ウマ娘 潮騒のアレグレット   作:秋月@小説

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第十一話です。
いよいよ第一章も終わりが近づいてきました。今回は一か月強の時間をぐっと一話に纏めて駆け足で書いています。ケイウンヘイローの、そしてブルーアラオの挑戦を見守っていただければ幸いです。

さて、後半で出てくるあるレースですが、妙に実況が詳しいのにお気づきでしょうか?
実は今回、このレースに限って実際のレース映像を参考にして書かせて頂きました。
そしてこれが、インターネット上で私が確認できた彼女の唯一のレース映像です。
数少ない一線級資料としてありがたく使わせてもらいました。
前にもお話した気がしますが、執筆する上で一番大変なのがレース描写なんです。
荒尾のレース映像はほとんど末期の頃のものしか残されておらず、ケイウンヘイロー達の世代の映像は現時点で一つも見つかっていません。ケイウンヘイローのレース映像は、JRAの物が四本と競走生活後半で主戦場としていた場所での物が三本程しか確認できていません。出来るだけ正確なレース描写をしたいので、もしお持ちという方はご一報くださると泣いて喜びます。

では、本編をお楽しみください。



雲の向こうへ手を伸ばす

拝啓、お母さん。

暑中お見舞い申し上げますって一応言っといた方が良いのかな?

こっちは九州だから滅茶苦茶熱いかなと思ったけれどそっちとあんまり変わりません。むしろ風があるから涼しいくらいです。

長らく連絡してなかったから折角だし手紙を書いてみる事にしました。

さて、学校の方は一応終業式があって一学期が終わり夏休みに入ったのですが、毎日補修があるのであんまり変わりません。

あ、成績悪いから補習受けてるんじゃないよ?授業日数が足りてないから全員参加の補修です。

それにトレーニングも毎日あるからなおさら変わりません。最近は暑すぎて毎日へばっています。

ともかく四月に入学してから順調に友達も出来て、成績も安定してて充実した毎日を送っています。

レースの方は…知ってはいると思うけど掲示板の常連ポジションです。

もう少し勝てたらいいなって思うんだけど、すっごく強い子がいるからその子が居るレースだと中々勝てそうにありません。

あ、そうだ今度の23日のレースに出るから、良ければ中継見てね。その子は出て来ないから今度は勝てるかもしれないから。

というわけでそのレースに向けたトレーニングがあるので、帰省はちょっと出来そうにありません。

おばあちゃんには申し訳ないけど謝っておいて。

年末は余裕が出来たら帰ります。

じゃあ、身体に気を付けて。

 

ケイウンヘイローより。

 

 

珍しく実家への手紙をしたためてみる。

スマホでいつでも連絡できる状況だと、人は意外に連絡を怠るものだ。

しかし入学以来ほとんど連絡を入れたことが無かった上に、この前アオのお母さんにも言われたから流石にたまには連絡しようと思って暑中見舞いを書いてみたという訳だ。

しかし親に改めて手紙を書いてみると少々照れくさい。

敬語と砕けた表現が入り混じった変な文章になってしまった。

とりあえず月曜日にでも郵便局に切手を買いに行こう。

そうして私は手紙を机の引き出しにしまった。

時計を見ると、針は夜の八時を示している。八月と言えど外はもう真っ暗だ。

部屋を見渡す。いつもならそこに居るはずの少女の姿はない。

彼女は今日の午後に電車で小倉へと旅立った。

そう、明日八月六日は、アオの中央での初陣だ。

小倉レース場メインレース、特別指定交流競走「フェニックス賞」。

ジュニア級オープン芝1200m右回り…

それは地方所属ウマ娘にも出走権が与えられたレースであり、明日はアオの他にも荒尾からさらに一人。加えて佐賀、岩手、兵庫からも参戦というオールスター具合だ。

この大舞台でぜひアオには勝ってもらいたいが、裏を返せば他のメンバーも皆中央で戦えると見込まれて鳴り物入りで挑んできているわけだ。流石に苦戦は免れないだろう。

だが、それでも…勝って欲しい。ここまで来たらアオには最強であって欲しいというのが負けた側としての想いだ。

頑張れ。

私はきっと今は小倉の地で明日に備えているであろうアオに祈った。

 

 

 

