ウマ娘 潮騒のアレグレット   作:秋月@小説

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第二章第三話です。予告通り?早めに投稿させて頂きます。
そしてこれが今年最後の投稿となります。来年も本作をどうぞ御贔屓にお願いします。

そして近況報告はあんまりないので雑談を書き散らかしておきます。無視して貰っても構いません。お題は「創造の限界」です。

Twitter(X)の方ではプロフィールに明記しているのですが、私の長年の趣味はカメラです。幼稚園時代に父親から古いデジカメを渡されて撮りはじめてから今年で15年になります。それ以来受験時など触れていなかった時期もありますが恐らく撮った枚数は延べ一万枚以上には達するでしょう。
ここまで続けてきたのですから自分の腕前には多少覚えはあります。少なくとも下手ではないと自負もしています。ですが、一方で「15年もやってる割にはそこまで上手くない」レベルと言うべきなのが現状です。はっきり言ってカメラ初心者を謳う人たちの中にさえ私よりうまい人たちがゴロゴロいます。一丁前に一眼レフを携えてるのにスマホで撮った写真に負ける事もざらです。
それはなぜか?一言で言いましょう。センスが無いのです。
私は物事を憶えるのは得意です。ですのでカメラの操作法は熟知しています。ですが、それを撮影に活かせないのです。独創性の欠如。私の作品はいつだってマニュアル通りです。
なのでこの15年間で稀にコンテストにも出品して、実際に賞を得たのは1作品だけです。笑っちゃいますよね。
機材のせいにしようとしたこともあります。実際私のカメラは10年以上前の型落ちです。ですが、その言い訳は同じ機種で撮られた見事な作品たちの前に閉口させられます。機材のせいじゃないのです。本当にうまい人はガラケーのカメラでだって傑作を作り出せます。結局全ての責任は自分に帰結するのです。

つまり、なにが言いたいのか。
人は、結局自らの想像力の中でしか作品を生み出せないのです。写真でも、きっと小説でもそうです。作者は自分が想像できる範囲以上でキャラクターを動かせません。「創造の限界」の壁に阻まれてしまうのです。
そしてそれは容易に変えられるものではありません。きっと天性の才なのでしょう。それに気付いた時、私は自分の平凡さに絶望します。

私はこの作品を、もはや忘れ去られた「無名」の競走馬、人々、そして競馬場が、どうか忘れられないように、一人でも多くの人に知って貰い、あわよくば未来の人にまで語り継げればという想いを込めて書いてきました。
ですが、どうでしょう。今の私はそれが出来ているでしょうか?
今の時点で、誰かの心にこの作品は残っているでしょうか?
或いは書き終えたその時、どうなっているのでしょうか?
出来ていないなら、きっとそれは私の平凡さ故でしょう。

まあどうあがいても私は私でしかありません。私の想像力の範囲でしか彼女たちを動かすことはできないのですから。
書き始めた以上、せめて最後まで責任をもって書き終える所存です。
年の瀬に決意を新たに、来年もまた頑張って執筆して参ります。

では、本編をどうぞ。


選択

 福岡でのライブが終わった翌日。

「ケイ、ペースを乱すな!そのまま抜け出すイメージで!」

「はい!」

私は練習できなかった二日分を取り戻すべくトレーニングに励んでいた。

日曜日の午後のコースには人はまばらで、私を含めて数人のウマ娘がトレーニングに励んでいるだけだった。

ライブ翌日だから私も休みたいのは山々なのだが、何せ相手はあのアオだ。生半可な気持ちではまた負けてしまう。

アオだって今日はそう思ってトレーニングをしているはず……

そう思って走りながら辺りを見渡すが、彼女の姿は見えない。

珍しい。アオの事だからハードなトレーニングを重ねているに違いないと思ったのだが。

私はそのことを不思議に思ったが今は自分のトレーニングに集中する事にした。

 

「ただいま~……あれ?」

夕方になってトレーニングを終えて部屋に帰って来たのだが、てっきりいると思ったアオの姿が無かった。

私はスマホを取り出し、アオにメッセージを送る。……既読は付かない。

みんなにもアオがどこに行ったのかを聞いたが、誰も知らないという事だった。

おかしいな、特に何か用事があるとは聞いてなかったけど。

 

彼女が帰って来たのは八時過ぎだった。

「ただいま。」

「あ、お帰りアオ。どこに行ってたの……ってぇぇぇぇえええええ!?」

私はドアの所に立っていたアオの……ノースリーブの半袖ワンピ姿に驚愕した。

私が知らない間に季節が一回りしてた?それともアオが夏の世界線からやって来た?

