ウマ娘 潮騒のアレグレット   作:秋月@小説

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第二章第十二話です!
ここ最近理由は分からないのですがハーメルン版の閲覧数やお気に入り数が激増しており、作者が良い気になって執筆速度が加速した結果まさかの三週連続投稿です。
つくづく皆様ご愛読頂きありがとうございます。

前回のラストに書きましたが今回から第二章後半戦、”トゥインクルシリーズ編”スタートです。地味にこれの執筆のために去年友人と東京旅行に行った際現地調査をしたり、府中市周辺の地理事情を調べたりと準備を進めて来ました。
それに伴い今回の前書きでの蛇足として、その際に滅茶苦茶悩んだ要素である「トレセン学園ってどこにあるの?問題」を題材としてかなり長く語らせて頂きます。
んなもん知るか貴様くらわすっぞ!という方はいつも通り飛ばしてください。





はい、ここから蛇足です。こういうのは本来番外編で扱うべきなのでしょうが、次に番外編を書くのが二章の最終話投稿以降となる予定ですので我慢できませんでした。
それで改めて今回悩んだ要素なのですが、先ほども述べた通り「トレセン学園はどこにあるのか?」です。より正確に言うなら、「どこに立地しているのか?」です。
一応前提として公式から与えられている設定を提示すると、「所在地は東京都府中市」「面積は東京ドーム十七個分(初期設定の可能性あり)」「最寄り駅は東府中駅の隣」「東京競馬場と同じ長さのトレーニングコースを有する」です。
ではこれさえ守っておけば自由に設定して良いじゃないか?と考えたくなりますが、これらの情報に加え、ゲーム版及びアニメ版、先日公開された劇場版の描写から守らなければならないレギュレーションが存在します。
それが「最寄り駅は超高確率で京王線府中駅である」「けやき並木通りは作中にも存在する」「同じくナイスネイチャ他多数のウマ娘のシナリオで登場する事から晴見町商店街も存在する」「道路を挟んだ反対側に二千人超を収容できる寮がある」「(ウマ娘の速度と言う前提があるものの)ランニングで行ける距離に多摩川がある」
はい、これらの情報を頭に入れつつ府中市の地図を見てみましょう!

……分かるかボケェ!
当然ながらこれらの条件を満たすような都合のいい空き地など存在しません。他に考察されている方が東芝の工場や府中刑務所を候補に挙げられていたのですが、こっちだと最寄り駅がJRの北府中駅になっちゃいますし、校舎までは入っても東京競馬場と同じ大きさのトレーニングコースが収まり切りません……
となると非常に悔しいですが住宅街と道をぶっ壊して場所を設定するしかありません。個人的に道は歴史的、地理的背景に従って発達するという信念があるので現実との整合性が薄くなるこの手は使いたくありませんでした……
ですがいくらなんでも歴史的に非常に大きな意味がある甲州街道をぶっ壊すわけには行かないのでそれよりも北、さらに先述の条件を満たしつつできるだけリアルな場所を設定すると……
”場所は甲州街道の北、けやき並木通り、小金井街道に囲まれた範囲。桜通りを境に南側が寮、北は東京農工大の辺りまでが作中でのトレセン学園の敷地である”
……これを本作における解とさせて頂きます。この地域にお住いの皆様、お家をぶっ壊してしまってなんかすみません。
よってこれから始まるトゥインクルシリーズ編の舞台はこの辺りの地域です。ご承知おきの程よろしくお願いします。

とんでもなく長くなってすみません。本編をどうぞ!



夢への切符

 ウマ娘として生を受けたならば、その上で、レースの世界を志したならば。

 より高みで競いたい、誰より速く駆け抜けたいと考えるのは、言わば私達の本能だ。

 

 その夢を後押しする為の施設が日本各地に存在するトレセンであり、全国約二万人と言われる現役競走ウマ娘はいずれかのトレセンに所属している。

 

 そしてその中でも限られたトップ層が在籍し、名実ともに日本と言う国を代表する競走ウマ娘の最高教育機関、それこそが「日本ウマ娘トレーニングセンター学園」である。

 トゥインクルシリーズを主催するURA直轄の教育機関であり、東京都府中市に設けられた東京ドーム十七個分の面積を誇る巨大な学園施設には二千人を超える生徒が在籍している。

