とある魔道具店店員の手記   作:シュワシュワ

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5-2 ダンジョンアドバイザー②

【リミッター解除中】

 今日も元気にダンジョンアドバイザー業に励んでいると、やや引き気味のカズマから疑義を呈された。

 どうにも、私の振る舞いに違和感が拭えないという。

 

 彼のイメージする私は、世のルールの枠内で好き勝手に立ち回り、自己利益の最大化を追求する人種だ。

 身勝手だし、規則を都合よく解釈したりもする。だがその一方で、取り決めは極力遵守する。

 逸脱するにしても、財貨を巻き上げる対象を悪人に限定するなど、そこには一定の線引きがある。

 グレーに近い、とでも言うか。社会正義に照らすなら、私の所業は必ずしも純粋な悪行とは言い難い。

 

 ところが、ダンジョンにおける私は、この人物像と重ならない。

 割と躊躇なく冒険者を殺そうとする。

 カズマとて、ダンジョンマスターには肩入れをしている。だがその彼から見ても、ひょっとして街の冒険者に個人的な恨みでもあるのかと訝しむほど、殺意マシマシだ。

 現に、私の提言によって挑戦者の負傷は目に見えて増加している。

 街に戻ればアクアが治療してくれるから、最終的な損害はゼロだけれど。

 

 ダンジョンマスターと内通し、積極的に人間へ危害を加える。悪として、弁解の余地もない。

 カズマは、私がアドバイザー役を引き受けたのは、バニルへの義理立て程度だと踏んでいた。だからこそ、容赦なく冒険者を仕留めにかかる姿が意外だった。

 しかも当の私に、意に介する素振りがまるでない。

 

 なるほど。表面的には、私という人間をよく捉えている。

 だが、正しくない。

 カズマの見ている私は、ウィズの価値観を行動規範としているだけの虚像だ。

 

 ウィズにとっての一線。それをうっかり踏み越えて逆鱗に触れないよう、私は常日頃から細心の注意を払っている。

 その結果として、カズマの思い描く素行に落ち着いているに過ぎない。

 要するに、雇用主に忖度しているだけだ。生来の気質ではない。

 

 本来の私は、もっと利己的だ。使えるものは何でも利用する、という考え方をする。

 得になるならルールを守るが、破ったほうが実益に適うと判断すれば、平然と無視する。

 無駄な労力を費やしてまで無闇に他者を傷つける趣味はない。だが必要とあらば、それも厭わない。

 

 ルールも善悪も、私にとっては目的達成のための道具に過ぎない。それ以上でも以下でもない。ましてや、囚われるものでもない。

 突き詰めればウィズに従っているのも、自分を律してなお見合うだけのメリットを、私が見出しているからに他ならない。

 

 翻って今回は、ウィズに配慮すべき事情があんまりない。

 死ぬのは冒険者だ。モンスターを狩って生計を立てる以上、戦いの果てに命を落とすことへ、彼女は理解を示す。

 これが民間人を虐殺する話なら、拒否一択だったが。

 加えて、私がこうしているのも元を辿ればバニルの依頼によるものだ。

 冒険者への遺恨はない。私は割り振られた業務に、ただ真摯に取り組んでいるだけだ。

 

 以上を加味すれば、いい顔はされないし、小言も飛んでくるだろう。だが、ウィズがブチギレるには至らない。ギリギリで。

 ウィズというセーフティーが実質的に解除されれば、私本来の性質が表に出る。それが、今の状況だ。

 

 なお、バニルにも一応は気を遣っている。

 ただし、あの悪魔は人間を殺し過ぎなければ基本何も言わない。安全装置としては機能しない。

 あるいは、めぐみんがダンジョン探索に乗り出すというなら、多少の手心も加えた。

 だが爆裂魔法使いは、閉所では役立たずと化す。考慮の必要はない。

 それ以外の冒険者は……まあ、その。どんな末路を迎えようと、正直どうでもいいというか。

 

