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「ただいまー!」
「あ、ミライちゃんお帰り。」
ミライちゃんが教室へ帰ってきたのは、もうすぐ昼休みになろうという時間だった。
一人あたり三分以上かかる能力測定は、どんなに効率的に回しても二時間以上掛かってしまうため、その間早めに帰って来たカナちゃんと話しつつ教室で待っていた。
「ミライちゃんはどんな事言われた?」
「えーっとね、にげのたんきょりむきだっていわれたよ!」
「あーミライもか~」
私たちはさっきから教官からどんな評価を言われたのかを皆で言い合っていた。
すると、おおよそ半数は逃げの短距離向きという風に評価されていたのだ。
「うーんこればかりは仕方ないからね~ステイヤーの素質がある子が少ないし、そういう子は中央に行っちゃうしね…」
「そういえば荒尾に長距離レースってないの?」
「あー…あったよ、2500mが。だけど…」
「もうずいぶん昔のレースで使ったっきり無くなっちゃったの。」
「2500…有馬記念と同じかあ…」
「あーそっか、有馬って中山の2500だっけ。そうだ、ケイちゃんって東京にいたころ
「え、
「え、すごい!いつの有馬!?」
アオちゃんが食いついた。
「えっと、トウカイテイオーの時の…」
「ええええ!?」
アオちゃんが机を叩いて私の方に身を乗り出した。
「じゃああの奇跡の復活劇を生で観たってこと!?ケイちゃんすっごぉぉおい!」
「いやいや、すごかったのはテイオーさん達だから…」
「へーじゃあケイちゃん、あのゴール前の競り合いも見てたんだ?」
「あー…それなんだけど…」
四人が訝しげに私の顔を見る。
「私…ゴールの瞬間見てないんだよね…」
「「えええええええ!?」」
特にアオちゃんとカナちゃんが絶句した。
「え…人込みで見えなかった…とか?」
「ううん。最前列に居た…」
「眠くて一瞬目を閉じたとか…?」
「とんでもない大歓声だったから寝ようが無かったよ…」
「よそみしててみてなかったとかー?」
「いやミライそれは流石に…」
「あ、それが一番近いかも。」
「うっそお!?」
再び二人が絶句した。
「え…えぇ…?だってあの時…実況だって『中山が震えているぞ』って言ってたぐらいみんな二人に歓声向けてたんじゃ…?」
「う、うん。私も直線半ば位までは見てたんだけど…」
「見てたんだけど…?」
「…」
「ケイちゃん?」
「…後ろから上がって来たあの人に、目を奪われて…」
「え、あの人って?」
「…あの人に、魅せられて…」
「ケイちゃーん?」
「あの人に憧れて、ここまで…」
「ケイちゃーん、戻ってこーい。」
「え?あっ!」
しまった、まただ。
あの人の事を考えるといつもこうなってしまう。
「ご、ごめんごめん。ボーっとしてた。」
「ねえケイちゃん、もしかしてその人の存在が、ケイちゃんが競争ウマ娘になった理由?」
「えっ、あっそうだけど何で…」
「ケイちゃんの独り言を聞いて、何となく。それと、昨日の答え聞いてなかったね。ケイちゃんが競争ウマ娘になった理由。」
「あ、そうだね。それにしても私そんなに独り言話しちゃってたかぁ…アハハ。」
…この癖早く直さないとなぁ。恥ずかしい…
「おっ、昨日はそんなこと話してたの?私も気になるな。今ので『誰かに憧れたから』ってのは分かったし。」
「ケイちゃんもあこがれてるひとがいるのー?ミライとおんなじだー!えっとね、ミライはねー」
「ミライは後でねー。先にケイちゃんのを聞こうか。」
「わたくしも気になりますわ~」
ああ、もう完全に言わないといけない雰囲気だ。私のはアオちゃんのみたいに立派な物じゃないんだけどな…
「えっとじゃあ…私が競走ウマ娘になったのは…」
意を決して、口を開く。
「ナイスネイチャさんに憧れたから…だよ。」
皆は少し意外そうな顔をした。
「ナイスネイチャさん…か。なるほど、有馬…」
「や、やっぱり変かな…?」
「いや、全然変じゃないよ。だけど、ちょっぴり珍しいかなって。」
「やっぱり、誰かに憧れて競走ウマ娘目指すのは珍しいかなぁ…」
「いやいやそっちじゃなくて。」
「他のウマ娘に憧れて自分も競走ウマ娘になるなんてむしろメジャーな方だよ!あのトウカイテイオーさんだって『皇帝』に憧れて目指したんだって有名じゃん!」
「それこそミライだってさっき憧れの人がいるって言いかけてたしね。」