 各種トレーニング施設はどれも最先端。併設されたコースは東京レース場と同じ長さ。さらに日本各地に同規模の合宿所や保養施設を有するというまさに規格外の規模を誇る。最高の才能を持つ生徒たちの需要に応える為、最高の環境が惜しみなく与えられているのだ。

 

そんな環境で学園生活を送り、輝かしいトゥインクルシリーズの大舞台で同世代のトップたち、世代を超えた最強たち、海を越えた世界の猛者たちと競い合い、レースの歴史に名を刻む──それこそが、全ての競走ウマ娘にとっての夢である。

 

 そんな別世界とすら思える場所へ行くという選択肢がふいに与えられた時、どういう反応をするのが正解なのだろうか。

 飛び跳ねて喜ぶ? 平静を装う? 「興味ないね」と天邪鬼ぶる? 

 私の場合は……

 

「ええぇぇぇぇぇぇ!?」

 

 思わず叫んだ。

 

「……っ、近所迷惑だぞ」

「す、すみません……っていうか、え? 行けるんですか? 行って良いんですか!?」

「ああ。この間のレースも僅差決着だったし、今までの戦績を加味しても通用する可能性は高いと、理事会が太鼓判を押した。お前に行く意思があるならば、すぐにでも推薦状を出せるそうだ」

「で、でも私そもそも中央の入学試験落ちてますし……編入試験とか通るんですかね……?」

「お前の場合編入試験は恐らく無い。今までの戦績と学業の成績が優秀だから推薦状だけで行けるはずだ。必要なのはお前の意思と、保護者の方の了承だけだ」

「……!」

 

 信じられなかった。小学生の頃、わざわざ現地にまで行って確認した合格発表に自分の番号が無かった時点で、もう自分に縁は無い世界なのだとどこかで思い込んでいた。

 当然だが入っただけでは活躍できる保証など微塵も無い。でも、多くのウマ娘には権利すら与えられない夢の大舞台への切符が今、自分の手の中にある。その事実だけで心が震えた。

 

「もちろん手続きもあるから今すぐに行けるという訳でも無いんだが、どうする?」

「もちろん行きま──」

 

 そこまで言いかけて、私は口をつぐんだ。

 

「……すみません、ちょっと考えさせて貰っても良いですか」

「ああ、構わない。だがなるべく早いと助かる」

 

 思わず勢いで決めてしまう所だった。

 よく考えろ。今の私はようやく荒尾でアオと同じくらいの立場を手に入れて、絶頂期と言っても過言じゃない状態にある。ようやく手に入れたこの立場を捨てて一からやり直すのは果たして得策なのだろうか。

 何よりカナちゃんにも言われたじゃないか、アオと同じくらいの人気のウマ娘が一人いれば、アオが責任を感じたり仕事を一人で負担する必要が無くなるって。今私が中央に行けば、全て振出しに戻る。そうなったらまたアオに重い負担がのしかかって、アオの事だから断る事もせず一人で頑張りすぎて、最悪の場合──

 

 ……これは簡単に決めていい事じゃない。

 もっと慎重に、もっと考えないと。

 

 

                      ◇◇◇

 

 

「ね、ねぇくーちゃ~ん」

「なんですか? 先輩」

 

 日曜日の昼下がり、私とくーちゃんは荒尾駅前から程近い喫茶店でランチを食べていた。

 前にくーちゃんがレースで勝ったら何か奢ると約束し、実際に勝ってしまったため何が良いかと聞いたところ、どこかでランチしたいと言うので近場のここに決めた。荒尾レース場のスタンドにも支店が入っている店だが、くーちゃんが本店の方がお洒落でウマスタ映えするからとこっちに行く事を希望したのだ。確かに使い込まれた木製のテーブルと椅子がレトロな空気を醸し出し、椅子の深紅のクッションがなおさらその雰囲気に拍車をかけている。

 くーちゃんはシーフードグラタンを頬張ってご満悦の様子で、私はレース場内の支店にあるカツカレースパが好きなのだがここにはなかったためきのこスパを頼んでいた。

 

「もし……もしもなんだけどさ、私が別のレース場に移籍するって言ったら、どう思う?」

「え! 先輩どこかいっちゃうんですか? いやですよ~!」

「い、いや決まってるわけじゃないんだけど……やっぱりいや?」

「いやです。さびしいです」

「そ、そっか~……」

 

