ウマ娘 潮騒のアレグレット   作:秋月@小説

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前々回の前書きで今回はシリアス回になると言ったな?
あれは嘘だ。
……という訳で第二章第十一話です!

はい、以前今回は過去トップクラスのシリアスと言うか鬱回にすると言いましたが、やっぱりクオリティアップのためにラストの方に回します!もっと救いのない内容にして皆様にお届けできるように頑張りますので震えてお待ちください!

今回は前回までの第二章前半と次回から始まる第二章後半を繋ぐための息抜き回です。しれーっと新キャラも出てきますが本格登場は三章以降になると思います。一応モデルにした方は居るので末期の荒尾を知る方にはもしかしたら分かるかもしれません。とはいえあくまでもご本人ではありませんので作中での人格等はほぼオリジナルであるとご理解ください。

そして作者の近況報告ですが、次の土曜日に福岡のTジョイ博多で行われる劇場版ウマ娘の応援上映のチケットを手に入れましたので、高速バスで突撃します。
同じ映画を三回見るのは初めてです……それと往復の高速バス代が馬鹿にならない金額で我ながら正気かを疑いたくなりました。
肝臓売らなきゃ……

という訳でとりあえず本編をどうぞ!



凪と歯車

 暖かい、なんだか懐かしい匂いがする。

 私が目を開けると、そこには一面の草原が広がっていた。どこまでも高い空の下、青々とした緑がそよ風に吹かれてさらさらと音を立てる。

 

「ここは……」

 

 ……前にも、こんなことがあった。もう何か月も前の事だ、私はここに来た。

 そうだ、あの時はたくさんのウマ娘達に話しかけられて、その後……

 ──どうなったんだっけ? 

 

 なんだか記憶がはっきりしない。なのに、そんな事は些事であるかのように私は不思議と落ち着いていた。

 

 どこかから子供の声が聞こえる。

 見ると、小川を越えた遠くの方に何人かの子供たちが居て、追いかけっこをして遊んでいた。

 そうだ、あの子達にここがどこなのか訊いてみよう。

 

 そう思って私が歩き出そうとした時、

 

「気持ちいいよね、ここ」

 

 いつの間にか隣に座っていたウマ娘に呼び止められた。

 純白のワンピースを纏った、額にうっすらと星のある黒鹿毛の長い髪のウマ娘だった。

 

「えっと、すみません貴女は……? それにここは?」

「まあまあ。あなたも座ったら?」

 

 彼女に促されて私は彼女の隣に座り込む。

 小鳥のさえずりが聴こえる。より一層お日様と草の香りが鼻腔に満ちて、なんだかこのまま横になりたいとすら思ってしまった。

 

「──憶えてる? 貴方も私も、ここで育ったんだよ」

 

 隣にいるウマ娘がふいにそう話し出す。

 そんな妙な話があろうか。私はこんな場所じゃなくて……あれ? 

 私、どこで生まれたんだっけ。そういえばこんな場所だったような……

 

「あの人も向こうに行っちゃって、もう残ってるのは私たちくらいになっちゃったね」

「……? えっと、すみません何の事だか……」

 

 隣にいるウマ娘といまいち会話が噛み合あわない。

 彼女は一瞬不思議そうな顔をすると、合点が行ったような仕草をした。

 

「あら……ああ、そっか。まだあなたにはお役目があるんだね」

 

 彼女はそう言うと、私の頭を撫でてきた。

 その手つきはとても優しくて、不思議と嫌じゃなかった。

 

「じゃあ、頑張ってね。ケイウンヘイロー」

「えっ、なんで私の名前……」

 

「ふふっ、分かるよ。だってあなたは、“私たち”の最後の──」

 

 

                     ◇◇◇

 

 

 ──変な夢を見た……ような気がする。

 

 朝目が覚めて、目の前にあったのは見慣れた天井だった。

 カーテンを開いて外を見てみると、予報通りの雨がしとしとと降りしきっている。流石にこんな日は朝練で走るのも億劫だ。

 私はベッドから立ち上がると、自分の机の読書灯を向きに気を遣いながら付ける。後ろを見れば、アオがすうすうと寝息を立てていた。

 

 ──あのレースの後、アオはまた体調を崩した。しばらくは安静が絶対で走るのはご法度らしい。クラシック級重賞の「荒炎賞」も回避するようで、また勝負が出来るかと思っていたのだが残念だ。

 私は机の上に置いておいた図書室で借りてきた本を開く。

 上下巻の長い本で、不老不死が実現した世界で人生の終わり方はどうあるべきかを題材としたSF小説だ。

 

