ウマ娘 潮騒のアレグレット   作:秋月@小説

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お待たせしました!第二章十話です!
前回から一か月以上空いての投稿ですが、その分今回の話は滅茶苦茶気合を入れて書かせてもらいました。その結果文字数が二万五千字オーバーと過去最大となってしまいましたので流石に前後編に分割して投稿させて頂きます。

前回で話数的には折り返しだったのですが、内容自体は今回で折り返しとなります。そして今のうちに言っておきますと多分本話が二章最大の山場となる予定です。二章最終話はこれよりも規模は小さくなる見込みだと断っておきます。

今回は前後編ありますので前書きは程々にして、前回ハーメルン版で読者の方から頂いた質問に関する回答をここでは述べさせていただきます。少々人を選ぶのと本筋とは関係ないので以下は読み飛ばして頂いても構いません。





えーそれでは興味のない方は本編の方に行かれたと思いますので書かせて頂きます。

ずばり頂いた質問は、”アオケイ”は「ある」のか?です。

はっきりって私もそれっぽい描写をたまに書いていましたし、前回はモロにそういうシーンも書いたのでそういう疑問を持たれるのは至極当然です。では、それについてクソデカ長文で私なりの解釈を述べさせて頂きます。


最初に結論を述べますと、「少なくとも当人らに自覚は無い」です。

まずケイウンヘイローについては自分の事を「普通のウマ娘」だと思い込んでいる設定なので少なくとも当人はそっち方面の気質があるとは思っていません。ちょっとじゃれ合うくらいの事は拒まないでしょうが……
しかし初対面の時からブルーアラオの容姿についてはベタ褒め、あまつさえ自分が負けそうな時でさえ彼女の走る姿を綺麗だと口にしているので、何かしらきっかけがあればそちらに転ずる可能性もあるでしょう。

ブルーアラオの方はそもそも恋の何たるかを知らないのかもしれません。幼少期を病床で過ごした彼女は他者との関わりが少なく、恋という概念は知っていてもそれがどんなものかよく分かっていません。
また、やりたい事が出来なかった経験から物事に対する考え方も少しいびつに育ってしまっています。それは荒尾やレースに対するある種執着とも言える接し方にも見られる通り、彼女は"のめり込みやすく"、"感情が大きくなりやすい"のです。だからケイウンヘイローがちゃんと走ってくれなかかったら押し倒しちゃうくらい気持ちが昂っちゃったんですね。

所で、”のめり込んで感情が大きくなる”って何かに似てますよね?
……そういう事です。


なお、私自身は"アオケイ"の事を聞かれただけでこんな長文を錬成するくらい、百合については大好物です。私はわた●んで高校受験を乗り切り、高校時代はおに●いがバイブルだった漢です。
もしこれが実在するウマ娘を題材とした作品で無かったなら、押し倒したあと行くところまで行っちゃう展開で一向に構わないのですが、史実がある都合上必要以上に好き勝手は出来ません。
また実はケイウンヘイローは史実でとある方に非常に愛されていたというソースのある情報がありますので、どちらかといえば本編ではそっちを優先させて頂こうと思います。

はい、こんな長文にお付き合いいただいた皆様ありがとうございました!
本編へどうぞ!


景雲の空に(前編)

 “ブルーアラオを破る”

 

 それは私がアオに勝負を挑むにあたっての最終目標だった。

 先程私が急遽「小岱山賞」に出たいと言ったため、先ほどチーム内では話し合いが始まった。

 

「ブルーアラオに挑むとしても、以前も勝負を挑んで返り討ちにあっている。流石に無策で勝つのは難しいぞ」

「はい……それは分かってるつもりです。何か方法は無いかなって……」

「ククク……ケイウンヘイロー君、私が助言をしようか?」

 

 部屋の隅に居たホープさんが割脚に提案をしてきた。

 

「ホープさん……」

「……お前、また何か変なことしないだろうな」

「しないよ、保証する。ケイウンヘイロー君が許しさえすれば、可能な限り力を貸すが、どうする?」

 

 私は一瞬迷ったが、やはり頭脳は多い方が良いだろう。

 

「じゃあ……お願いします」

「クックック……お安い御用だ。では……」

 

 ホープさんは立ち上がると部屋に置いてあるホワイトボードの側へ行った。

 

「ちょっとした授業を始めようか……まずは問題だ。どんなに強いウマ娘……ちょうど今が旬の“英雄”でも想像して欲しい。彼女は芝の2000mから3200mまでの距離で最強だが、短距離を走ったりダートのレースには出走しない。それは何故だい? ……ブルークマモト君」

 

「はーい、多分だけど適性が無いからでーす」

 

「そうだね。実際に走った所を見たことが無いから分からないが、恐らくそうだろう。ウマ娘には“バ場適性”、そして“距離適性”がある。これは生まれ持った才覚と言っていい物で、そう簡単には後からの訓練でどうにかなる物ではない。骨格の作りとか遅筋速筋とか色々理由はあるのだが今は省こう。続いて、ウマ娘は出遅れや掛かりなどのアクシデントを除いて、よほどの変わり者じゃない限りレースの際バ群の中で走る位置が決まっている。これは何故だい? ケイウンヘイロー君」

 

「……各々得意な戦法があるからです」

 

「そうだねェ。ウマ娘には大別して逃げ、先行、差し、追い込みの四つの戦法があって、各ウマ娘にはそれぞれ得意な戦法があり、セオリーから外れると十分に本来の能力を発揮できない。これが脚質適性だ。どんな脚質も変幻自在というウマ娘も居るが、あれは例外中の例外だ。ともかくウマ娘の能力は基礎能力に加えてこの三つの適性、さらにはコース適性や悪路適性、季節適性などが複雑に合わることでレース条件に対する得意不得意が決まる。まあ常識だねェ」