 初手で反対された。いやまあこの子の場合はそもそも寂しがりやの気質があるから何となく察してたけど……

 

「……でも」

「でも?」

「先輩ならどこでだって戦えるとは思いますよ~先輩は誰より強いって、知ってますから」

「くーちゃん……」

「だって先輩力が有り余ってそうですもん。わたしにすら大人げないですし~並走でジュニア級の私をぶっちぎるなんて普通します~?」

「それはまじでごめん……」

 

 私なら戦えるって言ってくれたのは心強い。だけど私としては今の不安材料はアオなんだよな……

 

「ところでせんぱーい、わたしデザートも気になるんですけど~♪」

「ん? まだ食べるの!?」

「わたし育ちざかりですし~ダメですかぁ?」

 

 う、うーむ。正直言うとお財布にはそこそこ余裕はある。この前の撮影とミニライブで結構潤ったし。だが既に私とあんまり体格変わんない、一部分に関しては私を凌駕するこの子が育ちざかりでまだ大きくなるだと? ……ちょっと癪だな。

 

「ほ、ほら身体大きくなると故障率も上がるってデータもあるしさ。今日はこのくらいにしとこ? ね?」

「え~? でもぉ……このモカゼリーパフェ食べれたらやる気上がって次のレースも頑張れそうって思うんですけど~」

「くーちゃんもう十分強いでしょ! 次勝ったらまた連れてきてあげるから! ほら、もうお会計行くよ~!」

 

 そして立ち上がろうとした私の腕を、ぎゅっとくーちゃんが掴んだ。そして彼女は、きゅるんとした瞳を上目遣いでこちらを見ながら、

 

「……だめ? ケイおねえちゃん」

 

 リーサルウェポンを放った。

 

 

                      ◇◇◇

 

 

 

「あ~おいしかった! ごちそうでさまでした、先輩♪」

 

 ……ッ! 不覚! 

 私としたことがまさかあのような見え透いた罠にかかるとは……

 い、いやまあね? 二人分合わせても二千円ちょいだから致命傷って訳じゃないしね? こればかりは喫茶店の営業努力と荒尾の物価に感謝しよう。

 

「ねぇ先輩。また一緒に行きましょうね」

「別に行くのは良いけど奢るかは分かんないよ~?」

「……おねえちゃん」

「次はやられないからね!?」

 

 

                      ◇◇◇

 

 

 

「それでさ……私、中央への移籍の話が来てて……ニシノちゃんとカナちゃんはどう思う?」

 

 トレセンに戻った私は、二人を堤防に呼び出した。やはりアオの事を一番知ってる二人に訊くべきだろう。

 

「え、えぇ……? う~ん……」

 

 カナちゃんは腕を組んで考え込み始めた。

 

「やっぱり私としてはケイちゃんには荒尾に居て欲しいんだけど……でもケイちゃんがせっかく高みに行けるチャンスを潰すのは駄目だと思うし……う~ん……」

「そうですわね~ケイさん自身は、どう思ってらっしゃいますの~?」

 

 ニシノちゃんはいつも通りゆったりとした口調で話し出す。

 

「私? 私は……」

 

 私の本心……そんなの、初めから決まってる。

 

「……やっぱり、中央で走ってみたい。子供の時から何度も見てきたあの舞台に私も立ちたい。あっち側から見たスタンドがどんな景色なのかを知りたい……」

 

 当たり前だ。だって私はウマ娘なのだから。それが許されるならば、この本能から来る欲望に抗う訳がない。

 

 一瞬の沈黙が流れる。潮風がざわざわと木立を揺らす音がした。

 

「では、言うまでもないですわ~。ケイさんの思いのままになされれば宜しいのですわ~」

「え、でも……」

「アオさんの事ならば心配しないで宜しいですわ~。わたくし達だって、伊達に何年も友達をやっている訳ではありませんのよ~? メンタルや身体面のサポートは行いますし、そもそもわたくし達だって同じ競走ウマ娘なのですから、アオさんやケイさんと同じくらい強くなって負担を減らせるように努力しますわ~」

「……私も……やっぱり、荒尾の事情のせいでケイちゃんが縛られちゃいけないって思う。荒尾に居て欲しいってのは私のエゴだし、ニシノも言ったけど私たちが頑張れば良いだけだしね」

「……そう、かな」

 

 ……良いんだよね? 二人だってこう言ってくれてるんだし、私間違った判断なんてしてないよね? 

