早めに投稿するつもりでしたが、結局一週間掛かってしまいました。
ヒロイン?登場です。史実の資料が少なすぎて主人公含め性格はかなり想像で補っています。もしご存じの方がいらっしゃったらご連絡下さい。
ここまでで書き溜めていたストックが切れたので週一投稿は終わりです。
次は五月になるかもしれません。
※pixiv版は同一作者です。
「……えー、で、あるからして君たち新入生諸君には、一人一人がアスリートであると共に多くの人々に夢と希望を与えるエンターテイナーであるという自覚を持ち、ここ、環有明海地域のすべての人々から愛される為に誠実な学生であることを望むと共に、伝統と品格ある荒尾トレセン生としての……」
長い。
もうかれこれ30分は話しているのではないだろうか。
何故校長という存在は例にたがわず話が長いのであろうか。そもそも彼らも元は学生であったのだから校長先生の話という苦痛を否が応でも味わっている筈なのだ。しかし何故彼らは同じ過ちを繰り返すのだろうか。一人ぐらい「校長先生の話改革」を打ち出すような勇者は居ないのだろうか。私だったら国民栄誉賞を惜しげもなく渡すところだが、まあ居ないから今日でもこんなに話が長いのであろう。そしておそらく後五十年はこのままだろう。
私は今ここ、荒尾トレセン学園の入学式に臨み、おそらく全学生の足、あるいはおしりの敵であろう校長先生もとい理事長の話を聞いている。
そして私の周りに居るのがこれから友、もしくはライバルとなる同期のウマ娘達。今年の入学生は50人にぎりぎり届かないぐらい。
クラスが2クラスになるかどうか微妙なラインといった所かな。しかし本当に少ない。中央なら毎年最低400人は入ると聞いているけど、八分の一近いとは。地方はどこもこんなものなのだろうか。いや、いくらなんでもそれは無いだろう。やはり他のトレセンに流れているのだ。
そこに飛び込んできた私は相当な物好きと思われているに違いない。……絶対後で質問攻めに遭うだろうなぁ。
「……以上で理事長の話を終わります」
あ、終わった。
「それでは新入生移動しまーす! クラス発表の後、校内案内をしまーす!」
お、クラス発表ってことは分かれるんだ、と思いつつ、バスガイドのような帽子をかぶった案内役の人に連れられ今までいた体育館を出て列について行くと、正面玄関に着いた。ああ、クラス替えにありがちなやつだ。
背伸びをして前の方を覗いてみると、そこには、
*ジュニアクラス一組 46名* 以上
いや、一クラスだけかい。
何だったのさっきの思わせぶりなやつ。
この具合だと小学校まであったクラス替えで友達と一緒になる事を祈るイベントはないようだ。
出席番号は七番、まあいつも通りかな。
「皆さん自分の出席番号は確認しましたか~? 明日までここに貼っとくのでまだの人は必ず確認してくださーい!
では校内見学に出発しまーす!」
とりあえず言われるがままについていく。まあ今後少しはお世話になる校舎だし、昨日はすぐ寝ちゃったから校内を全く見てなくて興味がある。同時に昨日の管理棟の寂れっぷりを見たら結構不安だったりする。
「さて、ここが皆さんが主に使用する事になる管理棟兼教室棟の第一校舎でーす! 一階に理事長室、用務員室、事務室、職員室、保健室が、二階は中等部の教室で、三階が高等部の教室になってまーす!」
結構古びた校舎だ。築数十年は経っているだろう。
「生徒数が多かった時代は向こうの二階建ての第二校舎も使ってましたが、現在は閉鎖されていまーす! 基本的に立ち入り禁止だから勝手に入っちゃいけませんよ~? 先輩方の一部が毎年肝試しをやってますが真似しちゃいけませーん! 肝試しも何も幽霊とかは……出ないので意味ないですからねー!」
ん? 今溜め入らなかった?
出るの? 出ちゃうの?
