放置だけはしまいとちょくちょく書き続けてようやく四話でございます。
この間何をしていたのかと言われれば私生活が忙しかった…訳ではなく四国に旅に出たり他の趣味をやったり某イカのゲームをしたりしておりました。
この調子だといよいよ何年かかるか分からないので、執筆スピードを可能な限り加速させたいと思います。
とはいえ当方学生の身分ゆえ限界があります事はご容赦ください。
さて、話を変えますと冒頭に少し出てきますが、一応私なりの世界観と言いますかこの世界における世界史という物も考えた上で作品を執筆しております。
これらは今後の展開に密接に関わっている...訳ではないです。
ただ物語に可能な限り整合性や根拠を持たせるため、表現の幅を持たせるため、そして歴史好きである私の妄想を飛躍させるために作っています。
pixiv版の設定資料の欄に気が向いたら書いておくつもりなので、万が一興味があるという方はpixiv版をご参照ください。
では最後に、待ってくださった方、本当にすみませんでした。
どうぞご覧ください。
その日は朝からずっと心躍る一日だった。
今私は春の陽気と窓から入り込んでくる心地よい潮風を微かに感じながら、四時間目の社会の授業を受けている。
教壇には眼鏡をかけ髭を蓄えた老教師が少し億劫な様子で授業を始めている所だ。
「えー皆さんこんにちは…私が社会を担当します、坂本です…えー今回は初回ということでね、オリエンテーションも兼ねてね、えー特別授業って事でね、えー…これについて話して行こうと思うんだけどね…」
坂本先生はそう言うとチョークを手に取り黒板に大きめの字を書く。
「えー、『ウマ娘と世界史』ですね。えー普通の歴史は一年生の三学期から勉強してもらうんだけどね、えー今回はウマ娘の登場から近代レースの誕生までをざっくり説明していくね。あ、次回からは歴史じゃなくて競バ法とか競走基礎とかを勉強してもらうね。これは普通の中学とはカリキュラムが違うけどね、皆さんが六月辺りからメイクデビューを迎える関係でね、えー特別にこうなってるからね。」
実のところ、先生の声は私の耳にほとんど入っていなかった。
もう私は、昼休みの後にあるトレーナーさんとの顔合わせが気になって仕方がなかったのだ。
「えーでは始めて行くね。まずウマ娘の起源だけど、現在のところ不明慮と言わざるを得ないね。ホモサピエンスの突然変異種という説が一番有力だけど、器官の構造が説明できないとか色々あるみたいだね。えーでも私は社会科の教員だからね。詳しい事は理科の先生にでも聞いてもらおうかね。えーでは現在分かっている事だけどね、今のところ最古の有尾人骨化石が見つかったのは…」
何やら子供の頃児童向けの科学書で読んだ気がする話を聞き流しながら、再び考えに耽る。
私がこんなに心を躍らせている経緯を語るには、時系列を昨日まで遡る必要がある。
職員室を出てすぐの廊下で私は教官から渡された茶封筒を手に立ち尽くしていた。
驚きと喜びと緊張を適量含んだ形容しがたい感情がぐるぐると心の中で渦巻いている。
今一度手元に目を落とす。
荒尾トレセン名義のものではなく荒尾レース場の公式ロゴが印字された茶封筒には、「ケイウンヘイロー殿」と手書きで書かれている。
片淵教官から軽く説明は受けたが、中には正式なスカウト状とトレーナーの情報、契約書などが入っているらしい。
余りの唐突さに思わずスカウトを受け入れる旨を教官に伝えたが、まずはしっかり読んでからにしなさいと諭された。
ここで開けてみようか。いやでも少し怖いし…
そうだ、寮に戻ってアオちゃんと一緒に見よう!
