潮騒のアレグレット第二章始動です!
早速第一話を……と思ったのですが第一章と同じように各章冒頭にプロローグとして作中世界の後日談を付けるようにしようかな~と思い立ったので本話を先に投稿いたします。第二章一話はもう少しお待ちいただけると幸いです。
という訳で今回はあるウマ娘の回想です。具体的に誰なのかはまだ明言は避けてますが、一章を全てご覧になった方なら何となく分かるのでは無いでしょうか。一章プロローグと同じく物語が全て終わった後、一章終了時点から10年前後の未来のお話と捉えてもらえれば幸いです。いつもと比べるとかなり短いのでさくっと読んで貰えれば嬉しいです。
さてどうでもいい筆者の近況報告ですが、先日ウマ娘5thライブ名古屋公演のDay1に現地参戦して参りました!
いやー人生初のライブだったので滅茶苦茶楽しかったです。筆者が住んでいるのは九州の割と外れの方なので関東でしかやってなかったウマ娘のライブにはそうそう参加出来なかったのですが、今回名古屋まで来るという事でいっちょ行ってみるかと思い立ち高速バスで福岡まで進出し福岡から夜行バスで11時間かけて参戦しました。しっかり尻の肉が取れる夢を見ました。
本当に楽しかったので次もまた参加したいのですが、東京公演は遠いし時期的に大学の期末試験と被るので行けそうもありません……もしチケット当たったら大阪公演に期待ですかね。
あ、しっかりライブだけじゃなく名古屋も満喫してきましたよ。モーニングとあんかけスパ美味しかったです。その後友人がいる静岡に行ったりして貧乏ながらも充実した旅になりました。
自分語りが長くなりすぎちゃいました。詳しくはいつかの番外編でお話ししましょう。
では、本編をお楽しみください。
第二章プロローグ 雪のふる街で
ずっと昔、子供のころ私は走ることに憧れた。
私が生まれたのは函館市。そして育ったのは札幌市。
函館で育ったのは小学校に入る前までだから、もうずいぶんと記憶が曖昧になってしまった。
しかし親の仕事の都合で札幌市に引っ越した時、その都会っぷりにとても驚いたことを覚えている。
新しい家はその大都会札幌の中央区、札幌駅に近い北五条沿いのマンション。
今思えば函館だって大きい街だったのだが、幼い私にとってそこは何でも揃っている夢のような場所だった。
しかし札幌と函館には共通点がある。それはどちらも中央のレース場がある事。
札幌に越してから尚更近くなったレース場に、両親は開催日の度に連れて行ってくれた。
北海道で中央のレースは夏にしか行われない。しかしその数少ない開催日、特に八月の札幌記念の日なんかには毎年G1顔負けのメンバーが札幌レース場に集い、熱いレースを繰り広げた。
そんなものを間近で気軽に観られるのだ。幼い私にとってそれは余りにも強い……“劇薬”だった。
そして誰に言われるでもなく自然に、私は思うようになっていた。
――競走ウマ娘になりたい、と。
自分にもあんな走りが出来ると、熱い勝負が出来ると、本気で思い込んでいた。
そして私は――
「ありがとうございました~!足元、気を付けて帰ってくださいね!」
私は今日最後のお客さんを笑顔で見送る。
「よし、店仕舞いしよっか!」
店長が従業員たちに声をかける。
「はい!」
そう返事をしてから私は床に落ちた髪を箒で掃き始める。向こうでは二人の先輩が雑談をしながらタオルを纏めていた。
「ねえ、さっきのウマ娘の子めっちゃ可愛くなかった!?」
「わかる~!ここレース場近いからやっぱそこの子なのかな?」
私はそれを聴きながらため息をつく。
言うべきか。いや、余計だよね。でも……
「……札幌は冬はやってないんで中央の子じゃないですよ。それと脚の筋肉の付き方的に競走ウマ娘じゃないですね。」
先輩方はきょとんとした顔をしてから笑いながら答える。
「そっか~!いやーうちら全然レースなんて興味ないから知らなかったわ~!」
「さすがくーちゃんウマ娘なだけあって詳しいよね~。」
「いえいえ、そんなことないですよ~!」
ああ、またやっちゃった。
レースに関する間違った事を言われていると訂正したくなってしまうのが私の悪い癖だ。
先輩方はそれをうざがるような性格じゃないのが唯一の救いか。
「そういえばくーちゃんもレース走ってたんだよね?」
「……はい、そうですよ。」
「え、そうなの?私初耳!くーちゃんの名前一回も聞いたことないよ?」
