ウマ娘 潮騒のアレグレット   作:秋月@小説

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第二章第五話です!今回もやや長めです。
前回の前書きでお伝えした通り、今回から新キャラが登場します!一応モデルは居るには居るのですが基本的にオリジナルキャラクターと捉えて貰えれば幸いです!
同時に、今回から本作に新たな要素が加わります。今作を執筆するにあたり、私はメインとなる柱を二本、そしてサブとなる柱を三本据えているのですが、今回はそのうちサブとなる柱二本を作中に登場させた形となります。因みにメインとなる柱のうち一本は今まで書いてきた「歴史の中で埋もれていた競走馬たちへのクローズアップ」で、もう一本の柱が登場するのはまだまだ先になります。ですが、いずれその柱が本作の現在想定している結末に繋がるとだけお伝えしておきます。

ここからは作者の近況報告です。
先日、大学の後期の成績開示がありました。
そして…単位を二つ落としました!
…やばいです。何がやばいって、必修である点です。
来年度取れなければ留年確定です。
控えめに言って絶望しておりますが、どうにか本作の執筆のペースを落とす事無く回収できるよう尽力いたします。

そんなこんなで私の方は相当やばい状況ですが、皆さんはそんなことは気にせずどうぞ本編をお楽しみください!


異端者

 「わーすごいケイちゃん、こんな難しい漢字しってるの?」

昼休みの教室。

国語の宿題で出た作文を書いていると、クラスメイトの女の子がひょこりと横から顔を覗かせて話しかけてきた。

「うん。この前読んだ本に書いてあったの。」

「あたまいいよね~ケイちゃん。この前のテストもクラスで三位だったよね。」

「あーあれね。あと一問合ってたら百点だったんだけど……」

「それでもすごいよ!みんなあのテスト難しいっていってたもん。」

「そんなことないよ~。えへへ……」

わたしは少し得意げに話した。

「ところでさ、ケイちゃんもやっぱり中学受験するの?」

「えっ、なんで?」

「だってクラスで一番頭良い大地君も美玖ちゃんも受験するって言ってるし、翔真君も最近塾通いだしたって言ってたよ。ケイちゃんも頭良いんだから受験しないの?」

「えっとわたしは……競走ウマ娘になろうかなって。」

「え、トレセン学園行くの!?」

「うーんトレセン学園も目指してるけど難しいかなぁ。たぶん地方の大井とか浦和になりそう。」

「えー!せっかく頭いいのにもったいないよ!ぜったい中学受験したほうが良いって!それに共学嫌なら女子校通えばいいじゃん!」

「いや、別に男子が嫌なわけじゃ……」

その時、他のクラスの女子が廊下からその子に声をかけてきた。

「ねー佳澄ちゃーん!男子がドッジするって言ってるけど来るー?」

「え、ほんと?行く行く!じゃあケイちゃん、作文がんばってね~!」

「あ、うんありがと……」

その子はパタパタと走って風のように消えてしまった。

「……はーあ。」

なんだか集中が切れちゃった。まだ提出は先だからいいや……

私は窓の外をぼんやりと眺める。

芝生で覆われた校庭にはいくつかのグループに分かれて遊んでる子達が見える。さっき話してた子もいずれ加わるのだろう。

少し視線を上にすれば目黒通りに立ち並ぶ中小のビルが。さらに視線を左に向けたその先には駅前のおっきな高層ビルがそびえ立っている。

目黒駅には今日も山手線の電車が引っ切り無しに停まってお客を吐き出しては飲み込んで出発して行き、人々は駅前の喧騒の中で仕事に、あるいはショッピングに、あるいは家路につくために四方八方に散っていく。

そしてここからは見えないけれど、学校の隣を流れる目黒川の両岸にはあと数週間もすれば桜が咲き誇る。満開になれば“目黒川の桜並木”として都内屈指の桜の名所としてたくさんの人で賑わうようになる。

これが小さいころから毎日見てきた、わたしの故郷の景色だ。

そして当たり前のこの景色が実は世の中の多くの人にとってはあこがれの対象だと知って、

ビルが覆うこの空を狭いと感じ始めたのは、いつからだっただろう。

 

この街は、窮屈だ。

人にあふれた街並みも、その人たちの考え方も。

この街はセレブが多い街として有名だ。私は見たこと無いが有名人も多く家を構えているらしい。

とはいえそんなお金持ちは比較的最近になって引っ越してきた人たちばかり。昔からここに家を構える人々はほとんどが中流家庭だと言っていい。……もちろん私も例外じゃない。

そして本当のセレブの子供たちは私立の良い小学校に行くのだから、区立のこの小学校に居るのは多くが中流家庭の子供たち。だがこの街に住んでいると嫌でもそんなセレブ達の生活は目に入る。駅ビルに入った高級店で買い物して、昼下がりにはお洒落なカフェで談笑。夜にはイタリアンの名店で舌鼓……それはみんなが憧れる理想の都会生活。だから中流家庭の人たちは目いっぱい背伸びしてより上を目指そうとして、自分達が駄目ならせめて子供にその役割を背負わせようとする。

頭が良ければ良い学校に行って、良い大学に進んで、良い仕事に就く。女の子だったらそれに加えて良い会社に勤める人と結婚する。

山手通りを挟んだ西側の私の家に帰る途中にある私立の中高一貫校にだって、これ見よがしに進学実績が道行く人に向けて張り出されているくらいだ。

何もかもが充実したこの街……いや、東京という都市ではそれこそがステータスで、大人達はみんなそれを望んでいる……

子供心にそれに気づいてしまった私は、あるいは知るべきでなかったのかもしれない。中途半端に頭が良くなってしまった事は、不幸なんじゃないのかな。

そんなことを誰に言うわけでも無く、わたしは今の所“良い子”を演じている。

……けど、わたしはやっぱり開けた空の方が好きだ。

レース場の、あたりの風景の中にぽっかり開いた空が好きだ。

このせまい空を飛び出して、あの開けた空の下で思いっきり、あこがれのネイチャさんみたいに走れたら……!