 雨音に耳を傾けながら本のページをめくる。ここ何日か雨が降っている日はいつもこうして過ごしていると、つい二週間ほど前まで自分の中でメラメラと燃えていたレースへの執念がちょっとずつ落ち着いてくるのをひしひしと感じた。

 

 ──あのレースの後。

 トレーナーさんから私とホープさんは呼び出され、あんな無茶な走りは二度とするなと釘を刺された。

 結局精密検査をしても私の体には特に異常は見つからなかったのだが、まあ呼吸困難になった挙句ぶっ倒れたのだからトレーナーさんのいう事にはぐうの音も出なかった。

 ホープさん自身も研究の手法を見直すとか言って、一旦栃木県の研究所に帰って行った。チームはトレーナーさんと私、そしてくーちゃんの三人体制に逆戻りしてしまった。

 

 それからあまり間を開けずに挑んだ次走の「荒尾商工会議所杯」では再び逃げの戦術で挑み、メンバー的にもそこまで無理せずとも勝てる相手だった事もあって、一番人気に応えて勝利した。

 なお同日に第一回のメイクデビューを熱発で回避していたくーちゃんのメイクデビューもあったのだが、こちらは四バ身千切られての二着に敗れてしまった。てっきりアオと同じような華々しいスタートを切ると思っていただけに、どこかその背中に去年の私の面影を重ねるような結果だった。

 

 そして今、私は予定通り次走をクラシック級重賞「荒炎賞」に定め、キャリアに重賞ウマ娘の称号を飾るべく日々トレーニングを重ねているのだ。

 

「ふわぁ……おはよう、ケイ」

「あ、おはようアオ。体調は大丈夫?」

「うん、今日は平気だよ。ありがとう」

 

 アオが起き出してきて今日も一日が始まる。

 そうそう、そういえばアオに勝った効果なのか少しだけど私も仕事が増えた。先日は荒尾市のすぐ南にある長洲町と対岸の長崎県を結ぶフェリーの広報に使う写真のモデルをやって欲しいと言われ、撮影のために乗船して来た……のだが。

 

 

                     ◇◇◇

 

 

「こんにちは、荒尾トレセンのケイウンヘイローです! 今日はよろしくお願いします!」

 

 トレセンから車で十分ほど。公用車から降り立ち、既に待機していたカメラマンさん達に挨拶する。港の広い敷地には長い白線が何本も引かれていて、車が何台かその線に合わせて止まっている。

 

「ケイ、お前今日は妙に気合入ってるな」

 

 トレーナーさんが普段通りの仏頂面で話しかけてくる。

 

「えへへ……初めての単独のお仕事ですし、やっぱりやる気出ちゃいますよ」

「そうか。今日は都合で来られないそうだが、今日の仕事はフェリー会社の広報担当の方が荒尾レース場のファンで、この間のお前のレースを見て急遽抜擢して下さったそうだ。公共交通の広報写真となれば全国の人の目に留まる可能性もある。しっかりやれよ」

「もちろんです!」

 

 やっぱりあのレースの勝利には大きな意味があったんだ。見てくれてる人がいる、それだけでやっぱりうれしい。

 撮影は一番新しい船で行うらしく、その船が対岸からやって来るまでの三十分ほど暇だった。私は事前資料に目を通しながら気になったことをトレーナーさんに質問する。

 

「ところでちょっと質問なんですけど、このフェリーの行先……この“多比良”って何て読むんですか?」

「“たいら”だ。長崎県雲仙市にある。このフェリーは熊本県と長崎県を隔てる有明海を突っ切る航路の一つだ。特に対岸の島原半島は交通の便が悪いからな。住民の人々にとってこのフェリーは福岡や本州の方へ出る為の大事な足なんだ」

 

 事前資料には“国道フェリー”との記載もある。航路そのものが道になっているなんて珍しい物もあるんだな。

 

「私長崎県行った事無いんですけど、どんなところなんですか?」

「そうだな……やはり観光と歴史の土地だな。長崎県はどうしても県都の長崎市の方ばかりに目が行きがちだが、これから向かう島原半島も歴史や自然に溢れた場所だ。特に温泉は格別だぞ」

「トレーナーさんは行ったことあるんですか?」

「……ああ。数年前にな」

「なるほど……ちなみに今日は温泉は?」

「無理だ。山上の雲仙温泉街までは港から車で三十分は掛かる。もっと近い所にもあるがそもそも今日は仕事だってことを忘れるなよ」

「はーい……」

 