翌日、その時はやって来た。

荒尾レース場スタンド内の中央のレースを放映するテレビ画面には、かなりの人数が釘付けになっていた。

荒尾のニューヒロインの中央初戦ともなれば注目は必至。そしてそれは「私たち」も例外ではない。

「わ~パドックまだかなー!」

「まだ函館9レースですからもう少しかかりそうですわ~」

「それなのにもうこんなに人来てるって…ほんと凄いねアオは。」

今日は四人揃っての観戦だ。

ミライちゃんは七月が終わりを迎えるころに退院し、今は新学期が始まるまで自宅にいる。

そこで折角だからと今日の観戦に誘った訳だ。

それにしても画面の向こうに見える中央のレース場はいつも通り盛況だ。

夏はG1が無いからレースのオフシーズンだとよく言われるし、事実一線級のウマ娘達は夏合宿で来たる秋のG1戦線に向け研鑽を積んでいるはずなのだがそれでも十分すぎるほどの人。

サマーシリーズの舞台となる小倉や新潟、福島と札幌函館は往々にしてローカルと呼ばれるが、この規模でローカルだなんて言われると皮肉にしか思えない。名だたる大都市で開催しておいてローカルを名乗るなら地方は一体何と呼べば良いのやら。

前のレースを放映し終えた画面はパドック映像に移る。

テロップに小倉11Rの文字が表示されていた。

パドックの周囲の植栽は綺麗に整えられ、出走ウマ娘掲示板の向こうには大きな山やビルが見える。詰めかけた観客も満員。改めてトゥインクルシリーズの規模の大きさを実感させられる。

『小倉レース場本日のメインレース、交流競走第35回フェニックス賞。芝コース1200m、11名のウマ娘で争われます。それでは出走各ウマ娘のパドックを見ていきましょう…』

「始まった!アオちゃんって何番だっけ?」

「えっと…8枠10番。もうちょっと後かな。」

「何か見てて思ったんだけどさ…中央の子達って私たちと比べて体格大きくない?」

「ジュニア級と言っても同年代とは限りませんからそれはそうですわ~」

「いやそうなんだけど…」

私が感じたのは、年齢相応の成長ではなくもっと根本的な…筋肉の発達といった部分だ。

身長だけ見ればアオよりも小さいような子もいるが、その分がっしりとした体つきをしている。そういったウマ娘が中央には多い。

いや、もしかしたらそれこそが中央に居られる理由なのかもしれない。

「あ、来た!」

ミライちゃんが声を上げると同時に私は画面を凝視する。

中央の特別競走で用いられる黒地に白で名前と番号が染め抜かれたゼッケンを身に纏ったアオがパドックに姿を現した。

周囲からも次々に歓声が上がる。

そして当人は…

「なんか表情硬くない?」

アオらしくもなく、緊張したように見える面持ちだった。

アオは控室やパドック裏では少し硬い表情も見せるが、一旦人前に出れば途端に周りを惹きつける笑顔を振りまいてみせるウマ娘だ。

それどころか、普段は感じられる周りを圧倒する強者のオーラすら鳴りを潜めて…

いや、違う。周りも同じなんだ。

普段は荒尾という環境だからこそ目立って見えているが、同じ実力を持つウマ娘が集うここではアオは一人のウマ娘に過ぎない。

それどころか未経験の芝、普段の10倍近くいる観客からのプレッシャー。今日のアオにはアドバンテージが一切ない。

もしかすると、このレース…

私がそんなことを考えていると、映像は他のレース場の物へと移ってしまった。

その後新潟11R、函館10Rが放映されると遂に映像は小倉11Rへ移る。

既に本バ場入場は終わっており、望遠カメラが反対側のスタート地点を映していた。

天気は生憎の曇天だが、夏の日差しを目いっぱい受けて育ったと見える芝が青々して風に揺れている。

枠入りの様子はカメラ越しではよく見えないが、恐らくは順調。しばらくして係員が離れる。

 

