自分の通っている学校で宛がわれている席でぼんやりとしている古都。
するとそこにメイクをしっかりと決めて、少し制服を着崩しているギャル風の女の子が相手を見つけると話しかける。
「おっは~古都」
相手からの挨拶を耳で拾うと彷徨わせていた視線を相手に向けてそれを返す。
「おはよう…みゃーちゃん…」
「どうしたの?元気ないぞー…いつもの事だけど」
「それ失礼」
軽口を受けても平然と会話を繋いでいく。この二人の関係は幼馴染だった。
相手の名前は実斗美弥。明るく、スタイルも良く、皆からの人気者のギャルという人種だった。
「んっとね……」
古都は自分が先ほどまで何の考え事をしていたのか、それをまだ目の前の親友に説明していなかった事に気が付いた。
「何か悩みがあるなら言ってみ?ん?ん?」
(う、うっざぁ…)
美弥ちょっとだけ煽り気味に相談に乗ろうとしてくる。
一応自分の事を心配してくれている事は理解できているのだがどこかイラっとしてしまうのは仕方ないだろう。
そこで相手は少しだけ元気を失い躊躇いがちに話始める。
「実際心配してるのはホントだよ。古都はどこか自分だけで何とかしようとしちゃうところあるしさ…確かに私じゃ頼りないだろうけど…」
そのセリフを聞いて、かつて自分の前で辛そうな表情を作っていた美弥の顔を思い浮かべてしまう。かつて親友に無力感を与えてしまい、その心を傷つけてしまった事を。
「そんな事無い!…よ……」
相手が申し訳なさそうにそんな事を口にしたのを見て、古都は椅子から立ち上がって大声で相手を否定にかかっていくのだが、その瞬間教室内の視線全てを集めるワンマンライブ状態になってしまい、顔を真っ赤にし恥ずかしがりながら椅子に再び座る。
◎
「そろそろ場も温まってきたところだし、二人とも何か聞きたい事は無いかな?」
洛の口から出て来たそんなセリフ。一見すれば自分と杏との馴れ初め等について聞きたい事は無いのかという風にも取れなくはない。
それもあるかもしれないが、この質問は再婚に対してどのような意見を持っているのかを知りたいという意図も含まれている。
「…………もし俺が再婚を…洛さんの事を断固拒否したらどうします?」
「…それは」
紅陽の口から出て来たそれは相手からすれば聞きたくはない言葉だったのかもしれない。
事実、洛の顔色は若干だが悪くなった。
「俺が嫌だと言ったら母さんとの再婚を諦めますか?」
その言葉をハッキリと口にした途端、四人が座っているテーブル周辺の気温が氷点下を下回ったかのように冷えた。
沈黙が辺り一帯を支配する。誰もが下手に口を開くことが出来なくなる。
「紅陽…それは……」
母親の杏は何とか口を開く。しかしそこには先ほどまでの元気と勢いは無くなっていた。
自分の母親の呟きも彼は視線を向けず相手にもしない。聞きたいのは洛の返事の一択だけだ。
(どっどうしよう…私どうすれば……)
母親ですら制することが出来ない紅陽を見て古都は自分が何とかしなくてはいけないと思ってしまう。
もしこのまま彼にこの場の支配権を与えてしまったら再婚話は立ち消えてしまうかもしれないのだ。父親の幸せを願っている彼女からすればあって欲しくない事だ。
だが同時に相手にとって納得のできる形と理屈を提示して誰もが笑顔になれる結末にしなくてはいけない。
それが出来るのは片親という同じ立場に立っているであろう自分だけだと、ここで自分が何とかしなくてはならないと考えた彼女は何とか勇気を振り絞って話しかける。
「あ、あの…」
「何?」
「ひやぁ……」
目を見てハッキリと言葉を返し来るという、古都基準ではなかなかハードルの高い現象が起こってしまいうっかり小さな悲鳴を漏らしてしまう。
それを耳にして相手の男性恐怖症を思い出した紅陽は、自分がやや凄みのある声色で話しかけてしまったのに気が付く。
「ご、ごめんなさい…」
「えっと…すみません…突然声をかけてしまって……」
まさか相手が自分が男性が苦手である事を把握しているなど知りようもない彼女は、彼の謝罪の本意の全てを理解は出来なかった。
「その…紅陽さんは…再婚が嫌なんですか…?」
何とか気持ちを整えた彼女は聞きたい事を聞く。
先ほどの発言を聞いておおよそ相手の気持ちを推し量ったが、それでもハッキリと言葉にしてもらわなくてはいけないとかんがえたのだ。
「再婚に対して肯定的じゃないとだけ言っとく」