そう思い立つと私は昇降口に走り、ロッカーからローファーを取り出し、上履きをやや粗雑に押し込むと、薄暮の中を寮へ走り出した。
相変わらず感情の整理はついていなかったが、それでも私は思わず笑顔を綻ばせながら家路を急いだのだった。
寮母さんに帰寮を報告すると小走りで階段へ向かう。
私達の部屋がある四階までパタパタと駆け上がると廊下の右側へ曲がり自室の引き戸を開けた。
机に向かっていたアオちゃんが栗毛の髪を靡かせくるりとこちらを向く。
「あ、おかえりケイちゃん。思ったより早かったね。」
「ただいま!あ、あのアオちゃん聞いて!大変なの!」
「どうしたの?」
そして私はさっき起こったことの一部始終をアオちゃんに話した。
「う…嘘…すごい…」
「やっぱり珍しい事だよね…?」
アオちゃんが何度も頷きながら答える。
「もちろんそうだよ!だって普通スカウトは早くてゲート試験が終わってからだもん!能力測定だけでスカウトなんて…私聞いたことないよ!」
やはりそうだ。荒尾ではよくある事とかじゃない。
そんな珍しいものに自分は選ばれたんだ。
今まで特別扱いなんてされたことが無かった私が。
心がけても思わず天狗になってしまいそうになる。
「それで、スカウトしてくれたトレーナーさんってどんな人?」
アオちゃんが尋ねる。
「あ…それなんだけどドキドキしちゃって見る勇気が出なくて…一緒に見てくれないかな…?」
「うん!良いよ良いよ!」
アオちゃんは快く引き受けてくれた。
私がベットに腰掛け茶封筒をカバンから取り出すとアオちゃんがのぞき込んでくる。
「…ねえアオちゃん。もしスカウトして来たのがすっごい変なおじさんとかだったら私どうしよう…」
「う、うーん…私の知る限り荒尾にそんな変なトレーナーさんはいないはずだから大丈夫だと思うけど…」
「な、ならいっか。…よし、じゃあ見るよ!」
「うん!」
そして私は茶封筒の封を開けおもむろに中の紙を取り出した。
…という事で今に至る。
私をスカウトして来たのはおじさんじゃなくてちゃんと若い人だったし、それでいて実績も悪くないし、それに…写真で見る限り結構ハンサムだったし…
そんなこんなで概ねスカウトを受け入れる気持ちで、顔合わせをもって最終決定にしようと考えて今日を迎えたのだ。
「えー…このようにアレキサンダー大王時代のマケドニアや第二次ポエニ戦争におけるカルタゴによって軍に属したウマ娘である騎兵は古代から大規模に扱われ…えー、以後騎兵の存在は古今東西の戦争の結果を左右するほど重要視され…20世紀に機関銃が登場するまで戦場の主役であり続けました。アイルランドなどウマ娘の存在が建国の礎となった国家も少なくありません。…えーしかし第一次世界大戦において…」
先生の話を聞き流しながらふと周りを見渡すと大半の生徒は退屈そうに授業を聞くか睡魔に襲われ屈服するかといった具合だ。
そんな中で一人真面目にノートを取りながら真剣に授業を聞く子が一人。アオちゃんだ。
あの真面目さには感服するが、正直今日の授業はオリエンテーションだからそこまでしっかり聞く必要があるのか疑問が…
「…はい、今の所はサービス問題としてテストに出すからね。えーでは近代レース体系確立の次は日本のウマ娘史に行きます。」
…あっ。
慌てて黒板を見渡すがそれはもう先生の手によって消されてしまっていた。
アオちゃんに交渉して見せてもらおうかな…ひとまず次は聞き漏らさないようにしないと。
「えー日本にウマ娘が流入したのは現在の所、弥生時代ごろに渡来人と共にやって来たという説が主流です。それ以前の遺跡からは今の所化石が見つかってないからね。えーその後は他の国と同じく荷役や騎兵として生計を立てていたと考えられていますが、平安時代になり国風文化が花開くと共にウマ娘特有の文化も発展します。それが今も神事として残る競ウマと呼ばれる和式レースや流鏑馬といった行事です。」
「えーしかし鎌倉から戦国にかけての戦乱の時代でウマ娘は武士としての側面が強くなり、平安時代に生まれた文化は廃れてしまいました。
戦乱の世が終わってもそれらの文化が再興する事は無く、ウマ娘達は脚を活かした飛脚や容姿を活かした神楽や芸能、あるいは農村の貴重な労働力といった職業で活躍する事になりました。はい今の職業もテストに出しますよ。」
今度は手元のノートに確実に書き込む。でもまあこの辺りは小学校の復習と言ってもいい内容だが。
「えー宜しいですかね。では続けます。状況が変わったのは鎖国が解かれ海外との交流が活発になった1860年からです。この年…」
「やっとおわったー!」
号令がかかり授業が終わったと同時にミライちゃんが大きく伸びをしながら叫んだ。
「お疲れミライちゃん。ちょっと退屈だったもんねー」
そう言いながら私はアオちゃんと一緒にミライちゃんの机に歩み寄る。
「いやミライは半分以上寝てたでしょ…あ、二人ともお疲れ。学食いこ~」
カナちゃんがミライちゃんに苦言を呈しながらやって来た。
「だって授業すっごくむずかしかったんだもん!」
「いやあれ小学校の復習が八割だったじゃん。ここに受かってるんだからミライだって分かってるはずでしょ。」
