ウマ娘 潮騒のアレグレット   作:秋月@小説

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第二章第六話です!
ウマ娘5th大阪公演の前に一本仕上げておきたかったので間に合って良かったです。よって来週はライブ参戦と大阪京都を観光するので上がりません。三月中にもう一本投稿出来ればとは思っております。

そういえば前回でいきなり領域なんていう思いっきり非現実的な要素をぶち込ませて頂きました。この点を私から補足しますと、読まれていない方は意味不明だったと思うので申し訳ないのですが、ウマ娘のコミカライズ版である「ウマ娘シンデレラグレイ」にて、登場する主要キャラクター達が発動する領域という現象の設定を引用した形になります。良く分からないという方はゲーム版でいう固有スキルのようなものとご理解下さい。
本作においてはその設定を私が勝手に拡大解釈して盛り込んだものになります。今後の展開を考えた上でレース描写が単調になるのを防ぐのと、ストーリーを膨らませる為に導入しました。最初期案ではこのようなものは無かったのですが、大体一章中盤辺りから今後の展開を考えるとあった方が有用であると判断して導入を決断しました。
ですが、シンデレラグレイやゲーム版では視覚的にその様子が表現されている為盛り上がる要素となっているものの、文章でどこまで表現できるかと言われると正直微妙なので今後の課題になると思われます。同じく技を文章で表現しているS●Oでも読み直そうかな…

ともかく、これからは私の文章での表現力がかなり重要になってきそうです。それと、史実を出来るだけ重視する方向性は続けますのでストーリーが史実と乖離する事は当分無いのでご安心下さい。

長くなって申し訳ありません。本編をどうぞ。


二度目の春、大きな背中

 弥生――旧暦三月を表す言葉。

その語源は「木草弥生ひ茂る月」、つまり冬が明けて草花が一斉に芽吹き咲き乱れる月だということを表す、という説が最有力なのだとか。

とはいえこれは旧暦なので今の暦だと四月の辺りを指すのだから、三月もまだ中旬前の今日この頃は依然として冬の残滓が残っている。スカートの下のタイツと教室へのブランケットの持ち込みは欠かせない。

とはいえふと道端を見ればホトケノザやオオイヌノフグリといった小さな花が可憐に顔を覗かせて、一歩一歩近づいてきている春を感じさせる。

そして、春一番が私たちの所にも。

「みんな聞いて聞いて!ミライ受かったー!」

弾むようなその声を聴いて、私達は声の主の近くに集まる。

その少女が得意げに掲げる一枚の紙には、『転入試験 合格』の文字が躍っていた。

「やったね、ミライちゃん!」

「おめでとうございますわ~。」

「えへへ、ありがと~!」

どうやら彼女の所にはもうサクラが咲いたようだ。

これでミライちゃんは四月から私立の女子校に転入する事が決まった。

「ちょっと寂しくなるね……けどおめでとう!」

「うん!」

見事に新たな道への一歩を踏み出した友を見て、私も気を引き締める。

私にとって荒尾での二度目の春が訪れようとしていた。

 

「……お疲れ様です。」

「ああ、ケイウンヘイロー君。今日もよろしく頼むよ。」

「……どうも。」

私は部屋に居たその人に少々訝し気な視線を送りながら挨拶した。

先輩が抜けて一週間とちょっと、チーム『ヤマザクラ』に新メンバーが入った。

……いや、チームメイトじゃない。指導者側だ。

このどういう訳か自称“ホープ”と名乗るウマ娘は、数日前私をいきなり羽交い絞めにして耳に明らかに過多な情報の洪水を流し込んできた挙句、自分の研究に協力しろと半ば脅迫に近い形で迫って来た。

そして何を血迷ったかそれに私がOKしてしまった結果、翌日からさも前から居ましたよと言わんばかりの態度でこの部屋に居座るようになった。

私はてっきりトレーナーさんが追い返すものだと思っていたのだが、いつもに増して渋い顔はしているが彼女がここにいる事には何の文句も言わなかった。

なら彼女が日頃のトレーニングに役立つのか?と訊かれると今の所そうでもない。

彼女はトレーニングが始まると私に何かのセンサーを着けるように指示して来る。

それ自体は非常に軽量だったので何ら支障は無いのだが、これを付けて走っている間、彼女は特に何もしていない。

ずっと手元のノートパソコンとにらめっこして、時折不敵な笑みを浮かべていると思いきや悩んでいるような仕草も見せる。――それだけ。

約一週間過ごした中で彼女が見せた行動は本当にそれだけだ。そもそも彼女はどういう立場でうちのチームに居るんだ?

