結局投稿が四月中になってしまい申し訳ありません。今回もそこそこ長い話になっておりますのでゆっくり読んで下さると幸いです。
そう言えば先日の四月一日をもって「ウマ娘 潮騒のアレグレット」は二周年を迎えました。
一話一話が無駄に長いせいで投稿スパンが長くなることもあって当初の計画は破綻しており、未だ完結には程遠い状況にありますが、読者の皆さんの応援のおかげでどうにか投稿は維持できております。また当初は全六章構成の予定でしたが、完結を優先して五~四章構成に変更する可能性が出て参りました。なんせあと4年分のケイウンヘイローのバ生を描かなければならないので……この調子じゃ完結が5年くらい先になっちゃいそうですしね。
因みに現在の試算では第二章は第18話で終わる予定です。本当に終わらせる気あるんですかね、この作者。
そしてどうでも良い作者の近況報告ですが、先日ウマ娘5thライブ大阪公演に両日参戦して来ました!そしてDay2が本当にすごく凄かったんです。スタンドの通路の最前列の席になったんですが、なんとトロッコが!トロッコが1m足らずの目の前を通る配置だったんです!!なんならゴルシ役の上田瞳さんとオペラオー役の徳井青空さんには手も振って貰えました!
いや、ほんとに大げさと思われるかもしれませんが気まずくなるレベルで近い大当たり席でした……!後日友人に見せてもらった配信にもばっちり映ってましたしね。
ライブ自体もすごく良かったですし、劇場版の主題歌を会場の音響で聴けたのは本当に幸運でした。6thライブもあるなら参戦したいですね。でもチケット代はもう少し下げて頂いても……ね?
まあ作者がキモオタ人生を謳歌している事はどうでも良いので、とりあえず本編をどうぞ!
私のレースが終わった週の金曜日。今日は学校としての荒尾トレセン学園の修了式だ。久々に体育館に全校生徒が集められて体育座りで整列している。
ありがたいのかいまいち分からない理事長のお話が終わると、生徒の表彰が始まった。作文や小論文、弁論大会などの表彰が続く中、良く知る背中が壇上に上がった。
『続いて、NURグランプリの表彰です。一月に行われた恒例のNURグランプリの発表で、今年は数年ぶりに我が校からNURグランプリ受賞ウマ娘が排出される事になりました。……NURグランプリ九州地区優秀ジュニア級ウマ娘、ブルーアラオ!』
「はい!」
堂々と壇上に上がった彼女は、理事長からガラス製のトロフィーを受け取る。そして栗毛の髪をふわりと靡かせてこちらを向くと、ぺこりと一礼した。
体育館全体から大きな拍手が起こる。私も例外ではなく一番の友にしてライバルが受けた栄誉を称えた。
ほんとにすごいな、アオ。荒尾どころか九州地区の優秀ウマ娘だなんて……まああれだけぶっちぎりで走って重賞まで勝って、中央にまで挑んだんだから当たり前か。
少し照れくさそうにする壇上のアオと目が合う。彼女は私の姿を見止めるとにこりと微笑んだ。
そして私もそれに笑顔で返したのだった。
週末。私とアオとミライちゃんは荒尾駅の前に居た。
「カナちゃーん!ニシノちゃーん!急いでー!」
ロータリーを挟んで反対側の道路から二人がダッシュでやって来る。
「申し訳ございませんわ~」
「はぁ……間に合ったぁ~……」
「お、お疲れ……やっぱり寝てた?」
「うん……部屋に入ったら妙に綺麗な姿勢で寝てた……」
「妙ですわ~、わたくし目覚ましは掛けましたのに~」
「止まってたじゃん!絶対無意識のうちに止める癖着いちゃってるって!」
「以後気を付けますわ~」
「そんな事より二人とも!もう電車来ちゃうから切符買って!」
アオちゃんが二人を急かす。今日はみんなで計画していた熊本市に遊びに行く日だ。
それで朝九時に荒尾駅前に集合する手はずだったのだが……十分過ぎてもニシノちゃんが来ず、電話にも出なかったのでカナちゃんが起こしに走って行った訳だ。ウマ娘の速さじゃなければ確実に間に合わなかっただろう。
それにしても電車が一時間に一本なのには辟易する。私が住んでいた目黒は山手線が通っていたから万一逃しても数分間隔で次が来るから深く気にする必要なんて無かったのに、ここでは一本逃した日には遊びの予定が大幅に狂ってしまう。
「ケイちゃんとミライちゃんは?切符買わないの?」
「あ、私これあるから。」
そう言って私は交通系ICカードを見せる。
「おぉ……持ってるんだ。」
「え、そんなに珍しい?」
「この辺じゃバスも電車も滅多に使わないし、中学生じゃ持ってる子ほとんど居ないんじゃないかな。」
「ミライは持ってるよ!四月から電車通学だもん!」
ミライちゃんはそう言って得意げに定期券を掲げた。
「そっか、じゃあ心配ないね。改札入ろ!」
「うん!」
そう言ってミライちゃんが自動改札機に勢いよくタッチする。
『ピンポーン!』
「あれ?」
「ミライちゃん……チャージした……?」
「チャージって?」
気まずい沈黙……
「……急いで急いで!もうほんとに来ちゃう~!」
「間に合ったぁ……!」
「少し遅れてるみたいで良かったね……」
私達はどうにかミライちゃんの定期券に2000円ほどチャージさせてから跨線橋をダッシュで渡ってホームへ移って来た。
息を調えてからふと反対側のホームを見ると、屋根から吊られた荒尾レース場の広告看板にアオが載っているのに気づいた。
「アオ、こんなところにも載ってるんだ。」