 そんなこんなでしばらく時間を潰していると、海の向こうの島原半島の方から白い影がこちらに迫って来る。それが船だと認識できるくらいの大きさになると、急に船は方向転換し始める。

 

「航行中は操舵室がある方を前に向けていて、着岸時は中に積んでいる車がそのまま出られる向きに方向転換するんだ」

「へ~……」

 

 そんな方向転換の作業を眺めていると、フェリーの横側がこちらを向いた時に私は見慣れたものと目が合った……横側に書かれた某黒いクマのゆるキャラである。

 

「あのキャラ、ほんとどこにでもいますね……」

「何なら熊本県そのもの以上に全国区で知名度が高いからな。とりあえず何か描くのには丁度いい」

「……なんかもう全部あのキャラで良くないですか? 今日の写真撮影も」

「いじけるな。お前もあれに負けないくらい熊本、そして荒尾を代表する存在になるんだ」

 

 無茶言わないでくださいよ……

 そんな言葉を出すのを私は抑え込んで、私は乗船に備える。

 

 ターミナルビルの中から連絡橋を伝ってフェリーに乗り込む。しばらく車を積み込み終わるのを待っていると、ブザーの音が鳴って連絡橋が離れ、エンジンがうなりを上げてフェリーは出航した。

 その後しばらくして撮影が始まる。デッキの柵にもたれながらカメラさんの指示を受けて一枚一枚ポーズや表情を微妙に変えながら撮っていく。

 アオも普段からこういう風に撮影の仕事をしていたのだろうか。多いときは週に四回は仕事で出ていたし、何ていうか表情筋とか疲れなかったのかな。よくあれで寮でもいつも笑顔で居られたよな……

 しばらくそのまま写真を撮っていると、次は一番上の展望デッキに上がって撮影をするとカメラマンさんから指示があった。急角度の鉄の階段を上ると、数日ぶりに晴れ間が出た空と青い海が一面に広がり、船の進む先には島原半島の影が見えている。

 

「ここで撮影しますので、ちょっとケイウンヘイローさんこれ持って下さい」

 

 そう言われてカメラマンさんから渡されたのは、

 

「……かもめパン?」

 

 そう書かれた袋の中に入っているのは手の大きさくらいの茶色のパンである。

 

「本当はシーズンじゃないんですけどね~来てくれるか怪しいんですが……」

「……?」

 

 私は話が見えなかったがとりあえず袋を開けてみる。食べれば良いのかな? 

 そう思ってパンの袋を開けて手に持った時だった。

 

「ミャーオ! ミャーオ!」

「うわっ!?」

 

 けたたましい猫のような声がすぐそばで聞こえた。

 顔を上げれば、何羽かの白い鳥が私の上を周りながら飛んでいる所だった。

 

「ああ、良かった! ウミネコが来てくれた!」

「えぇ!? なんなんですかこれ!?」

「このフェリーの名物、カモメの餌付けだ。売店で売ってるそのパンを船と並走して飛ぶカモメに千切りながらやるのが冬の風物詩だ」

「で、でも今六月……」

「ああ。“カモメ”は渡り鳥だからな、もう居ない。だが“ウミネコ”は留鳥だから今の時期でもこの辺りに居る。広報写真として使わないわけには行かないから代役出演だ」

「でもカモメじゃないんですよね……?」

「素人目じゃ見分け付かないんで大丈夫ですよ! さあ、ケイウンヘイローさん! 待ちわびているみたいですのであげちゃって下さい!」

 

 なんか適当だなぁ……そう思いながらも指先でパンをちぎって恐る恐る手を掲げる。すると、

 

「「ミャーオ!」」

 

 二羽ほどのウミネコがホバリングしながらやって来る。

 

「ひいっ!」

 

 私が怖がる様などお構いなしに彼らはあっという間に私の手からパンを奪い去って行った。

 

「ケイウンヘイローさん、もっと笑って! 楽しそうに見えないですよ!」

「いやこれだいぶ怖いんですけど!?」

 

 遠目で見ると海の上でぷかぷか浮かんでいたりして愛嬌のあるウミネコだが、目の前で見れば割とでかいし羽の音は大きいし目付きも鋭いしのオンパレードで恐怖の方が勝る。

 

「ケイ、別にお前を獲って食う訳じゃないんだ。空を飛んでるだけでコイの餌やりと本質は変わらないぞ」

「分かってますけど! コイは水面で口パクパクさせてるだけじゃないですか! この子達向こうから突っ込んでくるんですよ!!」

「ミャーオ!!」

「ひいぃ!」

 

