ランボー / 怒りのメスガキわからせ 作:エロスはせがわ
元々ない物など、望んではいない――――
だってアタシは、そんなもの知りもしないんだから。望みようが無いでしょう?
「ボス、おかえりなさい」
小一時間ばかり時間を貰い、大佐ちゃんと行ってきたBARから帰還。
きっとボスの顔が見られて嬉しいのだろう。ガチャッと扉の音がした途端に、メスガキ署の職員ちゃんは、嬉しそうにテテテとお出迎えに来てくれる。
彼女の方も、ニコッと笑顔で会釈を返した。
「すこし奥にこもるわ。
わるいけど、しばらく電話とかは、つながないでもらえる?」
「了解です。後でざこコーヒーでも持っていきましょっか? ミルクありありのヤツ」
「いーのいーの♪ ありがと♪
あなたもキリのいい所で、きゅーけー取りなさいねー♥」
手をフリフリしながら、“しょちょー室”というプレートがかかった部屋へ。
ちなみにだが、これは所長を指しているのであり、けして小学生の女の子的な意味での“しょちょー”ではない。
変なことを考えた者は、今すぐ腕立て腹筋スクワット×50を3セット行うように。貴方は病気です(断言)
「…………」
バタンと、背後で扉が締まる。
その途端、さっきまで朗らかだった彼女の顔から、一切の色が消えた。
今このしょちょー室は、窓から差し込む月明りと、僅かばかりの町の灯りによって、薄暗く照らされているのみ。
だが彼女は照明のボタンに手を伸ばすこともせず、暫しのあいだドアに背中を預け、じっとその場に佇む。
どこを見るでもない瞳で、力なく項垂れながら。
「…………」
ようやく、一人になれた。誰にも見られない場所に来られた。
ここではどんな顔をしていても良いし、どんな情けない姿でいても良い。
安堵する。心の底から。
でもそれは決して、あたたかなストーブにあたるような気持ちじゃない。
まるで長距離ランナーが、倒れそうになる身体で命からがらゴールに辿り着いた時のような……。猛獣に追われていた草食動物が、「ここまで走れば大丈夫だ」と胸を撫でおろすような……そんな気分。
「…………」
ずずっと、彼女の腰が落ちた。
ドアにもたれかかったまま、少しずつ下がり、やがて床にペタンとおしりをつく。
別に狙撃されたワケでもなければ、足が痛くなったワケでもないけれど。
でも彼女は、いつも座っているしょちょーの椅子(小学生には大きすぎる位に立派な物)に座ることもせず、もう一歩も動きたくないんだとばかりに、その場にへたり込んでしまった。
ここでなら、誰にも変な目で見られないし、不安にさせてしまう事もない。
「あいつ、バカだったな……。おもってた30倍くらい」
ボソリと呟いた声が、誰に届くことも無く、静寂の中に溶けていく。
さっき別れたばかりだが、メスガキ大佐としたBARでの会話を回想。あの子の姿を思い描いてみる。
ちんまくて、えらそう。でもなんか憎めない。
賢いのかと思いきや、マヌケな所も大分あって、物を知っているようで知らない天然だ。
その変人さからか、はたまた「自分の目は確かだ」という海のリハクめいた謎の自信からかは知らないが……、まだ会ったばかりだというのに、はやくもこちらにクソでか親愛を向けているのが分かり、どこかむずがゆいような心地がしている。
まぁ、ここまで腹を割って話が出来る友達など、自分には居なかったし、嬉しくないと言えば嘘になってしまうが……。
でもヤツの放つ荒唐無稽な言葉は、聴いててちょっと疲れもするし、ぶっちゃけついて行けない所もある。
アイツが来てからというもの、何故が自分が“ツッコミ役”にまわっているこの状況にも、大いに思う所があった。今日も何回、頭の血管が切れそうになった事か。
アタシは決して、こーゆーキャラじゃなかった筈だ。そうでしょう?