見てろ、わたしは“良い子”をやめる。

わたしは夢を叶えるんだ!

 

 

 

「……夢かぁ。」

身体が慣れてしまったのか、目覚ましより早く目が覚めた。

あれは私が小学五年生くらいの頃だった。

結局私はあの後トレセン学園には落ちて、大井にも浦和にも受からなかった。

そして、色々あって行き着いた場所が――

私はカーテンを少し開けて外を見る。

学園の幾つかの建物と、コースの先には……何もない。

空を覆うビルも、人々の喧騒も、何も無い。ただそこには海が広がっていた。

「まあ、ここまでとは思ってなかったけど……」

私は自嘲的にぽつりと呟いた。

「おはよう、ケイちゃん……どうしたの?」

隣のベットのアオが目を醒ました。

「ううん何でもない。おはよう、アオ。」

 

「……さっむう!」

朝練の為に外に出た私たちを朝方の冷たい空気が容赦なく襲った。

「もう三月なのにね~。今年も桜咲くの遅いかもね。」

去年は桜の開花がどこも四月に入ってからで記録的な遅さだった。私たちの入学式の時でさえまだ咲いていたくらいだ。

「でもなんか入学式と桜が被ってくれてちょっとお得だったよね。桜ってイメージの割に卒業式には咲いて無くて入学式には散ってるって感じだから。」

「あはは、確かに。じゃあケイ、私は走り込みに行ってくるね。」

「うん。また後で。」

そうして私たちは別れる。

以前は朝練を一緒にやっていたが、今は起きる時間だけ同じで朝練は別々にしている。いくら友達でもやはりライバルという意識があるから、お互いに手の内は明かさないという考えだ。

そしていつも通り私は曇り空の下海沿いに向けて走り出して行った。

 

 

 

「お疲れ様で……」

ああ、そっか。もういないんだった。

いつも通りチームの部屋に行き、挨拶をして中に入るが、先輩の姿はもう無かった。

先輩の引退から一週間以上が経つのに、意識していないと忘れてしまう。それほどまでに先輩がいる光景は当たり前だったのだ。

私は荷物を机の上に置くと椅子に腰を下ろし、辺りを見渡す。

この部屋は十畳程度で、チームの部屋と考えたら少し手狭な気がするが、今は私しか居ないのでむしろ持て余すくらいだ。

四月になったら流石に後輩が入って来るだろうから暇じゃなくなると思うのだが、冷静に考えたら私が入る前先輩一人しかいなかったのが不可解だ。チームと言ったら普通は五、六人。十人以上居たって何ら不思議じゃない。

少数精鋭と言えば聞こえは良いが、どちらかと言えば集まらなかった理由がありそうな気がする。

このチームの過去が気になるのだが、トレーナーさんは記録類などをほとんどトレーナー室の方に置いているらしく、ここにはトレーニングメニューなどの僅かな書類があるばかりだ。

それでも何かないかな……と思って私は目についた明らかに手が付けられてなさそうな壁際の棚の上に置かれた段ボールに手を伸ばす。

トレーナーさんも来る気配が無いし、何か言われても掃除してたと言えばいいだけだ。

段ボールを机の上に降ろしてみると、ほこりが積もっていて思わずせき込む。ていうか、この段ボールガムテープで蓋がしてある。開けた痕跡すら見られないし、どこかから送って来た時のラベルもそのままだ。

流石に未開封の段ボールを開けるのはまずいかな?と思ったが結局好奇心のままガムテープを破った。こういう部分は私の悪い癖かもしれない。

――箱の中からは、無機質な香りがした。

中には雑多な物が入っているが、ほとんどがミニコーンやダンベルなどのトレーニング用具だ。使用感がある物からほぼ新品なものまでバラバラ。それ以外に珍しい物はなく、どうやら見当違いだったらしい。

私はため息をついて箱を閉じかけた……が、その直前にあるものに目が留まった。

箱の隅の方に、一個だけ木でできた枠のようなものが入っている。サイズからして十中八九写真立てのはず。

何か昔の写真でも入ってるかも、と思ってそれを引っ張り出す。

――それを見た瞬間、私の思考は止まった。

「……はっ?」

そんな時に、外から部屋に近づく足跡が聞こえた。

やばっ!