 そうこうしてる間にもウミネコたちは私に更なるパンを所望してくる。

 

「ほら頑張って! 次撮りますよ~!」

 

 私はてをぷるぷるさせながらパンを先ほどより大きめに千切る。

 

「「「ミャーオミャーオ!!」」」

 

 一瞬で持ってかれた。

 

「ていうか数増えてません!?」

「お前が早くやらないからだ。うかうかしてるとこの辺り中のウミネコがお前のパン目当てに群がるぞ」

 

 私の周りを旋回するウミネコの数は既に二十羽は優に超えている。これ以上増えたらいよいよ私ごと掴まれて持ってかれそうだ。

 腹をくくった私は精いっぱいの作り笑顔でパンをちぎっては投げ、ちぎっては投げを繰り返す。

 やがてパンが無くなると彼らは最早用なしと言わんばかりに解散して散り散りに飛び去って行った。

 

「お、終わった……」

「は~いお疲れ様です! 良い感じですよ~」

 

 カメラマンさんが見せてくれた画面には“カモメ”に囲まれながら笑顔でパンをあげる私の姿が映っていた。我ながらよく演じきったものだ。

 

「ケイ、そうこうしているうちにもう多比良港に着くぞ」

「……あ、ほんとだ」

 

 目の前には多比良港の施設と街並みが。そして少し南の方を見れば普段は荒尾からシルエットでしか見えない雲仙岳がその荒々しい山体を露わにして聳えている。

 

「ここが長崎……」

 

 初めて荒尾に来た時も、福岡に行った時も熊本市に行った時も感じたが、やっぱり初めて来る土地はわくわくする。

 

「よし、じゃあ下りましょうかトレーナーさん!」

「残念だがケイ、俺達は下りないぞ。このまま折り返しだ」

「……え?」

「お前、レースが近いんだからこれが終わったらトレセンに帰って軽くでもトレーニングだ」

「い……いやまさかそんなご冗談を……」

 

 

                     ◇◇◇

 

 

「嘘でしょ……」

 

 船縁から眺める島原半島が離れていく。

 ここまで来て、長崎県初上陸ならず。間髪入れずに四十五分間の船旅の第二ラウンドが始まった。

 

「仕方ないだろ。それに五百円あればいつでも行けるんだ。また友達でも誘って行けば良い」

「そう言う問題じゃないですよ! そもそもこういうお仕事ってオフで地の物食べたりロケ弁貰ったりするのが醍醐味じゃないんですか?」

「荒尾から十分と長洲から四十五分で行ける場所で地の物も何も無いだろ。そもそもお前は学生だ。芸能人扱いして貰いたいなら今度のレースでも勝ってもっと大きい仕事を貰えるように努力しろ」

「はーい……」

 

 私は不満を漏らしながらも受け入れる。あーあ、何か長崎名物でも食べれるかと期待して胃がごはんモードになってたのに。胃も私の心に呼応してむかむかと……

 ……ん? 

 

「……トレーナーさん、失礼ですがお手洗いってどこでしたかね?」

「船尾の方だが」

「そうですか……じゃあ……ごめんなさい、持たないです」

「は?」

「……うぷっ!」

「……はっ!?」

 

 

                     ◇◇◇

 

 

 ……思い出したくも無い。そもそも乗り物酔いしやすい体質なのに四十五分なら耐えれるかと思ったものの、間髪入れずの復路で耐えられなくなり、有明海の魚たちにも餌をやってしまったあの日の事……

 

「ケイ? どうしたの?」

「い、いや何でもない……」

 

 あの場にファンの人が居なくて良かった。折角上がったイメージが急降下する所だった。

 

「そ、そうだアオ。アオって次の仕事って何か決まってるの?」

「うーん大きいのは今の所ないかなぁ。それこそ今度ケイと一緒に出る港まつりのステージくらいだよ」

「そっか、じゃあ私と同じだね」

 

 今度の海の日、私とアオは北の大牟田市の海沿いにある炭鉱跡で行われる“港まつり”という小さなイベントに出演して、ミニライブで二曲ほど歌った後物販や握手会でファンと交流する事になっている。

 