強い否定では無かったが、それでもやんわりと肯定の気持ちはないと言った。
とはいえ簡単に引き下がるわけにもいかず何とか食い下がろうとする。
「何でなんですか?」
彼女から聞かれて一瞬目を伏せてしまう。だが何とか言葉を振り絞ろうとする。
「……俺の父親は一人しかいないから」
『!』
紅陽の躊躇いがちだったがそれでも確かな拒否の意が籠った一言に誰もが息を呑んでしまう。
元々基山家、もとい空川家は父と姉を入れた四人家族だった。
そして離婚した事を紅陽はいまだに根に持っていた。だから今になって再婚しますと言われて中々首を縦に振りたくなかった、ただの意固地だった。
「もし…再婚を認めてもらえないなら…」
そこで沈黙を守っていた洛はやっと口を開いた。
「認めてもらえるまでどれだけ時間がかかっても頑張る…かな…」
彼は恥ずかしそうに、そして同時に悲しそうな成分を含んだ表情でそう言った。
結局のところ自分の気持ちを理解してもらえるまで根気よく何度もぶつかるしかないし、それを行うほどに彼は真剣だという事だ。
「…………そうですか」
相手の真剣な瞳と声色を知った紅陽は僅かな沈黙の後何とか声を絞り出す。
「俺が嫌だって仮に言って…それでも再婚したい気持ちが揺るがないならすればいいと思います。二人の気持ちが真剣ならそれでいいと思いますし…」
彼の出した声色は納得とは程遠いものだったが、それでも相手の誠実さや誠意とも言える部分を好ましく思ったのだろうか。何とか意固地になってしまっている自分を殺そうと必死になっていた。
「い、いいのかい…?」
「良いも悪いも俺はまだ中学生で親の意向に逆らえませんから。それにさっきも言った通り、二人が互いに真剣ならそこに俺の意見は関係ありません」
相手からの恐る恐るといった感じの問いかけに、彼はやや棘のある投げやりな言い方をしてしまう。
彼は勝手に口が動いていく中でそんな自分に嫌気がさすが、これでも駄々をこねる幼い自分を何とか制している方だ。
「紅陽さんはそれでいいんですか…?」
「いんじゃないか?二人が真剣なら」
「でもそれは……」
古都は紅陽が自分自身を納得させて結論を出したとは思えず、再婚に対して同意を本当にしているのかと聞き返すのだが相手から帰ってくるのは意固地な返事のみ。器用に再婚を後押しするような事は出来なかった。
そんな痛々しい状態を見て彼の母親は何とか話しかける。
「紅陽…私はね…あなたの事を軽く見てるわけじゃないの…邪魔だって感じた事なんて…」
「……知ってる。だから気兼ねなく再婚しなよ」
「……紅陽…」
母親からの言葉にも意固地さと若干の投げやりさが出た返事しか出来なくなってしまっている。
本当はこんな言い方をしたいわけでは無い、それでも心の中に蟠る偏見にトラウマと積み重ねてきたものが男女関係や婚姻を否定的にさせている。
かつて白夜として古都が向き合おうとした自分自身の弱さ、それを見て自分も同じようになりたいと思った。だが結果は自分も、そして周りの人達も全員が納得出来る形に持っていく事は出来なかった。
◎
「はー…再婚ねぇ…しかも連れ子に男の子か…古都には中々辛いところだね…」
「うん…」
一通り食事会での出来事を話し終えると二人の間に何とも言えない空気が流れる。
先に口を開いたのは美弥だった。それはちょっとだけすねたような口調だった。
「私に解決は難しいかもだけど、でも相談の一つくらいしてくれてよかったんだよ?」
「それは…そうなんだけど……」
相手の機嫌を損ねてしまったのかもしれないと思ってしまいつい顔を伏せてしまう。
だが相手は本気で機嫌を損ねてしまったわけでは無く、ちょっとしたいたずらを仕掛けただけだった。
「なーんてね、まぁ最悪になる前に言ってくれたらいいや。なんたって私くらいしか相談できる相手いないでしょ」
腰に手を当ててどや顔でそう言い放つ。
「そんな事無いもん」
「強がってばっかりぃ」
相手の反論にも、笑顔で手をぶんぶんと振りながら強がりだとあっさりと切り伏せてしまう。
「前に友達になった人がいてその人に色々と相談に乗ってもらったもん」
「え?嘘…」
「何でそんな驚いてるの……」
「だってあのコミュ障の古都がだよ?エア友達?」
「違うって!」
すると少しだけカッとなってしまった古都はスマホを取り出して例の白夜のメールを開いてドヤ顔でやり取りを見せる。