わたしは慌てて段ボールを閉じると少し雑に棚の上に背伸びして押しやった。

そしてドアが開き、トレーナーさんが入って来た。

「待たせたな、ケイ。早速だが話が……どうした?」

「い、いえなんでも~あはは……」

私は後ろに手をやって、しまい忘れた写真立てを隠した。

「そうか、それで話なんだが、お前の次走が決まった。三月二十一日、『シニア級Cー2組』だ。」

「はい。……えっシニア級?クラシックじゃないんですか?」

「ああ。シニア級だ。」

「えーっと……何でですか?」

「九州三冠路線開始前にお前の力を試したい。ここでシニア級と互角にやれるなら、三冠路線でも十分通用すると思うんだが。不服か?」

「い、いえ……でも絶対一筋縄じゃ行かないですよね。」

「当たり前だ。ついこの間までジュニア級だったお前と違って対戦相手は身体が十分完成している百戦錬磨のウマ娘達だ。勝つに越したことは無いが、むしろここでシニア級のウマ娘達の強さを身をもって知ってもらいたい。ここで戦う事になるウマ娘達は、お前が三冠路線で戦う事になる佐賀や高知の上澄みたちと同じくらいと思った方が良い。」

私は息をのむ。

九州三冠……九州四国地区交流戦にして、その最強ウマ娘を決めるレース。

今の時点で私は優先出走権を獲得しているが、それはアオを含めた他の強豪も同じ……本番ではアオと同格かそれ以上のウマ娘達と争う事になる。

たしかにその前にシニア級の先輩たち相手にその強さを経験しておけば、本番の雰囲気のイメージが出来るようになりそうだ。

「分かりました。それでお願いします。」

「ああ。それと急なんだが、明日はケイ一人でトレーニングして欲しい。私的な用事があって明日は荒尾に居ないんだ。」

「えっ、はい大丈夫ですけど。出張か何かですか?」

「いや、完全に俺の私用だ。悪いな。」

「分かりました。……あの、トレーナーさん。」

「どうした?」

「……いえ、なんでもありません。」

「?ともかく練習を始めよう。」

「はい!」

私は、こっそり手にしていた写真立てを自分のバッグにしまった。

 

夜になって、私は自分の部屋のベッドの上でバッグから写真立てを取り出した。

「これすっごく気になるけど流石に本人には聞けないよな~……」

その写真には、どこかのレース場を背景に二人の人が写っていた。

一人は、今より少し若く見えるトレーナーさんだ。

恐らく地面に座り込んでいるのだろう。顔の位置は低い。というか、そんなことはどうでもいい。

“笑っている”。あの常時仏頂面のトレーナーさんが、あのロボットと見まがうトレーナーさんが!

正確には歯を見せてにっこり笑っている訳では無いのだが、その表情は穏やかで幸せそうだ。

もう一人は制服姿のウマ娘だった。それも、とんでもなく可愛い子だ。

私の中で可愛いウマ娘と言ったらアオが筆頭に上がるのだが、お人形みたいなアオとは別系統と言って良いだろう。

さらっさらの黒鹿毛ロングの髪と綺麗な瞳。ほんのりと上気した頬と艶やかな桜色の唇。彼女は少し上目遣いでカメラ越しにこちらを見つめている。その表情は恋する乙女のよう……

そんな彼女が背中側からトレーナーさんの両肩に手を置いて、顔を寄せているのだ。

この写真を100人に見せたら、100人が同じ回答をするだろう。

“甘えている彼女と、まんざらでも無なさそうな彼氏”。

どうみてもそうとしか見えなかった。

いやはやトレーナーさんも隅に置けませんなぁ!

そんな事を言いたくなったが、あの時はあまりにもトレーナーさんのイメージとはかけ離れた姿に思考が止まってしまった。

でも、それ以上に気になることがあった。写真の隅に印字された日付は六年前の日付を示している。

六年前なら確かトレーナーさんはもうトレーナー業に就いていたはず。ならこれは生徒と撮った写真という事になるが……これは生徒とトレーナーという関係の距離じゃないようにしか見えない。

それに、トレーナーさんは今も独身だ。ここまで仲が良かったこの子との関係はどうなってしまったのか。明らかに荒尾とは違うこの背景のレース場はどこなのか。

そして何より、何で今のトレーナーさんはこの写真とは別人のように無表情な人になってしまったのか?

六年間に一体、何があったのか。

謎が膨らみまくるが、この写真から得られる情報ではそれ以上深く知る事は出来なさそうだ。

すぐにでもトレーナーさんに聞きたいけど、明日居ないもんな。そもそもこれは触れていい事なのか……?

……あ~何にも分からない!

とりあえずこの写真は明日元の箱に戻しておこう。

一旦忘れて今日はもう寝よう……

 

 

 

「ああ、菅原さん。お待ちしてました。」

翌日、ある街の商店街にある花屋の前に菅原の姿があった。

「どうも。毎年すみません。」

「いえいえ、構いませんよ。と云いたい所なんですが……この品種を栽培してらっしゃる農家さんが今年で廃業しちゃうみたいで。来年から手に入るか分からなくなっちゃうんですよ。」

「……他の調達先は無いんでしょうか。」

「うーんそもそもヒマワリ自体この季節の花じゃありませんし、最近はビニールハウスのお陰でこの時期でも流通するようになりましたけど、この品種となりますと……」

「お金はいくらかかっても構いません。無理を承知でどうか。」

「……分かりました。探しておきますね。」

「ありがとうございます。では。」

そして菅原は花屋を後にして、近くに停めてあった車に乗り込んでいった。

その様子を、近くを歩いていた老齢の女性が見ていて、花屋の店主に話しかけた。

「あの方が持ってらっしゃった花、ちょっと色が薄かったけどヒマワリよね?この時期に珍しいわねぇ。」

「ええ。毎年この日にあのようにして買いに来られるんですよ。」

「そうなの?でもなんでわざわざこの時期にヒマワリなのかしらねぇ。もっときれいな花もいっぱいあるのに。」

花屋の店主は少しだけ目を伏せて、悲しそうな声で言った。

「何となくなんですが、私分かる気がするんです。ヒマワリは色によって花言葉が変わるんですけど、あの色の花言葉は……」

 

 

 

「はぁ……はぁ……」

写真を元の箱に入れて、念のためガムテープを貼りなおした私は、自主練でコースを周回していた。

タイムを計ってくれるトレーナーさんも居なければ、並走してくれる先輩も居ない。一人ってやっぱりちょっと寂しいな。

まあ現状をいくら嘆いても変わる物でもない。今度の相手はシニア級ウマ娘なんだ。少しでも速くならなきゃ!

