何とか10月中に間に合いましたがプロローグ投稿から一か月お待たせしてしまい申し訳ございません。大学の後期が始まりレポートに追われておりました。理系に行った洗礼を食らった気分です…第二話も内容は決まっていますがまだ一文字も書いて無いので次がいつになるか確約できない状況です…気長にお待ちいただけると幸いです。
そして今回からケイウンヘイロー達のクラシック級の戦いが始まります。史実で言う06世代、ウマ娘ならカワカミプリンセスの世代になりますね。
ストーリーの都合上盛り上がるのは中盤から後半にかけての予定ですのでまず前半をどうしようか割と悩んでいる現状だったりします。レース、日常共に色々ネタは考えてありますのでご期待ください。
そして何より、遂にウマ娘三期始まりましたね!第一話のドゥラメンテ登場から驚かされて、今の所毎話楽しく観させて貰ってます。とりあえず今期の生きがい枠です。
まあドゥラメンテ、オルフェにジェンティルドンナの名前を出せるようになったのは嬉しいのですが、本作に関しては世代がほぼ被らないので恩恵は正直薄いかと思われます。それこそディープとかが来たらかなり助かるんですがね。
そんなこんなでまだまだ飛躍していくウマ娘に本作も金魚のフンの如く付いていく所存ですので、これからもよろしくお願いします。それでは、本編をご覧ください!
ウマ娘には、「世代」がある。
いや、年齢ではない。ある年にクラシック級を迎えたウマ娘達の事を世代という言葉で括るのだ。
黄金世代、最強世代……時にはデビューした年の名前で呼ばれることもある。
そしてこれは少しだけ未来の話――
私たちもまた世代という言葉で呼ばれることになる。だが、それは余りにも影が薄い世代だった。
私達の一つ前の世代には、日本レース史上最強の一人と呼ばれるウマ娘が生まれた。
その軽やかながら力強い走りはまるで翔んでいるようだと言われ、どんな言葉も彼女の前では霞んで見えてしまう……だから与えられた二つ名は「英雄」の二文字。
さらにティアラ路線でも日米オークス制覇という歴史的偉業を成し遂げるウマ娘が現れ、加えてダート界にまで最強の二人による二強体制が築かれる豪華っぷり。まさに恵まれた世代だったのだ。
そして私たちの一つ後の世代でも、革命が起きた。それはティアラ路線の三人のウマ娘による快進撃。
今まで能力的に三冠路線のウマ娘には劣ると言われたティアラ路線。しかしこの世代から、その常識が変わり始める。
64年ぶりのティアラ路線出身者によるダービー制覇、同じく25年ぶりの有馬記念制覇、さらにクラシック級にしてシニア級の強豪を抑えてのスプリンターズステークス制覇……
そこから呼ばれるようになった「ティアラの時代」という新時代は、今もなお続いている。
では、私たちの世代はどうだったのか?