 そんな背景もあって、今の私はウィズがまだストッパー役ではなかった、魔王城で居候していた頃と同じくらいにはっちゃけている。

 とはいえ、カズマにドン引かれ過ぎないよう、これでも自重しているほうだ。

 

 という事情を、特段隠し立てもせずカズマに説明した。

 領主の結婚騒動以来、自分の本性を彼らへ隠すことは諦めている。自ら打ち明ける気はないが、問われたのなら、この程度は答えても構わない。

 

 聞き終えたカズマはジトッとした目つきになり、『破魔魔法の使えるプリーストを誰か呼んで来い』と言い出した。

 ダンジョンマスターの部屋で。周りには大悪魔とメデューサしかいないのに。

 破魔魔法――エクソシズムは悪魔祓いの魔法だ。人間には効果がない。

 この男、ズケズケと人を悪魔扱いしてきた。

 彼とて、提案する策がいちいち悪辣過ぎるせいでメデューサから悪魔と疑われた前科持ちだ。所詮はドングリの背比べだろうに。

 

 すると、今まで黙って傍観していたバニルが口を挟んだ。

 プリーストならそこにいるだろう、と。

 悪魔が顎で示した先にいたのは――私だった。

 

 たまにウィズには忘れられるが、これでも私はプリーストである。

 悪魔に促されるまま、カズマの視線がこちらへスライドしてくる。それに合わせ、私は破魔魔法を撃ち込んだ。

 魔法は、バニルへの嫌がらせのためだけに以前習得した。

 

 ……ただしノーコン過ぎて、まるで見当外れな方角へ飛んでいったため、カズマは自分が狙われていたことにすら気づかなかった。

 そして私の職業を思い出し、『こんなのがプリーストとか世も末だ』と頭を抱えた。

 次いでアクアというアークプリーストの駄女神を思い出したらしく、表情はますます渋面となる。

 

 なお、この一部始終を見守っていたダンジョンマスターは、ボソリと呟いた。

 

「人間って怖い……」

 

 彼女が人間を学習する際の最も身近なサンプルは、私とカズマだ。

 おかげで人間観のアップデートが、異次元の方向へ舵を切っている気がする。

 

 


 

 

【カードバトル業界は複雑怪奇】

 当たり前だが、アドバイザーにできるのは意見出しだけだ。

 それを汲み取り、ダンジョンへと反映させるのはダンジョンマスターの役目となる。

 

 現在、ダンジョン運営は安定期。言い換えれば、膠着状態へと移行しつつある。

 ダンジョン内部の様子は、水晶玉の映像でリアルタイムに把握できる。故に、機敏かつ細やかな対応が可能だ。

 それを元に、問題が生じれば適宜対処する。それが今の私たちの主な役割だった。

 

 ただし必然として、この在り方は冒険者側の攻略模様に大きく左右される。拘束時間も長い。

 すると、手隙の時間も出てくるわけで。

 

 それを見越したカズマが、遊び道具を色々と持ち込んできた。

 伊達に、引きこもりの専門家ではない。ダラダラすることにかけての手回しの良さは、際立ったものがある。

 悪魔とメデューサを傍らに、暇だからと呑気に遊戯へのめり込む神経も尋常ではない。

 それはともかく。種類は様々あったが、ここではトレーディングカードゲームを取り上げよう。

 

 多様なカードを買い集めてデッキを組み、対戦する。私はそのくらいにしか知らなかった。

 お隣のエルロードでは根強い人気があるとも伝聞するが。

 本格的に手を出せばお金が湯水のように溶けるジャンルっぽいので、道楽として興じる気にはなれなかったのだ。

 

 ルールはカズマから教わった。

 さらに余ったカードを貸してもらい、あれこれ見比べながら自分なりのデッキを組む。

 激レアカードも多数揃えた、かなり贅沢な陣容だったようだ。浅学ゆえ、その辺りは私もよく分かっていないが。

 ゲームには運の要素も絡むが、駆け引きを筆頭に戦略性が強い。ならば案外いい線いけるのではと踏んで臨んだ結果――。

 