「えーでもしけんのときあんな問題なかったよー?」
「いやあったから。ほんとミライどうやって入ったのよ…」
「まあまあ…それよりみんな、早く学食行こうよ。」
「あ、待ってケイちゃん。その前に…」
「え?…あっ。」
カナちゃんの視線の先には、恐らくは前の授業の開始直後からチャイムにも号令にも反応せず、至極幸せそうな顔で眠り続けるニシノちゃんの姿があった。
カナちゃんが必死にゆすって起こそうとする中、私はアオちゃんにこそっと聞いた。
「…ねえアオちゃん、あんなにぐっすり寝てるってことはもしかしてニシノちゃんもあんまり成績よくなかったり…?」
「ううん。そんなことないよ。…小学校の時から授業はほぼ全部途中で寝ちゃうのにテストの点は確実に平均以上取っちゃうの。」
「えっそれってどういう…」
「ふわぁ…皆様おはようございます。」
「あ、おはようニシノちゃん。…ねえ、今日やった日本のレース場の数って覚えて…」
「中央10地方20ですわ~ちなみに札幌のローカル開催を含めると21ですわ~」
…天才は居る。悔しいが。
「へーじゃあ午後からもうトレーナーさんの所で顔合わせなの?早いね~」
「うん。皆は普通に合同練習だよね。」
「そうだよ~良いなー私も早くスカウトされないかな~」
学食で昼食を摂った私たちは昼休みの間談笑に耽っていた。
トレセン学園は基本午後の授業は全てトレーニングに充てられる。所属するチームごとにトレーナーの指示のもとトレーニングを行うのだが、チーム所属前の生徒は全員まとめて合同トレーニングという形が取られる。そして所属チームが決まり次第抜けていくという感じだ。
私はいち早くスカウトが掛かったのでトレーナーさんの所へ向かい見学。もしスカウトを断ることになったらまた合同トレーニングの場に戻ることになる。
「ねえねえ、ケイちゃんのトレーナーさんってどんなひと?」
「えっとね…若い人だよ。年齢が25歳だったかな。」
「おー若いね~そうなると新人トレーナー?」
「ううん。地方レース教養センターのトレーナー過程卒で18歳からトレーナーしてるんだって。」
「あーじゃあ経験はあるんだ。それで今までずっと荒尾に居た感じ?」
「いや、確か荒尾に来る前は…中津トレセンに居たって書いてあったかな…」
その名を聞いてアオちゃんとカナちゃんが少し顔を強張らせた。
…やはりあの名を聞いて何も感じないウマ娘は居ないか。
「まあでもほんとに羨ましい限りだよ。私なんてクラブの時も成績は平均だったし苦労しそう…あ、でもアオは絶対スカウトされるの早いよね~」
「えぇ!?いやいやそんなことないよ!私なんてそんな…」
「そんなこと言って検定の時にえげつない走りしてたのはどこの誰でしたかねぇ。ケイちゃんにも全く劣ってなかったし。」
「そ、そうだったの?」
「あ、ケイちゃんあの時もう戻ってたもんね。いやーケイちゃんにも見てほしかったよ。この後のトレーニングで…いや、チーム見学だったね。」
「だからー!私よりも速い子だっていたじゃん!デコトラちゃんとか!」
「いやその時私戻ってたし…噂では聞いてるけど平均組からしたら比較対象がそのクラスなの言い訳になってないんですけどー。」
「えぇぇぇ…」
私は順が速かったからあまり皆の走りを見れて無い。どんなレベルなんだろう?気になるなぁ。
「いーなー!ミライもはやくトレーナーさんつかないかなぁ?」
「ミライはどっちかというと小学校に戻って勉強しなおした方が…」
「あー!ひっどーい!ミライ子どもじゃないもん!」
「はいはい、かわいいかわいい…あ、そろそろ更衣室行こうかみんな。」
頬を膨らませて怒るミライちゃんを宥めながらカナちゃんが言った。
「もうカナちゃん、ミライちゃんいじめないの!」
「はいはい分かってますってアオ先生。」
「…ふふっ。」
「ケイちゃん?」
「いや、ほんとみんな仲良くて羨ましいなって。」
「そう?ただの腐れ縁だよ?」
「ううん。私はこっちだと他に知り合いもいないし、昔から知ってる仲の皆は良いなって思って。」
「そっか、よく考えたらケイちゃん一人で知らない街に来てるんだもんね。やっぱり寂しかったりする?」
「うん…少しだけね。」
「でもケイちゃん。」
アオちゃんが私に手を伸ばす。
「ケイちゃんの寂しさをどれぐらい和らげれるかは分からないけど…私は側にいるよ。だってもう私たち、友達でしょ?」
「アオちゃん…」
その屈託のない笑みが、私に自然とその手を握らせる。
ここ数日で気付いたことは、彼女が驚くほど他人と打ち解けやすいという事だ。
気配りが出来て誰にでも分け隔てなく話せる社交性の良さ。
出会って間もないはずなのに、自然に心を許してしまう。不思議な魅力が彼女にはあった。
「アオだけじゃないよー。私もミライもいるし。そこでまた寝てるニシノだっているんだから。」
「そうですわぁ…むにゃ…」
「わっ。起きてんだ。」
「うん…!ありがとう。」
期待も大きかった反面不安も同じぐらい大きかった新天地での生活だけど、
なんだか意外に大丈夫な気がしてきた。
「じゃあ行こっか。ほらニシノ立って。」
「ふわぁ。お手数おかけしましたわ~」