「えへへ……阿蘇の方で牛乳のCMの撮影があって、本来予定してたタレントさんが体調不良で来れなくなったから代役で入れないかってお話があって。」

「それでこんな真冬にその姿……?」

「うん。でも流石に阿蘇は寒いね……体の芯まで冷えちゃって……」

「早くお風呂行って温まりなよ!それにしてもその衣装着替える時間なかったの?」

「うん、ずっと撮影ドタバタしてたから。」

「無茶するなぁ、もう……」

それにしてもCMの代役の話が来るってアオはそっち方面にもパイプを持っているのだろうか。

というか昨日ライブで今日は極寒の阿蘇でCM撮影とか流石にハードすぎやしないだろうか。

風邪とかひかなきゃいいんだけど……

 

翌日、いつも通り朝練に行こうと思ったらベッドにアオの姿がもう無かった。

いつもは同じくらいに起きるのにもう朝練に行ったんだろうか。

私もジャージに着替えて外に出る。最近は冷え込むので中には温感インナーとあったかタイツが欠かせない。

「……さっむぅ!」

が、今日の寒さは一味違う。風は穏やかだがスマホの気温計は零下3℃を示していた。

走っていれば身体は温まる……はっきり言って部屋に戻って布団に包まりたいのが本音だがランニングを始める。

まだ太陽は昇っていないが空には冬の星座がくっきりと輝いている。今日はきっと良い天気だろう。

「はぁぁぁぁぁああああああっ!!」

私がクリーク沿いの道を走っていると、聞きなれた声がコースの方から聞こえた。

まだ暗く、数個のスポットライトで照らされただけのコース上ではその姿をはっきりと見る事は出来ない。だが、それは。

「アオ……」

ただでさえ肺に堪えるほどの冷たい空気を切り裂くように、アオがコース上を走っていた。

あれは明らかにウォーミングアップのそれじゃない。一体何時から走っているのだろうか。

そしてあの速さ。また一回り速くなっているように見える。

そしてダートウマ娘の走りは基本パワーを生かした豪快な物が多いと言われるが、彼女は真逆だ。余りにも軽やかに、俊敏に走る。

だからこそ目立つというのも彼女の人気の秘訣なのかな、と最近は考えるようになった。

「勝てるかな……」

そう一瞬考えたが、思い直した。

勝ち負けも大事だけど、それ以上に大事なことは、ファンの人たちの期待に応える走りを見せること。

例え負けたとしても、恥ずかしくない走りをすること。

それが今の私の走る理由だから。

……とはいえやっぱり負けたくはないから、

「よーし!太陽が昇るまでに海岸まで二往復っ!」

私は私なりに、走ってみよう。

 

その日のお昼、私達はいつも通りご飯を食べた後談笑に耽っていた。

「え~じゃあみんなライブの後スイーツ食べに行ってたの?」

「うん!スイーツバイキングのお店なんか福岡にしかないもん!」

「でもまさかニシノがあそこまで食べるなんて思っても無かったけどね……」

「ほわぁ?私食べ放題と聞いていましたからその通りにしただけですわ~。」

「いやケーキをホールで持ち去って一分かからずに平らげるって色んな意味で常識外れだって!しかもそれを十五回……!」

「でもわたくしお残しはしておりませんわ~。」

「バイキングでお残ししなければ全部許されるとでも……?」

「でも咎められませんでしたわ~。」

「そりゃ途中から一種のアトラクションになってたからね。店員さん涙目だったけど。」

「でもペースを誤ってデザートのハニーチョコレートプリンを食べられなかったのは不覚でしたわ~」

「もうどっから突っ込んでいいのか分からないんだけど……アオはスイーツバイキングとか行ったことあるの?」

「……」

「アオ?」

「……あっ、ごめん何の話だっけ。」

「え~、アオちゃん今の話全部聞いてなかったの?」

「あはは、ごめんごめん。ちょっとぼーっとしてて。」

……アオがボーっとしてる?