 

「まだ不安なのでしたら、直接アオさんに話してみればいかがですの~?」

 

 ニシノちゃんが私の胸中を見透かしたようにそう提案してくれた。

 確かにそれが確実だ。最初から本人に訊いてしまえば良いだけなのだ。本来はこんな回りくどい真似なんてしなくて良い。

 だけど……私はそれをしたくなかったのだ。

 

 なぜなら、アオだったら確実に……

 

 

                      ◇◇◇

 

 

 

「え、中央に? すごいじゃんケイ!」

「うん……ありがと、アオ」

 

 その日の夜、私は満を持してアオに話した。中央への移籍の事を。

 

「でもなんで相談なんかするの? こんないい話断る理由なんて無いでしょ?」

 

 アオは、私がこの話をしたら否定しない。

 いつも通り屈託なく笑って、いってらっしゃいと背中を押してくれる。そう、分かっていた。

 

「でも……そしたらアオ、また一人になっちゃうでしょ? 仕事とか……」

「そんなの気にしないで! ぜーんぜん大丈夫! 私がまた頑張れば良いだけだもん!」

 

 ああ、やっぱりこうなる。

 だから本人には言いたくなかった。むしろ周りの意見が欲しかった。それはブルーアラオと言うウマ娘の魅力にして、最大の欠点……その余りにも強い責任感、自己犠牲の精神と言っても良い。

 他人の力が必須な場合を除いて、自分でできる事は全部自分でやろうとする。誰かに頼るという事をしない。全部自分で抱え込んで、キャパシティを超えていても顔色一つ変えない。

 彼女は平気な顔で「私が頑張ればいい」なんて言う。でも、この前仕事を貰って、アオが今までしてきたことの片鱗を見て気付いた。あれが週に何回も、場合によっては日に何回も。それも競走ウマ娘としての能力と学生の本分としての学業をどちらも非常に高い水準を保ったまま続けるなんて正気の沙汰じゃない。まともな人間ならすぐに限界を超えて壊れるのが普通だ。

 

 しかし、彼女は出来てしまう。彼女は特別なのだ。それをこなす天性の能力も、強靭な精神力も併せ持っている。

 ──だが特別は無敵ではない。限界は存在する。でも彼女は脚を止めない。自分が止まれば、荒尾も止まると思い込んでいる。

 

「ねえアオ……お願いだから、約束して。もし私が中央に行ったとして、何か困った事とか嫌な事があったら絶対私に相談して。私がどうにもできない事なら、カナちゃんとかニシノちゃんに……」

「も~どうしたのケイ? 急に心配性になって。私そんなに心配かけるような事した?」

「したでしょ……! 二月のあの時、ただでさえライブが終わってすぐだったのに、ハードなトレーニングに加えて極寒の山で軽装での撮影なんて無茶な仕事引き受けて、挙句高熱で出走取り消しなんて……」

「もうあんな無茶しないよ。だから安心して中央に行ってきて。荒尾は私が支えるから」

 

 ああ、そういう事じゃないのに……! 

 

「それに……ケイ、行きたくてたまらないんでしょ? 顔に書いてあるよ」

「……!」

 

 確かにそうだ。本当にアオが心配なのだったら、私は中央行きの提案をあの場できっぱりと断るべきだったのだ。

 それがくーちゃんやニシノちゃんにカナちゃん、挙句の果てに当事者のアオにまで相談している。

 所詮私は、荒尾を切り捨て中央に行く事の正当性が欲しいだけ、「気にしないでいってらっしゃい」と言って欲しいだけじゃないのか。私のウマ娘としての本能が、更なる高みを求めてやまないから。

 そして万に一つ移籍後にアオや荒尾に何かあったとしても……自分が負い目を感じたくないから。

 

「行ってきなよ、ケイ! 荒尾のウマ娘の強さを、中央で見せつけて来てよ!」

 

 私が欲しかった言葉を、彼女が告げる。曇りなき碧の瞳を湛える、線の細い童顔の少女が。

 どうしようもなく、胸騒ぎがした。根拠は無いが、何かが起こってしまうような気がした。

 しかし、

 

