皆様、大変お待たせ致しました。二か月もの間投稿を行わず申し訳ございません。学生の身分ゆえに課題に追われ、執筆意欲が沸かずここまでズルズルと引きずってしまいました。
正直に言うと既に投稿予定は大幅に狂っており、ケイウンヘイローのデビュー戦の日に投稿されるはずだった第四話「メイクデビュー」はまだ脳内構想の段階の上、書いていて膨らんだストーリーを詰め込むと予定していた第四話の内容が第五話にずれ込むことが確定しております。ウマ娘の小説で第五話までレースをしないとは異常なのかもしれませんが、お付き合いいただけると幸いです。
尚、執筆意欲は消滅しておりません。失踪していた間にネットに残る荒尾競馬場の記録を漁ったり、旧荒尾競馬場スタンドの最終営業日に行ってきて可能な限りの写真資料を残したりと執筆のための努力は続けているつもりです。
何年かかってでも完結させますので、末永くお付き合い頂けると幸いです。
次の投稿は七月中にできれば良いのですが、七月は定期考査がありますので確約は出来ません。八月に入れば確実に投稿できますので、お待ちいただくか、後編の概要欄に私のTwitterリンクを貼りますので八月に上がってなかったら「進捗どうですか」と言ってください。確実に進めます。
歓声がする。
はっきりしない意識の中で朧げに認識したのは、その地面をも揺らさんとする大歓声だった。
あれ、ここは?
私、何してたんだっけ。
ふと周りを見渡すとスタンドに押しかけた何万人もの大観衆が目に入る。
スタンド?
ここは、レース場?
どこだろう、東京?阪神?
…いや、私はあのスタンドを知ってる。いや、この目で見たことがある。
そうだ、中山…中山レース場だ。
そして中山レース場でこんなに人が集まるレースと言えば…
その時。
ドドドドドドッ!
私の眼前を色鮮やかな勝負服に身を包んだウマ娘達が駆け抜けた。
間違いない、「有馬記念」だ。
バ群に目を向けると、見覚えのあるウマ娘達がいた。
先頭を行くのはメジロパーマー。ビワハヤヒデ、ライスシャワーが好位に着ける。
中段にはトウカイテイオーと「あの人」。後方にはマチカネタンホイザが居る。
もう間違いようがない。あの時の有馬だ。
そういえば自分の目線が低い。そうか、この時私は小学校低学年だったっけ。
集団はホームストレッチを抜け、向こう正面に入る。
…私はこれから何が起こるのか知っている。
日本レース史上に残る大偉業。
不屈の思いが起こした「奇跡」。
誰もがそう口にする、伝説の復活戦。
でも、私は違う。
その余りにも輝かしい物語よりも、
私の心を揺さぶるもう一つの物語が、始まるのだ。
第三コーナーカーブ、ビワハヤヒデが動く。
葦毛の髪を靡かせて、大地を弾ませ驚異的な速度で上がってくる。
再び大きな歓声が沸き起こり、同時にどよめきが起こる。
トウカイテイオーが必死に食らいついている。
実況さえも驚き、誰もが呆気にとられる。
そして誰とも分からない誰かの一言を皮切りに、全ての声援がテイオーに注がれる。
壮絶なデッドヒート。
白熱する観客席。
誰もが息をのむ熾烈な鍔迫り合いの最中、私の眼は別のものを見ていた。
先頭の二人に続く団子状態のバ群の中から、たった一人抜け出してくるウマ娘がいる。
前の二人にはもう届きそうもない。しかし、そのウマ娘は決して諦めていなかった。
ただ、前だけを見て駆けていた。
そうだ。
「…」
あの姿に。
「……ちゃーん…」
あのまっすぐな瞳に。
「…イちゃーん…」
何処までもひたむきな、あの走りに憧れて、私は…
「ケイちゃん!」
「うわぁ!?」
ゼロ距離で発射された私の名を呼ぶ声が、私を覚醒状態に引き戻した。
ぼやけた目で辺りを見回すと、そこには観衆もスタンドもウマ娘も…一人いるだけだった。
「あれ、ここは…?」
「ケイちゃんしっかりして!もう時間ギリギリだよー!」