こう自分に問いかけてみるが……まぁあんな風に誰かに振り回される事って、今まで無かったし、楽しくなかったワケではないけれど(クソでか慈愛)
「…………」
けれど、駄目だ。
ほんのりあったかくなっていた心が、ふいにギューンと沈んでいく。
先ほどのバカ騒ぎの思い出が、突然TVの電源を切られたみたいに、真っ黒に染まる。
ふと、これからの事が頭をよぎった瞬間に、もう何も見えなくなってしまった。真っ暗闇だ。
「もう、ダメかもしれない……。
きっとおじさんは、この町にはいてくれない」
知られてしまった。この町の全てを。
カリーナは伝えただろう。あの忌まわしい場所を見せたことだろう。
なら幾ら屈強とはいえ、ごく普通の人である彼が、ここに留まってくれる道理がない。すぐにでも逃げ出してしまうハズだ。
自分達のような者を、愛してくれるワケがない――――
諦観。喪失感。上げるだけ上げておいて、一気に叩き落されたような気分。
願って願って、夢にまで見て、ようやく男の人に出会うことが出来たのに、それはスルッと手をすり抜けていった。
べちゃっと落としてしまったケーキは、二度と元の形には戻らない。
残るのは失った悲しみと、涙の跡だけ。あと掃除の大変さっていうオマケまで付いてる。
きっと、彼が町から逃げ去った後、自分達がまた立ち直るまでには、それはもう長いときを必要とするだろう。
もう考えたくもないが、自殺者が急増するかもしれない。それについての対策も、またウンウン考えなければならない。きっと焼け石に水であろうが。
「別にアタシ達だって、すきでこんなふーに、なったワケじゃないしぃ……」
体育座りの膝に、おでこを埋める。ぎゅっと身体に足をひきつけ、縮こまる。
もう嫌、もう何も見たくない。そんな気持ちが滲む姿だった。
――――最古の記憶は、暗い部屋の思い出と、冷たい床の感触。
多分おとーさん
そこらじゅうに血が飛び散り、とてもばっちくなっていた覚えがある。
これが自分にとっての、いちばん古い記憶だった。
その次は、なんか沢山の人達に「ははぁーっ!」と拝まれているらしき光景だ。
傷だらけ&栄養失調というボロ雑巾みたいな状態で、ひとり部屋に捨て置かれていた時、そこを何の因果だったのか、教祖の男に拾われたらしいのだけれど……、その日から人生が一変したのを覚えている。
ごはんをくれるのは嬉しい。ヨレヨレの枯れ木みたいだった腕が、子供らしい丸みを取り戻したから。可愛くて清潔な服を着ることが出来たのも、人生初の喜びだった。
でもなんでこの人達は、「ありがたや、ありがたや」と手ぇ合わせて、アタシを拝むのか?
なんでアタシに頭を垂れて、“ょぅι゛ょ様”と呼ぶのかは、どれだけ考えても分からなかった。理解出来よう筈もない事だ。
いきなりお日様の光が届かない、地底へと連れて来られた事にも、おおいに戸惑った。
そして、次に思い出せる記憶では……、
あの気持ち悪い大人達は死に絶え、一人っきりになった。
どれだけ探そうとも、どこにも遺体は見つからなかったので、あのきっしょい1000人のおじさん達がどうなったのかは、当時はよく分からなかったけれど……。
でももう、血のおしっこが出ちゃうくらい、お腹を蹴り回されることも無い。
なんか異常な雰囲気の中で、狂気に染まった目の大人達から、一生懸命に祈り倒される事もなくなった。
当時の自分は、よく幼心に「ひとりになりたいな」と考えていたものだけれど……。パッとお日様の光が差し込んだみたいに、突然その願いが叶ってしまったのだ。
そこから暫く泣いて過ごした後で、この薄暗い地底を「うんしょ」と抜け出してみると……そこには大きな森が広がっており、その先に“ある小さな町”が存在していた。
幾つかのボロッちい家と、食料品や日用品が置いてある無人のスーパーマーケット、そしてこじんまりとした児童公園だけがある、ギッリギリで町の
そこの児童公園には、何人かのまだ小さな……3才くらいの女の子たちが居た。
何をするでもなく、ただその場に立っていた。
彼女らは皆、ワケも分からずに空を見上げて、「あーん!」と泣いているのだった。
その日から、彼女の仕事は“おかあさん”になった。
もう死んでしまったけれど、自分には4才下の妹がいたので、ちっちゃい子の世話には慣れている。
この子らを抱っこしたり、ごはん食べさせたり、寝かせてあげたり、おトイレに連れてってあげるのが、自分の大切な役目になった。
気が付けば、日に日に町の子供達は増えていた。
どこからともなく
町の子供達は、生まれては消え、生まれては消えを繰り返した。
けれど、どうやら消えてしまう数よりも、生まれる数の方がずっと多いようだ。
加えて、まるでそれに合わせるみたいに、町は次第に大きく広くなっていった。