 手も足も出ず、ボロ負けした。

 

 一戦目など、ワンターンキルだ。

 カズマの先行で始まり、私まで手番が回ってこなかった。

 彼曰く、あれは出来すぎた試合運びだったらしい。だが、そもそもデッキ自体で手を抜いており、本気ですらなかった。

 

 以後も敗北するたび反省点を洗い出し、デッキを調整して再戦する。

 が、その都度あちらもまったくテーマの異なるデッキへと切り替え、リプレイかのごとく返り討ちにされる。

 

 ……知識と経験に裏打ちされたプレイングの腕前に、開きがありすぎる。

 頭脳の恩恵で、私は一度見たものを即座に会得できる。だが表層を掬っただけで、一息に吸収できるわけではない。

 これは、すぐに追いつくのは無理だ。

 おまけに、幸運ステータスの差でドロー力も雲泥の開き。勝負として成立する余地がない。

 

 ちなみに、今日カズマが見せた立ち回りは故郷では常識の範疇らしい。同郷の者なら誰でも思いつく程度の技術だとか。

 今まで関わってこなかったから知らなかったが、カードゲームの界隈とはとんでもない魔窟らしい。

 終わり際には、学んだことを基に多少は食い下がれるようになった。

 だが、その程度の力量でカードゲームの大会に意気揚々と乗り込んでも、きっと無惨に沈められるだけだろう。

 

 なおこんな有り様だが、彼は明日以降このゲームで私と対戦する気はないという。

 このペースで急成長されると、遠からず本当に負けかねないから、とか。

 あと、同じ相手と何度も対戦して、さすがに飽きたらしい。

 

 そんなわけで、私をボコボコにして一切寄せつけなかった輝かしい戦績を胸に、このまま勝ち逃げする心算だとか。

 発想が最低すぎる。

 

 


 

 

【禁断の果実】

 冒険者を撃退し続けていることで、ダンジョンの知名度が順調に上がっている。

 今のところ挑んでいるのはアクセルの冒険者のみだが、余所の街から腕利きが流れ込んでくる気配がある。

 というのも、各地の冒険者ギルドからダンジョンに関する問い合わせが相次いでいるらしい。

 

 私がアクセルの冒険者ギルドに出向き、耳をそばだてたときも、ダンジョン絡みの話題はいくつか拾えた。

 『初期のダンジョンとは別物だ。構造からして、ここの主は外道で姑息で、とんでもなく悪辣な悪魔族に違いない』とか。

 ダンジョンマスターが、私とカズマを足して割らないような人柄だと誤解されている。

 

 話を変えよう。

 

 アドバイザー業に勤しんでいると、バニルが果物を差し入れしてきた。

 一見すれば、何の変哲もないリンゴ。だが、思わず口にしたくなるチャームの波動を、うっすらと放っている――らしい。

 私は精神耐性のタリスマンで弾いていたので、気づかなかった。

 だが、カズマは一瞬だけ魅入られ、正気を取り戻すなり、その異常性に慄いていた。

 

 このあからさまにヤバい代物は、バニルの解説によれば人間以外には魅了の効果も働かない、ただのリンゴだという。

 しかし人間が食した場合のみ、二つの特別な効能を持つ。

 

 ひとつは、知力が一時的に大幅向上するバフ。

 もうひとつは確定ではなく、ごく低確率で発生する効果だ。……悪魔化する。

 人間に限り、悪魔に種族チェンジする恐れがあるという。

 

 聖職者が聞けば発狂ものだろう。

 あるいは闇の力的なものに惹かれるめぐみんなら、あっさり食べてしまいそう。

 悪魔崇拝者の間で悪魔化のアイテムが取引されているとは伝え聞く。どうやら、これもその類いらしい。

 

 ここまで聞き出せば、仮面悪魔の魂胆はおおよそ読めた。

 要するに、先日のリッチー化の話と構図は同じだ。アプローチが違うだけで。

 私の寿命を人間以上に延ばせるのなら、手段はどちらでも構わないのだろう。

 