「よlし、もう一本!」

 

――その様子を双眼鏡で除く人影があった。

手元にはストップウォッチとメモ帳。ぶつぶつと何かを呟きながらそのメモ帳に書き込んでいる。

「フゥン……このタイム、突出した所は無いがまあ荒尾のウマ娘にしては上出来と言って良いかねぇ。……走法はやはり前傾が強い。オグリキャップかナリタブライアンのようだ。二人の影響があるかは不明。だが期待したほどは速くないねぇ。あの時みたいに走ってくれるのを期待したのだが、何か事情があるのか……観察ではこれ以上詳細は分からないねぇ。まあ良い、直接アプローチして確認するまでだ……ククク……」

 

 

 

とある墓地の一角に、菅原の姿があった。

菅原はある墓石の前に立ち、風で飛ばされてきたのであろう落ち葉を払うと、手にしていた花束を手向けた。

そして座り込んで手を合わせると、しばらくそのまま墓石を見つめていた。

「兄ちゃん。」

その菅原に、声をかけた男が居た。

「……和幸か。」

菅原は振り返りもせずにその声の主の名を言った。

「何してるんだ。こんなところで。」

「それはこっちのセリフだよ。帰って来てるなら連絡くらいくれよ。」

「そうじゃない。お前園田にいるんじゃないのか。」

「有休だよ。兄ちゃんだってそうだろ。」

「……まあな。」

「毎年毎年誰が置いて行ったのか分からない花束があるって母ちゃんから聞いたから、まさかと思って来てみれば……やっぱり兄ちゃんだった。」

「知ってたのか、母さん。」

「母ちゃんお人よしだからさ。他に面倒見る人もいないだろうし時々墓掃除しに来てんだよ。」

「そうか。……変わってないな。」

「そうだな。母ちゃんは変わってねえ。……だけど兄ちゃんはやつれたな。とてもまだ二十五歳だなんて思えない。」

二人の間に、しばしの沈黙が流れる。

「……なあ、ここまで来てるってんのに、なんで実家に顔出さねぇんだよ。」

「……」

「もう五年だぜ?母ちゃんも父ちゃんも心配してんだ。顔くらい見せてやれよ。」

「……俺はもうこの街を捨てた。帰る資格はない。」

「何言ってんだ、誰がそんな事決めたんだよ。……なあ、当ててやろうか。帰れないんじゃなくて、帰りたくないだけだろ。……あの場所に。」

その言葉に菅原の肩がピクリと動いた。

「そりゃ気持ちは分かるよ。……俺の目から見ても、兄ちゃん達はお似合いだった。このまま一緒になるんだろうなって、あの時は疑いもしなかった。それが“あんなこと”になれば……」

「違う。……俺は贖罪をしなければならない。無責任に希望を持たせた挙句、いざという時何もしてやれなかった。だから俺は決めた。無責任な期待なんてさせない。無駄な関わりなんてしない。その代わり残りの人生全てを使って、教え子たちの夢を支えると。ウマ娘達が幸せを手にする為の歯車になると。その為なら、どんな事だってすると。……それでしか、あの子に償えない。」

「何言ってんだよ。それじゃ、兄ちゃんの幸せはどうなるんだよ。人との関わりを避けて、教え子の為に身を削って、兄ちゃんはどうなっちまうんだよ!」

「そんな事どうでもいい。俺に幸せになる権利なんてとっくにない。」

「……本当に変わったな、兄ちゃん。昔だって愛想は良くなかったけどそれでも時々は笑ってたし、あの子と一緒の時は本当に幸せそうだった。なのに、今の兄ちゃんは空っぽだよ。感情の出し方を忘れたみたいだ。」

「どうでもいい事だ。それに、俺とあの子はそんなんじゃない。ただのトレーナーとウマ娘の関係だ。」

「ハッ、命日にその花束持ってきておいてよく言うぜ。……もう勝手にしろ。」

そう吐き捨てて菅原の弟は立ち去った。

墓前には、白いヒマワリの花が供えられていた。

 

 

 

自主練を少し早めに切り上げた私はチームの部屋に戻っていた。

今日はトレーナーさんが居ないから鍵を閉めてトレーナー室に持ってかないと。その後はどうしようかな。早めにお風呂入っちゃおっかな。後からは絶対混むし……

「ケイウンヘイロ―君、で間違いないかな?」

「えっ?はい、そうですけど。」

ふと声を掛けられた私は声のした方向へ振り向く。

……誰も居ない。

「あれっ?」

私はきょろきょとと辺りを見渡すがやっぱり誰も居ない。

変だな、今絶対に声が……

そんな時だった。

「っ!?」

私の口を何かが覆った。刹那、両腕ごと身体を取り押さえられて空き部屋に連れ込まれる。

何?不審者!?