気になって昨日事務に照会したのだが、うちのチームのサブトレーナーとして所属している事になっていた。

……とはいえトレーナーさんがそう易々と許可するようにも思えない。一体どんな手口を使ったのやら。

まあ今は私にとってメリットにならない事は置いておいて、改めて今の私の立ち位置を確認する。

私の次走は三月二十一日、「シニア級C―2級」。初の対シニア級戦だ。九州三冠戦を前に予行練習として挑むこのレースは、クラシック級に上がって二か月とちょっとの私が飛び級で経験豊富なシニア級ウマ娘達と走ることになる。

今回は対アオ戦と同じ、いや下手すればそれ以上に厳しい戦いが予想される。現時点での出バ表にはキャリア五年以上の高等部の先輩達の名も連なっているのだ。

だが、もしここであわよくば好走でも出来れば、九州三冠路線での活躍だって十分期待できる。その後は一戦挟むかあるいは直行で、五月三日の三冠第一戦目、九州皐月賞荒尾ダービーへと駒を進める事になる。

これが現時点で決まっている私のローテだ。

そうそう、私の次走の一週間前、三月十五日にはアオとカナちゃん、ニシノちゃんが同じレースで走る事になっている。私もきっとシニア級へ挑戦しなければここで走っていたはずだ。

アオにとっては前走の出走取消以来丁度一か月、レース自体は約四か月ぶりの復帰戦になる。これは即ちアオの現在地を見極める戦いだ。四か月余りのブランクを経てアオは果たしてそのままの力で居るのか、あるいは成長した周りに後れを取っているのか、あるいは……更に強さを増したのか。

みんなの応援と同時に、それを直接確認しに行くつもりだ。

「待たせたな、ケイ。トレーニングを始めよう。……お前もどうせ来るんだろ、準備しろ。」

「ククク……やっぱり私には冷たいねぇ。言われなくてもとっくに出来てるとも。」

ここ一週間、二人はずっとこの調子でもうバッチバチだ。空気は険悪という領域を軽々超えて火でも付ければ部屋ごと吹き飛びかねない。

ああブラック先輩、一日で良いから帰って来て下さいぃ……

 

「ねぇケイ、ミライちゃんが転校しちゃう前にみんなでどっか遊びに行かないかってカナちゃんとニシノちゃんと話してたんだけど、どうかな?」

その日の夜、宿題を終えて部屋でアオと話している時にアオがそう提案して来た。

「あっ、いいね!ミライちゃんに何かプレゼントもあげたいし!」

「ほんと?じゃあ決定!ケイちゃんどっか行きたいとこある?」

「う~ん私この辺りでショッピング出来るとこまだよく分かってないんだよね……大牟田のモール以外はどこか無いの?」

「荒尾にもシティモールって所があるんだけど折角遊びに行くんだったら……北に上って福岡市に行くか南に下って熊本市に行くのが良いかなぁ。」

「あ、じゃあ私熊本市行ってみたいな。熊本県に居るのに一回も行ったこと無いし。」

「分かった!みんなにも話しとくね。」

なんか遊びに行くのがいつもすぐ北の大牟田市だったから忘れがちだけど、私が居るの熊本県なんだよね。

そういえば私熊本県の事全然知らないなぁ。熊本市が政令指定都市で大きな街って事と阿蘇のカルデラは授業で習ったけど。熊本から南がどうなってるのかなんて考えたこと無かった。水俣市とかは社会の授業で見たっけ……

せっかく九州まで来たんだし、他の県にもいつか行ける機会あるのかなぁ。

「そういえば聞いた?ケイ。来年度から私たちの学年2クラスになるって。」

「えっそうなの?まあ確かに人増えたしね~。」

実は入学してからちょうど一年で、中央や他のトレセンからの転入、あるいは転出で私たちのクラスのメンバーは大体1.5倍に増え、元からいたクラスメイトも四分の一ほどは顔ぶれが変わってしまった。

トレセンは人の動きが激しいとは聞いていたけど、まさかここまでとは思わなかった。これから早い子は中等部で卒業してミライちゃんみたいに普通の学校に入学する子もいるだろうし、一体高等部の卒業まで何人のクラスメイトが残るんだろうか。