 だが悪魔化など、アンデッド化以上にアクアが許すはずがない。

 それに私が悪魔になったら、店のドアノブへ聖水を振りかける青髪女神の嫌がらせは、次から誰が後始末をするのか。

 何より悪魔は上下関係にうるさい。仮面悪魔から偉そうに先輩面されるとか、普通に嫌なのだけど。

 

 そんなわけで、私は悪魔化には乗り気ではない。

 そんな遠回しな主張を、バニルが切り分けた可愛らしいウサギさんカットのリンゴをパクパクとつまみながら、淡々と述べた。

 悪魔化はしなかったものの、食事風景を眺めていたカズマとメデューサは、揃ってドン引きしていた。

 

 なお、知力アップの実感はなかった。

 これには理由がある。リンゴの効果は知力ステータスに対する割合上昇ではなく、固定値の加算なのだ。

 つまり素の知力が低いほど上がり幅は大きく、効果を体感しやすい。

 世界が変わって見えるほどの劇的な効力とはいえ、元より怪物級の知力を持つ私にとっては誤差の範囲でしかなかった。

 

 例えるなら、日々の糧にも苦労する駆け出し冒険者にとって、降って湧いた百万エリスは大金。

 だが、年収一億をコンスタントに稼ぐエリートには端金(はしたがね)――みたいな。

 

 なおカズマが、悪魔になれば精神も変質するのではと、恐る恐る疑問を口にした。

 私の性格がますます悪くなるのではという、迂遠な懸念アピールである。

 バニルは鼻を鳴らし、それを一蹴した。

 今よりまともになることはあっても、これ以上悪化のしようがないのだからその逆はない――と。

 

 それ、私の性格の悪さが悪魔以上だって、貶しています?

 

 


 

 

【ダンジョンにて行われる不穏な謀議の顚末】

 貴族に関して二名ほど、私のほうで探りを入れることになった。

 

 話は、族長試練の折に紅魔の里へ滞在していた頃まで遡る。

 アイリス王女の護衛、クレアとレインとはそれなりに接する機会があった。カズマと面識があるのも知っていたので、何とはなしに話題に出したことがある。

 

 すると二人は、目に見えて顔色を失った。

 突然飛び出したその名に怯え、もしや本人が近くに潜んでいるのかと周囲を見回す始末。

 か弱い小動物さながらの狼狽ぶりは、哀れを誘うと同時に異様でもあった。

 

 双方の間で何らかのトラブルが生じているのは明白。

 だが、問いただしても二人はだんまりを貫くのみ。結局、その場は私が引き下がった。

 

 そこで今度はカズマへと矛先を変えた。勘付かれないよう慎重に会話をリードし、話題を二人へ誘導したところ――。

 彼は過去の怒りを再燃させ、『報復してやる』と息巻き始めた。

 

 聞けば、カズマを王城から追い出すため、禁忌とされる記憶消去のポーションを飲まされたことがあるという。

 あれは、運が悪いと馬鹿になるリスクのある劇薬だ。

 とはいえ、記憶は後にアクアの回復魔法で戻った。二人もそれを知っている。

 当時、なんとしても城に居座ろうと粘るカズマの遮二無二な抵抗を、両者は身をもって体験した。心胆を寒からしめるには十分すぎた。

 そんな男が、いずれ復讐に現れるかもしれない。その未来に、彼女らは震え上がっている。

 

 ……薮蛇だったか。カズマのやる気に火をつけてしまったようだ。

 もっとも、そこまでなら私の知ったことではない。所詮は他人事だ。

 だが、この男はその後、自身の悪巧みに私を巻き込もうとしてきた。

 二人の屋敷の警備体制や見取り図等、情報を入手できないか。そう持ちかけてきたのだ。

 

 アルダープの件で暗躍した過去があるため、私がその手の技能に長けているのを彼は知っている。それで何となく思いついたらしい。

 その後の潜入は、カズマがスキルを駆使して何とかするという。情報はあると助かるが、無くても支障はないとのこと。

 