「さあ各ウマ娘態勢完了…スタートしました!飛び出したのは4番エイシンアモーレ…」

「「あっ!!」」

私だけでなく、みんなが、そして観戦していた観客のほとんどが思わず叫んだ。

アオが出遅れた。

普段ならロケットスタートで先頭に立つアオは中団6番手辺りを追走する。

いや、でもアオならここから先頭に並びかけ…いや。

「速度が足りてない…」

カナちゃんがぽつりと呟いた。

ラップタイムは前半600が33.2。

中央の基準で考えれば決して滅茶苦茶早いという訳では無いのだろうが、私たちの基準では1200mでこのタイムは驚愕と言わざるを得ない。

アオは依然バ群の中で揉まれている。

レースはそこまで展開を大きく変えずに4コーナーを通過。最終直線へと突入する。

もしアオに天性の差しの才があればここから驚異の伸びを見せるのだろうが…

私は画面から目を逸らした。

親友のその姿は、見たくはなかった。

『さあ接戦だ!セントルイスガール追い込んだがエイシンアモーレ残したか!?三番手は離れてグランプリシリウス!』

「え、アオちゃんは!?」

カメラは最後に接戦となった二人を追っている。

最早アオが掲示板にすら入っていない事は明白だった。

しばらくしてその順位が明らかになる。

上位は軒並み中央の人気勢が独占。地方勢は5着が最先着。

アオは…見せ場なく沈み、8着だった。

それは無敗のウマ娘という称号がアオから永遠に失われた瞬間であり、

荒尾最強の名が本物のエリートたちの前でかくも無力であるのかと知らしめ、荒尾のファンたちを落胆させた。

私たちはがっかりした様子で言葉少なに解散した。

恐らく夜には帰って来るであろうアオにかける言葉を考えながら寮への道を歩く。

昼過ぎまでは出ていた太陽は姿を隠し、ぱらぱらと小雨が降り出していた。

 

アオは9時過ぎに帰って来た。

「おかえり。」

私がそう言って迎えると、アオは少しばつの悪そうな顔で答えた。

「ただいま。」

「お疲れ様、ご飯もう食べた?」

「うん。ライブの後にお弁当貰って来たから。」

「そっか。」

アオは荷物を床に置くとらしくもなく制服姿のままぱたりとベットに横たわった。

「…駄目だった……」

「よく頑張ったよ。初めての芝だったんだし…」

「ううん。私あんなにたくさんの人の目線に緊張しちゃって…出遅れちゃってからはもう頭真っ白になっちゃった。」

アオがここまでへこんでいるのを見るのは初めてかもしれない。

でも、アオなら。

「もう心折れちゃった?」

私はちょっと意地悪な質問をした。

アオは枕に顔をうずめながら、ふるふると首を横に振った。

「今度は絶対負けない…!」

予想通りの答えを聞いて私は安心した。

いや、安心と言えばもう一つあった。

完璧だと思えた彼女でも私たちと同じように負けるのだと知って……私は心底安心していた。

 

 

 

光陰矢の如し。夏休みの間でも時間は流れていく。

初めて実家以外で過ごすお盆は少し物悲しかったが、アオ達が一緒にプールへ行こうと誘ってくれた。

スク水はあんまりだと思い水着を買いに出たが、結局ビキニを買うまでは勇気が出ずにフリルのついたワンピースタイプに甘んじた。

しかし一緒に買いに行ったアオはフリルが付いてはいるが思いっきりビキニだったので思わず閉口した。

行先は市内の遊園地に併設されたウォーターパーク。

田舎の遊園地のプールだからとそこまで期待していなかったのだが…

 

「きゃぁぁぁぁあああ~~!」

刹那、水飛沫を上げてインパクト。

顔を上げるとカナちゃんが笑い転げていた。

「け、ケイちゃんっ…良い叫びっぷり…あはは!」

「お、お尻破けて無いよね!?」

「大丈夫大丈夫!あはははっっ!」

中々に高くそびえ立つウォータースライダーの前に柄にもなく叫び声を上げてしまった。

水が流れている筈なのに摩擦熱でお尻が熱くなるくらいだから相当の物である。

お盆を迎え子供連れで盛況のプールはスライダーを滑る男女の悲鳴に似た叫び声で満ちている。

「ひっ!きゃ~~~~っ!」

そうかわいらしく声を上げながら滑り降りてきたのはアオ。

「ほわぁぁぁぁぁぁぁ~~~?」

…奇声を上げながら滑って来たのはニシノちゃんだ。

「あ、アオは慣れてるはずなのにそんな叫んじゃって…っニシノのは何それ!?きゃはは!」

カナちゃんは悲鳴大博覧会を前に大層ご満悦の様子である。

「良いな~ミライも滑りたかった~」

スク水の上にラッシュガードを着たミライちゃんは横で頬を膨らませている。

「今年は我慢しな~あーそれにしても良い物聞かせてもらったよ~」

「…カナちゃんは行かないの?」

「え?私はここでミライの面倒見るっていう役目があるからな~いやー残念…」

「…替わるよ?」

「えっ?」

 