「これが証拠だもん」
「ん~…?」
提示された画面を美弥はじっと見つめる。そしてある事に気が付く。
「これって…プラウザとかで作れる無料アドレスだよね?…まさかこんなのを作るほど病んでたなんて…ごめんね…気づけなくて……」
「違うって!本当に相手は実在するから!」
「ほんとかなぁ~?」
美弥はここまで来ても白夜エア友達説を押そうとしてくる。とはいえ本気で架空の人物を作り上げるような人物をではないと思っているため、からかい目的の方が強い。
そして一通りいじった後、少しだけ今与えられた情報をまとめて考え込み口を開く。それは嬉しそうでありながら、ところどころ複雑な感情をのぞかせる。
「そっかー…あの古都が頑張っちゃったか…それは凄く嫉妬しちゃうなぁ…白夜って人は本当に強くて優しい人なんだね…」
「うん…でもみゃーちゃんが悪いとかじゃ…」
そこでふと古都は思い出した。
目の前にいる幼馴染もまたかつて自分の男性恐怖症を治すために協力をしてくれた、だがそれでも上手くはいかずに終わってしまった。
そして二人とも何かと自分をいじってくるということ。
「あれ…?…なにかむかむかして来た…」
「何故に……」
いきなり機嫌が悪くなる相手を見て何か悪い事をしたかなと思ってしまう。
だがいつまでも話を聞いてばかりでは相手の悩みは解決しないため、美弥は話を元の道に修正をする。
「それでこれからどうしたいわけ?」
「へっ」
「古都はさ、再婚に積極的だけどそれでどういう鞘に納めれば満足できんの?」
「ええっとお…」
どうしたいのかと言われて古都は何を言われているのか一瞬分からなくなってしまう。
「聞いてみたけどその紅陽って人は嫌々再婚を認めていると、でも古都はそれじゃ満足できないんだよね?少なくとも話を聞いて私はそう感じた」
「それは…そうなんだよね……」
古都はもし仮に二人の再婚が成立したとして、自分を含めた四人全員が納得いく形で家族になれなければきっと満足できないだろう。
自分は納得できている、自分の父親の幸せが一番大事なのは間違いない。きっとお相手も再婚したら楽しい日々が待っているのだろう。だけど一人だけが嫌々その輪の中にいて欲しくないと考えているのだ。
男性恐怖症を治す事も当然これからの人生の事を考えれば大事なのだが、そもそもの目的は家族になるために必要だからこそだ。だがだが自分が良ければ他の人が犠牲になればいいという話ではない。
「じゃあその紅陽って人が何に納得してないのか考えないとね」
「うん…」
するとそこで予鈴のチャイムが鳴る。時計を見るともう二十分は話し込んでいた。
「もうこんな時間…じゃあ放課後ゆっくり話せる場所で続きでいい?」
「え、いいの?」
「乗り掛かった舟だもん、話を聞いて古都の心の重荷くらいちょっと預けてくれていいんだよん?」
口調こそ軽いが、美弥の言葉の節々には力強さがあった。
「ありがとう…みゃーちゃん…」
古都はただ感謝の言葉を伝えた。
そして彼女はふと思い出した、話し合いをするなら持って来いの場所がある事を。
「あ、そう言えば白夜さんに教えてもらったおすすめの喫茶店があるんだけど、そこに行かない?」
でてくるケーキやお茶は美味しく。静かな雰囲気は話し合うには持って来いだろう。
あともしかしたら白夜が近くにいるかもしれないのだ、存在の証明になる可能性もある為の提案だった。
だがその提案を聞いて美弥は手に口を当てて話始める。
「古都…そんな偽りの記憶を作ってまで……」
「白夜さんはいますぅ!!」
◎
「あっちぃ……」
紅陽は街中を歩いていた。その足取りには迷いが無く目的地をしっかりと定めている。
今日は始業式のみで学校自体は午前のみだったため、こうして暑い中を必死に我慢して歩いている。
『女装の事をすべて明かすか、全てを黙って古都さんに対して白夜のまま接し続けるか』
優人の口から出てくる選択肢、それは紅陽自身もどこか目を逸らしていたものだった。
この先どのような関係性に収まるのかは別として、いつかは紅陽と白夜が裏表の関係である事が暴露されるのは避けられないだろう。
もしもそうであるなら早いうちに相手に真摯に話した方がいいのかもしれない。
だがそれは同時に古都に対して埋めようのない溝を作ってしまうのかもしれない。
(白夜さん…私の男性恐怖症を治してください!)