 

 ホープさんは今言ったことをホワイトボードに書き記した。

 

「今言った通り、どんなに強いウマ娘であろうと無敵ではない。これらの適性によるレース条件の得手不得手はあるわけだ。即ち……その不得手な部分を上手く突ければ、あるいは有利な展開を崩しさえすれば遥かに実力差のある相手であろうと勝てる可能性はある。ジャイアントキリングは起こりうる、という訳さ」

「……つまり、ホープさんが言いたいのは」

 

「ああ。ブルーアラオ君を徹底的に研究し尽くして、彼女の弱点や走りの癖を探る」

 

 彼女はそう言い切った。

 

「でも、それは……」

 

「“フェアじゃない”とでも言いたげだねェ? ならば聞こう、圧倒的強者相手にわざわざ向こうの有利な条件で正面から勝負を挑まなければいけない義理がどこにある? 例は何でもいいが……“世紀末覇王”の有馬記念でも思い出してほしい。あの時数人のウマ娘が結託して彼女の進路をブロックして抜け出せないようにしたという噂は有名だが、彼女たちの立場にしてみれば丸一年“覇王”に辛酸をなめさせられ続け、シニア級G1のタイトルを全部持って行かれた挙句年間全勝まで達成されそうだったんだ。せめて最後に一矢報いたいと思うのは卑怯かい? 同じ立場なら、君だってそう思ったんじゃないかい?」

 

「うっ……」

 

「相手の不利を突くのは作戦だ。そして相手もその不利に対してどう振舞うか、あるいは逆に不利だと思い込ませて出し抜くか……心理戦も含めた一連の駆け引きを我々はレースと呼ぶんだよ」

 

 ホープさんは至って真剣だった。

 冷静に考えたら、今までだってスリップストリームに入ることを狙ったりアオがばバテるタイミングを待ったりと、なんやかんやアオの不利を突こうとしてきた。勝とうとする上で今更気にするのも些事だろうか。

 

「それで、具体的にはどうするんですか?」

「ああ、それについては用意があってねェ……」

 

 そう言うと、ホープさんはおもむろにバッグを机の上に置くと、中から数枚のDVDを取り出した。

 

「それは……?」

「ブルーアラオ君の今までのレース映像、地方中央合わせて計十本。これを今から全部観る」

 

「……えぇ!?」

「ああ、勘違いしてもらう訳には行かないから先に言っておくが、ただ観れば良いってもんじゃない。“分析”するんだ。位置取り、ピッチ、ストライド、ペース、走法、タイム、着差。全てだ」

 

「えっと、それ具体的にどんだけ時間掛かるんですか……?」

「三日以内に終われば御の字かねェ。分析が終わればそれぞれのデータと勝敗の因果関係の照らし合わせも行わなければならない。さらにそこからどうやれば勝てそうか、その為にはどんなトレーニングを行うかまで、全部合わせて三日間だ。そう考えたらむしろ三日は短く感じないかい?」

 

 なにゆえこの人は“短く感じないかい? ”などと平然に言い切れるのだろう。昨今のタイパ重視の風潮になれた若者としては泡を吹いて倒れそうなんですけど。

 

「あ、あのその間トレーニングは……それにくーちゃんは?」

「キミは毎日朝練で基礎的なトレーニングはやっているだろう? 一週間はそれで済まそう。当然だがブルークマモト君は関係ないから菅原クンにトレーニングしてもらおう。メイクデビューだって近いんだ」

 

 それを聞いてくーちゃんが抗議の声を上げる。

 

「え~、わたし一人でトレーニングするの寂しいんですけど~」

「我慢したまえ。それに、キミのメイクデビューに出てくる面子もどうやら一筋縄じゃ行かなさそうじゃないか」

「確かにみんなめちゃ強いですけどー……」

 

 くーちゃんは少し不満げにぷくっと頬を膨らませた。

 

「ということで菅原クン、ケイウンヘイロー君を三日間借りるが、構わないね?」

「……俺のやり方以外の方法を試すのも一つの手だろう。好きにしてくれ」

 

 なんてこった逃げ場が無くなったぞ。

 

「というわけで菅原クンとブルークマモト君はトレーニングに行ってきたまえ」

「ああ、ケイの事は任せた。行くぞ、ブルー」

「え~! ケイせんぱぁーい……」

 

 物悲しそうな顔で連れていかれたくーちゃんを見送り、いよいよ部屋には私とホープさんが残された。

 

「さぁ、ケイウンヘイロー君……」

 

 ホープさんが部屋の電気を消す。暗闇の中に、どこから持ってきたのか大きな液晶モニターが青白く光りはじめる。

 絵に描いたようなマッドな雰囲気が漂い始めた途端、私は自分の選択をちょっと後悔した。

 

「“検証”を、始めようか?」

 

 

                       ◇◇◇

 

 

「さて、一巡目が終わったが今の時点での感想は?」

 

 一時間……? 二時間までは経っていないだろうか。まずは一通りの映像の視聴が終わった。

 

「……アオは強いですね!」

「なんだいその感想は。小学一年生の読書感想文じゃないんだよ」

「と、言われましても……ぶっちゃけ、全部私が目の前で見てきたアオの姿の視点を変えただけというか……」

 

 それを聞いたホープさんはため息をついた。

 