「……うん、分かった」

 

 私は結局、ウマ娘だった。

 この本能に抗う事など、出来なかった。

 

 

                      ◇◇◇

 

 

「……あ、もしもしお母さん? この前頼んだやつなんだけど」

『あーはいはい。書類なら昨日書いて送ったわよ。学費はちょっと高くなるけど、もともとうちは子供はケイしかいないし。そもそも中央に行くのはケイの夢だったものね。安心して行ってきなさい』

「ほんと? ありがとう! ……それでさ。お父さん、何か言ってた?」

『いつも通りよ。「ケイの好きなようにしなさい」だって』

「……そっか」

『ところでケイ、今年のお盆も帰って来ないの? 正月におばあちゃんの家行った時、サヨちゃんがケイに会えないからってすっごく寂しそうにしてたけど』

「うーん……お盆直前に荒尾でのラストランがあるんだよね。その後は荷物まとめなきゃいけないし……だからちょっと帰るのは厳しいかも。それに中央に入ったら府中から一時間もしないで帰れるようになるし。そのうち顔見せるよ」

『そう……分かった。じゃあ頑張るのよ、ケイ。帰る時は連絡してね』

「はーい。じゃあね」

 

 スマホの通話終了ボタンを押す。

 これで親に頼んだ手続きも終わった。遂に中央行きの条件が揃ったのだ。

 八月に入って一週間。中央移籍に向けた準備が着々と進む。

 

 七月の末に中央に身体測定のデータを送った所、今日早くもトレセン学園の夏服とジャージとなって帰って来た。

 新品の香りがする青と白の生地に紺色のリボンがアクセントのジャケットに、青い二本線が入るぴしっと折り目のついた白のスカート。そして胸元にトレセン学園のロゴの入った赤白のジャージ。何度もテレビやネットで見たこの服が実際に手元にあると、本当に私は中央に行くのだという実感が湧いてきて心が躍る。

 

 教科書もトレセン学園指定のものを新たに買った。荒尾で使っていたものと比べるとワンランク難しめの内容になっていて、こういう部分にも学校の格の違いって出るのだなと感心する。

 

 そして……“勝負服デザイン希望書”と書かれたA4の紙もある。

 中央は入学した時点で、実際に使うかはともかくとして全員勝負服のデザインを提出するとは聞いていたが本当だったらしい。確かにあんな煌びやかな勝負服をG1に出る事が決まった後からデザインを練っていては絶対間に合わないだろうし。なるほど合理的だ。

 こちらは提出は急がなくていいのでじっくり考える事としよう。

 

 同時にすぐに使わない冬物の洋服などを段ボールに詰め始める。女子は何かと荷物が多いものだが、私の場合嵩張るのはせいぜい洋服くらいだ。家具も備え付けの物だし部屋に私物をごてごてと置きまくっていたわけでも無い。段ボール3,4個とスーツケースがあれば事足りるだろう。

 

 あと五日もすれば荒尾でのラストラン。それが終われば八月後半に中央へ出発。夏合宿に行っていた中央の子達と合流し、九月の新学期から改めて編入となる。

 

 向こうに行ったならば取り急ぎトレーナー捜しに邁進しなければならない。荒尾では入学直後にスカウトが掛かっていたから一切苦労しなかったが、本来は選抜レースに出てトレーナーにアピールして選んでもらうのが基本だ。すんなり行けば良いんだけど……

 その後は秋のG1戦線の開幕と同じくらいにレースに出始めるのが理想だ。まあ私は中央のクラシック登録はしてないから菊花賞も秋華賞も関係ないし、そもそも出れたとして勝負になるかも怪しいが。

 

 その後どうなるかはやってみないと分からない。地方から中央に移籍して活躍したウマ娘と言ったらオグリキャップやイナリワン、古くはハイセイコーなど居る事には居るが決して多くは無い。元も子もない事を言えば、地方から鳴り物入りで移籍して中央で活躍できるレベルのウマ娘なんて今どき初めから中央に在籍しているのだ。

 

 もちろん地方のウマ娘が必ずしも劣っているとは言わない。一昨年のクラシック戦線に道営所属のまま殴り込んで大健闘し、ついこの前シンガポールの国際G1を勝ったウマ娘も記憶に新しい。

