ウマ娘 潮騒のアレグレット   作:秋月@小説

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第二章第九話です!
今回で第二章は折り返しの予定です。そして今回一万字弱と(本作にしては)短めとなっておりますが、これには理由がありまして……本当はもう一個山場を設けていたのですが、そちらを入れると文字数が優に二万字を超えるえげつない長さとなってしまったのです。
こうなると読者の皆様に読んでいて拷問を強いるような事態となってしまう上、まだ詳しくは言えませんがカットした部分の内容が恐らく過去一で読むのが辛い、何なら書いてても辛いものとなっている(何故そうした?)ので、一旦保留にして単独の話として二話先に充てる事にしました。
という訳で次の話は読んでいて楽しい、さらに言えばずっと書きたかった内容になるはずなのでご安心ください。



ここからは余談です。
昨日、本作の主人公のモデルとさせていただいている実馬ケイウンヘイロー号が21歳の誕生日を迎えられたとのことです!
まだまだ元気で宮城県の方で乗馬として繋養されているとのことで、是非これからもお爺ちゃんと同じように長生きして貰えたらなと思っております。

……はい、そんな大事な日に何であまつさえ主人公として起用させて頂いている本作が何の動きも無かったのかと言いますと、完全に忘れていたからです。
はい、申し訳ございません。そろそろ誕生日だなーとは思っていたのですが、日付を忘れておりました。本来誕生日に投稿しようと思っていたのがこの話だったので、書きかけの部分をマッハで埋めて急遽投稿に至った訳です。

更に余談ですが、実は中の人とケイウンヘイロー号は同い年だったりします。彼の方が生まれは早いですけどね。
私が涎を垂らした物心つかぬ幼児だった頃、彼はもうレースを走っていたのだと思うと人間と馬の生涯の歩む速さの違いを実感します。
同時に、あまり考えたくはないですが彼の方がその生涯を終えるのもずっと早くなるのだろうと思わずにはいられません。
彼はまだ21歳ですが、サラブレッドの平均寿命を考えるともしかしたらその日は決して遠い未来の話では無いのかもしれないとたまに怖くなります。
今の私の目標は、その日が訪れる前にこの物語を全て書き切る事、そして彼に会いに行く事です。荒尾競馬場という今は無き競馬場。そこを愛した人たち、そして駆け抜けた数多もの馬たちの事を教えてくれた彼に、感謝を伝えたいのです。
一日過ぎてはしまいましたが、彼の誕生日に寄せて、気持ちを引き締め直して執筆に臨む所存です。

長くなってすみません、本編をどうぞ!


私たちは・・・

 

 ──負けた。

 

 私にとって今までで一番大きなレース、「荒尾ダービー」の結果は余りにも呆気ない物だった。

 普段のパフォーマンスを一切発揮する事が出来ず、最後は見せ場も無くスタミナ切れで沈没。恐らくは九着。言うまでも無くデビュー以来の最低着順だ。

 私は喧騒に背を向けて検量室の方へ急ぐ。一刻も早くこの場を離れたいという気持ちと……同時に思ったより悔しくは感じていない自分も居た。

 

 やっぱり、こうなるような気はしていた。勝てるわけないって……そしてその通りになった。

 私はゼッケンを返してレース後の検量を終え……そういえば今日はライブに出る必要が無いのかと気づいて、控室に戻らず、それでいて校舎に戻る気も起きず……当ても無くレース場の外を歩く事にした。

 このまま残っていてもトレーナーさん達に捕まる。少なくとも今日は話したくない気分だった。

 

 私はとりあえず南に行って、ハンバーガー屋のある交差点を左に曲がってひたすら歩く。この道はいつだったかみんなと行った遊園地の方へと行くルートだったはずだ。

 いかにも住宅街といった町並みにはちらほらとファミレスやドラッグストアが並ぶ。どれも東京では見慣れないチェーン店だ。やがて左手に遊園地のアトラクションが見えるようになり、丁度ジェットコースターが坂を一気に駆け下りて乗客たちが絶叫するのが見えた。

 ああ、東京に居た頃は私も色々行ったっけ。入学前の最後の春休みも友達と稲城市の遊園地に行ったなぁ。電車を乗り継いで……楽しかったな。

 

 丁度そのタイミングで、前の方から中学生と思われる女の子の三人組が歩いて来た。

 

「え~それもう確定っしょ! 絶対○○君××ちゃんの事好きやん!」

「で、でも……私なんかじゃ釣り合わないよぉ」

「もっと自信持ちなって! ××は可愛いっちゃけん!」

「うちらもフォローするけん思い切って逆告しちゃえばいいやん」

「えぇ~!? でもぉ……」

 

 すれ違いざまに聞こえてきた会話はまさに中学生といった、聞いているこっちが面映ゆくなる内容だった。

 微笑ましい、なんて一瞬思ったが、良く考えたらあの子達と私は確実に同世代だという事に気付いた。

 

 あの子達は中学生らしい甘酸っぱいコイバナに花を咲かせているのに、私はレースで無様な敗北を晒して一人でレース場を飛び出してきた。同じ世代でこの差は何? 

