「あ、あ……」
「どうした?」
自分の弟が明らかな動揺を見せるため散華はそう問いかけるのだが、相手は混乱を極めておりまともに返事が返ってこない。
だがいつまでも紅陽は唸っているというわけでもなく、やっと人でも理解できる単語を口にする。
「こ、古都っ…」
自分の元へと店員に連れられて歩いて来る件の人物を改めて捉えると、彼は慌てて席に備え付けられているメニュー表を開いて顔を隠す。そのおかげか相手は彼がいる事に気が付いた様子は無く、近くのボックス席の一つに友人と思われる人物と一緒に座ってしまう。
「ほっ…」
自分に気が付かれなかったという事実に安心する。だが同時に今の自分に疑問を覚えてしまう。
(てか何で俺がこんなこそこそと隠れる必要性があるんだよ?)
基山紅陽と吉志古都の二人には因縁や問題など存在しない。二人は再婚相手の連れ子という関係だけで別に険悪な関係は築いてなどいない。この喫茶店に紅陽がいて、ここで古都と顔を会わせても何一つとして問題はない。
紅陽がこの店を知っていたとしても別段おかしな話でもないのだ。
なら何故彼は反射的に隠れてしまったのか、この店と二人を繋ぐものは何なのか。彼が後ろめたさを感じる要因は明らかだった。
「やっぱ後ろめたい?それともバレるの怖い?」
それともその両方か。
散華は的確に紅陽が反射的に考えてしまった事を言い当てる。
この喫茶店は吉志古都と白夜を強く繋げる場所だ。そんな場所に彼が会ってしまったら正体がバレてしまうかもしれない、それを恐れてしまった。
「…やっぱ自白したら?犯人さん?」
彼女は下をちろりと出しながら面白そうにいじり始める。
それは一理どころか百理もある意見だったが紅陽としても中々首を縦に振るのが難しい意見だった。
「別に…」
彼は目を伏せながらも自分の前にあるケーキを面白くなさそうについばむ。
そうしていると古都たちの座っているボックス席から会話が聞こえてくる。
「いやさー、私はその白夜って人にあった事無いから知らないけど、私だったら自分のメアドも教えてくれない相手って知ったら中々信じられないかな~」
美弥の口から出てくるそんな言葉。
散華は注意深く相手の会話を聞いており、女子2人へと向けていた視線を弟の方へと戻すと疑問を送る。
「そうなの?」
「あ、ああ…だって俺のメアドを教えるわけにもいかないだろ」
「なぁん」
その疑問への回答を聞いて彼女は納得と言った感じの声を漏らす。
仮に紅陽としての連絡先を教えたとしたら、白夜の連絡先のはずなのに男と連絡が付いたら即倒してしまうだろう。
あの時はそこまで深く考えていなかったが今思えばこの対応は大ファインプレーだった。
このまま再婚を前提に話が進んでいけば必然的にアドレスや電話番号を交換する事になり、これまで面識が無いはずなのに既に交換していたとしたらおかしな話だ。
「白夜さんを悪く言わないでよ。たしかに怪しい所もあるけど間違いなく誠実な人だもん。たしかにみゃーちゃん以外の人に男性恐怖症の事を漏らしたのはうかつだったと思ってるけど…」
古都から出てくる擁護の単語の数々。
「うっ…うぅ…」
だがその優しい言葉の一つ一つが紅陽のハートを貫通してくるのだ。
間違いなく誠実な人だもん。女装をして相手の秘密を勝手に聞いちゃう最低な男です。
男性恐怖症の事を漏らしたのはうかつだった。紅陽は勝手に古都の事を身内とはいえ姉に話しています。
「おいおとう…いやクズ野郎」
「何で言い換えたっ、てか優しさの欠片もないのかよっ」
優しい女の子を裏でだます輩を彼女は許しはしない。
彼はここで大声で反論をしてしまえば即座にいる事がバレてしまうため小声で反論するに留まる。
「良心は痛まないのか?」
「痛んでるに決まってるだろ…」
散華の相手の心が痛んでいる事など重々承知の上での悪意ある問いかけに、紅陽は偽りなくストレートに返す。
彼は自分が情けなくて仕方なくなっていた。元々古都のトラウマをどうにかしてやりたいという善意から動いていたのに、今はこうして小さくなって隠れているというみっともない姿に泣きそうだった。
「あ……」
そこで紅陽は散華の買った洋服が入っている紙袋を捉える。その中には女性用の洋服が入っている。