10分も歩けば、町の端から端まで歩けたハズの土地は、やがて自転車で走っても見て周ることが難しいくらいになる。風船のように膨らんでいく。
誰がいつ建てているのかは知らないが……色んな建物が増えていった。店や施設が充実し、時と共にどんどん暮らしやすくなっていった。
けれど、どれだけ時間が経っても、彼女の身体は
ずっと小さいまま。9才だった時のままで、成長が止まっているようだった。
その事に気が付いてから1年が経ち、5年が経ち、10年が過ぎ……。
やがて彼女は、数えるのを止めた。
「でも、人間よ――――アタシたちは人間なの」
ガリっと、自分の肌に爪を立てながら呟く。
「魂がある。生きている。必死に息をしてるのよ。
泣くし、笑うし、ケンカしたり仲直りしたりする。誰かに優しくする事が出来る。
そんな自分達が人間でなくて、いったい何なのか。
誰になんと言われようと、彼女は確信を持っている。胸を張って言い切れる。
「けれど……
ここはカンセイし、それだけでカンケツしてる世界。
なにも変えることは……できない」
彼女とて、長い時を生きている存在だ。その幼い身体はともかくとしても。
これまで多くの物を学び、調べ、会得し、学習してきた。
なんだったら、この町には図書館もTVもあるし、どういうワケだか外の世界の知識を学ぶ術には事欠かない。当然あの地底も調査したし、そこに残されていた数々の文献を読み込んでもいる。
ゆえに彼女は、独力ではあっても、この世界の大まかな概要を、すでに把握するに至っている。
そもそもこのクソッタレな世界が、あの変態共の手により、自分という幼女の存在を“核”として、成り立っているらしき事も。
そして、周りにいるメスガキシティの仲間たちが、一体どういう存在であるのかも。
それを踏まえた上で、言う。
この世界は既に詰んでいる――――どうにもならないのだと。
メスガキたちの輪廻転生を止めるとか、この呪いめいた結界を壊すとか、そういった事は可能かもしれない。他ならぬ彼がいてくれるのならば……。
でもそれは、
この箱庭の世界(ロリコンざこ結界)の中でのみ、メスガキ達は存在できる。
それによって死と転生を繰り返し、生かされているのだ。
他の仲間たちとは違う、少し特殊な存在ではあっても、自分だって似たような物。
そもそもの話として、本来自分の寿命など、
ならば、たとえこの結界をどうにか出来て、外の世界に出られたとしても……その瞬間にコロッと死んでしまってもおかしくない。
ここは“汚いおとぎ話”とも言うべき、えらく馬鹿でファンタジックな世界ではあるが……、それを破壊して“普通”に戻すというのだから、当然の事なのだろう。
結局の所、巫女だの、ご神体だの、ょぅι゛ょ様だの言ったって、自分もこの結界に生かされている身の上。いわば水槽の魚でしかない。
愛されず、生を謳歌出来なかった少女たちの、魂の受け皿。
人がいなくなった世界で、延々と稼働し続ける、悲しい水族館――――
それがここ、メスガキシティだ。
「でもさ……? もしかしたらって、おもったの。
たとえ普通じゃなかったとしても、アタシ達なりの……って」
彼が町に来たとき、ドキンと胸が高鳴った。
これまでずっと灰色だった世界が、一気に色づいた気がした。
たとえ歪だとしても、マトモではなくても、自分たちなりの“幸せの形”があるんじゃないか?
もしかしたら、だけれど。すごくおこがましいかも、しれないけれど……。
でもこんな自分達でも、他ならぬ彼の力になれるのではないか? と思ったのだ。
「元々ない物なんて、のぞまない。
だってアタシは、そんなもの知りもしないんだから。のぞみようが無いでしょ?」
だから“普通”などイラナイ。誰かに助けて貰おうなんて、微塵も思っていない。
彼女はハナから望んでもいないのだ。
けれど、
“人の来ない水族館”にいる魚……。そんな無意味な存在じゃ無いんだという、その証が欲しい。
「愛して、あげられるわ。
アタシ達だけは、あなたを……」
たとえ、全ての人からそっぽ向かれてたって。世界中から憎まれていたって。
自分たちなら愛してあげられる。彼を幸せにしてあげられる。安らぎをあげる事が出来る。
証が欲しい。価値が欲しい。
それはきっと、あの人の幸せによってのみ、為される事なんだ。
ジョン・ランボー。彼を幸せに出来たなら――――アタシたちは救われる気がする。
「ぜんぶ、あげたっていい。
アタシにできる事なら、もう何だって、してあげたい……」
今まで知らなかった。でも身体に稲妻が走るみたいに、一瞬で気付くことが出来た。
きっと、恋をして初めて、生きる意味を知るんだろう――――
女の子っていう生き物は。
「けど、ムリかなぁ?