「ひゃんっ!?いやぁ~~~~!」

「良い声で鳴きますわ~」

「ニシノちゃん言い方…」

かくして自分だけ逃げ切ろうとした悪は滅せられた。

「いや~思ったよりも楽しいね。ぶっちゃけ期待値低かったから満足。」

「東京の方にもこんな感じのプールあるの?」

「あるよ。23区内だと少ないけど多摩の方ならすっごい大きなとこが…」

「へ~いつか行ってみたいなぁ。」

「でも滅茶苦茶人多いよ?入場料も高いし…」

「えーどれくらい?」

私が指でその値段を表現するとアオの顔が青くなった。

…断じてダジャレではない。

そこそこ良い家のお嬢様を青くさせるのだからつくづく東京という街は物価が高いのだろう。

「そう言えばアオは次走決まった?」

私がさりげなく聞くとアオはこくりと頷いて答える。

「うん。次は9月の『野路菊ステークス』だよ。」

「次も中央なの?また小倉?」

「ううん、阪神。今回は大遠征になっちゃうな~」

アオ達陣営はまだ中央制覇の夢を諦めてはいない様だ。

ならばこちらとしてはちょっと好都合…最低でもあと一か月はアオが荒尾で走ることは無い。

ずぶ濡れのカナちゃんを迎えながら私は内心そんなことを考えていた。

いつの間にかアオが破るべきライバルから避けるべき天敵へと変わっている事を自覚しつつ、ひとまずは心の隅に置いておいてその一日を満喫した。

 

そして楽しい時間は過ぎていつも通りの練習の日々が始まる。

「ケイ、もう一本。並走で行くぞ。ブラック!」

「はーい分かってますよ。」

私と先輩は炎天下の中今日もトレーニングに勤しむ。

トレーナーさんが手を振り下ろすと同時にスタート。二本あるコースの内側を走り出す。

内側はトレーニング専用コースなのだが、外側と比べるとかなりコーナーがきつい。

今は逆にそれを利用して外側を走らされる展開になっても大きく膨れないように走る訓練中だ。

内バ場に設置された野球場に居る野球少年たちがその様子を物珍しそうに眺めているのが視界に入った。

羨ましいかい?少年。君たちがダイヤモンドを周るよりずっと速いでしょ?

そんな事を考えながらスタート地点を通過する。

「どうですかっ!」

「よし、悪くない。ブラックはもう少し上げた方が良い。次走がケイのレースの翌日なんだからな。」

「はーい。」

「じゃあ少し休憩したらもう一本。次はケイが内側だ。」

「はい!」

一日中続くトレーニングは相当疲れるものではあるが、その分自分が成長していくのをひしひしと感じる。

今のコンディションならば、行けるはず。

その日が近づくにつれ、私の中の闘志は漲っていった。

そして。

 

「……」

凛と張りつめた空気。

スタート直前の緊張感は、雨上がりの少し冷えた気温も相まってか増幅して感じられた。

私は目の前のゲート、そしてその先の景色が開けるのを待っていた。

今日のレースは一番人気。どうやらアオ不在の時には順当に支持されるくらいには、私の名も少しは知れてきたと言った具合か。

ならばその期待に応えて見せよう。鬼の居ぬ間に洗濯と行こうじゃない。

とはいえ今回のレースは一枠一番を引いたものだから枠入り完了までは時間がある。集中力を切らさないようにしないと。

このタイミングが合わなければ立ち上がりが遅れてしまう。もう一度深呼吸でもして落ち着きを…

 

ガッコン!

「っ!」

その瞬間に重い金属音を立ててゲートが開いた。

私は慌ててスタートを切るが流石にもたついてしまう。

しまった、出遅れたか!