私はすぐに腕を動かして拘束を振りほどこうとしたが、出来なかった。

なにこの力!?そもそもウマ娘の私の力で振りほどけないってことは、同じウマ娘……?

「大人しくしてくれたら何もしないよ……」

低いトーンで妙に落ち着いた声は私の耳元でそう囁いた。そして、口を覆っていた手が外される。

「いや、今の時点でどうみても何かされてるんですけど……」

「……それもそうか。では手早く済ませよう。失礼するよ。」

声の持ち主は片腕で私を拘束したままもう片方の手を私の頭に置いた。

 

パチッ

 

……?

今、何が起こった?

何かが、頭の中を走った。いや、私の中を読まれた……?

「フゥン?これは予想外だ。“継承”だけかと思ったのだが、別の何かがある。だが少なくとも“干渉型”や“観測型”ではないねぇ。未知の形質か……」

ケイショウ?カンソク?この人は何を言ってるんだ?

「なあキミ、キミは何が出来るんだい?どうやって能力を発動させている?未知との出会いは貴重なんだ。キミの事を全て教えてくれないかい?」

「あ、あの……」

「怖がらなくていい。私はキミの理解者さ。誰も理解してくれなかった事、全て吐き出してくれ。遠慮は一切不要さ!」

「あの!」

「どうしたんだい?」

「えっと……おっしゃっている事の意味が……」

「……おやキミ、何も知らないのかい?“継承”も?“領域(ゾーン)”も?」

「言葉の意味は分かりますけど多分あなたの文意では分かりません……」

「フゥン……そうか、そういう事もあるのか。じゃあ出来るだけ簡単に説明しようか。」

その声の持ち主は私の事はお構いなしに謎の講釈を始めようとしている。私は未だ状況を全く理解できてないんだけど。ていうか何の義理で私が拘束されて脅されるような目に遭ってるんだ。別に私誘拐して身代金をせびれるような家の生まれじゃないのに。

「初めにだがキミは、ウマ娘という存在をどう解釈する?」

「……答える意味があるんですか。」

「用心深いねぇ。今どきの中学生ならインターネットみたいにボロボロ個人情報を垂れ流すと思ったんだが。まあ仕方ない、この手は使いたくないんだが……東京都目黒区下目黒○―○○、宮城県大郷町×××―×。これで十分かな?」

私は血の気が引いた。

私の実家の住所とおばあちゃんちの住所だ……

「私の家族に何を……!」

「それはキミの対応次第かな。どうする?」

「……答えます。」

「聡明で何よりだ。では改めて、キミはウマ娘をどう解釈する?」

「含意が広すぎて質問の意図が分かりません。」

「うーんそうだねぇ。もっと簡単に例えるなら、キミはウマ娘をヒトの一種だと思うかい?それとも“ウマ娘”という単体の生物種だと思うかい?」

「……人の一種だと思います。」

「根拠は?」

「ウマ娘と人は耳と尻尾以外は身体がほとんど同じです。それと、ウマ娘と人は子供を残せるので遺伝子的に同じことの証明だと思います。」

「フゥン、よく勉強してるねぇ。中学一年生の年齢を考慮すれば十分すぎる論拠と回答だ。だが、あえてキミのその年齢離れした知識に敬意を示して六十点としておこう。……一つ。外見、機能的に同じ事は種が同じ事には結びつかない。生物は元が全く異なる種でも同じような生態や環境に適応して似通った姿や能力を獲得しうる。ヒラメとカレイ、蝶の翅と鳥の羽が良い例だ。これを収斂進化と言う。二つ。子孫が遺せることは種が同じ事を意味しない。種が違っても遺伝子が近いだけでも交配して雑種を残せるからねえ。ライオンとトラは交配してライガーやタイオンという雑種を生むし、何なら種どころか属単位で違う種間でも雑種が生まれる例はある。まあこれは現行の生物分類体系に問題がある事を示唆しているわけなんだが、まあ今は本題じゃないから無視しよう。」

唐突に理科の授業が始まった。この人、学者か先生なのかな?

「実はこの問題にまだ答えは無い。絶賛研究中の分野なんだ。まあ今はゲノム解析が出来る以上その結果から十中八九ウマ娘はヒトの亜種という事になっているんだが……冷静に考えてウマ娘という生物は異常だとは思わないかい?」

「……と、言いますと?」

「進化の道筋的にさ。ウマ娘の特徴的な耳介にしたって尾にしたって、類人猿のそれとはかけ離れている。頭髪や体毛、虹彩の色や顔立ちだってあまりに多彩でどう考えても人種と噛み合わない。ウマ娘以外の日本人で地毛が栗毛や葦毛のヒトなんて見た事あるかい?」

「言われてみれば確かに……」

「それにウマ娘という種が分化した以上何らかの要因があったはずだが、ヒトからウマ娘に進化した中間化石の類が見つかっていない。逆も然りで、ヒト以外の生物からウマ娘に進化した痕跡も見つからない。ウマ娘はあるタイミングから突如として人類の歴史に姿を現したんだ。不可解だろう?」

「……」

「そして何と言ってもその能力だ。ウマ娘のエネルギー代謝量はどう考えても人間離れしている。ヒトの女性アスリートのような筋肉質の肉体でなくたって容易に車くらいなら動かせる力を発揮するし、摂取するエネルギーだってもちろん比例して多いが、発揮出来る力との収支が合わないんだ。まるで、どこか外部から力を供給されているように。」

「つまり……?」

「“私達”は異常って事さ。あらゆる分野で高度に発達した現代科学体系でさえ解き明かせない、生物学的理論も物理法則も無視した最後の神秘。それがウマ娘だ。」

不意に拘束が解かれた。私が振り返ると、私を拘束した犯人が確かにそこに居た。なんだか血色が悪い顔をしていて、白衣姿に四角縁の眼鏡をしている。頭にはウマ耳。

やはりウマ娘……!