おじさん知っちゃったもん……。ならもうオシマイ」
……というか、いま彼女は地味に“生命の危機”だった。
だってあのおじさんが、このままで済ますハズが無いんだから。
カリーナから話を聴き、証拠を突き付けられ、このクソッタレな世界の事情を知ったのならば、何にも動かずにいるワケが無かった。
きっと、ここに長く住んでもらうのなら、遠からず知る事にはなっただろう。
けれど、いずれバレるにしても、秘密を明かすにしても……形ってものがある。
信頼してもらい、町のみんなで絆を育み、その上で自分の口から話すつもりでいたのに。
でもこれじゃあ……まんまよく分からん世界に放り込まれたヒーロー、その物じゃないか。
ここに住んでる子たちだって、彼にとっては未知の存在なんだから、そりゃー当然の如く、ひと暴れするに決まっている。元の世界に帰るために……。
「こわすかなぁ……? おじさんなら。
このセカイをメチャメチャにして、ぜんぶ
あってはイケナイ物を破壊し、世界をあるべき姿に戻す。
あぁ、それはなんともヒーローらしい……。
それに
大佐ちゃんが言っていた。もうこの世界には、歪みが生まれていると。
あのおじさんがここに来た時点で、既にヒビは入っているのだと。
ならば……きっとあの人は上手くやることだろう。なんたって彼はベトナムの英雄で、筋肉モリモリ、マッチョマンの変態だ。
一体どーやって来たのか、なんでメスガキシティに入れたのかは、イマイチよく分からないんだが……でも意外と“その為”に来てくれたのかもしれない。
神様とか世界とかに呼ばれて来たのかも? 特別なパスポートを貰って。
囚われの少女たちを
いかにもこれは、美談として語られそうな、なんとも良く出来た話じゃないか。
たとえ相手が人であっても、それがゾンビや未開人とかの
そうやって人々に賞賛され、英雄となるのだ。正義と神の名に於いて。
「うわー。アタシって悪のゲンキョーだったんだー。マジかー。
まぁメスガキって、もともと大人にやっつけられるモンだし? あーね」*1
囚われのお姫様どころか、ゾーマだったんだアタシ。大魔王じゃん……。
そう「ふふっ」と自嘲した時、ぜんぜん意図してないタイミングで、涙がポロッと落ちた。
きっと彼は来る。あの約束を果たしに、ここに来てくれるだろう。
けれど、その時に自分は、何を言われるのか。
一体どのような罵詈雑言を、彼に浴びせられるのかが、怖くて仕方なかった。
そっちのが、死んじゃう事なんかよりも、よっぽどコワイ。
きっとアタシ、貴方の嫌悪の目には、とても耐えられない……。
「でも、もういっかなぁ?
そんなふーに、
薄暗いしょちょー室に、スンスンと泣く声が響く。
怒って貰えるなら。自分と向き合って貰えるなら。終わらせてくれるのなら――――
それもひとつの形かもしれないと、彼女は思う。
♥ ♥ ♥
『なぁ、
「はぁ?」
翌朝。突然向こうから入って来た無線に、彼女はポカンと口を開けた。
『自信が無いんだ。俺はしたことが無かったから……。
いつもグリーン・ベレーの仲間たちと、『セックスってどんなだろうなー?』と話し合ったりはしてたんだが……』
「おじさん、ちょっとまってくれる? いっかいジュンをおって話して?」
彼だったら、あの地下ロリコン帝国を爆破する位のことはするかと思ったし、もうすでに町からの脱出を計っているかもしれないと思っていたので、この無線には心底ビックリした。
怒られるとか、罵られるとかビクビクしていた、アタシの覚悟を返せ。
とにもかくにも、彼が言う所によると……、もうランボーおじさんはあの廃坑を脱出し、今は森を警戒しているメスガキ達から身を隠しつつ、茂みの中でのほほんと無線を送っているのだそうだ。
朝ごはんも食べたし、ストレッチして身体も伸ばしたし、ちゃんとヒゲも整えたそうな。こちらの心配をよそに、めっちゃ健康でいてくれてる。
『そうだな……まずは報告しなければ、前に進めない。
君だけが頼りなんだ』
「おじさん、自分のタチバわかってる? まーいいんだケド……」
仮にもこちらは敵対勢力のボスで、そっちは逃亡者の身の上だというのに、もう普通に連絡を取り合う仲になっている気がする。
別に嬉しくないワケではないのだが、これでは色々と示しがつかない。
もう帰って来なよおじさん……ってな感じだ。
『ではまず、あの子の事から話す。
俺は口下手だが、なんとかやってみるので、すまんが聴いてくれるか』
「うん……カリーナのことね。分かったよおじさん♥」
例の彼女のことが話しに出た途端、恐怖で心臓が飛び出そうになったが……デカちゃんは必死で自分を抑え込む。
なんとも弛緩した空気の中で始まったが、ランボーが語る地下帝国でおこった出来事を、ふむふむと相づちを入れながら聴いていった。
けれど……。
「キスをしたら……消えた?