皆で一緒に更衣室へ向かう。さあ、顔合わせの時間だ。
「えーっと、チーム『ヤマザクラ』…『ヤマザクラ』…」
更衣室を出てコースの方へ向かうアオちゃん達と別れ、私は一人先輩ウマ娘達と同じようにチームの小屋が立ち並ぶ「団地」と呼ばれる場所に来た。チームの個室は簡素なプレハブ小屋とは中央も含め古今東西相場が決まっているらしい。
私よりも一回り大きい先輩方の中を一人歩くのは少し肩身が狭い。早い所チームの小屋を見付けたいところなのだが…
「あっ、あれかな?」
団地の入り口からは少し奥まった並びの一角に、『ヤマザクラ』と筆で書かれた味のある看板を掲げた小屋があった。
扉の前で立ち止まる。…私はこういう初めて入る場所というものが苦手だ。お店に入るときなど仮に友達と一緒でも、先頭で入る時必要以上に躊躇してしまう。五秒ほど経って恐る恐る扉を叩いた。
「すみませーん…」
すぐには返事が返ってこない。不思議に思ってもう一度声を掛けようとした時、
「はーい、どうぞー?」
と中から声がした。
「し、失礼しまーす…」
中に入ると、そこは八畳ほどの部屋だった。奥に小部屋らしき物の入り口があり、壁際にロッカーや事務机が置かれ、その上には書類や練習器具などが乱雑に積まれている。部屋の中心には事務机が二個簡素な折りたたみ椅子と共に並べて置かれており、そこに一人のウマ娘が居た。
ウマ娘は見知らぬ私の顔を見てキョトンとした表情をしている。
「あ、あのぅ…」
私が話しかけようとすると、彼女ははっと合点が行ったような表情をすると、
「もしかして新入りの一年生?」
「は、はいそうです。」
そう言うとそのウマ娘はくるっと後ろを向くと、
「おーいトレーナーさん!来たよー!」
と、奥にある小部屋に向かって叫んだ。
「分かったー!少し待たせててくれー!」
奥からそう返事がすると、ウマ娘は私の方を向いた。
「そういえば今日だったねー!新しい子が来るって言ってたのは!お名前はなんていうの?」
「あ、ケイウンヘイローです。」
「ケイちゃんか!呼びやすくていい名前!うちはブラックキャッスル!よろしくね!」
「は、はいよろしくお願いします!」
一秒と掛からず私にあだ名をつけたその先輩は、笑顔で私と握手をした。
「いやートレーナーさんがとんでもなく早くスカウトして来たからどんなゴリッゴリのマッチョが来るのかと思ったら!すっごくかわいいじゃん!素朴で変な飾り気もなくて!」
「そ、それって褒めてるんですか…?」
「もちろん!愛されるウマ娘には高嶺の花過ぎない事も必要だよ!」
「はあ…」
普通に考えて目立つかわいい子の方が絶対人気は出ると思うんだけどな…アオちゃんみたいに…
「ごめんねーもうすぐトレーナーさん来ると思うから。今から来るってのに急にちゃんとした服に着替えないととか言い出しちゃうんだから。私と居るときは普通にジャージなんだけどね。」
「そうなんですか…何だか律儀な方なんですね。」
「いや~どっちかというと融通が利かないというか強情というか…まあ会ってみたら分かるよ。」
そう彼女が言った時、奥の扉が開いた。
「あ、来たね。ケイちゃん、この人がうちのトレーナーさんだよ。」
そう言われて私は奥から出てきた人影に向き直る。
中背の男性だった。トレーナーの正装であるベストを纏い、胸元には地方のトレーナーバッジと職員の証である名札をかけている。顔立ちは整っているが、オールバックの髪型も相まって今風というよりは一昔前という印象を受ける。イケメンよりもハンサムという言葉が似合うだろうか。
「初めまして。ケイウンヘイロー。俺はトレーナーの菅原勝幸だ。まずは俺のスカウトに興味を持ってくれてありがとう。」
「い、いえ!私こそスカウトして頂けるなんて!こ、光栄です!」
写真で見て何となく分かってはいたが、実際に目の前にすると素直にかっこいい。柄にもなくときめいてしまう。
「ひとまず今日はうちのチームのトレーニングを体験してもらって、実際に入るか決めてもらおうと思ってる。シューズの整備は出来ているか?」
「はい。大丈夫です。」
「よし。じゃあ早速…」
「ねートレーナーさーん。それも良いけどまず自己紹介とかするべきなんじゃないの~?初対面なんだしさ。」
「そうなのか?俺の情報はケイウンヘイローに渡した書類に書いていたはずだが。」
「いやいやどうせ事務的な事しか書いてないでしょ?それにケイちゃんの事もだしうちの事も話させてよ。」
「そうか。分かった、じゃあそうしよう。改めて俺の名前は菅原勝幸。ここ荒尾トレセンでトレーナーをやっている。このチームは先代のトレーナーが作ったもので、俺は元々中津トレセンに居てそこから移籍して来た。宜しく。」
「相変わらず無愛想だなぁトレーナーさんは…さっきも言ったけどうちはブラックキャッスル。去年デビューだからケイちゃんの一個年上だよ。前はホッカイドウシリーズで旭川とか走ってたんだけどいまいち成績が出せなくて、そっからカサマツに流れて名古屋とかでも走って…それでもだめでここに来たって感じ。まあそれでもこの前の移籍初戦は負けちゃったけどね。」
「あ、ということは先輩はこっちに来たばかりですか?」