急いで前目のポジションに…

いや、落ち着いて。もうここからレースを進めよう。

最内枠のメリットは捨てることになるが無理はしないが吉だ。

歓声に送られて第一コーナーに突入。現在のポジションは四番手。

この位置で走るのはデビュー戦以来か。

いつもはアオの背中を見ながら走るからか周りの子達の息遣いが聞こえるのは新鮮だ。

先団が立てる泥飛沫が時々顔に当たる。しかし中団のポジションは周囲の状況が分かって考えながらレースを進めるには悪くない。

逃げに固執するんじゃなくてこういう戦い方も悪くないな。

向こう正面、前の争いはそこまで激しくない。ペースもアオが大逃げした前走に比べればずっとスローだ。

よし、仕掛けるぞ。

私は直線半ばで加速する。同時に内を周っていた進路を外に持ち出してコーナーからの捲りに備える。

おっと。

前を走っていたハクコウハヤガケちゃんが後退してきたのを避ける。

第三コーナーから少しづつペースを上げていく。何度も練習した通りに外側に膨れないように身体を傾斜させて。

稍重のバ場は荒尾のダートの癖が少なくなってむしろ走りやすい。

三、四コーナー半ばで二番手を捉える。四コーナーから最終直線へ。

まだ、まだ。…ここ!

脚に思いっきり力を入れてラストスパート。

直線前半で先頭に外から競り駆け、抜き去る!

ああ、何だか久しぶりだ。

遮るものが何もない先頭の景色。

そうだよ、これが見たかったんだよ。

きっとこれはウマ娘の本能だ。誰より速く、走りたい。

何もかもを置き去りにして、私はコール板へと真っ直ぐに…

「バ ッ ク シ イ イ イ イ イ イ ン !」

「はっ!?」

私のポエムをキャンセルしてどこかで聞き覚えのある威勢の良い叫びが耳に飛び込んできた。

思わず後ろを振り返ると、私の何メートルか後ろに‘黒鹿毛’のウマ娘の姿が見えた。

もちろん知っている。いや、忘れようしても脳裏に染み付いている!

あのウマ娘の名は…

「クロカゲバクシン!遅ればせながら参上ッ!!!ケイウンヘイローさん!いざ尋常に勝負ですッ!!!」

あの子、四コーナーでもまだ後方だったのにいつの間に!?

一応マークはしていた子だ。一言で言えばものすごくやかましく走る子。その上で彼女の戦法は先行だと知っていたから四コーナー付近で近くに居なかった時点で特に気にしてなかったのだが、まさか差しの才能もあったのか。これからは注意しておかなきゃ。

…いや、まあ。

 

『ケイウンヘイロー、後続を退け三バ身差で今ゴールイン!』

もう遅いんだけど。

「ちょわーっ!?」

後ろで彼女が奇声を上げるのを尻目に、私はゴール板を駆け抜けた。

『ケイウンヘイロー、「ダリア賞」制覇!見事に人気に答えました!二着にはクロカゲバクシン、三着争いですがブライダルサンデーかワタリフラワーかといった所!』

私はぐっと拳を握ってガッツポーズをする。

「ケイちゃーん!」

観客席の方を見ると、ミライちゃんが大きく手を振っている。

アオ達みんなや先輩の姿も見えた。

そして、

「ケイウンヘイローっ!良い走りだったぞー!」

「よーがんばったねぇ~!」

少しだけど、私の名を呼ぶファンの声も聞こえた。

私は観客席に手を振り返す。

するとそこへ…

「ゼェ…ハァ…ケイ…ケイウンヘイローさんっ!」

疲労困憊したクロカゲバクシンちゃんが話しかけてきた。

「おめでとうございますっ!今回は僅差で敗れましたがっ!」

「き、僅差だったかな…?」

「見ててくださいっ!わたしはあなたに一度っ!いえ二度は勝って見せますよっ!」

「そこはもう負けないとか言おうよ…でもまあ、うん。お互い頑張ろう。」

私は彼女と握手を交わす。

「はいっ!」

彼女はその手を嬉しそうにぶんぶん振って応えるのだった。

 

 

 