「珍しいですわね~。何か気になる事でも?」

珍しいなんてものじゃない。常にマルチタスクを行う余裕があって、完全無欠で隙が無いあのアオがボーっとしてるだなんて。

「ううん、何でもないよ。気にしないで。」

……これは明日天気が荒れるんじゃなかろうか。いやレースで大波乱でも起きる方が正しいかな?どっちにしても御免被りたいけど。

しかしその後のアオは普段通りに練習をこなし、宿題を終わらせて、また難しい資格試験の勉強までして眠りについた。

やっぱり気にしすぎだったのかな。

まあいいや。明日に備えて私も寝よう。アオと渡り合わなきゃいけない激戦が待ってるんだから……

 

 

 

目覚ましの音が私の意識を覚醒状態へと引きずり出した。

あー、布団から出たくない。

けど出なきゃ。今日レースだし……

意を決してむくりと起き上がる。この寮は断熱はしっかりしている方だが朝方は部屋でも冷え込むものだ。

テーブルの読書灯を付けて身支度をする。……そういえばアオがまだ起きてない。起こさないと。

「アオ、起きて。今日はレースだよ。はやく事務棟に……」

その時、私はアオの呼吸が少し荒いことに気づいた。

「アオ……?」

彼女の額に手をかざす。そしてその熱さに驚愕した。

「アオ!どうしたの!?アオ!」

「あぁ……ケイちゃん……おはよう……そうだね、レース……」

アオは虚ろな目でうわごとのように言葉を発した。

「その熱じゃ無理だよ!ちょっと待ってて!人呼んでくるから!」

とはいえ早朝。保健室は空いてないし、寮母さんを起こしに行く?

いや、今日は開催日、事務棟の医務室ならお医者さんがもう待機してるはず!

思い立ってからすぐ私は寮を飛びだしてレース場の事務棟へ全速力で走る。

あの熱、様子。あれは例え風邪だとしてもかなり重症のはずだ。

これは大変なことになったぞ……!

 

 

 

『お知らせいたします。荒尾レース場第9レースにつきましては、7番ブルーアラオが出走を取り消しました。』

「えっ!?ブルーアラオ出走取消!?」

「まじかよ……休養明けだってのに。」

「とはいえこの前ライブ出てたじゃん。あの時は元気そうだったぞ?」

「大丈夫かな……」

第一レースが始まる前に、会場のお客さんに対してその第一報が知らされた。

9レースは今日のメインレースだったという事もあって、お客さんの表情は心配と落胆が半々の様相だった。

「とはいえブルーアラオが居ないなら結果は決まったようなもんだな。」

「ああ。繰り上がりでケイウンヘイローが勝つだろ。」

「ちょっと面白み半減だよな~。」

「二人の勝負、見たかったんだけどなぁ……」

そしてお客さんたちはレースの結果を予想して好き勝手話す。

私は事務棟の窓からその様子を眺めていた。

「圧倒的一番人気ですわね。」

同じレースに出走するニシノちゃんが隣にやって来た。

「うん。そうなんだけど……」

「不本意、ですわね。ですが今の私たちはここから出られませんし、何もできませんわ。」

あの後私は事務棟に駆け込んでお医者さんに来てもらい、アオは学園の保健室に運び込まれて、今もそこに居るはずだ。

レース場併設の医務室と学園の保健室は全くの別物だ。それにレース前だから通信機器を使うことも出来ない。だから彼女の様子を伺い知ることは不可能だった。

そう。今は何もできない。今私がしなきゃいけない事は、人々の期待を背負う競走ウマ娘として責任を果たす事。

不安な気持ちを押し殺して、ただレースが始まるのを待つしかないんだ。

アオ、私勝つよ……!