ねんまくせっしょくが、アウトですって!?!?」
『ああ……』
その中で語られた、カリーナの最後に、膝から崩れ落ちた。
絶句し、目の前が真っ暗になり、虚ろな瞳のまま座ることしか出来なくなる。
触れられない? ちんぽ出来ない? アタシ達メスガキは?
それをしたら……死ぬっていうの……?
絶望だ。もう自分の中で、全てがガラガラと崩れ落ちていく音がする。
願いとか、想いとか、希望とかいった物が、いま聴いた言葉によって、木っ端みじんに粉砕されたのだ。
『正直、あの子の死は堪えた。暫くの間、その場から動けなかった程に……。
しかし俺は“兵士”だ。いかなる時も戦わねばならん。そういう風に訓練された』
「……」
『弔いになると信じ、こうして無様を晒している。君に連絡を取った。
あの愛すべき子の意思を、俺が引き継がなければ』
ぶっちゃけた話、もしランボーから無線が来たら「童貞喪失おめでとう♪」とからかってやろうと思っていた。
カリーナの事だから、それはもうナンヤカンヤするだろうし、あの隔絶した空間で二人っきりになれば、彼が無事でいられるとは考えにくかったから(清らかちんぽ的な意味で)
しかし、これは想像の斜め上。まったく予期していない事態だった。
カリーナの“消滅”はもとより、これまで知らなかった事まで判明したのだから。
あのロリコン共の呪いは、自分が考えていたよりも、よっぽど悍ましかった――――
アイツらはただ
そのための術すらも、事前に潰していたのかと……。
ランボーの声が遠い。
大好きな彼の、身を裂かれるような沈痛な言葉を、ちゃんと聴いてあげられない。
彼を愛したい、ぬくもりをあげたい――――そのたったひとつの願いが、根底から否定されたんだ。
『ちなみにだが、粘膜接触どうこうに関しては、もう心配ないぞ?
なんとかしておいた』
「……えっ」
しかし、ふいにのほほんと放たれた声に、彼女はハッと意識を戻す。
『あの神殿めいた洞窟に、いくつかのクリスタルがあったんだが。それは知っているか?』
「うん……あるよね。
あれ力の源というか、この町の結界にかんけーしてる、だいじなヤツなんだケド」
『その内のひとつに【俺以外の男とセックスするなよ……!】と書かれているヤツがあってな? 破壊しといたぞ』
「――――なにその言葉っ!? きっしょ!!!!(迫真)」
童貞は
彼らはいつも、愛らしいょぅι゛ょを遠目に眺めつつ、心の中で彼女らの純潔を祈る。いつまでも清らかであれと、一方的で自分勝手なことを願うのだ。
いつか自分と結ばれる時まで、どうか処女でいてくれ……。ほかのヤツの物にならないでくれと……。
というか、お前なんかと結ばれることなど、未来永劫ありはしないのに。それでも願わずにはいられないのが、彼らロリコンである。
もしその願いが、儚くも破れてしまった時……、彼らはその少女を呪い殺さんばかりの憎しみを抱く。
そして、いそいそとAmazonのページを開いては、オワコンだのもう買わないだのと、見るに堪えないような恥ずかしいレビューを書き、躊躇なく星1という評価を付けるのだ。恥も外聞もなく。
恐らく、ランボーが壊したという“ざこクリスタル”には、そんなロリコン共の呪いが込められていたのだろう。
非処女を許さず、穢れてしまった少女をこの世界から消す……。その為の装置であったに違いない。
そんなクソッタレな者達の呪いによって、アタシたちのカリーナは死んだのか。いま自分たちは苦しめられてんのか。
もうデカちゃんは、怒りとか憎悪で憤死しそうだ。やっぱりロリコンなんてッ……!!
