天才は夢を見ない   作:小池蒼司

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3.久我照紀with天才

 

 

 

 

 

「オマエが尾崎凛だな」

「はい」

「オレと勝負しろ!」

「……無理。」

 

 

ビシッと放たれた一言は、予想していなかったのか少年に思い切り突き刺さる。

どうしてこうなった。目の前で仁王立ちする少年を眺めながら、尾崎は小さくため息をつく。

高校生にしては小柄で金と黒の混じった髪。好戦的な態度は少年という言葉がピッタリだ。

 

そんな彼が一体何者なのか、そして何故絡んでくるのか……尾崎には全くもって理解不能である。

 

「はぁ??勝負してくれてもよくね!?」

「貴方とする理由がない」

「え、ちょちょちょ!待てよ!」

 

そう言って去ろうとする尾崎の肩を掴み、少年は強引に振り向かせる。

その行動に尾崎は一瞬だけ眉間にシワを寄せたが、すぐに表情を元に戻す。

そして再び少年の方へ顔を向けると、今度は無言のままジッと見つめ始めた。

 

「あっ、いや……」

 

すると少年の顔は次第に赤くなり、視線は泳ぎ始める。

やがて耐えきれなくなったのか、少年はバッと手を振り払うように離した。

 

「ふ、ふん!今日の所は許してやる!」

 

そのまま逃げるようにして走り去っていく様子を見て、尾崎は再びため息をついた。

 

(……彼は、誰)

 

気にはなるものの、今となっては確認しようもない。

しかしこれで少年が諦めたわけがないことは分かっていた。

 

 

 

ーー翌日。

 

昨日の事を思い出しつつ学校に来た尾崎。

人見知りで自分からあまり人に話しかけられない奥手な尾崎だが、最近同じクラスの紀ノ国寧々が良く話しかけてくれる。おかげで少しづつだが登校頻度も上がった。

 

尾崎は教室に入ると、真っ直ぐ自分の席へ向かう。

するとそこには既に登校していた紀ノ国の姿があった。

いつもならここで挨拶をして終わりなのだが、今日は何やら様子がおかしい。

俯いているし、心ここにあらずといった様子だ。

何かあったのだろうか?心配になった尾崎は一瞬迷ったが、声をかける事にした。

 

「おはよう紀ノ国さん、……何かあった?」

 

普段よりも小さな声で話しかけると、紀ノ国はハッとしたような表情になる。

 

「珍しいわね、貴方が話しかけてくれるなんて」

「やる時はやる。それより……」

「あぁ、別に大したことじゃないんだけど、最近あまり眠れなくて。それと隣のクラスの久我が、貴方のことを気になってるのか会う度に聞かれるのよ。しつこくて耳が痛いの」

「久我?」

 

どこか聞き覚えのある名前に首を傾げる。

 

「えぇ、久我照紀。中華料理、特に四川料理に特化しててよく食戟を仕掛けてるって聞くわ。……て、流石に同級生の名前は覚えておいた方がいいんじゃない?」

 

好戦的な昨日の少年を思い出す。

まさかと思い少年の特徴を紀ノ国に聞くと、彼女は「それが久我照紀」と答えた。

ーーしばらく付きまとってくると思うわよ。

紀ノ国は憐れむ目で尾崎を見ると

「ご愁傷様ね」と言ってふっと笑った。

 

 

 

 

ーー昼休み。

授業が終わると同時にお弁当を持って教室を出る。

向かう先は学園の屋上。ここはほとんど人が来なく一人が好きな尾崎にとってはお気に入りの場所でもある。

そこへ向かうと、珍しく既に先客がいた。

 

それは見覚えのある髪と身長。尾崎は思わず彼の名前を呼んだ。

 

「久我照紀……」

 

彼は名前を呼ばれたことに驚いたのか目を見開いて固まった。

 

「お、オレの名前を知っててくれたの!?」

「……」

 

嬉しそうに言う彼に、まさか今日紀ノ国から聞いたなんて言えず、尾崎は小さくため息をつくと黙って彼の隣に座ってお弁当を広げた。

その様子を見て彼は目を輝かせている。

 

「……そんなに見られてると食べづらい」

「あ、ごめん。っていやいやオレは食戟を申し込みに来たんだって!」

 

ーーまたそれか……。

昨日に続いて何故こんなにも自分に絡んでくるのか分からず?尾崎は頭を抱えた(気持ちだけ)

 

「なんで私とそんなに食戟したいの」

「えー、強いって聞いたし……それに、オレならアンタに勝てるって自信があるから。みたいなー?」

 

軽い調子でいう久我。

けれど、尾崎はその言葉に目を鋭く光らせた。

 

「……勝てるって、誰が言ったの」

 

「え?」

 

久我の目が少しだけ丸くなる。

 

「誰が私に勝てるって言ったの?」

 

淡々とした声なのに、妙な迫力があった。

 

風が吹く。屋上に静寂が落ちる。

久我は少しだけ口を開けかけて、結局閉じた。

 

「……いや、その、なんていうか……ノリ?」

 

「ノリで勝負しかけてくる相手に、時間使いたくない」

 

「ぐはっ……ッけっこう刺さるな……!」

 

ダメージを受けたように胸を押さえて倒れ込む久我。芝居じみたその動きに、尾崎は無言でお弁当のフタを閉じた。

 

「帰る」

 

「ま、待った!」

 

久我が身を起こすより早く、尾崎は立ち上がってしまう。

だが次の瞬間、彼の言葉がぴたりと尾崎の足を止めた。

 

「……アンタが有名なのは知ってる。でも、オレ、ホントに強い人と勝負したいだけなんだ」

 

振り返らない尾崎に、久我の声が少しだけ低くなる。

 

「中華料理って、派手で刺激的で、油だの唐辛子だの使いまくって、分かりやすいけど――本質は“相手を見て出す料理”なんだよ」

 

「……」

 

「アンタがどんな味で戦うのか、ちゃんと食ってみたいって思った。……それじゃ、ダメなのか?」

 

風の音だけが聞こえる。

尾崎は静かに振り返り、久我の目をまっすぐ見た。

 

「……勝負はしない。けど」

 

「けど?」

 

「私の料理を“食べる”だけなら、いい」

 

その言葉に、久我は一瞬ぽかんと口を開け、それからはじけるように笑った。

 

「まじ!? それ、今日からでもいい!?明日!?今度!?」

 

「今度」

 

即答だった。

 

 

尾崎が去っていったあとも、久我はその場に座ったまま空を仰いだ。

 

「……ヤバ。めっちゃドキドキしたんだけど……なにこれ……緊張?恋?いや緊張か……」

 

ぼそぼそと独り言を呟きながら、久我の口角が上がっていく。

 

その日から、尾崎の昼休みは少しずつ騒がしくなっていくことになる――

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