ってかこの案内役の人元気良いな。ほとんどの語尾に伸ばし棒と感嘆符が付いてるし。
「次は特別教室棟でーす! こっちは中まで入りますよー!」
進む先には二階建ての壁面が薄汚れた校舎がある。色や形はさっきの教室棟とほとんど変わらない。
ふと気づいたが教室棟と特別教室棟を結ぶ渡り廊下的なものが無い。結構離れているのに雨の時はどうするつもりなんだろう。
ところどころ配慮が足りてないっぽいなぁ。
「靴を脱いでスリッパに履き替えて入ってくださーい! 自分の靴をどこに置いたかしっかり覚えていてくださいねー!」
……下駄箱が無い。靴が統一のローファーであるこの学園でこれだと事故が起こりそうだ。取り合えず出来るだけ自分の靴を隅に寄せておく。旅館の大浴場とかでやるやつだ。
スリッパに履き替え、相変わらずギシギシ鳴る廊下を歩いていく。
「最初にあるのは家庭科室でーす! 調理実習、裁縫実習などで使いまーす! 中等部の一年の後半あたりからお世話になりますよー! あ、うちの調理実習は他のところとちょっと違うので期待しててくださいねー!」
違うのか……地域の郷土料理作るとか? いや、でもそれぐらい珍しくはないよね……何だろう?
「次にあるのが理科室でーす! 化学も生物も物理も地学も全部まとめてここでやりまーす! あ、放課後に一部の生徒が勝手に実験をしてることがありますが、くれぐれも関わらないようにしてくださーい!」
えぇ……結構物騒だなぁ……
まあ理科はあんまり好きじゃないしわざわざ放課後に来ることはないかな。
「隣は視聴覚室でーす! レース映像や名ウマ娘列伝は各種貸し出しているので自由に観れますよー!」
あ、嬉しい。「あの人」のレース列伝あるかな……って、ん? マルゼンスキー……シンザン……タイテエム……そもそもこれってビデオテープ?
……古くない?
それ以外にあるのは自主製作と思われる荒尾レース場の名ウマ娘列伝のようだ。名前を全く知らないウマ娘ばかり……
あれ、この「荒尾の至宝 砂塵の覇者コウザンハヤヒデ」って、昨日の……
「はーい! 次行きますよー!」
あ、もうか。まあ今度確認しておこうかな。
今度は二階に上がる。コンクリート製の階段の音が何重にも響く中を登っていくと、一階よりも床の汚れがひどい二階に着いた。
一階とはにおいが違って、少し不快な感じがする。
「老朽化が進んでいて二階は雨漏りがありますので、雨の日は走らないようにしてくださーい!」
このシミの数はすごい。何か所雨漏りしてるんだろう。
見上げると、天井の板の隙間のほとんどは黒く変色している。どうりで少しかび臭いわけだ。
「ここが音楽室……なんだけど音楽の授業は後で案内するレッスン場でするからここはもう空き部屋でーす!」
ちらっと中をのぞくと机が何個も平積みにされていたり、外装が取れた古いアップライトピアノが置かれてある。
奥の壁にある色あせたモーツァルトが哀愁を漂わせていた。
「隣がコンピューター室でーす! 情報の授業でも使うけど、自分のPRポスター制作とかにも使うから、結構お世話になると思うよー!」
中には最新とは言い難い分厚いディスプレイのパソコンが理路整然と並んでいた。……えっくすぴーって何だろう?