「うん。この前広告用の撮影があって。色んなとこに使われるって言われてたけどここもだったなんて……ちょっと恥ずかしいね。」
「あはは、でも良いじゃん。良く撮れてるよ。」
やっぱりすごいな、アオは。私なんてそんな話一度も来たことないや。
そう思っていると、ホームにベルが鳴り響いて遠くから電車が近づいてくるのが見える。
「ちっちゃい……」
ホームに滑り込んできた銀色の電車は二両編成だった。
東京でいつも乗ってた電車は十両以上あったからある意味で新鮮だ。
「ねえアオ、この辺りの電車ってこんな短いの?」
「え?うーん電車の事はあんまり詳しくないんだけど……ここから熊本までって大きな街がほとんど無いし、長い電車使う意味が無いんじゃないかな?」
「空気運んだって仕方ないからね~。」
ドアが開いて車内に入る。横長のシートは予想よりは埋まっていて、一か所だけ丁度五人分空いていた所に私たちは収まる。
やがてガコンという衝撃と共に甲高いモーターの音を立てて電車は動き出す。
車内のアナウンスが次の停車駅は南荒尾だと伝える。
ミライちゃんやみんなと一緒に行った荒尾干潟の最寄り。ブラック先輩とトレーニングしたのもここだったっけ。
簡素な造りのその駅では誰も乗って来ず、また降りても行かなかった。
一駅挟んで次は玉名駅。
ここもブラック先輩と何度も走った小岱山と、ご褒美で連れて行ってもらった温泉があるところ。ある程度大きな駅でまとまった数が載って来て、車内には立ち客も出始める。ここから先が熊本県の私が行ったことが無い部分だ。電車は大きな川を渡る鉄橋を渡り短いトンネルをいくつか超えると、山間を縫うようにして走っていく。さっきまで市街地を走っていた車窓は一変して田畑とまばらな家々ばかりになる。私にとってはなんだか宮城にある母方の実家の辺りを思い出させる風景だった。
『次は、田原坂―、田原坂―……』
「あれ、田原坂ってあの?」
「うん。荒尾の本バ場入場曲の“田原坂行進曲”の由来。西南戦争の激戦地だよ。」
「小学校の授業でも触れましたわね~。」
「でもここ荒尾から結構離れてるし入場曲で使われてても馴染み無いんだよね。もう一つの入場曲の“五木の子守歌”の五木村に至っては八代の方だし……」
「そうかな?私は熊本全体を代表してるって気分になって気持ちが切り替わる気がするけどなぁ。」
「それアオだけだって……」
西南戦争の激戦地だなんて大層な肩書きがあるので一体どんなところだろうかと期待したが、停車したその駅にはあまりにも何もなくて拍子抜けしてしまった。
どこにもあるいたって普通ののどかな山村は、ここがかつて薩軍と新政府軍が激突した、日本最後の内戦における最大の激戦地だったとは到底思えなかった。
まあ良く考えれば150年も昔の事なのだから何かあるって方が不自然か。歴史とは記録に残る物であり形に残る物などほんの一握りだ。
相も変わらず誰も乗り降りする事無く、電車は早々にドアを閉めて発車する。
その後も全く代わり映えしない景色が続く。ここまで何もないと一体この電車はどこへ向かっているのか不安になって来る。私は仮にも政令指定都市へ向かう電車に乗ってるんだよね?
だが途中の駅で少しずつ人を拾っていく事で車内の人はじわじわと増えて行き、今や立っている人の方が多くなっている。
そして近くの大学名が付いた駅を発車してすぐ、車窓からの景色が不意に開けた。電車は地面を離れ街中らしい高架橋に移り、今までの車窓には無かった高い建物がちらほらと見えるようになる。右側に並ぶようになった高架を新幹線が走り抜けていった。
「ケイちゃん、もうすぐだよ。……カナちゃん、ニシノちゃんとミライちゃんを起こしてあげて。」
「二人ともがっつり寝てる……おーい!着くよ~!」
「はぁい……」
「分かりましたわぁ~……」
「……おぉ……おぉ!」
よく整備された駅のコンコース、溢れる人の波。
駅の時刻表には知らない街や大分県の地名、そして鹿児島中央や新大阪といった遠くの街の名前まで。
結構都会だ!私が知ってるタイプの都会だ!
「ケイちゃんどうしたの?」
「いや……なんか久々に都会の空気を感じられた気がして……」
「ケイちゃん的にはこっちの方がなじみ深いのかな?」
「わたくしはせわしなくて落ち着きませんわぁ~」
壁に白い格子状の和風な装飾が施されたコンコースにはカフェやお土産売り場が並ぶ。荒尾のこぢんまりとした駅と比べるとまさに天と地の差だ。
そう思って辺りを見渡していると不意に何かと目が合った。
……見慣れた黒いクマのゆるキャラの置物だ。たしか荒尾でもスタンド入り口のカーペットに居たな。
良く考えたらここはキミの本丸だったね……
「ねーねー、そんなことよりどこ行く!?」
「無難に行くなら駅ビルじゃない?あそこなら何でもあるでしょ。」
「あ、この前出来た桜町のショッピングモールは?」
「あそこでもいいけど、交通費掛かっちゃうのがなぁ……」
「でもあそこカナちゃんが好きな抹茶スイーツの専門店入ってたはずだよ?」
「……行こうか。みんなもそれでいい?」
「私はここらへん何にも分かんないからおまかせで。」
「ミライはあまいもの食べれるならどこでも~!」
「わたくしも異存はありませんわ~。」
「じゃあ行こっか!東口から出るよ!」
流石、みんなちゃんと熊本県民なんだな……