 

結局下バ評の通り、私は僅差ではあったがレースに勝利した。

お客さんも……本命不在だったとは思うけど多分満足はしてくれたはずだ。

レース後の検査まで終えて、昼過ぎから降り出した雨の中私は一目散に学園の校舎へ向けて走った。

生徒玄関から入りローファーを下駄箱へと雑に押し込むと、1階廊下の端にある保健室へ向かって廊下を走った。

その時、まだ遠くの保健室から出てくる2つの人影が見えた。

一人は見慣れた校医の女性。

もう一人は眼鏡をかけた妙齢の男性……たしかアオのお父さんだ。

まだ距離があったので向こうは私に気づかず、そのまま廊下端に別にある出口から外へと出て行ってしまった。アオの容態を聞きたかったのだが、自分で確かめるのが早そうだ。

「失礼します……」

少し小声で挨拶をしながら中へ入る。

中には見える範囲で人はおらず、ストーブが一基焚いてあって暖かい。窓際のベッドに一つだけカーテンが下ろしてあった。

「アオ、いる?」

私はそのベッドに歩み寄る。

そしてカーテンの裾からちらりと中を覗き込んだ。

その中に、確かにアオは居た。

カーテンは窓際だけ開けてあって、雨が降るどんよりとした空と他の教室棟が見える。

その景色をアオはどこかアンニュイな表情で見つめていた。

「……アオ?」

彼女が私に気づく。そしてすぐに表情を変えると、軽く微笑んで話しかけてきた。

「ケイ。ごめんね、心配かけて。」

「もう大丈夫なの?」

「う~ん、あんまり良くないみたい。二週間は安静にって言われちゃった。」

「二週間……じゃあ次のレースは早くても一か月後くらいかな。でもいいじゃん。最近アオ頑張りすぎだったもん。きっと無理が祟ったんだよ。しっかり休んで元気になろ。」

「……そうだね。」

アオの表情は浮かばなかった。やっぱりアオは荒尾の事を考えるあまり休んではいられないとか考えてしまうのだろうか。

「そういえば、さっきアオのお父さん来てなかった?お見舞い?」

「えっ……あぁ、うん。そうだよ。お父様ったらお仕事休んでまで飛んできたみたいで。本当に心配性なんだから……」

そう話すアオはどこか俯きがちだった。やっぱりまだ全然本調子じゃないみたいだ。

「じゃあ私、そろそろ行くね。ウイニングライブもあるから。」

「……ねえ、ケイ。」

立ち去ろうとした私を急にアオが引き留めた。

「ん?」

「……ううん、何でもない。ライブ頑張ってね。」

「あぁ、うん。ありがとう。」

アオは何かを伝えたがっているような気がしたが、本人が言うのをやめたのなら、大したことじゃなかったのだろう。

そして私は私は保健室を後にしたのだった。

 

 

 

レースが終わった翌日。

学年末テストも終わった今週からは二者面談が始まっていた。

本来私の番は昨日だったのだがレースがあった関係で一日遅れで今日に移っていて、昼休み後の教室で先生と一対一で向き合う事になった。

「まずは期末テストと土曜日のライブ、そして昨日のレースとよく頑張りましたね、ケイウンヘイロー。」

「いえいえ、とんでもありません。」

「二者面談と銘打っていますが中高一貫のこの学校で、それに一年ともなると基本話すことはあまりありません。成績に関する話と軽く将来について話してもらうくらいです。」

「はい。」

「そしてその成績ですが……これも貴方に関しては特に言う事がありませんね。五教科も実技科目も学年で上位です。強いて言うなら理系科目が少し苦手なように見えますが、誤差のようなものですね。」

「ありがとうございます。」

「授業態度も良好。生活態度については……十一月に夜明け前の海を走って指導されたくらいですね。」

「そ、その節は……」

「あの件については今後気を付けてくれれば大目に見ましょう。となると後はもう将来についての事しか話す機会が無いのですが……ケイウンヘイローさんは何か夢などありますか?」