 だがやはりそこまで活躍できるウマ娘はほんの一握り……だからせめてオープン入りを当面の目標にしよう。そこまでいければ重賞やG1が夢物語ではなくなる。

 

 獲らぬ狸の何とやらとは言うが、理想主義もたまには良いだろう。まだ見ぬ夢舞台への想いがひたすらに募るのだった。

 

 

                      ◇◇◇

 

 

 

 

『ケイウンヘイロー快勝です! 先日中央移籍を表明したクラシック級最強ウマ娘の一人ケイウンヘイロー、更なる飛躍を前に視界は良好! 荒尾から中央へ、彼女の夢は続いていきます!』

 

 その後行われた荒尾でのラストランでも勝利。ライブでは熱心なファンの方が別れを惜しんで涙を流してくれた。

 やはり名残惜しさはある。こんなに熱心に応援してくれる人々がいるこの街に、大切な仲間たちがいるこの街に、一年半とはいえ濃密な思い出が出来たこの街にもっと居たいという想いもある。

 

 ──でも、私は飛び立つ。

 

 

 

 旅立ちの日、荒尾駅のホームにはアオやニシノちゃん、カナちゃん、トレーナーさんとくーちゃんにブラック先輩までが見送りに来てくれて、さらにファンの人たちも十数人ほど集まってくれた。

 

「ケイ、向こうでもしっかりやるんだぞ」

「頑張ってね、ケイちゃんならやれるって信じてるから」

 

「はい! トレーナーさんもブラック先輩もお元気で」

 

「せんぱぁ~い……やっぱり寂しいですよぉ~……」

「あはは……くーちゃん、寂しくなったらいつでも連絡して良いから、ね?」

「はーい……」

 

 この子には懐いてもらったが、結局しっかり知る前に分かれる事になっちゃったな。本当は先輩らしくもっとしっかりコミュニケーションを取ってあげるべきだったんだろう。反省点だな。

 

「ケイ。これ、私たちからプレゼント!」

 

 アオ達三人が渡してくれたのは、写真立てだった。色とりどりのシーグラスや貝殻で彩られ、中に収められた写真は去年の夏祭りで撮ったものだ。浴衣姿の私たちが笑い、ミライちゃんの姿もある。

 

「色々考えたんだけど。やっぱりいつでも荒尾の事を思い出して貰えるのが良いかなって」

「貝殻は荒尾干潟産ですわ~」

 

「わぁ、すっごい可愛い! ありがとう、大切にするね!」

 

「ほんとはミライも居たらよかったんだけどね。なんか法事があるらしくて来れたら来るって言ってたんだけど……」

「うーんまあ残念だけど仕方ないよ。それにこれが永遠の別れって訳でも無いだろうし……」

 

「うん……ケイ。私達離れ離れになってもずっと友達でいようね」

 

 アオが名残惜しそうに私にそう言ってくれる。

 

「……うん!」

 

 私とアオはぎゅっと抱擁を交わす。カナちゃんとニシノちゃんも一週顔を見合わせてから、同じように私に抱き着く。三人からハグして送って貰えるなんて私は幸せ者だ。

 

「おい、行くぞ! せーの!」

 

 遠巻きで見ていたファンの人たちが掛け声を上げると、何人かの人が手にしていた布をばっと広げた。

 

「──わぁ!」

 

 “いってらっしゃい! 荒尾のホープ、ケイウンヘイロー”

 “中央で輝け、九州人の誇りを胸に”

 “レースの街、荒尾からG1ウマ娘を!! ”

 

 ファンの人たち手作りの横断幕がホームに翻った。

 

「ありがとうございます! 本当に……」

 

「おい、お前! “九州人の誇りを胸に”はちょっと違うだろ! ケイウンヘイローは東京出身だぞ!」

「え、まじで!? しまった知らなかった!」

「お前さてはにわかだな? 後で話がある」

 

「ちょ、ちょっと大丈夫! 大丈夫ですから! 確かに私は東京出身ですけど、気持ちは荒尾のウマ娘で居続けるつもりですからー!」

 

 ……些細なトラブルはあったが、遂に電車が出る時間を迎える。

 