駅から出ると広い広場が広がっている。右手には黒を基調としたガラス張りの高い建物。さっきカナちゃんが言ってた駅ビルかな?駅舎自体も黒一色の大きな瓦のような形で重厚な雰囲気を感じさせる。
「こっからはどうやって行くの?徒歩?バス?」
「ううん、あれを使うよ!」
そう言ってアオが指をさした先には真っ白な屋根の下に周りから一段高くなった床と青々とした芝が。よく見るとその芝には二対の光る物が埋め込まれている。やがて金属の擦れる音と低いモーターの音を唸らせてその乗り物はやって来た。
「あっ、路面電車!」
私は思わず声を上げる。それは緑色のマッチ箱のような小さな電車だった。
「もしかしてケイちゃん乗るの初めて?」
「うん。東京にはほとんど無いから……ほんとに道路の上走ってるんだ。」
「へ~、九州だったらみんな修学旅行で長崎行くし一度は見た事あるんだけどね。」
列に並んで車内に入る。てっきりバスの様に整理券があったりするのかと思ったが料金はどこまで行っても一律らしい。
やがて電車が動き始めると吊革につかまった私たちは進行方向に合わせて左右に揺さぶられる。どうやら乗り心地は特別良い物では無さそうだ。
ところが駅前を出発し進んでいくと、すぐに高いビルの姿は見えなくなり低い建物が目立つようになる。やはり都会らしい場所は駅前だけなのだろうか?そう思いながらしばらく進むと少しずつ歩道を歩く歩行者が増え始めた。
それどころか目的地の電停に近づくにつれその数はどんどん増していく。
そして目的地の辛島町という電停に着いたとき、私は瞠目した。
電停から降りて右を見ればアオ達が言っていたショッピングモールだと思われる段々の構造をした真新しい施設が。左を見れば幅広の商店街がずっと先まで続いている。そしてそれらはたくさんの人々で活気に溢れていた。
「なにこれ、駅前より栄えてる……」
「ふふ、驚いた?熊本の市街地は駅前じゃなくてこっちなの。」
「不思議……普通街は駅中心で出来るはずだよね?荒尾も大牟田も目黒だってそうだったのに……」
「えっとそれはね……もう少しあっちに行ったら分かるかな。」
そう言ってアオは私を手招きする。
ショッピングモールの前に整備された広場の中ほどまで行ってアオが指差した先を見る。
そこからは天守閣がビルの隙間に見えた。
「熊本城だよ。この辺りは江戸時代からの城下町なの。」
「なるほど、むしろこっちが中心だったんだ。」
となると逆に駅の方が後から街の外れに設置されたって事なんだろうな。どういう経緯かは分からないけど。
「おーいお二人さん。社会の授業も良いけど今日はショッピングでしょ~。」
「そうそう!早くいこうよー!」
「今日の主役はミライさんですし、そちらを優先しましょう?」
「あっそうだね!じゃあ行こ、ケイ!」
「うん!」
ショッピングモールのラインナップは流石最近出来たと言うだけあって荒尾の近くの物よりずっと充実していた。
そこで私たちは特に目的は決めずに……服や雑貨を見て周ったり、コスメを試してみたり、難しい味のハーブティーの試飲を貰って皆で首を傾げたり……そうやってみんなで過ごす時間がたまらなくくだらなくて楽しかった。
そんな中で私たちはたまたまあったウマ娘向けの雑貨店に入った。完全に見ため重視の耳飾りもあれば尻尾の手入れ用のオイルや蹄鉄などの実用品も並んでいる。
「ミライちゃん、せっかくだから皆でミライちゃんにプレゼント買いたいなって相談してたんだけど、何が良い?」
「え、いいの!?う~んとね~……むむむ……」
ミライちゃんはしばらく考え込むと、ふと何かを思いついたように目を光らせた。
「じゃあミライ、みんなでおそろいの耳飾りが良いな!」
「おっ、いいじゃん。耳飾りなら普段使いできるし。ミライも考えられるようになったね。」
「えへへ、それもあるけど……みんなとおそろいなら離れ離れになっても一緒に居られる気がして寂しくないかなって。」
「ミライちゃん……」
つくづく、本当に居なくなっちゃうんだよな、ミライちゃん。
「じゃあこのメーカーの耳カバーはどう?派手過ぎなくて実用的だし丁度五色展開だからみんなで色違いにできるよ。」
「いいね。みんな何色が良い?ミライちゃんから決めていいよ。」
「ミライ黄色が良い!」
「分かった!じゃあ次カナちゃんは?」
「え、良いの?じゃあ……緑かな。」
「わたくしはこだわりは無いので余った色で良いですわ~。」
「じゃあ私とケイで決めようか。」
「オッケ~。じゃあ……」
そう言いつつ私は自分が選ぶ色は決めていた。赤だ。
理由はただ一つ。ネイチャさんの耳カバーも赤だったから!
正確には彼女の物のような緑の編み目は無いから完全再現じゃないけど、ネイチャさんから貰った緑のリボンと一緒に付けたら少しだけ彼女に近づけるような気がしたからだ。
「「じゃあ私、赤で!」」
「え?」
アオと声が被った。
「えっアオ、青じゃないの!?」
「ダジャレ……?うん、たまには私も赤が良いなって。」
まさかの選択だ。いや彼女もレースの時に赤いリボンをつけている事はあるから別にイメージに合わないとは言わないが……残っている赤、青、そして白の中だと赤は最も予想外だった。
「でしたら、じゃんけんですわね~。」
まさかこんなところでアオと勝負する羽目になろうとは。だが、今回はちょっと譲りたくない。私には憧れのネイチャさんと一緒にしたいって願望があるんだ!