「二月以来だね、ウイニングライブ以外で一緒に歌うの」

「うん、久しぶりに“Azure”のユニット名も使えるね」

「あはは、結局全然使わなかったよね~。てっきりもっとユニットで出る仕事とかCD売ったりするのかなって思ってたんだけど」

「でも、今度のライブでもしかしたらどっかのレーベルの偉い人の目に留まるかもしれないよ?」

「いやいや大牟田にそんな人来ないって……」

 

 二人で顔を見合わせて思わず吹き出す。

 でも、それこそ荒尾じゃなくて福岡、欲を言えば東京とかのイベントに出れたなら、そういう事ももしかしたらあって、私達が歌方面で売っていく道もあったのかな……なんて妙な妄想をしてしまう。

 

 ……ううん、今の私の仕事はこの地域を盛り上げる事。だって私は、荒尾のウマ娘なんだから。

 

 

                     ◇◇◇

 

 

「ねぇせんぱーい」

 

 雨天で外での練習が中止になり、トレーニングルーム内でエアロバイクを漕いでいると、ふいにくーちゃんが話しかけて来た。

 

「ん、なーに?」

「練習さぼってお茶しに行きません?」

「……唐突にとんでもない事言い出すね」

「だって今日トレーナーさん用事があって来ないとか言ってたじゃないですか~チャンスですよ~?」

「行けるかもしれないけどだーめ。ちゃんとトレーニングしなさい」

「ちぇー、つまんないの」

 

 くーちゃんが唇を尖らす。

 まあでも最近練習詰めで息抜き出来てないしなぁ。くーちゃんの事ももうちょっと知りたいし次のレースが終わったらどっか連れてってあげようかな。

 

「……くーちゃんが次のレース勝ったら、何か奢るよ」

 

 私がそう言うとくーちゃんの顔がぱぁっと明るくなった。

 

「ほんとですか!? 約束ですよ!」

 

 この子の屈託なく笑う表情はアオそっくりだ。

 まあこないだの仕事で臨時収入も入ったし、アメとムチって言葉もあるしね。何より私だって先輩から良くしてもらったんだから後輩に還元しなきゃ。

 

 それにしてもトレーナーさんが用事で外すなんて久々だな。何しに行ってるんだろ? 

 

 

                     ◇◇◇

 

 

「いやーこのレース場もお前も、全く変わってねえな!」

 

 ちょうどその頃、理事長室に来客があった。バンダナを頭に巻きレザージャケットを纏った、どこか粗雑な雰囲気をした妙齢のウマ娘で、彼女はティーカップを片手に来客用のソファーに片膝を立てて腰掛けていた。

 

「わたくしはこれから来客があるのですけれど……ダイメイゴッツ先輩」

「まあまあ、久々に会ったんだ。ちょっと話くらいさせろよ、ハヤヒデ」

 

 理事長秘書のコウザンハヤヒデは珍しくため息をついた。

 

「第一もう貴女も大人なんですから、いい加減そのソファーに足乗せる癖を直したらいかがですの」

「普段からやる訳ねえだろ。お前の前だから昔みたいに振舞えんだよ……オレが生徒会長で、お前が副会長だったあの頃みたいにな」

「もう貴女の尻拭い担当は御免ですわ。そのソファーはご自分で掃除してから帰って下さいませ」

「はいはい……」

 

 彼女はそう言いつつ足を下ろすことなくティーカップをあおる。

 

「そもそも先輩、消息不明と聞いていましたがどこでなにをされていたんですの?」

「あぁ、全国を放浪してた……と同時に、各地の地方レース場を見て周ってたんだ」

「そうですか……全く、貴女が卒業して指導の側に回ると聞いた時にはようやく粗雑な貴女も足が付いた立場に就くと思って安心したのですが。結局数年も持ちませんでしたわね」

「そう言うお前も、オレが居なくなっても後釜はお前が居るから大丈夫だと安心してたんだが。たった一年もしないで引退しちまいやがって」

「流石のわたくしも怪我には勝てませんわ」

「ハッ、その結果荒尾史上最強のウマ娘が今やただの理事長秘書になるなんてなぁ」

 

 コウザンハヤヒデは耳を後ろに絞る。ダイメイゴッツはそれを見てニヤニヤと笑いながら肩をすくめる真似をするのだった。

「それにしても、本当に“変わってねえ”な。荒尾は」

「そう、なら良かったですわ」

「皮肉だよ。分かってんだろ」

「……」

 

 ダイメイゴッツは神妙な面持ちでコウザンハヤヒデを見ている。

 