「夢……ですか。」

「……担任として失格かもしれませんが、貴方は一度も私の体育の授業を受けずにスカウトされてしまったので私は貴方の事を良く知らないのです。お話ししてもらえますか。」

先生に言われて、私は考え込んだ。

この場合話すべきは将来の夢だ。そんなことは分かってる。

でも、小学生までの将来の夢は競走ウマ娘になる事で、その夢を私はすでに叶えてしまっている。だから……

「……特には、ありません。今は走ることに精いっぱいで、その先の事は。」

「そうですか。このまま高等部でも競走ウマ娘を続けたいとか、もし中等部までなら高校は東京の方に戻られるのかとかも?」

「考えたことも無かったです。……なんか私って宙ぶらりんですね。あはは……」

「気にしなくて大丈夫ですよ。一年生では珍しくありません。ですが、平均的に見て競走ウマ娘で居られる期間は貴方の人生の十分の一に満ちません。いつかは、考えないといけない日が来ますからね。」

今は全く実感は無いが、その日はいずれ訪れる。それこそ何年も先になるのかもしれないし、明日にだってその時が訪れるかもしれない。夢が覚める瞬間は未確定で、一瞬だ。

「あの、他の子達は将来の夢とか、進路とか決めているんですか?」

「……半々、ですね。まだまだ競技人生を送るつもりの子も居れば、既に自分の限界を悟って次の夢へと歩き出そうとしている子もいます。」

「そうなんですか。」

「貴方の友人も一人、決断をしたようでしたよ。聞いていませんか?」

「……えっ?」

 

「辞めるんだね……ミライちゃん。」

二者面談が終わった後、トレーニングに向かう前に教室に立ち寄った。

彼女は教室に一人残って、自習に励んでいた。

「うん。ごめんね、言ってなくて。」

「……やっぱり、もう走れないから?」

ミライちゃんはシャーペンをノートに走らせながら話した。

「……ミライ、分かってたんだけどね。もう走れないって。でも中々諦められなくて、ここまで残っちゃった。でも、やっぱり走れないのにここにいる必要は無いかなって。」

「でも走れないなら在籍しちゃダメってルールは無いじゃん。二年になったらトレーニングに行かない子向けの講座だって始まるのに……」

「ミライね、みんなと居るのすっごく好きだよ。カナちゃんもアオちゃんもニシノちゃんも、ケイちゃんだって。でもね、今のミライにはそれが全部なの。ミライはみんなといる世界以外知らない。だから、新しい夢を見付けにいくためには、新しい世界へ踏み出さなきゃって思ったの。ケイちゃんが一番知ってるでしょ?」

「あっ……」

夢を追いかけて東京を飛び出して荒尾に来た私には、それがよく分かった。

新天地には、まだ知らない事、知らない人たちが溢れている。

そう、ミライちゃんは新しい自分を見付けに飛び出そうとしているんだ。私がそれを止められようか。

「でも、ミライ頭良くないから、飛び出すって言ってもここなんだけどね。編入試験受けてみようかなって。」

そう言ってミライちゃんが渡してきたのは、すぐ北の大牟田市にある女子校のパンフレットだった。

「……ううん。良いと思う。みんなにはもう話したの?」

「カナちゃんには少し話したよ。応援してくれるって。」

「そっか。」

一番の親友のカナちゃんがそう言うなら、もう私に引き留める理由など無かった。

「ケイちゃんはこれからトレーニング?」

「うん。来週先輩がレースだから並走を頼まれてるんだ。」

「そっか。がんばってね!」

「うん。」

そうしてミライちゃんに手を振って別れる。

少しずつ、みんな変わっていくんだよな。

私はミライちゃんの挑戦を応援すると同時に、まだ将来の事を見通せない自分にほんの少しの焦燥感を抱くのだった。

 

 

 

「ブラック!ケイに抜かれるぞ!もっとピッチを上げろ!」

「分かってるよ~!」

あの後、コースへ向かってから先輩の並走に付き合った。一週前を切っているからかトレーナーさんの指示もきつく、先輩は少しぴりついているようだった。

「よし一旦休憩!水分補給したらもう一度並走行くぞ。」

「はい!」

「は~い。」

冬場でも走れば汗をかく。特に運動量が大きいウマ娘である私たちは体温がすぐに上がる為その傾向が強く、朝方なんて走った後に湯気が出るくらいだ。今この瞬間に飲んだスポーツドリンクも、またすぐに蒸発して行ってしまうのだろう。レース場上空は雲ができやすいとかあるのかな?