「うん、そうそう。二月のカサマツでのレースで負けちゃった後に荒尾に移る事になって。こっちに来てからまだ二か月たってないんだよね。だから私も荒尾初心者だからここの事は一緒に学ぶことになりそうかな~。」
「その割にはなんかトレーナーさんともすごく打ち解けられてますよね…」
「あートレーナーさんは堅物っぽく見えるけどただ不器用なだけで天然なとこもあるから。分かっちゃってからは気も使わなくなっちゃったなー。」
「…すこし心外だな。それにお前はもう少し気を遣え。この前なんか…」
「はいはい分かってますよ。まー私達はこんな感じ。知りたいことがあったら気軽に聞いちゃっていいからね。」
「は、はい!よろしくお願いします!」
トレーナーさんが腕時計をちらりと見て口を開く。
「よし、じゃあ始めて行こう。まずは外に出て柔軟。そのあと外周ランニングを三周から始めよう。ブラック、先導を任せて良いか?」
「もちろん良いよ~。じゃあケイちゃん、外出ようか。」
「はい!」
私は先輩の背中を追いかける。こうして私の初めてのトレーニングが始まった。
「――へー、じゃあ東京からはるばる一人で来たんだ!すごいな~」
「いえいえ、全然そんなことないです!」
私たちは柔軟を終えて先輩の先導でランニングを始めた。
レース場内のコース外周を走り検量室の脇を抜け、レース場前の国道を通ってレース場の駐車場から再び場内に戻るのが一周。約1.5キロだとトレーナーさんは言っていた。どのチームもコースは同じのため、前にも後ろにも十数人のウマ娘が見える。
「先輩はホッカイドウシリーズにいらしたってことは北海道出身なんですか?」
「うん!うちは札幌生まれの札幌育ちでね。あそこ中央のレース場あるからよく見に行ってて自然にうちも走りたいなーってなったのよ。」
「あ、札幌レース場ですよね?札幌記念とか有名ですよね~」
「まあ結局中央には入れなくてど田舎の門別トレセンに行く事になったから、理想とは程遠かったけどね!」
「あはは…田舎ってここみたいな感じですか?」
「え?いやいやこことは比べ物にならないよ!あそこは…虚無だよ。うん。」
「きょむ…ですか?」
「いやまあURAの初等科とかもあるウマ娘の街ではあるんだけどね…何しろそれ以外何もね…」
「へえ…なんかそこまで言われると逆に気になりますね。雪まつりとかも興味ありますしいつか北海道は行ってみたいです。」
「…ケイちゃん、雪まつりやってる札幌と日高は…」
「はい?」
「あーいや。…うん。何でもない。きっと自分で体感するのが一番だね。」
「…?」
この時先輩が言いよどんだ事の真意を私は数年の未来に身をもって知ることになるのだが、それは別のお話。
「よしケイちゃん、あと一周がんばろ!」
「はい!」
「ふぬぬぬぬぬぬぬ!」
「ケイウンヘイロー!もっとピッチ上げろー!」
「はあぁああぁああい!」
我ながら情けない声を出しながら行っているのはミニハードルを使ったトレーニングだ。等間隔に並べたミニハードルの上を走り抜ける事で瞬発力を高めるトレーニングなのだが…上手くいかない。
「ケイちゃん足の回転がちょっと遅いかもね~。」
「ああ。走法がストライド寄りなのもあるが、足の運び方がやや苦手だな。パワーはあるから脚は高く上がっているんだが、振り下ろしまでの動きに無駄が多い。」
「どうするの?やっぱり坂路?」
「いや、今日は使ってるチームが多いからやめておく。それに足の回転を上げるなら階段の方が良い。」
「え、初日からあそこ使うの?」
「彼女の能力ならば大丈夫だろう。未熟だが一部のクラシック級ウマ娘にも劣らないスピードと中距離にも対応できるスタミナという素質を持ったウマ娘だ。」
「それって…南関は無理でも他の地方だって十分通用するんじゃないの?」
「そうだな。ここ数年の荒尾のウマ娘では五本の指に入る素質がある。」
「…じゃあ、」
「ここに居るのにはそれなりの理由がある。そういう事だ。」
「…ふーん。」
ブラックキャッスルは少し遠くでミニハードルを走り終えて息を切らしているケイウンヘイローを一瞥すると、
「うちにはよく分かんないけどさ。…あの子は本当にあの子の夢の為に走るんだよね?」
菅原はそれには答えず、手元の資料にじっと目を落としていた。
「終わったぁ…!」
「はーいお疲れ様、ケイちゃん。」
だいぶ日が傾いてきた午後五時ごろに、トレーニングは終わった。
あの後近くの神社の参道を使った階段ダッシュを数本して、クールダウンの後に筋トレまでするという、様々なトレーニングを一通り試すメニューをこなすことになった。
「これでも並走とかの本当にきついのはやってないから、きつさだとレベル7くらいだけどね~。」
「こ、これでですか…」
「うん。まあうちはちょっと重めだけどどこのチームも多かれ少なかれこんなもんだし、うちが特別って訳じゃないよ。」
「そうなんですか…」
小学生の頃には特にレースクラブに所属していなかったため、本格的なトレーニングのきつさを味わったのは初めてだ。
「それでどうだった?うちのチームは。」