「最後が隣にある美術室でーす! ……以上でーす!」
え、さっきまでの解説どうしたの。各部屋ごとに注釈付けてたのに。
よく見ると、この美術室はあまりに使用感が無い。結構古い施設なのだから床が絵具まみれでもおかしくないのに、やや埃がかっているだけで汚れの類がない。
「この学校……美術の授業が無いというのか……なんと愚かな……芸術を蔑ろにするとは……」
どこかから独り言が聞こえた。そうか、トレセン学園は特殊な教育機関だから一般の学校と違って授業数を削ってその分をトレーニングに回す事が許されている。故にこの学校は美術の授業をカリキュラムから無くしているんだ。でも一応形だけ美術室は作っているってことか。
まあ私そこまで美術得意じゃないからどうでもいいけど。
「では移動しますよー! 一階に降りて靴を履いてくださーい!」
言われるままに一回に降りて昇降口へ向かうと、自分の靴が消えていた。そんな。あんなに離しておいていたのに。
周りも数人間違えてしまっていて混乱が起きているようだ。
どうしよう。そこらへんのを履いていくのは無理があるし……
「あの、すみません」
そういわれて顔を上げると、一人の少女が立っていた。そしてその顔を見て呆気にとられた。
淡い栗毛色の髪を左でワンサイドアップにし、白いレースをあしらった髪留めで纏めている。宝石を思わせる淡い蒼の大きな双眸は、童顔と称すべき色白の顔と共に、こちらに向けられている。私の主観だけでなく、おそらくは世間的にも美少女と言って差し支えないかわいらしい少女が、そこには居た。
「もしかして、靴をおさがしですか?」
一瞬ぽかんとして固まっていたが、慌てて答える。
「あ、はいそうなんです! 分かりやすいように置いてたんですけど……」
「あー……みんな靴がおんなじですものね。お手伝いします。どのぐらいの大きさですか?」
「えーっと、23.5です」
「あ、私とおんなじ。奇遇ですね。ここにないなら同じサイズの子たちに聞かないと……何か目印とかつけてませんか?」
「えっと、靴の中にイニシャルを書いてました」
「良かった、それなら探せばすぐに見つかるかもしれませんね! さあ他の子に聞きに……あれ? もしかしてあの一足残ってるのじゃ……」
少女が指さした方向を見ると一足だけポツンと置いてある靴があった。隅に離して置いてあるのは私のやつと同じ方法だが、置いた場所が正反対だ。
「サイズは……23.5、同じですね。えーっとイニシャルが書いてあるんですよね、名前を聞かせてもらっても良いですか?」
「あ、ケイウンヘイローです」
「ケイウン……うーん、これに書いてあるのはA.Bかぁ……いったいどこに……うん? それって……もしかして!」
少女は慌てた様子で自分の靴を脱いで、中を確認した。
「……私だぁ!」
少女は慌てて靴をこちらに差し出した。
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい! 自分の靴の場所反対でしたぁ! 本当にごめんなさい!」
「い、良いよ良いよ! 見つかったんだから気にしないで!」
何度も頭を下げる姿が可愛らしい。
「移動しますよー! 皆さんついてきてくださーい!」
「あ、ほら移動だってよ! せっかくだし一緒に行こ!」
私は彼女の手を取ってそう言った。
「は、はい! ヘイローさん!」
「うーん……よくよく考えれば同級生同士で敬語ってのもあれだし、ため口でいいよ」
「そうですか? うーん……じゃあそうするよ。ヘイローちゃん」
「あー……ヘイローって名前の付く子ウマ娘だと多いし、良かったら別ので……」
「あ、じゃあケイちゃんで」
私の呼び名ランキングトップを独走するケイちゃん呼びがまたも躍り出てきた。まあいいや。
それにしても普段は積極的に他人に話しかけないのだが、柄にもなく親しく話してしまった。まあ初めての土地だし、友人が居ないと困るから親しくなるのは悪いことじゃ無いか。二人で歩き出すと、そういえば彼女の名前をまだ聞いていなかった事を思い出した。