「いくよ~?じゃんけん……」
「「ぽん!」」
ちょっと悩んで、私は自分の勘に従ってチョキを出した。
……が、わずか0.5秒で私は自分の勘が全くあてにならない事を思い知った。
強固なるグーが私のチョキを阻んだのだった。
「やったぁ、私の勝ち!」
「えぇ……まじかぁ。」
負けた……じゃんけんですら。
「じゃあアオが赤ね。ケイちゃん青と白どっちが良い?」
「えぇ~……?」
はっきり言って皆で色違いにする約束を無視して私も赤を買いたかった。だが流石にそこまで協調性が無いつもりは無い。空気は読まなきゃ。
「じゃあ白で……」
「ではわたくしが青ですわね~。」
みんなそれぞれの色の耳カバーを手に取りレジへ向かう。
しかもこれが“ミライちゃんとみんなでおそろいで買った思い出の品”だという事がちょっとだけ事態をややこしくする。別に自分用に赤の耳カバーを別に買って身に着けたって良いのだろうが、しばらくはこの耳カバーを付けていないと不自然だろう。いや別に私が本当は赤が良かった事はみんな分かっているだろうから優しいみんなは気にしないだろうとは思うが……それでも友情を反故にする薄情者と思われちゃったら嫌だし……しかも耳カバーなんてそう簡単に消耗する物でも無いから当分これが私のトレードマークになる事が決まってしまった。
別に白が嫌いなわけじゃないけど、なんかやっぱりモチベーション下がるって言うかなぁ……むぅ。
その後私たちはカナちゃんの希望で施設内にあった抹茶スイーツのカフェに行った。
ピザなどの食事メニューもあったが、今回はスイーツが目的。そしてここの売りは……
「うわぁ~~!」
目の前の大きな木製の箱を開けると、白い煙がふわっと飛び出して、その中からパフェやティラミスなどのたくさんの抹茶スイーツが姿を現す。
「すっごーい!玉手箱みたい!」
「豪華ですわね~。」
これはあれだ、俗に言う映えるというやつだ。スマホで動画でも撮っておけばよかったなぁ。
「でも量多いね~昼ごはん抜いててよかった……」
「まあいいお値段するしどの道お昼抜かなきゃ食べれなかったけどね。」
宇治抹茶をふんだんに使ったこのスイーツセットは中学生の私たちにとっては高級の部類にあたる。具体的には荒尾から熊本までの往復の交通費に相当するレベルだ。
「はぁ~幸せ……これであと一か月は頑張れる……」
カナちゃんも相当ご満悦の様子。私もパフェを一口掬って口に運ぶと、抹茶のほろ苦さの中にフルーツの酸味とあんこの甘みが合わさって思わず笑みが零れる。
「ごめん、ケイ。ちょっと写真撮ってくれるかな?」
アオが私に話しかけて来た。
「良いよ。ウマスタ用?」
「うん。最近更新できてなかったから。」
「はいじゃあパフェを持ち上げて顔の近くに寄せて~、首ちょっと傾げて……はい。」
「ありがと~。もう上げちゃっていいのかな?」
「いやちょっと時間はずらそうか。もしファンの人来ちゃったら大変だし。」
アオのウマスタのフォロワーはざっと3000人。滅茶苦茶多いわけじゃないが地方ウマ娘としてはまあ結構多い方だろう。私の500人ちょいのフォロワー数が霞んで見える。
「この後はどうする?」
「シューズとか見に行っても良いけど……特に無いならせっかくだし熊本城行かない?」
「良いんじゃない?ケイちゃん結構好きでしょ。」
「確かにちょっと興味はあるかも。」
そんな事を話してる時だった。
「あの……もしかしてブルーアラオちゃんですか?」
「はい、そうですよ。」
「きゃあ~!本物だぁ!かっわいい~!」
高校生くらいの女子二人がアオを見付けて話しかけて来た。
「もしかして、お二人は……」
「はい!私達ブルーアラオちゃんの大ファンなんです!!」
「こんなとこで会えるなんて感動~!」
「ほんとですか?えへへ、ありがとうございます♪」
「えっ!ちょ、ちょっと握手とかしてもらっても良いですか!?」
「はい!お二人が良ければサインもいかがですか?」
「えぇ~!!ファンサ神!ありがとうございます~!!」
二人は大興奮の様子でアオの対応に喜んでいる。
「あはは、すごいね……」
「流石アオさんですわね~。」
アオや私達にとっては年上のファンなのに咄嗟に全く臆することなくむしろ喜ばせられる対応が出来るのは紛れもない彼女の才能だ。アスリートとしてだけではなく、アイドルとしても彼女は完璧なのだ。
ほんと、私とは大違い……
ズキッ
「……?」
あれ、なんだろう。
この胸のもやもやは……
その後、歩いて行ける範囲にあった熊本城に向かった。
正面から入る道は枡形や狭間などの防衛設備がこれでもかと備えられ、その上入り組んでいて別に攻め入るわけでもなく観光に来ただけなのに結構苦労した。流石難攻不落と言われただけはある。
天守閣の中は城の歴史を伝える展示がたくさん置いてあって、加藤清正によって築城され西南戦争で焼け落ちるまでの歴史と熊本城がいかに優れた城郭なのかを学ぶことが出来た。
そして最上階からは辺りを一望する事が出来て、遠くまで続く熊本市の景色と、遥かにこれまた足を踏み入れた事のない阿蘇の山々が連なるのが見えた。
そしてここでもアオはファンの人に会ったらしくその対応をしていて、城を出た後下通アーケードという広くて長い商店街を歩いていたらなんと芸能事務所のスカウトマンにまで捕まってやんわりと断るのに難儀していた。
……その間に、私が声を掛けられる事は一度も無かった。
ズキッ
ああ、何となく分かった。
この胸のもやもやは、痛みはきっと。
……嫉妬だ。
荒尾へと帰る電車の中、私以外のみんんは疲れてしまったのか寝てしまった。アオも私の隣ですうすうと寝息を立てて天使のような寝顔を見せている。
「……私だって、頑張ってるのに。」
なんでアオだけ、こんなにちやほやされて、特別扱いされるんだろ。
いや、分かってる。彼女の生まれ持った素質ゆえだ。その事はこの一年間で嫌というほど思い知らされた。
今までのアオは雲の上の存在だった。……今までは。
でも、もうそろそろ私も輝いて良いんじゃないだろうか。
アオに負けないくらい、私も努力して来たつもりだ。アオが休養してる間だって私はレースに出ていたし、タイムだってかつてほど絶望的な差は無くなって来た。今の私とアオの実力は数値の上だけで見るならば実は互角に近づいてきているのだ。
それこそ、レースの展開自体では勝てるかもしれないくらいには……
アオの前走での走りは確かに圧巻だった。だが結果から見れば圧倒的な着差は無かったのも事実。休養前の強さを鑑みればもっと楽勝していてもおかしくなかった。
それに対して私は対シニア戦で負けこそしたものの後続に九バ身つけて1400mを1分31秒1で走り切った。ファンの声では成長量なら私の方が上という意見もちらほら聞こえてくる。
今の充実度なら、私はアオに勝てるかもしれない所まで来ているのだ。
……なら、試してみたい。
荒尾ダービーでぶつかることはほぼ確実だけど、やっぱりその前に一度直接対決がしたい。
私もようやくアオに並べるところまで来たんだって、アオに、そしてファンの人たちに証明したい!