「あ、そうだ。春休み前にアオ達のレースあるよね。ミライちゃんと一緒に応援に行くから頑張ってね。」

「うん、ありがとう。ケイはシニア級の先輩たちとでしょ?」

「そうそう、まだちょっと先だけどね~」

「じゃあ熊本に行くのはその後にしよっか。どうせならお互い心置きなく遊びたいじゃん?」

「確かに、レースの事が頭にあると気が重いしね。」

「まあ逆に負けちゃってると逆に気が重くなってるかもだけど……」

「……ちょっとアオ~?それは言わないってのがお約束でしょ!」

「ふふっ、ごめんごめん!」

こうして何気なく会話してると、アオだって普通の十三歳の少女なんだと再認識する事がある。

荒尾の模範たれと自分を律し、知名度アップの為多方面の案件に顔を見せる時のアオは確かにお人形の様に可愛らしいのだが、どこか仮面をかぶっているようにも見えてしまう。

そして、最近ご無沙汰だがアオにはもう一つの顔だってある。

そう、それは……

 

『さあ本日のメインレース、「荒尾レディース特別」、スタートが間近に迫ってまいりました!1500mで行われるこのレース、何と言っても注目は荒尾ジュニア級王者、ブルーアラオの復帰でしょう!昨年の「九州ジュニアグランプリ」での勝利の後、園田レース場で行われたG3「兵庫ジュニアグランプリ」に出走しましたが無念の10着敗退、その後年明けのレースでは直前で出走取消となり、今日は約四か月振りのレースとなります!しかし

ブルーアラオ、中央と園田での敗北がありますが現時点で荒尾では無敗!ブランクもなんのその、本日も圧倒的一番人気に推されファンの期待を一身に背負っております!さあ、ブルーアラオがもう一度最強を証明するのか、それともどんでん返しが起こるのか!「荒尾レディース特別」、発走は15時40分です!』

綺麗に晴れた青空に、よく均された良バ場のダートはふかふか。まさかアオは条件すら味方につける力があるのだろうか。

「みんなー、がんばれー!」

本バ場入場が始まると隣に居るミライちゃんが声を張り上げる。

ミライちゃんにとって、ここで皆を応援するのはどんな気持ちなんだろう。

今日出走する三人とミライちゃんは小学校以来の幼馴染。みんなレースで活躍する事を望んだからここに来たはず。それなのに、ミライちゃん一人だけが事故で競走能力を失い、他の皆は今も歓声を浴びてレースで走っている。

私なら……きっと耐えられない。悔しくて悔しくて、自暴自棄になるかも。

あまつさえ彼女の夢は事故で夢を絶たれたお母さんの夢を代わりに叶えることだったのに、まさか全く同じ理由でミライちゃんまで走れなくなるなんて。運命とやらは一体どこまで残酷なんだ。

ねえ、ミライちゃん。ミライちゃんはどうやって自分を納得させて、和解したの?

それとも、その笑顔の裏にぐるぐると感情を渦巻かせたままなの?

「ケイちゃん、どーしたの?始まるよ!」

「えっ、あっうん!そうだね!」

……そんなの訊けるわけないよね。

 

『スタートしました!先行争いは……おーっとブルーアラオすごい勢い!争いにすらならない!あっというまに単独先頭指定席に着きました!四か月越し、これがブルーアラオの逃げ!二番手に六番カクテルパーティー、三番手には八番のルンバブランタン、道営からの転入組が続いて各ウマ娘ゴール板前を通過、第一コーナーへと差し掛かって行きます!』

「うおお!流石ブルーアラオ!」「やっぱ逃げたか!」

これがアオの定石。アオはほぼ例外なく逃げで走る。

逃げ先行型でレース中盤から先頭を狙う私と違って、アオはハナから逃げる完全な逃げ型だ。アオがハナから逃げられなかったレースは過去三回、そのうちデビュー戦は四コーナーで先頭に替わって二着に六バ身、三着だった私には八バ身つけて圧勝し、後の二回はそれぞれ小倉と園田で、どっちも惨敗している。

一方ハナから逃げた場合は、阪神で走った野路菊ステークスを除いて全て勝っている。その野路菊ステークスにしたって、あのレースでアオに先着したウマ娘達はこの前G3きさらぎ賞を制して三冠路線の有力株となったり、G2を制してG1朝日杯FSまで駒を進めたという。そんな規格外達を相手取って六着には入ったのだから例外と言って良いだろう。