「キミはあれだね、なんでわざわざ私がキミの主観視点での話を聞かずに第三者視点の映像を用意したのかが分かっていないだろう? ……レース中は色々な情報が頭に入って来る。風切り音、息遣い、自分の体に血液が流れる音から周りのウマ娘との距離感に体温まで……加えてアドレナリンが分泌されて興奮状態にあるのだから、そんな状態の頭で認識した情報は実際より誇張されがちなんだよ。キミが見てきたブルーアラオ像だって、傍目からしたらそれほどでもないかもしれない……そんな、ブルーアラオ君の虚像ではなく実像を見て冷静に判断する事が今回の課題だ。もう一回、最初から流すよ」

「えぇっ!?」

「文句を言わない。勝ちたいんだろう? 次は君が共に走った時の記憶は無くして、先入観抜きで観てくれ。一人のウマ娘としてのブルーアラオの姿を……」

 

 

                       ◇◇◇

 

 

「……二巡目終了。どうだい?」

 

 やっと終わった。なんだか頭が痛くなってきた……

 

「えっと……まず、走りはピッチ走法です。一歩一歩のストライドはあまり大きくなく、回転数で補ってる印象があります」

「うん、そうだねェ。他は?」

 

「ええっと……作戦はやっぱり逃げです。スタートが上手いから先行争いに巻き込まれずに一人飛び出して行くレースが多い気がします……ペースはやや速めかな?」

「他は?」

「え……着差は最初の方がかなり大きい印象です。デビュー戦が一番大きくて、タイムもレコードに0.1秒まで迫ってます」

「他は?」

「すみませんもうこれ以上は……」

 

 そう私が告げるとホープさんは不敵に笑った。

 

「そうか、じゃあ……もう一回行こうか?」

 

 私は、顔が引きつり笑いをするのを隠せなかった。

 

 

 

                       ◇◇◇

 

 

「はい三巡目終了! 楽しくなって来たねェ!」

「……コヒュ……」

 

 ああ眼精疲労、ビバ眼精疲労。

 

「それで、何に気付いた?」

 

 ちょっと勘弁してほしい、もう色々限界である。

 

「休憩させてくださいぃ……」

「感想を言い終わったらね。忘れないうちにアウトプットしたまえ」

 

 ああ、この人あれだ、鬼だ。

 

「……アオは逃げに成功したら確実に勝ってて、逆に逃げられないレースでは負けてます。この前の荒尾ダービー然り、中央で走った時も……」

 

「おや、それは些か短絡的に過ぎるんじゃないかい?」

「えっ……?」

 

「例えばこのレース……これは中央挑戦第二戦、『野路菊ステークス』だ。このレースではブルーアラオ君は第三コーナーまでは先頭を走っているが、結果は六着だ。逆にこのレース……メイクデビューの『ストロングガール』では最初の向こう正面では快速のデコトラにハナを奪われているが、最終的には二着に六バ身差の大圧勝だ」

「あぁ、そっか。すみませんもう疲れてて……じゃあ結局アオの道中の走りと勝敗の間に関係は無いって事か……」

「それも短絡的だねェ……」

 

 ホープさんはやれやれとでも言いたげに首を横に振った。

 

「ええ……? もうこれ以上無理ですよぉ!」

「仕方ないねェ……まあ中学二年生にしてはよくやった方か。では、私なりの考えを示そう」

 

 そう言うとホープさんは部屋の電気をつけた。

 暗順応していた眼が眩んで私は一瞬ひるむ。

 

「彼女が勝つ条件……私はそれが“逃げをどこまで維持できているか”。言葉を換えれば、“ある地点までに先頭に位置しているか”にあると踏んでいる」

「……?」

 

「先ほど私が挙げた二つのレースの展開をもう一回思い出してほしい。一つ目、『野路菊ステークス』。彼女はスタートを上手く決め二コーナー手前で単独先頭に立ち、リード一バ身半程で向こう正面を駆け抜ける。800m通過は48.5秒。その後残り600mを切って四コーナー突入直前で並びかけられ、四人が広がった形で最終直線に突入。ブルーアラオ君は食い下がるも追い込み勢の追走に捕まり徐々に失速、最後は前に二バ身半付けられて六着入線だ」

 

「はい……それリアルタイムで見てましたから良く覚えてます」

「では次、メイクデビュー『ストロングガール』。第二コーナー奥のポケットからスタートした彼女の前を快速ウマ娘のデコトラが進む。この子は800mのレコード持ちだから流石のブルーアラオ君もハナは奪えなかったようだね。そのまま向こう正面を二番手で進み、第三コーナー突入時点でも二番手、しかし第三コーナー中団でインを突いてデコトラの前に出る。そして先頭で四コーナーに突入。キミをはじめとする先行勢が迫るも一切寄せ付けず突き放す。残り200m地点で圧勝ムード。そのまま六バ身差でゴール。タイムはレコードと0.1秒差、と」

 

「これもまあ目の前でやられたので……」

「この時点で気づかないかい?」

 

 私は頭をひねるもホープさんが何を言いたいのか全く見えなかった。

 

「まだダメか~。じゃあこれはどうかな? G3『兵庫ジュニアグランプリ』。ここでもブルーアラオ君はスタートを比較的上手く決めて先行争いで二番手につける。そのまま第一、第二コーナーを単独二番手で回る。しかし向こう正面で七番のウマ娘に抜かされた辺りで早々に失速。順位をどんどん落として第三コーナー通過時点で八番手まで後退。四コーナーで一時的に十一番手まで落ちるも最終直線で少し盛り返して十着入線。しかし前とは七バ身差の大惨敗。これは今日に至るまでブルーアラオ君の最低着順だね」

 

「あぁ……アオ、帰って来た時酷く落ち込んでました」

「だが、少し妙だと思わないかい? このレースは1400mだがブルーアラオ君はそれ以前、荒尾で1500mを二勝している。そのうち一戦は五バ身差の圧勝だ。それに1600mの『野路菊ステークス』でも六着で、一着のウマ娘が今や二冠ウマ娘となっている事を考えれば良くやった方だ。それなのに何故ここまで大敗した?」

 

 それは違和感と言われれば違和感だが、コンディションだってあるしそんなに気にする事だろうか? 