「はあ、はあ……」

「先輩、大丈夫ですか?」

「うん、大丈夫……今はうちの事は気にしないで良いよ。」

「そうですか……」

ここ最近、先輩はバテるのが早くなった気がする。

前は並走しても立ち直りがもっと早かったと思うのだが、今はずっと息を切らしっぱなしだ。

調子悪いのかな?でも先週のレースは勝ってたし、むしろ調子は上向きな気がするんだけど……

 

「よし、今日はここまで。冷えない内に早く着替えるんだぞ。」

「「ありがとうございました!」」

今日の分のトレーニングを終え、私が更衣室へと向かおうとした時、先輩が話しかけてきた。

「ケイちゃん、ちょっと。」

「なんですか?」

「今日この後さ、用事ある?無いならハンバーガー食べに行かない?うちがおごるからさ。」

「え、用事はありませんけど……良いんですか?」

「良いの良いの。たまには先輩っぽい事させてよ。」

「じゃあお言葉に甘えて……」

形の上では遠慮する姿勢を見せたが、その実私は突然降ってわいた青春っぽい出来事に浮かれていた。まさに部活の後にファストフードに行く中高生じゃないか。しかも奢ってもらえるなんて良い先輩を持ったものだ。

着替えた後先輩と待ち合わせして、十分ほど国道を南へ歩くとそこにハンバーガーチェーン店のお店がある。生野菜を売りにしているお店だ。

流石に奢ってもらう手前高いものを注文するのは気が引けたのでチーズバーガーとドリンクとポテトのセットを注文し、席に着く。市街地からは少し外れているのもあって店内はこの時間でも空席が目立つが、ゆっくり過ごすには都合がいい。

ハンバーガーを頬張っていると、先輩が口を開いた。

「ねえ、ケイちゃん。ケイちゃんは、走るのって楽しい?」

「え、それは楽しいですけど……どうしたんですか?急に。」

「そっか。でもさ、ライバルのアオちゃんとかに負けたり、他にも結構ケイちゃんって壁にぶつかって来た事あったよね。挫けなかった?」

「うーん……それは大変な事も辛いこともありましたけど……壁にぶつかっても、それを乗り越えるたびに自分が強くなってるのが実感できて。自分が変わる為の試練だって考えたら、壁にぶつかることも悪い事ばかりじゃないんだって気付けたので。今ではそれも含めて楽しいって考えられるようになりました。」

それを言った途端、先輩はぽかんとした顔をして、ちょっとだけ顔を伏せて、またすぐに顔を上げて、笑った。

「そっか。……うん、そうだよね。そうだったんだよね。」

「?」

「ああ、ごめんね。変なこと聞いちゃって。さあ食べて食べて。冷めちゃう前にさ。」

先輩はその後は普段通りの様子で、何気ない話でいつものように盛り上がった。

 

私はその時は先輩の言葉の意味するものを理解できなかった。

 

翌日――彼女の口から“それ”を聞くまでは。

 

 

 

「お疲れ様でーす。あれ、先輩早いですね。」

私が翌日チームの部屋へと向かうと、もう先輩が来ていた。

「ああケイちゃん、おつかれ。昨日はごめんね、話聞いてもらっちゃって。」

先輩は妙に落ち着いた口調で、穏やかな表情をしていた。

「いえ、別に……でも先輩あれって、」

その時、ドアを開けてトレーナーさんが入って来た。

「よし二人とも揃っているな。今日は二人の今後のレース予定について……」

「ごめんトレーナーさん。ちょっといいかな?」

先輩がそれを遮ってトレーナーさんに話しかける。

「構わないが。どうした?」

先輩は、足元に置いてあった鞄からゆっくりと茶色い封筒を取り出すと、立ち上がってトレーナーさんの前に立った。

私はその封筒に書かれた文字を見て一瞬思考が停止した。

「えっ……?」

 

「トレーナーさん。うちは、“競走ウマ娘”ブラックキャッスルは……」

トレーナーさんはその封筒を見て、表情を変えなかったようにも、わずかだが目を見開いたようにも見えた。

 

「次のレースをもって、現役を引退します。」

 

その封筒には――「脱退届」の三文字が、丁寧な筆跡で綴られていた。

 

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