「そうだ…」
彼は一つの案を思いついてしまった。
「ん、ん…んん?」
最初は何をしようとしているのか相手の視線の向いた先を見る。それで相手が自分の紙袋やバッグを注視している事に気が付く。
「あなたねえ…」
相手の真意に気が付いて呆れたような口調に彼女はなってしまう。
要は相手のメイク道具と買った洋服を借りて即席白夜になろうという事だ。ただしその願いを叶えるためには目の前のハードルを越えなければいけないわけだが。
「頼むって…一生のお願いっ…!」
「こんな事で一生のお願いを消費しちゃうのか…人生って軽くなったなぁ……」
散華は呆れを一周して愛おしさすら感じ始めていた。何というかダメな子ほど可愛くてほっとけなくて、そして気にかけちゃうみたいな。
溜息を一つ吐いてから彼女はやれやれと言った感じで口を開く。
「いいよ、貸したげる」
「ほ、ほんと…?」
「ただし散華銀行の利子率は高いからね」
「散華闇金だろ……」
「あ?何か言った?」
「ありがとうございます」
いったいどれだけの借金になるというのか…そんな言いようもない不安が彼を襲うのだがとりあえず現状を凌ぐことは出来そうだった。
「あ」
だが安心したのも束の間ですぐに問題点を見つけてしまう。
「まだ何かあるの?」
「カツラ忘れた…」
「え、あ~」
普段白夜になる際は黒髪のロングヘアーを選んでいるのだが、それはさすがに用意していなかった。紅陽の髪型のまま顔を化粧でメイクアップし、服を女服でドレスアップしたらそれは異様な光景として映るのだろう。
「なーんてね、実はお姉ちゃんは用意周到だからロングヘアーのカツラ持ってるよ」
「うわっ!?」
散華はどうしようか困っている弟を見ながら、にんまりとした笑顔で自分のバッグの中から黒髪の束を引っ張り出してくる。
だが紅陽は一瞬生首を取り出したのかと思い込んでしまい軽めの悲鳴を上げてしまう。だがすぐにカツラだと分かり、暴れる心拍を必死に抑えながらも質問を投げかける。
「…………何で持ってるんだよ」
彼のその質問にも相手はあっけからんとした感じで答える。
「えへへー白夜ちゃんの姿も久しぶりに見たかったんだよねーこれも高くつけとくね」
◎
とにかく気に入らなかった。
古都が可愛い事は彼女、実斗美弥だけが知っているのだから。
何時も俯きがちだったり、中々自分から発言しない気質のせいなのか目立たないが実は整ったパーツが揃っている顔だったり、小柄で可愛らしい事など魅力的な可愛い女の子だと思っている。
また話すときの何気ない仕草や相手へのリアクション一つとっても庇護欲をそそる部分がありまさに乙女と言った感じだ。
どうしても美弥という目立つギャル風な女の子の隣にいる事が多いからなのか地味という心証を周りに与える事もあった、何なら美弥の容姿の良さを際立たせるための添え物のように認識されていた節すらあった。
ただし彼女はそんな風に自分の親友を認識する輩とは全て縁を切ってきたのだが。
ただ古都からすればクラスの隅っこでじっとしていればそれでよかったためか、その事に対して特段の反応を示さなかった。
彼女は何度か男性恐怖症を含め陰キャを受け入れる彼女を変えようとしたのだが、それでも良くなる傾向は見られ無かったため断念したのだ。
そんな風に関係を築いていった結果、吉志古都というとっても可愛い女の子の事を知っているのは彼女の親を除けばこの実斗美弥だけの特権のはずだった。
だがその可愛い幼馴染を愛でる特権も突然古都の口から飛び出して来た白夜という謎の存在によって終わる事になる。
◎
「古都久しぶり」
「白夜さん…ひ、ひしゃしぶりです…」
「あはは、古都硬すぎ~」
顔を会わせたのは二週間ぶりという設定の為か久しぶりという単語を白々しくも使用する白夜。
想定していなかった再会に古都はがちがちになってしまっているのだが。
一方で美弥の方もまた驚きを見せる。
(え、えっ、この人が白夜…)
まるで狙ったとしか思えないタイミングでの登場だったが彼女を驚かせたのはそこでは無かった。
(てかきれー…背も高いしモデルみたい…って見とれ…てる場合かっ…!)