「挨拶が遅れたね。初めまして、ケイウンヘイロ―君。もっとも私は去年の十一月からキミに目を付けていたから初めての気がしないがね。」

「……貴女は?」

「う~ん諸事情で本名を明かせない立場でねぇ。便宜上“ホープ”と呼んでくれ。URA競走ウマ娘総合研究所で研究員をしている。」

「学者さん……なんですか?」

「博士号は持っているし研究者の端くれなんだがあくまで嘱託職員の立場だねぇ。研究室の下っ端だよ。」

「そんなあなたがなんでここに?そしてどうしてこんな事……」

「簡単な話さ。君に興味が湧いた。だから調査しに来た。」

「何のために?」

「ウマ娘の可能性を追求する為。」

なんだろう、会話が成り立ってるようで微妙に噛み合ってないというか……

「そもそもまださっきの話の着地点が見えてないんですけど。」

「ああ、そうだねぇ。そろそろ本題に入ろう。キミは、走っている時に不思議な体験をしたことは無いかい?」

「と、言いますと?」

「走ってるタイミングで急に力が湧いて来るとか、身体能力が著しく強化されたような経験は?まるで周りが止まっているように思考速度が上がったりは?」

「ありません。」

「……おや?昨年の『ファイナルガール』の最終直線なんかで何か感じなかったかい?」

「あの時は最終直線ちょっと前から記憶が曖昧で……」

「フゥンそうかい……それなら何の前触れも無く声が聞こえたとか、妙な夢を見たとかは?」

「……あります。」

「ほう、やはりか。他には?」

「六月に神社に行った時に変な場所に迷い込んだことが……」

「なるほどなるほど。フゥン、やはり間違いなさそうだ。だが未知の現象があるねぇ。新種とみて間違いないか。」

「あの、この質問の意味は?」

「ああ、すまないね。キミに前提となる情報を知らせない状態でヒアリングをしたかったんだ。……私が今君に訊いたのはウマ娘としての“異能”の有無だ。」

「イノウ?」

その言葉を聞いただけでは私のボキャブラリーでは忠敬しかヒットしなかった。

「“異能力”だ。ウマ娘が持つ人間離れした能力の事だよ。もっとも、便宜上私がそう呼んでいるだけだがね。これこそが私の研究分野さ。」

「……はあ。」

「何を言ってるんだって顔だねえ。私をオカルトを拗らせたアブナイ人とでも思ったかい?」

「……ぶっちゃけその通りです。」

「見かけによらず失礼だねえ。だが時間をかけて説明した通りウマ娘の能力は現代科学では説明できない代物なんだ。存在そのものがオカルトなウマ娘を本気で研究するならその内容もオカルトに片足を突っ込まざるを得ないのは分かるだろう?」

「まあ言わんとする事は分かりますが……」

「今はそれだけで十分だ。現在ウマ娘の持つ異能力として認められているのは当然その人間離れしたパワー、そしてごく一部のウマ娘が発動可能とされている“領域(ゾーン)”という現象だ。」

「“領域(ゾーン)”とは?」

「これは人間のアスリートにもあると言われているんだが、言わば超集中状態の事だよ。全感覚を意識の一点に集中させる事で思考能力や身体能力を飛躍的に向上させる事だね。」

「某アスリートが競技中にルーティンをするみたいな事ですか?」

「その通り。ルーティンは言わば効率的に“領域(ゾーン)”に入る為の動作だね。そしてウマ娘にもこれがある……とされている。もっとも正確には『ウマ娘が起こす一時的な身体能力向上現象を説明する為に、人間にもある一番近い語彙に当てはめてた』のであって人間の“領域(ゾーン)”と同じものなのかは分かってないんだがね。」

「でもそんな事保健体育とかスポーツ学の授業じゃ習いませんでしたよ?」

「それはそうさ。ヒトもウマ娘もあまりにも使える者が少ないからねぇ。そんな異例中の異例を教えたって参考にならないからさ。ともかく、こいつについては原理はともかく存在する事はトップ層の指導者や研究者の間でも渋々ながら認められつつある……が、ウマ娘の“異能”はこんなものじゃ済まないのさ。」

「他にどんなものがあるんですか?」

「ウマ娘はねぇ、どうやら過去に存在した他の個体から力を受け継ぐ事が出来るようなんだ。しかしこれは遺伝とは別枠だ。そもそも仕組みが全く未解明なのだが、一つだけわかっている事は……そのウマ娘が何らかの精神的繋がり、双方向でも一方行でも憧れや寵愛といった感情の繋がりがあるウマ娘から力を受け継いでいるらしい、という事。私はこれを“想いの継承”と呼んでいる。」