「去年は宇都宮が潰れて、今年は岩見沢と北見が潰れる……だがはっきり言って、オレの目から見て今の荒尾はあのレース場達と何ら変わらねえ。死相が出てるぞ」

「昔と変わってないんじゃありませんでしたの? それとも、貴女やわたくしが現役だった頃から死相が出てたとでも?」

「ああ、今思えば予兆はあった……そもそも炭鉱が潰れて、急激な人口流出が始まった時点で何らかの手を打つべきだったんだ」

「炭鉱が潰れたのは時代の定めですわ。そしてこの荒尾は炭鉱と共に成り立った街……屋台骨を失った以上こうなる事は仕方ありませんわ」

「それでもやれることはあっただろ。あの頃はまだギリギリ黒字経営で、世間にも活気があった。施設の改修、ターフビジョンの導入。そんな今やどこのレース場だってある設備が荒尾には無い……あの頃は“地方レースの優等生”だった荒尾は今や地方で最も時代の変化に遅れたレース場に成り下がってる」

 

 コウザンハヤヒデは話に耳を傾けながら、黙ったままだった。

 

「それに……なあ聞いたか? ……岩手に不穏な動きがある。そもそも赤字続きで一昨年も潰れる寸前だったのをギリギリ繋いだ状況だったのに、一向に経営は改善しねえ。議会では間もなく廃止派が存続派と同数になりそうな勢いだ。そうなっちまえば県知事の一言でいつでも廃止に出来る……そんな状況だ」

「そのようですわね」

 

 軽く流したコウザンハヤヒデを見てダイメイゴッツは激高した。

 

「おい、本当に分かってんだろうな? あの岩手だぞ! 荒尾なんかより遥かに規模がでかくて、G1だって抱えてる! 何より日本レース史上ただ一人、地方から中央を制したウマ娘を輩出したあの岩手が潰れるんだぞ!」

「別に岩手はまだ廃止と決まったわけではありませんわよ」

「そんなの詭弁だって自分でも分かってるだろ! 仮に岩手が残ったって、もう次にどのレース場が潰れても全く不思議じゃねえ。帯広か、旭川か、福山か、荒尾か……どの順番なんだろうなぁ? 全く楽しみだよっ!」

 

「……」

「全国を回って分かったよ。このままじゃ地方レースは終わりだ……! 中津の廃止を皮切りに、僅か六年で八場潰れた。それも今年で十場に増える。岩手の盛岡と水沢も恐らくもう長くねえ……他のレース場だってそうだ、南関東ですら赤字運営だってんだ。日本のレース文化は今に中央を残して全滅するぞ……」

 

 コウザンハヤヒデは表情を変えなかった。ただ、自身の先輩の様子を達観したように見つめていた。

 

「なぁ、お前。荒尾に残ったって事は何か思う事があったんだろ? 理事長秘書と言うポストに収まったってことはお前なりに何かしようとしてるんだろ?」

「どうしてそう思いますの?」

「オレの勘だ。お前は昔からそう言う奴だ……自分が矢面に立つことは無く、ただ力のある奴の側で自身の意見を助言と言う形で通そうとする……」

「……はて、何のことだか」

「とぼけるなよ。お前がまだ中等部の頃、知的で真面目そうなイメージの仮面を被って生徒会に入って来て、その実オレを傀儡にしようとしていたあの頃から、オレはお前の本性は見抜いているつもりだ」

 

 コウザンハヤヒデは一瞬真顔になって、苦笑いする。

 

「……敵いませんわね」

「当然だ。オレは元生徒会長だからな……なぁ、頼んだぞ。お前が何とかしなきゃ、数年以内に荒尾は潰れる。それはオレを始め、全ての関係者もOBも誰一人望まない事だ」

「ええ」

「オレはもう行く。邪魔して悪かったな。次来るとき、またこの部屋で話せることを信じてるぜ」

 

 そう言い残してダイメイゴッツは部屋を出て行った。

 

「……まったく、ソファーは掃除して行けと言いましたのに」

 

 コウザンハヤヒデは呆れたように独り言を言う。そんな時、理事長室の扉を叩く音がした。

 

「どうぞ」

「失礼します」

 

 扉を開けて入って来たのは、菅原だった。

 

「菅原勝幸、ただいま参りました」

「ええ、お待ちしておりましたわ。どうぞソファーに……ああ、そちらはいけませんわ。先程土足で足を乗せていた不届き者がおりましたので」

「そうですか。お気遣い頂きありがとうございます」

 

 そしてソファーに互いに向き合って二人は座る。

 