 

「それは……やっぱり慣れない場所で十分実力を発揮できなかったのでは?」

「ふむ……では最後、先日の『荒尾ダービー』。ブルーアラオ君は普段通り逃げを打とうとしたがそこに一人の壁が立ちはだかった。“ユウワン”……あのウマ娘は実に速かった。近く佐賀で行われる九州ダービー栄城賞にも出走するらしいねェ……おっと失敬。ともかく逃げを打ったのはあのウマ娘の方だった。ブルーアラオ君は必死にハナを奪い返そうと幾度も並びかけようとしたがことごとく跳ねのけられ、四コーナーで逆に後続に並びかけられる。その後またも急激に失速し、五着入線。荒尾で初敗北を喫した……これで、何か見えてこないかい?」

「……」

 

 距離のせい、と言ってしまえば簡単なのかもしれない。だがこの人がここまで執拗に私に何かを見付けさせようと促してくる。負けたレースと、勝ったレース。共通項は何だ? 違ったのはどの部分? 恐らく実力面の問題じゃないのだろう。考えろ、条件は何だ? アオが負ける、実力面以外の要因があるとしたら……? 

 

「……アオは、先頭に立つことにこだわっている。いや、むしろ先頭じゃなきゃ実力を発揮できない。序盤から中盤にかけては先頭を取る、あるいは維持する事に集中していて、最終直線までに先頭に立てなかった場合戦意を喪失して……沈む?」

 

 それを聞いた途端、ホープさんが不敵な笑みを浮かべた。

 

「うん、良い。良いね。根拠はあるかい?」

「アオが勝ったレースは、全て逃げ切り勝ちです。途中まで二番手にいるレースはあっても、最終直線では絶対に先頭に立っている。先行抜け出しや差し切りを一度もやっていない。競り合いすらただの一度も。それが“やっていない”のではなく、“できない”のではって仮説を立ててみたんですけど……どうですかね?」

 

「……合格だ。概ね私の予測と同じだねェ。彼女の力は逃げ、厳密には最終直線で先頭に立っている時以外発揮できない可能性が高い。彼女、レースの度にキミや他のウマ娘が背後に接近すると距離を取ろうと速度を上げていたんだが、心当たりがあるんじゃないかい?」

 

 思い返せば、そのような場面がいくつもあったように感じる。あれは偶然じゃなかったのか。

 

「でも、そんな……ゲームのスキルの発動条件じゃあるまいし、限定的な展開じゃないと力が発揮できないなんて事あるんですか?」

「珍しい話じゃないよ。特に逃げウマ娘にはね。逃げを好むウマ娘には、それが一番気持ちよく走れるから逃げを選ぶ子と、バ群の中で走るのが怖くて逃げざるを得ない子が居る。まあ後者だった場合も必ずしも不利という訳では無い。選択肢が狭まるのは確かだが時に大逃げにまで発展し、波乱を起こして勝利する事だってあるんだ」

「で、でも……アオがそうだって確証はどこにも……」

「無いさ。当然だろう? わざわざ自分の弱みを暴露するメリットがどこにあるんだい」

「なら……どうやって?」

「そんなの決まっているじゃないか。実証するんだ。キミが走って」

「……!」

 

 ホープさんの目が座った。

 

「我々研究者がいつも成功する前提で研究をすると思うかい? だとしたら大間違いだ。むしろ仮説の大半は裏切られる。何時間、何日、何年、あるいは生涯をも賭けた検証が失敗した時の無力感と言ったら筆舌に尽くしがたいよ……しかし、失敗の先にあるのは虚無じゃない。別の可能性……“その仮説は違うことが分かった”という成果さ。我々は気の遠くなる程の失敗を繰り返し、可能性を絞り込んで行って正解を探し出す。後世に残るのは成功の内容だけで、その下にある屍の山は決して見向きもされず、そもそもあった事にすらならないが……私はレースも同じだと考えている」

「つまり、アオに通用するまで勝てるパターンを追求し続ける……」

 

 ホープさんは大きく頷いた。彼女の目はいつもの景気の悪そうなものではなく、真理を探求する……研究者の目だった。

 

「それで、具体的には?」

「うーん今からそれを話し合っても良いが……そろそろまずいんじゃないかい?」

「え?」

 

 そう言ってホープさんが指差した先を見れば、時計の針が七時四十五分を示さんとしていた。

 

「大変! 食堂閉まっちゃう!」

「てっきり菅原クンらが帰って来るかと思ったが、そのまま解散したらしいねェ。時間をすっかり忘れていた。続きは明日にしよう。早く帰りたまえ」

「は、はい! お疲れ様でーす!」

 

 私は慌てて部屋を飛び出す。八時で食堂は閉まる。走らなかった割にジャージだけ着ていたから余計な着替えの手間が掛かってしまう。いやもう服だけ回収して着替えずに行くか!? 

 いやでもジャージで食堂に行ったら浮くし! トレーニングで汗かいた後着替えてないズボラな子って思われるのは心外だし! え~~~~っ! どうしよう!! 