つまり、アオが逃げられた時点で八割方は彼女の勝利パターンと言って過言ではない。もちろん過去のデータからは、だけど。

『さあ二コーナー抜けて向こう正面、先頭から後方までおよそ十五バ身。晴天の有明海をバックに西日に照らされてウマ娘達が駆け抜けます!』

先頭は依然としてアオ。カナちゃんとニシノちゃんは……それぞれ八、九番手と最後方だ。

このレース、アオが実力人気共に頭一つ抜けてはいるがそれ以外のメンバーも決して劣ってはいない。元中央所属や道営、兵庫からの移籍組も多く荒尾勢も勝ち切れないだけで好走は続けている子がほとんど。そんな中では決して突出した能力があるとは言えない二人では少々不利だ。

『向こう正面抜けて三コーナーに差し掛かります。先頭はブルーアラオでリードが二バ身半から三バ身。二番手がインコース六番カクテルパーティーで外から八番のルンバブランタンが並びかけて来る形!その後大きく開いて四番ワタリフラワー、続いて上位人気の二人が並んでいるがここから届くのか!』

レースは第四コーナーを抜けて最終直線へ。ここまでは完全にアオの独壇場。アオを中心とした前の三人と後方集団の間には大きな差が出来て、後方勢が巻き返せるチャンスはほぼ無くなった。アオにも圧倒的なリードは無いが常に三バ身前後の余裕を確保しており、このまま行けば勝利は固いだろう。

『さあ先頭ブルーアラオ、リードを保ったまま200を通過!続いて八番ルンバブランタンが二番手に上がりました!インコース六番カクテルパーティーがもう一度差し返すか!?その後ろは完全に離れました!』

「うおー!いけー!」「はははっ!やっぱブルーアラオだ!」「「アオちゃーん!」

これはもう完全に決まった。アオの脚色は全く衰えない。観衆の目は彼女に釘付けになってスタンド全体が一体となり、ある種の熱狂を伴って湧きあがっていた。

最早疑いようもない。彼女が、“競走ウマ娘”ブルーアラオが帰って来たのだ。

以前ならば最後少し苦しそうになっていた1500mの距離さえ最早問題ではないのだろう。彼女の走りは軽やかな物だった。

彼女が私の目の前を通過する。その刹那、彼女の目線が私に向けられたような気がした。

言葉なんて当然聞こえる訳が無いが、彼女の目は私にこう語っているように見えた。

“ここまで、来れる?”

私の心臓はどきんと跳ねた。

『ブルーアラオ、先頭で今ゴールイン!』

大きな歓声と拍手が巻き起こった。

『ブルーアラオ、四か月振りのレースでしたが他を全く寄せ付けませんでした!これで荒尾では五戦五勝!文句なしの荒尾ダービーの最有力候補といって間違いないでしょう!』

遂にアオは最後の最後まで一度たりとも先頭を譲らなかった。

かなり遅れてカナちゃんとニシノちゃんの二人もゴールインした。並んで息を切らす二人の視線の先には、アオが居た。

離れていても分かる。きっと私と同じ気持ちだ。

「強すぎでしょ……」

アオは私に余りにも高いハードルを打ち立ててきた。

「でもさ~、今日のメンバー的に勝つのは当然じゃね?」

「まあ確かに。最初っから圧倒的一番人気だったしな。」

「本当に復活したのか見るんだったらさ、やっぱもっと強い子と走って欲しいよな~」

「ああ、それこそ……」

……あ、あれ?

なんだか周りの視線が私に注がれてるような……

「ケイちゃん、アオちゃんと走らないの?」

隣に居たミライちゃんまで私の顔を見てそう聞いてきた。

「えっ!?え、えぇっとねぇ~少なくとも荒尾ダービーでは一緒に走るよ!」

「でもまだ二か月くらい先だよ?その前は?」

「あっ……う、う~んどうかな~?あはは……」

やっぱりみんな期待してるよね……アオと私の再対決……

でもたった今あの強さ目の前で見せられて二つ返事で走ると言えるほど私自分に自信無いんだけど……私どうしたらいいんだろう……

 

そこから、たった一瞬で一週間は過ぎ去った。

その日は最終レースが私の出番だったから少し余裕をもって管理棟に入り、第八レースの段階で控室入りする。

私が扉を開けると、いつもの見知った顔ばかりの控室とは違って初めて見る顔ばかりが並んでいた。

彼女達はほとんど中等部の二、三年のウマ娘達。高等部のウマ娘も三人いた。

そんな彼女たちの目線がぎょろりと私一人に集まる。

何、私何かした?