最初は相手の容姿を見てぽやーっとしてしまったのだがすぐさま気を取り直す。何故なら目の前にいる相手は自分以外に古都の魅力に気が付いているであろう相手であり、また古都がこの人ならと信頼を寄せている相手でもあるのだ。
よく見ると古都はガチガチであると同時に何処か嬉しそうだった。学校内、周りの人達はお目に掛かることのない表情、それは自分と一緒にいるときに見せる顔だ。
美弥からすれば古都の隣という自分だけに許された居場所を奪わんとしてくるライバルなのだ。相手の容姿に見とれている場合ではない、もう既にこの喫茶店は憩いの場所ではなく彼女にとっての戦場と化している。
「……白夜さん…オシャレですね!」
そうしているうちに古都は少しだけ落ち着くと、目の前に現れてた人物の服装を観察する余裕が生まれる。そしてシンプルに思った事を口にする。
今白夜が着ている服は先ほど散華が買った空色のワンピースに、先ほどまで履いていたズボンのベルトをきつめに腰上で巻くという形を取っている。ちなみに足は彼自身細身とは言え素肌を姉のロングソックスを借りて隠している。
「ありがと~いやね、近くのデパートで色々と友達と服買っててさ。それでさっき解散したからついでにこの喫茶店に来ちゃったんだよね」
白夜は紙袋を掲げて買い物していましたよアピールをする。だがその中身は紅陽の制服であるため中身を万が一にも見せてしまったらアウトだが。
そもそもこの場所に来た経緯など聞かれていないのだが先んじて話してしまうあたり、どこか自分は潔白ですよという後ろめたい気持ちを隠そうと躍起になっている部分があるのかもしれない。
「オシャレねぇ…」
そこで古都リアクションに対して面白くなさそうにしている美弥は何やら難癖をつけようとしてくる。
だが白夜はそんな事情など知りようも無いため、この即席女装の粗を見破られたのではというのが脳裏をよぎる。
「へ、変かな…」
「オシャレって言うなら足元も疎かにしちゃいけない感じ~」
彼女の視線は足元へと向かっていた。
空色の清楚さを印象付けるワンピースに対して靴はスニーカーだった。それはオシャレという観点からすれば手を抜いている、または気を抜いているという風に捉えられても仕方ないだろう。
「これは…その…私って足も大きいから似合う靴のサイズが無くて…仕方なく…」
男である紅陽にとってサイズ面で問題を抱えるのが靴だった。可能ならハイヒールなりを履くことが出来ればそれでいいのだが、その手の靴は横幅が非常に細く男用に作られているものが希少であるため中々手に入れにくいのだ。
「ご、ごめんなさい…」
ただ何かを言って少しでもマウントを取ろうとしたのだが、それが相手のコンプレックスを刺激する結果になってしまいすぐさま謝罪を口にする。
「……………………」
そんなやり取りをしている中、古都は何やら興味深そうに白夜の足元を見ている。何やら靴を見て引っかかるものがあるようで黙り込んで深い思考に身を任せていた。
白夜は何やら相手の雰囲気に嫌な感じがしたため、僅かに体をくねらせながらこの場を誤魔化そうとする。
「何かな…そんなじろじろと見られたら恥ずかしいんだけど…」
「あっいやごめんなさい!」
古都は先ほどからずっと足元に熱い視線を送っていた事に気が付いて慌てて視線を逸らしながら謝る。
「あ、そうだ!今度皆で白夜さんに似合う靴を探しに行きませんか?」
『はい?』
古都は不安を振り払うかのようにやや大きめの声を出しながらそんな提案をする。
その提案を聞いて他二人は何をどうリアクションを取ったらいいのか分からずに間抜けな声を出してしまう。
何となくだが美弥が白夜の事が気に入らない様子なのは勘図いているため、少しでもその溝を埋められたらという苦肉の策。
「ほらその、みゃーちゃんならファッションとか色々と詳しいからそういう足の大きい人向けの店とか知ってるかも~なんて……」
古都は思った以上に二人の食いつきが悪いためセリフの後半は尻すぼみになってしまう。
だが白夜が気にかかったのは提案だけではないようだった。
「みゃーちゃん?」