 

「えぇい、儘よ!」

 

 

                       ◇◇◇

 

 

「あ~ごめんねぇ、もう火を落としちゃったんよ。あいにく今日は残り物も無くて……」

「い、いえ……すみませんご迷惑をおかけしました~」

 

 外聞を気にした結果、食いっぱぐれる。

 仕方ないじゃん、一応年頃の女の子なんだし。あんまりだらしなく思われたくは無いし。

 仕方なく私は自室へ歩き出す。何かお腹にたまるお菓子とかあったっけなぁ。

 

「ただいま~」

「あ、おかえりケイ。遅かったね」

 

 今日もアオが笑顔で迎えてくれた。

 

「いや~ちょっと積もる話があってね。気づいたらこんな時間になっちゃってた」

「そっか、大変だったね……ところでケイ、お腹減ってる?」

「え? あぁ、うん滅茶苦茶……」

「じゃあ……はい、これ食べて!」

 

 そう言ってアオが差し出してきたのは三つの大きなおにぎりだった。

 

「えっ、なにこれ! 良いの?」

「うん! 帰りが遅いからもしかしたらケイ、ご飯食べて無いんじゃないかって思って。調理室を貸して貰って握っておいたの。要らないなら私がお夜食にするけど……」

「ううん、ありがとう……! じゃあ早速頂くね!」

「うん、召し上がれ♪ インスタントでよかったらお味噌汁もあるからね」

 

 そう言っておにぎりを口に運ぼうとした途端、私は思わず手が止まった。

 

「……どうしたの?」

「ああ、うん何でもない。いただきます!」

 

 ──一瞬、頭に過った。

 アオは私の為を想っておにぎりを用意してくれてたのに、その私が帰りが遅かった理由は、他でもない彼女をどうやったら負かせるかをずっと考えていたからという事実。

 私は、とんでもなく薄情な事をしようとしているんじゃないか? 

 

 ……ううん、違う。それはそれ、これはこれ。

 割り切るんだ。ここで変な情が湧いたらもう勝てるチャンスは無くなっちゃう。

 

 私はおにぎりにかぶりつく。中身はおかかが詰まっていて、甘辛い味付けとふんわりと握られたお米がどうしようもなく優しかった。

 

 

                       ◇◇◇

 

 

「さて、ケイウンヘイロー君。昨日でブルーアラオ君の弱点らしき物を炙り出した訳だが。それを前提に、どうやったら彼女に勝てると思う? まあ、選択肢はあってないような物だと思うがね」

 

 翌日、再びチームの部屋で私とホープさんは話し合いをしていた。今日はトレーナーさんとくーちゃんも一緒だ。

 

「いやまあ分かりますけど……難題が過ぎませんか?」

「それを覆さなければキミの望みは果たされない、だろう?」

 

 私は思わずため息を漏らす。未だ私が為しえたことが無い、これから為さなければならない事に。

 

「……“アオより速く逃げる”そしてスタートからゴールまでただの一度も先頭を譲らず、ねじ伏せる」

 

 昨日出した仮説が正しいとすれば、それが勝利への一番の近道という事になるのだろう。私がそう言うと、ホープさんは頷いた。

 

「そうだねェ。私も現時点ではそれ以外に方法は無いと思うよ」

「いや、でも……アオの最大の強みは“逃げれる事”ですよ? 相手の最大の強みに真っ向勝負で挑むのは得策じゃないって、他でもないホープさんが言ったんじゃないですか」

「それはそうだが……彼女の場合恐らく強みが弱みと直結しているからねェ。こうなった以上多少の無理は承知でやるしかなさそうだ」

 

 私は頭を抱える。どうやったらあのアオより速く逃げられる? あの圧倒的なアオの走りを上回って……

 

「ト、トレーナーさんはどう思いますか?」

 

 私は思わずトレーナーさんに逃げた。

 

「……はっきり言ってもっと荒唐無稽な話が飛び出るんじゃないかと思っていたが、俺としては現実的な戦術だと思う。説明を聞いても特に問題は無いと思うぞ」

「うっ……く、くーちゃんも無理そうって思うよね~……?」

「え~? まあ確かにアオお姉ちゃんより速く逃げるのはきっついって思いますけど~本当にできたらワンチャン勝てそうとは思いますね~」

 

 退路が絶たれた。指導者二人とチームメイトがそれしかないと言った以上私が代案を考えられるとも思えない。

 

「い、いやでも……今までだってアオより速く逃げようとしたことはありますけど全部弾き返されてきましたし、具体的にどうすれば?」

「それについては考えがある。時にキミ、現時点でブルーアラオ君より速く逃げる手立てがあるとしたら……いや、質問を変えよう。キミのどの能力を伸ばせばブルーアラオ君より速く逃げられると思う?」

「それは……やっぱり私の強みのパワーしか無いんじゃないですか? 加速力を付けて追い抜くしか……」

 

 それを聞いて、ホープさんとトレーナーさんが顔を見合わせる。

 

「……どうやらキミは勘違いをしているようだね。確かにパワーはキミの強みだ。超前傾姿勢から脚力をそのまま推進力に変換し身体に乗せて繰り出すその走り方はそうそう誰にでもできる事じゃない……が、キミ。加速力はあくまでもトップスピードに到達させるまでの時間短縮でしかない。あるいはバ群の切れ間などの一瞬のチャンスを突くための瞬発力だ。つまりどれだけパワーを高めた所でこの場合求められるのは……」

 

「“スピード”だ。いくら最高速に達するまでの時間が早くてもその最高速が遅ければ宝の持ち腐れだぞ」

 

 一瞬、ぽかんとした。スピード不足なんて考えたことも無かったからだ。

 