「あなた、ケイウンヘイローさんとか言ったかしら?」

そのうちの一人が私に話しかけてきた。

「は、はい。そうですが……」

「あなた、クラシック級よね?それなのに何、ちょっと足が速いからってシニア級にも勝てるかもってここに来たの?調子乗ってる?」

「いえ、そんな事は……」

「舐めないでよね。中等部風情で……」

そのウマ娘は捨て台詞の様に言い残すと足早に歩き去って行った。

私が呆気に取られていると、違うウマ娘が話しかけてきた。

「ごめんね~ケイウンヘイローちゃん。あの子今ピリピリしてて。」

「いえ、大丈夫ですけど……何かあったんですか?」

「あの子、今日がラストランなのよ。昔はあの子にも中央で走ったり連戦連勝してた時期だってあったんだけど、もう現役六年目でここ半年は負け続きでね。応援する声もどんどん少なくなってきて……クラシック級で今が一番キラキラしてるあなたが羨ましいのよ。」

「そうだったんですか……」

「安心して、本心じゃないと思うから。でも申し訳ないけど私達も少なからずあなたの事はマークしてる。手加減するつもりは一切ないから、本気で掛かって来ると良いわ。」

「……はい。胸を借りさせて貰います。」

口には出さないけれど、他にもきっとあの人みたいに私を煙たがっている人も居るのだろう。この人たちからしたら、私は道場破りのようなものだろうか。

「フッ、余は貴公をマークなどした覚えも無いがな。余と、余以外。それだけだ。諸君らと一緒にするな。」

壁にもたれかかっていたウマ娘が尊大な態度でそう話した。

この人は事前にリサーチしていた。たしか……

「キタサンナポレオンさん、随分と自信がおありのようね。ケイウンヘイローさんも私たちも眼中にない、と?」

キタサンナポレオン。元中央所属でデビュー戦がクラシック級になってからと少々遅く、その後も掲示板内には入るが勝ち切れず、荒尾へと移籍して来た。しかしその後の二戦で一番人気を背負って両方とも後続に差をつけての勝利を飾り、今日のレースでも本命のウマ娘だ。

「余の辞書に敗北の二文字は無い……人気を見たまえ、一番人気だ。観衆もそう言っているではないか。しかし何たる悲劇……余は不甲斐なき事にトゥインクルシリーズの大舞台から零落してしまった。まさにエルバ島に追放されたかのナポレオンのようだ……しかし!ナポレオンは臥薪嘗胆の末再び玉座へと舞い戻った!つまり、余もこの地方というエルバ島から飛び立ち、再びトゥインクルシリーズへと戻り復位を成し遂げるのだ!」

そう言い放つと、笑いながら彼女も部屋を出て行った。

「あれって……」

「完全にナルシズムを拗らせてるわね。そもそも敗北したから中央から荒尾に来たんじゃないのかしら……それに、」

「ナポレオンってパリに戻った後、結局百日天下で失脚してまた島流しにされますよね……」

「あの人、本当にそこまで分かった上で自分をナポレオンに準えてるのかしら。でも実際に強いのが厄介な所ね……」

その通りだ、あの人は強い。あそこまで自信過剰になるのはどうかと思うが、間違いなく今日のメンバーの中では格が違う。シニア級相手自体楽じゃないのにその中にあの人レベルが混ざっているとは、全くトレーナーさんも酷な事をさせる……