「では皆さん、今日はお見送りに来て下さりありがとうございました! 皆さんの思い、荒尾のウマ娘としての誇りを胸に闘ってきます!」

 

 全体から大きな拍手が起きる。

 

「行ってらっしゃーい!」

「頑張れよ!」

「ケイちゃん、がまだせ~」

「お゛お゛お゛お゛ん゛ん゛ッッッ!! ケイウンヘイローォォォオオ!! 行って欲しいけど行かないでぇえええええ!!」

「いやどっちや!」

 

 賑やかな声援に送られながら、電車の扉が閉まる。

 扉が閉まり切る瞬間、トレーナーさんと目が合った。トレーナーさんは私の眼を見据えてこくりと頷く。

 それを見て、私も同じように頷き返した。

 

 ガクンと一度大きく揺れて、モーターの甲高い音を鳴らしながら電車は動き出す。私を見送る人々が遠ざかっていく。

 

「……あっ!」

 

 車窓から見える荒尾駅前のロータリーに停まった車の窓から身を乗り出さんとしながら手を振るミライちゃんの姿が見えた。

 私も彼女に手を振り返す。エール、確かに受け取ったよ。

 

『この列車は、区間快速小倉行きです。鳥栖までの各駅に停まります。次は、大牟田、大牟田です。大牟田を出ますと、次は……』

 

 がらがらの車内。人を気にせずスーツケースと共に横並びの椅子に腰かけて、スマホでルートを確認する。まず目指すは博多。そこで乗り換えて地下鉄で福岡空港へ。そしてそこから飛び立って、目指すは──

 

 

                      ◇◇◇

 

 

 

 一時間半余りの鉄路の旅で私は福岡空港へ辿り着き、二時間ちょっとのフライトを経て飛行機は羽田空港に降り立つ。私はボーディングブリッジを渡って第二ターミナルへと移る。

 なんかボーディングブリッジって響きいいよね。何回も言いたくなるのは私だけだろうか。ボーディングブリッジ。

 

 階下でスーツケースを受け取ると、そのまま地下へと移動し空港線の赤い列車に乗り込んで品川へ向かう。車窓は暗い地下から日が差す地上に飛び出し、やがて高架線へと移る。眼下に広がる無数の住宅街は平和島を過ぎたあたりから高層ビルが目立ち始め、品川をもって摩天楼が競う合うように林立する様へと変態する。

 辺りには最早九州弁は微塵も聞こえない。標準語で人目をはばからず談笑する若者達と、どこかからの訪日外国人の言葉ばかり。

 年中どこかを工事している品川駅は今日も微妙に景色が変わっていて、乗換案内や注意書きがこれでもかと掲げられる。そんな中を無数の人が各々の目的のために縦横無尽に入り乱れる。

 目に入る景色は余りにも情報過多で、カオスを煮詰めたが如し。しかしこれこそが私が生まれ育った景色だ。

 帰って来たのだ、東京に。

 

 人込みに紛れながら山手線の外回りに乗り、道中故郷の目黒を横目にしつつ新宿へ。山手線のホームからさらにもう一度地下に降りて、京王線の特急に乗車する。

 そして列車は都心を離れ、俗に多摩と呼ばれる郊外へと向かう。

 いや、こと私の今の目的にとっては離れるというよりは近づいて行っているという方が正しいのかもしれない。

 

 そして揺られる事二十分とちょっと、東京レース場への乗換駅である東府中駅の隣、府中駅に降り立つ。北口改札を出てロータリーを通り過ぎ、甲州街道を渡って数分歩いた先、そこに私の目的地はあった。

 

「来ちゃった……」

 

 ──正直、ここには二度と来ることは無いとすら思っていた。

 一年半前、この学校は文字通り私を門前払いした。だがそれが理不尽な事だったとは微塵も思っていない。あの時の私が不完全だったのは言うまでもないからだ。

 しかし、一年半と言う時間を掛けた末、この学校は私を拒めなくなった。今の私は、大手を振ってこの門を潜る権利がある。

 

 日本ウマ娘トレーニングセンター学園。

 

 その歴史の中で数多の伝説を生み出し、徹底的な実力主義でもって最底辺ですら地方上位クラスと言う規格外の基準を持つ学校。

 その校舎に掲げられた銀の校章が、誇らしげに真夏の空に輝いていた。

 

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