そして、暑かった八月は若干の残暑を残して終わりを迎え…

「みんな!ただいまーっ!」

二学期を迎えた教室に、元気な声が戻って来た。

松葉杖を小脇に挟んだミライちゃんが二か月ぶりに学校に来たのだ。

「おかえり!ミライちゃん!」

「夏休み中は普通に遊んでたからそこまで新鮮じゃないけどね。」

「まあでも…」

カナちゃんとミライちゃんがいつものように談笑している。

「戻ってきてよかったね。…この光景が。」

「うん。」

前と同じ光景が戻って来たと同時に、変化した物もある。

実はもうすでにクラスの顔ぶれが変わり始めているのだ。

デビュー戦で私達と凌ぎを削った快速自慢のデコトラちゃんは、七月末のレースでレコードタイムを叩き出して優勝したのが関係者の目に留まったのか、夏休みの内に佐賀トレセンへと転校していった。

他にも詳しい事情は分からないが荒尾が肌に合わなかったのか辞めて行った子も数人。

そして逆に各地から転入して来た子も数人…

しかしアオ曰くジュニア級戦が終わりを迎える今年の暮れから来年にかけて中央や他のトレセンからもっとたくさん転入してくるとの事だ。

そうなれば仮にでも一度は中央に選ばれたウマ娘たちと対峙する事になるのだから、気を引き締めていかなければならない。

そうして気持ちも新たに、私は勉学とトレーニングに励む。

そして…

 

「無~理~!」

「きゃはっ☆もうやっばーい♪」

「うおおおおおお!バクシン!驀進!バックシーン!!!」

もう少し!あと少し!

「はああああああああ!!!」

『ケイウンヘイローだ!ケイウンヘイロー追撃を振り切った!ゴールインッ!』

再びレースの舞台に立ち、危なげなくも勝利を掴んで…

 

「ケイちゃん良かったばい!」「かっこ良かったぞー!」「こん帽子にサインばくれんね?」

「あはは…ありがとうございます!」

少しずつファンも増えて行って、いよいよ私も競走ウマ娘らしくなってきた。

入学時はファンが増えない事を懸念していたものだが、いざ本当にファンが付いてみると、どれだけ少なくてもやっぱりうれしい物だ。

ここの人たちは、あったかい。知り合いの子供に声をかけるみたいに話しかけてくれて、いっぱい握手を求めてくれて、たまにお菓子とかまでくれて。

アオが入学式の日に言っていた、‘縁’という言葉の意味を、少しだけど分かるようになってきた。

 

そしてレースの番は、アオにも。

「うわー!今日の阪神多いね!」

「『ローズステークス』があるからね…」

「今日はアオちゃん大丈夫かな?」

「今日こそはきっと大丈夫ですわ~」

九月十八日、日曜日。

今日は中山レース場ではG2「セントライト記念」が、阪神でもG2「ローズステークス」が開催されるとあってそれを目当てにテレビ画面に映る両レース場は盛況を博していた。

特に「ローズステークス」には今年のティアラ路線の主役たちが集うとあって、その姿を一目見ようとここ荒尾レース場の場外応援所にも多くの人が詰めかけており、アオ目当ての客もいるとあってかなりの混雑模様だった。

「でもメインレースはまだなんでしょ?それなのになんで野路菊ステークスでもお客さんがこんなに多いの?」

ミライちゃんが疑問を投げかける。

「さあ…なんでだろ。」

「それはこのレースが近年登竜門レースとして注目されつつあるからですわ~」

「登竜門?」

「ええ。野路菊ステークスの勝利ウマ娘からはここ数年だけで二人のG1ウマ娘を輩出していて、少しずつ注目度が上がっているんですわ~」

「とはいってもまだ二人じゃん。そんなのたまたまじゃないの?」

「それは確かにそうですが~これからもっと増えるかもしれませんわ~」

「そうそう!それに今日の勝ちウマ娘だってもしかしたらいつかG1獲るかもよ!」

もしもアオが勝ったらアオもG1に…

……流石にそこまでは無いかなぁ。

そのうちにパドック中継が始まった。

今日のアオは二枠二番。始まってすぐに姿を現した。

「…アオ、今日は落ち着いてるね。」

「ええ。笑顔を浮かべる余裕もあるようですわね~」

「がんばれー!アオちゃーん!」

 

アオ、その瞳には何が見えてる?

沢山の人垣は、君にとってプレッシャー?それとも自信?