「うあ、アオちゃんおはよう…」
「あ、うんおはよう。…じゃなくて!もー!」
そうだ、昨日私はここ、荒尾トレセン学園に入学して目の前のアオちゃんと同室になって…
「えっと、今日は能力測定…だったよね。」
「うん…そうだよ…だから…」
「うん?」
ふと机の上の時計を見ると、長針は20分に差し掛かろうという所だった。
「あれ、たしか始業って…30…?」
さぁっと血の気が引くのを感じた。
「急いでぇぇぇええ!!」
「…うわぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
◇◇◇
「あ、ケイちゃんおはよー!」
「ゼェ…あ、あぁおはようミライちゃん…」
身支度のレコードタイムを叩き出し、息切れを起こしている私をミライちゃんが満面の笑顔で迎えてくれた。
「おはようケイちゃん。随分とお寝坊さんみたいだね?」
「あぁカナちゃん…こんな事滅多にないんだけど…」
「ふーん…何か変な夢でも見てたんじゃない?あ、アオ。モーニングコールお疲れ様。」
「はぁ…はぁ~…疲れたよ~」
「ご、ごめんねアオちゃん。起こさせちゃって…」
「い、良いよ良いよ…次から気を付けてね~」
「そうそう。それに、もう一人と比べたらまだましな方だと…あ、来た。」
そういってカナちゃんが向いた方向を見ると、ニシノちゃんが小さなあくびをしながら入ってくる所だった。
「皆様~おはようございます~」
「はーいニシノ、始業二分前だよ~。その寝坊癖は相変わらずだねぇ。」
「アオさんにはご迷惑を掛けてしまいました~明日はもっと努力しますね~」
「うん、その言葉は小学生の時から聞いてる気がするけど頑張ってね。」
アオちゃんが私を起こした後どこかに行っていたのは、ニシノちゃんを起こしていたからだったのか。
その上常習犯らしい。
「それよりそれより!きょうののーりょくそくてい楽しみだね!」
「うん!みんなの走りを見られるし、もしかしたらスカウトして貰えるかもしれないもんね!」
「いやいや…あれでスカウトされる子なんてほとんどいないし…期待しすぎじゃない?」
「えー!ミライいちばんになるもん!そしてスカウトしてもらうのー!」
「いやーそれならアオの方がまだ可能性あるでしょ…」
…そうだ、この測定でひとまずの皆の力量が分かる。
もちろん早熟晩成の違いもあるから全ての実力が分かるわけでは無いが、少なくともジュニア期で活躍できるか否かはこの時点で別れる。
私の夢はまだ先にある。だから…ここで皆より強くあらなければ意味がない。
そうだ、「あの人」みたいになるには、こんなところでは…
「ケイちゃん?」
「えっ?」
はっと気付くと、アオちゃんが私の方を見つめていた。
「どうしたの?ぼーっとしちゃって。気分悪い?」
「い、いやいや!ごめんごめん!ちょっと考え事してて…」
「そっか。ふふ、私てっきりまだ眠いのかなと思っちゃった。」
「ねーねー、ニシノちゃんもぼーっとしてるよ?かんがえごとかな?」
「…それは寝てない?」
そんな事を話していると、チャイムが鳴って教官が入って来た。
「皆さん、ホームルームを始めますので席についてください。」
「じゃあみんな、また後で。」
「うん。」
そう言って皆と別れると、相変わらず年季の入った私の席に座る。
「皆さん、おはようございます。欠席は…見たところ居ませんね。体調不良者は後で申し出てください。
さて、昨日お伝えした通り今日は身体計測と能力測定です。身体測定と能力測定は体育館で行いますのでホームルーム終了後に更衣をして体育館に集まって下さい。ああ、それと運動靴に蹄鉄を打ち忘れた人はそのままだと測定に支障が出るので早めに私に申し出てください。では皆さんから何かありますか?…はい、では終わります。アイドルロッチ、号令。」
「きりぃーつ!れーい♪」