「カナさんが珍しいとおっしゃったのは、憧れた相手の事だと思いますわ~」
「あ、そっか。良かった…私のきっかけって弱いんじゃないかって不安で…」
「きっかけなんてみんなそういうものだから気にしなくていいんだよ。むしろアオのとかは重過ぎるし。」
「えぇっ、そうかなぁ…」
そっか。
私のきっかけ、変じゃないんだ。
競走ウマ娘を目指す友達が全くいなかった私にとって、他の子のきっかけを知る機会は無かった。
だからきっかけはしっかりあったけど、それが普通なのかおかしいのかが分からなかったのだ。
だけど、良いんだ。
きっかけは「憧れ」でも良いんだ。
「…で、何でネイチャさんに憧れたのか、聞いても良い?」
「あ、うん。もちろん!」
「確かにちょっと珍しいよね。それこそテイオーさんとかスペシャルウィークさんとか、ブライアンさんとかはよく聞くけど。」
「アハハ、やっぱりそうだよね…えっとね、私がネイチャさんに憧れたのはね…」
あの日。
中山レース場は年末最後の大一番、有馬記念に沸いていた。
新世代の担い手達やシニア級の古豪の出走に加えて、あのトウカイテイオーの復帰戦ともなれば、スタンドは超満員。
第二次ウマ娘ブームの真っただ中の興奮も相まって、異様な熱気がレース場を支配していたことを、今でも覚えている。
そんな日に、両親は幼い私に一度はG1を見せておきたいと考え、中山レース場に足を運んだそうだ。
運よく最前列を確保した私たちは、レースの発走を刻一刻と待っていた。
しかし、わざわざ娘をレース場に連れてきた両親の思いとは裏腹に、当時の私はレースにそこまで興味が無かった。
将来の夢は特になかったけど、少なくとも競走ウマ娘を目指す気は全くなく、普通の子として普通の人生を歩むのだとぼんやりと考えていた。
トゥインクルシリーズの事はニュースでやっている事ぐらいしか知らない。
トウカイテイオーの復帰戦だということは聞いていたけど、そもそも彼女が長期休養に陥った理由すらはっきりとは知らなかった。
周りの観衆との間に凄まじい温度差を感じながら、レースが始まっても私はぼんやりと眺めていただけだった。
そして最終直線。
歴史に残るあのデッドヒートの場面になっても、私の心は動かなかった。
むしろ、周りの大声援や感涙を疎ましくさえ思っていた。
でも、ふと先頭の二人から後方集団に目を向けたとき、
私は自分の心臓がドクンと鳴るのを感じた。
もう絶対に先頭を行く二人には届かない位置で、
彼女はまだ闘志を燃やしていた。
その真っ直ぐな眼差しと、
諦める事無く走り続け、バ群から必死に抜け出そうとする姿に、
私は――運命的な何かを感じた。
がんばれ。
無意識のうちに、私は彼女にそう叫んでいた。
彼女と目が合った。
彼女は一瞬キョトンとした顔をすると、
次の瞬間、微笑を浮かべると再び前を向いて再加速した。
そしてそのまま、隣のウマ娘の追跡を振り切って、三着に飛び込んでいった。
私は胸が熱くなった。
彼女は諦めなかったのだ。
一着になれないことが分かっていても、レースを捨てなかった。
かっこいい。
私は、その日伝説となったトウカイテイオーよりも、
最後まで猛追を止めなかったビワハヤヒデよりも、
「へえ。それがきっかけかあ。」
「うん。まあただの判官びいきかもしれないけど…」
「ううん、良いきっかけだと思うよ。それに主役以外の頑張りに気づけるって、良い事だと思うな。」
「いやいや、そんなことないよ~」
「ねえねえ、ミライのも!ミライのもきいて!」
「ミライのはもう何度も聞いたっていうかいつも言ってるじゃん…」
「まあまあカナちゃん、ケイちゃんはまだ聞いてないだろうし、ね?」
「まーそうだけどね~」
「よーし!えっとね、ミライのあこがれのひとはねー」
「…おかあさん!」
「へぇ。お母さん、競走ウマ娘だったの?」
「うん!ミライのおかあさんはね、しょーがいそーのせんしゅだったの!」
障害レースか。
平地レースと比べれば知名度は一段劣るけど、超長距離コースでいくつもの飛越障害を乗り越えていくその大迫力さから根強い人気を持つ競技だ。
その代わりレースの危険性は平地の比ではなく、今でも一年に何回かは事故が起こり、
過去には命を落とした例もある。それが原因で度々議論の的になっている程だ。
「おかあさんすごいんだよ!なんどもライブにでて、じゅーしょーだってかって!」
「うんうん。」