「……それ、どういう原理なんですか?」

「だから未解明と言っただろう?どういう経路を辿って力が受け継がれるのか、そもそも物質なのか精神的なものなのかすら少なくとも科学的には説明できない。だが、程度の差はあれどほぼすべてのウマ娘はこの“継承”で力を得ているらしい、という事は先行研究で既に判明している。」

「はぁ……」

「これだけでは済まないよ。例えばウマ娘のさらにごく一部には並行宇宙を認識したり観測できる者が居るらしい、とかね。」

「並行宇宙ってパラレルワールドの事ですよね?いよいよフィクションの読みすぎでは……」

「おや?パラレルワールドは現代科学では実在する可能性が示唆されているよ。インフレーション理論や多元宇宙論を知らないかい?」

あー頭が痛くなってきた。

科学とオカルトが入り混じってもうどっちがどっちなのか分からない。

そもそもこんな情報の洪水を中学一年生の頭に注ぎ込んだって理解が追いつかないよ……

「ていうか、それと私を調査する事に何の関係があるんですか。」

「それはもちろん、キミがどうやら“領域(ゾーン)”を発動させたような事象があったからさ。」

「……え?私そんな事した記憶ありませんよ?」

「だろうね。無意識下だ。だが、キミはあの『ファイナルガール』の最終直線、明らかに異常な走りを見せた。挙句に後続に九バ身差つけて圧勝した。あれはキミの普段の走りからは乖離した走力だ。」

「仮にそれがほんとだったとして、なんでわざわざ調べるんですか?」

「『キミが発動させたこと』が異常だからさ。従来この“領域(ゾーン)”は中央の一線級ウマ娘ぐらいでしか発動が確認されてこなかった。だがそれを一地方の何でもない普通のウマ娘が何故か発動させた。妙だとは思わないかい?」

「……」

それは確かにそうだ。何でもないと言われたのは少し不本意だが。

「ここで私は二つの仮説を立てた。一つ、キミが実は一線級のウマ娘と同程度の能力を秘めているから発動できた。二つ、実はウマ娘は誰でも発動する事が出来るが、その条件に一部のウマ娘しか気づけていない。しかしキミは何らかの方法でその条件を満たした。この二つだ。」

「なるほど……それで、どっちなんですか?」

「恐らく後者だねぇ。今までのレース映像は全て観せて貰ったし直接調べもしたが、一線級のウマ娘達とは比べ物にならない。やはりキミは平均より少し脚が速いだけのただのウマ娘だ。」

それはそれで悲しいな……

「でも、例えそうだとしてもその“領域(ゾーン)”を調べるなら中央に行けば良いじゃないですか。中央ならいくらでもいるんじゃないんですか?」

「当然考えたさ。だが中央はガードが固すぎてねえ。私の研究はキミが言った通り一見するとオカルト同然だからか正規の手続きを踏んでも理解を得られなかった。そして無理やり侵入して接触しようとしたら警備員に追い回されて結局出禁さ。」

「中央でもやったんですか!?」

「ところがどっこいここならガードも甘く人目も多くない。こうやって無事キミと接触できたわけさ。」

「明らかに私無事じゃないんですけど……ていうか私にメールなり何らかで連絡してくれたら良かったじゃないですか。」

「そりゃあキミ、仮に私がこのことをメールで送ったとして絶対に会おうなんて思わなかっただろう?」

「……そうですね。」

荒尾の警備体制に一抹の不安を覚えたが、今はそれは大きな問題ではない。

今私が分かる事は、少なくとも私の目の前で今も不敵な笑みを浮かべるこのホープと名乗るウマ娘は、とびっきりの変人だという事。そしてもし彼女の話が本当ならばウマ娘という物は不可思議の権化だという事だ。

そして私にこんな話をしてきた、この変人がこんな所まで出しゃばって来たという事は、この後の展開は大体想像が付く。

「なあケイウンヘイロー君、頼みがある。……私にキミを研究させてはくれないかい?」

ほらやっぱり。

「君は“領域(ゾーン)”を発動させた以外にもどうやら未知の資質を秘めているように感じる……しかし現段階の情報だけではそれを解明するのは困難を極める。だからキミを継続的にモニタリングさせてもらいたい。」

「えっとそれは……」

「もちろんキミに侵襲があるようなアプローチをするつもりは無いよ。私生活への介入も極力控える。ただトレーニングとレースの様子を観察させてほしいだけだ。」

「……それって、私にメリットとか無いですよね?」

「勿論ただでやろうって訳じゃない。そうだねぇ……キミに最先端のトレーニング法と作戦指導を提供しよう。」

「そんなこと出来るんですか?」

「私を誰だと思っているんだい?URA競走ウマ娘総合研究所の所属だよ?私はまだ一般公開されていない研究途上のまさに最先端技術を山ほど知っている。キミに損はさせないと思うがねぇ。」

「研究途上ってことは有用性も未知数なんじゃ……?」

「……キミは嫌に勘が良いねえ。中学生らしく良く考えずにホイホイ決めちゃっておくれよ。」

この人中学生を何だと思ってんだ。

「なあ、頼むよ。もしこの研究が成功して、ウマ娘が“領域(ゾーン)”を発動できる条件の解明まで繋がれば……競走ウマ娘の歴史が変わるかもしれないんだ。」

彼女は唐突に真面目な口調でそう語った。

「想像してくれたまえ。全てのウマ娘が常識の枷を破り、限界を超えたその先の力を発揮して走れる世界……憧れでしかなかった存在に手が届くようになる未来。キミにとっても、まさに夢のような話ではないかい?」