私は改めて気を引き締めて、私は着替えた後パドック裏に移動する。

うっすらと暗いこの空間。準備をする為の控室と、観客の目を浴びるパドックとの緩衝地帯。ここは言わば舞台袖だ。そして、私はここを覚悟を決める場所だと解釈している。

観客の姿はまだ見えない。だけど声は聞こえてくる。そんな空間で自分の頭をレースへと切り替えるのだ。

深呼吸して、精神統一。集中を研ぎ澄まして――

「やあケイウンヘイロー君。調子はどうだい?」

「んひゅっ!?」

レースモードに切り替わりつつあった私の脳に、耳元からの囁きが盛大にノイズをもたらした。

「おやごめんごめん。邪魔だったかな?」

「ホ、ホープさん!いきなり何するんですか!!」

勢いよく振り返った私の後ろには、相変わらず血色の悪そうな顔が……ホープさんがいた。

「いやぁ、菅原クンが観客席から見届けるだけだとか言ってこっちに来る気配がないからねェ。代わりにサブトレーナーの私が出走前の応援に来た訳だよ。」

「要りませんよ……いつも居ないのが普通ですし。」

「おや、いつもの事か。やっぱり彼は薄情だねェ。……ところで、勝てるイメージは湧いたかい?」

「……」

今日の私は三番人気。二番人気より下になるのは何気にデビュー戦以来だ。

クラシック級だというのに三番人気に推して貰えている事を喜ぶべきか、それとも分が悪いと思われたから三番人気になってしまったと悔やむべきなのか。

「勝つつもりで走ります。でも、それだけで勝てると思うほど私傲慢じゃないです。」

「いや、もっとだ。もっと貪欲で良い。ウマ娘の力の根源は魂の奥底にあるんだ。勝ちたいと願う想いの力がキミを勝利にいざなう。」

「またそれですか……どうせならもっと有用なアドバイスを下さいよ……」

「想いの力はバカにならないよ。勝利を渇望する強力な想いは間違いなくウマ娘の能力を引き出す。例えばキミはG1を走るウマ娘達がどんな想いでレースに挑むのかを知っているかい?」

「……いいえ。」

「彼女達は凄いよ。一族の誇り、何十万という人々の期待、そしてなにより人生を掛けるほどの己の夢を背負って走る。『もし勝てるなら死んでも良い』なんて言う子もいるくらいだ。稀に本当に命を落としてしまう子まで出る程ね……それほどの想いを掛けて、初めて舞台に立てる。勝負はそれからだ。キミはレースにそこまで想いを掛けられるかい?」

「いいえ……勝ちたいのは当然ですけど、そこまでは。」

「なら、一度よく考えてみたまえ。キミがこれから戦うウマ娘が、どれほど強い勝利への想いを持っているかを。キミを負かした相手が、どうだったかを。」

「私を負かした相手って、それ……」

その時、パドック入りを告げる声が響いた。

「時間だね。健闘を祈るよ。」

そう言い残すと彼女はふらりと去って行った。

「やっぱりよく分からない人……」

でも、一理あると思ってしまった事が悔しい。

私を直接負かした子は二人だけ。そのうち一人は、底抜けにやかましいけど真っ直ぐに勝利しか見て無かった。

もう一人は、もちろん……

 

『スタートしました!好スタートをきめ……』

スタンドから聞こえる実況の声が、刹那曖昧になる。

耳に入るのはごうごうと鳴る風を切る音と観客の声。そして、速度を増した自分の拍動。

先行争い。内から行ったのはあの人、キタサンナポレオン。外枠からも一人切り込んできた。

三番手か。普段なら二番手くらいには上がれるはずなのにやはりペースが速い。

このレースは1400m。距離自体は勝利経験があるがこのペースは未経験だ。消耗戦になると後が怖い。

だが抑えてついて行ける程甘くない。何しろ相手は全員格上。特にスタミナともなれば確実に向こうに軍配が上がる。温存とか静観なんてものは、それをする余裕がある時だけの作戦だ。

つまり、全力で走る以外私に選択肢は無い!

一二コーナー中間で私はさらに前に出る。現在二番手、ペースは正確には分からないけど体感でいつもより一秒以上早い。これがシニア級の速度か!

向こう正面、前には依然キタサンナポレオン、ちらりと後ろを見れば並んで三人が……おや、もう一人マークしていた人が居たんだけど姿が見えない。たしか先行が得意な人だったはずなんだけど……

その後ろは少し離れて良く分からない。とにかく現状先行勢は私を含めて五人。

キタサンナポレオンが二、三バ身つけて先頭を行き、私の後ろは一バ身程。終盤に入る前に前との差をもう少し詰めておきたい。この人は最終直線ですぐに差し切れる程楽な相手じゃない。

くそっ、調整が難しい。一手間違えればスタミナ切れで沈没するか差し損ねてしまいそうだ。

まもなく三コーナーに突入する。仕掛けるのは今……

「フハハハッ!行くぞォッッ!!」

その瞬間、私の前を行く背中との距離が開いた。

遅かった!

いや、違う。私にとってのベストタイミングはこの人にとっても同じ!むしろ経験値の差で向こうの方がより正確に読めるんだ!