アオの前走を見た時はまだ勝てる見込みは無かった。だけど、あのシニア級戦を経たことで少しずつ自信が湧いてきた。
そして、今日改めてアオばかりが注目される今を目の当たりにして、私だってここに居るんだって見せつけたくなった!
私の隣の天使に、私は対抗心を燃やす。
天上の君に鉾を突き付けるのは――私だ。
「これまた急だな。ブルーアラオの次走を調べてくれ、か。」
「はい!」
「一応マークはしてある。四月九日、『スイートピー賞』。オープン戦、1500mだ。……出たいのか?」
「はい、もちろんです!」
「珍しく無茶を言うな……出走登録締め切りまでギリギリだぞ。それに荒尾ダービーまで直行ローテでのトレーニングメニューを既に組んでいるんだが。」
「そこをなんとか……!」
「……分かった。何とかしよう。」
「……!ありがとうございます!」
「それでどういう風の吹き回しだ。やはり、ブルーアラオか?」
「はい。……勝ちたいんです、彼女に。」
「フゥン、ライバルというやつかい?」
テーブルの端でパソコンを弄っていたホープさんが不意に会話に参加して来た。
「ブルーアラオ。通算戦績は5ー0ー0ー3、得意脚質は逃げ。一着以外は全て着外に沈み、荒尾では全勝……だいぶピーキーなウマ娘だねェ。」
「……お前、何するつもりだ。」
「まだ何もしてないじゃないか。そんなに私が不安かい?」
「お前は何をしでかすか分かったもんじゃないだろ。」
「ククク……昔の事なのだからさっさと忘れればいい物を。」
「あ、あのぅ……」
「ああ、今はブルーアラオ君の事だねェ。私見だがデータの上だけなら安定感はキミの方が圧倒的だ。ブルーアラオ君が負けるときは着外での惨敗なのに対してキミはデビュー戦の三着を除けば全て連対している。それこそブルーアラオ君が居ない例年通りなら間違いなく君は世代代表だっただろうねェ。今でも連対記録なら世代トップなのではないかい?」
「それはそうかもしれませんが……何回も走ったから分かります。アオは強い。だから勝つ為に万全を期したいんです。」
「そうかい。キミが言うならそうなんだろう。なら私がブルーアラオ君に勝つためのプランを……」
「駄目だ。お前は関わるな。……ケイ、俺がお前を勝たせてやる。」
「トレーナーさん……」
「おや、良いのかい?キミで。キミのやり方では今まで勝てていないではないか。」
「今までは確かにそうだった。だがケイも以前よりずっと成長した。俺は今のケイなら通用すると考えている。」
「そうかな?今のケイ君は確かに強いかもしれない。だが私から言わせてもらえば君の指導方針は『レースで好走できる』やり方であって『特定のウマ娘に対して勝つ』やり方じゃない。ケイ君がただの一度たりともブルーアラオ君に勝ったことが無いというのには明確な理由があると考えたことは無いのかい?」
「レースには他のウマ娘だって出走する。たった一人に照準を合わせて走ればマークしていないウマ娘に足元をすくわれる可能性だってあるだろ。」
「そこがそもそも間違いさ。その可能性を一々考慮していたらパフォーマンスを十分に発揮できない。いいかい?レースは駆け引きだ。マークする相手は一点、良くても数点に絞らなければ誰にも勝てないよ。」
「ちょ、ちょっと……」
二人とも一歩も譲る気配が無さそうだ。私の為に考えてくれているのはありがたいのだが……
「あ、あの!……お二人の言ってる事、どっちも分かります。だけど今回は……トレーナーさん、お願いします。」
「ああ、賢明な判断だ。」
「……そうかい、良いよ。私はキミの選択には口を出さない約束だからねェ。キミが決めたならもう何も言わない。だがまぁ……個人的なデータ収集は続けさせてもらおう。」
「よし、ではレースまでもうそんなに余裕はないが、やれるな、ケイ。」
「はい!」
こうして、急遽変更されたローテに向けて、私はトレーニングを始めたのだった。
トレーニング内容は今までとそう大差ない。だが、筋力トレーニングの負荷が上がったり、スパートのタイミングなどの細かい調整が入る。ああは言っていても、流石にトレーナーさんもアオの事を念頭に入れた指示を出してくれた。
今回も基本戦術は今までと変わらない。だが、今までの教訓を生かして私たちはある作戦を練りだした。
それが……スリップストリーム作戦。
今までのアオとのレースでの敗因は、スパートをかけた逃げるアオを私が捕らえられなかった事だ。だからそれを解決すべく編み出したのがアオ自身の“気流”を利用する手。
結構有名な話ではあるが、高速で移動するモノの後ろには空気の抵抗が弱い領域が出来る。この領域をスリップストリームと言い、カーレースの世界などでは先行する車のこの領域に飛び込んでパワーの消耗を抑えて走る戦術が用いられる事が多々ある。
そしてウマ娘にもこれは存在すると言われており、カーレースの世界と比べるとその恩恵は少ないがライバルをぴったりマークして追い抜く際に用いられる事がある。つまりその戦術を私達も使おうという事だ。
現状の私とアオの実力をほぼ互角とすれば、前方で空気抵抗を思いっきり食らうアオに対してアオのスリップストリームに入った私の方がスタミナの損失を抑えて走ることが出来る。後は残したスタミナを使ってスパートで追い抜くだけ……という算段だ。