もちろん強いウマ娘が居た。三冠路線に現れたそのウマ娘は二冠を制し、後に天皇賞を春秋連覇。G1四勝の戦績は十二分に名バと呼ぶにふさわしい。ティアラ路線の方のウマ娘も同じく二冠を制しその豪快な走りは多くの人に愛された。
だが、後世からこの世代はいまいち注目されない。前後の世代の功績があまりにも強すぎて、霞んでしまうのだ。
中央の世代筆頭がこの有様なのだ。それ以外のウマ娘の影の薄さと言ったら比にならない。
そして中央がこれなら地方は更に……
華々しい中央の陰で日の目を見ずに苦しむ地方という対比。この数年前から始まった地方レース場受難の時代は止まることを知らず、生き残りの道を捜し藻掻くもの、数少ない星にすがるもの、進退窮まり力尽きるものと各レース場の道は分かれた。
後世、この時代はこう呼ばれることになる。――「地方の暗黒時代」と。
これはそんな時代を地方のとあるレース場で確かに駆け抜けた、ウマ娘達の物語である。
寒空にはぁっと吐いた息が白くなって吸い込まれていく。
初めて迎える九州の年末は東京と変わらず芯まで冷える寒さだった。
今日は十二月三十一日。その早朝。放射冷却だとかいう現象のせいで気温は氷点下に迫らんとする勢いだ。
去年までの私なら祖父母の家でまだ布団に包まっていたはずだが、今の私は競走ウマ娘。日課のランニングを欠かすわけには行かないのである。
私はいつもどおり南の海岸を目指して走り出す。
そして今日までの事を何となく回想するのであった。
十一月の「ファイナルガール」で大勝を収めた私は一気に荒尾ジュニア級の有力株の一人として認知されるようになり、ファンの人たちから声を掛けられる事もぐっと多くなった。
数週間前にグッズ用の写真撮影の仕事が入ったのも私の人気がじわじわ上がっている事の証拠なのだろう。
その後十二月に入ってもう一戦レースをして……あの時みたいに大差での決着にはならなかったけど一番人気に応える事が出来た。
そしてその後トレーナーさんから次走として示されたのが明日、一月一日元旦早々から行われる「小岱山賞」だったのだ。
レース界において年明け一発目のファンファーレを告げるのは地方の役目であり、今年は荒尾がその任を務める事になっていた。当然そうなっては帰省できるはずも無く、今年の年越しは荒尾で迎える事となったのだった。
しかし既に二学期の終業式は終わっており学校としての荒尾トレセンは冬休み……多くの生徒は帰省の途についており、トレセンに残っているのは私を含めた年明け早々のレースに出走する生徒達がほとんどで、寮や学校の中はどこか物静かな空気が漂っていた。
アオも親戚の集まりがあるからだとかで新潟の本家の方に帰っており、ミライちゃんもニシノちゃんも実家に帰ってしまった。いつものメンバーで残るのは私と同じレースに出走するカナちゃんと後は……
「はーっはっはっはっ!!!おはようございますっ!ケイウンヘイローさんっっ!!ではお先にっ!バックシィィィィンッッッ!!!!」
「えっ?あっ、うん……」
私に返事をさせる暇も無く、たった今遥か彼方へと姿を消したクロカゲバクシンちゃんくらいなものだ。
あの子が居る限りそうそう退屈はしなくて済みそうだが、それでも初めて毎年の習慣が無い年越しを迎えるとさすがにホームシックのようなものを憶える自分もいた。
宮城にある母方の実家。昔ながらの平屋の大きな一軒家。滅多に会えない従姉妹たちとの再会を喜び、ご馳走を食べた後炬燵を奪い合いながら年越しを待つ。そして年が明けた瞬間親戚一同にお年玉をねだって……
二日くらいにラッシュを避けて早めに東京へ戻り、残りの冬休みを友達と一日中遊んで過ごした。
毎年のように繰り返した思い出。しかしその日常は今や関門海峡を挟んで遥か彼方になってしまった。
ああ、帰りたいなあ。
師走の空気がそうさせたのか、少し弱気になってしまった。
だめだめ。今の私は競走ウマ娘なんだ。私に期待してくれる人たちがいっぱいいる。応える為にも、走らなきゃ。