「私のあだ名、まぁ古都しかそう呼ばないけど…」
「あだ名…」
「私の本名は実斗美弥、よろしくね」
「私の事は白夜って呼んでね」
二人の会話はあくまで穏やかなものだったが、交錯する視線はどこか剣呑さが混じっている。何となくだが二人とも本能で目の前の相手は自分の敵だと気が付いている。
「今更だけどここに座っていいかな?」
「あっすみません!」
白夜は店内で先ほどから自分だけ立ち話をしている事に気が付いて、席に座っていいのかその許可を頼む。
古都もまた目の前の人物を立たせっぱなしにしている事に気が付いて謝罪を述べる。
座れる席の選択肢は四人掛けのボックス席のため古都か美弥の隣かの二つある。そして狙うのは古都の隣だった。
「じゃあ…」
「どうぞ」
だがそれを視線で察した美弥が素早く荷物を鞄の中にまとめて一人分が座れるスペースを確保して来る。
「…………ありがとうございます」
先手を打たれた以上は余計だと思っていても受け取るほかないため、彼は与えられた場所へと座る。
白夜は座って一息ついたのち店員を呼んで注文をする。そして話始める。
「改めて久しぶり半月ぶりくらいかな、元気してた?」
「はい元気です。色々あったんですけど…」
古都は敢えて色々という言葉を使って何やら匂わせるような言動を行う。それは白夜にも相談に乗ってもらいたいという魂胆があったからだ。何故か目の前の謎の美少女に聞いてもらえれば何かが変わるのではという期待を持っているのだ。
「色々?」
白夜は相手の事情など知っていたが白々しくも知らないふりをする。
「えっと、そのですね…」
古都は自分の事情を話すのであれば再婚の事を話さなければいけなくなるのだが、勝手に父親の事情を口にしていいのかと思ってしまう。
自分の個人情報を勝手に話すのは自己責任なので問題はないのだが、自分以外の人の事を無責任に話してもいいのだろうかと考えてしまう。
「古都、取りあえず話してみたら?」
美弥はそんな葛藤を見抜いたのかそのような提案をする。
「みゃーちゃん…」
「古都は白夜さんを信頼してるんでしょ、男性恐怖症を話したくらいだし言いふらすような人じゃないって思うなら話すだけ話してみたら?古都だって相談に乗ってもらいたいって思ってるんでしょ」
「うー…」
「古都からは話を聞いてのかまってちゃんの匂いがプンプンする。幼馴染の嗅覚は誤魔化せないから」
美弥は不服そうにしながらもそう言った。
仮に白夜が問題を解決したとしたらそれはそれで気に入らない、だがもし自分ですら何をどうしたらいいのか分からない親友の抱える問題を解決してくれるのならそうして欲しいという気持ちと、やれるのならやってみろとも思ってしまうのだ。
背中を押してもらった彼女はおずおずと口を開く。
「その…白夜さん……」
「取りあえず話してみてよ、私って結構口が堅いから」
口が堅いと自分で言って自分で勝手に傷ついてしまう。現在進行形で相手を騙しているのに秘密を守ると言っているのがおかしくて仕方ない、当然自虐という意味で。
白夜の言葉に首を小さく縦に振った古都は二人が出会って以降に起きた出来事を話し始めた。
「…男性恐怖症を治したい理由はそれかー…」
知っていた事ではある、だが白々しくも知らないふりをしている事に彼は反吐が出る思いをする。
「私どうしたらいいのか分からないんです。自分の事すら満足いってないのに紅陽さんの事をどうにかしたいなんて……」
古都からすれば自分の事で手いっぱいだというのに、誰か他人の心配をしている余裕などあるのだろうかと思ってしまう。
そもそも紅陽は再婚に対して一応認めているため取りあえず現状維持をすれば当面の問題はないのだ。まずは自分の足元をしっかりとしてからでも遅くはないはずだった。
相手の苦しそうな表情を見るや彼は胸が苦しくなる。
(まずったよなぁ…)
彼は目の前にいる人物が自分の事よりも目の前で悩み苦しんでいる人の事を優先してしまう人間性を持っているのを事前に知ってしまっていた。白夜で会っていた時も別れる際には自分本意ではなくあくまで相手の力になりたい事を強く前に出していた。