「こうしてお話しするのは一年ぶりですわね。改めて、“計画”の遂行に尽力して貰って感謝致しますわ」

「いえ、私は何もしていません。全て彼女がやり遂げた事です。むしろ私のような者にあのような素晴らしい生徒を預けて下さりありがとうございます」

「そう謙遜なされずとも宜しいのに……ともかく、今日貴方を招聘したのは他でもない彼女──ケイウンヘイローさんの事ですわ」

「……はい」

 

 菅原の表情が強張り、それを見たコウザンハヤヒデは口に軽く笑みを作る。

 

「あの子は当初の目的通り……やや遅れこそしましたが、荒尾クラシック級のトップクラスにまで成長しましたわ。先日はブルーアラオさんに大勝を収め、ファンからの人気も鰻登り、まさに絶頂期ともいえる状態にあります」

「ええ」

「だからこそ……彼女には本計画の“拡張目標”に挑戦してもらいたいと考えていますわ」

 

 菅原は露骨に顔をしかめた。

 

「お言葉ですが理事長秘書……あれは最初から非現実的だと申し上げたではないですか」

「ええ。あの時はそうでしたわね。しかし、今はどうかしら?」

「あいつは確かに強くなった。荒尾でならクラシック級の垣根を越えてシニアA級相手でも通用するかもしれません。ですが、“あそこ”は別です。そもそも次元が違う」

「荒尾で他の誰よりも強いという現状こそ、既にあの子が次元を超えているという証拠ではありませんこと?」

「そもそも……! 今は時勢が悪過ぎます。万に一つ勝ち上がったとしても、その上には現役最強の二人が居る。今送り出すことはみすみす彼女の経歴に泥を塗るだけになるやも……」

「でも、あの子は望んでいましたわよね? 荒尾で強くなって、もっと高みに挑戦したいと。時勢はどうあれ、今のあの子の実力は間違いなく最高に近い。今挑戦しなければ、永遠に機会を逸しますわよ」

「それは……」

「私だって可能性が低いことくらい承知していますわ。ですが、もしも奇跡が起きたなら……あの子は伝説の仲間入りを果たし、荒尾は笠松の様に、生き残る為の最大の武器を手に入れられる。どっちにしたって不利益は生じませんのよ」

「ですが……」

「お言葉ですが貴方、ケイウンヘイローさんの事を想っておっしゃってらっしゃるの? 私の眼には貴方があの子を手放したくないから縋りついているように見えますわよ」

 

「……ともかく、どうするかはあいつ次第です。次のレースの結果次第で話を持ち掛けます」

「そう。だけど、なるべく早い方が宜しいと思いますわ……秋に間に合うようにね」

「……失礼します」

 

 菅原は足早に部屋を後にした。その後ろ姿を見送ったコウザンハヤヒデは、ぽつりと呟いた。

 

「先輩……貴女と、わたくしにも出来なかった事に……荒尾の”希望”が、挑みますわよ」

 

 

                     ◇◇◇

 

 

「ケイウンヘイロー、この前のレースもめっちゃよかったぞ! 今度の『荒炎賞』も応援行くから頑張ってくれよな!」

「はい! ありがとうございます!」

 

 数日後に開かれた港まつりで、私とアオは歌を披露した後ファンの人たちと交流していた。熱心なファンの人や、普段はレース場に来ないけど私たちのライブに興味を持った家族連れのお客さんが声をかけてくれる。

 

「あの……すみません!」

「ん?」

 

 手をもじもじさせながら私に話しかけて来たのは、小学生くらいの女の子だ。

 

「あの……わたし、ケイウンヘイローさんのファン、なんですけど……」

「え、ほんと? ありがとう~!」

 

 私が手を握ってあげると、その子の顔がぱぁっと明るくなった。

 

「あ、あのっ! それでっ!」

「うん、どうしたの?」

「わたし……トレーナーに、なりたいんです!」

「……おぉ!?」

 

 その子の口からは予想外の言葉が飛び出た。

 

「ほんとはわたしもウマ娘だったら、走ったり歌っておどったりしたかったんですけど……できないから、かわりにウマ娘をいちばんちかくでサポートするおしごとをしたいなって……」

「な、なるほど?」

「それで、ケイウンヘイローさんだったら、どんなトレーナーにしどうされたいっておもいますか?」

「う~んそうだなぁ……」

 

 理想のトレーナー像かぁ。まあまず実力がある人が良いのは間違いないとして、今のトレーナーさんがあれだから理想を求めるなら……

 