「えっ……私の走りってそんな遅いですか……?」

「いや遅くは無いが……ストライドが長く傍目から見てゆったりとした印象は感じるかもな」

「歩幅が広い分一歩あたりの速度はまあまあ速い。なんなら本来はその走りの方がスピードは出しやすい筈なんだがねェ。──走るという行為を分解して考えると、ひざを曲げてから伸ばし、地面を蹴って体を押し出す動作。その後残された足を引き付けて元に戻す動作に分けられる。これを繰り返すことで我々は走る事が出来る訳だが、キミの場合蹴る力は強いが引き付けが遅く、ピッチが維持できず結果的に巡航速度は周りと大差ない、といった所だねェ」

 

「じゃあもっと足の回転数を上げれば速くなるんですね?」

「いやまあその通りなんだが……回転数を意識すると今度はストライドが狭くなりお前の強みのパワーを浪費するだけになってしまう。スタミナの消費も相当なものになるしな」

「えぇ? じゃあどうすれば……」

「理想形は両方伸ばす事さ。だが大抵の場合、菅原クンが言った通りピッチを上げればストライドが不足し、ストライドを意識すればピッチが遅くなる。これはジレンマさ。ウマ娘も陸上選手も直面する永遠の課題だよ」

 

 ううむ、走りは難しい。くーちゃんがちんぷんかんぷんと言った表情をしているが恐らく私も大差ないだろう。

 

「それで、具体的にはどんなトレーニングをしたら?」

「今のキミに必要なのはハムストリングスの強化だ。キミの場合地面を蹴り出す力を担う大腿四頭筋やアキレス腱は十分発達しているから、脚を素早く引きつけてもう一度蹴り出せる状態に持って行けるようにする筋肉が必要な訳だ……という訳で、菅原クン。後はキミでも大丈夫だろう?」

 

「ああ、任せろ。トレーニングにはこれを使う」

 

 そう言ってトレーナーさんは部屋の隅にあった棚を探り、濃い灰色の蹄鉄を持ち出してきた。

 

「これは?」

「試しに持ってみてくれ」

 

 そう言われて私が蹄鉄を受け取ると、予想よりズシッとした重さに一瞬腕がガクンと落ちる。

 

「これは?」

「中に鉛が入った特別製の高負荷蹄鉄だ。これを付けた状態でミニハードルトレーニングを行ってもらう。慣れてきたら階段ダッシュ、最終的にはショットガンタッチまで出来るようになれば理想だな」

 

 どれも普段の練習でさえハードな部類に入る種目だ。それをこの蹄鉄を付けてやるという。

 

「昔他のウマ娘が使っていたものだからサイズがそのままでは合わないだろう。装蹄師に頼んで調整して貰おう」

「フゥン……いきなりの高負荷は望ましくないがこの程度なら大丈夫かな。念のためにサポーターは着用したほうが良いね。それより慣れてきたら少しずつウェイトを増やしていく方が効果的だろう。アンクルウェイト等の併用も考えようか」

 

 普段は重りを付けてトレーニングして本番では外す。なんだか少年漫画か何かを彷彿させるやり方だ。

 トレーナーさんとホープさんは互いにアイデアを出しながら議論を続けている。私を勝たせるためにここまで本気になってもらえるとこちらとしても嬉しいものだ。

 

「ケイ先輩は良いですね~二人からそんなにかまって貰えて~」

 

 くーちゃんが少しいじけたような口調でそう漏らす。

 

「あ、ごめんねくーちゃん。くーちゃんもデビュー近いんだもんね。後で並走付き合うから……」

「いえ? わたしは自分が入れない話をされるのが嫌なだけですよ。だってつまんないですもん。あと先輩と並走するとめっちゃ疲れるんで手加減してくださいね」

「ああ、そっちね……並走の方は……なんかごめん。気を付けるよ」

 

 そういえば今年のメイクデビュー一発目は六月二十一日……私のレースの翌日にある予定だ。なんでも去年と違ってメイクデビューに出られる水準のウマ娘達が揃うのが少し遅くなってしまったらしい。

 そう言われて改めてくーちゃんの事を見てみると……いや、背丈は私とあんまり変わらないし一部に関しては私よりご立派な物をお持ちのご様子……この子は例外と考えた方が良いのかな? 

 

「せんぱ~い、あんまりじろじろ見ないで下さいよ~」

「え? あっごめん……」

 

 くーちゃんが胸のあたりを抑えてもじもじとしている。違う、断じてそうじゃない。

 

「おやケイウンヘイロー君、そちらの趣味があったのかい?」

「ち、違います! 茶化さないでくださいホープさんっ!」

 

 ホープさんがニタニタとした顔でこちらを見てくる。トレーナーさんは何とも言えない表情のまま私に話を振って来た。

 

「ケイ。トレーニング方針が決まった。差し支えなければこの後すぐにでも始めるが、良いか?」

「は、はい! 大丈夫です」

「三日はかかるかと思ったが案外早かったねェ……まあ想定より早い事に越したことは無い。とりあえずケイウンヘイロー君は菅原クンと装蹄師の所に行ってきたまえ。ブルークマモト君は今日は私とトレーニングだ」

「えぇ~!? また私一人ですかぁ~?」

「当然だろう? ケイウンヘイロー君は蹄鉄の調整もあるし、メニューがキミとは根本的に違うのだから。ほら行くよ」

「えぇ~! せんぱぁ~い……」

 

 今日もまたくーちゃんが連行されていった。

 

「さあ、俺たちも装蹄所に行こう。さっきの蹄鉄と、普段使いの蹄鉄も念のため持っていけ」

 