「そういえば、まだ名前聞いてなかったよね」
「あ、そっか。私はブルーアラオ。名前から想像つくかもしれないけど、ここのすぐ近く出身なんだ」
「なるほどー……うーん、呼ぶならブルーちゃん? それともアラオちゃん?」
「あ、私の事はアオって呼んで。ちょっとアラオ呼びはね……」
「確かに、地名呼びはちょっと紛らわしいもんね」
「そういえばケイちゃんってどこから来たの? このあたりじゃ聞いたことがないし、福岡のほうとか?」
「あ、私は東京出身だよ」
「えぇっ! 東京!? ケイちゃんすごい!」
「す、すごくはないよ……」
「いやいや! すごいよ! だって東京だよ? 人いっぱいいるしオシャレなお店だっていっぱいあるんでしょ!?」
「そ、そりゃあるけど、良いことばっかりじゃないよ? 人多いから電車いっつも満員だし……」
「ううん、そもそも電車の数が多いんでしょ? こっちのいつ乗っても席に座れるけど一時間に二本しかない電車よりよっぽど便利だよ!」
「そ、そうかなぁ……」
「そうだよ! あ、もしかして原宿とか渋谷とかも行ったことあるの?」
「あ、うん。どっちも休日に友達と……」
「すっごーい! どんな感じなの!?」
「え、えーっとね……」
さっきまでのおしとやかな雰囲気はどこにやら。アオちゃんは私の話にくぎ付けで、いろんなことを話すたびに喜んでいる。
彼女の美しい栗毛の髪はそのたびにふりふり揺れる。可愛い。
そうこうしているうちに、次の施設に着いたようだ。
「はーい皆さーん! ここがレッスン場でーす! ダンスや歌の特訓はここでやりまーす!」
今度は比較的綺麗な建物だ。一面が鏡張りの内部の広さも、十分にあるようだ。
「ここは他の所よりちょっと綺麗だね」
「うん。ここは前のレッスン場が古くなって床が抜けちゃったから五年前ぐらいに新しくなったの。ついでにその時に音楽室も一緒にしたみたい」
「へーそうなんだ……なんか詳しいね?」
「あ、それはうちのお父様の会社がここの学園のスポンサーの一人で、小さな頃から入らせてもらってたから……それと荒尾のジュニアレースクラブの練習場所がここでよく来てたからね」
「そ、そうなんだー……」
……まさかのリアルお嬢様か! 物腰がおしとやかだから育ちが良いのかなとは思ってたけど、本当にそうだとは……東京とはいえ下町育ちの私からすれば羨ましい限りだなぁ……
「あ、もう次行くみたいだよ、ケイちゃん」
「う、うん」
大丈夫、気にしなくていい。育ちがどうかなんてレースには関係ないし、そんな理由で付き合い方を変えるのもどうかと思うし。
レッスン場を出て、もう所々に緑が差している桜が並ぶ道を歩く。行き先は、まあ間違いなく目前にあるアーチ状の屋根を持つ体育館。
ついさっきまで幻滅するほど長い理事長の話をBGMにして、半ば無意識に座っていた場所だ。ということは、もうこれで校内案内はほとんど終了ということか。少し……いや、どう考えても規模が小さい。一度だけオープンスクールに行ったトレセン学園はもちろんのこと、受験に出向いた大井よりも川崎よりも圧倒的に小さい。まさに普通の学校に大きめのコースがあるだけといった具合だ。その上施設は目に見えて老朽化している。眼前の体育館も銀色の屋根がくすみ、あちこちの塗装が剥げている。
「ここが皆さんが先程理事長先生のお話を聞いていた体育館でーす! 裏手には屋外ではありますがプールもありまーす!」
「……屋外!?」
思わず口に出してしまう。ウマ娘のトレーニングにおいてプールは脚の負荷を軽減しつつスタミナを鍛えたりする上で非常に重要な施設だ。普通の学校のプールとは違って年中使用するというのに屋外とは……時代錯誤にも程がある。
「あはは……ケイちゃん、大丈夫。秋と冬の間は少し北にある民間の屋内プールを貸してもらってトレーニングするから……」
私の隣の可憐な少女は、私の考えていた事を即座に理解したようだ。
「それでもアオちゃん……やっぱりいちいちそのプールに行くのって不便なんじゃ……」