私は気を取り直してもう一度足に力を入れる。彩度が落ちた景色の中を、私は走り抜けていくのだった。
「よし、今日の練習は終わりだ。年越しで浮かれるかもしれないが明日はレースだから夜更かしは程々にしろよ。」
「はい!あ、良いお年を。」
「ああ。」
朝からあった練習は昼頃には終わり、先輩と二人で更衣室に向かう。
「それにしても寒いですよね。私九州の冬ってもっとあったかいのかなって思ってました。」
「え?あったかくない?」
「え?……あ、そういえば先輩北海道出身でしたね。」
「そうだよ~札幌の冬と比べたらこんなの半袖で行けるね!」
「ほんとですか!?流石道産子……」
「……冗談だよ?」
「あ、そうなんですね……」
他愛のない会話をしながら更衣室に入る。
部屋に一個据えられた石油ストーブのお陰でほのかに温かいのが救いだ。
「そういえば先輩は年末なのに帰省されなかったんですね?」
「あ~……そうだね。まあこっから北海道って結構お金もかかるしまあ良いかな~って。」
「でもお盆も帰られて無かったですよね?……もしかして競走ウマ娘になってから帰省ってされて無いんですか?」
「そういえばそーだ!もう二年帰ってないな~。みんな元気にしてるかな?」
「……寂しくなったりしませんか?」
「ん?そうだね~」
先輩は少し考え込む仕草をした。
「寂しくないって言ったら嘘になるのかな。やっぱり向こうの友達にも会いたいし。でもなんだろ、散々啖呵切って競走ウマ娘になったのに今のままじゃ帰りにくいって言うか。やっぱり帰るなら凱旋が良いなって思うんだよね。」
そう言って苦笑いする先輩の表情はどこか寂しさを感じさせた。
帰りづらい、か。考えたことも無かったな。
私の両親は私が競走ウマ娘を目指すこと自体には反対しなかった。だが荒尾に行く事が決まった時、特に母親は寂しそうな顔をしていた。
冷静に考えれば生まれてこの方ずっと親元に居た一人娘の、遠くても関東圏内だと思っていたであろう入学先がまさかの遥か九州は熊本、それも近くに伝手も無いとなれば、やっぱり心配はするのだろう。
そんな今の私を、両親はどう思っているのだろう。レースは毎回ネットで観ていると言ってくれているが、少しでも誇りに思ってくれているだろうか。
「そーだケイちゃん、これから食堂でやる合同年越しパーティー行く?」
「あ、行きます。明日があるんであんまり長くは居られませんけど。」
「いーのいーの。こういうのは参加する事が大事なんだから。それにケーキとか寿司とかも出るらしいよ?」
「なんか先週あったクリスマスパーティーとあんまり変わんないような……」
「気にしない気にしない!こんなの何回あっても良いんだから!さあ、行こっ!」
「まあいっか。はーい今行きます!」
そして私はバッグを抱えて更衣室を後にした。
「ウェーイ!KP!」
「きゃはははっ!KP!KP!」
「みんなみんな!ウマスタライブやってるからこっち見て~!」
食堂の中心で繰り広げられる陽キャたちの饗宴の様子を遠目に見ながら、私とカナちゃんはオードブルをつまんでいた。
「……ねえ、あれジュースだよね?」
「たぶん……」
「『雰囲気酔い』ってやつなのかな……ある意味才能だよね。」
先輩に連れて来られた年越しパーティーだったが、先輩は友達のウマ娘に早々に攫われて行ったため、一人で来ていたカナちゃんと一緒に過ごすことになったのだ。
「ほんとよくあんなに盛り上がれるよね~。私絶対無理。あ、ケイちゃん唐揚げあげる。」
「ありがと。でもあんな風に目立ててSNS使いこなせる子が今時は強いんだろうね。」
「セルフプロデュースってやつだよね。私もやるべきなのかな。あ、ケイちゃんピザあげる。」
「あ、うんありがと。私もアカウントは持ってるけどそこまでフォロワー多くないんだよね。もうちょっと積極的にやってみようかな。」