「でも…でもね、レース中のじこでおおけがしちゃって…はしれなくなって、いんたいしちゃったの。」
「それは…気の毒に…」
「…だからね、ミライきめたの。ミライがおかあさんのぶんもはしるって。おかあさんはゆめをとちゅうであきらめることになっちゃったけど…ミライがげんきにレースではしって、ゆめのわすれものをとりにいくって。おかあさんとやくそくしたの!」
「…良い夢だね。ミライちゃん。」
「ほんと?ありがとう!」
彼女はにっこりと笑った。
お母さんの夢の続きを取りに行く…か。
親子二代の思いがこもった、大きな夢。
ぜひとも叶ってほしい。そう思うのだが、同時にミライちゃんはライバルでもあるのだ。
彼女の夢の前に、立ちはだからければならない日が来るかもしれない。
それだけじゃない。アオちゃんも、カナちゃんにもニシノちゃんにも。
周りにいる全てのクラスメイトにも、夢があるはずなのだ。
勝つとは、そういった夢を壊すという事の裏返し。
すごく複雑な気分だ。レースで走って来たウマ娘達は…あのネイチャさんも、こんな気持ちで走って来たのだろうか。
「…そうだ、カナちゃん、ニシノちゃん、二人のきっかけは?」
「えー私?私はただ走るのが好きなだけだよ。でも普通の中学の部活とかじゃ満足できないからこっちに来ただけ。」
「わたくしは姉たちが競走ウマ娘ですので自然にこちらの道に参りましたわ~。いまでも姉たちが中央や高知の方で走っておりますの~。」
「わあ…やっぱりみんなそれぞれの理由があるんだね。」
「そりゃそうだよ。生まれた場所も、境遇もみんな違うんだもん。」
「でも、そんな何もかもが違うはずの私たちが『走りたい』っていう共通点だけは持って、ここにいる。これって、すごいことだよね…」
「おっと、またアオの『すごい』が始まった。」
皆で顔を見合わせてくすっと笑った。
「それにしても、ケイちゃんはなんかもっと話を聞きたくなるんだよね。私たちは小学生時代の記憶は共有してるけど、ケイちゃんだけは全然違う人生を過ごしてるわけだし。何か面白い話ない?」
「えー、そんな面白い話なんて…うーん…」
「ケイちゃん、無理して出さなくても良いよ。まあ私も少し気になるけど。」
「…あ、私のこのリボンの由来とかなら少し面白いかな…?」
「お、なになに?教えてよ。」
「えっとね、実はこのリボン…」
その時、ドアがガラガラと音を立てて開いた。
「皆さん、席についてください。」
「あーいい所で…ごめんケイちゃん後で聞かせて。」
「うん、分かった。」
そういって私も自分の席に戻る。
ふと右耳につけたそのリボンを触る。絹だと思われるすべすべとした感触を確かめる。
私の宝物。特別なものが何もない私の、たった一つの特別な物。
私は自分が早く話したくってうきうきしていることに気付き、ちょっと赤面した。
◇◇◇
「じゃあね~」
「また明日―」
「うん、また明日。」
放課後、昇降口で、私は寮が違うカナちゃんやミライちゃん達を見送った。
「…あ!」
「どうしたの?ケイちゃん。」
「…リボンの事、結局言わなかった…」
「あらら…まああの後あんまり話す時間なかったもんね~」
「色々言いたいことあったんだけどなぁ…」
「まあ今度聞かれたときに話そうよ。…そうだ、今日の夜私だけに先に教えてよ。ケイちゃんの秘密、私ももっと知りたいし。」
「いや、秘密にしてるわけじゃないけどね…」
「ふふ、そう?じゃあまた後でね。ケイちゃん職員室でしょ?」
「うん、そうだよ。またね、アオちゃん。」
アオちゃんに手を振って別れると、相変わらずギシギシと鳴る薄暗い廊下を付き辺りまで歩き、「職員室」と書いてある引き戸を引いた。
「失礼します。中等部一年のケイウンヘイローです。片淵教官に用があって来ました。」
「ああ、ケイウンヘイローさん。お待ちしていました。どうぞ入って下さい。」
「失礼します。」
中に入ると、片淵教官が待つ机に歩み寄る。
「お疲れ様です、ケイウンヘイローさん。入学二日目ですが何か変わったことはありますか。友達は出来ましたか。」
「いえ、特に何もありません。友達も昨日話しかけてくれた子とも仲良くなれました。」
「それは良かった。しかし、あなたは親元から一番離れていますし困ったことがあればすぐに言ってくださいね。」
「はい、分かりました。」
恐らく教官なりの気遣いなのだろう。よそよしいけど、普通に嬉しい。
…これが目的?