私も負けじと食らいつく。離されないようにするので必死だ。後ろがどうなっているかも気になるが今はそんな余裕はない!

身体を前傾にする。目線だけは前。深く踏み込んだ脚にありったけのパワーを込めて身体全体を前へと押し出す。

少しだけ前との差が縮まった気がした。

「ハハハッ、良い脚だ!褒めて遣わす!まさに“La plus grande crise réside au moment de la victoire.”ッ!!だが勇敢なる挑戦者を退けてこそ王道に立つ者ッ!」

この人、喋る余力が!?

それどころか更に速度まで上がった。私は何か変なスイッチを押してしまったのだろうか。

スタンドがどんどん近くなってくる。これはまずい!もうそろそろ限界が……!

「ケーイ!」

その時、観客席から聞き慣れた声がした。

「ケイちゃーん!」

「頑張れー!」

アオ、みんな……!

そうだ、応援してくれるみんなの為に、私は!

「負けるかぁぁぁっ!!」

少しだけ湧いてきた力で最後の一押しを試みる。

「フッハハハハハ!良いぞ、良いぞ!素晴らしい!ただ勝つだけではつまらないからなァッ!其方のような勇者に勝ったという箔をつけてこそ英雄譚は完成するッ!もっと来い!」

「はぁぁぁぁああああああああ!!!」

「Le meilleur! merveilleux! Merci beaucoup, je suis contente !」

ああっくそ!追えば追うほど差が開いて行く!

こんなのもう……

滅茶苦茶だぁ……

 

『先頭キタサンナポレオン、圧勝でゴールイン!二着はケイウンヘイロ―、クラシックの若駒が粘り切りました!』

「はぁっ、はぁっ……!」

駄目だった……これがシニア級か……!

息を切らす私の前に拍手をしながら近づいてくる気配がした。

「おめでとう。余が勝つのは当然であるから、実質其方が優勝だ。誇っていいぞ。」

「はぁっ……それはどうも……」

「これで余は三戦三勝。もう中央へと凱旋するには十分だ。だが最後に良い思い出が出来た、其方、名は?」

この人私の名前すら知らなかったのか!

「……ケイウンヘイローです。」

「景雲、そして光環か!縁起のいい名だ!其方の名、再び相まみえる事を楽しみにしているぞ!」

「あの、それってつまり……」

「うああぁぁぁぁぁぁ!!!」

その会話を悲痛な叫び声が遮った。

声のした方を向くと、一人のウマ娘が地面に座り込んで慟哭していた。

彼女は……私に詰め寄って来た、今日がラストランだというウマ娘だ。

「悔しい……!悔しいよぉ……!」

私はちらりと着順掲示板を見たが、そこに彼女のウマ番は載っていなかった。

泣き叫ぶ彼女を見ると、すんなりと自分の引き際を認められたブラック先輩はもしかしたら少数派なのかもしれない。

聞けば彼女もかつては多数の勝利を重ねた人気のあるウマ娘の一人だったという。それがラストランでは着内に入る事すら出来なくなるのか。

……私もいつの日にか、ああなる日が来るんだろうか。

「さあ、我々はインタビューだ。着いてこい、ケイウンヘイロー。」

「いえ……私別に勝ってないので。」

「いや、其方も恐らくインタビューがあると思うぞ。何と言ってもあの着差だ。」

「えっ?」

私がもう一度着順掲示板を見ると、私と三着のウマ娘との差は九バ身と表示されていた。

「大したものだ。クラシック級の身にしてあそこまでやるとは。まあ余の次にだがな!ハハハッ!」

私、レースに夢中で全然気づいてなかった。

九バ身……C級とはいえ、シニア相手でも私戦えたんだ!

これならもしかすると、油断なんて全然できないけど。

“荒尾ダービー”、アオとだって渡り合えるかも!

その瞬間、先週のアオの走りを見せられて暗雲しか立ち込めていなかった私の中に、一筋だけ光が差したのだった。

 

 

 

「ケイちゃん頑張ったねー!」

「うん、一着の人とは四バ身差だったけど、内容はすごく良かったね。」

「わたくし達も負けていられませんわ~」

「アオもケイちゃん要警戒になったんじゃない?……アオ?」

「えっ、うんそうだね。負けられないね!」

いつもの笑顔でそう話した後、ブルーアラオは誰にも聞こえないくらい小さな声で、ぽつりと呟いた。

 

 

 

「……やっぱり、ここでやるしかないよね。」

 

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