ウマ娘 潮騒のアレグレット   作:秋月@小説

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お待たせしました、一話です。
新生活を始めたのでその準備で投稿が少し遅れてしまいました。
長すぎると判断したものを分割して一話と二話にしているので、やや短めとなっています。
来週には二話を投稿できると思います。


潮風のレース場

 潮風が吹いている。ほのかに春の香りを纏った風だ。

 

 その風を、私は初めて訪れるこの場所で嗅いでいる。

 

 私が立っている場所はスタンド。所々に錆を浮かせた鉄骨が、歴史の古さを物語っている。顔を上げると、目線の先には、コースがある。一周1200mの、ダートコース。きめ細かな純白の砂が、陽光を受けて光っている。

 

 そしてその先には、海がある。午後の陽光に照らされた海面が、ダートの砂よりもっと輝いている。そして海面を照らす光の筋は、青空に浮かぶ対岸の山々の影へと続いている。

 

 そう、ここは荒尾競バ場。日本で二か所しかない、海が見える風光明媚なレース場。

 

 そして、今日から私が夢を叶える場所。

 

「あら、あんた、見かけない顔だけど、新入生さん?」

 

 そう言われて振り向くと、優しそうな顔の女性が立っていた。

 

「は、はい! そうなんです! 今日入学のためにこっちに来ました!」

 

「あらそうね! もう四月やけんねぇ、入学式の季節やもんね。どこから来たとね?」

 

「えっと、東京です!」

 

「あら東京! こげんか(こんな)田舎によく来たねぇ! 歓迎したい所ばってんがら(だけど)、荒尾なんかいいとこなかよ?」

 

「そんなこと無いですよ! 私、スタンドから見えるこの景色に感動しちゃいました!」

 

「そうねぇ……たしかに眺めの良いこのレース場だけが唯一の取柄やけんねぇ。そういってもらえると、地元の人間として誇らしかよ。そういやあんた、名前は?」

 

「私、ケイウンヘイローって言います!」

 

「ケイウン……ケイちゃんでよかね。デビューば待っとるけん、これから頑張らんね!」

 

「あ、ありがとうございます!」

 

 そして女性は、私が親や友達に呼ばれるのと全く同じあだ名を付けると、ゆっくりと去っていった。

 

 私は女性の姿が見えなくなったのを確認すると、小さなため息をついた。

 

 こんな田舎。

 

 あの女性もそう言った。私、本当に田舎に来ちゃったんだなぁ。

 

 思い返せば、後悔の日々が蘇る。あのウマ娘に憧れてから、トレセン学園に入るため、必死になって勉強と、走るためのトレーニングをした。普通に公立の中学校に進学すると思ってたから、どちらも意識して鍛えた事なんてなかった。だから、最初からトレセン学園に入るために幼少期からトレーニングしてる子達に敵うわけがなかった。

 

 中央のトレセンはあっけなく落ちた。まあこれについては想定内だったから、そこまで落ち込まなかったのだが、大井にも、船橋にも、川崎にも落ちた時には流石にショックを隠せなかった。家がある関東圏のトレセンには軒並み落ち、受験先はどんどん遠ざかって行った。別に運動と勉強が絶望的に出来なかった訳じゃない。凡ミスだ。凡ミスを何回も繰り返したせいでギリギリのところで落ちていた。そしてもう私にレースは縁が無かったのだと思い、普通の中学校への進学を考えていた所……どういうわけかとあるトレセンからスカウトが来た。不思議だとは思ったが渡りに船だと、その知らせに私は食いついた。そして名前もよく調べずに、入学を決めた……

 

 それがここ、最南端のレース場である荒尾トレセン学園だったのだ。

 

 ハイレベルで有名でもなく、かといって悪名高くもない、一番地味なレース場。

 

 東京の友人に合格先を伝えたら何地方にあるのかすら知らなかったぐらいだ。

 

 確かにスタンドからの眺めには感動した。これは間違いない。だが裏を返せば海が正面に広がるほど何もないのだ。すぐ北にある街はそこそこ栄えているのだが、荒尾の街にはほとんど何もない。遊園地があるから完全に何もないわけではないのだが、オシャレなお店も、デパートも無いし、電車は一時間に二本しか来ない。聞けば昔は炭鉱で栄えたそうだが、今やその信憑性は些か疑わしい。そして、栄えていた時代に娯楽として、何もなかった荒尾にレース場とトレセン学園が作られ、今に至るそうだ。

 

 我ながらよくぞここまで来てしまったものだ。東京に帰りたい。ここまで田舎だと知っていれば、諦めて普通の中学校に入ってたかもしれない……でも、私はどうしても憧れを捨てきれなかったのだ。そのために夢を叶えようとここまで来てしまったのだ。ここまで来たら仕方ない。腹をくくろう。

 

 そう自分に言い聞かせ、私は学園の校舎へと歩き出した。

 

 

 

                     ◇◇◇

 

 

 

 

 

「すみませーん!」校舎に入ってすぐの受付に向かって声をかけてみる。

 

「はいはい……よっこらしょ、何の用だい?」

 

 奥の方から、初老の用務員と思われる男性がいかにも動くのが億劫だという様子で出てきた。

 

「私、ここに入学するためにやってきたケイウンヘイローです」

 

「ケイウン……ああ、書いてあった。はるばるご苦労だったね。ようこそ、荒尾トレセンへ。えーっと君は地元の子じゃ無いから……荷物がまだ来てないみたいだね。だから入寮は明日にするとして……今日は空き部屋があるからそこに泊まってもらうね。明日の入学式の事とかは秘書の方が説明してくれるはずだから、君は理事長室へ行きなさい。そこを曲がって二番目の部屋だから」