 私、こんなことになる為にレースの世界に飛び込んだんだっけ? 競走ウマ娘の道を選ばなければ、私にもあんな道があったんじゃないの? 

 

「……私、何やってんだろ」

 

 歩道の真ん中で立ち尽くした私は誰に言うでもなくそう呟いた。

 立ち尽くす私を不思議そうな顔で眺めながら通行人が過ぎていく。中途半端に傾いた太陽は空の色をオレンジか青か染めあぐねているようで、その光景の中にポケットの中で鳴る籠ったスマホの音がノイズの様に響いていた。

 

 

                      ◇◇◇

 

 

「おい、ケイは見つかったか?」

「いや……居ないねェ」

「こっちも居ませんでした~」

 

 レース場では居なくなったケイウンヘイローを捜して菅原達が右往左往していた。

 

「クソッ……新聞社からレース後のコメントも求められてたってのに勝手に居なくなりやがって。その上電話にも出ない」

「まああの負けっぷりじゃ言い訳を考える方が大変だったとは思うがねェ。仕方ないさ、今日はお引き取り願おう」

「あぁ……ブルーも付き合わせて済まなかったな。帰って良いぞ」

「はーい。わたしはアオお姉ちゃんのライブ見てから帰りまーす」

「……ああ、今日は五着まではライブ参加だったな」

 

 ブルークマモトはぺこりとお辞儀をするとスタンドの最前列の方へ駆けて行った。

 

「なぁ菅原クン、あの子がライブに出ないのも初めてじゃないかい?」

「そうだな。あいつは今まで一度も三着以内を外したことは無かった」

「だからだよ。今までは絶対にライブに出る為にレース場内には残っていた。だからメディア対応も問題無かったが今回はこの着順だからねェ。何もないと思ってどこかに行ってしまったと見るのが正しそうだ」

「……なあ、ホープ」

 

 不意に菅原がホープの名を呼んだ。

 

「おや、キミが私のその名を呼ぶのは珍しいねェ。なんだい?」

「俺は……間違っているのだろうか?」

 

 目を伏せてそう口に出した菅原の姿は、普段より少し小さく見えた。

 

「……なんだい、君にしては随分と弱気じゃないか。どういう風の吹き回しだい?」

「以前あいつに言われた。俺に何が分かるんだってな。……それから考えたんだ。俺はあいつの本質を理解出来て無いんじゃないか、もっとあいつの事を理解出来ていたらこんな結果じゃなく、もっと他の可能性へ導けたんじゃないかってな」

 

 ホープはそれを聞いて、小さくため息をついた。

 

「ようやく気付いたかい。……キミ、ケイウンヘイロー君個人に微塵も興味を持った事無いだろう? 彼女がどんな食べ物が好きで、どんなウマ娘と友好関係があって、趣味の読書ではどんな本を読むのか、キミは知ってるかい?」

「いや……そもそも読書が趣味というのを初めて知った」

「そのレベルか……“トレーナーとウマ娘の信頼関係は重要、トレーニング以外で起こった出来事がコンディションの変化にもつながる。その為些細な変化にも気づけるようにウマ娘が自身の事を気兼ねなく伝えられる関係を築く必要がある”……トレーナー育成過程でも学ぶ基礎だ。何で君はそれを忘れてしまったんだい?」

「……」

「かつての君なら……私を担当していた頃や、“あの子”が居た頃には出来ていたじゃないか」

「あれは……!」

 菅原が顔を上げる。

 