 仮にも王族の側近を務める重臣だ。

 その身辺警護にまつわる機密を暴けとは、危険な案件である上、随分と軽々しく言ってくれる。

 いや。できるか否かで言えば、余裕でできるのだが。

 

 片方はダスティネス家に負けず劣らずの大貴族。だが、まあ平気だろう。

 先のアルダープの一件で手札をだいぶ消耗したものの、あれから月日が経って完全に立て直している。

 もう片方に至っては、つい最近まで実家が借金で喘いでいた貧乏木っ端貴族。問題外だ。負債はシンフォニア家が肩代わりしたとか。

 

 カズマが報酬をたんまり積むというので、結局は依頼として受けることになった。

 情報屋の副業などやっていないのに。ただ、店の運転資金にはなる。

 

 しかしながら、大貴族の本邸を一から調査するのは少々骨だ。

 そこで私は修正案を出した。クレアに関しては、別邸だけを調べれば十分ではないか、と。

 普段使われていない分、本邸より警戒が緩い。諜報の隙も大きい。

 

 内情を丸裸にした後で、クレアに宛てて『近々挨拶に伺う』とでも認(したた)めた手紙を送ればいい。

 するとあちらはカズマを恐れ、隠れ別荘に逃げ込んでやり過ごそうとする。そうやって誘い込み、狙い撃つ。

 もちろんその段になれば、一帯に厳戒態勢が敷かれるだろう。

 ただ、隠し通路のひとつでも事前に発見できれば、それを用いて裏を掻ける。

 言うなれば、魚の追い込み漁だ。

 

 クレアの人となりを知らなければ、この策は提案していない。

 だが私は直に会った。彼女の分析と行動予測には自信がある。

 

 なお、こうして私たちが話し合っているのは、いつものダンジョンマスター部屋だ。

 メデューサは人間社会に関心がないようでノーリアクション。ダンジョン内の動向チェックに専心している。

 バニルはこちらに耳を傾け、一心にメモを取っている。目を遣ると、『続けてどうぞ』とジェスチャーで応答があった。

 私たちのやり取りを、自分の勉強教材にしているらしい。

 

 他の誰かに話を盗み聞きされる心配は皆無。

 奇しくもここは、謀略の密議を交わすには最適な環境だった。

 

 


 

 

【財宝に定評のあるダンジョン】

 出会った当初こそ、私たちへの嫌悪を隠さなかったダンジョンマスターだが、今ではすっかり信頼を寄せている。

 カズマに至っては『先生』と呼び、敬意すら払っているほどだ。

 

 私に対しても同様なのだけど、比較すると恐怖の色が濃い気がする。

 尊敬は感じる。だが畏怖のあまり、微妙に距離を置かれている。直接戦闘能力なら、四人中ダントツの最下位なのに。

 私とカズマで、一体何が違うというのか。

 

 それはさておき。

 水晶玉越しに、ダンジョン内を彷徨(うろつ)く冒険者の様子を眺めていたときのことだ。

 ――女冒険者が、やけに多くないか?

 ふと気づいたバニルが、訝しげにそう漏らした。

 

 男が多いのは、まあ分かる。

 このダンジョンの宝箱からは、サキュバスのサービス券が出る――そんな噂をカズマが流布したのだ。

 おかげで男たちは、こぞってダンジョンに押し寄せている。

 事実、たった一枚のチケットの所有権を巡り、魔王との決戦さながらの死闘が繰り広げられたこともある。この上なく醜い争いだった。

 

 ダンジョン経営は継続的な集客が肝要で、飴と鞭のバランスが要となる。

 とはいえこの有り様では、どれだけハードルを上げようと入場者は後を絶たない。

 

 だがこれは、男冒険者の話。女冒険者がダンジョンアタックに前のめりになる理由には、当然ならない。

 それでも偶然と片付けるには、女性のみで統一されたパーティーが妙に多い。

 元来、冒険者稼業は男社会の色が強い。その中で女性パーティーともなれば、それだけで否応なく目を引く。

 