だが彼はそのはずなのに再婚に対してどこか不貞腐れるような、投げやりな態度を取ってしまった。
そもそも知らない部分はあったとはいえ、紅陽は古都の力になりたいと思っていたはずなのに、現実はこうして相手を不安にさせてしまっている。
「わたし思っちゃったんです」
白夜が何を言うべきが困っていると、古都が再び話始める。
「食事会に来たって事は再婚に対して前向きに検討するために来たはずなんです…でも口から出たのは否定的な言葉…ならきっと煮え切らない気持ちがあって…何と言いますか…その……」
彼女は自分でも何を言いたいのか途中から分からなくなってしまい、最後の方は尻すぼみになってしまう。
ここまで話を静かに聞いていた美弥は唐突に口を開く。
「つまりその紅陽って人はかまってちゃんなんだね」
彼女は容赦なくそれを言ってしまう。それは言ってはならない禁断の言葉だろう。
だがそう言い切られて当然白夜は楽しいはずもなかった。
「いやー…どうかな…その紅陽って人を勝手に決めつけるのは良くないかな~」
「何を言ってんのかしら、再婚前提で話し合いが行われるって分かってやって来た食事会で雰囲気を悪くすることをわざわざ口にするなんて、それはもう自分のことを見てってアピールしてるとしか思えないし、悲劇のヒロイン気取り?結構女々しいやつなのよ」
「…………」
ナイフのような鋭さで容赦なく切り捨ててくる美弥の言葉たち。
あまりにも切れ味が鋭すぎてもう痛みすら通り越して麻痺してしまい彼は何も言い返せなくなる。
心当たりが無いというわけでは無かった。考えてしまったのだ、もし仮に母親の再婚相手が自分の欲しい言葉を投げかけてくれたのなら、そうであるなら心を通わせる家族になれるかもしれないと考えたのだ。
だから女々しくも気を引こうと幼い子供のような小さな駄々をこねた。
『認めてもらえるまでどれだけ時間がかかっても頑張る…かな…』
相手のその口からその言葉が出てきたのならもうそれでいいのだろうか、変に多くを望んでも迷惑をかけるばかりで仕方ないだろう。
誠実そうな父親に、そのDNAを強く受け継いだ娘、そんな二人の元で吉志紅陽と吉志杏になればそれできっと丸く収まる。だから次に会う機会があればその意図を真摯に告げればいい、よろしくお願いしますと。
「そうだね…その紅陽って人は多分に素直になれなくてちょっと斜に構えてるだけだよ…だから…ガツンと説教でもかましてやればいいんじゃないかな…」
それでいいのだと彼は自分に言い聞かせる。
「白夜さん…?」
明らかに再会した時よりも元気さを失った相手を見て古都は心配そうに声をかける。
白夜はその耳で少し不安で震えた声を拾うととっさに顔を上げる。するとそこで視界に飛び込んできたのは不安に揺れる相手の表情。
(やっべ…)
白夜は紅陽の事を知らない設定。だからこそ想像と仮定を幾層も重ねて理論を生み出す事しか出来ない。だが白夜はまるで自分が懺悔でもしているかのように語ってしまった。
そのミスを取り返すために彼は少しだけテンションを上げて話始める。
「あーまぁその辺は紅陽って人からもっと掘り下げてみないと何を求めてるか分からないしっ、それもだけど古都にはもっと問題があるでしょ」
「えーっとそれは……」
それは白夜のあからさまな話題ずらしだったのだが、古都からすれば無視のできない問題。
「男の人とまともに話せなきゃ、その紅陽って人の相談にも乗れないよ」
彼は自分でも自分を周りはどうして欲しいのか、本音に真摯に向き合って欲しいのか、ただただそっとしておいて欲しいのか。自分自身の心の整理もつかないままそんな軽薄な事を口にする。
「う〜っ…そうなんですけど…」
そんな葛藤など知ったことではない古都は頭を抱えながら唸る。
この場で紅陽の本音を聞き出す事が出来るのは彼女しかいない。だが男性恐怖症となっている彼女では荷が重い。
そんなやや空気が悪くなってしまう中、美弥はここぞとばかりに喋り始める。
「そう言うのは簡単だけど、古都のそれは筋金入りだよ?私はもうな・ん・ど・も相談に乗ったけどこの有様」
「むっ」
「何よその言い方ー!」