もちろん他のパターンもいくつか考えたが、この作戦こそが今回の本命となる。
それに万が一負けたとしても……この作戦なら大きな差はつかずに済んで、他のメンバーの実力を加味しても二着には入れるはず。好走できるだけで十分ファンの人たちへのパフォーマンスには繋がる。この作戦は基本私にメリットしかないのだ。
故に私は、アオがどんなペースで走ろうともスリップストリームの中に居続けられる……一定の距離を保って走り続ける事を想定したトレーニングを続けた。
先輩が引退した事もあって実践できる相手が居ないのだけが悔しかったが、そこは私のイメージで補完した。それらのトレーニングを重ね続ける事で私はアオとの直接対決に備えたのだった。
そんな中、季節は月をまたいで四月が始まる。
今年も遅咲きかと思われた桜は結局持ち直した天候で例年通りの時期に開花し、卒業式には遅すぎ、入学式には早すぎるタイミングで満開を迎えた。学園内に植えられた桜がちらほらと花びらを散らす中、私といつものみんなは正門前に集まっていた。
「じゃあミライちゃん、元気でね。」
「新しい学校生活、楽しんでくださいませ~。」
「うん!みんなも元気でね!」
私達の前には小さな体にいっぱい荷物を抱えたミライちゃんが立っている。
四月一日……今日がミライちゃんの退寮日だった。
最後までミライちゃんらしいというか、春休みで時間はあったのに荷物をあんまり持って行ってなかった為に一度に全部運ぶ羽目になった彼女はまるで終業式の日の小学生を彷彿とさせる出で立ちだった。
正門前まで乗り付けた彼女の家の車の隣にはお父さんらしき人といつぞや会った彼女のお母さんの姿がある。
「みんな、ミライが本当にお世話になったね。学校は違う事になるけど、良かったらこれからも仲良くしてくれるかな。」
「もちろんです!ミライちゃん、また遊ぼうね。」
「新しい学校で困ったことがあったらいつでも相談してくださいませ~。」
「えへへ、ありがとっ!でも大丈夫だよ!もうミライ子どもじゃないからどこでもやっていけるもん!」
「そうだね……うん、そうだ。」
彼女は車に乗り込む。……荷物を上手く入れるのに少し難儀していたようだったが。そして車は動き出し、その窓から顔を出したミライちゃんが手を振りながら叫ぶ。
「みんな~!またね~!!」
そうして彼女を乗せた車は国道を左に曲がって走り去っていった。
「……行っちゃったね。」
「なんだかろうそくの火が消えたみたい。」
「でも、今生の別れではありませんし、会おうと思えばいつでも会える距離ですから~。」
「そう言えばカナちゃん、意外にあっさりしてたね。ぶっちゃけ私もっと涙流して悲しむのかなって。」
「え~?私を何だと思ってるの。もう去年の私とは違うんだよ?いつかこの日が来るってのは分かってたし、別に全然……」
その声が、次第に涙声に変わって来たのに私は気が付いた。
「べつに……ぜんぜん……っ。」
「ふふ、嘘が下手ですわね~。もっと正直になられては~?」
「ひっぐ……ミライ、私が居ない学校生活なんて初めてだしっ……友達作れるかなぁ。勉強ちゃんとやれるかなぁ……?」
「どっちかというとミライちゃんが居ないカナちゃんの学校生活の方を心配したほうが良さそうだね……」
「うん……」
そして辺りを見渡せば家族連れの姿がちらほらと見える。どの家族にも私たちくらいのウマ娘の姿が。そう、今日は入学式前最後の週末。新たに入寮する新入生の家族が荷物の搬入に来ているのだ。
私達にとっては別れの日だが、あのウマ娘達にとってはこれから始まる新たな人生にあるいは胸を躍らせ、またあるいは小さな不安を抱えながらトレセンの門を潜る日なのだ。
友に別れを告げ、まだ見ぬ後輩たちを迎える。新しい一年が、始まろうとしていた。
「やあ菅原クン、ここにいたのかい。」
休日のチームの部屋に菅原の姿があり、そこにホープが加わる。
「ああ。休日に作業するなら一々トレーナー室の鍵を借りるよりこっちの方が都合が良い。……お前は?」
「概ねキミと同じさ。もっとも、私は個人的に集めた情報整理だがね。興味があるかい?」
「どうでもいい。」
「なんだい。君にとっても、ケイ君にとっても有益だと思うんだがねェ。では一つ、独り言を言うとしよう。ブルーアラオ君だが……私の見立てだとあれは相当な食わせ物だよ。」
「どういうことだ。」
「いやぁ何、そのままの意味さ。あんなに可憐でいかにも清楚という雰囲気をいつも漂わせてはいるが、裏でえげつないことを考えていそうだとは思わないかい?という事さ。」
「まるで意味が分からん。何の根拠があってだ。」
「彼女の最近のトレーニングの様子、そして図書館からの貸し出し履歴を掴んだのさ。あくまでも推測に過ぎないが、相当手の込んだ何かを仕掛けてきそうだよ。」
「トレーニングはともかく、図書館に何の関係があるんだ。」
「いやあ何、最近の貸し出し履歴がねェ。……心理学と、流体力学の本だったのさ。それも高等部かそれ以上向けのね。」
「彼女は勤勉だと聞く。多少高度な本に手を出したとしても何の違和感もないだろ。大体百歩譲って心理学はレースに関係があっても流体力学なんて飛行機とか造船の分野だろ。レースとの接点がまるで見つからないぞ。」