 心当たりのないカズマは首を横に振った。残る私へと、自然と視線が集まる。

 私は頷いて肯定した。確かに、思い当たる節がある。断定はできないが、恐らく私の仕込みが原因だろう。

 

 ここで一度、話は脇道へ逸れる。

 王都の貴族女性を中心に、ある時期を境に爆発的に浸透した趣味がある。

 腐向け――いわゆる男性同士の恋愛をテーマにした読み物だ。

 

 火付け役となったのは、とある勇者候補の女。

 前々からその手の本を趣味で執筆していた彼女は、勇者候補の例に漏れず実力者でもあった。

 戦功により王侯貴族からの覚えもめでたく、貴族へのツテもあった。そこを感染源に、貴族界でクラスター的に腐女子が激増したらしい。

 特に、子育てを終えて暇と金を持て余した妙齢女性層に大ウケしたとか。読む方も、書く方も。

 

 で、金儲けの種になるかと、研究がてら私も何冊か買い込んだことがある。

 死蔵していたその冊子が自室に残っていたので、宝箱のドロップ品として放出した。

 並行して女冒険者間に噂を流したが、この分だと、効果はあったのだろう。

 

 つまるところ、カズマがサキュバスチケットでやったことの二番煎じだ。

 本の詳細は要るかと尋ねてみたが、カズマもバニルも嫌そうな顔で謝絶した。

 よって、話はそこで打ち切りとなった。

 

 ここから先は、彼らに話さなかった余談となる。

 

 今回私が手放した本というのは、例の女勇者候補の作品だ。

 イケメン冒険者として名高いミツルギが、自慢の魔剣(意味深)を武器に魔王軍幹部バニルへと果敢に挑むも、最後は返り討ち(意味深)にされるお話である。

 もはや、どこからツッコむべきか判然としないほど、あらゆる方面に喧嘩を売っている。

 

 一応、作中のキャラ名や特徴には本物と若干の差異がある。

 ただ、フィクションと言い張るために要点を押さえた上で、意図的にズラした印象が強い。

 多分彼女は、幹部時代のバニルと交戦したことがあるのだろう。何せ、凄く似ているし。

 

 そんな特級呪物だが、今ではプレミアがついて売り値が高騰している。それで捨てるに捨てられず、扱いに困っていたのだ。

 いや、この機に処分できて良かった。

 こんなものが有り難がられるとか、この国の行く末は大丈夫なのだろうか。

 

 


 

 

【トイレに罠は仕掛けるでしょう】

 ダンジョン内にトイレを設置し、そこに罠を仕掛けよう――カズマがそう言い出した。

 

 現役冒険者の弁によれば、多少怪しくとも冒険者はトイレを使う。ダンジョンにおけるトイレ事情は、それほど切実だから。

 用を足し、無防備になったところを――というのが彼の筋書きだ。

 

 言われてみれば、一理ある。

 油断を誘い、一撃で息の根を止められるなら、それはそれで有用だ。

 

 私はむしろ、パーティーの足並みを乱し、パフォーマンスを封じるほうに重きを置く。

 不和の種を蒔き、階を上るごとに仲間内の空気をギスギスさせる。最上階に辿り着く頃には結束は崩壊し、足の引っ張り合いでいつ事故死が起きてもおかしくない――。

 そんな険悪ムードへと誘導するのが理想だ。

 パーティーとは連携によって真価を発揮するもの。ならば人間関係の破壊は、対冒険者戦術の初歩だろう。

 

 ともあれ。私はカズマの案に賛同した。

 ところが、人外組の二名がまさかの反対に回る。

 『いくら何でもトイレだけは勘弁してやってほしい』と、やんわり非難の声を上げたのだ。

 メデューサはまだしも、悪魔の感性をもってしても悪逆非道過ぎて引く所業だという。

 非合理的な。情けと利害の二択なら、即決で利害に飛びつくのが道理だろうに。

 