「アオとかすごいよね。はじめあんなに不慣れだったのに今じゃ荒尾の中ではほぼ唯一のフォロワー四桁だもん。投稿がセンスあるよね。あ、ポテトもあげる。」
「ほんとにね~見習いたいくらい……カナちゃんさっきから私に食べ物渡しすぎじゃ?」
「あ、ばれたか。いやーここでケイちゃんの体重を少しでも重くしとけば明日のレースで有利に……」
「いやひっどぉ!やり方がきたない!」
「でもいっぱい食べなきゃ大きくなれないよ?ケイちゃん夏にプール行った時アオと自分の胸交互に見比べてうなだれてたじゃん。」
「み、見られてたぁっ!?いやあれは別に……ってか私は成長期来てないだけだし!余地あるし!」
「身長は平均くらいあるのにその理論は果たして通用するのかね~。余地があるとしたらミライとかの方じゃない?」
「あ~……」
ふとミライちゃんの大きくなった姿を想像する。
身長が高くなってすらりとした手足、健康的な身体と可憐な顔立ち。艶やかな唇から繰り出される言葉は……
『ケイちゃーん!ひがた行こっ!』
「……だめだ性格の方がアップデートできない。」
「私も。もうミライはあのままでいいや。」
「だね。」
そして饗宴は賑やかさを絶やすことなく夜は更けていった。
私は明日のレースがあるのでカナちゃんと一緒に年越しの瞬間を待つことなく部屋へ戻る。
「ねえカナちゃん、もう明日になったら私たちクラシック級だよ?」
「……そっか、そうだよね。なんか自覚無いな~。」
「私も。とてもじゃないけど中央の三冠路線の子達みたいに走れる気しないもん。」
「ほんと同期とは思えないよねあの人達……」
ついこの間あったジュニア級王座決定戦である朝日杯と阪神JFを勝ったウマ娘達は派手な勝ち方とは言い難かったものの、その実力の高さを示す立派な走りを見せつけた。
「来年、どんな年になるんだろうね。」
「どうだろうね……」
私達が来年走ることになるのは九州三冠路線。荒尾に加えて佐賀、さらには高知のウマ娘までも加わってクラシックの王冠を求め鎬を削る事になる。
荒尾に既にアオという強敵が君臨している中で佐賀や高知の格上相手にレースをしないといけないとは既に気が重い。
だが、少しだけ想像してしまう。もしも、本当にもしも三冠レースで活躍出来て、十分な実績を得られたらとしたら……荒尾を飛び出して更に上の舞台へ向かう未来はまだあるのだろうか。
……いや、まあ高望みが過ぎるかな。
「じゃあここで。明日がんばろうね、ケイちゃん。」
「うん。カナちゃんも。」
カナちゃんに別れを告げ寮の自分の部屋に戻る。アオが居ない部屋は静かで空気はひんやりとしていた。
私は手早く寝間着に着替えると早めにベッドに入ることにした。
電気を落とした部屋は窓から射すほのかな光で青白く照らされている。
明日のレースは前評判だと一番人気の見込みだし、頑張って期待に応えないと。
さっさと眠りについて初夢でも見よう……
そして私はまどろみの中に落ちて行った――
そよ風がふわりと吹いてる。青草の爽やかな香りがする……
あれ、ここは?
気が付くと私は知らない場所に立っていた。
頭がぼんやりとしている。たったいまここに来たような気も、ずっと昔からここにいたような気もする。
周りを見渡すと草原が遥か彼方まで、丘陵を成して波を打つようにうねりながら続いている。
青と赤の屋根の建物がその先に見えるが、どれほど離れているのかいまいち距離感が掴めなかった。
それに周りの風景は夜明けの様に明るいのに、天頂にはダークブルーの空が広がり鮮やかな色彩の星が瞬いている。
そんなどこまでも不自然な景色なのに不思議と違和感がない。それどころか初めて見る景色なのになぜか懐かしい感覚がする。
「てか……私元々どこに居たんだっけ……」
思い出そうとしても靄が掛かって記憶を辿れない。
というか、“私”?なんか“ボク”だったような気も……
「……」
「だれ?」
何かに呼びかけられて気がして、その方向を向く。
背後にある小高い丘の上からその声は聞こえた気がした。
こんな感覚、前にもあったような……