「あれは……俺の罪だ。あんな事態を二度と起こさないように、俺は……」

「それが結果的に今のケイウンヘイロー君のように、頼れる大人を失わせ自分一人で思い悩ませるような事態になってもかい?」

「……」

「キミは極端すぎるんだよ。百歩譲ってキミの言うように“あの子”の事件が担当との関係を深め過ぎたが故の事だったとしても、担当との関わりを一切絶てば良い訳がない。……以前、ケイウンヘイロー君が自己判断で干潟で朝練していた時期があったそうじゃないか。そしてキミはその事をレースの日まで知りもしなかった。……何も無かったから良いものの、もし仮にあの子が自分で無理な練習を重ねて身体を壊して、夢を諦めなければならないような事態になっていたとしたら、キミは何て説明するつもりだったんだい? 『何も知りませんでした』で済むとでも思っていたのかい?」

「それは……」

 

「なあ、キミはいつまで五年前に居るつもりだい? いい加減、前を向きたまえよ」

 

 それに菅原は答える事は無かった。

 

「いっそのことケイウンヘイロー君に打ち明けてみたらどうだい? キミの今までの事、全て」

「何を言ってる、これは俺個人の問題だ。全部抱えて生きていく、それだけだ」

 

 そう言い残して菅原はどこかへ歩いて行った。

 

「ほんと、バカだねェ……」

 

 

                       ◇◇◇

 

 

 あれから、しばらく近くの公園のベンチに座って時間を潰していた。

 気づけば辺りはすっかり夜の帳が降り、いい加減学園に戻らなければならない時間になっていた。私は重い腰を上げ、埃を落とすように尻尾を振るととぼとぼと学園へ向けて歩き出す。

 明日からどうしようかなぁ。いやまあどうせ私なんかが悩んだところで何が変わるわけでもないんだけどね。このまま普通にレースを走って普通に過ごすだけ。学生生活に特別な物を求めるとロクなことにならないのだから、流れで生きれば良いんだ。そうしたら、少なくとも落ちぶれることは無いのだから……

 

 やがて戻って来たスタンドは、もうライブも終わって電気が消えて静かになっていた。コースの方ではまだ作業灯が灯っていてトラクターが動く音が聞こえる。私はその前を通り過ぎ、駐車場の入り口を曲がって四コーナーのポケットの横の道を通り、駐車場の奥にある正門から学園内に入る。

 こちらも昼間のどこか浮ついた空気は冷め、しぃんとした中に微かに食堂などから漏れる生徒たちの声が聞こえていた。

 私は自分の寮に入ると、寮母さんに帰寮を伝えて階段を上がる。そして自分の部屋の扉を開けると、見慣れた後姿があった。

 

「あ、アオ。ただいま……?」

 

 いつも通り帰宅の挨拶をしたその時、私はアオの異様な雰囲気に気付いた。

 

「……おかえり」

 

 アオはこちらを振り向かなかった。

 

「ど、どうしたのアオ? そんなにピリピリして……あ、もしかして」

「ねえケイ……今日のあれ、なに?」

「へ……?」

 

 私は何のことだか分からず素っ頓狂な返事しか出来なかった。

 

「今日のレース。あの走りは、何?」

「あ……あぁ! いやぁ~惨敗しちゃったよね! 所詮私なんかじゃあんなもんだよ~! アオは五着で凄かったじゃん! あのメンバー相手に……」

「ケイ。何言ってるの?」

「え……」

「普段通りのケイの能力なら、もっと上に来れたでしょ。なんで? なんで来てくれなかったの?」

「それは……出遅れもあったし、今日はちょっと不調で」

「うん。それでなんで出遅れたの?」

「……周りの様子が気になったから」

 

 アオはしばらく黙った。私から何か言いだそうとした時、アオがゆっくりとこちらを向いた。

 

「へぇ、そうなんだ。それはゲートの中でレースよりも集中する事だったんだ?」

「いやそういう訳では……っ!?」

 

 アオのその表情を見て、私は言葉を失った。

 彼女は唇と眉を強張らせ、耳を後ろに絞っていた。……怒っている。それを理解するのに時間は要らなかった。

 

「私、今日のレースをずっと楽しみにしてた。荒尾の代表として名誉あるダービーを走る事、そして何よりそれをケイちゃんとニシノちゃんと走れる事。……去年の日本ダービーの日に約束したよね? “みんなで走ろう”って。ミライちゃんとカナちゃんは残念だったけど、それでも二人が居るからって……それなのに……!」

 

 アオは怒りながら、泣いていた。

 

「負けたのだって悔しいよ、アラオの名を背負っておきながらあんな不甲斐ないレースしか出来なかったなんて、悔しくて死にそうなくらい……でもそれ以上に、ケイが全力で走ってくれなかったのが許せない!」

