を巡らせる。

 そしてふと自分の手を見る。そこには今何も握られていない。

 

『これは勇気のおすそ分けでお返しです』

『さっき私の肩越しに勇気をくれたじゃないですか、正直白夜さんがどんな悩みを抱えているのか分からないですけど…ここまで他人に親身になってくれる白夜さんが苦しんだり不幸になって欲しくないです…だから…私だって相談に乗ります』

『私だって力になります…それが約束ですから』

 

 だがかつてそこには確かに勇気が握られていた。

 その事を思い出すと少しだけ頬が熱くなる、しっかりと冷房が効いた部屋にいるはずなのに。

 そしてふとメアドのチェック専用のアプリを起動して確認する。それは白夜用のメールアドレスだった、だがそこにある受信欄にはいまだに自分がスマホを借りて送った空メールしか彼女から送られていない。

 空メールのアドレスをコピーして文章を打ち始める。

 

『これから会いたくないけど、どうしても会わなきゃいけない人達がいるんだけどどうしたらいいと思う?』

 

 すると紅陽は白夜名義で古都に向けてこのような内容のメールを送った。

 正直相手からすれば何が何やらといった感じだろう、何ならめんどくさいと感じて無視されてもおかしくない内容だ。

 だがそんなネガティブ思考に反して十分後にメールの返事が返ってくる。

 

『正直詳細が伏せられてて私にはハッキリとは答えられないので、これが白夜さんにとって欲しい回答か分からないので間違っていたらごめんなさい。白夜さんが会いたくないと心の底から思ってる問題ならそもそも相談しないと思うんですよね。だから行って会った方がいいと思います。それで後悔したら私が責任を持って相談に乗ります、その時は一緒にあの喫茶店でケーキでも食べて愚痴りませんか?』

 

 その内容は積極的に失敗しろ、失敗していいとも取れなくないものだった。

 

「男前過ぎないか?」

 

 本当に男性恐怖症でアップアップだった彼女と同一人物なのだろうか…とメールの文面を読んで首をかしげる。

 そもそも白夜を女だと思っている事。そしてメールでやり取りをするのは自分のペースで相手の伝えたい事を理解することが出来て、返事をするのも自分の考えをゆっくりとまとめて返事を出来るためにしっかりと自分を出せるだけなのだが。

 そして何より自分の弱さに向き合おうと思ったその時からきっと彼女は強くなったのかもしれない。

 

「後悔してもいいか…中々難儀なことを言ってくれるなぁ…後悔って文字通りに後から来るものだから誰もが嫌がるものなんだけどな……」

 

 きっと行った方がいい事は彼自身も自覚はあった。

 例え顔見せをした事によって拒否する決定打となって自分も母も、そして再婚相手側も傷ついて元に戻らなくなるかもしれない。

 

「仕方ないか…まぁ喫茶店でお茶する口実だと思えば…」

 

 やれやれといった感じで横になっていたベッドから起き上がりクローゼット内を物色し始める。お堅いドレスコードは存在しないレストランなため服は基本派手さだけ気を付ける置きに行くファッションでいいはずだ。

 彼は女装時とは違い通常の男用の服にはそこまでこだわりを持っていないため、数が少なく似たり寄ったりしか持っていないし、靴もせいぜい二足しか持っておらずしかもどちらも同じブランドの同じ色という適当ぶりだ。

 彼は食事会に向かうために準備をする。

 

 

「確かこの辺りのはずだけど…あった…」

 

 スマホ内に入っている地図アプリと睨めっこしながらなんとか食事会の会場として予約をしている建物にたどり着く。

 

(えっとどこだ…っていたし…)

 

 敷地内に入って辺りを散策していると良く見慣れた自分の母親の背中を見つける。そしてその傍には再婚相手とその連れ子と思われる二人組がいた。

 その姿を見つけると若干だが申し訳なくなる、今間違いなくあの場の空気を悪くしているのは自分の所為なのだから。

 

「遅くなりました。すみません」

 

 自分の息子が来てくれたのを見て嬉しそうに話しかける。

 

「紅陽来てくれたの!」

「別…相手に迷惑をかけたくないだけ」

 

 だが簡単に素直になれない彼は潮対応に終始してしまう。

 その後、相手側と挨拶をするのだがそこで彼の視界内に予想を超える相手がいた。

 

(は、はぁ!?何で古都がいるんだよっ!ちょっと待てよ…まさか男性恐怖症を治したい理由って…そういう事かよ!!)

 

 ここで彼は全ての真相を理解した。

 会いたかった相手がまさか再婚相手の連れ子だとは思わず、驚愕と同時に呆然自失としてしまう。

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