『君の意見を訊かずにやるのは、すまないと思ったが……衝動を抑えられなかった。
そのクリスタルを見つけた途端、俺は
「――――児童保護法ぱんち!? なにその技?!?!」
アタシそんなの、きーた事ないっ!! はじめてっ!
デカちゃんは思わすおっきな声を出した。
「いや……それはいーけど、おじさんよくハカイできたねぇ?
いくら
『ん、そんな名前だったのか?
しかし俺が殴ったら、すぐパリ―ンと壊れたぞ。一発だった』
「うーん、なんだろぉ?
アタシにはこわせなくても、おじさんなら出来る~ってゆーのが、あるのかなぁ?
多分だけど、それ物理の力だけじゃ、ない気がする……。
このセカイのほーそくって、いまだにナゾがおーいのよ……」
これを作ったロリコン共と同じく、ランボーは“男”だ。
しかも、彼らのようにナヨナヨなヤツらなど、及びも付かないようなタフガイ。きっと道端で合ったなら、目を伏せて道を譲ってしまう程の“コワモテな人”でもある。
己に自信がなく、自分より弱い者(子供)に執着するのが、ロリコンの特徴だ。
ゆえに
まぁぶっちゃけ、あそこにある“ざこクリスタル”の破壊行為は、町の管理者としては控えて欲しいのだが……。でも今回に限っては、諸手を上げておじさんを支持するデカちゃんである。
カリーナのにっくき仇でもあるし、何の文句もなかった。「おじさんぐっじょぶ!」ってなモンである。
『そのほかにも、幼女たるもの、舌足らずな口調で話すべし!*2
後は、お腹がちらちら見えるエロかわキャミソールと、ハーフパンツ&ニーソックスを組み合わせた恰好をすべし! 絶対に縞パンを穿くべし! ……とか書いてるクリスタルもあったようだが』
「それ後で、こわしにいこーね?
児童保護法ぱんちでも、童ポ法キックでも、好きなだけ叩き込んでちょうだい♥」
前言撤回。あそこには破壊すべき物が沢山ある。
後でおじさんを連れて、またあそこに行こう。デカちゃんはそう決意を固める。
「え、ちょっとまって? あまりのショーゲキに、こんらんしてたケド……。
とりあえず、アタシたちって男の人と、ちんぽできるの?
呪いがとけたんなら、ねんまくセッショクとか、ちゅーとかしても……ノープロ?」
『うむ、恐らく可能だ。
クリスタルを破壊した時、「くちおしやぁ~! イケメンめぇ~!」という怨念めいた声が聞こえたからな。あれはキモかった』
「じゃあさ……幸せになっても、おっけー?
アタシもーちょっとだけ、夢を見てても……
ふと気が付く。いま彼の声色に、“嫌悪”の色なんて微塵もない事に。
それどころか、自分を心から頼りにし、「共に戦おう」とまで言ってくれているのだ。
このハリウッド・ボディの天然おじさんは!!!!
その事に思い至った時、彼女の目からポロポロ涙が零れる。
自然と、それに気が付いていないかのような顔で、彼女は涙を流し続ける。
こんな事ってあるのか。こんな人がいるのか。
なぜ貴方は、アタシ達のところに来てくれたの? それはなんていう奇跡なの!?
この胸に込み上げる熱さが、濁流のように出口を求めて、外に押し出される。
デカちゃんの泣き方は、まるでそんな風に見えた。
跪いて神に祈るよりも、よっぽど綺麗で、尊い。
『――――大丈夫だ! 君は俺が守るッ!!
ところで先の
「 ぶちこわさないでよっ!! アタシいま泣いてるんですけどぉ!?!? 」
マイペースか! 空気読む能力ゼロかっ!