…きつくなかったなんて強がるつもりはない。まだもっときついトレーニングがあると聞けば少し恐ろしくも感じる。だがこれが普通レベルなら、もう他のチームを考える理由も無い。先輩とも仲良くなれた。それなら―
「とっても充実してました。私…このチームに入りたいです!」
「よーしよく言った!武士に二言は無いからね~?」
そういって先輩は笑顔で私の頭をポンポンと叩く。
「もう、いつの時代ですか~」
そういって私も思わず笑顔を綻ばせる。
「って言っても肝心のトレーナーさんが居ないんだけどね。」
「…そうですね。」
先ほどトレーナーさんはちょっと出てくると言って職員室の方へ駆けて行った。
「相変わらず肝心な時に抜けてるのがトレーナーさんなんだよねー。」
そういう先輩を横目にふと部屋を見渡すと、今更ながら私は違和感を覚えた。
「あの、先輩。」
「うん?なーに?」
「このチームって…先輩以外に生徒はいないんですか?」
違和感の正体は、人数に対して明らかに過剰な設備だった。
ロッカーは十人分用意してあるし、折り畳みの椅子も壁際に大量に置いてある。
「そうだよ。私も気にはなったんだけど私が来た時点でそもそも誰もいなかったんだよね。」
「誰もですか…もしかしてこのチーム評判悪かったりするんですか?」
「いやー?可もなく不可もなくって感じじゃないかな。むしろうちのトレーナーさんは歳の割には実績ある方だし人気あってもいいはずなんだけどね。」
そうこう言っていると、ようやくトレーナーさんが戻って来た。
「すまん、待たせた。クールダウンは済んだか?」
「とっくに。あ、それとケイちゃんチーム入りたいってよ。」
「は、はい!お世話になりたいです!」
「そうか、分かった。では加入届を渡そう。寮で書いて明日持ってきてくれ。」
「あ、はい。」
そういってトレーナーさんは小さな棚の中から紙と封筒を取り出すと私に渡した。
思ったより素っ気無い。これが普通なのだろうか。
「ケイちゃん、これからよろしくね!」
そういって再び先輩が手を差し出す。
「はい!私こそよろしくお願いします!」
私はその手をぎゅっと握って答えた。
「ケイウンヘイロー。加入にあたっての通過儀礼と言っては何だが、君の目標を教えてくれるか?
「目標…ですか?」
「ああ。それ次第でこれからのトレーニングの方針やレースの方針を決めていきたい。何かあるか?」
「私の…目標は…」
そんなの、一つだ。
「憧れのナイスネイチャさんみたいに、ひたむきで皆に応援して貰えるウマ娘になることです。」
そう宣言すると、トレーナーさんも先輩も少し意外そうな顔をした。
「ナイスネイチャ…か。これはまた懐かしい名前だな。」
「珍しいね~テイオーとかオグリキャップとかなら結構多いけど、ナイスネイチャかぁ。」
「端的に言い換えれば、『記録以上に記憶に残るウマ娘』になりたいという解釈で良いか?」
「あ、はいそうです!」
「理解した。ではそれをある程度考慮しよう。」
そう私がトレーナーさんと話していると、先輩が合点がいったようにはっとした顔をした。
「あ!それで緑か!」
「えっ、緑?」
急に言われて少し困惑する。
「ケイちゃんのリボンだよ!それナイスネイチャと同じデザインでしょ?」
「あっ、これ…」
そう言われて私は右耳に付けた髪飾りを触る。
光沢のある素材でできたちょっぴりくたびれた緑色のリボン。私が四六時中愛用しているものだ。
「そうだったか?お前よく覚えてるな。」
「えートレーナーさん覚えてない?現役中ずっとこのデザインだったじゃん!」
そう二人が問答するのを前に、そういえば結局アオちゃん以外にはこのリボンの事を話して無いなと思いだした。
「それにしてもケイちゃん、わざわざそれ付けるってことはかなりのミーハーだね?」
「え?」
「いやー地方の子って結構髪飾り凝る子多いんだよ。うちら中央の子達と違ってほとんど勝負服と縁がないからさ、髪飾りだけでも派手なのにしようって子が結構多いの。無意識でもね。」
…はっきり言って考えたこともなかったが、思い返せばアオちゃんも結構意匠を凝らした白のレースを付けていたし、ミライちゃんも別の意味で目立つ子供が付けるような桃色のボールのヘアゴムをしていた。
「そんな中でそこまで目立たないそのリボン一本勝負って結構強気じゃん?」
「あー…なるほど。」
確かに周りからすればそう思われてしまうか。でも、
「実はちょっと違うんですよ。」
そういうと先輩は少しキョトンとした顔をした。
「えっと、これにはすごく思い入れがあって…実は…『本物』なんです。」
「え、ホンモノって?」
「…ナイスネイチャが着けていた実物という事か。」
トレーナーさんが久々に口を開いた。
「あ、はい。そうなんです。」
「えぇー!嘘ぉ!?」
先輩が露骨に驚いた。
「え、まじで!?これがあの有馬の時にも着けてた!?やっばー!」
「ブラック、お前語彙力を何とかしたほうが良いぞ。…それにしてもケイウンヘイロー、どうやってそれを手に入れたんだ?」
当然の疑問だ。マ子にも衣裳という言葉にもある通り、ウマ娘にとって勝負服やアクセサリーの存在は自分の力を引き出しみなぎらせる重要なカギとなる程思い入れが深く、そうやすやすと手放したりするものではない。多くの場合引退後も手元に残し続けるため、博物館などにあるものはレプリカや没後に遺族が寄贈したものが殆どだと聞いたことがある。