「それはそうだけど、新しく作る余裕は無いみたいだし……ご厚意で無償で貸していただいてるから、しっかり受け止めないと」
「無償……? レンタルしてるとかじゃなくて?」
「うん、無償。一般の人の利用時間を割いて、使わせていただいてるの。プールだけじゃないよ。坂路コースが無いから北にある神社の参道を使わせていただくし、学食の食材は地域から格安で卸していただいてるし、何ならこの学園だって運営費の半分近くは地域からの寄付で賄ってるし……」
「それって……どうして? どうしてこの地域の人たちはそこまで……?」
「どうしてかぁ。それは色々あるとは思うけどやっぱり……」
そう言うと、アオちゃんは私の方に向き直り、少し微笑んで両手を広げ……
「みんな、好きだから。荒尾レース場が。このレース場で繋がる、縁が」
「縁……?」
「うん。……目立った物も魅力も少ないこの街に、それでも人が居て賑わいの火が残っているのは、ここがウマ娘の街で、レース場と学園があって、そこに人が集まるから。だからみんなレース場と学園に力を貸してくれる。だから私たちはみんなのために走ろうと思える。
……そうやって繋がる縁を、この地域の人たちは愛している。もちろん、私も。それが理由かなぁ」
「そう、かぁ……」
……はっきり言って合点が行かない。縁。カルマ。……全く感じたことのない感覚では無いけど、理由としては不十分のようにしか思えない。
それで、人が動かせるんだろうか。己のためでもなく、誰かのため。見返りなんて無いにも等しいであろう、目にすら見えないその言葉で。
「皆さーん! これで校内見学は終わりでーす! 教室までご案内しますので着いたら教官が来るまで待機しておいてくださーい!」
例のやけに元気のいい案内役の人はそう叫ぶと、私たちを校舎の中に引率する。
覚えたての自分の出席番号を頼りに所々錆びが浮いたロッカーの中から自分のを探し当て、やや乱雑にローファーを押し込むと、上履きに履き替える。乾いた響きがする階段を上りながら、アオちゃんに話しかけてみる。
「あの、アオちゃんが競走ウマ娘目指そうと思った理由って何?」
「私?」
「あ、急にごめんね、私以外の子の理由って何なんだろうって、ずっと気になってて」
「そっか。うーん、私は……」
数秒考えて、彼女は話した。
「……走れるから。走ることが好きだから。それと……昔から代々この地域と関わる家の娘として、少しでもこの地域に貢献したいって思ったから……そんな感じかなぁ」
後者はアオちゃんの献身感の表れといえるだろう。でも、
「えっと、『走れるから』って……?」
「私ね、あまり体が強くないの。今はだいぶ良くなってきたけれど、昔はずっと家で横になってばかりの生活だった。でも……走ることは大好きだった。なのに、私はいつも他の娘が走ってるのを見ている事しか出来なかった。……だから身体が良くなって来て、レースクラブで走れるようになって、私考えたの。……もっと走りたい。今まで走れなかった分、いや、もっと、身体が動く限り、いつまでも、どこまでも走っていたい」
「だから……競走ウマ娘に……」
「うん。心配性のお父様からは反対されたけど、わがままを言って行かせてもらってるの」
分かる気がする。私は生まれてから走れない思いをしたことが無いから、彼女の思いを完全に理解することは出来ない。しかし、ウマ娘として生を受けた者である以上、走りを奪われることは耐え難い苦しみだろう。自分がその立場でも、きっとアオちゃんと同じ選択をするだろう。
「そういうケイちゃんは、どうして競走ウマ娘に?」
「私?」
どう説明しよう。アオちゃんの崇高な覚悟を聞いた後だと、どうしても自分のは霞んで見えてしまう。
「私は……」
「はーい皆さーん! ここが皆さんが一年間過ごすことになる教室でーす! 出席番号順に席に座ってくださーい!」
「あ、行かないと。ごめんケイちゃん、また後で聞かせて!」
「あ、うん。そうだね」
ひとまず切り抜けた……だろうか。いや、あの感じだとすぐに言わないといけないよなぁ……忘れてくれる事を願おう。