「「ありがとーございましたー!」」
…教官の眉が一瞬ゆがんだ気がする。
まあ良いか、皆のところへ行こう。
そう思い、体操服の袋を手に取り教室を見渡すと、三列目の後ろの方に集まっているのが見えた。
「皆、何して…」
「ニシノちゃーん!起きてー!こんな短い朝礼の間で寝ないでー!」
えぇ…
◇◇◇
「ケイちゃん、身体測定どうだった?」
「んー、少しだけど小学生の時より身長は伸びてたよ。154㎝。」
「いいな~。私は身長伸びてないのに体重だけ増えちゃってたの…成長期終わっちゃったのかなぁ。」
「いやアオちゃん、それは…」
「ん?」
「…筋肉とかが成長したんじゃない?」
「うーん、そうかなぁ…」
そうだ。きっとそうだ。それ以外認めたくない。
私はアオちゃんの…明らかに自分の物より豊満なそれを見つめながら自分に言い聞かせた。
「ねーねー!アオちゃんしんちょうどーだったー?」
「あ、ミライちゃん…は…」
なんと慎ましやかなエンジェルフォール…
「なーに?」
「あ、いや何でもない!えっと身長は伸びてたよ!」
「そーなんだ!ミライも伸びてたよ!142センチ!」
「そっか。良かったね、ミライちゃん。」
「うん!」
相変わらず太陽のような笑顔で彼女はそう答える。
しかし、ミライちゃんは何というのだろう。あらゆるところに幼さが残る子だ。小学生だと言われても全く違和感がない。
もしかして飛び級だったりするのだろうか。だとしたら本当はかなりの実力者…?
そうこう考えていると、教官が前にやって来た。いよいよ始まるようだ。
「皆さん、集まっていますね。では、能力測定についての説明を始めますので、付いて来てください。全員起立。」
教官の指示を聞いて各々がバラバラと立ち上がり、先導する教官の後ろを付いていく。
そして体育館左奥の「トレーニングルーム」と書かれた札がついた部屋の前に着くと、金属製の引き戸を重々しく開けた。
「皆さん、入ってください。」
前の子に続いて部屋に入ると、右の方にベンチプレスやレッグエクステンションといったトレーニング器具が数台ずつ置かれているのが見える。
そしてひと際存在感を放つ、大型のマシンがその反対側、私の正面に置かれている。
「これはトレッドミルと言われる機械、その特注品です。皆さんにはこの上を走ってもらい、走行姿勢や特性を確認させて貰います。」
言わば大型のルームランナー。通常の物との違いはウマ娘が全力疾走出来るよう強固な作りになっている事と、側面を覆うように防護柵が張り巡らされている事だ。
「一番の人から順に走って貰い、私がスタミナ切れだと判断したタイミングで停止させます。巻き込まれると大変危険ですので今のうちに靴紐をよく確認して下さい。それと、終了まで時間が掛かりますので終わった人から順に着替えて、事務室まで行って教科書を受け取って教室で待機しておいて下さい。何か質問はありますか?…はい、ではアイドルロッチから。」
「はーいっ」
アイドルロッチがトレッドミルの上に立つ。教官がいくつか確認をしてから、轟音を立ててトレッドミルが動き出す。
「みんなー!見っててねー♪」
彼女はそう宣言すると、トレッドミルの動きに合わせ少しずつ足の回転を上げていく。
そう言われたからには、存分に観察させてもらおう。
ウマ娘の走り方は、どういう訳か4種類に分類されている。語源も定かではなく、一つを除いては人間と同じなのだが、大昔からウマ娘だけ区別されているのだ。
今彼女がやっているのは、「常歩」ただの歩行だ。
そして次第に足の回転が速くなり、リズミカルな「速歩」に変わる。大体ジョギングの速度で、体力消費が一番少ない。人間でもまだ追いつける。
やがてトレッドミルが速歩で追いつけない速さになってくると、少し息を入れてペースを変える。
「駆歩」だ。
人間でいう所の全力疾走。フォームも陸上選手と同じぐらい。だがその速度は原付を追い越せる程まで上昇する。