「そ、それは……」

「ねえ、なんで!? 私たちとの約束なんてどうでもよかったの?」

「そういう訳じゃ……ないけど……」

「私は全力だったよ! ケイ達と走るダービーで生半可な走りは絶対できないって、あの時あの場所で出来る全力を尽くしたよ! なのに、なのに! ……なんで……」

 

 アオの声は最後の方は掠れて最早声になっていなかった。

 

「……そんなの、勝てるはずがないからに決まってるじゃん」

 

 これを言ったら収集が付かなかくなると頭のどこかで分かっていながら、私は絞り出すように言葉を発した。

 

「ぇ……?」

「アオは良いよ、“特別”なんだから。いつも高みで星みたいにキラキラしてて、手を伸ばしても絶対に届かない。そんなアオと比べたらさ、私は“平凡”だよ。そんな私が全力で走った所でさ……敵う訳ないじゃん。意味ないことに全力出す必要、ある?」

「……なにそれ。そんな理由で、あんな走りしたの……?」

「そうだよ!!」

 

 私は啖呵を切る。

 

「アオには絶対分からないと思うけどさ、アオに負けると辛いんだよ!! 同じように寝て起きて、生活して! 与えられてる時間も環境も同じはずなのに絶対に勝てなくて! 今までの苦労も努力も全部否定されてさ! 理不尽ならまだしも、それが才能の差っていう目に見える理由だからこそ納得せざるを得ないんだよ!!」

「そんなのっ……」

「良い!? これは自己保身なの! 無駄に全力出して走って傷付かなくて済むように! アオは特別なんだからさ、凡人の自己保身くらい自由にさせてよ!!」

 

 言い切った。アオに対して溜まっていた不満、全て。

 もうどうなっても良い。これで絶交になったとしても仕方が無い。

 アオはどんな返事をするだろうか。流石にこれだけ言えば返す言葉を失うだろうか。

 

「……取り消して」

「え?」

「今の言葉、全部取り消して」

 

 その言葉は、予想の大外から来た。

 

「何言ってるの、これは揺るぎない私の本心だし、取り消すわけ……」

「取り消してっ!!」

 

 それは最早絶叫に近かった。

 

「その言葉は全てのウマ娘に失礼だよ! 今すぐ取り消して!」

「いや、全てのウマ娘って……」

「ケイは! ……ケイは私が強いのが“特別”だからなんて理由だからだと思ってるの? 私が毎日トレーニングして、ずっとずっと続けている努力は関係ないって言うの?」

「いや、そうじゃないけど……」

「ケイが負かしてきた同期の皆は? その“意味のない努力”に負けたみんなの努力まで意味が無かったって言うの? カナちゃんも、ニシノちゃんも、ミライちゃんだって。全部無意味な事だったって言うつもり?」

「ぁ……」

「そんな訳ないでしょ! ケイが、みんなが、私が重ねてきた努力が無駄だった訳ない! 結果がどうだったとしても、その過程に価値がないなんて、そんな残酷な事があって言い訳が無い! 確かに他人が見るのはいつも結果だけだよ! 私たちの戦績表に刻まれるのも着順と着差の数字だけ! ──でもそれは背景に何も無かった事を意味する訳がない! 汗と血と涙を流して、命と青春を燃やしてひたすらに走って、足掻いた末に付けた爪痕が“結果”なの! そうでしょ!?」

「でも……私、辛いの! 努力したら努力しただけ負けた悔しさが増して……結果が訪れるのが怖いの!」

 

「当たり前でしょ!? 私だってそうだよ!」

 

 アオが私に詰め寄る。私は思わず後ろに退いた。

 

「いつだって怖いよ! これだけ努力して、努力して努力して! これで負けたら、結果が残らなかったらどうしようって……!」

 

 アオはものすごい剣幕で言葉を発する。私の眼を、その美しい双眸で真っ直ぐに見つめながら。

 

「“勝つ”って言うのは、同じように努力して来た全ての子の想いを背負う事なの! 夢も、羨望も、恨みも! 全部背負って、それでも胸を張るの! 例え負けても、悶えそうなくらいの悔しさと落胆の声を受けとめて、往生際悪く何度だって顔を上げるの! 全ては、次の勝利のために……だって!」

 

 アオはなおも詰め寄って来る。私はさらに後ずさりしようとして、

 

「きゃっ……!」

 

 ……後ろにベッドがある事に気付かず、そのまま倒れ込んだ。

 体を起こそうとした刹那、アオが私の上に覆いかぶさって来る。身動きを封じられ、視界がアオの上半身に支配される。

 アオはその瞳で私の奥深くを覗くように見つめて、そしてただ一言、言った。

 