 そう言われて私は先ほどの蹄鉄を持ち上げ、一瞬体勢を崩しつつトレーナーさんの後を追った。

 

 

                       ◇◇◇

 

 

「那賀島さん、今大丈夫ですか」

 

 周囲よりもむっとした空気、熱せられた鉄の香り、鈍い金属音。

 装蹄所と呼ばれるその建物はレース場において最も異質な空間の一つだ。

 

「お~大丈夫ですよ。どげんしたとですか、菅原さん」

 

 那賀島さんと言われた、頭にタオルを巻き無精ひげを蓄えた作業着姿の男性が奥から姿を現す。

 

「実はこの蹄鉄をこいつの足に合わせて貰おうかと思いまして。お願いできますか」

 

 トレーナーさんが私から件の蹄鉄を受け取ると、装蹄師さんに渡した。

 

「おぉっ! こりゃ重かですね! 結構前のでしょう?」

「先代が使っていたものですので、一体いつのなのかは分かりませんね」

「承りました。で、合わせるのはそこの子の足で良かとですね?」

「あっ、はい!」

 

 いきなり話を振られてすこしどぎまぎしてしまう。

 

「ふむ……普段使っとる蹄鉄はあるかな?」

「あ、はいこちらに……」

 

 私は那賀島さんに普段使っている蹄鉄を手渡す。

 

「なるほど。ケイウンヘイローさんだね。分かった、すぐに合わせよう」

「……!? え、どうやって分かったんですか?」

「ああ、私は学園の全てのウマ娘の足型を憶えとりますけんね。そうでなきゃ装蹄師なんて務まらんですよ」

 

 確かに私達生徒が直接ここに来て新品の蹄鉄の合わせをしてもらう事なんて全くない。大抵トレーナーさんに預けておけば翌日には完璧に調整されて戻って来る。そのからくりはこんな仕組みだったのか。

 

「十五分で仕上げるから、そこに掛けて待っとって下さいな」

 

 それから那賀島さんは件の蹄鉄をごうごうと音を立てる炉の中に入れると、どこからかやかんを取って来てお茶を出してくれた。

 

「いやぁそれにしてもこげんか珍しい蹄鉄ば扱うとは久しぶりですよ。最近は鉄製のすら見なくなりましたからねぇ」

 

「昔って本当に蹄“鉄”だったんですよね?」

「ええ、そうですよ。とはいってもどちらかと言えば使い分けていたって方が正しかとですけどね。普段使いは鉄製、レース用はアルミ製の“レース鉄”。開催日が近くなると打ち換えや調整の持ち込みで忙しかったものですよ」

「へぇ、昔はそんな感じだったんだ……」

 

「それが最近になって普段使いとレースのどちらでも使える、軽くて丈夫な合金を使った“兼用鉄”の登場で打ち換えも無くなりましてねぇ。それに工具や釘も扱いやすい物が出来て今じゃ簡単な打ち換えなら生徒さんで出来るようになってしまいましたし……なんなら最近じゃ接着剤で張り付けるタイプも出てきたそうじゃないですか。いよいよ私たちの仕事は新品の蹄鉄を足型に合うように調整するだけになってしまって、やりがいが減りましたなぁ……」

 

 那賀島さんが昔を懐かしむようにそう語る。

 

「……昔は、ウマ娘に合わせて特注品を作る事もありましたよね」

 

 ふいにトレーナーさんが口を開く。

 

「あぁ、懐かしいかですねぇ! 昔は市販品が今ほど多様じゃなかったですから、ウマ娘の悩みに合わせて一味違う蹄鉄ば作る事があったとですよ。ケイウンヘイローさんも“シンザン鉄”とか聞いたこと無かですか?」

「う、うーん名前だけなら……?」

「あ~もう今の子は知らんですか。あれは……おっと、こんな話ばしとる間にそろそろ良かごたるですね」

 

 そう言うと那賀島さんは炉の中から真っ赤に赤熱した蹄鉄を火ばさみで取り出すと、側に置いてある金床に移して金槌で叩き始める。リズミカルな金属音が装蹄所の無機質なコンクリートの床に何度も反響した。

 

「よし……これで良かかな。念のため靴に合わせてみてください。まだ熱いですから軽くで」

 

 私は恐る恐る自分の靴をまだ赤みがかっている蹄鉄に合わせてみる。

 

「すごい……ぴったりです」

「そうですか、良かった。じゃああ冷ましますね」

 

 那賀島さんはそう言うと蹄鉄を側に置いてある水の入った桶に入れる。ボシュッと音がして小さく湯気が立った。

 

「はい、出来ましたよ。靴に嵌めて行かれますか?」

「あ、自分でやるんで大丈夫です」

「そうですか。まあちょっと特殊な蹄鉄ですので何か気になる事があったらまたいつでもご相談にいらしてください」

「ありがとうございます。ケイ、行こう」

「あ、はい! ありがとうございました!」

 

 私は那賀島さんに一礼して装蹄所を後にする。

 

「何ていうか……レースに関わる仕事ってたくさんあるんですね」

「それはそうだ。那賀島さん以外にも沢山の人たちのサポートがあって俺達はレースをやれる。表舞台に立つのはお前たちだが、その裏には何百人ものレース場に関わる職員の人たちが居るんだ。あまりに気にしすぎる事でもないが、その人たちの期待も背負っている事を頭の隅に置いておいてくれ」

「……はい!」

 

 その後チームの部屋に戻った私たちは蹄鉄を打ち換えてトレーニングを開始した。

 分かっていた事だったが足に装着した蹄鉄は予想以上に重く、普段通りのウォーミングアップのつもりでも動きはびっくりするほど鈍くなってしまった。トレーナーさんに檄を飛ばされながら等間隔に置かれたハードルを、太ももを高く上げて素早く走り抜ける。何度も、何度も。