私は自然に丘の上へと歩き出す。
青草の上を柔らかい音を立てながら進んでいく。今気づいたが、少しくらいしても良いはずの小鳥や生き物の気配がしない。この場所では私が歩く音と風が耳を掠める音しかしなかった。
丘を登りきると、そこには――
「……三女神像?」
そこには、三女神像が……倒れていた。
半壊したその古い女神像は、半分ほど地面に埋まっている。
「こんな三女神像、初めて見……いや、見たことあるような?」
その女神像に手を触れようとした瞬間、掠れるような声がどこからか聞こえてきた。
……の…
…たった一人の……
…忘れ…見……
「誰、誰なの?」
私が呼びかけてもそれに対する返答はなく、声が聞こえるだけだった。よく聞くと一人の声じゃなくて何人もの声が混ざっているようだった。
だからこその“特異点”……
とことわの定め……時空に跨り…想いの力……収斂によって……
しかしその力……まだ不完全……
……は確定して……い…あるのは……それは……君次第……
だから。
急にその声がクリアになった。
「頑張ってね。ケイウンヘイロー。」
その声が聞こえた後ろを振り返ると、朝日を背にした人影が見えた。
それは一人じゃない。おおよそ十数人の人影が私を見つめている。
「あ……」
私がその人影に声を掛けようとした時、視界が光で眩んだ。
「うわぁっ!」
私はばっとベッドから飛び起きた。
周りをきょろきょろと見渡すと、いつもの見慣れた自室だった。
ふと横のベッドを見るが、そこは空っぽだ。
そうだ、アオは居ないんだった。
何だったんだろ、今の夢……確か……あれ?
たった今まで見ていたはずの夢の内容はどんなに思い出そうとしても一向に出て来なかった。
なんで私跳び起きたんだろ?
折角の初夢の内容は思い出せず、モヤモヤを残すだけだった。
「まあいいや……着替えて控室行こ。」
一月一日。新たな年の始まりを告げる為に私はレースに挑む。
「あけましておめでとうございます!こちらの方で入場者特典を配布しております!おひとり様おひとつでお願いしまーす!」
元旦の荒尾レース場は朝から盛況だった。
普段は基本平日開催だから限られた人々しかレース場に足を運ばないものの、正月休みの今日はいつもの平日開催だとあまり見ない子供連れの姿もあちらこちらに見られる。
ささやかな入場者特典として地元で作られた今年の干支の戌の置物が配られ、観客たちがそれぞれ小脇に抱えている姿は少し微笑ましく見えた。
『さあ荒尾レース場、本日のメインレースは「荒尾金盃」ですが、もう一つ注目したいのが第八レースのクラシック級1500m戦「小岱山賞」!晴れてクラシック級を迎えた若駒達の雄姿を一目見ようと、睦月の寒さもなんのその、場内はたくさんのお客さんの熱気で賑わっております。さてこのレース、注目はなんといっても一番人気ケイウンヘイロー!昨年十一月のレースでは後続に九バ身差をつける大圧勝をみせ、今年のクラシック級の本命の一人として名を連ねています。しかし虎視眈々とその座を狙うウマ娘が七人、中でもクロカゲバクシンは同じく十一月のレースにおいて、最終直線での直線一気でこちらも二番手に五バ身差をつける素晴らしいレース展開を見せ、ブルーアラオ、ケイウンヘイローに次ぐ三番手に推す声も大きいウマ娘です!』
「来た、ケイウンヘイローだ!」「ケイちゃーん!」「がんばらんね~!」
パドックをとり囲む観客の色んな所から歓声が上がる。その中にはキョトンとしたあどけない顔で私を見つめる子供たちの姿もあった。
あの子達の中には初めてレースを見る子もきっといるだろう。あるいは未来の競走ウマ娘の卵も混ざっているはずだ。だからこそかつての私がそうであったように、あの子達に夢を与えられるように、私の走りでレースの面白さを伝えられるように頑張ろう。
私は観客に手を振り返すと、パドックに降りる。