「だって……私たちは、そういう生き物でしょ……?」

 

 

 

 ……なんで、この子は“私たち”なんて言うのだろう。

 私も同類だと、私だけが苦しんでいるのではないのだと、同じ立場に巻き込んで、逃げる言い訳を与えてくれないのだろう。

 なんでこんなにも執拗に……スポットライトから逃れさせてくれないのだろう。

 

 私は君のような主人公なんかじゃなくて、

 

 私は、君みたいに眩しくないのに。

 

 

 

 ……どれくらいの間、そうしていただろうか。

 アオは私の上から離れると、扉を開けてこちらの方を見ずに言った。

 

「……六月二十日、『小岱山賞』。私はそこで待ってる」

 

 それだけ言い残して、アオは部屋を出て行った。

 私はただ茫然とベットに横たわっていたが、ゆっくりと体を起こして大きなため息をついた。

 

 ……ものすごくかいつまんで言えば、『うるせえつべこべ言わずに走れ!』だ。

 まったくアオは走りに関しては普段の冷静さも温厚さも抜きに熱くなるよなぁ……でも、

 

「ありがと……少しやる気出た」

 

 私はぽつりと呟いた。

 それはきっと──アオが自分も同じだって言ってくれたからだ。

 

 

                        ◇◇◇

 

 

 ……昨夜の一件以降、アオがそのことを口にすることは無く、今日はみんなの前でも気味が悪いほどいつも通りのアオだった。アオにはある種二面性があるように思わずにはいられない。

 そしていつも通り昼休みが終わるとチームの部屋へと向かうのだが……私は物陰で自分のチームの部屋の様子をちらちらと窺っていた。

 ……ぶっちゃけ昨日電話まで無視して顔を合せなかったのに今日のこのこと出ていく気になれない。あまりにも気まずすぎる。そうだ、あと五分、あと五分したら行こう。そしてどうする? ダイナミックにスライディング土下座でもしてみようか。いや流石に……

 

「……ケイ、何をしてる」

「ふぉえっ!?」

 

 思わず愉快な声が出る。振り向いたらトレーナーさんがいつも通りの仏頂面で立っていた。

 

「あ、あぁトレーナーさん、あの、昨日は……」

「それについては深くは咎めない。脚にダメージは残っていないか?」

「はい、すこぶる元気です……あの、トレーナーさん」

「なんだ」

 

 私は少し緊張しながら、意を決して話す。

 

「勝手にレースの事分かった気になってて、すみませんでした。昨日友達と……アオと本音でぶつかり合いました。それで、まだ負けるのは怖いですけど……私、もう逃げません。レースに正面から向き合おうと思います」

 

 それを聞いたトレーナーさんは、少しだけ表情を崩した。

 

「『もうやめます』なんて言われるかと思って気が気じゃなかったぞ。……そうか、分かった」

「はい、改めてこれからもご指導お願いします」

 

 私は大きく一礼して、それからトレーナーさんと並んで部屋へと向かう。

 

「あのトレーナーさん、次走なんですけど……」

「なんだ、一応こちらでも考えてあるが、希望があるなら聞くぞ」

「あ、いえ! トレーナーさんの方で大丈夫です!」

「そうか。今考えているのは五月末のシニア級Cー2組のレースだ。またシニア級相手のレースになるが、良いか?」

「……はい。もうダービーも終わっちゃいましたし、シニア級の先輩たちと渡り合えるようにならなきゃいけませんしね」

 

 以前戦ったシニア級のレースは、クラシック限定戦とは比べ物にならない内容だった。

 ペースも一段上、そしてみんなレース慣れしてる分まだ半ば感覚頼りの私たちとは違って経験と知識でレースを有利に進める。あの時はなんとか好走できたが、実質がむしゃらに走ってどうにかという感じで再現性は無い。私もいずれあんな風にスマートに走れるようにならならなければならない。

 

「順調に行けばだが、次なる目標は七月にあるクラシック級重賞『荒炎賞』を考えている。再び佐賀勢もやって来るレースになるから、油断は禁物だ……やれるか?」

「はい、頑張ります!」

「よし、ではトレーニングプランを考えよう」

 

 メイクデビューからもうすぐ一年、色んなことがあって今に至る。今回みたいに心が折れる事だって何度もあったし、これからも無いという保証はない。

 それでも、せめて前だけは向いて走ろう。進んだ先にはきっと何かがある、そう信じて。

 

 