「私は全く関係が無いとは思わないがねェ。だがまあ、確かに明確な根拠がないと言えばその通りだ。ただ……胸騒ぎがするだけさ。ウマ娘の勘と言う奴だよ。」
「またお前はそういう事を……」
「別に信じるも信じないもキミとケイウンヘイロー君の自由さ。因みに私はこれを彼女に伝えるつもりは無いよ。だがキミには伝えた。後はキミが好きにしたまえ。」
「おい、そんなことを言われたって……」
その刹那、既にホープの姿はどこにもなかった。
「ちっ……あいつ、もうどこか行きやがった。」
菅原は少しだけ手を止めて考える仕草をしたが、結局また作業に戻った。
そしてこれがケイウンヘイローに伝えられる事は、遂に無かったのだった。
間に入学式などの行事を挟んで迎えた四月九日。
既にパドック入りを済ませた私は現在の人気順を確認する。
一番人気は当然アオ。今日も今日とて指定席だ。その後に続くのが私。そして三番人気以下はかなり離れている。実質このレースはアオと私のマッチレースの様相を呈していると言っても過言じゃない。
「いやーやっぱりブルーアラオだろ!復帰二戦目で前走も勝ってるし!」
「だが前走のメンバーはお世辞にも一線級とは言えなかったぞ。ナンバー2のケイウンヘイローが出てきた今回でようやく復帰後のブルーアラオを評価できるってもんだろ。」
「だがまあケイウンヘイローも二着以内は固いだろうな。今11戦連続連対中だろ?『ファイナルガール』から一皮むけた感じだし今回こそあるんじゃないか?下剋上。」
アオが優勢とはいえお客さんからの評価も好感触。期待だってたくさん背負ってる。好走できれば、なんて考えてた部分もあったけどやっぱり今日は絶対負けられないな。
アオはどう思っているのだろう。流石に私の事を警戒してきているだろうか。
そう思って彼女の方を見るが、いつも通り余裕で観客の声援に手を振って応えている所だった。
……眼中にないって事?
良いよ、アオがそう思うなら。でも、その絶対王朝はあと十分足らずで私が終わらせてみせる。
それでようやく私は、アオと対等になれる。真の意味でライバルになれる……そんな気がするんだ。
私は田原坂行進曲が流れる中パドックを離れバ道を進む。前日から降り続いた雨のせいでバ場は重の発表だが走りに大きな支障はない。
自分の甘さを思い知らされた一戦目、格の違いを見せつけられた二戦目、努力さえも打ち砕かれた三戦目、そして叶わなかった一戦を挟んで、今日が四戦目。実は直接対決自体はこれだけしか経験してないのだ。しかしその数少ない戦いを通じて、その全てで常に彼女は私を凌駕して来た。今日だってもしかしたら……
ううん、ネガティブなイメージは捨てよう。今は勝つイメージだけを持つんだ。
視界が開く。歓声の中私はなおも歩みを進める。やがて、スタート地点に辿り着く。
「ケイウンヘイロー!がんばれよー!」
1500mのスタート地点は結構離れているのにここまで私を応援する声が聞こえてくる。ここまで応援してもらえるとなおさら燃えるという物だ。それに、観客席の最前列には初々しいぶかぶかの制服を着たウマ娘達の姿も見える。先日入学して来た一年生たちだろう。あの中にはきっと私のチームメイトになる子だって居るはずだ。なおのこといい所の一つでも見せないとね。
ファンファーレが鳴り響く。鼓動がどんどん高鳴る。
そして、ゲートは開かれた。
ガシャン!
外枠の九番から緩やかに内ラチ沿いへと切り込んでいく。ゲートの出も上手くいった。先行争いには巻き込まれず前目に付けられる。
左からの風の音で途切れ途切れの歓声と実況を聴きながらスタンド正面を走っていく。予定通り、前に見えるのはアオの背中のみ。どうやらシミュレーションのままレースを進めて大丈夫そうだ。
第一コーナーはまだだけど、思い切ってアオのスリップストリームに飛び込もう。
私は地面を強く踏み切る。そして、アオの背後すれすれに……
「ッ!」
いや、アオが加速した。詰めようとしたアオとの距離は変わらない。
そういえばいつだったかのレースでも同じように私がアオとの距離を詰めようとしたらアオは速度を上げてそうはさせじと対抗してたっけ。
後ろにつかれるのが苦手?いや……もしやこちらの作戦を読まれて……?
いや、もうこれはアオがこちらの動きを読んでいると考えた方が良いだろう。アオならば、それくらい予測できる。
その上で……私は。
「はぁっ!」
さらに詰める。
予測されたからといってその手が使えなくなった訳じゃない。逆にアオがこちらを恐れていることが分かって好都合。結局スリップストリームに入ってしまえばこっちのものだ!
アオの背中がまた少し近づく。それに比例してアオもまた速度を上げる。また差が開く……それを幾度か繰り返した。
くそっ、絶妙に届かない!もっと速度を上げれば無理やり行けなくは無いけどここでスタミナを無駄に使っては本末転倒!悔しいけど、作戦は無理か……!
それにしてもアオも不思議だ。こう言ってはなんだが、アオならもうちょっと派手に逃げるのではとも思っていた。なのに、この微妙な位置関係……スリップストリームに入れそうで入れない間隔。セーフティーリードとは到底言い難く、相手次第じゃ一気に詰められたっておかしくない。一体何が狙いなの……?