 

「はい、ありがとうございます」

 

 用務員に会釈してから言われた通り、行ってみることにした。しかしこの校舎、お世辞にも綺麗ではなさそうだ。壁にはところどころシミがあるし、黒光りしている床は歩くと軋む。抜けてしまったらどうしよう。

 

 そんなことを考えていたらすぐに目的地に着いた。くすんだ色をした観音開きのドア。ひとまずノックをしてみる。

 

「どうぞー」

 

 中から女性の声がした。

 

「失礼します」

 

 少し重いドアを開けて入ってみると、部屋の左側にある机に一人の女性が座っていた。頭に耳がある。ウマ娘だ。

 

「あの、私ここに入学してきたケイウンヘイローって言います。受付の方からここに行きなさいって言われて……」

 

「ああ、ケイウンヘイローさん。お話は伺ってるわ。さあ、そこにお掛けなさい」

 

 勧められたソファーに礼を言ってから座ると、目の前のソファーにそのウマ娘は座った。よく見ると妙齢で美しいウマ娘だ。

 

 体つきも均整がとれている。ローカルシリーズの事はあまり知らないけれど、名が知れた人なのかも知れない。

 

「改めて、ようこそ、荒尾トレセンへ。私、ここで理事長秘書をしているコウザンハヤヒデと申します。遠路はるばるご苦労だったわね」

 

「い、いえっ恐縮です!」

 

「ふふっ、丁寧な言葉遣い。こっちの子は方言を話す子が多くて、少し新鮮ね」

 

「あ、ありがとうございます……」

 

「さて、では明日の事……の前にここ(荒尾)の事を少し話させてもらおうかしら。ここ(荒尾)の事はどのぐらい知ってる?」

 

「えっと……海の見える数少ないレース場で、規模が小さ……コンパクトなトレセンで……」

 

「ふふ、良いのよ、気を使わないで。まあ地方のトレセンでネットに乗ってる情報も少ないから仕方ないわね。

 

 ……ここ、荒尾トレセン学園は熊本県荒尾市に位置する現存する最南端のトレセンにしてレース場。そして現存する最古の地方レース場よ。そして熊本、鹿児島、宮崎、さらには沖縄までの地域に住むウマ娘たちを主に受け入れています。長崎や佐賀、大分と福岡の北部の子の多くはサガトレセン学園に入るし、他の地区でも敢えてサガに行く子もいるわね。もちろん、地方トレセンは日本中から受験できるから、うちも全国からウマ娘を受け入れているわ。貴女みたいにね。

 

 ……コースは一周1200のダートが一本。一応練習用の芝もあるわ。うちのダートは他のレース場と違って海底砂を使ってるから走りやすいって好評よ。後で走ってみてね。因みに学園全体の所属ウマ娘は約300人。それを学園関係者とレース場関係者併せて約180人のスタッフでサポートしてる。はっきり言って規模は全国最小クラスね。でも流石にトレーナーが少なすぎてあぶれる子が出るなんて事は無いから心配しないでね。

 

 あとここからが重要なんだけど……ここ、荒尾レース場には重賞はあるけどグレードレース……いわゆるGⅢとかね。そういったレースがないの。故に出場したいなら、良い戦績を残して遠くのレース場まで遠征してもらうしかないわ。それと、自虐的になるようだけどうちのレース場は現状経営がとても厳しい。開催日程とかの影響でファンが少ないからグッズの売り上げも入場料も少ないの。だから貴女達には申し訳ないけどウィニングライブの観客も多くは望めない。むしろ貴女達の頑張りにここの運命が掛かってる。重責を課すようで悪いけど、頼んだわよ」

 

「は……はい……」

 

「いきなり重めの話でごめんなさい。もちろん、こちらとしては最大限のバックアップをするから、安心してね。さて、入学式の件だったわね。明日は……」

 

 そして秘書さんからの明日についての話があり、説明は終わった。

 

「……さて、これで話はおしまい。何か質問はあるかしら?」

 

「あの……最初にファンと観客は多くないって仰られましたが、具体的には……?」

 

「そうねぇ……私が現役だった頃は週末だと一万人以上いたけれど……今は四桁……日によっては三桁ってところかしら」

 

 三桁。

 

 下手すれば中央(トゥインクル)の駆け出しウマ娘のファン数より少ない。しかもそれが一日の総観客数だ。初戦での固定ファンなんて二桁も行かないのではないか。

 

 とんでもないところに来てしまった。

 

 私はここにきてようやく自分が置かれた状況を理解したのだ。

 

 そして心に誓った。ここでさっさと好戦績を出して、他のレース場にいっぱい遠征して、そこで輝けるようになろう、と。

 

 

 

 お礼を言って理事長室を後にして、一度外に出てみる事にした。ちょうど夕暮れの時間だった。

 

 建物の横を抜けて短い階段を上ると、堤防の上に出る。すると夕焼けに染まる海と対岸の山々の大パノラマが目に入った。

 

 ほかのどんなレース場でも、この眺めだけには敵わないだろう。それを堤防からうっとり眺めていると、太陽は次第に対岸の山の陰に隠れてしまった。

 

 すると、辺りは暗くなりはじめ、空には青が差し始めた。その様子もきれいだったが、何だか自分の行く末を暗示してるようでもあった。

 

 寒気がしたのは、海風のせいだろうか。

 

 キラキラ光っていた海は、やがて飲み込まれそうな漆黒に変わっていた。

 

 

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