いや違う。ここから本題が来るはずだ。
「…さて、では本題です。」
やはりそうか。
「今日の能力測定では、あなたには十分にその素質を見せて頂きました。あの走りを出来るウマ娘はなかなか居ないでしょう。」
「…はい。」
「その上で…」
教官は机の上の茶封筒を手に取ると、
「…あなたを担当したいというトレーナーが一人、申し出られました。」
…え。
その封筒を私の方へ差し出した。
「あの、それって…」
「そうですね、俗に言う…『スカウト』ですね。」
教官はさも当然のように私に告げた。
……え。
「………えぇぇぇええ!?」
◇◇◇
「どうぞー」
「失礼します。」
日暮れ前のオレンジがかった部屋に、一人の妙齢のウマ娘が窓の方を向いて腰かけていた。
そこに一人の人間の女性が入って来た。
「お疲れ様です。理事長は?」
「もうお帰りになったわ。それで、用件は?」
「…彼女への通達が終わりました。ハヤヒデ秘書。」
窓の方を向いていたコウザンハヤヒデは、くるりと女性の方を向いた。
「ご苦労様、片淵さん。…それで、返答は?」
「少し逡巡した様子はありましたが、…了承です。」
「そう。これで第一段階クリアといった所かしら。」
安堵した表情を浮かべたコウザンハヤヒデは片淵に椅子を勧めたが、片淵は手で断った。
「…お言葉ですが、ハヤヒデ秘書。やはり今回の件は独断専行が過ぎるのでは。」
「あら、どの辺りがかしら。」
「失礼を承知で言わせて頂きますが、初めからです。彼女は…ケイウンヘイローは、確かに今年のメンバーの中ではトップクラスの実力者です。…しかし、特別だとは思えません。わざわざ形骸化していた推薦入学制度を復活させてまで入学させるべきでは無かったと思います。」
「そうは言っても、正式な審査を通した上での入学よ。制度としては残っていたのだし、おかしなことでは無いわ。」
「正式なって…理事会でも難色を示されていたのに、無理やり押し通したようなものではありませんか。その上本来必要なトレーナー会での審査まで省略して…」
「旧態依然とした今の理事会ではたとえルドルフ級でも難癖を付けて通さないわよ。あの方々、一般入試以外は入試にあらずと考えておられるようだし。」
「ならば…トレーナー会の省略はどう説明なさるおつもりですか。」
「……」
「お答え下さらないなら私が言わせていただきます。…あの走り方でしょう?」
「……」
「あの走りは特殊すぎる。…いえ、もう異常と言ってもいい。天性なのかオグリキャップあたりを真似たのか、見た目こそ派手ですが、独学故に無駄が多い。トレッドミルの上だからこそまだ成り立っていましたが実際のレースで、しかもこの
「さて、どうかしら?」
「どうかしらって…常識的に考えて結果は見えているではありませんか。」
「荒尾で超前傾走法をやったら勝てないなんて道理は無いわ。しかも反例もあるじゃない。」
「反例なんて…ああ、あなたは確かにそうでしたが…あなたはそもそも実力が尋常じゃなかったではないですか。」
「そうね、故障さえなければ無敗で駆け抜けてやるつもりだったのに残念だわ。」
「ともかく、あの走りをトレーナー陣に見せれば反対は必至だったからですよね。」
「そうね…ご想像にお任せするわ。」
「挙句最初からトレーナーを指定してスカウトを斡旋するなんて…前代未聞です。」
コウザンハヤヒデは立ち上がり、窓の方へ歩み寄る。
「ハヤヒデ秘書…あなたは何を考えておられるのですか。」