                       ◇◇◇

 

 

 あれから一か月……

 その間に、世間の話題も少し変わった。

 今年の日本ダービーはなんと去年アオを負かした後皐月賞を勝ったウマ娘が勝利し、二冠を達成。“英雄”には及ばないが二年連続の三冠ウマ娘誕生もあり得るのではないかと話題になっている。

 ティアラ路線のオークスでは桜花賞には間に合わなかった無敗のウマ娘が、大逃げのウマ娘によって作られたペースを読んで……というかパワーでねじ伏せ、後続の接近を許すことなく勝ち切った。四十九年ぶりとなる無敗の樫の女王の誕生だった。

 加えて新設されたシニア級G1『ヴィクトリアマイル』も現役シニア級ティアラウマ娘達の一大共演となり、二年前の桜花賞ウマ娘が二年ぶりとなる勝利を収めて大盛況のうちに終わった。

 

 そして、私は──

 

『ケイウンヘイローやりましたッ!! 前走の大敗で実力を疑問視され、今日は四番人気での出走でしたが終わってみれば後続に三バ身つけての鮮やかな逃げ切り勝ち! シニア級相手に早くもこの結果、やはり今年のクラシック級は強い!!』

 

 出走した五月三十一日のシニア級戦で逃げ切って、遂にシニア相手に勝ち星を付ける事に成功した。

 周りが全員高等部の中での中等部の私の勝利は注目の的となり、たくさんの人が私の勝利を祝福してくれた……のだが。

 

「うぉーケイウンヘイローやるやん!」

「次の目標“荒炎賞”だろ? 流石に次は行けるんじゃね?」

「いやーまだ分からないぞ。なんせまだケイウンヘイローは……」

「ああ……そうだったな」

 

「「“ブルーアラオを倒してない”」」

 

 

                        ◇◇◇

 

 

「トレーナーさん!」

 

 私はレースの翌日、チームの部屋に飛び込んで開口一番にトレーナーさんの名を呼んだ。

 

「おお、どうしたんだそんなに慌てて」

 

 部屋にはもうトレーナーさんとホープさん、そしてくーちゃんが揃っていた。

 

「あのっ……私……」

 

 私は深呼吸して、それを声に出す。

 

「六月二十日の『小岱山賞』で走りたい……アオと勝負がしたいです!」

 

 私がそれを口にした途端、トレーナーさんは苦笑いして、ホープさんは高らかに笑った。

 

「アッハハハッ! 懲りないねェキミも! だが嫌いじゃないよ! むしろ大好きさ!」

「お~先輩、熱くなってますね~」

「まあ、俺もそんな気はしていたが……一応だが、どういう動機か教えてくれないか」

 

「……私、この先レースを続けていく上で、なんとなくアオと全く同じ道を辿ることは無い気がするんです。もしかしたら同じレースで走る事はあるかもしれないけど、アオと私では目指している場所が違う。だけどどんな道を選んだとしても、もしかしたらそこですごく活躍できたとしても、この事を思い出すと思うんです。ジュニア級とクラシック級……私はブルーアラオに勝つことは無かった、って」

「つまり、勝ち逃げは許さないと?」

「はい。やっぱり私、負けっぱなしは嫌です!」

「だが、勝てるのかい? 再びあの時の様に、最悪の場合あの時よりひどい結果で終わる可能性だってある……それでもキミは、走るのかい?」

 

 私はゆっくりと頷く。

 

「勝負ですから、アオが私以上に仕上げてきたら負けちゃうかもしれません。絶望するかもしれないし、失望されちゃうかも。でも、私は全部受け止めて、前を向きます。レースの悔しさは全部次への推進力に変えるって、決めたんです」

「……お前は不思議だな。最初はどちらかと言えばドライなタイプだと思っていたが、どんどんレースに対して感情的になっていく」

 

「はっきり言って私も驚いてます。自分がレースに対して、こんなに熱中できるんだって」

「まあ、ウマ娘特有の物だろうね。勝ちたいという本能は……」

「え~、私まだそんなにレースの事とか深く考えてないですよ? どっちかといえば友達とは勝負より仲良くしたいですし~」

 

 くーちゃんが首を傾げながらそう言う。それにホープさんが答える。

 

「本格化が訪れればキミにもわかるよ。魂が、胸の内に宿る何かが走りたい、勝ちたいと叫ぶんだ……そうだろう? ケイウンヘイロー君」

「はい……だって」

 

 そう、私たちは──いや、

 

「私は、そういう生き物ですから」

 

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