「……やっぱり、親しみやすい人かなぁ。ウマ娘と同じ目線で考えてくれる人」

「……ウマ娘とおともだちみたいになれる人ってことですか?」

「うーんまあそんな感じ!」

「わかりました! がんばります!」

「うん! あ、良かったらお名前聞いても良いかな?」

 

 一瞬立ち去ろうとしていた少女はくるりとこちらを向いて、

 

「わたし、“こやまゆいか”っていいます!」

 

 そう告げて、少女は家族の所へと走って行った。

 

「ふふっケイ、もう弟子が出来たの?」

 

 アオがニコニコしながら茶化してきた。

 

「いや~……当たり障りのないことを言っただけだよ。私にはトレーナーの事は分かんないから」

「どうなるんだろね、あの子。トレーナーになれるかな?」

「うーん滅茶苦茶狭き門だって言うし……まあでも子供が夢を持つのは良い事でしょ」

「でもあんな小さな子にも応援してもらえるなら、今度のレース負けられないね」

「……うん、頑張るよ!」

 

 

                     ◇◇◇

 

 

 そして、迎えた七月二十五日の『荒炎賞』。佐賀勢を迎えてのレースとなったその日、私は二番人気に推された。

 一番人気は佐賀のブライダルサンデー……その名前には聞き覚えがある。

 

 プライベートで関わりこそ無かったものの、今年の頭まで荒尾に所属していて、レースでも何度か一緒に走っている。彼女は佐賀に移籍後才能を開花させ、既に重賞「ル・ブランタン賞」を制し、その後川崎レース場のG2「関東オークス」にまで駒を進め、そこでは出遅れで大敗……そのままこのレースへと殴り込みを掛けて来ていた。

 

 しかし私だって強くなったし、何より彼女の荒尾所属時代、私は一度も彼女に負けた事が無い。それが自信となり差の無い二番人気という状況にもあまり動じてはいなかった。

 

 ……の、だが。

 

 

『ケイウンヘイロー追い込んだ! 追い込んだ! ……だがしかし、ブライダルサンデーが粘り切った! クビ差の決着! ブライダルサンデー重賞二勝目です! 二番人気ケイウンヘイロー、最後はブライダルサンデーを追い詰めましたがあと一歩及ばず! 三番手は大差でクロカゲバクシンが入線です!』

 

「うわ~! 惜っしい~!」

「道中もう少し前行ってりゃ絶対勝ってたよな!」

「ケイウンヘイロー重賞勝てねえなぁ……なんかシルバーコレクターの気配がし始めたぞ……」

 

 私は後一歩で彼女を差し損ねた。

 道中五番手を進んだ私は、二週目向こう正面で先頭に立った彼女をすぐに捉える事が出来なかった。

 最終直線でようやく二番手に立ち、必死に追い込んだが結果はクビ差の二着……重賞ウマ娘の称号はお預けとなってしまった。

 

 死ぬほど悔しかった。

 だけど、前みたいに立ち止まることは無かった。

 私の双肩にかかった期待の事を想えば、今ここでくよくよしているよりも前に進んでファンの人たちの為に次の重賞を狙いに行く方が良いと判断したからだ。私のメンタルも存外強くなったのだろうか。

 

 という訳で次は八月の佐賀で行われる九州三冠最終戦、「ロータスクラウン賞」。そこで重賞初制覇と荒尾勢として三冠の一角を意地でも獲りに行く。

 

 ──そう、思っていた。

 

 

                     ◇◇◇

 

 

「なあ、ケイ」

「はい? なんですか、トレーナーさん」

 

 それは「荒炎賞」の数日後、チームの部屋でトレーニングの準備をしていた時だった。

 

「……これは一つの提案であって、強制しようという訳でも、選ばなくたって全く問題は無いんだが」

「もったいぶらないで教えて下さいよ。何ですか?」

 

 トレーナーさんは渋い顔をして、何かを言うか言うまいか逡巡しているようだった。だが、しばらくして腹をくくったように、口を開いた。

 

「……ケイ、お前……中央に行かないか?」

「……へ?」

 

 その内容の余りの意外さに脳が理解を拒んだ。

 

「……あぁ! 中央に挑戦しないかって話ですか? 去年アオも挑戦してましたし、確かに一回くらい腕試しで出るのも良いかもですね!」

「いや……違う」

 

 トレーナーさんはもう一度、今度ははっきりとした言い方で言い直した。

 

「中央に、移籍しないか?」

「……え」

 

 

 

「ええぇぇぇぇぇぇ!?」

 




次回、「トゥインクルシリーズ編」始動!
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