「えっと、実はですね…」
――あれはあの有馬記念の時。
興奮冷め止まぬ中山レース場は万雷のテイオーコールに支配されていた。
惜しみない称賛と万感の思いが一つの言葉に込められ勝者に注がれる。
そんな中だった。私は何かに引き寄せられたかのように突然観客の中から駆け出した。
後ろでする両親の制止の声を尻目に群衆の足元をすり抜けるように私は走った。
我ながらなんて危ない事をしたものだと今なら思う。
なぜそんなことをしたのか。それははっきり覚えていない。
ただ何か、言葉にできない大きなものに憑りつかれたように夢中で走っていたように記憶している。
スタンドの端まで辿り着くと、スタンドとを隔てる柵をひょいと飛び越え私は検量室の方へ入り込んでしまった。
主役のトウカイテイオーがまだターフに居るためそこまで多くの人はいなかったものの、レース後のウマ娘を見にある程度の数のファンや記者が集まっていた為、私が入り込んだ途端周辺は騒然となった。
警備員の制止も振り切り私は検量室前に佇んでいたネイチャさんに息も絶え絶えに話しかけた。
「あ、あの!すみません!」
ネイチャさんは私を見ると、一瞬だが目を丸く様に見えた。しかし、すぐに優しそうな笑顔を浮かべる。
「お、どうしたの?おちびちゃんや。」
ネイチャさんは話しかけた私に向かって屈んで目線の高さを合わせてくれた。
「えっと、えっと、あの、さっきのレースとってもかっこよかったです!さいごのほうずっとみてました!」
「本当?ありがとねー。」
そう言いながら私の頭を撫でてくれた。
「でも良かったの?私で。アタシ結局勝てなかったし。…テイオーとかの方がもっとかっこよかったんじゃない?」
「いいえ。わたしみてました!ネイチャさんさいごまであきらめてませんでした!えっと、レースにはかてなくてもじぶんにはまけないってすごいとおもいます!だからかっこいいとおもいます!」
何故私が今まで知りもしなかったネイチャさんの名前を口にしたのか。それもよく覚えていない。
しかし私の言葉を聞いて、彼女はハッとした表情をした。
そして、何かを小さく呟いた。そして改めてネイチャさんは満面の笑みを浮かべた。
「そっか…そうだね。うん。ありがとう。…あなたのお陰だよ。」
「え?」
私が不思議そうな顔をしていると、後ろから別のウマ娘が近づいてきた。
「ネイチャお疲れ~後でライブあるでしょ?その前に一緒にお風呂でばばんば~…わっ。ネイチャどうしたのその子。妹?」
「え?違う違う。アタシには弟しかいないって。」
「そうなの?その子目がネイチャにそっくりだから、妹ちゃんかな~って思ったんだけど。じゃあその子は…?」
「――アタシのヒーロー。」
「ふぇっ?」
「この子には…なんか運命的な何かを感じるんだよね。他人と思えないっていうか。それに…」
「それに?」
「ううん。何でもない。」
ネイチャさんはもう一度私の方を向き直ると、
「よっし!アタシを応援してくれた良い子には特別なお礼をしますか!」
そういうと、彼女は右耳に着けていたリボンに手をかけた。
「えっ。…えぇ!?ネイチャそれ…!」
「良いの。代わりは何とかするよ。」
そして外したリボンを手にすると、
「ねえおチビちゃん。あなたに夢はある?」
突然そう言われた私は、すぐに答えられなかった。
「えっと、まだありません…でも、ネイチャさんみたいにかっこいいウマ娘になりたいです!」
それを聞いて彼女は優しそうに微笑むと、
「よし、じゃあこれをお守りにしな。…いつかきっとあなたの夢を助けるから。」
私の手にそのリボンを載せた。
私はネイチャさんの言葉の意味がよくわからなかったのでキョトンとした顔をしていた筈だ。
その瞬間は、まるで白昼夢のようなふわふわした感覚で、なんだか現実じゃないみたいだった。
どこかでシャッターを切る音がした。
こうして私はそのリボンを手に入れたのだった。
…その後は律儀に話が終わるまで待っていてくれた警備員に迷子センターに連れていかれ、数分後にやって来た両親に大目玉を食らった。
翌日のニュースはトウカイテイオー復活関連で持ち切りになったが、ごく一部のファンによってウイニングライブの際にナイスネイチャがしていた髪飾りの色が微妙に違った件が議論され、さらに氾濫するネットニュースの片隅に彼女と私の写真が掲載されたが、目にした人は少なかったはずだ。
そしてなにより、今まで将来など何も考えて来なかった子供の心に、「競走ウマ娘」という進路が小さく、しかし確実に刻まれたのだった。
「…という感じです。」
「そうか。なるほど分かった。ありがとう。」
「いや反応薄っ!トレーナーさんそれなんとかしなよ。」
「そうか?そのリボンが正規のルートで手に入ったものだと分かって安心したが。」
「しかも読み取った部分そこなのかい…まあでもケイちゃんにとってそのリボンがとっても大切なんだって分かったよ。」
「えへへ…ありがとうございます。でもまだネイチャさんの言葉に分からない部分もあるんですよね。」