もうデカちゃんは「ひどいひどい!」と責める。ランボーはポカンとした顔。
『いや、聴いて欲しい。大事なことなんだ。
俺の在り方についての問題だし、これからの方針に関わってくる』
「……ふぇ?」
むきゃー! と怒鳴っていたデカちゃんが、キョトンと止まる。
こんな馬鹿な話をしているのに、それでも真剣な声で語り掛ける彼の姿に、ここはちゃんと聴いてあげるべきだと思い直した(クソでか母性)
とりあえず、鼻をグジグジいわせながら、涙をぐいっと拭う。
『これまで俺は、セックスについて知っている
経験はなくとも、プレイボーイを読み込んでいたからな。毎月愛読していたよ』
「そのホーコクはいらない。
男の子なんだし、すきにしたらいーよ。……もうっ♥」
『でもな? ここ最近になって、俺の認識との齟齬が発生しているんだ。
俺は経験が無いし、それはグリーン・ベレーの仲間たちも同じだった。
ゆえに、もしや俺達は、間違っていたのではと』
沢山話した。毎夜のように仲間たちと語り合った。「セックスしてみてぇなー!」と。
みんなキラキラした目で夢を語り合い、まだ見ぬセックスという行為に想いを馳せたものだった。
まぁこれ女の子のデカちゃんからしたら、ほんと馬鹿みたいな話なのだが……、でも彼らはとても純粋で、真剣だったのだ。ピュアな男の子なのである。
『よく言うだろう?
コウノトリが運んで来るとか、お父さんとお母さんが、ベッドで手を繋いで眠るとか。
子供というのは、そうやって出来るものだというのを、昔よく聴いた覚えがある』
「そーね……。アタシもきいたコトある。デントー的な言い回しよね♥」
『正直、俺は眉唾だと思っていた。
しかし最近になって、これも情報のひとつとして、真剣に考慮するようになった』
「……んん!?」
えっと、おじさん?
そうデカちゃんは、口を挟もうか迷う。なんか空気がおかしくなってきた。
『あのブルーの子が言った。抱きしめられたのなら、それはもう
あの白銀の子でさえ、キスという粘膜接触は、もう
「あの……あんまし『せっくすせっくす』言わないでもらえる?
いま朝だしぃ、このむせんって、キロクにのこるからね?」
『情報が錯綜している。これだけの者達が言うのなら、自分の認識が正しいとは言い切れない。
ならば! ズブの素人である俺よりも、あちらの方が正しい可能性が高いッ!
これまで皆無だと思い込んでいたが……俺は既に
「おじさんきいてる?
もしもーし! おーがらす応答せよー」
きっと今、おじさん拳を握りしめてる。めっちゃ熱弁している。
無線ごしだけど、デカちゃんにはその姿が、もうアリアリと見えた。
『喪失は良い、セックス出来たのは良いんだ。
きっとアイツ等も喜んでくれるハズだ。
よくやったジョン、お前は俺達の誇りだと――――』
「グリーン・ベレーって、思ったよりしょーもないね?
みんなヒトミシリなの? こころざしのハードル、ひっく!!」
『だがここで、ひとつ問題が発生する。
青い子、白銀の子といった、俺が抱いたと思わしき娘たちは、みんな小学生なんだ……』
「言葉にしてみると、もうサイッテーだよね。
おじさん、くんしょーハクダツされちゃうかも♥ 祖国の恥だーって」
『
しかし俺は、今回意図せずして
たとえ俺自身に、その意識が無くとも、人から見ればそうなのだろう。
純然たる既成事実があるんだから……』
「ヒトミシリって、『自分が人にどう思われてるか』を、みょ~に気にするよね?
人と関わりもしないのに。誰もアンタなんか見てないのに。ムダに」
『ゆえに、もし童貞喪失を果たしているのなら、俺はこの場で
M16を喉に突っ込み、この世とオサラバしなくちゃいけないんだ。
子供を傷つけるヤツは、悪だ』キッパリ
「なにこのアホな会話。あたま変になりそう♥」
真面目か。悪い意味でピュア。
アタシの好きな人、童貞こじらせてたわ。あのロリコン共と似たり寄ったりかもしんない。
『しかしながら……君やこの町を守りたい。一緒に居たいんだ。
まだやらなくてはならない事が、俺には沢山ある。死ぬわけにはいかん』
「ほほう。わかってるじゃないの。
さすがはおじさん♥ アタシの恋心も、顔が立つってモンだわ」
『だから、もし許して貰えるのなら、これからは子供達を守るペド野郎……。
すなわち、星条旗を背負う
「ないなー♥ そんな言葉ソンザイしないなー♥
もういーから、こっち戻ってきなよおじさん……。パンケーキ焼いたげるから」
そんなヒーローがいても、マーベル入れてくれないよ。
ラグビーの帽子みたく、ょぅι゛ょのぱんつ被ってるんでしょ? 無理だよ。
デカちゃんはあきれ果てた。
『以上をもって、俺の話は終わりだ。
ぜひ忌憚のない意見を聴かせてくれ。君だけが頼りだ』
「あーもう、どーしよっかなこのボケ……。
今すぐそっちいって、だきしめてやろうかベイベー」
『童貞であるのなら、このまま任務を続行したい。俺はまだ戦える。
だがもし喪失しているなら、黙って君の指示に従おう。Sir』
「我らがカイヘータイでは、いったい何をおしえてるの?