そう考えながら年季の入った自分の机に座る。幸いにしてがたつきは少ない。
「では皆さん、担任の教官が来るまで待機していてくださーい!」
そう告げると、案内役の人は教室を出てゆく。そして廊下にいた二、三人のウマ娘の所に駆け寄ると、
「どうだったー!?」
と言いながらおもむろに帽子を脱ぎ、隠れていたウマ耳を顕わにした。
「あんたテンション高すぎー」「説明端折りすぎじゃない?」「テンションの割には棒読みの所あったくない?」
「えー! 仕方ないやん、原稿通り言えって言われたんだしー!」
などと騒いでいる。あの元気の良さは学生ゆえのテンションか。
そう考えていると、一人のスーツ姿の女性が教室に入ってきた。外見で年齢を当てるのは得意ではないが、二十代後半ぐらいではなかろうか。
その女性は教卓に着くと、軽く咳払いをすると話し出した。
「皆さん、ご入学おめでとうございます。ようこそ、荒尾トレセンへ。私は、皆さんの担任指導教官を務めます、片淵です。担当は体育科、皆さんに担当トレーナーが付くまでの運動指導全般と、保健の授業を担当いたします。私のモットーは楽しむときは楽しみ、学ぶときは真剣に、です。メリハリのついたクラスを目指したいと思いますので、そのつもりで」
クラスの空気が引き締まる。冷酷という訳ではないが、あの教官の言葉には聞く者の背筋を正す力がある。どこか浮かれがちな新入生のクラスの担任になったのはそういうことなのだろう。
「では、明日からの授業の説明を……と言いたいところですが、まずは自己紹介の時間としましょう。出席番号順に、名前、出身地、皆に一言を言ってください。では、一番の人」
「はーい!」
そういうと、私の六人前に座っていた黒鹿毛の髪の子が立ち上がる。
「佐賀県のー、嬉野市から来ましたっ。アイドルロッチでーす! よっろしくー!」
先程廊下にいた上級生と同じようなテンションの自己紹介を終えると、すぐに順番は後ろの子に移った。
「はじめまして、アンバーアールです。出身は熊本県山鹿市。皆さんと切磋琢磨して強くなりたいと考えております。どうぞよろしく」
眼鏡をかけたその少女は、その見た目から想像できるように無機質に話すと、自己紹介を終える。
「ウーマークウだよ~あ、日田出身ね~」
「うきは市から来ました! エルバフォンテンです!」
「福岡市から参りました。カクテルパーティーでございます」
「長洲町から来ました、カツイチカツヒメです!」
「同じく長洲出身の、カツイチハマムスメです!」
「「よろしくお願いします!」」
「……そこ、いくら親戚とはいえ自己紹介は別々にしなさい」
「「ごめんなさーい!」」
……個性派揃いだ。これはどうやら学校生活は退屈しなさそ……
「ク ロ カ ゲ バ ク シ ン で す ! ! !」
えっ
「出身は都城! 星座はおひつじ座! 座右の銘は疾風迅雷! 好きな食べ物はパイナップル! 尊敬する人はサ……」
「クロカゲバクシン、そこまで。そこから先は個別にお願いします」
「はい! すみません!」
そう叫ぶと嵐のようなその少女は落雷の如き速度で座った。
呆気にとられていると、そろそろ自分の番が近い事に気づく。参ったな、自己紹介はあんまり得意じゃないんだよな……
そうこう考えているうちに前の子が座ってしまった。立たないと。
控えめに音を立てながら椅子を引いて立ち上がると、クラス全員の双眸が私に向けられる。思わず声が詰まりそうになるが、耐える。
これぐらいで怖気づいてどうする。私の目標は「あの人」なんだ。だからもっと多くの人の前に立つ日が来るかもしれない。
だからこれぐらい……
「はじめまして、ケイウンヘイローです。出身は東京都、目黒区です。えっと、ここで経験を積んで大きなレースに出られるようになりたいです。よろしくお願いします」
東京の下りでクラスにざわっという小さなどよめきが溢れた。
拍手が鳴る中、ゆっくりと座り込む。力が抜けて少し身体がぐにゃりとする……
少し堅苦しかったかな。いやでもこんなものかな?