どうだ私の方が相手と向き合っているぞというのを示してくる相手に気に入らなさそうにリアクションをする白夜。再び二人の間に火花が散り始める。
だがそんな険悪な雰囲気を感じ取れていない古都は、自分がいじられており気分が良くないため声を上げて反論。
「そう言えば古都って美弥さんにはぐいぐいつっこむのに私相手だと結構控えめというか委縮してるよね?」
「えーっと、あの…そのぉ…」
「そうそれ、私ってそんなにとっつきにくいかな…結構高圧的なオーラ出ちゃってるかな……」
白夜からすれば確かに短い時間の邂逅でしかないのだが、古都が美弥に対しては普通の同級生や同姓に対してフランクに接することが出来るのを知って、敬語を使われている自分がどこか蚊帳の外いるようなもの寂しさを感じてしまった。
古都がどこまで相手の心情を察することが出来たのかは不明だが、とにかく何とかして相手の不機嫌さを解消しなければいけないと思った彼女は何とか考えを言葉にしようとする。
「そんなことはない…です…そうじゃなくて…私にとっての白夜さんは憧れというか…決して親しみが無いというわけじゃ…」
「憧れね…うーん…」
憧れという単語を言われてどうすればいいのか分からなかった。偽りの姿とは言え憧れていると言われるのは悪い気持ちではない。
自分を高めるには目指すべき目的やなりたい姿を最初に思い浮かべて精進するのは大事な事なのかもしれないが、それが理由で心理的な距離を取られるのは気に食わないものがある。
そこで楽しそうな笑みを浮かべた美弥が隣に座る白夜の肩をポンと叩きながら楽しそうに言う。
「気にしないでいいわ。古都ってわ・た・し以外にはこうだから。実際そこそこ人見知りだしこうして話せるだけ奇跡みたいなものだから」
「何が奇跡よっ!」
散々な言われように対して古都は荒めのトーンで反論。先ほどから自分の事を軽んじるような発言にいてもたってもいられなくなる。
「いくらなんでもそんな言い方ないでしょ!人の事を希少な現象みたいに―」
「そっかぁ…」
「何でそんな納得したみたいなんですかっ!」
白夜がそれを聞きしみじみとした雰囲気を出し始めたのを見て、当然それにも納得がいかない彼女はその相手にも釘を刺しだす。
「問題は私や美弥さん以外にも気さくな対応が出来るようになれないといけないって事だよね…」
『…………』
白夜から出たそのセリフに他二人は黙りこくってしまう。
ここにいる三人の会話はその実情を知らない人からすればまさに仲の良い三人組の会話だろう。だがそこに他の他人が入ってくればその雰囲気は消えてしまうだろう、それでは意味が無いのだ。
「少なくとも男の人相手にまともに話せるようになれなきゃダメなんだよねぇ…」
それに乗っかるように美弥もまた溜息交じりの言葉を漏らす。
男性が苦手である彼女の幼馴染が自分から積極的にアタックして距離を縮める、それがどれだけ困難である事か、それを長年傍で見て来たからこそ彼女は頭を悩ませる。そしてなにより苦しむ幼馴染の負担を軽くしてやることが出来ていない自分自身の情けなさにも呆れてしまう。
「白夜さん……」
目の前にいる幼馴染が苦しそうにしているのを見て古都は苦しくなる。
自分自身の情けなさによって目の前にいる親友が悩みによって頭を痛めているのと、自分の男性恐怖症の解決の為に過去あれこれと相手に手伝ってもらい、そしてことごとく失敗してしまった事がありその事実が相手に強い無力感と罪悪感を与えてしまっているのに気が付いている。
相手も自分もその苦しみから解放するには彼女自身が自分のトラウマを乗り越えるしか他にない。だからこそ情けなくも白夜に泣きついてしまう。
彼女自身も理解は出来ている、白夜も美弥と同じように解決の糸口が掴めなく罪悪感や無力感を与えてしまうかもしれない。
同じ苦しさを伝染させてしまうかもしれない、それでも縋らずにはいられなかった。
前方からは期待と縋る様な視線、横からは試すような見定めるような視線。
「そうだね…」
そんな雰囲気をそれとなく感じ取った白夜は悩ましげな表情をしながらもなんとか言葉を絞り出していく。