 トイレを活用しないなど勿体ない。だが、反応が芳しくない。

 私とカズマは目配せを交わし、暫しの相談タイムに入る。この劣勢を打開すべく、人間組は束の間の共同戦線を張ることにした。

 物騒な路線はダメそうだ。ならば、そこは譲歩しよう。

 方針を転換し、冒険者のイライラとパーティー内の相互不信を煽る悪戯系トラップを改めて提議する。

 が、好意的な反応はちっとも返ってこなかった。

 

 こうして、冒険者を陥れんとする人間二人の邪悪な企てを、人類と敵対するはずのダンジョンマスターと大悪魔が良識を説いて諌めるという、世にも奇妙な光景が現出したのだった。

 

 


 

 

【職場が瓦礫の山になった】

 経緯を記そう。

 

 まず、一向にダンジョン踏破の兆しが見えないことに痺れを切らした冒険者ギルドの音頭で、ドリームチームが結成された。

 メンバーはダクネス、アクア、ウィズ、ゆんゆん、クリス。

 前衛タンク、プリースト、魔法使い二人に盗賊という完璧な布陣だ。

 

 なお五人の内訳は、リッチー一名に女神二柱。実は人間のほうが少ない。

 残る人間も、紅魔族の次期長と、生まれついての素養に秀でた上級貴族である。

 

 これが図に当たった。

 元は習作として建てられた初心者向けダンジョン。スペック差も相まって、まるで太刀打ちできない。

 ……もっとも、アクアだけはクリスの忠告に耳を貸さず、好奇心の赴くまま罠へ度々突撃しては、足を引っ張っていたが。

 

 当初こそ『ダンジョンマスターの誇りに懸けて、返り討ちにしてやる!』と気炎を揚げたメデューサも、リッチーが混じっていると知るや、即手のひらを返して逃げ腰となった。

 近頃、ウィズにはロクにエサを与えていない。

 そんな状況で、腹ぺこ女をほっぽり出してダンジョンに加担していたとバレたら、どんな面倒事に発展するやら。

 

 だが、真の問題はそこではない。

 ゆんゆんがいる。ならば早急に警戒すべき点がある。

 あの爆裂娘は、この塔を爆破するチャンスを虎視眈々と窺っている。

 ダンジョン攻略でライバルに水をあけられていながら、このまま大人しくしているはずがない。

 そして、その危惧はすぐさま現実となる。

 

 建物内には攻略中の冒険者も残っているというのに、彼女はどこ吹く風だった。

 屋外から爆裂魔法の膨大な魔力の高まりを感知するや、潮時と察した私たちは速やかにダンジョンを脱出した。

 なお、私の亀の歩みに合わせていては間に合うものも間に合わなくなるため、私だけバニルに俵担ぎされ、荷物よろしく運び出された。

 

 自分が将来ダンジョンを手がける折には地下に造る、とバニルは宣言した。

 それが無難だろう。まあ私が冒険者なら、川の水を引き込んで水没させることを検討するけど。

 

 斯くして。

 ダンジョンの倒壊により、職場が物理的に消滅した。

 ダンジョン経営を手伝うという貴重な経験は積めたものの、それも店仕舞いと共に強制打ち切りとなった。

 

 ところで、私たちと師弟関係を築いていたメデューサだが。

 今日のあれでトラウマを刻まれたらしい。ダンジョンマスターの道を諦め、田舎に帰ると言っていた。




・主人公の属性(アライメント)
ウィズのおかげで、表面上は『秩序・悪』の範疇に収まっているだけ。本来の性質は典型的な『中立・悪』。
本作で『中立・悪』を行動原理としているのは、プロローグ章と未投稿の零章の頃に限られる。

・禁断の果実
オリジナル。モデルは旧約聖書の知恵の実。
当初は没ネタだったが、『よりみち』三巻で悪魔化アイテムが実際に登場したため、まあいいかとなって解禁した。
前話のリッチー化にも言えるが、原作終了以後に主人公が歩むかもしれない道筋を示しただけで、作中で人間を辞める予定はない。
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