いろいろ反省会をしている間に自己紹介は続く。
聞いているとやはり九州出身が多いようだ。私以外で本州出身の子だと山口県と島根県がいたぐらいか。中国地方ならもう少し居てもいいのにと思ったけど、そういえばあっちには福山レース場があったっけ。
地元荒尾出身の子はアオちゃんを含めて五人ほど。近隣の都市まで合わせてクラスの約半分がこの地域出身らしい。
地元出身の子の少なさはそもそもの人口が少ない事が原因かな。
「あ、ワタリフラワーで~す……中津市出身……ね……ぐう」
最後の少女はそう言い残すと机に突っ伏した。
「……えー、これにて自己紹介は終わりとします。続いて連絡事項となりますが、机の中に入っている封筒を出してください」
机の中に手を入れると、水色の封筒が一つ入っていた。
「その中に生徒証と校則一覧、明日使う書類が入っています。明日の朝までに書き上げておいて下さい。そして明日ですが、早速身体計測と能力測定を行います。今後のあなた達の競走生活を左右する重要な検査ですので、今日は早めに休むように」
能力測定。
デビュー前のウマ娘の基礎能力を測り、走行姿勢やスタミナ、トップスピードを割り出して育成方針や戦術を決める指標とする為の検査だ。
関係者による見学が認められており、トレーナー達への初お披露目の機会ともなる。これに加えてゲート試験や選抜レースの結果を踏まえてトレーナーとウマ娘の専属契約が結ばれる。それこそ能力が卓越している場合は能力測定の時点で契約が成立する場合もあるが……まあそうそうあるものではない。
「連絡は以上です。何か質問はありませんか。……はい、では皆さん、これからよろしくお願いします。一番の人、号令を」
「はーい! きりぃ~っつ! れーい☆」
「「ありがとうございましたー」」
なんて号令だ。教官の眉間に心なしかしわが寄ってる気がするのは私だけか。
まあ良いや。今日は解散らしいし、これからどうしよう。ひとまず寮に行って自分の部屋を確認するのが先か……
そんなことを考えていた矢先だった。
どごん。
「ねーねー!」
私の思考は机が揺れる音と目の前に飛んできた……黒髪のピッグテールを躍動させ目を眩いばかりに輝かせて話しかけてきた少女によって記憶の彼方へ左遷されてしまった。
「えっ……え!?」
「ケイちゃんってとーきょーから来たんでしょ!? どんなところなの!? おしえておしえてー!」
「ま、待って待って!」
左遷された思考を呼び戻し、とりあえず状況を整理する。まず目の前のこの子がロケットもあわやという勢いで突撃してきて、東京のことについて聞いてきている。……東京出身ってそんな威力あるの!? そもそもなぜ私のあだ名を!? そんでもってたしかこの子の名前は……
「こらミライちゃん! ケイちゃんびっくりしちゃってるじゃん!」
「えー、だってー……」
「ミライは後先考えず突っ込む癖あるもんな……」
そういって後ろのほうから駆け寄って来たのは、アオちゃんと二人の少女だった。
「ごめんケイちゃん、私が少し話をしたばっかりに……」
「い、いいよいいよ。それよりその子って確か……」
「あ、紹介するね。この子はミライエイゴウちゃん。私と同じレースクラブにいた子で、みんなミライちゃんって呼んでるよ」
アオちゃんから怒られて少しむくれているそのミライちゃんは、かなり小柄だ。童顔の割に平均より少し背が高いアオちゃんと比べると、その小ささが際立つ。髪型も相まってまだまだ小学生のような印象を受ける。
「それと後ろの二人が……」
「どーも、タカキカナチャンだよ。あ、カナで良いよ、よろしく」
「こんにちは~ニシノシャダイです~以後お見知りおきを~」
「あ、よ、よろしく!」
「二人もレースクラブで一緒だったの。だから私たち四人は小学生の時からの友達なんだ」