私は君のいないレースで二回も勝ったよ。……多分、君が居なかったから、勝てたよ。

君は完璧じゃなかった。私たちと同じ等身大のウマ娘でしかなかった。

でも、目の前で私に大差をつけて突き放した時、私には君が特別で、絶対に届かない雲の上の存在に見えたよ。

だから、アオ。

特別でいて。

荒尾のウマ娘が中央で勝つ、そんな――

奇跡を起こして。

 

『阪神レース場9レース、「野路菊ステークス」。芝の1600m十一名。ジュニア、オープン特別競走です。……スタートしました!内からブルーアラオが良いスタート、良いダッシュ。二番手ヤマカツウェーブが並んで行きました…』

「行け!アオちゃーん!」「頑張れー!」

「ハナを切った!」

アオは見事にスタートダッシュを決めて、中央勢に先駆けて先頭に立った。

一か月前の小倉とは違う。

夏休みの間も毎日帰りが遅く、この日の為に凄まじい量のトレーニングを重ねていたことを私は知っている。

その成果は確実に出ていた。

芝にも二回目で適応したのか、特にペースを乱すことなく走り抜けていく。

『……最後方にチャンストウライ。向こう正面に出ています。先頭はブルーアラオ、リードが一バ身半。』

「そのまま…そのまま…!」

ファンの人たちは祈るような格好で画面を見つめる。

集団は少し縦長になって、アオが完全に引っ張る形。人気どころの中央勢は軒並み中団から後方。

後はアオのスタミナ次第。七月時点では私と走った1300mで最後少しばてていたが、二か月を経てスタミナも成長したはず。

『各ウマ娘、三コーナーカーブに入りました!先頭ブルーアラオ、800を切ります。』

半分を過ぎた。アオは依然リードをキープしている。ここから見る限りまだばてている様子は見られない。

行けるか。

私も息をのんで見守る。

『……と人気どころ。先団の後ろ、600を切りました。後は少し開いてハードバクシンオー以下追走で各ウマ娘四コーナーの手前です。』

「あっ……!」

『前は先頭今度はキーレターか?キーレターか、コスモラバンジンか。』

遂に後方集団が追いついてきて、アオと先頭争いになってしまった。

『……四人広がってその内からは二番ブルーアラオ食い下がっています!』

アオが必死に粘る。ここからでもわかるほど、今まで見たことないほど本気で走っている。

最終直線に入ってもまだアオは粘る。中央の強敵相手に粘り続ける。

だが……!

「あぁ、もう駄目だ……」

誰かがそう呟いた。

残り200を前にして遂にアオは捕まってしまった。

そのまま人気どころの追い込み勢に抜かれてアオは沈んでいく。

カメラの注目はもう完全に先頭の競り合いを続ける二人へと移り、アオはすぐにフレームアウトしていった。

「……」

 

荒尾の観客たちは意気消沈。

レースは競り合いの末一番人気のウマ娘が勝ち星を上げた。

「……」

私も言葉が出なかった。

今回アオは実力を出し切った。

中央勢相手に勇猛果敢に先頭を走り、あまつさえ最終直線まで確実に戦ったのだ。

しかし、それは及ばなかった。荒尾の想いは、通じなかった。

アオの順位は六着。

あと一歩掲示板に載ることは出来なかった。

すぐそばではミライちゃんがまるで自分の事の様に悔し泣きしてカナちゃんが涙をハンカチで拭ってあげている。

ニシノちゃんはじっと画面を、少しだけ寂しそうな顔で見つめていた。

私は……無意識のうちに手を握りしめ、立ちすくんでいた。

なぜそうしたのか、理由は分からなかった。

ただ、言葉にできない、悔しさとも苛立ちとも違うやるせない気持ちを胸に、ただじっと、立っていた。

 

――この日勝ったウマ娘が、後に二冠を制しG1を四勝する名バとなるのは、また別のお話。

 

 

 

「お疲れ様です。」

「おう、お疲れ。」

「あの、トレーナーさん。次のレースなんですけど…」

「ああ、丁度伝えようと思っていた。ついさっき確定した。」

「えっ……じゃあ、もしかして……!」

「ああ、あのレースだ。」

 

「九州ジュニアグランプリ、出走内定だ。」

 

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