そこまで加速した所でトレッドミルからブザーが鳴る。ここからがウマ娘特有の領域だ。
一層の唸りを上げトレッドミルのランニングベルトは凄まじい速度で回転する。
普通の人間なら吹き飛ばされるほどの勢い。しかし、ウマ娘は違う。
「ふっ!!!」
アイドルロッチが息を入れる。その瞬間、身体は前傾し、足のストロークが一気に伸びる。
「襲歩」だ。
走行姿勢は水平に近づき、歩幅は5メートルを超える。
古代の狩猟民のウマ娘が獲物を襲撃する時の姿勢からそう呼ばれるようになったとか言われているが、
言わば私たちの全力疾走である。
時速は60キロ以上。この速度こそがウマ娘をウマ娘たらしめると言っても過言ではない。
自動車の登場以前はあらゆる陸上移動手段の頂点にあり、人を超越したその身体能力は数々の神話に描かれ、戦争が起これば武器と鎧を纏い駆けまわる騎バ兵は戦場の女神と言われたという。
彼女も例に漏れずウマ娘らしいしなやかで豪快な走りを見せている。
だが…
遅い。
彼女の走りは中央のウマ娘達と比べればもちろんの事、今まで見てきたローカルシリーズのウマ娘よりもかなり遅いものであった。
その上スタミナも多くない。いくら最初の加速時間分のロスがあったとは言え、まだ1000メートル程なのに一杯になってしまっている。本番であったならスパートの体力が残っていないだろう。
「止め!」
教官の合図でトレッドミルは減速し始める。
それに合わせてアイドルロッチは先ほどの加速の逆の手順で常歩へ戻っていった。
トレッドミルが停止し、アイドルロッチが少し重い足取りで降りると、教官が声をかける。
「お疲れ様です。貴女はまず差し、先行型のトレーニングを積んでいきましょう。戻っていいですよ。」
「は、はぁーい…ありがとうございましたぁ☆」
部屋を出ていく彼女の後姿を見送ると、側にいたアオちゃんに話しかける。
「ねえ、あの子…アイドルロッチちゃんって遅い方なのかな?」
「うーん…速くはないのかもしれないけど…でもあのぐらいなら珍しくは無いと思うよ?」
「えっ…あ、うん確かにそうかも…」
…珍しくない?
あの速さで?
ローカルシリーズの中にも所属ウマ娘の実力によってレース場毎にある程度の序列は存在する。
南関東を最上位として盛岡、名古屋…などと続く訳だが、荒尾はその中でも最底辺に近い。
これがその現状か。
この様子だと、他の子も…
そしてその予想はあながち間違ってはいなかったようだ。
次の子は最初の子よりも多少速いようだったが、相変わらずレベルは高くない。
次の子も、その次の子も。
その次の…
「バ ッ ク シ ィ ィ ィ ィ イ イ イ ン! ! !」
「…っ!?」
生徒の間にざわめきが走る。
今走っているのは入学式で早々に強烈な印象を皆に焼き付けたあの子、クロカゲバクシンだ。
フォームは整っているとは言い難い。むしろ滅茶苦茶の一歩手前だが、あの謎の掛け声とともに、他の子からは一歩抜きんでた速さで駆けている。
…強い。
フォームが安定すれば、他のレース場でも十分戦える実力はありそうだ。
「ねえ、アオちゃん…!」
「うん、すごいね。あんな走り方もあるんだ…私も一回やってみようかな?」
「…いや、あんまりあれは真似しない方が…」
ともかく、荒尾にもある程度の実力者はいるようだ。油断は禁物か。
だけど。
私だって負けてない。
他のトレセンでは確かに落とされちゃったけど、ここでなら。
数分の後、私の番がやって来た。立ち上がり、目の前の巨大な機械へ向かう。
「靴紐を見せてください。…大丈夫そうですね。何か身体の不調はありませんか。」
教官が注意深く聞いてくる。
「はい。問題ありません。」
「分かりました。ではケイウンヘイロー、始めますよ。…期待しています。」
「えっ、あっはい。」
期待しています?