「確かにまあ聞いてて不思議な話だったけどね。子供の頃の事ならちょっと憶え違いもあるんじゃない?」
「そう…ですかね。」
「しかしケイウンヘイロー。どんな形であれ応援され愛されるウマ娘になるというのは並大抵では出来ないぞ。今の君の能力はデビュー前のウマ娘としては上出来だがクラシック級シニア級ならば君以上の実力者は多い。中央ならば言わずもがなだ。頑張れるか?」
「…はい!」
「分かった。じゃあこれで解散…」
「ちょっとちょっと、テンポが速いんだって。形だけでももうちょっとしなよ。握手とかさ~。」
「…そうか。分かった。ではケイウンヘイロー。」
トレーナーさんが私に手を差し伸べる。
「…宜しく。」
その手はがっしりとして大きいが、どこかぎこちない。
「は、はい。よろしく…お願いします。」
始めて握る大人の男性の手の前に私も思わずぎこちなくなってしまった。
「あーもうしまんないけど仕方ないか!よしケイちゃん、一緒に更衣室戻ろ!」
「あ、はい!」
先輩に言われて持ってきていた水筒を手早く回収する。
「じゃートレーナーさんお疲れ~」
「あ、お疲れ様ですっ!」
「ああ。気を付けて戻れよ。」
トレーナーさんは書類に目をやっていて背を向けたまま答えた。
更衣室に戻るとどうやら私たちのチームは終わるのが大分遅い方だったようで、クラスの皆はもちろん、他のウマ娘もまばらであった。
更衣を済ませ、寮が別の棟である先輩と別れてから部屋に戻った。
「おかえりケイちゃん。」
「ただいま。」
アオちゃんは律儀に今日の復習をしていたようだ。
「どうだった?顔合わせは。」
「顔合わせっていうかほとんどトレーニングだったよ。結構きつかった~」
「ふふ、お疲れ様。でもネイチャさんみたいになりたいならもっと頑張らなきゃでしょ?」
「うん。」
リボンの件は昨夜アオちゃんには話していた。
「皆は今日は何のトレーニングだったの?」
「今日はランニングとかをした後ゲート体験だったよ。」
「あ、ゲートか~。私まだ受けてないけどどうなるんだろ。」
「うーんまた後で個別でやるのかな?私もちょっと分かんないけど…」
「私だけ忘れられて無しだったり…なんて。」
「そ、それは無いと思うよ?あ、そうだケイちゃん。大ニュース!」
「え、何何?」
「実は私も…スカウトされちゃった!」
そういってアオちゃんは私が昨日貰った物と同じような封筒を笑顔で見せてくれた。
「わ、おめでとう!アオちゃんも早かったね。どんな人からスカウト…さ…れ……多くない?」
一枚だと思った封筒の裏からは、全く同じ封筒が十枚近く現れた。
「えへへ。こんなに一杯もらっちゃって迷っちゃうよ。」
アオちゃんの声は明らかに上機嫌である。
「ほ、他の子もスカウトされてたりしたの?」
「うーん。されてる子はちらほらいたけど…あ、デコトラちゃんがすごかったよ。完全にトレーナーさんたちに囲まれて見えなくなってたもん。」
「そ、そうなんだ…」
「それよりもスカウトされなかったミライちゃんが完全にすねちゃって機嫌直すのが大変で…」
「あはは、そうなの?なんか流石ミライちゃんって感じだね…」
私自身スカウトという物を受けたのは生涯初であるからよく分からないが、そんな大人数から寄ってたかって受けるものなのか。
…だとしたら、検定の時点でスカウトされたというのに、一通しか来なかった私は一体何なのだろう?
私は心に小さな疑念を生じつつ、なるべく気にしないようにして談笑に花を咲かせるのだった。
――それから色んなことがあった。
アオちゃんがベテランではなく新人のトレーナーを選ぶという驚きの展開があり、
カナちゃん、ニシノちゃんが二週間ほど遅れて所属チームが決まり、
ミライちゃんがそれから更に一週間後にようやく所属チームが決まり。
ゴールデンウィークのお休みに近所の遊園地にみんなで行ったり、
そこの想像よりも本格的だったジェットコースターでアオちゃんがダウンしたり、
休み明け最初の中間テストで可もなく不可もない成績を収め、
補修を食らったミライちゃんをみんなで慰め…
さらに私とアオちゃんの誕生日を一緒に祝ったり。
小学校よりもずっと難しくなった勉強と、今までは無かったトレーニングという新たな習慣と、ずっと自由になった行動範囲を、私たちは謳歌して日常を過ごしていった。
そして入学から二か月が経とうという五月下旬。
「ケイちゃん!早くしないと遅刻だよ~!」
「はいはい、分かってるって!」
バタバタと朝の準備を終えた私は改めて自室を見渡す。
ちょっとだけ私物が増えて賑やかになった私たちの部屋。
誕生日に先輩から貰った未使用の香水の瓶が朝日に輝いている。
ふと、窓が少しだけ開いているのに気づいて閉める。
その時シェルフの上に置いてある卓上カレンダーが目に入った。
明後日はダービーか、という事と同時に私はもう一つの事が気がかりだった。
最後の週の水曜日に赤丸が付けてある。
「…よし!」
私は自分に気合を入れるように呟いた。
「ケイちゃーん?」
「ごめんごめん!今行くー!」
私は鞄を手に取り友の元へ走る。
――五日後の六月一日、
私たちはデビュー戦を迎える。