「そりゃそうですよ~!私が居たの地方ですもん!」
それを言うと二人は顔を見合わせてから同時に訊いてくる。
「「地方って何?」」
「じゃあお疲れ!気を付けて帰ってね~!」
「お疲れ様でーす!」
店を出ると、冬の札幌の冷たい空気が頬を撫でた。
ぎゅっぎゅと音を立ててまだ柔らかい新雪をブーツで踏み固めながら南北線の北24条駅へ向けて歩く。
八時過ぎの札幌の空はもう真っ暗だが車通りはそれなりに多く、今朝からの雪がぽつぽつと降り続いていた。
子どもの頃から呆れるほど見た光景。しかし、たった三年間だけ私はこの雪と縁遠い生活をしていた。
私は競走ウマ娘だった。そう、“だった”んだ。
最初は中央のトレセンを受けた……そしてあっけなく落ちた。
悔しかったけど私は切り替えて道営のトレセンを受けて、そして受かった。
やっと私も念願の競走ウマ娘になれる……そう思いながら嬉々としてまだ残雪が残る門別トレセンの門をくぐったっけ。
デビュー戦はあの頃はまだあった旭川……そこであっけなく負けた。
思ったよりもずっとレースの世界は厳しくて、一回だけ二着に食い込んだけれど結局未勝利脱出まで届かなかった。
そしてまだ初雪が降る前、当時のトレーナーから笠松に伝手があるから移籍しないかと言われた。今思えば体のいい口減らしだ。
そして私は雪を見る前に門別を出て初めての本州に渡った。
笠松トレセンは門別よりはずっとましだったけど相変わらず田舎で……旭川と同じくらいか、少し悪いくらいに活気が無かった。
だけどここでも私は勝てなくて、ほんの三か月くらいでまたもや移籍の話が来た。
次の移籍先は九州……聞いたことも無い名前のトレセンだった。
今思えばこれで私は最北端から最南端まで移動した事になるのだが、当時の私はそんな事考えもせず、どうしても勝ちたくて藁にも縋る思いで移籍の話に乗った。
そしてそこで私は初勝利を飾り、その後二回くらいは勝って……一年くらいしてそのまま引退した。
私は、かつて私が思い描いたよりも遥かに弱かった。
最後の頃にはもうすっかりレースへの情熱を無くしてしまい、一応中等部卒業までは残って大した未練も無く北海道へ帰って来た。
卒業証書を片手に新千歳空港に降り立った時――私は三年ぶりに雪を見た。
それは真っ白で冷たかったけど、私にとっては温かく迎え入れてくれる故郷の風景だった。
そこからは偏差値もそこそこの高校へ入り、そこで学ぶうちに何となく次の夢が見つかり、卒業後専門学校へ通って私は美容師になった。
ふと、コートのポケットの中でスマホの着信音が鳴る。
『くーちゃん今日もお疲れ!俺もう家着いたから、ごはん作って待ってるね!』
私はそのメッセージを見てくすっと笑うと、『りょうかい!』のスタンプで返信する。
専門学校の時に出会った彼とは、付き合ってもう五年になる。
去年から豊平区の方に借りたアパートで同棲を始めて、もうすっかり二人での生活にも慣れた。
同じく美容師でどこか天然だけど優しい彼には大した不満も無く、この人とならその先も――などと最近は考えるようになった。
こうしてレースとは無縁だけれど幸せな生活を過ごしてる今を考えれば、あの三年は私の人生にとって意味など無かったように思える。
そもそも、競走ウマ娘だった事が人生でプラスになる人なんてどれくらい居るんだろ。
競走ウマ娘時代のネームバリューを活かして働くウマ娘なんてほんの一握りだし、せいぜいスポーツ推薦をもらって大学に楽に入れるくらいなんじゃないだろうか。
後はレースで走る事そのものが誰かの希望や夢になるウマ娘なら、そりゃあ競走ウマ娘になった意味があるんだろうけど、私が現役時代に出会ったウマ娘達でそんな娘……いや、
一人いたな。
その時、着信音と共に彼からメッセージがもう一件入った。
『あ、そういえばくーちゃん宛に手紙来てたよ!』
手紙?
DMならそう書くだろうし、今の時代に珍しい。誰からだろ?
そうこうしているうちに駅に着く。
地下への階段を下りて改札を通り抜けると、丁度真駒内行きの列車が入って来た所だった。
私は小走りでホームへの階段を駆け下りると、開いていた一番近くのドアから車内へ駆け込む。
私がふうと一息ついて席に座ると、それを待っていたかのようにガタゴトと音を立ててドアが閉まる。
そして列車は暗いトンネルの中へと走り出して行った。