他の子には言っている様子はなかった。
何で私だけ…あ、そうか。推薦入学だから?
推薦で入っている以上、凡走は出来ないという事だろうか。
トレッドミルの上に立つ。意外に高い。
ふとヒソヒソという囁き声に気づき、そちらを見るとクラスメイト全員の目が私に向けられていた。
好奇の目、期待の目、傍観の目、少しだけど睨むような目もある。
まだ一日目だというのに、私に向けられる視線はこんなにも多彩だ。
東京から九州の地方トレセンに、それも推薦でやって来たウマ娘。
そんな存在である私は、試されているんだ。
「この程度」の評価か、「これ程の」の評価になるか。
今後の立ち位置が、ここで決まる。
…そういえばこの測定はトレーナー陣も見学しているはずなのに、どこにも姿が見えない。
そもそもトレッドミルは誰が制御してるんだろう?教官のところにそれらしい機械は無いし…
そう考えていると、教官が部屋に貼られた鏡に向かって指で合図をした。
途端、トレッドミルは動き出す。
なるほど、マジックミラーか。
恐らくあの向こうに動かす機械と、トレーナー達が居るんだろう。
全て見られているんだ。
ごまかしや偽りは通用しないって訳か。
…よし、じゃあ全力で行こう。
マジックミラーの方に、少しだけ会釈を送ってみる。
全力で走って――
私の実力を、認めさせてみせる。
◇◇◇
ゴム敷きのトレッドミルは、予想以上にグリップが効いた。
ダートを走るよりもずっと楽に走ることが出来る。
一分ほどかけて、何の問題もなく駆歩まで順調に加速していく。
駆歩まで加速して十数秒経って、遂にブザーが鳴った。
スタミナも全然残ってる。
問題無く、「あれ」を出せる。
唸り声を上げ始めたトレッドミルに食らいつき、フォームを変えていく。
よし、行こう!
「ハァッ!!!」
息を入れるのと同時に私は一気に右脚を目いっぱい前へ伸ばし、同時に重心を落として体勢を限界まで地面へ近づける。
ランニングベルトに右脚の先が付くと、蹄鉄を食い込ませながら掻き込むように一気に脚を引き付ける。同時に左足も一杯に前に伸ばし、そして後方へ蹴り飛ばすように右脚を抜く。これの繰り返し。
これが、私が独学で編み出した"超前傾走法"だ。
ピッチよりストライドを優先して一歩の大きさを限界まで引き上げた。
脚の力を出来るだけ推進力のみに使えれば速く走れるのではと思って試行錯誤していた時に、ネットで見つけた「葦毛の怪物」の動画の走りから思いついたのだ。
生まれつき身体は柔らかい方だったから形はすぐに真似る事が出来た。
ただやはり力の違いか、「怪物」程の速さには全然ならなかった。
しかし私は諦めが悪かった。自主練を続けることで、少なくとも小学校にいた他のウマ娘達よりはずっと速く走れるようになっていた。
それでも中央の試験の時はエリートの子達に全く敵わなかったけど…
ここなら、この荒尾なら、きっと私の素質は通用する…!
私は走る。ただ前だけを向いて走る。
皆はどんな顔をしているだろうか。
この走りで、圧巻出来ているだろうか。
もっと、もっと速く。
あの人の背中に、追いつくために…!