数秒の沈黙の後、コウザンハヤヒデは口を開いた。
「片淵さん。あなたもここの出身だったわよね。」
「ええ、そうですが。…何か。」
「ならばもう気付いているでしょう。…私たちにはもう時間が残されていない。」
片淵は何か言いかけて俯いた。
「一昨年は上山と足利が、去年は高崎が、今年は宇都宮が力尽きた。…ここ五年で八ヶ所の地方レース場が姿を消した。北関東シリーズなんてこれで全滅よ。」
「それは…」
「それだけじゃ済まない。…岩見沢と北見も不穏な雰囲気があるそうよ。」
「そんな…!それではホッカイドウシリーズは…」
「旭川と門別がどこまで耐えれるか次第ね。」
「……そんな…」
「事実よ。その上、私たちだって蚊帳の外じゃない。北関東やホッカイドウ所属のウマ娘や職員の受け入れをしたくても、うちだって慢性赤字であることに変わりない。それでも、中津の悲劇を繰り返したくは無いからやれるだけやるつもりみたいだけど。」
「荒尾は…いえ、
「厳しいわね。最悪南関東を残して全滅するなんて悲観論もあるわ。」
「…中央はあんなに盛況なのに…」
「むしろ中央が盛況すぎるのが元凶なのかもしれないわね。今はテレビでもネットでも中央が見れる時代だし。」
片淵はすっかり威勢を失っていた。
「…地方には何が必要なのでしょうか。」
「決まっているわ。…『スター』よ。」
「『スター』…ですか。」
「ええ。在りし日のメイセイオペラやハルウララ、いえ、それ以上の存在が必要だわ。その力でもって、少しでも中央に向きすぎた目を地方へ戻さないといけない。」
「…!だから彼女を。」
「そうよ。私たちには普通じゃない存在が必要。あんな派手な走りをする彼女なら、否が応でも目を引くわ。」
「しかし、彼女はメイセイオペラ程の実力も、ハルウララ程のアイドル性があるようにも見えませんが…」
「それは磨いてみないと分からないわ。彼女はまだ原石だもの。それに、今までに無い新たな『スター』になるかもしれないわよ。」
「はあ…」
「それにこれは長期のプロジェクトよ。彼女はその第一弾。ひとまず荒尾はキサスさんを失った穴を埋める必要があるわ。」
そしてコウザンハヤヒデは小声で呟いた。
「…私だって、母校をそう簡単に無くしたくないのよ。」
外ではもうすっかり日は沈み、残光が部屋の中をぼんやりと照らしていた。
「…分かりました。そういう事でしたらひとまずハヤヒデ秘書への協力は続けさせて頂きます。」
「ありがとう、片淵さん。迷惑かけるわね。」
「…そういえば、彼女のトレーナーはどの段階から決まっていたんですか?」
「ああ、彼女を入学させると決めた時から内定していたわ。」
「そうだったのですか。すみません、私その方とまだよくお話した事が無くて…」
「あら、それなら大丈夫よ。そろそろ来ると思うわ。」
その時、部屋のドアがノックされた。
「どうぞー」
「失礼します。」
ドアが開き、一人の人間が入って来た。
「待っていたわ。…もう分かっていると思うけど、あなたには大任を任せることになるわ。これは、この荒尾の命運を賭けたプロジェクトの第一歩よ。」
「はい、覚悟はできています。…もう二度と、自分のレース場が無くなるのは御免なので。」
「こんな事を一人のトレーナーと十二歳の少女に託すのは心苦しいけど…頼んだわよ。」
「任せて下さい。」
「ありがとう。では、明日からお願いするわ。…あの子と一緒に、」
コウザンハヤヒデはそのトレーナーの手をしっかりと握った。
「新たな伝説を――頼んだわよ。」