「『ムツゴロウレースクラブ』って言って、ここらの子は結構入ってたよ。あそこのカツイチ姉妹とかアンバーアールとかもかな」
「え、姉妹?」
「ああ、姉妹ってのは違うか。なんでも誕生日が数日違いの親戚同士らしいんだけど、あんまりにも仲がいいから姉妹……いやもうあれは双子かな。そういうふうに言われてる」
あの時のシンクロ自己紹介の子か。髪色が違うから見かけには双子に見えないが、さっきから動きが完全に一致している。
「それより、とーきょーのことは?」
「あ、えーっとね……スカイツリーとか高い建物がたくさんあって、人がいっぱいいて……」
「たかいってどれぐらい? 四ツ山より?」
「え、よつやま……?」
「スタンドの右手のほうに見える山なんだけど、ケイちゃん分かる?」
「あーあれか……うん、多分十倍……いやもっとかな?」
「すっごーい! ねえほかには? ほかには!?」
「え、えーっとね~」
出身地のことを話すだけでこれだけ喜んで貰えるとは。田舎さまさまかも……
そんなことを話していると、もう時間は昼下がりに差し掛かっていた。
延々と質問してくるミライちゃんをカナちゃんがどうにか引き離し、ようやく私は解放された。
私はアオちゃんと学食で遅めの昼食を摂ると、共に寮へ行くことになった。
「ほんとごめんね、ミライちゃん夢中になっちゃうといつもあんなで……」
「良いよ、喜んでもらえたならそれで……」
アオちゃんには謝られてばっかりだ。なんだか自分まで申し訳なくなってくる。
「そういえば寮って二人一部屋なんだよね、広さはどうだった?」
「えっとねー、二人分の備え付けの机とベットでもうぎりぎりだからあんまり期待しないほうが良いかも」
「あーじゃあ私物とか全然置けないじゃん……」
「そうだね、でもまだ二人入った時の感覚は分からないの。まだ同室の人居なくて……」
「ふーん……ん? それってまさか?」
◇◇◇
「えーっと、じゃあ改めて……」
「よろしくお願いします!」
にっこり笑ったアオちゃんがぺこりと会釈する。
同室となるとは完全に予想外だった。まさかと思い寮の事務室で照会してもらったら、アオちゃんと同じこの部屋で間違いなかった。
そのあと案の定狭い部屋でアオちゃんに手伝ってもらいながら荷解きをし、ドタバタと夕食と入浴を済まして……今に至る。
かくして栗毛の可憐な美少女は私のルームメイトとなったのだった。
びっくりはしたけど、新しい子よりも少しでも仲良くなれた子と一緒のほうがよっぽど気が楽だ。
色んな他愛のないおしゃべりをした。
流行りのファッションのこと、家族のこと、昼の異常に長かった理事長の話へのグチ、中央のクラシック戦線に現れた衝撃的なウマ娘のこと。
私たちはどんどん打ち解けていった。
積極的に人と話すタイプではない私がこんなに話を弾ませたのは、やはり親元を離れて初めての土地に来た寂しさを紛らわせたい気持ちがあったのだろう。
そして……言い表しにくいが、向日葵のように笑うアオちゃんの笑顔に、何だろう、どこか惹かれるような感覚を覚えたのだ。もっと笑顔が見たいと思った。初めて会うのに、もっと知りたいと思った。
そう思う気持ちと裏腹に、時間は消灯時間に差し掛かっていた。
「じゃあ消すよ、ケイちゃん。おやすみ」
「うん、おやすみ」
フッと電気が切れると、部屋には夜の帳が下りる。
窓から差し込む月の光が、部屋をぼんやりと青藍色に照らした。
昨日空き部屋で過ごした夜とは、全然違う。
新しくできた友達の息遣いを聞きながら、目を閉じる。
新しい土地、新しい人々、新しい人生。
何もかもが変わったこの場所で、私の夢が動き出す。
何が起こるんだろう。
何が待っているんだろう。
どこまで行けるんだろう。
なれるかな、「あの人」みたいに。
色んな思いをぐるぐると渦巻かせながら、
私はゆっくりとまどろんでいった。