かつて言われた言葉。
彼女の心の中にある弱い部分、親にすら知られたくない秘密をまるで騙したかのような形で知ってしまった事になる。
そしてそれは紅陽自身も知られたくない事の一端を話してしまったため、逆も成立してしまうのだ。
『俺は…分からない…どうしたらいいのか……』
そこまで考えて彼が出したのはそんな情けない一言だった。
考えてしまった。もし藁にも縋る想いで男性恐怖症を相談した相手が男だと知ったとして、古都はそれをどう受け取るのかと、もしもそれを酷い裏切りだと受け止めたとしたら今度こそ本当に他人に対して心を閉ざしてしまうかもしれない。
もしそうなってしまったらきっと彼は自分を一生許せなくなるだろう。それを考えるとどうしたらいいのか分からないと言いつつも、本心の天秤は女装のまま接する方に無自覚にも傾いているのかもしれない。
『まあ、今すぐに答えを出せる問題じゃないからな…けど嘘を重ねれば重ねるほど辛くなるからな…その辺は覚悟した方がいいぞ』
どこまで察したのかは不明だが優人は取りあえず今言える事を口にするに留まる。
もし仮に白夜として逢瀬を繰り返すのであれば、その度にきっと彼にのしかかり積もっていく苦しさは計り知れないものになるだろう。
そしていつかはその重みに耐えられなくなるのかもしれない。それを危惧しての忠告だった。
『わかってるよ…そんな事は…』
この関係性が健全ではない事など百も承知だった。けれど誰かにお前の選択は間違っていないと、その一言を求めていたのがしれない。
(別にそんなつもりじゃなかったんだけどな…)
最初から女装して古都をだますつもりなど無かった。
そもそも女装していたこと自体がたまたまだったし、そんな状況で男気を見せて女の子を庇ったのも偶然だった。
そして助けた相手が自分に相談事を持ち掛けてくることも考えられなかったし、悩む姿にどこかシンパシーに近いものを感じたのも、そしてその相手が自分の母親の再婚相手の連れ子だなんて、それこそ悪魔が悪意満々でほくそ笑んだとしか思えない確率だ。
なんで自分がこんな事で悩まなければいけないのだろう、それが現在の紅陽が浮かべる投げやりな思いだ。
「おっと…」
彼が数刻前に起きた出来事を想起していると、いつの間にか待ち合わせ場所の近くにつく。
考え事にあまりにも集中しすぎてしまい時間の感覚が曖昧になってしまい、まるでタイムスリップでもしたかのように歩いていた時間が切り取られてしまっていた。
辺りを見回すと待ち合わせの約束をしていた相手はいなかった。その事実に胸をなでおろし、つい本音が漏れてしまう。
「まだ来てないか…遅れるとうるさいんだよな……」
「うるさいって何がかな?」
「約束より前に着いていても『男の子は絶対に女の子の事を待ってないとダメ』ってうるさいんだよな……」
約束の時間を守らなかったり、遅れるなら遅れるで連絡を入れないのであれば怒るのも納得のいく話だ。
だが紅陽が待ち合わせをしている相手は、仮に紅陽が予定よりも三十分前行動を取ったとしても、待ち合わせ相手が三十一分前行動であれば機嫌を損ねてくるのだ。それはもうあまりにも理不尽な話だった。
「悪かったわね、うるさくて」
「え……」
先ほどから自分と会話をしている相手の声色がとても身に覚えがあったため、彼は青ざめながら背後を恐る恐る振り向く。するとそこにいたのは当然彼の待ち合わせ相手だった。
「ね、姉ちゃん…」
そこには身長が百七十を超えるスラッとした体形で、少し勝気な目元を持つ美女がいた。
彼女こそが紅陽の実の姉である空川散華。
若干青ざめる実の弟の顔を見つめながら、彼女はにっこりと笑みながらこのようなことを言い放つ。
「何か言い残すことはあるかしら?」