 目指すべきは、アオのあの速さ。いや、勝つことが目的なのだからそれ以上。

 追いつけ。追い越せ。振り切れ。

 

 十八日間の私の戦いが、始まった。

 

 

                       ◇◇◇

 

 

 トレーニングを始めて一週間が経とうという頃、チームに小さな出来事があった。

 

 この日、一般生徒のコース利用が制限され午後から始まったのは「能力検定」だ。

 これは簡単に言えば地方未出走のウマ娘がレースに出られる基準を満たしている事をテストする模擬レースである。お客さんを入れずに行われるこのレースは着順を争う物ではなく、定められた距離を一定のタイム内で走り切る事が合格条件となっている。

 

 普段から他校や中央からの転入生などを対象に月に何回か行われているのだが、今日の検定は一味違う。今年デビューするジュニア級ウマ娘達の能力検定があるのだ。

 ここでの結果はそのままメイクデビューの結果にも結び付くため、各チームのトレーナーや生徒達、メディア関係者も興味津々でその結果を窺っている。因みに当然だが私も去年走ったのだが、結果は力みすぎて少し出遅れ。基準はクリアしたがあまり良くない着順だった。思えばメイクデビューの結果の予兆はこの時点で現れていたのかもしれない。

 

 ともかく、そんな能力検定を私とトレーナーさんとホープさんが雁首揃えて見に来た理由は他でもない。くーちゃんが今回の能力検定に出走する為である。

 

「くーちゃん、大丈夫ですかね……」

「安心しろ。ゲートを普通に出れて基準内に走り切れれば良いんだ。しかも基準は平均タイムから十秒も長く設定されてる。ここに出てくる時点でどのウマ娘も合格水準には達している」

「能検で落ちるなんて滅多に聞かないしねェ。ここでの関心事は、合格するか否かよりも何秒で駆け抜けるかさ……それと、別メニューでトレーニングしていたキミは知らないだろうが、あの子も大した器だよ。第一回メイクデビューに出ようとするだけはある……よく見ておきたまえ」

 

 私はチームの部屋から持ってきた双眼鏡で向こう正面のスタート地点を眺める。普段はスタンドの脇に置かれたモニターに中継画面が写るが、お客さんを入れない今日はそれも無い。

 ファンファーレも無く枠入りが始まり、程なくしてゲートが開かれた。数人のウマ娘達がややまばらに飛び出す。

 その中から一人、見覚えのある鹿毛の髪を靡かせたウマ娘が飛び出した。

 

「……速い!」

 

 中等部一年の割に恵まれた体格の彼女は、軽快な足取りで先頭に躍り出る。そのまま後続にリードを取って第三、第四コーナーを抜けてあっという間に最終直線へ。

 直線に入っても彼女の足色は衰えない。それどころか余裕で後続を突き放していく。私は思わず息をのんだ。

 そして彼女はゴール板を突き抜けたのだった。

 

「……ト、トレーナーさん、タイムは?」

「……51秒1だ」

「去年のブルーアラオ君のタイムと0.1秒差だねェ。いやぁ、持ったままでこのタイムは末恐ろしい。本気すら出していなかったしねェ」

 

 去年のアオと言い、血筋なのだろうか。おまけに逃げのレーススタイルまで共通している。本格化すればどこまで伸びるのか……

 ともかく、恐らくはあの子が今年は六十人登録されているという荒尾ジュニア級の台風の目の一人となっていくのだろう。私も負けてはいられない。先輩として、良い所を見せないと。

 

 その日はコースが使えなかったため、くーちゃんを迎えに行った後四ツ山神社の参道で階段ダッシュをした。アンクルウェイトを追加して更に重くなった脚を全力で回転させながら何本も駆け上がる。

 

 後十日、何とかものにしないと……! 

 

 

                       ◇◇◇

 

 

 ──さらに一週間後。

 

「ハァ……ハァ……どうですか?」

 

 トレーナーさんとホープさんが顔を見合わせる。

 

「……かなり良い」

「今までの加速力はそのまま、巡航速度もトップスピードも上がっているねェ。負荷をかけてピッチ強化を図ったのは正解だったようだ」

「ほんとですか? やった!」

 

 私は思わずガッツポーズを作る。

 

「先輩また強くなってる~いいな~」

 

 側で腰掛けているくーちゃんが私に話しかけて来た。

 

「くーちゃんだって昨日のタイム良かったじゃん。メイクデビューは安泰じゃない?」

「え~? そりゃまあ走るんだから勝ちたいですけど~一緒に走る子も結構強そうですし~それに……けほっ! こほっ!」

「だ、大丈夫……?」

「ん~ちょっと朝から風邪気味です~」

 

 そういえば今日はくーちゃんと並走もしていない。そういうメニューなのかと思ったが、単純に体調不良だからか。

 

「最近少し風邪が流行っているらしい。ケイも気を付けろよ」

「はい……あ、そういえば二十日の枠順ってもう出ました?」

「ああ、伝え忘れていた。お前は二枠二番だ。ブルーアラオは大外八枠八番だったはずだ」

「それなら……」

 

 ホープさんがこくりと頷く。

 

「うん。逃げで問題ないねェ。予定通り行こうか」

「はい!」

 

 枠順も私に味方した。満を持して逃げでアオを封じ込めるという作戦を決行できる。

 勝つんだ。今度こそ……今度こそ! 

 

 

 

 

 後編へ続きます!

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