「あ~なんかじれったいレースだな!」
「ケイウンヘイロー、行くなら行けよ!ブルーアラオも逃げるならもっと派手に逃げろよ!」
「いや……でもこれ、競り合いのじれったさの割には意外とペース早くねえか……?クラシック級の1500の平均タイムから一秒近く早いぞ。」
思い思いの事を口にする観客に中に、菅原とホープの姿もあった。
「結局伝えなかったんだね、菅原クン。」
「ああ、どうにも咀嚼できる内容じゃなかった。何が言いたかったんだ。そしてブルーアラオが何をすると?」
「それは私にも分からない。ただ、恐らくここから何か起こるよ。……最終コーナーだ。」
四コーナー、ギアを上げてそろそろアオを追い抜きたいけど依然私は二番手。結局小手先の細工じゃアオには通用しないってことか!
ならば仕方ない、一か八か真っ向勝負だ!
最終直線を向いて私はラストスパートの準備に入る。
身体を思いっきり前傾にして、渾身の力をトモに込める。大地を踏み切っ……て……?
そんな時、私は私の真横に迫る影を見た。
誰かが私に並びかけてきた。
「……へ?」
並びかけられた……?
なんで、私ずっとアオに食らいついてたから前目に居るはずじゃ。
ともかく、振り切らないと。
そう思って私は脚を前へ踏み出す。
そして、その脚が思ったよりもずっと重くなっている事に、その時初めて気づいたのだった。
『さあっスタンド正面向いて最後の競り合い!先頭は依然ブルーアラオでリードは二バ身半程!その後ろはケイウンヘイローと、なんと七番人気ナガノコバンが突っ込んできた!ケイウンヘイローは伸びない!ケイウンヘイロー伸びないぞ!』
「嘘だろッ!?」
「おい頑張れよケイウンヘイロー!」
観客の歓声の中にどよめきも混じる中、ホープが合点が行ったように叫んだ。
「そうか!“後方乱流”だ!」
「なんだそれは?」
「移動する物体が空気とぶつかる時には後方に気流が生まれる。そしてその物体が飛行機の翼の様に整った形状ならまだしも、人体という複雑な形状ならば……生まれたその気流は渦を伴う乱れた物となる!大きな粘性と摩擦力を持ったその気流は後ろにある物体に作用し……その速度を奪い、知らず知らずのうちにスタミナを消費させる!」
「バカな、それはつまり……」
「ああ、
「はぁっ……はぁっ……!」
脚が思うように前に行かない、呼吸が苦しい!
駄目だ、差し返せない……!
アオの背中が離れていく。ようやく捉えられそうだったその背中が、どんどん遠く。
後ろを気にするべきだった?ペースを読み間違えた?コンディションをもっと万全にすべきだった?
いや……違う。
“ブルーアラオというウマ娘を、私は理解できていなかった”。
そうか、これこそが特別。
これが、世代最強か……
『ブルーアラオ、逃げ切ってゴール!追って七番ナガノコバンが二着で入線!二番人気のケイウンヘイローはデビュー以来となる三着!その後は離れました!』
「うぉぉぉおお!やっぱブルーアラオすげぇ!」
「これなら文句無しだろ!」
「荒尾ダービーも楽しみだな~」
「おい、ケイウンヘイロー……」
「連対記録は11でストップか~」
「別に悪くは無かったけど、何かなぁ。所詮二番手は二番手って言うか……」
歓声と落胆の声が混じる中、菅原とホープが並んで立ちすくんでいた。
「完敗だねェ……」
「……お前、こうなる事を知ってたのか。」
「いいや、私もこれほどとは思っていなかった。そもそも、後方乱流に相手を巻き込ませて消耗させるなんて発想、常人ならまず思いつかないよ。そして仮に思いついたところで狙って出来るものでもない。時速60キロメートルで走る人体から発される後方乱流がどの地点で抵抗が最大になるのかなんてスパコンでも使わなければ解析できっこないし、スリップストリームに潜り込ませる事無くその相手との間隔を常に一定に保ち、それでいて自分のスタミナは残すなんて、非常識の域だ。」
「だがそれを。」
「そう、あの子はやってのけた。流石に原理を完全に理解しているわけじゃないんだろう。いくら専門書を読んだって付け焼刃でどうにかなる問題じゃない。だが、難解な原理を自分なりに解釈して実践し、そして成功させた。彼女的にもこのレースは勝つ必要があったんだろうねェ。一月後に控えた荒尾ダービーを前に、自分の完全復活をアピールする為に。そして自身が勝利し、ライバルが三着に沈むという結果をもって最高の自己プロデュースとした……」
「クソッ、ウマ娘ってやつは本当に……」
「“非常識”だろう?キミも分かって来たじゃないか。」
「……ともかく、あいつが戻ってきたらミーティングだ。今回を踏まえて対策を練り直さなければ。」
「それは結構だが、大丈夫かい?」
「どういう事だ。」
「いやぁ、今回あの子は本気で勝つ気で挑んでいた。その結果が返り討ち、あろうことか三着敗退だ。……あの子、立ち直れるのかい?」
私は呆然と立ち尽くしていた。
道中の絶妙な感覚、ややハイペース気味な展開、そして最終直線での急激な脚の鈍り。
あれはアオが仕組んだ事だ。それだけは不思議と分かった。
だが、何をされたのかが分からない。アオが一体何をしたのか、私には何も。
だが少なくともそれをアオは理解していて、私は理解できていない。その時点で、私はアオに負けている。
いや、今考えたら何もかも最初からアオに仕組まれていたのではないかとすら思ってしまう。アオの知名度が比較的高い熊本市に遊びに行く事でファンと交流する姿を見せて私に敵愾心を持たせ、レースに誘い込んだんじゃ?彼女自身が得意とする戦場に。いや、もしかして前走で圧勝しなかったのも私に“勝てそう”と思わせる為?だとしたらその前の出走回避も?
そもそもアオを疑う事は正しいの?親友が私を策にはめたと考える私は薄情なの?彼女の微笑みの裏には何が隠されているの?それともそんなもの最初から存在しないの?
分からない、分からない、分からない、分からない。何も分からない!
……ああ、もう。
つかれた。