銃のあつかいとかより、学ぶべきコトがあるでしょーに」
はいはい。童貞童貞。プレイボーイの方が正解よ~。
あんたドーテーだからー。お前の席ねーからー。とばかりに、デカちゃんは投げやりに答える。もう疲れたよアタシ。
『そうか。正直複雑な想いだが、あの子たちを汚さずに済んだことは嬉しい。
ではこれより、ミッションを再開するよ。
とりあえず山を降りなければ。オーバー』
「りょ。気をつけてねおじさん……。おーばー」
倦怠感の滲む声。でも昨夜の泣き顔とは違って、微塵も悲壮感のない普段の表情。
それに気が付くことも無く、デカちゃんは無線機を置こうとする。終わった終わったとばかりに。
しかし……ん? ま て よ(悪い顔)
「あーおじさん、ウェイウェイ。
さいごに言いたい事が、あるんだケドぉー♥」
『なんだ? どうしたんだ』
手を戻し、再びマイクを口元へ。
そして彼女は「にったぁ~♪」と微笑み、元気な声で言い放つ。
「おじさんカンチガイしてるみたいだし、もうハッキリ言っとくけどぉ……♥
メスガキをわからせるってゆーのは、S E X す る っ て 事 だ か ら !!(迫真)」
『――――ッッ!?!?』
その時、山にいるランボーの頭上に、〈ズガァァーーン!〉と雷が落ちた。
「ナマイキな小娘を、こらしめる事をゆーの♥
むりやりえっちして、おとなのコワさを教えこむの♥ 大人ちんぽ強いんだぞーって♥
だから
『ッ!? ッッ!!!???』
「するんだよねー? 約束したもんねー?
小学生でメスガキたるアタシを、わからせてくれるんだよねー♥
あーたのしみだなー、待ちきれないよぉおじさーん♥♥♥」
『――――ふ゛お゛ッッ(cvささ〇いさお)』
カリーナやポリス達に、散々うつつを抜かしよって! デレデレしよってからに!
ここにきて、これまでの鬱憤が一気に爆発したのだ。この浮気者と!!
『な、なぁ? 抱きしめるのはッ……』
「No! It's not WAKARASE♥ Understand?」
『じゃあ口づけはッ!? これは確か、粘膜接触だとッ……!』
「否。其はわからせに非ず也。観念致せぃ」
いつもの口調をかなぐり捨ててまで、彼を追い詰めていく。
デカちゃんは内心「ふひひ♪」と笑った。本当に楽しそうな顔で。
だが……その時。
『――――分かったッ! 君を抱くぞッ!! 男に二言は無いッ!!』
「えっ」
突然返って来た、クソでか決意のこもった声に、目をまん丸にする。
『もう嘘はつかんッ! 裏切らんッ!! 君をわからせるッ!!!!(膝ガックガク)』
応答も待たないで、一方的に告げる。勢いよく宣言する。
その男らしい声(?)に、彼女の心臓はドキッと跳ね、言葉を失ってしまう――――
『いいかッ! 今から行くぞッ! 君を抱きにッ!!
そこで待っていろ、必ずだッ!
――――俺は童貞をやめるぞぉぉぉおおおッ!! オーバーッ!!!!』プチッ
「えっ。あの……おじさん?」ザザー
暫し、固まった。
もう通信の切れた無線機を握りしめ、その場で ( ゚д゚)ポカーン と立ち尽くす。
だがハッと気が付いた途端、デカちゃんの頭から〈ボンッ!〉と煙が上がり、まるで熱した鉄みたく顔が赤くなる。
えっ、抱かれるのアタシ? おじさんに?
自分からじゃなくて、彼に好きにされるの? ……
いわく。攻めに重きを置く者は、守りに入ると弱い――――
高度なサディストは、同時に優秀なMでもあると言う――――
デカちゃんが駆け出す。バタバタっと走り、コートをひん掴んで外へ。
大佐、ポリス達、メスガキ兵……。
とにかく誰でもいーから、助けを求めなきゃっ! 怖い怖い怖い!!
あれだけ散々煽っておきながら、いま彼女は
なんか思ってたんと違うっ! と。