「憧れに、手が届く……」

こんな話、まともに信じるよりデタラメだと考えた方が遥かに現実的だろう。

どう考えたって、こんな安っぽいフィクションのような、使いつぶされた小説の設定みたいな話あるわけない。

けど、もしも。

万に一つ、いや億に一つでもあり得るとしたら。

私の憧れ、ネイチャさんみたいに走れるようになって。

私の力が未来を開くカギになるだなんて、そんな話がもし現実になるんだったら……

「……いいですよ。」

「お?」

「分かりました。乗ります、その話。」

「おぉ、おお!そうかそうか!」

あーあ、やっちゃった。

何で私はこんなギャンブルみたいな事に手を出しちゃうんだろう。

まあ、損はしないっぽいし良いかぁ……

「ていうか、家族人質に取られてちゃ受けざるを得ませんからね。」

「ああ、あれか。悪いねぇ、ハッタリだよ。」

「……えぇ!?」

「そもそも私の研究者としてのキャリアに傷が付くような真似する訳ないだろう?こういうのを真に受けるあたりまだキミにも子供の部分があるらしいねぇ。」

「そ、そんなぁ!」

「ていうか君、最初から結構乗り気だっただろう?私は途中から拘束を解いていたのにも関わらず逃げださずに話を最後まで聞いていた。キミは未知への探求心が豊富なようだねぇ。」

私ったら無意識のうちに!

「まあともかくそういう事で、これから君と私は協力関係だ。恐らく長い付き合いになると思うからねぇ。くれぐれもよろしく頼むよ。」

「あの、一つ気になったんですが。トレーナーさんにはどう話を……?」

「ああ、菅原クンか。そっちは問題ないさ。私と彼は面識があってねぇ。今日中に話は付けておくよ。」

面識がある?

この人が何歳なのかは分からないけど、余り歳を取っているようには見えない。なら同僚として関わっている可能性は低い。だとしたら親戚か、あるいは……生徒?

「じゃあ私はここで失礼するよ。手荒なことをして済まなかったねえ。」

そう言い残すと彼女はドアを開けて出て行ってしまった。

私がその後を追うと、もう既に彼女は影も形も無かった。

それどころか体感ではかなり長い時間中に居たような気がするのに、太陽の高さはあまり変わっていないようだった。

「……本当に、なんだったんだろ。」

なんだか、今起こった全てが幻覚だったんじゃないかとすら思える。

とりあえず、寮に帰ろ……

 

 

 

「……また来やがったのか、お前。」

夜も更けたトレセンの駐車場。車から得てきた菅原とホープが話していた。

「そんな露骨に素っ気無い態度をしないでくれよ。悲しいだろう?」

「思っても居ない事を言うな。」

「はいはい……キミの方は墓参りかい?」

「何故知っている。」

「そりゃあキミ、あの件は少なくとも私達の間では忘れようのない事件さ。“あれ”は誰にだってショッキングだったのは事実だが……まさか命を落とす子が出るなんて、誰も思わなかった。」

「……思春期の不安定な心理状態では時に冷静な判断が出来なくなる。そして、それに一番側で支えるべき俺が気付いてやれなかった。」

「キミはまだそんなことを言っているのかい?あれは事故だ。警察もそう結論付けた。確かに直前の彼女の心理状態と場所と発生時間からして思いつめてそういう衝動に駆られた可能性はある。だが、結果的に彼女の命を奪ったのは自らの意思ではない。……様々な条件が合わさった結果、偶発的に発生してしまった最悪の事故さ。キミの責任ではない。それとも、何か心当たりがあるのかい?」

「……」

「まあいいや。そうだ、今日キミのチームのケイウンヘイロー君と話してねぇ。色々あって私の研究に参加してくれる事になったよ。」

「……待て、どういう事だ。何でケイがお前の似非科学に。」

「それは本人に聞いてくれたまえ。最後は彼女が決めたよ。まあ、そう言うわけだから明日からでも練習に私も参加させてもらうよ。」

「ふざけるな、何でお前が。」

「彼女との取り決めさ。交換条件だから彼女の同意が無ければ取り消せないよ。」

「……少なくともお前に口出しはさせないからな。」

「大いに結構。私はサブトレーナーとでも思ってくれたまえ。キミが正しいと思うやり方でやってくれて構わないし、私はキミのやり方には手を出さない。だが、彼女が自由意思で私の方を選んだ場合は別だがね。」

「そもそも子供を実験材料にするなんてそんな非道が……!」

「おや?キミがそれを語るのかい?知っているよ、私は。キミたちはキミたちでケイウンヘイロー君を大層な計画の中心に据えているようじゃないか。」

「……っ。」

「なんだい?あれは。大人達の尻拭いを子供にやらせようっていうのかい。責任放棄も甚だしいねぇ。まあ、現状を見ればそれしか残された手段がないって言うのは分からなくは無いが……昔のキミなら絶対しなかった事だ。」

「……」

「一方で教え子の為に奔走し、一方では無駄な関わりを絶とうとする。一方で教え子の夢を支えようとして、また一方では都合よく利用する……今のキミは自己矛盾にまみれてチグハグだ。」

「そんなこと分かっている……」

「私としてはそちらの方も気になるが、まあまずはケイ君だ。一体どんなものが見られるか。ああ、愉しみだねぇ……クククク……」

 

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