『続いて六番のタカキカナチャン、前走と前々走では勝ちきれないレースが続いており、ここで巻き返しを図りたい所。さらに七番のシラヌイヒメ。体調不良からここ二戦は出走取り消しによる回避が続き、今日は約半年ぶりのレースとなります。最後に八番グレートコスモス。今まで一度も掲示板を外したことはありませんが未だ届かぬ一着。今日こそは偉大なる勝ち星を掴めるのか。さあ出走八人のパドックが終わりました。注目の「小岱山賞」は十五時発走です!』
人気投票締め切りを知らせる音楽がかなり速いテンポで流れている。この速さだともうあと二分くらいで締め切りだろうか。
バ道を通ってコースへ出てスタート地点に向かう。遮るものが何もないコースに吹く北風はかなり身に応えた。一応厚手のタイツを履いてきているのだがそれ以外が半袖の体操服では焼け石に水だ。とりあえずスタート地点まで走って体を温める。
今日のメンバーなら決して難しいレース展開にはならない……はずなのだが唯一の懸念点と言えば、私が未だ1500mのレースを勝ったことが無いというくらいか。
いや、まあ私は比較的マイルにも向いているはずだから大丈夫。スタミナ管理さえ気を付ければ……
そしてスタート地点に辿り着く。既にゲートが移動され係員の人たちが慌ただしく動いていた。
そういえばこの前本で読んだのだが、何十年か前までゲートはワイヤー式で、それより前に至ってはスタートはフラッグやよーいどんの掛け声だったという。
なんでもレースがエンターテインメント化しどんどん大きなお金が動くようになってからというもの、レースの公正性を高めよとの声が日に日に大きくなり、その結果完全に同じタイミング、同じスペースにして、他のウマ娘との接触が無いスタートシステムが追い求められ、遂に今のスターティング・ゲートが出来上がったのだとか。
いや、全くその通りでこれが究極の公正である事はよくわかるのだが、これには問題がある。私達ウマ娘は人間と比べて本能的に狭いところが苦手な閉所恐怖症を持つ子が多い傾向がある。私はそこまで気にしない方だが、無理な子は本当にとことんゲートに入ることを嫌がるのだ。
その子達の事を考慮していない辺り、スターティング・ゲートにおける公正とは競技者の私たちの為ではなく観客たち、さらにはウマ娘でビジネスを行う人たちのためなんだなと今更ながら考えさせられる。
まあ難しいことは今は忘れよう。未来の人がいつか何とかするだろう。
「審判室準備よし!パトロールタワーも全部準備良いとのこと!」
「人気投票ももう締め切ったげな!」
「ハロー車も掃けました!走路整備完了です!」
「良かね!?じゃあスターター上げるばい!」
白いジャケットと帽子を被った初老の発走委員がスタンドカーに乗り込み持ち上げられる。そして発走委員が旗を振ると、スタンドの方から特別競走のファンファーレが聞こえてきた。
「はい奇数番の子入って来てー!」
係員の人に促されて五番の私も先に入る。今日は八人立てだからゲート入りはスムーズに進んでいく。
空は少し曇っちゃってるけどバ場は良、障壁になる物は何もない。
さあ今日のレースもさくっと勝っちゃいますか!
そしてゲートは、開かれた。
『クロカゲバクシン、僅差で差し切りましたっ!三番手という下バ評を覆す見事な下克上です!そして圧倒的一番人気に推されたケイウンヘイローは惜しくも二着に敗れる結果に!』
「はぁーっはっはっ!私こそが最強っ!バクシンの意思を継ぐものですっっっ!!!」
「え……あ、あれ……?」
何度着順掲示板を見直しても、5のウマ番は二着の位置で点滅している。
「あちゃー負けちゃったかぁ。」
「今日あんま伸びなかったな~」
「距離長かったんじゃなかと?ケイウンヘイローって1500m以上勝っとらっさんし。」
「あのおねえちゃんかてなかったね~、いちばんにんきだったのに。」
「ま、ま、ま……」
程なくして確定のランプが灯る。これでもう結果が覆る事は無くなった。
「負けちゃったぁ!?」
こうして私のクラシック級は、年明け早々黒星で始まったのだった。