◇◇◇
それから一分半は走っただろうか。
マイルの距離を超え、中距離にあたる距離まで走った所で、私の脚は次第に鈍りだした。
呼吸が苦しい。前傾の維持もままならない。
もう苦しい。
そう思った途端、全身から力が抜けはじめ、フォームが乱れるのを感じた。
しまった、立て直さないと。
しかし教官が鏡に向かってまた合図をするのが見え、すぐにトレッドミルは減速した。
「教官っ、私はまだ…」
「駄目です。これ以上やっても過負荷ですし、レースの参考にはなりません。…それに、もう十分ですよ。」
「えっ…」
そう言われて皆の方を見ると、皆の表情は様変わりしていた。
ほとんどの子が、驚きの表情を浮かべていた。
何人かいた興味なさげに談笑していた子も、私の方を見ている。
アオちゃんやミライちゃんは目をキラキラさせて私に向けていた。
トレッドミルが止まると、拍手が起こった。
やった。
皆からの称賛を受けて、思わず笑みが零れる。
中央や他のトレセンの試験でもこの走り方はやったけど、褒めてもらうのは初めてだ。
「ケイちゃん!」
トレッドミルを下りると、アオちゃん達が駆け寄って来た。
「すごい、すごいねケイちゃん!私あんな走り方始めて見たよ!」
「あはは…ありがとう。」
「ケイちゃんすごかった!なんかネコちゃんみたいな走りかただったね!」
「ミライさん、違いますわよ~あれはチーターさんの走りですわ~」
「いやどっちもあんまり変わらないでしょ…ネコ科なんだし…」
カナちゃんが二人を宥めた。
「まあお疲れ、ケイちゃん。速さもそうだけど、派手な走りだったね。」
「あ、ありがとうカナちゃん。」
「…でも少し気になったんだけど、あの走りはさ…」
「ケイウンヘイロー。」
カナちゃんが何か言いかけた所で、私に話しかけてきたのは、教官だった。
「あっ、はい!」
「お疲れ様です。事前評価の通り、素質は十分あるようですね。」
「ありがとうございます。」
「そして、あなたの脚質は恐らく逃げ、先行型。比較的短距離の方が得意そうですが、トレーニング次第で2000m程度なら中距離も走れる実力はあるでしょう。」
「ほ、本当ですか!?」
「えぇ。…それと、あなたには後で伝えたいことがありますので、放課後に職員室へ来てください。では、戻って大丈夫ですよ。」
「はい!ありがとうございました!」
「次、ケージーヘイロー。準備して下さい。あぁ、それとケイウンヘイロー…『面白い走り』でしたね。」
「え?あ、はい。」
教官はそう言い残すと次の子の測定へ行ってしまった。
「あっ、カナちゃん、さっきの話って…」
「え?あぁごめん、大したことじゃないから気にしないで。」
「え、そうなの?じゃあまた後で。」
私は皆に手を振って更衣室へ向かうことにした。
それにしてもあの時のクラスメイト達の顔。
度肝を抜いたっていうのはああいう事を言うんだろうか。
自分の走りを誰かに評価してもらえるって、あんなに嬉しいんだ。
小学生の頃の友人とレースごっこをして遊んだことは何度もあったけど、常に競り合ってばかりで褒めたり褒められたりすることはほとんど無かった。
東京では他の子より少し早いけど目立つ存在じゃなかった私だけど、ここでは皆に一目置いてもらえそう。
このままレースでも勝ち上がりたいな。そして他のレース場への遠征も一杯して、そのうち重賞だって勝って…
いつかは
絵に描いた餅のような考えだけど、思いを膨らませるだけで私の足取りは自然と軽くなるのだった。
そういえばカナちゃんと教官の言ったことが少しだけ気がかりだけど…気にしすぎかな?
後編へ続きます